綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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『次回、最終回』と言ったな。あれはマジだ


世を照らす火の影に

 ナルトとサスケが遠方へと去った溶岩の洞窟。

 ごごごごご、と岩石が動く音だけが、空間に響き渡る。

 静かに、眠るように岩盤に埋もれている畳間の近くに―――黒い影が近づいて来る。

 黒い昆虫の様に、岸壁に張り付き、横へ横へと動きながら、畳間の下へと近づいて来る。

 

 ―――黒ゼツ。

 

「千手、畳間ァ!! お前だけは―――ッ!! お前だけは―――ッ!!」

 

 身動き無く、まるで永久なる眠りの中にいるかのような畳間へ、黒ゼツは憤怒の感情を溢れさせて、近づいて行く。

 

 ―――カグヤの復活。

 

 ようやく手にした悲願を、叩き潰された。ようやく叶った数千年に遡る願いを、台無しにされた。

 黒ゼツの、畳間に対する憎悪は、もはや留まるところを知らない。

 千手畳間だけは、許すことが出来ない。たとえ死んでいようが、まだ虫の息であろうが、その死体はぐちゃぐちゃにしてやる。溶岩に墜ちて溶けるなど、許さない。この手で肉塊にしてやる。

 

 ―――待てよ。

 

 黒ゼツが思考する。こいつの体を乗っ取れば―――。

 

 黒ゼツは妙案を思いついた。

 千手畳間の肉体には、僅かながらも、インドラとアシュラのチャクラが眠っている。その体を使えば、母カグヤの復活は、これまでとは比較にならないほどに、短期間で叶うのではないか。

 生きていれば、乗っ取れる。

 死んでいたとしても、その細胞を使って、従順なしもべを創り上げればいい。

 

 うずまきナルト、うちはサスケ。

 確かに、この二人が生きている間は、雌伏を選ばねばならないだろう。黒ゼツは存在を知られている。生存を感づかれれば、奴らは仙術や瞳術をフル活用して血眼になって黒ゼツを探す。そして見つかれば、確実に殺されることになる。

 だが奴らが死んだ後ならばどうだ。

 この時代の戦いが歴史、物語へと変わるだけの時間を経た後ならばどうだ。

 

 そしてその程度の時間など、数千の時を耐えた黒ゼツにとっては、あまりに短い時間だ。

 

「―――皮肉だな、千手畳間。命懸けで母を止めたお前自身が、次なる復活の贄となるのだ」

 

 黒ゼツはその身を薄く伸ばし、畳間の体に纏わりつくように、這いずり上がろうとする。

 

「―――オレが貴様を、野放しにするわけがねェだろうがッ!!」

 

 

 ―――警戒(・・)

 

 

「―――なッ」

 

 突如、項垂れていた畳間が眼を見開き、その輪廻写輪眼をゼツへと向けた。

 

 畳間の憤怒。抑えつけていたそれらが、今解き放たれる。もともと、畳間は激情家だ。溜め続けていたすべての憤怒が解き放たれた今、その噴火は、畳間の人生でも、最も激しいものとなる。

 

 それを受けたゼツの焦燥、怯え。

 

「千手ッ―――」

 

「―――八卦封印ッ!!」

 

 黒ゼツの声を、これ以上聞いていたくなかった。

 

 ―――全ての元凶。

 

 木ノ葉崩しを行い、忍界を混沌へと引きずり込んだ、黒幕。

 一度、煮え湯を飲まされた相手。

 ゆえに、次は無い(・・・・)

 

 出来るならば、可能な限り、出来るだけ苦しめて、殺したい。

 だが、もしも激情に駆られ隙が生まれてしまい、逃げられでもすれば、全ての努力が水の泡になる。

 そもそも、外法の存在たるこいつを、殺せるのかも分からない。

 ゆえに、速やかかつ強固に、確実に封印処理を施す。

 

 こいつが二度と、表舞台に立てないように。

 こいつが二度と、裏世界で踊れぬように。

 

 畳間は、輪廻眼によって作り出される黒杭でゼツの点穴を突いたのち、己の知るすべての封印術を、次々と重ね掛けしていった。

 二重、三重、四重、五重。もっと、もっと。息も苦しいほどに。瞬きも出来ぬほどに。徹底的に、完膚なきまでに。

 そして、封印術で一切の動きを封じられたゼツを、未だ膨張を続けている、カグヤを封じている岩石の下へと、投げ飛ばした。

 眠りに就いたカグヤと異なり、ゼツの意識は生き続ける。

 

 ―――そして長い時が流れ。一切の身動きがとれぬまま、封印から逃れようとしても逃れられないので、ゼツはそのうち、考えるのを止めた。

 

