綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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最初からこのエンドは温めてたのですぐ書けた。
みんな今までありがとう!さよなら(軽い)!!


エピローグ『綱手の兄貴は転生者』

 復興を進めている木ノ葉隠れの里で、今日この日、第四次忍界大戦―――『木ノ葉崩し』以後、最も賑やかなときが訪れていた。

 

 復興途中の里の道を、人々は足早に進む。

 目指す場所は―――火影邸前、その広場。

 かつて千手畳間が五代目火影の襲名披露を行った際に、人々が集まったあの場所である。

 

「ナルト!! 早くしろ!! 間に合わなくなっても知らんぞーーー!!」

 

「分かってるってばよぉッ!! でもでも!! キレが悪くて!!」

 

 孤児院にて、アカリが声を荒げた。

 その漆黒の瞳(・・・・)で、閉じられたトイレの扉を睨みつけている。

 

「拭いても拭いても!! ねっとりしてて!!」

 

「そこまで詳細に言わんでいい!!」

 

 トイレの中で今まさに、肛門に付着している排泄物を紙でふき取っているのだろうナルトへ、アカリが怒鳴る。

 

「ナルト貴様、カップ麺を隠れて食べただろう!! それも一つじゃない!!」

 

「ギクッ!!」

 

「やっぱりそうか!! ナルトォーーー!! 暴食は子供達が真似するからやめろと言っとるだろうがァーーーッ!!!!」

 

「しゅみませーん!!」

 

 孤児院にアカリの怒声と、ナルトの悲鳴が響き渡る。その額には―――古ぼけた、木ノ葉隠れの里の額当てが、鈍く光る。

 ナルトの発した声は、孤児院を越えて、周辺の家や、家の前の道路にまで届いた。

 

 またやってるよと、通行人が笑い、そして通行人たちもまた、木ノ葉の大広場へと向かっていく。

 『木ノ葉隠れの家』は、なお平常運転だった。

 

 

 

 

 

 

「あ、シスイくん(・・)!!」

 

「いの。おはよう」

 

 木ノ葉隠れの里の一角の広場の外にて佇む男―――千手止水のもとへ、女の子が一人駆け寄って来る。

 山中いの。シスイのガールフレンドである。押せ押せでシスイを押し流した剛の者だった。

 

 戦争が終結して、2年と少し。

 里は復興しつつあり、人々の生活は、変化を迎えていた。

 たくさんの、木造の家が、立ち並ぶ。

 多くの木材が、広場に積み上げられている。

 

「ごめんなさい。少し、遅れちゃって……」

 

「大丈夫。おめかし、してたんだろ? よく似合ってる。いのの綺麗な姿を見れて、嬉しいよ」

 

「シスイくん……!!」

 

 きゅん、と胸の前で指を組むいのが、目を輝かせた。

 しかし、何かを思い出したのか、困ったように眉根を寄せる。

 

「でもシスイ君、良かったの? 私と一緒に……」

 

 それは、シスイが今日の祭典(・・)の、重要人物だということを鑑みての言葉であった。

 本来ならばいのとともに火影邸へ向かうのではなく、もっと早くに向かっておくべきなのではないか、という心配の言葉であった。

 しかしシスイは静かに首を振った。大丈夫だと安心させるように、いのの、肌がむき出しの肩へと触れる。

 

「アレは断ったんだ。オレは現場で、やりたいことがあるから。カブトさんみたいに」

 

 実はシスイは、『根』の長への昇進を、打診されていたのである。

 そしてその辞令は、今日この日に適応される予定だったが、悩みに悩んだ後、シスイはそれを断った。

 『根』の長となれば、自由に動ける時間が減る。かつての大戦時ほどの忙しさは無いが、やはりこれまでのように、自由な風として動くことは出来ないだろう。

 だから、シスイは断った。ゆえに、ノノウは続投である。可哀そうだとは思うが、是非もない。シスイはアカリに似て、その辺は頑固だった。

 

