綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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さようなら

 現れた二人の男―――うずまきナルトと、うちはサスケ。

 二人は満身創痍の畳間を庇うように立ち、カグヤを睨みつけている。

 溢れ出るチャクラは、先ほどまでのマダラや畳間と同等のもの。

 

「お前達……一体……どうやって……そこまで極めた……?」

 

 畳間が訊ねる。

 

「あー。色々あったんだけども。オレとサスケのチャクラがこう、きょうめい?して、んでオレの中の九尾のチャクラがゴーっと溢れて、んで六道の爺ちゃんがオレ達に―――」

 

「黙れナルト。時間が無い。―――幻術・輪廻写輪眼」

 

 長々と話を始めたナルトの言葉を遮って、サスケが横目に畳間へと輪廻写輪眼を向ける。

 その意図を察した畳間はサスケの幻術を受け入れ―――膨大な情報を受け取った。

 

 うちはサスケと、うずまきナルトが、戦ったこと。

 サスケは腕を失い、ナルトは憎しみを乗り越えた。

 そして二人ははらわたを見せ合い―――サスケは真なる友情を胸に刻み、ナルトは勇気を取り戻した。

 

 そして、二人はマダラとの戦いに参戦するために、渦潮跡地を飛び出したのだ。

 その前に、ナルトは我儘で、影分身を一つ、白の下へ送ったのだ。

 再不斬を失い、悲痛にくれる白を―――出会って日が浅いとしても、自分自身が『友』と定義した者を蔑ろにし、己の激情に呑まれたことを謝罪し、その心に寄り添うために。

 

 そして、ナルトの影分身は、己の心を、白に伝えた。

 先人の思いを継ぐこと。それこそが、共に生き続けることになるという、ナルトなりの悟り。

 

 それを伝えられた白は、当然、すぐに受け入れることは出来なかったし、哀しみから立ち上がることも、まだできそうになかったが―――それでも、またナルトと話をしたいと、そう思った。大切な人を目の前で奪われたという、同じ哀しみを抱く者同士―――もう少しだけ、話をしてみたいと、そう感じさせる何かが、ナルトの言葉にはあった。

 

 そして―――破滅の光が降り注いだ。

 

 ナルトとサスケに、破滅の光から身を護る術は、まだ(・・)無かった。

 幻術に囚われそうになった二人は―――互いの体に流し込んだ、お互いのチャクラが共鳴し合い、突如として溢れた力によって、その身を覆われた。

 

 究極体・須佐能乎。

 

 うちはサスケの体から溢れ出た新たなステージに昇った須佐能乎は、破滅の光を遮断し、二人の体を降り注ぐ光から守った。

 

 ―――そして、二人のチャクラから、白い爺が現れたのだ。

 

 ―――じじィ!!!

 

「……あのー。オレの中の九尾が、すげー怒鳴ってんだけど……。どちらさんだってばよ?」

 

「ぼくは六道仙人だよ♡ よろぴく♡」

 

「殺して良いか?」

 

 ナルトの問いかけに答えた白い老人の返答を聞いて、サスケは手に千鳥を浮かべる。

 

「うーん。オレもちょっとイラっと来たけど……。九尾がなんか凄い『やめろバカ』って叫んでんだよな……」

 

「え!? ウチショック!! この喋り方気に入んないわけ!? ショックなんですけどー!!」

 

「香憐みてェ……」

 

 ナルトが呆れた様に言った。ナルトの中の香憐像はこういうものであるらしい。知られたら殴られるやつです。

 

「ふむ……。気に入らんか? ではこのような話し方ではどうだ?」

 

「何だこいつ……。情緒不安定か……? ヤバい奴だな……」

 

 サスケが警戒を引き上げる。かちゃりと、鯉口が鳴った。

 

「これもダメか……?」

 

 老人は困ったような雰囲気を滲ませている。

 

「情緒不安定なのはお前も……。って、そんなことはどうでもいいんだってばよ!! 爺ちゃんナニモンだ!? オレ達ってば、急いでっから、邪魔しねーで欲しいんだけど!! 邪魔するなら……。……え? なに? 六道仙人?! ……って、誰?」

 

「どうした急に」

 

 ナルトが百面相を始めたのを横目に、サスケが困惑を口にする。

 

「だが、ナルトの言う通りだ。オレ達は急いでいる。そこをどけ。……え? 六道仙人?」

 

 サスケが遅まきながらその言葉を拾い、ナルトへと視線を向ける。

 

「どういうことだ、ナルト! 何故その名が今出て来る!?」

 

「いや、なんか九尾が……」

 

「ふむ……順を追って話そう。九喇嘛。お前も、落ち着け」

 

 六道仙人と他称された老人が、輪廻眼をナルトの腹へと向けながら、穏やかに言った。

 

「うわ!! 九尾ってば、急に落ち着くなってばよ!! 逆にびっくりするから!!」

 

「ナルトやかましいぞ! こいつは一体誰なんだ!!」

 

「そんなこと言われても!? サスケだって腹に別人住んでたら分かるはずだってばよ!! このびっくり具合!!」

 

「分かるわけねーだろ!! オレの腹にはなんも住んでねェ!! 」

 

「ウソだ! チャラスケがいんだろ!?」

 