「―――あれは……」 

 

 ゼツを始末し、岸壁の突起にぶら下がる畳間が、急いでここから離れようとしたとき、畳間は気づいた。

 近くの、マグマの海から隆起した岩場に、人が横たわっている。

 

「―――マダラ……」

 

 それは、うちはマダラであった。

 死を目前とした、命の抜け殻。放っておいても死ぬだろう。不安定な岩場は、遠からずカグヤを封じる『地爆天星』に引き寄せられて崩壊し、マダラの体は溶岩の海に投げ出され、消失する。

 忍界を掻きまわした大犯罪者には、お似合いの末路だ。

 

「……」

 

 畳間は小さく息を吐いて、岩場へと飛び移った。

 横たわるマダラを、畳間は優しく横抱きに持ち上げる。

 

「……」

 

 マダラは里を―――家を、自ら捨てた。うちはマダラに、還る場所は無い。

 それでも、畳間は―――畳間の中のイズナは、優しく告げた。運命に翻弄された、哀れな兄弟に。

 

「……帰ろう。……兄さん。オレ達の……兄さんの……木ノ葉隠れの里に」

 

 かつて、千手柱間に敗れたうちはマダラの体は、千手扉間が回収し、里の最奥へと封じられた。

 きっとそれが、正しい歴史なのだ。

 

 ―――うちはマダラは死に、木ノ葉隠れの里の、最奥に封じられる。

 

 かつてそれが行われたのは、うちは一族を研究するためという、扉間の暗い思惑によるものだった。

 今回のそれは、うちはマダラの遺体を、いたずらに利用されないため。そういう建前だ。

 

 うちはマダラは、許されないことをした。どのような理由でも、決して許されないことをしたのだ。

 ゆえにその肉体は、木ノ葉史上―――いや、忍界史上最悪の犯罪者として、木ノ葉隠れの里が、永久に管理する。肉が朽ち、骨が風化するまで。ずっと―――千手柱間と、うちはマダラの『夢』の中で、眠り続ける。

 

「とはいえ……どうやってここから抜けるかな……」

 

 虫の息のマダラを抱えながら、隆起した溶岩を足場に、カグヤから遠ざかる畳間は、困ったように呟いた。

 実のところ、移動するだけでやっとだ。カグヤとの魂のぶつかり合いは、正直ぎりぎりだった。もう少し時間が掛かったなら、畳間は自分の肉体に戻れなかっただろう。

 まあそうなった場合、他者―――黒ゼツーーーが畳間の肉体に触れた瞬間、裏八卦封印を発動するよう時限式で準備していたので、特に問題は無かったが。

 黒ゼツは、必ず身を潜めて脱出し、千手畳間の肉体を狙うだろうと、畳間は読んでいた。

 畳間が死んでいると思えば、確実にこの肉体を奪いに来ると踏んでいた。

 そして、もしも畳間が生きていることを感づかれ、黒ゼツが潜伏と逃走を選んでいたとしても―――実は、黒ゼツには既に、飛雷神のマーキングを刻み込んでいたのである。

 

 それは、畳間が黒ゼツを、若い頃のような口調で、嘲笑したときだ。あのとき、黒ゼツに吸い取られるチャクラの中に、『色』を付けた。それが、飛雷神の術のマーキングである。

 

 ―――こいつだけは、絶対に逃がさない。

 

 畳間が死のうが生きようが、黒ゼツは畳間の手によって葬られる。それは、決定事項であった。

 

「熱い……」

 

 溶岩に炙られる畳間の体力の消耗は激しい。

 チャクラも体力も、精神力も使い果たした今の畳間に、輪廻写輪眼で空間に穴をあけることは無理だ。

 そして今の状況では、体力の回復も望めない。

 

「……まったく。あのクソ野郎は本当に、余計なことばかりしてくれた。……最後に、亡くなった皆を……」

 

 隣で横たわるマダラに視線を向けて、畳間は小さく呟いた。

 マダラとの決着がつき、そして己が生き残っていた時、畳間はある術を発動するつもりだった。

 しかしこの状況では、それも意味を為さない。

 

「……あー。イチャイチャバイオレンス2(写真集つき)、隠してねェや……。せめてアカリかノノウが見つけてくれ……。遺品整理で、子供達より先に見つからないように……。頼む……頼む……」

 

 暑さで頭がやられ始めたようだ。

 畳間は自宅に置き去りにしたエロ本のことを思い出して、あ゛ーと後悔の念を漏らした。

 

「―――畳間」

 

「あ゛ー……」

 

「起きろ畳間!!」

 

「!?」

 