「オレはやっぱり、父さんとは別の道を往く。……戦争は終わり、父さんの力で、失われた命すら戻った。だが……それでも、心に負った傷というものは、中々消えるものじゃない。オレはそういう人たちの助けになりたい」

 

「シスイくん……」

 

「診療所を作ろうと思うんだ。心を専門にした病院だ。心の傷で苦しむ人たちが生きる手助けをするための、病院を……」

 

「とっても良いと思う!! うん! シスイくんらしい!!」

 

「それで、なんだが……」

 

 シスイの新たな門出を心から喜び、祝ってくれるいのを見て、シスイは嬉しそうに微笑み、自身の懐へと手を入れる。

 シスイが珍しく、少しばかり頬を染めて、懐から何やら小箱を取り出した。

 それを見て、いのは目を見開き、頬を染める。動悸を感じるほどに、高揚感を抱いた。

 

「いの。これからのオレを、どうか支えてはくれないか。オレの隣で……」

 

 ―――オレの母さんみたいに。

 

 うちは一族の血を引く、実はちゃんと重いシスイであるが、自覚があるため、それを言葉にすることは無かった。

 いのは瞳に涙を湛え、シスイが差し出した小箱―――その中身を、その震える手で受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時は戻り、早朝。

 

「立派になったな、サスケ。さすがは、オレの息子だ」

 

 うちは警務隊―――隊長。

 その名を記した外套を纏い、再建したうちはの門を出んとするサスケへ、フガクが優しく言った。

 うちはフガクは今日この日を以て、うちは警務隊隊長を降り、その長の座を、サスケへと託した。今日この日より、サスケは『里を守る最後の砦』の長となる。

 

 では、イタチはどうなったのか。

 うちはイタチ―――彼は、はたけカカシが抜けた、『忍頭』へと任命された。そのイタチは既に、うちはの門の向こう側に出ており、サスケと両親を眺めている。

 

 今となっては、うちはサスケは、うちはイタチを遥かに超える力を持つ忍へと成長している。

 しかし、人を率いる者としての経験は、雲泥の差である。

 『忍頭』には、『無限月読』解除の功績が知られているうちはサスケと、うずまきナルトのどちらかを推す声も多かったが、ナルトもサスケも経験不足を自覚しており、それぞれ経験を積みたいと、異なる役職に落ち着いた。

 

 うちはサスケ。

 彼は、父の跡を継いだ『警務隊隊長』として、ベテランの警務隊副隊長の教導を受けつつ、経験を積むこととなる。

 なお、うちは一族の長そのものは、未だしばらく、フガクが続投することになっている。

 

「オレ達は、祝宴(・・)が始まる少し前に……一般人として、広場に合流する。サスケ。里の平和は、お前たちに任せる。頼んだぞ」

 

「任せてくれ、父さん。里の平和は、このうちはサスケが守る―――ッ! 兄さん―――いや、『忍頭』! いざ!!」

 

 左目の輪廻写輪眼をきらめかせ、その左手で火影邸を指さしたサスケは、溢れ出るやる気(パトス)を隠そうともせず、勢い勇んで、火影邸へ向けて飛び出して行く。

 頭上を飛び越えて行ったサスケを見上げ、イタチは苦笑して、サスケの後に続いた。

 

 ―――行ってきます、と両親に告げて。

 

「しかし素直だな、サスケの奴は……」

 

「そうねぇ……」

 

 サスケは明らかに、警務隊隊長―――その肩書に、浮足立っているようだった。

 フガクは心配そうに眉を顰め、ミコトは柔らかく笑い、息子達の門出を、見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナルトの奴、まだ来てねーのかよ。たく、後でオレまで綱手様に小言言われんだよなァ……。あー、めんどくせー」

 

「シカマル、相談役付きに抜擢されたもんね……」

 

