綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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あらすじを迎えて燃え尽きていたわけではないよ!


千手『畳』間

 ギリッ―――と、畳間が歯を喰いしばった。

 無限月読の光すらも通さぬ畳間の究極体・須佐能乎は、内側と外界の繋がりを完全に遮断し、畳間と、そしてその傍で蹲るカカシを、物理的な障壁を貫通し、光を浴びた者を幻術へと叩き落す、その破滅の光から守り通した。

 しかし、六道仙術チャクラを手にした畳間にとって、例え視覚を失ったとしても、外の様子を把握することは容易い。

 

 畳間が捨て置いた綱手や、我愛羅達連合の生き残りの者達が、次々に幻術に掛けられ、そして蠢く神樹の根に絡め取られていく様子すら、畳間は鮮明に把握できてしまった。

 幻術に落とされているがゆえに、悲鳴や怨嗟の声などが発せられず、畳間の聴覚がそれらを拾わなかったことだけは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。もしも、神樹より逃れんとする者達―――とりわけ、妹である綱手―――の、阿鼻叫喚の叫びが畳間の耳に届いていたとすれば、きっと畳間は平静ではいられなかった。

 この事態を起こしたのは、魂の兄であり、そしてその発端となったのは、うちはイズナの死に際の言葉。そして、今世にてそれを止められなかったのは、畳間の不甲斐なさが故である。自責の念は、抱かずにはいられなかった。

 

「……五代目!? 生きて……ッ!?」

 

「……世話を掛けたな、カカシ。そして、よくぞ……。よくぞ、やり遂げてくれた。忍連合がなければ、オレはきっと、間に合わなかった」

 

 そして、間に合ったとしても、木ノ葉崩しの二の舞を踊っていた可能性が高い。

 というのも、六道仙人へと到達したうちはマダラを、人柱力でもない畳間が、あと一歩まで追い詰めることが出来たのは、マイト・ガイが刻み込んだ傷があったからだ。

 そして、マイト・ガイの命懸けの強襲が成功したのは、忍連合の者達すべての成果であることに疑いはない。

 持ち得る戦力のすべてを囮に、マイト・ガイという最強の一撃を叩き込んだ。だからこそ、繋がった『今』がある。全ての者が囮としての自覚があった訳では無いだろうが、それでも、皆は己が役割を果たし、こうして、考え得る最悪の状況を回避した状態で、戦いは最終局面を迎えた。

 

 『忍頭』―――すなわち、木ノ葉隠れの里の『ナンバー2』としての役割を見事にやり遂げて見せたカカシへ、畳間は微笑みかけた。

 なんとも誇らしい気持ちであった。

 カカシに対してだけではない。うずまきナルト、奈良シカマルを経由して届けられた『五代目火影』の遺言を、過去の遺恨に囚われることなく遂行して見せた木ノ葉隠れの者達のことを、畳間は心から誇らしく思った。

 

 そして畳間は、項垂れているカカシの肩に触れ、掌仙術を発動しカカシの体力を回復させながら、幻術・輪廻写輪眼を発動し、カカシに幻術を掛ける。

 畳間の瞳に呼応するように、カカシの瞳に写輪眼が浮かび上がる。畳間は幻術を通して、速やかに現状を伝えたのである。

 

 同時に、須佐能乎で庇うたった一つの希望に、カカシを選んだ理由も。

 

 うちはオビト。

 『神無毘橋の戦い』にて殉職したとされていた、若き英雄の名だ。そして、カカシの親友だった男の名でもある。

 

 オビトは、恐らく万華鏡写輪眼の時空間忍術によって、無限月読の光から逃れている。オビトを自由にしておけば、畳間とマダラが最後の戦いを開始し、マダラを追い詰めることが出来たとしても、横やりを入れられる可能性が高い。

 

 オビトが操る時空間忍術は、六道仙人に限りなく近づいた今の畳間でも対応は難しい。

 もしもマダラを排除できる状況になったとして、オビトがマダラを連れて、時空間への撤退を選択する可能性は、否定できない。

 そうなれば、世界は幻術に呑まれたまま、『神』となったマダラは、異空間にて、永遠の君臨を果たす。

 

 ―――それは許さん。

 

 うちはマダラはここで排除する。その障害と成り得る者―――すなわち、うちはオビトを、カカシには殺して貰わなければならない。ゆえに畳間は、綱手や我愛羅では無く、カカシを最後の希望として選択した。

 

 酷なことだと思う。

 カカシはかつて、うちはオビトに心を救われている。畳間にとってのサクモやアカリが、カカシにとってのオビトなのだ。

 うちはオビトは、カカシの心の拠り所。

 今のカカシがあるのは、オビトという親友が、カカシの心を救ったからだ。

 そんな相手を、堕ちたとはいえ殺すことを強いる。耐えがたいことだ。

 かつて畳間が口にした、『カカシが写輪眼を持つ意味』を理解した畳間は、そんな残酷なことがあるのかと、悔し気に眉を寄せる。

 畳間がイナを手に掛けたときとはまた違う。あのとき、イナが他者に操られていることが分かったがゆえに、畳間は他の誰か(・・・・)を恨み、憎むという逃げ道があった。

 しかしオビトは己の意志で、今の道を選んでいる。カカシは負の感情を、オビトに向けざるを得ない。

 あのとき、もしも、イナが自らの意志でマダラに与することを選んでいたとしたら、畳間はきっと、耐えられなかった。何故里を捨てたのだと、ずっと、恐らくは今この時も、苦悩し続けていただろう。