 意識の混濁にあった畳間は、己を呼ぶ声に、水を引っかけられたように跳ね起きた。

 条件反射の様なものだった。子供の頃に、叩き込まれたもの。

 

「お、おっちゃん!?」

 

 ゆえに出た言葉は、子供の頃のもの。

 びしゃびしゃに濡れた髪をふるふると、犬の様に振って、畳間は声の方へと視線を向けた。

 実際に、冷や水を浴びせかけられたらしい。水遁か。この感じも、子供の頃の記憶に、覚えがあった。

 

「二代目様と呼べ!! 貴様はいつまで経っても……! 火影になってもまだ―――」

 

「おっちゃん!!」

 

 畳間に怒鳴りつけ、冷や水をぶっかけた男―――千手扉間が、なおも自身を「おっちゃん」と呼ぶ畳間へ苦言を呈し始めるが、それを遮るように、若い声が響いた。

 うずまきナルトである。

 

「む……」

 

 身を起こした畳間に駆け寄り抱き着いたナルトを見て、空気を読んだ扉間が口を噤む。

 扉間としては、いつものやり取り(・・・・・・・・)の後、畳間の成長を称えるような言葉を続けようと思っていた。つまり成長した弟子との再会を喜び、言葉を交わすことを、扉間なりに楽しみにしていたわけだが、それを掻っ攫われて少しばかり、拍子抜けしてしまったのである。

 とはいえ、扉間自身、自分が既に死んだ人間であり、本来は言葉を交わすことは摂理に反すると理解している。ゆえに、口を閉じる選択をすぐさま選べたわけだが、それはそれとして、思うところはあった。

 

 少しばかり残念そうにも見える扉間の様子に、柱間は苦笑を浮かべ、その肩をぽんぽんと叩いた。

 扉間は柱間の気遣いを鬱陶しく感じているかのように、スン、と首を他所へと向ける。

 

「ナルト……」

 

 号泣して畳間に抱き着いているナルトの頭を優しく撫でながら、畳間はナルトの向こう側にいる人たちへと視線を向ける。

 

 千手柱間。千手扉間。猿飛ヒルゼン。波風ミナト。うちはサスケ。少し離れた場所で横たわるカカシ、そのすぐ傍で俯き、立ちすくむオビト。

 扉間の近くには、イタチと自来也が横たわっている。カカシもそうだが、僅かに胸が上下しているところを見るに、生きてはいるようだ。

 

「この者達は、マダラとの戦いで力を使い果たしたため、兄者に治癒をさせ、今は休ませている(・・・・・・)。」

 

 畳間の視線に気づいた扉間が、端的に伝えた。無理やり意識を刈り取ったんだろうなと畳間は苦笑する。逆を言えば、そうまでして安静にさせる必要があるほどに、瀕死の状態だったということだ。

 

「畳間。貴様が見出し、これからの時代を託さんとする者達だろう?」

 

「……うん。オレの、自慢の後輩たちだよ」

 

 畳間の返答を聞き、扉間が満足げに頷いた。

 うちはイタチは、イザナギを使用し、現実世界で死んだふりをしてマダラの攻撃から逃れ、輪墓に潜伏していた。イザナギに使用したのは、『入門』の瞳。もう二度と、輪墓に入ることは出来なくなったが、出ることは可能である。

 イタチは輪墓内に潜伏し、マダラの気配が消えたのち、扉間の封印を解除した。そしてオオノキ、四代目エーの遺体を回収した扉間は、イタチ、自来也と共に輪墓より脱出、マダラと畳間の最終決戦を目の当たりにしたのである。

 そして、イタチよりその須佐能乎が持つ封印具―――六道に連なるとされる法具・十拳剣(・・・)―――の存在を聞き、その封印を解除、そこに封じられていたすべての魂を燃料に変えて、畳間へと叩きつけた。その魂の中には当然、畳間とは全く関係ない過去の人物も含まれていたが、問答無用で燃料に変えている。そのコントロールに己の技術が必要であったため、自身を燃料には変えなかった扉間であるが、必要であれば、最後の最後で、自分も畳間のもとへ飛ぶつもりだったことは、言うに及ばない。

 

 どうやら、カカシは、眠っているだけのようだ。カカシに渡したチャクラが空っぽであるところを見るに、写輪眼の使い過ぎか。

 歴代の火影達に囲まれたオビトが棒立ちをしているのは気になるものの、畳間は最後に、見知らぬ老人へと視線を向けた。

 

「あなたが、六道仙人ですか?」

 

「いかにも」

 

 六道仙人は厳かに頷く。

 畳間はナルトの頭をぽんぽんと慰めるように触れると、ナルトを体から離して、立ち上がった。

 畳間は六道仙人へと礼を取り、口を開く。

 