「死にてェのかナルトォ!!」

 

「……ははははは!!」

 

 わいわいと仲良く口喧嘩を始めたナルトとサスケを見て、老人が大きく声をあげて笑った。

 厳格な見た目でギャル語のようなものを使い始めたと思えば、急に笑い出す。

 

 どう見ても狂人である。

 ナルトとサスケは黙り、理解できかねる恐ろしいものを見るように、老人を見つめる。

 

「すまぬ。お前達……アシュラとインドラの転生者が、これほど仲が良いことは珍しい……いや、初めてのことだったのでな。少しばかり、高揚してしまったのだ」

 

「……」

 

 友好的な雰囲気を前面に押し出す老人に、根は良い子なサスケが戸惑いを見せる。

 

「順を追って話そう」

 

 そして、六道仙人より、事情の説明が行われた。

 

「以上が、儂にまつわることである。本来ならば……儂はこの世に現れるつもりはなかったのだ。うちはマダラが倒され、お前達が因縁を乗り越えてくれたことを見届けられたなら、それで良かった。そのまま誰に知られることも無く、世を離れるつもりであった。いや……そのような終わりを、望んでいたというべきか……。しかし、母カグヤは蘇ってしまった。そして尾獣たちは九喇嘛の半身を除いて……封じられてしまった」

 

「……気持ちはわからんでもないが、オレ達には時間が無い。オレ達は、そのカグヤという者を再封印すれば良いわけだな?」

 

 サスケが言った。六道仙人が頷く。

 

「うむ。儂の力を、分け与える。それで、母の封印は叶うだろう。難しいことだが―――」

 

「難しくても関係ねえ。オレ達はやるってばよ。カグヤってやつは、尾獣たちを取り込んでんだろ? 人柱力のみんなは友達だ。んでもって……尾獣たちは、九尾のダチだからな。オレにとっても、友達だ!!」

 

 ニシシ、と笑ったナルトに、六道仙人の鋭い視線が、僅かに柔らかくなったように見える。

 そして六道仙人は、変わらぬ表情で、口を開いた。

 

「……先ほどから思っていたが、九喇嘛よ。お前、まだナルトに名を伝えていなかったのか」

 

「あ! そうなの! 九尾お前、九喇嘛って言うのか!! やっと名前知れたってばよ!!」

 

 六道仙人の言葉を聞いて、ナルトが自分の腹に目線を向けて、嬉しそうに言った。

 ナルトの腹の中で、九尾―――九喇嘛が「気やすく呼ぶな! 余計なこと言ってんな爺!!」と吠える。

 

「だから! オレ達には時間がねぇって言ってるだろ!」 呑気に話をするナルトへ、サスケが吠えた。

 

「いや、ごめんってばよ。名前を知れたのがあんまりうれしくて、つい……」

 

 しょぼんとするナルトに、サスケは気まずげに目を逸らす。

 それがまた仲良しそうに見えて、六道仙人の目じりが柔らかくなる。

 

「サスケよ。お主の言う通り、時間が無いことは確かのようだ。端的に、状況を伝える。千手畳間が、復活した母と戦いを始めた。しかし……あやつでは勝つことは出来ない」

 

「え!? おっちゃん生きてんの!?」

 

「ナルトォ!! 黙って聞け!! ―――え? 五代目生きてるの!?」

 

「……お前達、少し黙って聞きなさい。今、儂はお前たちの心に直接話しかけている。目覚めた時、過ぎた時間は数秒程度だろうが……。……お前達二人に、儂のチャクラを譲り渡す。自力でインドラとアシュラの力に目覚めたお前達だ。儂の力が馴染むのも、恐らくは速いだろう。重ねて言うが、その力で、母カグヤを再度封印して貰いたい。やり方は自ずと分かる。任せたぞ」

 

 そして消えていく六道仙人を見て、ナルトが慌てた様に詰め寄った。

 

「ちょっと! それはそれで、消えるの早すぎるってばよ!!」

 

「―――九喇嘛よ」

 

 無視かー!?

 と内心で思うナルトだが、何か大事な話をしそうなため、ぐ、と堪えて見せる。

 

「お前の生も、アシュラとインドラの担い手の生を追う傍ら、僅かながら見ていた。人間との軋轢……お前の心も、理解はできる。そして、このナルトが、そう(・・)であるかどうかは、儂にも断言は出来ん。だが……ナルトのことをずっと見ていたお前なら……ナルトの心に住まう(・・・・・)お前なら……ナルトの言葉の真偽は、分かるのではないか? お前も―――」

 

 カグヤの復活という一大事を前に、六道仙人は九喇嘛に対し、協力を促すような言葉を紡ぐ。

 

「―――それ以上はいいってばよ、仙人の爺ちゃん」

 

 六道仙人の言葉を遮って、ナルトが、言った。

 

「九喇嘛はきっと、それだけ、酷い目にあってきたんだ。オレだって、九喇嘛のことは、雑に扱ってた。すぐに信用して貰おうなんて、最初から思ってねェ。だから、オレは証明する。他の尾獣をみんな助ける」

 

 ナルトが己の腹へと視線を向けて、語り掛ける。

 

「そうすれば……九喇嘛。お前も少しはオレのこと……認めてくれんだろ? ……そんでもって、九喇嘛に認めて貰ったら―――」

 