 カカシは、茨の道を進むことを余儀なくされている。そして、それを強いるのは、畳間だ。

 ならばせめて、と畳間が絞り出すように言った。

 

「カカシ。オビトを死に追いやったのは、あの日、任務を強いたオレだ。恨むならオレを―――」

 

「火影様。それ(・・)は、違いますよ」

 

 カカシは真っすぐに、畳間を見つめて、続けた。

 

「オビトを含め、あの時のオレ達は、里を守るために命を賭けた。そして今、『初代・忍頭』の名の下に、オレは……里の家族を守る。それは、自分で選んだ道で……オレは、その道を往きたい(・・)。五代目火影の右腕として。そして、かつて火影を夢見た、『英雄』うちはオビトの、友として」

 

 例え畳間であっても、それは譲らないと、カカシは畳間を強く見つめる。その瞳には、侮辱するなとまでは言わずとも、舐めるなと、強い意思を覗かせていた。

 

 それを受け、分かりやすく狼狽し、目を揺らした畳間を見て、「まったく、分かりやすいんですから」とカカシは苦笑した。昔から、畳間は、カカシに対して過保護なきらいがあった。

 親友の忘れ形見であるがゆえに、そして畳間自身がそれ(・・)を望んでいたがゆえに、どこかで、子供扱いしていたことを、畳間は恥じる。

 だが、それ自体は悪いことではない。

 親は、子をいつまでも案じるものである。畳間にとって、カカシは親友の忘れ形見であり、心配をしてし過ぎということは無いだろう。

 

 親とはそういうものであり、だからこそ、巣立ちの時の訪れは、いつも子供側から、突然叩きつけられるものだ。

 そして、子の巣立ちの際に、執着を見せ手元に置こうとするのか、あるいは子の成長を受け入れて、羽ばたきを見守れるかどうかで、親の器が試される。

 

 そしてカカシは、五代目火影不在の木ノ葉を、他者の力を借りながら見事に纏め上げ、忍連合の発足をやり遂げ、見事に遂行して見せた。

 はたけカカシは、『白い牙の息子』を終えて、今、『昇り龍』に並び立つ、木ノ葉の同胞へと成長している。

 かつて畳間が、『初代火影の孫』という殻を、破ったように。

 

「……そうだな。すまない。今の言葉は、忘れてくれ。共に戦おう。『木ノ葉の白い牙』」

 

 畳間は自嘲するように苦笑を浮かべて、小さくため息を吐いた。

 そして、力強くカカシを見つめる。

 

「うちはオビトの殺害は、お前に任せる。必ず仕留めろ。オレも、必ず、マダラを仕留めて見せる。これは―――」

 

 畳間の輪廻写輪眼と、カカシの万華鏡が交差する。

 ゆっくりと、崩壊するように、畳間の周囲の須佐能乎が消えていく。

 

 畳間の仙術に依る感知能力が、三代目火影がマダラによって封印されたことを感知する。畳間は無限月読の光が収束するまで、須佐能乎から出られなかった。ゆえに三代目火影は、畳間が復帰するまでの時間を稼ぐため、たった一人でうちはマダラに立ち向かったのだ。三代目火影の力は、マダラに及ばなかった。しかし―――無限月読の光は終息した。三代目火影は、『後に託す』という、己が役割を果たした。

 今、この場にうちはマダラの意志と戦えるものは、千手畳間と、はたけカカシの二名のみ。

 二人の肩に、この世全ての未来が、圧し掛かる。散って逝った者達の願い。今を生きる者の希望。これより生まれて来る者達の明日を―――畳間は背負う。もう、その背中は揺らがない。

 

 だからこそ、畳間は奮起の意味を込めて、力強く、言い切った。

 

「―――これは、世界を守る戦いだ」

 

 

 

 

 

 並び立つ畳間とカカシ。

 相対するは、マダラとオビト。

 

 同じ時代を生き、そして思想を違え、袂を別った者達である。

 

 畳間が駆ける。

 一瞬にしてマダラに肉薄し、未だ風穴が開いたまま―――しかし徐々に修復されている―――傷跡周辺へ拳を放つ。傷を広げてやろうということである。

 マダラは畳間の腕を打ち払い、後方へと飛ぶ。僅かな動きで、かなりの距離を飛んだが、畳間がその距離を瞬時に詰め、怒涛の連続攻撃を放つ。

 拳や蹴りがぶつかり合う轟音が、移動し続ける二人に置き去りにされ、そこら中、それぞれ異なる場所で鳴り響いた。

 

 突風が吹き、気づけば消えていた畳間とマダラに、オビトが驚愕を見せる。畳間の眼中にないことに腹を立てたのか、オビトは万華鏡によって己の体を異空間へと移動させ、畳間の妨害をせんと動き出す。

 渦巻くように消えていくオビトの体が、突如として、その動きを止めた。

 

「……カカシ」

 

「お前の相手はオレだ」

 

 ぎゅ、と力強く拳を握るカカシが、静かに身を屈める。

 もはや語る言葉もないと、鋭くオビトを見据えていた。あるいは、口にしたい言葉があり過ぎて、そして、うちはオビトというかつての親友が闇に堕ちたことがあまりに辛すぎて、あえて沈黙を選んだのかもしれない。

 世界の命運をかけた、最後の戦い。その時に、私欲を優先することは、カカシには出来かねた。

 本心では、オビトと言葉を交わしたいと思っている。何故だと、問いかけたい衝動に駆られている。

 もしかすると、自らの言葉によって、オビトがかつての意志を取り戻してくれるのではないかと、都合のいい妄想を―――淡い期待を、胸に抱いてしまっていることを、カカシは自覚している。