「オレを連れ出してくれたのは、あなたが?」

 

「儂だけではない。サスケがナルトを連れ、輪廻写輪眼の力で母カグヤの時空間から抜け出たのち、火影達と合流し、皆のチャクラを合わせ、お前を口寄せした」

 

「そうか……。皆、どうもありがとう」

 

 ずらりと並ぶ者達へ、畳間は微笑みかける。

 話したいことは、たくさんあった。

 

 ―――千手柱間。心から憧れた祖父に、あの日の感謝と、これまでの生き様を伝えたい。あなたの意志は確かに受け継いだと、胸を張って語りたい。

 

 ―――千手扉間。尊敬した師に、オレはここまで大きくなったと、鼻高々に伝えたい。少しばかり調子に乗っても、きっと許されるだろう。かつての、子供の頃の様に。

 

 ―――猿飛ヒルゼン。敬愛した兄貴分に、感謝の言葉を伝えたい。アカリを守ってくれたこと。自分を長く見守ってくれていたこと。里を守り、次代へ託してくれたこと。今になって、ヒルゼンの苦労がよく分かると、苦労話に花を咲かせたい。

 

 ―――波風ミナト。可愛がっていた後輩に、謝罪の言葉を伝えたい。守れなかったこと。先に逝かせてしまったこと。たくさんの重荷を背負わせてしまったこと。そして、ナルトのこと。

 

 ―――はたけカカシ。後を託すべき若き火の意志。今までの経験を、これからの展望を、語り聞かせ、受け継いで貰いたい。まだまだ、伝えたいこと、教えたいことはたくさんある。ゆっくりと、火影として成長していくところを、見守りたかった。

 

 だが、時間が無い。

 うちはマダラが、息絶えようとしている。

 

 カグヤの異空間で朽ちるはずだったこの身が、今、再びこの世界に呼び出された理由。

 それは、過去を懐かしむためではない。未来を語り合うためではない。

 

 引き起こされた『今』の、その責任を取るためだ。畳間はそれを、見誤らない。

 

 畳間はちらと、カカシの傍で呆然と立ち尽くすオビトへと、視線を向けた。

 本当に、呆然自失といった様子である。残されたチャクラも、気絶していないだけと言った様子の、僅かなものだ。カカシが眠り、オビトが起きているのは、ひとえに写輪眼の適性―――うちはの肉体の有無によるものでしかない様子である。

 今のオビトは、今の畳間でも、容易に殺せるだろう。

 それは、拘束されている様子も無いことから明らかである。

 今この場にいる者達は、オビトを『敵』―――脅威として、認識していない。

 

(当然か……)

 

 後悔、慚愧、焦燥、辛苦、悲哀。

 その表情は、考え得る痛みの感情を、これ以上無いほどに感じているかのようだった。その顔色は酷く蒼褪め、死に掛けの老人を通り越している。まだ、生きたいという気持ちがある老人の方が、顔色は良いだろう。今のオビトは、この世のすべてに絶望し、縋った夢すらも失ってしまった―――廃人だった。

 

(ここで殺しておくべきか……)

 

 オビトが、危険なことには変わらない。

 畳間は、視線を鋭く細めた。

 

 扉間や柱間は、何も言わない。

 自分たちが既に故人であることを弁えている。彼らが今この世にあるのは、ただうちはマダラを止めるためだ。今を生きるうちはオビトの生死には、直接的に関わるつもりは無いのだろう。もっとも、今この場で、木ノ葉に明確な害意を示すようなことがあれば、二人はそんな縛りは容易に捨て去って、オビトを殺害するだろうが。

 

「おっちゃん……」

 

 オビトを見つめる畳間に気づいたのか、ナルトが涙を拭い、見上げるようにして、言った。

 

「あいつ……」

 

 ナルトが恐る恐る、と言った様子で告げる。

 助命の願いか、あるいはせめて苦しまずという慈悲なる処刑の嘆願か。

 サスケもどこか、思うところがある様子である。

 ナルトもサスケも、『(ゼツとマダラ)』に憤りはあれど、うちはオビト個人からの被害は、受けていない。そもそも暁の暗躍は、意図してのものも、そうでないものも含めて、木ノ葉崩しと霧の内乱以外のほとんどを、畳間が未然に止めていた。そして木ノ葉崩しは、ゼツが単独で行ったものである。

 

 それでも、霧隠れで起きたことの罪は、問われ、裁かれなければならないが―――。

 しかしナルトたちは、オビトもまた、忍の(歴史)に翻弄された被害者であると―――今の廃人化したオビトを、哀れとみているのだろう。

 とても、優しいことだ。

 その優しさが、甘さと為らぬことを祈りつつ―――畳間は次代を担う者達の、新たな時代の在り方(・・・・・・・・・)を感じ、それを誇らしく思った。

 