 ナルトがにっかりと笑い、古ぼけた(・・・・)額当てに手を当てて、ぐい、と持ち上げる。

 

「―――この戦いを終わらせて、いっぱい勉強して、いっぱい修業して……。そんで、歴代の誰よりもすげェ火影になる。この、額当てに誓って」

 

「火影になるのはオレだけどな」

 

「ちょっとサスケ黙っててくれ」

 

それ(ナルトが付けている額当て)は……アシュラの前任者……柱間より、千手畳間が譲り受けたものだったな」

 

「……そこまで知ってんの? ……ああ。そうだってばよ。マダラとの戦いの中で布が千切れたみたいでさ。アカリの姐ちゃんが木ノ葉でオレを助けてくれた時に、拾って来たんだって。それを貰った」

 

 渦潮跡地を立つ前に、アカリはナルトを呼び止めて、その額当てを手渡した。本当は、すべてが終わった後、畳間の墓前に手向けようと思っていたそれを、アカリは成長したナルトへ託すことを選んだのだ。

 ナルトは深い礼を以てその額当てを受け取った。強く強く巻き付けたそれは、ナルトにとって約束と、勇気の証だった。

 

「オレはこの額当てと、忍道に掛けて―――尾獣のみんなを助ける。任せてくれってばよ!! それにオレには、サスケもいるしな!!」

 

「ふん。当然だな」 

 

 片腕を失っていることを感じさせないサスケの様子。

 サスケとナルトは互いに顔を見合わせて、自信満々に笑い合った。

 

 六道仙人は優しく目を細め―――消えて行った。

 

 意識を取り戻した二人は、もはや先ほどまでの二人では無かった。

 力は満ち溢れ、心は安定し、はるか遠くまで見渡せて、そして感じ取れた。

 

「これは……。思わず己惚れちまいそうだな……」

 

 サスケが溢れる力に、僅かに身震いをする。

 ナルトが違いないと笑い、頷いた。

 

「……なあ、サスケ。ちょっと、手、貸してくれるか?」 

 

「ああ?」

 

 サスケが右腕を差し出す。

 ナルトは首を振った。

 

「無くなった方」

 

「……?」

 

 サスケは訝し気な表情を浮かべ、隻腕側の腕をナルトへ向ける。

 ナルトがサスケの隻腕に触れる。すると、じわじわと、サスケの腕が生えて来た。

 

「!?」

 

 サスケが驚愕に眼を見開く。

 ナルトは、いたずらっ子の様に笑った。

 サスケは驚愕を表情に浮かばせながら、しかし不満げに、ナルトを見つめた。

 

「これが、お前が受け取った、六道仙人の力の一端、ということか。……オレには、それは出来そうにないな……。……狡くないか? お前」

 

(サスケってこういうとこ心狭いよな……。まあ、オレがこいつのライバルだから、か)

 

 ナルトの力に羨望を抱いたのか、不躾に視線を送って来るサスケに、ナルトは苦笑を浮かべた。

 

「お前だって、その眼……。なんかすごそーじゃん。オレには無いってばよ。だからこそ、だろ?」

 

「……ふ。違いない」

 

 異なる力。異なる考え。一歩間違えば、ぶつかり合うことになるだろう、危うい均衡の上に立つ二人。

 だからこそ、はらわたを見せ合い、心を通わせたとき、その力は何倍にも膨れ上がる。

 

「「―――負ける気がしねェ!!」」

 

 それは、己の力に己惚れたがゆえに出た言葉ではない。

 友がいるから。

 ナルト(サスケ)がいるから。

 二人なら、負ける気がしない。二人なら、不可能なんてない。互いの不足を補い、互いの長所を増幅させる。

 最高のバディ―――もっとも、火影を譲り合う気などもはや一ミリたりとも存在しない二人である。その話題を振れば、激突は避けられないことは、言うに及ばない。

 後日(遥か遠い日に)―――二人で食事でも摂っていた時、偶然通りかかった木ノ葉丸に、皆が敢えて避けて来た言葉「結局どっちが火影になるんだコレ?」と言われた日は、木ノ葉史上最大の内輪もめ事件が発生するのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 そして、うちはサスケの左目に宿った輪廻写輪眼は、空間をこじ開けて距離を無視し、絶体絶命の千手畳間の真上へと二人を誘った。

 

 拘束されている畳間を救出した二人は、真っすぐに、カグヤへと視線を向ける。

 大玉螺旋丸を叩きつけられたカグヤは、しかしその髪の防御で無傷である。そして、突如として現れた二人を警戒しているのか、カグヤはその周囲に半透明なチャクラの腕を展開し、揺蕩わせている。奇襲への耐性が、身についていた。

 サスケの幻術によって瞬時に状況を把握できた畳間は、二人の登場という予想外の事態を速やかに受け入れ、戦闘方法を再構築し始める。

 

(六道仙人の助力……。正直、かなりありがたい)

 

 畳間はカグヤへと視線を向ける。

 

(ナルトたちの攻撃に対する、今の反応……。先ほど、オレの瞬身(・・)に戸惑っていた割に、対応が恐ろしく早かった。成長が早い……。頭の出来は悪くないようだ……。長期戦は悪手か……。こいつが戦闘者として覚醒する前に、確実に封印しなければならない。つまりオレ達に求められるのは、超短期決戦。奴に成長の機会を与えないこと……)