 シカマルが周囲を見渡し、相変わらず姿が見えないナルトへ、愚痴を吐く。

 チョウジはお菓子を食べ、その食べかすを地面に零しながら、周囲を見渡した。そしてすぐにお菓子へ視線を戻す。あまり興味無さそうである。

 シカクの推薦で、シカマルは新たな相談役の付き人となった。要約すれば、相談役の愚痴の吐き場所、ということである。

 かつて綱手がさせられていた役割を、今度は相談役となった綱手(・・・・・・・・・)に対して、シカマルがさせられるというわけである。

 シカマルは見るからに肩を落とした。

 

「しかし、大丈夫かよ……。あいつ確か、『忍頭補佐』になるんだよな? 後で紹介もされるって話だったけどよ……。大丈夫かよ……ほんとに……」

 

 キバが顔を顰めている。

 その言葉は、ナルトを心配したものではある。しかし、それだけではない。

 ナルトは、里を担う火影を支える『忍頭』―――里の№2の付き人となるわけである。

 

 そんな立場の人間が、今日の様な祭典の日に遅刻など、許されるはずもない。火影を目指す者として、かなりの失点となるだろう。

 火影を目指す者として、ナルトをライバル認定しているキバだが、それはそれとして、友としては心配である。そして同時に、今日の様な日に遅刻するような人間が、『忍頭補佐』などと言う大役を担って大丈夫なのかと―――里の未来を憂いてもいた

 

「うーん……どうしよっか? サクラちゃん。ナルト君の家、行ってみる?」

 

「今更迎えに行ってもねぇ……。それに、ナルトの家には、アカリ様がいるわけだし……。アカリ様がナルトを送り出せないってことは……。まあ、そういうことでしょ」

 

 ヒナタの思案気な提案を、サクラは両手をあげて「どうしようもありません」とばかりにやんわりと否定する。

 アカリが居てなお、ナルトが遅刻するということは、アカリにもどうしようも無い状態にあるということだ。すなわち、生理現象の最中―――大便中―――という可能性が非常に高い。

 

 レディであるサクラはそれ以上は口にせず、それを察したヒナタも苦笑して、から笑いを零した。

 

「たくよ……。サスケはもう、あそこに居んぞ……」

 

 シカマルが見上げた先にあるのは、火影邸の屋上―――その先にある、火影岩である。

 火影岩に、小さな黒い点がある。

 それがサスケであることを、シカマルは気づいた。

 

「これじゃ、ナルトに投票したくなくなっちまうよ……」

 

 いずれ訪れる、サスケとナルトの、火影を賭けた戦い。投票の際、シカマルは恐らく、奈良一族の当主としての言葉を求められる。

 こういった不満が、ナルトから票を離すのだと、シカマルは嘆息した。

 なお、サスケはサスケで色々とハチャメチャなので、シカマルの中の評価は、やはりどっちもどっちであった。

 

「シカマル。アンタ、まだマシよ。私なんて……」

 

「あー……テンテンさんか……」

 

 いつの間にか傍に居たテンテンが、嘆くように言った。

 その傍には、きめ顔でサムズアップするリーとネジがいる。

 

 シカマルは納得する。

 元ガイ班は現在、相談役となる自来也の、付き人という役割を担っている。簡単に言えば、覗きと出奔の取り締まりである。

 

 しかし、リーとネジは、今を生きる伝説(・・・・・・・)と称えられる、里の三仙の一人、五代目火影と並び、仙人と称えられる自来也をとても尊敬しており、自来也に対して厳しく出る気が無い様子であった。

 

 よくも悪くも素直なリーは、自来也の汚い大人の言い訳を信じ、自来也の奔放な悪行を問い詰める際、すぐに煙に撒かれてしまう。

 ネジは―――何やら自来也と取引でもしているのかというほど、自来也の肩を持つ。

 

 よって、テンテンだけに、負担が集約していた。

 とはいえ、蛙組手や仙術、武器術など、自来也の技術は多岐に渡る。

 元ガイ班の面々が技術的な成長を遂げるには、これ以上無いほどの教師となるだろう。倫理面は―――反面教師として受け取ってくれるのを、信じる他に無い。

 