「アレの処理は……。お前たちに……カカシに任せる。目覚めたカカシと……、他里……特に霧とだが、よく話し合って決めろ」

 

「え?」

 

 ナルトの困惑を流し、畳間はオビトへと視線を向けた。

 良く視れば、口が微かに動いている。

 耳を澄ませば、オビトは何やらずっと、か細い声で、呟いているようだ。

 

 ―――どうしてこんなことに。リン。オレはどこで間違えたんだ。

 

 ずっと、ずっと、同じことを呟いている。

 その心はもう、砕け散って壊れてしまったのかもしれない。

 

 無理もない。

 もとよりこの世に絶望していたオビトが、唯一手にした生きる意味が、無限月読だった。それを奪われた気持ちは―――畳間には、よく分かる(・・・)

 あまりにも惨めで、あまりにも憐れだ。畳間は、オビトを嗤う気にはなれなかった。

 

 ―――逆だったかもしれない。

 

 イナを失い、アカリに止められていなければ。あそこで、ああして廃人と化していたのは、自分だったかもしれない。

 

 やっと手に入れたと思わされていた生まれた意味を、最悪の形で奪われた。

 縋るものの無い者にとって、これ以上の絶望は無いだろう。

 今ここで楽にしてやることも出来る。しかし―――。

 

 オビトの親友だったはたけカカシに、オビトの処遇を任せたい。それが、畳間がオビトに対して掛けてやれる、最大限の情けだった。

 そしてそれが、火影となるだろうカカシへと残す、畳間の最後の試練にして、宿題(親心)

 

「ナルト」

 

 ナルトへと、畳間が微笑みかけ、そして、ミナトへと視線を向けた。

 

行きなさい(・・・・・)。オレとの別れ(・・)は、もう充分だ。そうだろう?」

 

「……ッ」

 

 やっぱりと、ナルトが心の内で吐露する。

 輪廻写輪眼―――その、究極の瞳術。ナルトはそれを知っている。畳間がそれをするのではないかと、内心で思っていた。

 ナルトは畳間を見つめる。畳間は優しく、ナルトへと微笑みかけている。

 

 ナルトはぎゅ、と袖で涙を拭うと、畳間に背を向けて―――父親の方へと、向かった。

 

「初代様、二代目様。そして、三代目様」

 

「「む……」」

 

 畳間が穏やかに、先代達へと呼びかける。

 それを聞いて、何やらむず痒いというか、「そうじゃない」と言わんばかりの、奇妙な表情を浮かべるおっさん二人―――を見て、苦笑を浮かべるヒルゼン。

 

「語りたいことは、たくさんあります。ですがそれは……そちら(・・・)へ、赴いてから」

 

「……」

 

「―――畳間。貴様の決めたことだ。儂等は、何も言うまい……」 

 

 柱間が見るからに哀し気な表情を浮かべ、扉間は静かに頷いた。

 柱間が分かりやすく落とした肩を、扉間がぽんぽんと優しく触れる。

 

「では畳間よ。ワシは、先に逝く。こういうのもなんじゃがの、待っとるぞ」

 

 ヒルゼンが穢土転生の縛りを解き、その体を崩壊させながら、魂が空へと還っていく。

 

「兄者。儂も先に逝く。……この先は、若い者達に任せるとしよう」

 

 扉間もまた微笑んで、崩壊を始めた体から魂を抜け出させ、天へと昇って行った。柱間は畳間の傍に横たわるマダラへ哀し気な視線を向けて、ゆっくりと、マダラへと近づいて行く。畳間は柱間とマダラから視線を外し、サスケへと視線を向けた。

 

「サスケ」

 

「……」

 

 不満げなサスケを見て、畳間は苦笑する。

 本当に、素直な子だと思う。

 

「立派に成ったな。あの悪ガキが、本当に、立派な忍者に成った」

 

「……」

 

「さすがは、オレの弟子だ。……里を任せたぞ。それと……マダラの亡骸は、里の最奥に封じろ。うちはの名の下に、もう二度と、マダラを使わせるな(・・・・・)

 

「……任された」

 

 サスケの肩に手を置き、畳間は微笑む。

 力強く頷いたサスケから手を離し、畳間はナルトと、ミナトへと視線を向ける。

 最初、ミナトは畳間を見ていた。畳間とミナトの視線が重なる。

 お互いに、言いたいことはあった。

 

 ―――先に逝ってしまったことへの謝罪。先に逝かせてしまったことの謝罪。

 