 

 畳間がサスケとナルトの背へと、視線を向ける。 

 

(ゼツの言葉を信じるなら、カグヤは息子たちに分け与えたチャクラの回収を目的の一つにしている。そして……今のナルトとサスケのチャクラからは、マダラと爺さん―――いや、インドラとアシュラの力を強く感じる。その濃さは、オレの中にある二人のチャクラの比ではない。となれば、カグヤの執着はオレでなく、この二人に向かう)

 

 畳間は鋭く視線を細める。

 

(僅かな情報しかないが……恐らく、カグヤには、目的外のことに意識を割く器用さはまだ(・・)無い。オレは、奴の意識から逸れる。とはいえ、ゼツはオレから目を離さないだろう。かつてのオレと似たタイプなら、恨みは忘れないはず……。少し煽り過ぎたか……? しかし他に手はない。二人を囮にオレが……。いや……今の衰弱寸前のオレでは、不確定要素が多すぎる。先ほどまでは、オレ以外にカグヤの再封印は出来なかったが……切れる札は増えた。オレ自身が(・・・・・)届く必要はない。ならば……優先的に攻撃されるだろう二人を守り、封印の一手へと導く。―――五代目火影最後の役目として、後進に道を切り開く。場違いだが……燃えるな。色々と『その時』はあったが……きっと、今こそが―――『いずれ来たるその時』、か)

 

 畳間は僅かに口端をあげる。

 

(オレ自身に残された力は少ないが……封印用のチャクラを、オレが考慮する必要がなくなったことは大きい。オレの全力で……。奴の動きを一瞬でも良い……止めることが出来れば。二人ならきっと……) 

 

 畳間が鋭く視線を細める。

 

(無駄を削ぎ落せ。飛雷神の術の修業を……叔父貴の修業を思い出せ。あれは基礎を磨き、無駄を削ぎ落すものだった。遠い昔の、あのときの感覚を呼び戻す。奴の動きの先を読め。王手への道筋を作る。それは、この場において戦闘経験値が最も高いオレにしか出来ん)

 

 だが、懸念はあった。

 

(一瞬で時空間を口寄せする、あるいはオレ達自身を時空間へ飛ばす術。あの術は気がかりだ。寸前で逃げられてはどうしようもない。だからこそ……ナルトとサスケが王手をかけるよりも前。カグヤが逃げの一手を選択するよりも前の段階で、奴の動きを止める必要がある。ゼツの妨害も考えれば……。奴の拘束時間が長期化する可能性は高い……)

 

 畳間は苦悩に眉根を寄せた。

 

オレ達(・・・)の『不惜身命』と同等のチャクラ……。これだけのチャクラを長時間拘束するなど、全快時のオレの、最高の封印術でも無理だ。奴を長時間(数秒)拘束するだけの強大な封印術……。『不惜身命』に使った力のすべてを封印術に注ぎ込めば可能かもしれないが、もうそれは望めない。どうすればいい……。あと一つなんだ。あと一つ……ッ。それさえあれば……)

 

 ―――あるでしょ。

 

 声が、聞こえた気がした。

 はっと、畳間はいつの間にか俯いていた顔をあげる。

 声は、幻聴だろう。それは間違いない。その人はもう、天へと還ったのだ。

 しかし畳間は薄く笑った。道筋が見えた。あの術なら、格上相手でも、根性で(・・・)長時間の拘束が可能だ。それを知るからこそ、畳間は九尾事件の折、瞬時に里へ戻る選択肢を潰された(・・・・)のだから。

 

(―――攪乱。陽動。奇襲。強襲。陽動。激突。陽動。拘束。排除。封印。警戒(・・)

 

 ―――連鎖のラインは整った。

 

 畳間は、思考を終える。

 力強くカグヤを見据え、畳間は言い放った。

 

「ナルト、サスケ!! 眼で語る戦いだ!!」

 

「!」

 

「?」

 

 サスケは畳間の意図を汲み、瞬時に再度畳間へ瞳を向ける。

 ナルトは分からないなりに、呼ばれたからとりあえず畳間の方へと向いた。

 輪廻写輪眼が二人を幻術に掛ける。畳間は瞬時に思考を伝え、そして、一気に攻勢を仕掛けた。

 

「―――超多重おいろけ逆ハーレムの術!!」

 

 ―――攪乱。

 

 まず、ナルトが動いた。

 現れた数千の影分身が、一斉に変化の術を発動する。

 現れたのは、引き締まった体、ぶらさがる一物を隠そうともせず、カグヤへ両手を広げ、抱擁を求める美男子の集団だった。そして、一物の形は、その顔つきに劣らぬほど美麗に整い、醜さを感じさせず、なにより大きく逞しい。

 

(なんておぞましい術だ……ッ!!)