 とはいえ―――これは、期待でもあった。

 自来也も、予言の成就を受けて、しばらくは里に滞在するつもりのようである。その間に、次代を担う若者たちに、成長して欲しい―――上層部の、そういった願いがあっての配置であった。

 

 世代交代の準備―――それは、五代目火影時代からの、木ノ葉の方針である。今からやって遅くは無いという、里の上層部の判断であった。

 孤児院の子供達―――四人衆なども、それぞれの適正に合う役職の、上役たちの補佐に付け、経験を積ませていく予定であった。

 

 戦争が終わり、戦闘を要する長期任務がほとんど消えた今、里の若者たちは戦力として駆り出されることはなく、今は己を磨く期間となっている。

 

「はぁ……」

 

 とはいえ、これから自身に訪れるだろう綱手の小言を想起するシカマルにとって、そんなものは関係ない。

 頼むから早く来てくれと、今この場にいないナルトへ嘆願を投げ、シカマルは一つ増えた(・・・・・)火影岩を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 乾いた足音が、廊下に響く。

 火影装束を(・・・・・)揺らし、男が一人、火影邸の廊下を歩いている。その先にあるのは、屋上へ出るための階段である。

 

 らしくなく緊張している自分を自覚し、男は一つ、息を吐いた。

 一歩一歩を踏みしめて、男は階段を上がる。

 

 扉がゆっくりと開かれる。

 僅かに開いた扉の隙間から光が差し込む。

 そして、開かれた扉から、光の奔流が入り込み、男を照らし出す。

 

 一歩、男は外へと踏み出した。

 銀色の髪が、光に照らされる。

 陽光の下に姿を現した男が纏う外套の背には―――『六代目火影』の名が、揺れている。

 

「カカシ!!」

 

 車椅子に乗る緑の服を着た男―――ガイが、サムズアップする。

 そしてガイは、男の――ー『六代目火影』はたけカカシの名を呼んだ。

 

 我がことのように喜び、笑顔を見せるガイに、カカシはマスクの下で、僅かに口端を緩める。

 

「―――もう時間だのォ。ナルトの奴、遅刻か……」

 

「説教だね……ったく、誰の教育が悪かったのやら。師匠かねぇ……? どう思う、イタチ」

 

「まったく、誰の教育が悪かったのか……。叔母かのォ? どう思う、イタチ」

 

「……」

 

 屋上の奥―――民衆からは見えない位置で佇んでいた自来也と、その隣に立つ綱手が言った。

 自来也と綱手は互いに視線を流し合い、間に挟まれているイタチへと、問いかけた。

 イタチは相談役(・・・)二名に挟まれ、困ったように眉を八の字にしている。

 

 とばっちりを受けているイタチは、少し離れた場所―――手すりに持たれかかっていた男へと、助けを求めるように、視線を向ける。

 しかしその男は巻き込まれたくないのか―――明らかにその男の教育のせいなのだが―――イタチの送っている視線には気づかぬふりをして、手すりから身を離すと、ゆっくりと、カカシの方へ歩き出した。

 

 カカシは、頭一つ分高い男の顔を見上げる。

 頬に傷のある男の額には―――『木ノ葉の額当て』は巻かれていない。トレードマークとも言ってよかった、紫の鎧も無い。その火影装束の下には、ただ紫色の着物が揺れていた。そしてその頭の上には、『火』の文字を冠した笠が一つ。

 

 男は柔らかく微笑みを湛え、カカシを見降ろしていた。

 

 ―――『時』は、今。

 

 もう時間だな、と男は呟いた。

 男は真剣な表情で、カカシへと視線を向ける。

 そして、口を開いた。

 

五代目火影(・・・・・)より、六代目火影へ―――最後の口伝を授ける。心して聞け」

 

「―――御意」

 

 厳格な雰囲気を漂わせていたその男は、しかし耐えきれない、といったふうに、静かに微笑んだ。

 何かを懐かしむように。何かを慈しむように。過ぎ去ったいつの日かを―――思い出すように。

 

 男はゆっくりと、言葉を紡ぐ。

 