 だが、カカシはそれをしない道を選んだ。ただ、「一言だけ、口にすることを許して欲しい」と、誰に懺悔するでもなく、胸中で己自身に言い訳をして、カカシは告げる。

 

「―――忍の世のため、木ノ葉のため。そしてなにより、オレを救ってくれた亡き親友(・・・・)、うちはオビトの『夢』のために。オレは……お前を殺し、木ノ葉を守る影となる」

 

「……火影など、何の意味もない。何の価値もない。この世はクソだ。この世は、リンを、よりによってお前に殺させた。この世は無慈悲で、残忍で、醜い。この世に、存続する価値など在りはしない。オレはマダラと共に、完全なる理想郷―――『夢の世界』にて、リンと再会を果たす」

 

 カカシは、オビトがリンの死の顛末を知っていることに気づいた。そしておそらく、オビトが闇に堕ちた決定的な理由がそれだということにも。

 

 オビトは、リンのことが好きだったから。そして、オビトは、カカシのことも、大切な仲間と思ってくれていた。そうでなければ、あの日、写輪眼をカカシに遺そうとはしなかっただろう。

 

 だからこそ(・・・・・)、オビトはマダラの思想に染まってしまった。

 好いた女性(リン)を、よりによって親友(カカシ)が殺した。

 その現実に、オビトの心は耐えきれなかったのだろう。

 カカシは、オビトがマダラの思想に完全に染まり切ってしまっていることを改めて確信する。

 

 だからこそ、最後にこれだけはと、言葉を告げた。

 

「リンの願いすら消し去って、か? お前にとってリンは、その程度の存在だったのか?」

 

 落胆の色を隠しもせず、カカシが言い放つ。

 オビトは不快気に眉を寄せた。

 

「お前が本当にリンのことを大切に想っていたなら、幻の中にいる……お前の妄想のリン(・・・・・・・・)じゃ無く、本物のリンの、その遺した思いをこそ、守ろうとするはずだ。三尾を封じられたリンは、死の覚悟をした。例えあの場で生き残ったとしても、木ノ葉隠れの里で尾獣を解き放つことになることを憂い……リンは己が死ぬことで、里を守ろうとしたんだ」

 

「……違う。リンは、間違った。この世界に、間違えさせられた。リンが里へ戻っても、問題は無かったはずだ。木ノ葉には、『昇り龍』がいた。尾獣を封じる力を持つ者がいた。千手畳間ならば、リンを救うことが出来た。なのに、あいつは、何もしなかった!! リンが死ぬ必要などなかったッ!! そんな世界は、認められない。認められるかッ!!」

 

 カカシが、不快気に眉を寄せる。そして哀し気に、目を細めた。

 一度口を開いたら、やはり止まらない。止められない。すぐにでも戦いを始めるべきであるのに、開いた口を閉じることは出来なかった。だらしない男だと、カカシは自嘲する。だが、カカシの役割はオビトの妨害と、排除にある。ここで舌戦を以て釘付けにしていれば、それはそれでいいかもしれないと、胸中で言い訳を零した。

 

 オビトはどうも、千手畳間を神格化しているようだった。

 それは、戦時下において追い詰められていた木ノ葉を守り切り、影を継いでからは、忍界に平和の礎を築き、またオビト達の計画の悉くを退けていたからだろう。

 畳間が『暁』の―――すなわちオビトの策の妨害を成功させ、その有能さを見せれば見せる程、オビトの中で畳間に対する憎しみは増し、フィルターが厚くなる。

 

 ―――何故、それほどの力を持ちながら。何故、のはらリン一人……女の子一人、救えない?

 

 ―――お前がしっかりしていれば、リンは死なずに済んだのに。

 

 そう、思ってしまうのだろう。

 だからこそ、カカシは告げる。

 

「そうやって、なんでも人のせいにするのか? なんでも、人を頼るのか? 畳間さんはあの時、三代目火影を失い、四代目火影が就任したばかりの木ノ葉を守るために、必死で戦い続けていた。一人で出来ることには限界がある。畳間さんだって、一人の人間なんだ。どれほど強くても、どれほど偉大に見えたとしても、全能の神なんかじゃない。落ち込みもするし、間違えもする。だからオレとリンは、自ら望んで、いち忍者(大人)として、彼の支えになることを願った。オビト―――お前が愛した世界を、守るために」

 

 多くの仲間をその掌から取りこぼしながら、しかし失った者達が夢見ていた平和を目指し、必死に走り続けていた人。

 カカシとリンは、彼の後に続きたいと願った。それは、畳間に心酔したとか、そんな理由では無く、畳間が目指す場所に、オビトの夢があったからだ。

 だからカカシは、リンすら失ってなお、走ることを止めなかった。進むことを止めなかった。険しい道の先に、リンとオビトが―――カカシの大切な人達の願いと夢があることを、信じていたからだ。

 

 例え、もう一度その顔を見ることが叶わなくとも。

 

 もう一度その声を聞くことが叶わなくても。

 

 彼らが目指した『夢』の、その先に、彼らの『意志』がいる。

 

 例え、カカシ自身が『夢の先』に辿り着けなかったとしても。

 

 カカシの後に続く者達がいつか辿り着き、託した意志もまた、『夢の先』に辿り着く。そのとききっと、リンの心も、カカシの心も、オビトの心も―――散った者達すべての心が、『夢の先』にて、再会を果たす。