 

 サスケか、畳間か。

 ナルトの最悪の意外性を見て、内心で悪態を吐く。

 女性版で自身がやられたら、一たまりも無いと付け加えたのがどちらなのかも分からない。 

 

 カグヤも子を持つ母親である。それを見たことはあるだろう。そして、それはナルトが考える最高峰のモノである。

 カグヤは僅かに頬を染め、無意識に、それを食い入るように見つめた。 

 

 美男子の集団は一斉に、カグヤへ群がった。さながら砂糖に引き寄せられる蟻のように。敵意無く、愛を求めて。

 戦闘者ではないカグヤに、敵意がまるでないその無限の抱擁にすぐさま対応するだけの技量は無かった。接近を許す。

 

「母さん!!」

 

 ゼツが叫んだ。

 は、とカグヤが眼に色を取り戻す。頬は相変わらず染まっていた。

 

 カグヤが髪と、半透明のチャクラの腕を揮い、多くの影分身達が破壊され―――る直前、影分身達が一斉に起動する。

 

「―――超多重おいろけ逆ハーレム大爆破!!」

 

 一斉に、美男子の集団が起爆した。分身一体一体に込められたチャクラは、尋常ではない。そして、起爆スイッチを起動したのは、あくまでオリジナル。分身達は本心から、ただカグヤを抱きしめることしか考えていなかった。

 敵意なく近づいて来る美男子の集団。千を超える数だ。カグヤ好みの男も、少なからずいただろう。それらが、一斉に体を爆散させたのだ。真正面からそれを見せられた女が、凄まじい動揺を抱くことを、誰が責められようか。

 

(なんておぞましい術なんだ……ッ!!)

 

 女性版で自身がやられたら、一たまりも無いと付け加えたのがどちらなのかも分からない。 

 とはいえ、所詮は見知らぬ他人であるし、見た目が知り合いに似ていた分身がいたとしても、敵の分身だと分かっていれば、衝撃自体は少ないだろう。そして木ノ葉には、亡くなった知り合い本人を目の前で爆散させる術があった。なんておぞましい術なんだ……ッ。その術は許せない……。

 

 常のナルトとサスケならば、これで「終わったか?」と淡い希望を以て、僅かな油断を抱くだろう。だが、畳間はそれを許さない。扉間譲りの、そして現在、高揚と共に冴えわたっている思考は、既に連鎖のラインを整え、二人へと伝えている。これで終わりではないのだ。

 

 ―――仙法 風遁・求道玉螺旋手裏剣。

 

 核となる螺旋丸に陰陽―――あらゆる物体を消滅させる―――求道玉を使用し、その周辺に、障害物全てを切り裂き道を造る風遁の刃を付け加える。風の刃は、一つ二つではない。いくつもの刃が交差するように、求道玉の周りをぐるぐると回転している。さながら乱回転するミキサーである。

 

 求道玉は風の刃に守られ、その本体を摩耗することなく、あらゆる障壁を切り裂き突き進み、標的へそのままの規模で直撃するのだ。

 

 それを、ナルトはカグヤへ向けて解き放った。

 

 ―――陽動。

 

 爆発の中、カグヤは白眼を起動する。

 カグヤであっても、決して直撃してはならない攻撃。

 カグヤは回避行動を選択し、爆発をものともせず、爆炎の中を移動した。

 

 ―――奇襲。

 

 直後、爆発の中を突き進むもう一つの力が現れる。

 変化の術で全裸の男に化けていた―――なおその全裸美男子のモデルが自身そのものであることは秘密である。常日頃修業していたナルトとは違い、咄嗟に想定外の他人の肉体に変化できるほど器用では無いのだ―――うちはサスケである。

 サスケは変化の内側で、須佐能乎を薄く展開し己の体を爆発から守り、一気にカグヤへと距離を詰めていた。

 そしてカグヤが移動した瞬間に、変化を解除。千鳥を纏った腕で、カグヤへと襲い掛かったのだ。

 

 ―――強襲。

 

「―――天手力」

 

 爆煙の中、ナルトが投擲した螺旋手裏剣と、サスケの位置が一瞬で入れ替わる。

 そしてナルト本体―――サスケの背後に潜んでいたナルトが、姿を現した。

 

 カグヤの後方にサスケ、前方にナルトが出現。

 爆炎の中で行われた位置の変更。

 カグヤが二人に挟まれ、ゼツが焦りを見せる。

 封印には、絶好のタイミングだ。しかし、ナルトとサスケは封印へと焦らなかった。封印には、二人同時に、カグヤに触れる必要がある。近づく必要がある。今、封印術の行使が可能とも言えるタイミングだが、それを前面に推して近づこうとすれば、カグヤは全力で逃避を選択するだろう。カグヤにとって、封印されることこそが最も忌避すべきものであり、他は些事である。ゆえに、再封印の動作や意志を見せない二人を、カグヤは『敵』と認識しない。あくまで、チャクラを回収すべき『餌』なのだ。そして単なる『餌』を相手に、逃げる捕食者は存在しない。カグヤは、反撃を選択する。

 

 ―――陽動。

 

 ―――飛雷神の術。

 

 ナルトの体にあるマーキングを辿り、畳間が一気に接近する。

 畳間は敢えてカグヤ再封印の意志を前面に押し出し、印の刻まれた両腕を、カグヤへと差し出した。

 カグヤの中で、畳間の警戒度が高まるが―――当然、囮である。

 

 そして、カグヤが反応した。

 カグヤから延びる、半透明なチャクラの腕から伸ばされた拳が、畳間の腹に直撃した。

 