 その言葉はかつて、男が耳にした言葉だった。しかしそれは、男が直接言われた言葉ではない。

 しかし、その言葉はずっと―――ずっとずっと、男の心に、根付いていた、道標だった。

 

 ―――あの人が立っていられるのは、ただ託されたからじゃない。すべき義務だからじゃない。いつか、同じ夢を見た誰かに、託したいと思うからだ。

 今が苦しくても、先が見えなくても、忍び耐えた先に、平和という夢があると信じて。

 己の代でそれを見ることが叶わなくとも、いつか子供たちが、それを受け継いでくれるのだと信じている。

 だから、人は大人になって、耐え忍んだ先にある夢を見る。

 

 ―――男はゆっくりと、言葉を紡ぐ。

 

里を慕い(・・・・)貴様を信じる者達を守れ(・・・・・・・・・・・)

 

 ―――オレも、いつか、託したいと思っていた。いつか、伝えたいと思っていた。

 

そして育てるのだ(・・・・・・・・)次の時代を託すことが出来る者を(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ―――男はゆっくりと、言葉を紡ぐ。 

 

 男は、厳格であろうとしていたのだろう。あの人のように。

 しかしやはり、男は耐えきれず―――微笑んだ。

 

「今日からは貴様が(・・・)―――火影だ(・・・)

 

 風が吹く。

 祝福の風が。

 

 ―――おめでとう。

 

 男は己の笠に手を当てて、それを優しく持ち上げる。

 それは、『火影』を示す証だった。

 

 男はその笠を大切に、カカシの頭へと被せる。それは、男にとって、「オレにとって、お前こそが、次代を託せる者なのだ」という証だった。

 そして、男はカカシの隣を、通り過ぎた。

 

 ―――時代は、今、新しい時代へと託された。

 

「さあ、『六代目』。―――皆に、その姿を」

 

 カカシの斜め後ろで立ち止まった男は、何かを堪えるように、上を向いている。

 カカシは振り返ることなく、一歩、前へと、力強く歩み出す。

 

 一歩。また、一歩。

 カカシは力強く踏みしめた。

 

 先代達が歩んで来た道が、途切れる。

 先代達が切り開いてきた道は、今、ここで途絶える。

 

 だが、終わりではない。

 今―――新たなる時代、新たなる火影が、その道の先を、作っていくのだ。

 

 男と、カカシ。

 交差した背は通り過ぎ―――男はそこで立ち止まり、カカシは今、その庇護を抜け、火の光の下へと歩み出る。

 

 ―――火の影は里を照らし、また、木ノ葉は芽吹く。

 

 男は溢れだした何かで滲む視界を隠さんと、遠い遠い、空を見た。

 

 ―――歓声が聞こえる。

 

 新たなる火の影の誕生に、里の者達が沸いているのだ。

 

 ―――ひらり、ひらり。

 

 大空で、一枚の木ノ葉が舞っていた。

 

「―――ああ」

 

 男は滲む視界を細め、優しく微笑んだ。

 

「この眼は木ノ葉(あかり)が……良く視える」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――六代目火影就任より、数日後。

 

 里の酒場で、男と女が、顔を合わせていた。

 

「……しかし、畳の兄さんが、うちはマダラの弟の……なんだったかのォ」

 

「イズナ、って言うんだって」

 

「そう。そのイズナの転生者だったとはのォ」

 

「びっくりよね」

 

 酒臭い口臭、赤らんだ頬。

 男と女が、酒の注がれた杯を傾け、つまみを口に運んでいる。

 

「綱手、お前、知らんかったのか」

 

「知るわけないでしょ。でも……そういえば、思い当たる節はあったのかも。自来也は知らないでしょうけど……お兄様、昔一回だけ、うちはイズナって名乗ったことあったのよ。おふざけだと思ってたけど……。とは言っても、あれで察しろってのは、無理無理」

 

 ―――イズナ。

 