 自分と、そしてリンだけを想うなら、無限月読も良いだろう。内と外を遮断し、自分だけの世界に閉じこもることも、別に悪いことではない。

 だがカカシは、里を率いる側に至った。

 それまで、自分と亡き同胞のためだけに走り続けていたカカシは、いつの間にか、自らのためだけでなく、後に続く子供たちのために、道を整える役割を担っていた。

 カカシが、かつて、父サクモ(・・・)や畳間に、そうして貰っていたように。

 

 ―――オビト。オレ達が自分のためだけに生きることを許された時間は……。オレ達が子供でいて良い時間(とき)は、もうとっくに終わってるんだよ。

 

 カカシが一拍置いて、問いかける。

 

「お前はいつまで、子供でいるつもりだ」

 

 カカシが続ける。

 

「……リンの願いと、英雄うちはオビトの願いを胸に。守るべき仲間たちと共に……オレは、『夢の先』へ行く。亡くなったリンの『心』は、オレが抱えて連れて行く(・・・・・)

 

 カカシが続ける。

 

「……オビト。そんなに夢を見たいなら、お前一人で見てろ(・・・・・・・・)よ。理想郷なんてものがあるのなら、それを知るお前達だけで行け。今を生きる皆を巻き込むな。リンの思い(・・・・・)まで消すなよッ!!」

 

 自死を選んででも、里の平和を願った一人のくノ一の生き様(死に様)を、カカシは、きっとずっと、忘れない。

 そして、その想いを汚そうとする者を、その想いを消し去ろうとする者を、カカシは決して許さない。

 

 ゆえにカカシは、決別の言葉を告げた。

 

「―――里に仇為す者は許さん」

 

 ―――父さん。

 

 カカシの脳裏を過る、父の背中。

 

 ―――ガイ。

 

 親友の、暑苦しくサムズアップして見せた、濃ゆい笑顔。

 

 ―――リン。

 

 里を守るために、己の命を投げ打った、立派なくノ一(・・・)の、死に際の顔。

 

 彼らの思いが、カカシの心に力を溢れさせる。

 溢れ出た力は言葉となり、カカシの喉を飛び出して、空気を震わせる。

 

「オレは、木ノ葉を守る一振りの牙。木ノ葉隠れの、『白い牙』だ」

 

 そうして、もう一つの戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 空中にて、巨大な須佐能乎がぶつかり合う。

 翼は空気を切り、凄まじい暴風を引き起こす。

 振るわれた刀と槍は、空気を割き、破裂音を轟かせる。

 

 肉体の損傷が大きく、肉弾戦を厭うたマダラは、早々に須佐能乎を展開して飛翔し、空中戦へと移行した。

 マダラが叫ぶ。

 

「イズナ!! お前は今、人々の幸せの邪魔をしているのだ!! 見ろ、全ての忍が戦いを止めた世界を!! 争いを取り除いた世界を!! 皆、それぞれが神樹の中で幸せな夢を見ているのだ!!」

 

「あの見てくれでか? オレには、人々が神樹に捕食されているようにしか見えない。やはり……どのみち、碌な術ではなさそうだが」

 

 畳間は下界に見える、人々を呑み込んだ神樹を一瞥し、吐き捨てた。

 

 究極体・須佐能乎がぶつかり合う。

 千日手ではある。しかし、肉体に巨大な損傷が刻まれたマダラの須佐能乎に、先ほどまで感じられた『威』は感じられない。

 

 須佐能乎の拳と拳がぶつかり合う。

 互いの須佐能乎の拳に罅が入る。そしてその罅は、マダラの方が大きかった。

 

 マダラは静かに瞳を細めた。

 肉弾戦は出来ず、須佐能乎の殴り合いもまた、負傷の大きなマダラが劣勢となる。このまま戦えば、マダラの全快を待つことなく、畳間が須佐能乎の守りを破り、マダラ本体へと辿り着くだろう。そうなれば、マダラは殺されるか、封印され、無限月読は解除される。

 時間を稼ごうにも、時空間へ逃れる術を持つオビトは、カカシが釘付けにしている。そしてカカシが居る限り、『神威』の時空間の座標は容易に特定され、輪廻写輪眼の瞳術によって、道を繋げ、畳間は現れるだろう。

 マダラが安全に逃れるには、はたけカカシを排除する必要がある。

 

 しかし今の状態のマダラは畳間の相手をするのに精いっぱいで、背など向けることが出来るはずもなく、またカカシと戦っているオビトに、カカシの排除はどうにもできそうになかった。

 怒涛の攻撃を仕掛けているカカシを相手に、オビトは防戦一方の様子である。オビトも柱間細胞と、意味不明な何者のかも分からぬ細胞で強化されているようだが、畳間のチャクラを譲り受けたカカシの勢いを止められるほどではないようだ。

 マダラはオビトに対して、何度目かも分からない失望を抱く。

 

 忍界全てを糧に辿り着いた、『今』。

 

 ―――『時』は確かに、イズナに味方しているようだ。

 

 であれば、マダラに打てる手は一つ。

 今のマダラの持ち得るすべての力を注ぎこんだ、最強の一撃を以て、過去との決別を果たすこと。

 

「―――仙法」

 

 マダラが両掌を叩き合わせ、瞑目する。

 同時に、畳間もまた同じ動作を取った。

 

 練り上げられるチャクラは、これまででも最大規模。その身に宿るチャクラのすべてを引きずり出して生み出されるは―――木遁・真数千手。

 

「―――威装・須佐能乎」

 