「ガ―――ッ!!」

 

 

 腹部が破裂したかのような衝撃。

 畳間は口から体液を巻き散らしながら、カグヤの拳に押し返され、凄まじい速さと威力で遠方へと遠ざかっていく。そして、畳間は背中から、岩盤へと激突した。岩盤に叩きつけられた畳間の体が岩盤にめり込んだ。―――骨が折れ、肉が裂け、血が溢れた。

 

 ―――激突。

 

 動じず。

 ナルトとサスケが、カグヤに肉薄する。そこでも二人は、再封印の意志を見せない。

 あくまで、カグヤにダメージを与えるための『攻撃』を選択した。

 ゆえに、カグヤの警戒心は最高峰にまでは跳ねあがらない。

 カグヤは『逃避』を選択することは無く、髪や半透明な腕を振り回し、迎撃を行った。

 

 ―――陽動。

 

「―――変化!!」

 

 ナルトが変化の術を発動する。

 煙が巻き上がる。

 またか、とカグヤとゼツは思った。それはもう経験した。その程度のことで、もはやカグヤが動揺することは―――。

 

「―――ハゴロモ」

 

 カグヤが瞠目し、動きを一瞬止める。

 ナルトが化けたのは、美男子では無かった。

 白髪の、老人だったのだ。

 

 それは、六道仙人。大筒木カグヤの、執着の相手そのもの。大筒木カグヤの実子にして、最愛の長男。もっとも愛し、最も求め、そして今、最も悲哀と共に疎む、大筒木カグヤにとっての弱所。

それを見たゼツが瞠目し、総毛だつような戦慄と共に、怒気を纏わせた悲鳴を上げる。

 

「こいつら―――ッ」

 

 戦上手。

 カグヤには無いものだ。

 ゼツは、組み立てられた戦闘手順を察知し、このクズ共(・・・)が、大筒木カグヤ再封印までの道筋を、既に構築し終え、その計画通りに動いているだけ(・・)であるという確信を抱く。それが、千手畳間の入れ知恵だということを。

 ゆえに、油断も慢心も無く、無駄も無い(・・・・・)。すべての動きが、大筒木カグヤ再封印の一瞬に至るための布石。機械的に遂行される、業務。数多の戦いを経験して来た、五代目火影が授けた策。だからこそ、付け入る隙が無い。

 長く生きたゼツは、それに気づくことが出来た。

 

 ―――だが、カグヤはどうだ?

 

 長い間眠っていた、非戦闘者。基本的には、恐ろしい程の力を持った、単なる女―――母親でしかない。

 ゼツの思考、考え得る対策・対応方法を、カグヤには思いつくことができない。ゼツの思考の変化に、カグヤの思考は追いつけない。ゼツがきちんと、言葉で丁寧に説明してやる必要がある。

 そしてこのクズ共(・・・)は、きっとそれを許さない。

 だからこそ、ゼツは焦りと共に悲鳴染みた声をあげた。

 

「―――ハゴロモ」

 

 カグヤがほろりと涙を流す。

 ナルトの中には、六道仙人―――大筒木ハゴロモの力の一端が、確かに存在している。

 アシュラとインドラの力しか(・・)持たぬ畳間を前に、六道仙人を想起し、ハゴロモと呼び、涙さえ流して見せたカグヤである。

 本物の六道仙人の力を有し、その姿さえ本物の似姿へと変えたナルトを前に、平静を保つことなど、出来はしない。

 

「母さ―――ッ!!」

 

 ―――チャクラの回収は諦めろ。

 

 その言葉を続けさせる時間を、畳間が与えるはずがない。

 

 ―――拘束。

 

 畳間は飛雷神の術を使わなかった。

 カグヤに近づくこともしなかった。

 なぜならば、畳間は封印の意志を見せたがゆえに、カグヤに警戒されている。今、六道仙人のチャクラと似姿によって放心しているカグヤは、しかし畳間が近づけば、その心を取り戻すだろう。

 生存本能―――それを刺激することは悪手だ。カグヤは隔絶した力を持つがゆえに、どこかで慢心を抱いている。殺してでも生き延びる、という意志を抱けない。

 

 カグヤには、その状態を続けてもらわなければならない。そうしなければ、畳間たちは、カグヤを相手に敗北することになる。谷に渡された一本の糸の上を渡る様な、ぎりぎりの駆け引き。そしてそれを、畳間は五代目火影となってからずっと、長きに渡って続けて来たのだ。今になっての、ぶっつけ本番ではない。経験値は、段違いだ。

 

 畳間は溶岩の柱に、半透明のチャクラによって叩きつけられ、岩盤にめり込んだ状態で、動いていない。だからこそ、カグヤは油断する。チャクラも、もう無い。使えて、飛雷神の術を一回程度であり、それを使えば、封印術は使えない。

 

 それは、カグヤにも分かっているだろう。

 感じ取っているだろう。

 本当に、嘘偽りなく、千手畳間のチャクラは、枯渇する寸前なのだ。この場において、これ以上動けないし、役には立てそうにない。それは畳間も自覚している。

 