 畳間が輪廻転生の術を使い、世を去った瞬間、うちはマダラは目を覚ました。

 畳間に流れ込んでいたチャクラが消え、すべてがマダラの下に返還されたことで、マダラは僅かに、その寿命を延ばしたのだ。それでも、十尾を抜かれたマダラの死は変わらない。

 

 眼を覚ましたマダラは、傍に寄っていた柱間に、願った。

 

 ―――チャクラをくれ。

 

 柱間は驚き、そして戸惑った。

 この期に及んで、マダラが何かをするとは思えなかったが―――しかし、万一がある。

 柱間は死人である自分が下手なことをして、現世の者達がようやく掴み取った未来が、壊れてしまうことを危惧した。そのようなことは、したくなかった。

 

 ―――頼む。

 

 かすれた声。

 息を吹き返したとはいえ、もはや風前の灯火。

 言葉を吐くだけで、膨大な体力を持っていかれる。

 マダラは、すぐに死ぬだろう。

 

 ―――チャクラを……。

 

 幸か不幸か―――目覚めた自来也は、気だるい体、朦朧とする意識を保ち、マダラと柱間のやり取りを聞いていた。

 

 その場にいる誰もが、マダラにチャクラを渡すようなことは無かった。ナルトの中から実体化した、九尾以外の尾獣達も、冷たい瞳を瀕死のマダラへと向けている。

 柱間でさえ渋ったのだ。当然だろう。

 

 ―――頼む……。

 

 後生の頼み。

 震える手を、力なき手を伸ばし―――チャクラをくれと、マダラは懇願した。

 

 ―――下手なことしたら、ぶっ飛ばすってばよ。

 

 その手を乱暴に引っ手繰ったのは―――『予言の子』うずまきナルト。

 

 ナルトは止めるサスケの言葉も聞かず、六道のチャクラを少しだけ、マダラへと分け与えた。ナルトの中で―――『お前の憎しみもどうにかしたい』というナルトの言葉を以前に聞いていた九喇嘛だけが、その行いを理解し、苦笑する。ナルトは九喇嘛だけでなく、マダラにすらも、慈悲を掛けた。自分の言葉を曲げずに。

 

 その本心は、ナルトにしか分からない。

 痛みを和らげてやりたかったのかもしれない。あるいは、敵意がまるでなかった―――本当に、心の底から懇願していたことが、分かっていたからかもしれない。その罪は決して許されるものでは無かったとしても―――それでもナルトは、カグヤに、そしてゼツに良いように弄ばれた哀れな忍者の痛みに、寄り添うことを選んだ。かつて、『忍の道』に、己が誓った通りに、まっすぐと。

 

 それは今の木ノ葉隠れの里(畳間)が育んだ、優しさが生んだ行動であり、そしてそれは、最高の形で返された。

 

 ナルトよりチャクラを譲り渡されたマダラは、輪廻眼を解放した。

 警戒する者達が瞬時に戦闘態勢を整える中、ナルトは周りの者を手で制し、静かにマダラを見守っていた。それは、うちはマダラに、敵意を感じなかったからだ。それは、九喇嘛のチャクラと一体化したナルトにだけ、分かることだった。

 マダラは震える手を持ち上げて、その腕の前で指を組んだ。

 

 ―――イズナ。

 

 そして、発動された術の名は―――。

 

「マダラはきっと、死にたかったのだ。あの時(・・・)から……心のどこかで……ずっと、願っていたのだろう。……兄として。弟の代わりに(・・・・・・)

 

 柱間は最後、息を引き取ったマダラを見つめ、天へ還る前に、そう言った。

 うちはイズナを愛していた、お兄ちゃんとしての、うちはマダラ。

 弟たちを誰一人として守れなかった、不甲斐ない兄としてのマダラ。

 修羅として道を誤ってなお―――きっとマダラは、心のどこかで思っていたのではないだろうか。

 マダラがまだ、うちは一族の当主であった時代―――戦国時代では、叶わなかった願い。戦国時代では、叶えてはならなかった願い。

 

 ―――弟の代わりに、オレが。

 