 現れた二体の真数千手。

 その体を、薄く、須佐能乎が覆い尽くす。

 拳の一つ一つにまでを覆い尽くした須佐能乎は、先ほどマダラが柱間との戦いで見せたそれとは、質があまりにも違っている。マイト・ガイに破壊された威装・真数千手の比ではない。あるいは、マイト・ガイの『日ダイ』をも耐えることが出来るかもしれない―――そう思わされるほどに、その密度は桁違いにまで跳ね上がっている。

 

 畳間もまた、己の真数千手を、須佐能乎で覆い尽くした。

 

 きしむような音を爆音のように響かせて、二千の腕が起動する。

 

「「――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」

 

 同時に放たれた二千の拳がぶつかり合う。

 激突し合う拳は、互いの須佐能乎を剥がし、木の拳を叩き割る。巨大な拳は砕け散り、巨大な木片が周囲へと降り注いだ。

 

「「―――再装填ッ!!」」

 

 瞬時に、砕け散った拳と同じ数だけ、真数千手の背に木腕の再装填を行う。

 

「「―――――おおおおおおッ!!!」」

 

 二人の喉から放たれる雄叫びは、頂上化物の激突の轟音にすら引けを取らぬほどに、巨大な怒声であった。

 方や、己の信じる理想郷―――その救世主として、悲劇にも弟を討たねば鳴らぬ辛苦を耐え忍び、新たなる『神』としての役割を遂行せんとするマダラ。

 方や、皆で信じる夢の先(未来)へと進むため、『今の歩み』を阻む障害を打ち砕かんとする畳間。

 互いに壮絶な覚悟を以て、絶対に負けられないという意志を抱く。 

 

 千、二千、三千、四千。

 膨大なチャクラのすべてを注ぎ込み、互いに千の腕をぶつけ合う畳間とマダラ。

 肉体的なエネルギーは、畳間に分がある。

 しかし精神的なエネルギーは、理想郷を目前として高揚するマダラに分があった。

 そして、マダラの体に注ぎ込まれていく無尽蔵とも言える程のチャクラ。畳間に流れ込む(が横取りする)ことも追いつかないほどの勢いで、マダラのチャクラが跳ね上がっていく。

 神樹から、マダラに膨大なチャクラが流れ込んでいた。それが、神樹に囚われた者達から組み上げられたものであることに、畳間はすぐに気づいた。

 

 ―――やはりあの樹は……。

 

 畳間の思考が何かを掴みかけるが、今はそんなことを考えている余裕はない。

 自らの意志で思考を切り替える間もなく、真数千手の維持と再装填に、その意識を引っ張られる。

 

 畳間の額に、脂汗が浮かぶ。マダラから畳間へと流入するチャクラが、間に合わない。真数千手の連発は、それだけチャクラを消費する。

 これ以上の連発は、穢土転生体でも無ければ不可能だ。

 だがそもそも、どれほど高性能に仕上げたところで、生前には及ばない穢土転生体では、真数千手など発動できるはずもない。千手柱間が規格外だっただけだ。

 ゆえに、外付けのチャクラタンクの無い畳間に、これ以上の真数千手の展開は―――難しい。

 

「―――ッ」

 

 滲む大量の脂汗。険しく寄せられた眉根。喰いしばった歯。荒い呼吸。

 畳間の口の端から、血液が流れだす。

 少しずつ、畳間の真数千手が後退していく。押され始めているのだ。

 そんな畳間の様子を、マダラは哀し気に見つめている。

 

「……安心しろ。その眼を奪った後は……お前も、理想郷へ連れて行ってやる。だから……イズナよ。もう、眠れ。もう良いんだ。もう、この世界は終わったんだ。オレが終わらせた。完全なる理想郷は、ここに降誕した。もうこれ以上、この地獄を生きる必要はない。お前がこの世界(柱間の失敗策)で、苦しむ必要など無いんだ……」

 

 ぽつりと、マダラが呟いた。あるいは、胸中での独白だったのかもしれない。

 マダラなりに、イズナの魂を偲んでの言葉だった。

 

 ―――畳間。

 

 少し離れた場所で、静かに真数千手を―――その頭上にて戦う畳間を見上げる男が一人いる。

 その男はじっと、畳間を見つめていた。

 

 ―――爺ちゃん!!

 

 ―――爺ちゃん遊ぼう!!

 

 ―――爺ちゃ……ッ!? うわー、爺ちゃんじゃない!? おっちゃんだ!? 爺ちゃん助けて!! たすけ―――ッ!!

 

 ―――なんだよ、コレ。苦しい。うざい。キライ。死ね。憎い。殺してやる……ッ。

 

 柱間が、思い出すのは、可愛らしい幼子だった頃の記憶。

 爺ちゃん爺ちゃんと、よく懐いてくれていた。初孫だったのでとてつもなく甘やかしたが、それは畳間に必要だったからという側面もある。

 綱手に対しては、初孫娘ということで、一切の思慮無く徹底的に甘やかしたが、畳間への甘やかしは、木ノ葉隠れの里の長として―――火影としての役割という側面も、少しばかり含まれていた。

 

 ―――アレは、鬼の子よ。

 

 ある日突然、うちは一族のチャクラを、千手一族の者から感じ取った。

 そう告げたのは扉間で、それが物心ついたばかりの初孫から感じ取られたというのだ。

 信じられるはずもない。しかし仙術によって感知した結果、扉間の言葉が正しいものであることに気づいた。

 仙術チャクラは、畳間に僅かに残る、チャクラの残滓に気が付いた。幼子の中に巧妙に隠れ潜んでいたが、確かにそれは、感じた覚えのあるチャクラ。うちはイズナのものだった。