 だからこそ、千手畳間は、カグヤの中で、再封印の手段を持つが、しかし近づかせなければ一切の脅威が無い有象無象に成り果てた。そして、畳間が瞬時に近づいたうえで、封印術を行使する方法は、もはや無いに等しい。

 

 ―――千手畳間には(・・)

 

 畳間は胴体を半透明のチャクラの腕に鷲掴みにされ、岩盤に叩きつけられた状態で―――両腕を前へと突き出した。

 両掌を合わせ、そして、少しだけ膨らませる。

 親指と親指の先を突き合わせ、指と指を絡ませ合い、一つの『輪』を掌で作り上げる。そしてそれを、カグヤと自身の顔の直線状に、安置させた。

 

 ―――その印、山中一族の、秘術。

 

 ナルトは六道仙人の姿で、ただカグヤの前に浮いている。サスケはその近くで、『時』を待っている。

 あの場に、『戦意』は存在しない。長男の似姿に数千年ぶりに再会した母親と、それを見守る『子孫』しか存在しない。そういう空間に、仕立て上げた(・・・・・・)

 カグヤに迫る危機を理解しているのは、ゼツのみ。そして、ゼツが声を荒げようとした瞬間に、畳間は術を発動する。

 

「―――仙法・心封身の術(・・・・・)

 

 畳間の体から、チャクラが―――魂が、抜け出した。

 畳間が差し出した手の()を加速装置に、畳間の魂は、カグヤへと正確に叩きつけられる。

 

 それは、うずまき一族に伝わる最高峰の封印術と山中一族の秘術を掛け合わせ、己の精神を賭け(BET)して発動される、諸刃の拘束術。

 術者の精神が、被術者の精神をその深層に引きずり込んで縛り付け、幻夢の中へと封ずる禁術。失敗すると、術者の精神は肉体へ戻れなくなるというデメリットが存在する。

 しかしこの術の利点は、そのデメリットを上回る。

 

 その本質は、格上殺し。

 

 チャクラの優劣で勝敗が決まることが多い、心転身などの既存の山中一族の秘術や、幻術の掛け合いなどと異なり、この術は剝き出しの精神をぶつけ合う術である。

 必要なのは、速やかに対象者のチャクラと魂を分離させ、精神の奥深くに対象者の魂を引きずり込む速度と、技術。そして求められるのは、強靭なる意志。

 

「母さん!!」

 

「おおおおおおおおおお!!」 

 

 びくり、と痙攣を起こした後、微動だにしなくなったカグヤに、ゼツが狼狽え悲鳴を上げたと同時に、近くにいたナルトが、サスケに先んじて、その腕でカグヤに触れる。

 

「ぐッ……。おも……ッ!!」

 

 その魂は畳間の魂と共に奥深くで眠っていても、そのチャクラはそのまま残っている。むしろ、生存本能剥き出しのチャクラは、カグヤの意志とは関係なく、暴虐的に、ナルトへと襲い掛かった。 

 ナルトのチャクラを辿り、カグヤのチャクラは逆に、ナルトの中の九尾を奪い取ろうと逆襲を開始する。

 入り込んで来るカグヤのチャクラに侵され、ナルトの腕の皮膚がはじけ飛び、血が噴水の様に吹き出し、ナルトは苦痛に顔を顰める。

 カグヤのチャクラが、ナルトを弾き飛ばそうと暴れ回った。

 

「―――ナルト!!」

 

 サスケが足場の黒い板を蹴りつけて、駆ける。

 その瞬間、ゼツが体を肥大化させて、サスケの前に飛び出した。

 カグヤとサスケの直線上に、ゼツが割り込んだのだ。ゼツはサスケの体に張り付き、その動きを阻害せんとしている。

 ナルトの腕が、カグヤから弾き飛ばされそうになる。

 

「―――九喇嘛ァァアアアアアアア!!」

 

 ナルトが友の名を大きく叫ぶ。

 大きく大きく、語り掛けた。

 それは九喇嘛を叱責するものでは無い。

 腹の中の九喇嘛へ、助けてくれと願う声。

 そして、カグヤの中の九喇嘛へ、助けて見せるという誓い。

 

 自分だけで『救世主』になることは出来ない。

 ナルト一人の力では、限界がある。サスケと二人でも、限界があった。 

 

 ―――しょうがねェガキだ。

 

 九喇嘛は悪態を吐いて―――六道仙人との再会以後、今まで練りに練り上げていた(・・・・・・・・・・・・・・)、自身が持ちうる最大にして最高級のチャクラを、一気にナルトへと注ぎ込む。

 もともと、力は貸してたのだ。でなければ、ナルトの瞳が、十字になるわけもない。

 ナルトを認めたわけではない。認めるのは、この後だ。

 ただ、いまだけは、自分の半身を含め、尾獣の同胞達を救うために、九喇嘛もまた、過去の遺恨を―――耐え忍んだ。

 とはいえ―――ある意味で産みの親たる六道仙人から直接「あんまり意地張るな」と言われて、しょげたという殊勝なところも大いにあった。

 

「お、ほ!!」

 

 快感すら感じる、限界を突破した、高密度のチャクラ。

 それがナルトの中に溢れたことで、ナルトが気持ち悪い(艶めかしい)声を漏らす。

 力の天秤が、一瞬、ナルトへと大きく傾く。ナルトはカグヤのチャクラを少しだけ押し戻し、再びカグヤの体に掌を触れさせた。

 一瞬しか、持たないだろう。すぐに、また弾かれる。

 サスケの到着は―――。

 