 しかし二人が言葉を交わすことは無く、ミナトは畳間へ僅かに頭を下げて―――その視線は、近づいて来るナルトへと、向けられた。

 

「父ちゃん、オレ!! ごめん!!」

 

 ナルトが開口一番、頭を深く下げていた。

 

「……? なにが?」

 

 ミナトが困惑に小首を傾げる。

 

「え? あの、オレの中の父ちゃんに、オレってば酷いことを……」

 

「そうなのかい? ナルトの中に残したチャクラと、ここにいるオレは繋がってないから、何があったのか知らないけど……。別に気にしてないよ。むしろオレの方こそ……敵に操られちゃって……」

 

 落ち込んだ様子を見せるミナトに、ナルトもまた哀し気に眉根を寄せた。

 

「でも……」

 

「……それに、立派になった倅を見れたんだ。何があったとしても、おつりが来るさ。本当に、立派に成ったな」

 

 優しくその頭を撫でるミナト。

 その感触に、ナルトはぴくりと固まって、そして、嬉しそうに微笑んだ。

 

「母ちゃんには、会ったんだ。少しだけど……、でも、ちゃんと話も出来て……色々、聞いた。生まれた時と、会ったときと、助けて貰ったんだ。ありがとう、父ちゃん!! オレ、父ちゃんと母ちゃんの息子で、幸せだ!! それを、伝えたかった!! ありがとう!! オレを、愛してくれて!!」

 

 ぽかんと、ミナトが瞬きをして、そして、嬉しそうに目じりを緩ませる。

 

よかった(・・・・)

 

 ミナトは微笑んで―――その体が、ゆっくりと崩壊していく。

 それを見て、ナルトが戸惑ったように瞳を揺らす。

 

「今のオレは、外法の存在だ。いつまでも、ここにいるわけにはいかない。お前に、良いところは見せられなかったけど……ナルト。君に会えて(・・・・・)良かった(・・・・)。……お別れだ」

 

 その言葉に含まれる意味は、きっと、今この時の再会だけでなく―――生まれて来てくれたこと、そのものが含まれている。

 それを、ナルトは感じ取った。

 感じ取ることが出来た。

 何故なら、今ミナトが滲ませている雰囲気は、ナルトを抱きしめ、そして幸福を願って天へと還って逝った―――母クシナと、同じものだったから。

 

「オレも……ッ。父ちゃんに会えて、良かった……」

 

「……」

 

 ミナトが微笑む。

 

「クシナに、色々、伝えておくよ。オレ達の息子は、世界を救った『救世主』だってね。鼻高々さ」 

 

 あの日、己の身を賭して守った、生まれたての我が子。

 あの小さかった子が、こんなに大きくなった。

 

「オレってば、ちゃんと色々食ってんだ! 好き嫌いは……ちょっとあるけど、アカリ姉ちゃんとマザーが作ってくれる御飯は、全部食べてる!! 食べねえと怖いし……。あ、マザーって言うのは、孤児院のお母さんで……。そう! オレってば、おっちゃん―――えっと、五代目火影の……」

 

「五代目火影……畳間様のことかな?」

 

「そう! オレってば、おっちゃんが作った孤児院で暮らしてんだ!! 兄弟はたくさんいるし! 友達もたくさんいる!! みんな、良い奴なんだ! それから! 勉強はあんまりうまくいかなかったけど、でも、忍術の才能はあるって、四代目火影の―――父ちゃん譲りの天才だって言われてる!! エロ仙人……自来也先生は、そうは言わないけど……でも、すっげー尊敬してんだ!! 先生たちの言うことだって、割と……。割と!! ちゃんと聞いてる!! 自来也先生も、カカシ先生も、それに、おっちゃんのことも!! すっげー尊敬してんだ!! それと、忍の三禁ってやつ!! 自来也先生に弟子入りして、色々、勉強になったってばよ! ……オレってば、いっぱい、いっぱい間違えちまったけど!! でも、みんなが助けてくれたんだ!! サスケって言う、親友もいる!! オレってば、まだまだ未熟者だけど!! でも……っ!! そこそこ頑張ってんだ!! 夢だって、ちゃんとある!! オレってば、おっちゃんも、父ちゃんも先代のどの火影も超えた火影になる!! ぜってェなるからな!! あっちで、母ちゃんにも伝えてくれ!! しっかりやるからって!! 皆と一緒だから、大丈夫だって!! オレのことは、もう全然、心配しなくていいからってッ!!」

 

 矢継ぎ早に繰り出すナルトの言葉を、ミナトは本当に嬉しそうに、慈愛の表情を以て受け止めている。

 そして、塵芥の肉体から解き放たれたミナトの魂は天へと昇り、静かに微笑んだ。

 