 それ(・・)が発露してから、畳間は変わった。

 

 誰からも距離を取り、塞ぎ込むようになった。

 時折頭を抱えて、殺意を振りまき、戸惑いながら、泣き喚くようになった。

 心配の声と手を振り払い、錯乱したように一人どこかへ逃げ出すこともあった。

 

 手を打つべきという扉間の言葉に、否は無かった。

 排除すべき、という過激な言は、本気の怒りを込めた一言で黙らせた。

 チャクラを封じるべきという提案は、一理あったが、しかし信じてみたいとも思った。変化の可能性に、賭けてみたいと思った。千手の直系の子に、うちはのチャクラが宿る。

 そんな奇跡の様な巡りあわせを、ただの不運で終わらせたくないと思った。

 

 ―――畳間。

 

 初孫を可愛がることに否やは無い。あまりに激しく拒否されたとしても、めげずに構いに行った。

 日々を経るごとに、乖離していく孫の二つの心。出来れば二つともを照らしたかったが、畳間の心を保つだけで精一杯だった。

 過酷な運命を負わせることになることは分かっていた。

 過度な期待と言われれば、返す言葉もない。

 そういう意味では、早々にうちはイズナの魂を引きずり出して封じるべきという扉間の意見の方が、優しい(・・・)ものだったのだろう。それでも、うちはイズナとの和解を―――その憎しみを乗り越えた先で、この幼子が大成し、新たな炎となる未来を、願わずにはいられなかった。

 

 本当に、過酷な運命を背負わせたと思う。 

 必死に、その心に寄り添った。畳間が、自らの力で乗り越えてくれることを信じて、必死でその心に寄り添い続けた。

 思いつくことは、何でも伝えた。心からの愛を、伝え続けた。

 そして畳間との触れ合いの日々の中で、畳間が心の底から求めている『言葉』にようやく気づき―――最初の壁を、乗り越えた。

 畳間は自らの力でうちはイズナの魂の抑えつけに成功し、安定を取り戻した。それからは、もう可愛いのなんの、爺ちゃん大好きの孫息子として、畳間の方から構って欲しいと抱き着いてきた。

 

 ―――畳間。

 

 本当は、この可愛らしい孫の成長を、もっと長い間、傍で見届けたかった。

 本当は、この可愛らしい問題児が、立派な大人になるまで、傍でその成長を見届けたかった。

 曾孫を一目見るまでは死ねぬと、妻と話していた。

 本当はもっと。もっと。もっと。

 

 しかし、別れの時は、突然訪れた。

 己の命を捧げることに、戸惑いは無かった。惜しくもなかった。この子は―――この子こそが、次の時代を担う存在になるのだと、信じた。

 それは身勝手な押し付けだったのかもしれないとも思う。

 何もまだ知らぬ子供に、己の理想を無理やりに背負わせただけだったのかもしれないとも思う。

 己を慕ってくれている子供を利用して、レールに乗せようとしてしまっていただけなのかもしれないとも思った。

 

 ―――畳間。

 

 そして現世にて再び目を覚まし、畳間が火影を受け継いだことを知った。その数奇な運命を、その過酷なる半生を聞き、申し訳なさと自己嫌悪、そして胸を熱くする感動を抱いた。

 

 ―――畳間。

 

 そして、目の前で、その生き様を乗せた言葉を聞いた。

 かつて、そうで在ってくれれば嬉しいと願っていた道を―――憎しみを乗り越えて大成したその背中を見せてくれた。予想など飛び越えて、立派に成長した姿を見ることが出来た。

 それだけではない。火の意志を受け継ぐだけでなく、次の世代へと託さんとしてくれていた。その段階にまで、辿り着いていた。そこで目にしたのは、可愛らしいやんちゃな孫ではなく、立派な火影の姿であった。

 

 ―――畳間。

 

 千手畳間。

 その名は、千手柱間がつけたものであった。

 『畳』とは、伝統的な床材(・・・・・・)の名である。

 そして『畳』は、いくつもの『イグサ』を織って作られるものであり、人々が生活する土台となるものである。

 

 千手畳間。

 その名の由来とはすなわち。

 

 ―――『千の手により、いくつものイグサ()を以て編まれし、人々の生活を支える礎』。

 

 里を興してしばらく、待望の初孫に贈ったものは、人々との絆を愛おしむ者で在れと言う願いだった。人々の絆を以て紡がれる人で在れという願いだった。

 

 たくさんの、哀しみがあっただろう。たくさんの絆が千切れ、荒れ果てた畳となったこともあっただろう。人伝に聞いただけでは知りえぬ、多くの出会いと別れがあっただろう。

 それでも、畳間は生きて来た。

 破れたその身を闇に落とさず、残された絆を大切に、必死にその身を繕い続け、やがて大きな大きな―――忍界を背負う、一枚の畳へと成長した。

 

 ―――畳間。

 

 千手柱間は、静かに畳間を見つめる。

 木ノ葉隠れの里を興し、それを支えた『柱』が抱いた願いは、人々が暮らす『畳』へと、正しく受け継がれた。

 

 ―――畳間。

 

 マダラと畳間の激戦の中、拘束から逃れた柱間は、己の体から木を伸ばし、畳間の真数千手へと接続する。そうして、己の力のすべてを、畳間へと注ぎ込む。

 

「―――畳間。お前は、オレの誇りぞ」

 

 今になって、柱間は何も願わなかった。

 里や忍界を頼むとも、言わなかった。

 ただ『役目を終えた者』として、木ノ葉隠れの里の『五代目火影』の背を、ただ静かに押したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ドクン、と畳間の心臓が鼓動する。