「―――天手力」

 

 ―――排除。

 

 サスケとゼツの位置が、入れ替わる。

 ゼツは何もない空間を通り過ぎ、サスケは、カグヤのすぐ傍に、移動した。

 

 ゼツが呆然とする。何が起きたのか、理解が出来なかった。ゆえに、行動が止まる。大きく体を広げた状態で、近づいて来るマグマの海を見つめた。

 

 ―――天手力。

 

 空間を入れ替える時空間忍術。それは、知っていても対処が難しいものだ。

 そしてそれはサスケが手にした新しい力で在り、使ったのは、一度だけ。爆煙の中でのこと。つまり、チャクラを見通す目を持つカグヤと違い、爆煙に使用の目視を遮られていたゼツにとっては、初見となる。対処など、出来るはずも無かった。

 そして、サスケが伸ばした手が、カグヤへと触れる。

 

 ―――封印。

 

「やめろォおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 マグマの中へ向かうゼツが叫ぶ。

 叫ぶが―――カグヤは未だ、畳間と共に。

 

「「―――六道!!」」

 

 カグヤに触れているナルトの腕に、陽のチャクラが溢れる。

 サスケが腕を伸ばし、カグヤの体に触れる。その腕に、陰のチャクラが溢れ出る。

 二人のチャクラが呼応し、カグヤの体を覆い、繋がった。

 

「「―――地爆天星ッ!!」」

 

 ―――チャクラが、爆発する。

 

 地上のマグマ、天井の岩々が、術の発生させる重力に吸い寄せられていく。

 マグマは瞬く間に溶岩へと変わり、カグヤの体に纏わりついて行く。

 カグヤが断末魔のような雄たけびを上げて、岩の中へ取り込まれていく。

 にわかに、その体が形を変える。おぞましく、醜い、獣―――十尾の姿へと変わって行く。

 その体から、千切れるように、九つの塊が分離した。

 ナルトはそのチャクラを感じ取り、九喇嘛のチャクラで作り上げた大きな腕を伸ばし、一つ一つへ繋げていく。

 分離した九つの塊―――すなわち、封じられていた尾獣たちは、九喇嘛のチャクラに触れると、その意図を理解したようで、チャクラの繋がりを通して、ナルトの中へと入り込む。

 

 ―――何を勝手に人の家に土足で来てやがるんだ貴様らァ!!

 

 尾獣達の避難場所に自分の体を使うことを考えたのは、ナルトの咄嗟の案で在り、九喇嘛は感知しなかったようである。

 九喇嘛が封じられた檻の前に揃った八の尾獣と、九喇嘛の半身へ、九喇嘛が悪態を吐いた。

 すると尾獣たちは、皆口々に九喇嘛を罵った。

 煩いだの、遅いだの、同窓会の様に、口々に言葉を紡ぐ。

 

 死神の腹の中で、ミナトとの和解を果たしていた陰の九喇嘛は苦笑して、陽の九喇嘛の中へと、その身を注いでいく。

 陽の九喇嘛は、陰の九喇嘛の記憶を受け取って―――その瞬間、ギザギザハートが少しだけ丸くなってしまったようで、もごもごと口を動かして、黙ってしまった。

 とはいえ―――かつての同胞たちとの再会を果たした今、九喇嘛の顔がどこか嬉しそうなのは、きっと気のせいでは無いのだろう。

 

 

「離れるぞ、ナルト!! 巻き込まれる!!」

 

 サスケが叫ぶ。

 どんどんと引きずり寄せられていく岩や溶岩によって、カグヤを封じる大岩がその体積を増していく。

 このままでは、この洞窟の様な場所に、ナルトたちがいることは出来ないし、ナルト達もあの力に吸い寄せられることになる。

 

 腹の中の同窓会を聞いていたナルトは、サスケの言葉で意識を戻し、はっと、遠くへ―――項垂れて動かない畳間の方へと、視線を向けた。

 

「おっちゃん!!」

 

「よせ、ナルト!! 遠すぎる!! オレ達まで巻き込まれるぞ!! 師匠は初めから、そう(・・)言っていただろう!! オレ達が生きて戻らなければ、無限月読は解けない!! 耐え忍べ!!」

 

 ぐ、とナルトが歯を喰いしばる。

 頬を伝う涙。あのとき(木ノ葉崩しのとき)と違うのは―――その心に憎しみは無く、哀しみと、感謝があったことだろう。

 畳間は項垂れ、動かない。

 カグヤの腕による拘束は既に無く、その体は岩盤にめり込むだけだ。少しでも動けば、溶岩の海へ落ちるだろう。

 つまり畳間はカグヤの拘束が解けた後も、一切、動いていないということになる。

 つまり、千手畳間は、もう―――。

 

「―――さようなら。ありがとう。―――さようならッ!! おっちゃん―――ッ!! 今まで、ありがとう―――ッ!!」

 

 零れ落ちる涙と、震える唇によって、言葉が震えた。

 ナルトは大きく頭を下げて、畳間に―――背を、向けた。




次回、最終回(最終回とは言ってない

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