「―――全部、伝えておくよ」

 

 優しい声音を最後に残し、ミナトの魂は天へと還った。

 ナルトは小さく嗚咽を漏らし、肩を震わせる。

 そんなナルトの肩に、近寄ったサスケが優しく手を乗せた。

 

 そしてナルトが袖で涙を荒く拭い、振り向いたとき―――畳間の姿は、そこにはもう無かった。

 

 

 

 

 

「―――アカリ」

 

 畳間は、静寂が支配する渦潮跡地にて、蔓の繭を見上げていた。

 残されたチャクラ―――飛雷神の術一回分のチャクラを使い、畳間はアカリのマーキングへと飛んだのである。

 

 畳間はアカリを縛る繭を切り裂いて、中からアカリを救い出す。

 そして、落ちて来たアカリを優しく抱き留めると、静かに地面へと横たえる。

 畳間は両手をアカリの頬に両掌を当てる。優しく包み込むように。

 

 ―――解。

 

 無限月読全体の解除は、サスケとナルトが行うだろう。

 その前に、先んじて、アカリの解術だけを、畳間は行った。

 

 ―――それは、畳間の我儘だった。

 

 チャクラを流し込み、精神を刺激し、覚醒を促す。

 少しして、小さな呻き声を漏らし、アカリが意識を取り戻した。

 

「え……あ……」

 

「アカリ……」

 

 戸惑いを見せるアカリの体を抱き起し、畳間が優しい声音で語り掛ける。

 戦いを終えた戦士の、優しい―――覚悟を抱いた声だった。

 

「たたみ、ま?」

 

 ぼうっとしていたアカリが、じわじわと現状を理解し始める。

 そして完全にその意識を覚醒させたとき、アカリは畳間の体に飛びついた。

 

「畳間!! 畳間!! 良かった!! 生きて!! 畳間ァ!!」

 

 アカリは子猫の様に、畳間の体にすり寄った。畳間の背に手を回し、強く強く、畳間の体を抱きしめる。

 死んだと思っていた夫が生きて、己の前にいる。その事実だけが、アカリには喜ばしくて仕方が無かった。

 

 畳間はアカリの抱擁に応え、力強くアカリの体を抱きしめる。

 ぽんぽんと、アカリの背中に触れた。

 

「アカリ……」

 

「畳間!!」

 

「……お別れを、言いに来た」

 

「……え?」

 

 喜びに溢れ、紅潮していたアカリの頬が、一瞬で冷え切った。

 

「何を……」

 

「ごめんな、アカリ……。酷いことをしてる自覚はある。だけど……もう一度だけ、最後に……お前の声を、聞きたかったんだ」

 

「なんで……何を……。お前、その眼……ッ!?」

 

 アカリは仙術チャクラを練り、チャクラを感知する。

 そして畳間の瞳に、うちはマダラや、ペインと同じものを感じ取り、畳間がやろうとしていることを理解する。

 

「なんで―――ッ!! なんで―――ッ!? なんで―――!? お前が犠牲になることはないだろう!! これから、復興していけばいい!! 失ったものは多くても!! それでも、皆で歩いて行けばいいじゃないか!! 忍界大戦の時だって、そうだった!! 私たちは、生きていける!! 畳間!! お前が犠牲になる必要なんて―――ッ」

 

「―――シスイが死んだ」

 

「え……」

 

 アカリの目じりから、止めどない涙が流れ落ちる。

 その言葉を頭が理解するよりも前に、心が理解してしまった。

 アカリの思考を置き去りに、引き裂かれそうなほどの痛みを受けた心が、涙をあふれさせる。

 

 最愛の息子か、最愛の夫か。

 

 突如として、アカリに突きつけられた選択肢。

 

 ―――あまりに酷い。あまりに、酷すぎる。

 

「うそ……」

 

「アカリ。オレは、もう逃げない。子供の様に、誤魔化さない。五代目火影として―――そして、うちはマダラの弟だった者として。一人の大人として……責任を取る」

 

「だったら、私も―――ッ」

 

「……アカリ」

 

 滂沱の涙を流すアカリを抱きしめて、畳間は優しく告げた。

 

「―――子供たちを、頼む」

 

「う……あ……。あぁ……」

 

 それを言われて、言葉を返せるアカリではない。

 止まらない涙を、更に滂沱と流し、アカリは畳間の体を叩いた。

 

「なんでッ!! なんでッ!! 私たちは、夫婦じゃないか!! 私たちは、運命共同体(・・・・・)じゃないかッ! なんでッ!! なんで―――ッ」

 