 

 

 知らず、畳間の目じりから一筋の雫が零れ落ちる。

 その体に流れ込んで来る力―――その意思が、あまりにも優しく、暖かなものだったからだ。

 

「―――爺ちゃん。……オレの方こそ」

 

 ―――爺ちゃんの孫に生まれたことを、誇りに思う。

 

 畳間は―――その真数千手が持ち直す。

 だが、まだ足りない。マダラの真数千手を上から叩き潰すには、まだ。

 

 ―――畳間。

 

 ―――畳間。

 

 ―――畳間。

 

 ―――畳間。

 

 ―――畳間。

 

 次々と、たくさんの声が、畳間の耳に届いた。

 聞いたことがある様な、しかしそれが誰の声だったのかを、畳間はすぐに思い出せなかった。

 無理もない。それらはもう、何十年も聞いていない声だ。

 

 ―――畳間。

 

 ―――畳間。

 

 たくさんの声が畳間の名を呼んだ。名を呼ばれるたびに、畳間の中に膨大なチャクラが流れ込んできた。

 畳間は戸惑いを覚えた。そして、最後に聞こえて来た『二つの声』を聴いて、その声達の正体に気づいた。

 その声を聞いた瞬間、畳間の中から戸惑いは消えた。

 ただ、涙が止まらなくなった。

 表情は情けなくもくしゃくしゃに歪み、鼻水まで垂れて来た。火影とは思えないその顔に、声の主たちは呆れた様に笑った。

 

 ―――お前が泣き虫になってどうすんだ。

 

 ―――小さい頃のイナみたい。

 

 ―――見た目若いけど、もう五十超えてるんだろ?

 

 ―――年取ると涙脆くなるって、本当なんだねぇ。

 

 ―――あの畳間がねぇ……。泣き虫になるなんてねぇ……。

 

 ―――時の流れってのは分からんもんだなぁ。

 

 わいわいと、畳間の中で、たくさんの声が反響する。それはまるで同窓会(・・・)のようだった。

 畳間はうるさいとも言えず、ただ涙を流し、唇を震わせ続けていた。

 

 ―――頑張って。私達の火影様。

 

 そうして、たくさんの声が、畳間を鼓舞し始める。

 長く聞いていたような、一瞬だったような気もする。

 声の主たちは、畳間への鼓舞の言葉を最後に、チャクラとなって、畳間の中へと溶け込んだ。聞こえる声が、徐々に少なくなっていく。それに比例して、畳間の中のチャクラは、爆発的に膨れ上がった。

 入り込んで来るチャクラの一つ一つが、仙術チャクラだった。

 風、火、土、水、雷、陰、陽、七種類の性質のチャクラが、無数に流れ込んで来る。

  

 ―――カカシをありがとう。任せきりで……だらしない親友で、すまない。

 

 畳間の肩をポン、と叩き、その声もまた、畳間の中へと溶け込んだ。

 

 ―――里を……この世界を、お願いね。

 

 畳間を背中から抱擁するようにチャクラが覆いかぶさり、そして、チャクラは畳間の中へと溶け込んでいく。

 

「……ッ」

 

 畳間が嗚咽する。

 懐かしい声とチャクラの正体が思いもよらぬ者達であり、そして、思いもよらぬ奇跡の様な邂逅だったからだ。

 

 その現象を起こした黒幕―――千手扉間―――が、少し離れた場所で畳間の乗る真数千手を見上げている。その周囲には、輪墓から連れ出した、マダラとの戦いで息絶えた者達の亡骸と、座り込んでいる自来也とイタチの姿がある。

 

「……」

 

 扉間は何を語るでもなく、畳間を見つめていた。

 その近くには、破壊された六道仙人の宝具が転がっている。それは以前、穢土転生にて操られた畳間の知人たちを、イタチとガイが片っ端から封印したあの封印具であった。

 

 扉間はその封印を解き放ち(物理的に破壊し)、中に封じられていた者達を、生霊の術と扉間の秘術の応用で仙術チャクラ体へと変換させ、チャクラ切れが目前に迫った畳間へと叩きつけたのである。

 

「ふ……」

 

 扉間は小さく笑い―――。

 

「―――行け。五代目火影(・・・・・)よ」

 

 ―――力強く、言い放った。

 

「―――ッ」

 

 ―――ぞくり、と総毛だつ感覚を畳間は覚えた。

 溢れだした意志と力。今は亡き者達と過ごした日々、たくさんの記憶が、走馬灯のように畳間の脳裏を過った。楽しい日々があった。苦しい時があった。穏やかな日常があり、苛烈な闘争があった。託された思いがあった。受け継ぎたいと願った夢があった。その心には、たくさんの―――思い出があった。その全てを幻術の海に消し去るなど、決して、認めることは出来ない。認めてはならない。守るべきもの(仲間との誓い)は―――確かに今、ここ(・・)にある。決して途切れず、摩耗せず、死してなお残るものが―――確かに今、ここ(・・)にある。

 畳間の輪廻写輪眼が熱を帯びる。畳間の心臓が熱い鼓動を刻む。その傷だらけの背中を、千の手が、押してくれるのを、畳間は感じた。真数千手を覆う須佐能乎の厚みが増し、千の腕、五千の指一本一本にまで、その装甲が覆い尽くす。

 これは報復ではない。これは復讐ではない。これは憎しみでも、怒りでもない。

 ただ、この世に生きるすべての仲間たちのために。共に未来を行く同胞たちを、守るために。

 畳間は今、六道へと至る。

 