 かつてうちはイズナはマダラに写輪眼を託して、息を引き取った。

 兄である身だからこそ、柱間には分かる。

 

 ―――弟の代わりに死ねたなら。

 

 きっと柱間が同じ状況にあれば、そう思ったはずだ。そして柱間は初代火影となった後、戸惑いもせず、それを実行した。

 それはきっと、良い悪いの話では無く、立場の違いでも無く、在り方の違いだった。

 柱間は後に続く者達を信じていた。ゆえに己が志半ばで世を去ったとしても、きっと後に続く者が、己の夢を続けてくれると信じていた。

 マダラは後ろに立たれるのが苦手だった。自分がやらなければ、安心できなかった。

 

 結果―――マダラは(柱間)と道を違えた。そして違えた道の先にあると信じた『夢』すらも、嘘偽りのものだった。酷く醜い、『地獄』でしかなかった。

 うちはマダラは、間違った。もはや取り返しはつかない。

 

 ―――だが、最後は、最後は兄として。せめて兄として、弟の、代わりに……。

 

 届いたと信じた『夢』の先にあったものが、あまりに残酷な『現実』であったにも関わらず―――眠るように息を引き取ったうちはマダラの表情。

 そこには、柱間をして見たことの無い―――穏やかな微笑みが讃えられていた。

 

 そして今、うちはマダラの亡骸は、木ノ葉隠れの里の最奥にて、永久の眠りに就いている。

 

「……。畳の兄さんも、数奇な運命だのォ……」

 

「ほんと……。我がお兄様のことながら……」

 

 しみじみと呟く綱手と自来也は、しかし意外と他人事である。

 綱手は眠っていたため人聞きであるし、自来也にとっても、もはや一年以上も前に、微睡の中で耳にした物語だ。

 もう一年以上もの間、困惑は抱きつつも、しかし恥ずかし気も無く戻って来た元気な畳間と生活をしているのだから、そんな深刻な心境は抱けない。当然だった。毎日顔を合わすし、なんなら『六代目襲名披露宴』の際は、火影を降りてはっちゃけた畳間に引きずられて、夜明けまで酒を飲んでいた。

 

「しかしアンタ、いつまで里にいるつもり?」

 

「なんだ、その言い方は。まるでワシに出て行って貰いたいみたいだのォ!!」

 

「違うわよ!! ただ、風来坊のアンタがこんなに長い間里にいるのが珍しいと思っただけ!! めんどくさいわねぇ。言葉尻取って!! 男ならそんな細かいこと流しなさいよ!!」

 

「そういえばこやつ、酒乱だった……ッ!」

 

 綱手が、がおがおと吠え、自来也は疲れたように額を押さえつつ、口を開いた。

 

「まあ……畳の兄さんに、相談役という役職に据えられた(・・・・・)手前、すぐに出奔はさすがにのォ……」

 

「お兄様は後が怖いからねぇ……」

 

「それに……、この里で、書きたいものも出来た」

 

「……」

 

「ちがわい!!」

 

 自来也の書きたいもの―――すなわち、エロ小説。

 綱手は冷たい視線を自来也へ向けた。

 自来也は慌てた様に手を振って、綱手の考えを否定する。

 

「歴史ものというか……。伝記というか……。ともかく、この里にいなければ書けないものだのォ」

 

「ふーん。どんなの? 題名とか、決まってるの?」

 

「まあ、候補はあるがのォ……。実際に見て来たワシ等でさえ、にわかには信じがたい……突拍子もない人の、突拍子もない人生だ。題名も、相応に突拍子もない方がええかと思っとるわけだが……」

 

「じれったいわね。さっさと吐け!!」

 

 酒臭い息を強く吐き出して唾を飛ばした綱手に、辟易したような様子で、自来也は顔に飛んだ綱手の唾をごしごしと手ぬぐいで拭いた。

 

「あくまで、仮の名だぞ? 仮。……内容は、我らが兄さんの半生!! その題名は―――」

 

 

 

 ―――綱手の兄貴は転生者・完。

 

 


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