 それはかつて―――アカリと畳間が第六班となったときに、畳間が口にした言葉だった。

 アカリの耳たぶには、今もまだ、あの時に贈った薔薇の花が、揺れている。

 

「……」

 

 畳間は何も言わなかった。

 ただアカリを、力強く抱きしめる。

 

「ウソつき!! 嘘つき!! 嘘つき―――ッ!!」

 

 混乱し、錯乱し、そして暴れるアカリを、畳間は力強く抱きしめた。

 その抱擁が痛くて、痛くて―――。

 

「う、あ……ッ。うああああああああああああああああああああ―――ッ」

 

 ―――子供の様に泣くことしか、出来なかった。

 

「畳間ッ!! 畳間―――ッ!!」

 

 確約された別れ。

 畳間から伝わる覚悟。

 それを感じ取ったアカリは、ただ涙と共に、畳間の名を叫んだ。

 

 重い、重い、妻の愛。

 しかし、畳間を止める言葉は、アカリの口からは出なかった。

 アカリは火影の妻として―――畳間の覚悟を、受け入れたのだ。

 

 それを感じた畳間は微笑んで、静かに涙を流す。

 

「……あ」

 

 アカリが小さく言葉を漏らし、そして再び、眠りに就いた。

 畳間がアカリにチャクラを流し込んで、その意識を絶ったのである。

 

「ごめんな、アカリ。本当に……。これは、オレの我儘だ」

 

 最期に、アカリの声を聞きたかった。

 それだけが、畳間の最後の望みだった。

 

 そして―――この死にかけの、ボロボロの体を、アカリに見られたくは無かったのだ。

 

「アカリ。プレゼントがあるんだ。もうすぐ……オレ達の、結婚記念日だから……」

 

 畳間は眠るアカリの眼を覆うように、掌を翳した。

 チャクラを、送り込む。

 

 ―――閉じられた瞼の奥で、失われたアカリの瞳が、再生する。

 

「シスイの夢を奪うことになるが……。許せシスイ。夫から妻への、最後の贈り物だ」

 

 畳間はアカリを横抱きに持ち上げると、近くのベッドへと横たえる。

 

「……」

 

 眠るアカリへ微笑みかけて、その頬を、最後に一度だけ優しく撫でて―――畳間は静かに、その場から、消えた。

 目じりから流れ落ちたアカリの涙が、乾いたベッドに、吸い込まれ、消えた。

 

 

 

 

 

 ―――木ノ葉隠れの里。五代目火影の顔岩の、上。

 

 畳間は静かに、崩壊した里を眺めている。

 波乱の人生だった。

 たくさんの失敗をして、たくさんの幸せを見た。

 多くの絆を得て、たくさんの哀しみを知った。

 

 ―――自由に生きた幼年期。

 

 ―――がむしゃらに駆け抜けた少年期。

 

 ―――迷い苦しんだ青年期。

 

 ―――光の中で生きた、壮年期。 

 

 そして、今。

 

 ―――幾重の(イグサ)で編まれたこの身は、ただ一枚の、畳として。皆の暮らしの、礎となる。

 

 畳間は名残惜しむ気持ちを抑え、静かに両掌を合わせた。

 

 残された時間は少ない。

 

(後のことは、若い者達に任せるとしよう(・・・・・・・・・・・)……。なあ……■■■)

 

 畳間は静かに微笑んだ。肩の荷が下りたような、気楽さがあった。

 

 畳間の瞳が、マダラの瞳―――すなわち輪廻眼と繋がっている以上、マダラが息絶えた時、畳間の瞳から輪廻眼が失われる可能性が存在する。

 ゆえに、マダラが生きている間に、あの術(・・・)を使用する必要があったのだ。

 

 ―――いずれその時は来る。それまでその命、とっておけ。

 

 畳間はもう、何も言わなかった。

 ただ静かに微笑んで、合わせた掌に、(チャクラ)を込める。

 対象は、あの日―――うちはマダラが復活した日より、失われた命。

 

 うちはマダラと、黒ゼツ―――過去からの闇によって奪われた人々の、未来。

 

「―――さらばだ。……オレの愛した、忍界よ」

 

 ―――六道・輪廻転生の術。

 

 畳間の体から、その魂と共に膨大な光が解き放たれ―――忍界を覆い尽くした。

 

 光の奔流が消え去り―――畳間は、里を見守る様に項垂れ、動かなくなった。

 その頬には―――ただ柔らかな微笑みだけが、湛えられている。

 

 夜明けだ。

 

 ―――柔らかな一筋の光(・・・・・・・・)が、永久に眠る畳間を祝福するように、照らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四次忍界大戦編―――終幕。




次回、エピローグ

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