「―――仙法・須佐能乎」

 

 須佐能乎全体に、仙術模様が浮かび上がる。

 

「―――秘術・対数うちは」

 

 真数千手の周囲を囲むように、無数の巨大な火の球が浮かび上がった。

 そして、火の球たちは一斉に、マダラの真数千手へと突撃する。

 火の球はマダラの真数千手の須佐能乎を砕き割る。しかしマダラの真数千手もまた、すぐに再装填が行われ―――。

 

 フリーとなった畳間の須佐能乎が、一斉に掌を広げた。

 真数千手の掌―――それを覆う須佐能乎の掌から、膨大なチャクラが溢れだす。千の手から溢れ出たチャクラは、ぐるぐると回転し、巨大な球体へと姿を変える。

 

「仙法・須佐能乎(木遁)―――」

 

 ―――創り上げられた、一つ一つが山ほどもある巨大な球体。それは―――超巨大な螺旋丸。

 

 異なる性質を加えられた螺旋丸がある。

 異なる血継限界を加えられた螺旋丸がある。

 異なる血継淘汰が加えられた螺旋丸がある。

 あるいは、全ての属性を以て生み出された陰陽螺旋丸とでも言うべき、漆黒の球体が浮かんでいる。

 その総数・千。

 

 瞑目していた畳間は、静かに瞳を開き、そしてうちはマダラを見据える。

 

「―――極意・真数団扇(うちは)

 

 千の螺旋丸、千の掌底(須佐能乎)、それらが、マダラへと向けられる。

 そして、畳間は静かに、その術の名を告げる。

 

「―――不惜身命」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 マダラは驚愕に眼を見開いて、迫りくる千の螺旋丸を見つめていた。そのあまりの数に、螺旋丸と認識することすら難しい。避けようのない色とりどりの『壁』が、マダラの視界を覆い尽くしていた。あるいは―――マイト・ガイの決死の一撃を前に、輪廻写輪眼・イザナギを使用していなければ。今この時に、イザナギを使用することが出来て居れば―――持ちうるすべてを注ぎ込んだ畳間のこの一撃を透かし、弱り切った畳間へ、敗北を叩き込むことが出来たかもしれない。しかし、輪廻眼からは、写輪眼の能力は既に失われている。

 

 ―――やはり、殺しておくべきだったな。

 

 『語られぬ死闘』にて少しばかり遊んでやった(・・・・・・・・・・・)、名も知らぬ小僧。

 マイト・ガイがあの小僧の倅なのだとすれば―――うちはマダラは、『いずれ来たるこの時』を、回避する手段を、確かに持ち合わせていたはずなのである。

 しかし、今この時、マダラには、己に迫るこの『最期』から逃れる術はなかった。

 

 マダラは、今になって初めて、心の底から後悔を抱いた。

 あのとき、慢心を捨てて居れば。

 あのとき、扉間が死に体に鞭打ち、弟子の守護に来なければ。

 あのとき、イズナの存在に気づいてさえいれば。

 あのとき、うちはカガミと共に、うちはアカリの抹殺に成功していれば。

 あのとき―――。あのとき―――。

 

 目の前に、うちはマダラの『敗北』が迫る。

 はっきり言えば、理解が及ばなかった。

 いくらマダラでも、あれだけの規模で、あれだけの数の攻撃を繰り出すことは不可能であるし、迎撃も当然無理と断じざるを得ない。輪廻写輪眼を持ち合わせて居れば、あるいは可能だったかもしれないが。

 

 ―――やはりあのとき、殺しておくべきだった。

 

 あの小僧自体に、たいした価値などありはしない。お遊びの分裂体を相手に、多少の根性を見せたことを、買ってやっただけだ。このうちはマダラを相手に、真正面から立ち向かおうとする者など、久しくいなかったがゆえに、少しばかり感心しただけに過ぎない。

 そうだ。あの小僧自体に、たいした価値など、ありはしなかったのだ。

 

 ―――名も知らぬ、ジャリ。

 

 うちはマダラを追い詰めた忍連合(マイト・ガイ)の力には、確かに受け継がれるものがあった。マダラが弱者と切り捨てた者から受け継がれた、なにかがあった。

 しかしマダラは、死んだ者から受け継がれるものがあるとするならば、それは『憎しみ』だけだと考えている。

 だが、マイト・ガイの力には、憎しみなど欠片たりとも存在せず―――しかし、確かに、受け継がれるなにか(・・・)があったのだ。

 

 ―――火の意志を舐めるなよ。

 

 畳間もそうだ。イズナはマダラの最愛の弟だが、しかしその力は、マダラには及ぶべくもない。その肉体が、千手柱間の子孫だとしても、マダラに届くはずもない。

 しかし、今この瞬間、千手畳間は、うちはマダラを―――十尾の人柱力の力を、確かに上回った。

 守ってやらなければならない。導いてやらなければならないと考えていた弟が、今、その意思を以て、兄を越えて見せた。

 マダラは、未だ己の『夢』が間違いなどとは思っていない。だが、弟が己の道を、その意志と力を以て切り開いていくというのなら―――。

 

「……ふ」

 

 マダラはただ静かに笑い―――。

 

「―――■■ァ!!」

 

 そして、言葉にならない雄たけびを上げ、壮絶な笑みを浮かべ―――その攻撃を、迎え撃っ(受け入れ)た。

 

 ―――轟音が過ぎ去った後。

 

 残されたのは、一体の真数千手。

 その頭上で、畳間が荒い呼吸により、大きく肩を揺らしながら、静かに、地上を見つめていた。


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