綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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三部作です。次は22時です。
勢いで書き上げました。推敲はしてません。許せ読者……。いつものことだ(いつもはしてるんです!! それでも見落としが多いポンコツなだけなんです!!)……。


『伝説』を越えるとき①

「影分身を潜ませていたか……。相も変わらず……姑息な奴だ」

 

 マダラからは、まだかなりの距離がある連合と扉間の接触を感じ取ったマダラは、辟易とした様子である。

 有象無象がどれほど集まったところで、このうちはマダラには届かない―――そういう認識であるマダラではあるが、しかし今は都合が悪い。

 今は、この世界―――柱間の失敗作―――における、最期の余興の最中だ。この戦いが終わった後、マダラは速やかに計画を遂行するつもりである。

 柱間との最後の戦い。それは古い世界との決別の儀であり、完璧なる夢の世界の誕生と、新たなる『神』の降臨の言祝ぎである。その邪魔は万死に値する。

 

 ―――輪廻写輪眼。

 

 マダラの両目に、チャクラが籠る。

 

「―――天蓋流星」

 

 突如―――連合軍の頭上に、巨大な影が生まれた。その大きさは軍勢全てを呑み込むほどのものであり、しかもそれは、一つではない。四つだ。逃げ場など無い。今からどこへ走ろうが、あの隕石群から逃れる術はない。

 

「―――なんだあれは。また幻術なのか……?」

  

 上空へ視線を向けた誰かの声は―――「うそだろう?」と、受け入れられない現実に恐怖し、避けられぬ死に涙を流し、迫りくるあまりにも巨大な絶望に、震えあがっていた。幻術であってくれと、そう願わずにはいられなかったのだ。

 

 だが、違う。幻術ではない。今、この場に存在するすべての脅威は、幻術ではない。この場に、幻術など一度たりとも発動されていない。全ては現実であり、彼らに近づく、死の宣告である。

 

「あ……っ」

 

 人々は動けなかった。腰が抜けた、足が竦んだ。脳が処理を拒んだ。

 ただ茫然と、迫る絶望を見上げことしか出来なかった。

 

 実際、誰に、何ができる?

 山ほどの大きさの隕石が、一つ、二つ、三つ、四つ。こんなもの、どうすれば防げる。こんなものが頭上に迫っていて、どうやって人が生き残れる。

 

 オオノキの塵遁でも、消滅は一つがやっと。

 エーが渾身の体当たりで軌道を逸らしたとして、出来て一つが関の山。

 やぐらが尾獣玉を発動させても、一つ吹き飛ばすのがせいぜい。

 自来也の仙法螺旋丸で隕石一つを砕いたとして、しかし粉みじんにするには威力が足りない。降り注ぐ瓦礫は大きくなるだろう。イタチがいたとして、須佐能乎で守れるのは数名程度。各里の最高戦力で、それだ。

 

 もしも全員がこの場に揃っていれば、あるいは可能性はあったかもしれない。だが―――彼らは既に、イタチの瞳術で輪墓へと侵入し、二代目火影のもとへ発ってしまった。

 

 各里の最高戦力が不在であるという事実が、人々の心を絶望の淵へと叩き落したのだ。

発った。残されたのは、各里の『次点』の者のみ。

 綱手の怪力でも、これほどの山は壊せない。

 

 だが―――ここにいるのは、連合だ。

 確かに、一つの隠れ里だけでは、この困難は突破できないだろう。しかしこの場にいるのは、里一つではないのだ。

 

 ―――尾獣玉。

 

 突如として現れた、5体の怪物。

 四尾、五尾、六尾、七尾、八尾。

 

 平和へと至らんとする忍界の中、先んじて尾獣との和解を為し遂げた、『人柱力として完璧な忍び』たるビーとの接触。それは、各里の人柱力の在り方を変えた。

 人柱力たちの中で、尾獣がただチャクラの塊、人を殺すための兵器、化け物であるという認識は消え、心ある生き物へと変わった。 

 成人している人柱力に、ナルトのように尾獣との和解を妨げる、『飼い主』を始めとする子供らしい虚勢など存在し無かった。ビーとの邂逅の後、彼らは皆、求め続けていた。

 重い宿命を背負うこととなった己が身と、己の中に封じられた尾獣の―――その意味(・・)を。

 

 ある者は放浪の旅の中で。

 ある者は厳しい修業の中で。

 ある者は家族との暮らしの中で。

 

 人間と尾獣は語り合い、痛みを分かち合い―――友となった。

 人柱として完成したのは、なにも、我愛羅だけではないのだ。

 ようやく、もう一歩にまで進めたナルトと、長く洗脳されていたやぐら以外、すべての人柱力は既に―――尾獣との和解を終えていた。

 

 五つの尾獣玉が直撃した隕石が砕け散る。

 それでも、巨大な破片がいくつか降り注いだ。

 怯える人々の頭上高くに、新たな巨大な影が横たわる。

 

「―――砂漠層大葬」

 

 巨大な砂の波が、連合の者達の頭上を覆い尽くし、隕石片の落下を受け止める。

 我愛羅は待機している時間、ただ手をこまねいていたわけではない。手持ちの砂で地盤を掘り進み、岩盤を粉砕し、チャクラを練り込ませ、準備を整えていた。

 我愛羅にはもう、守鶴はいない。視界全ての砂を操るチャクラも、その土台も失われた。だが、友と共に過ごした日々、培った絆は残っている。

 

 一尾の守鶴。その本分は―――『絶対防御』。

 

 破壊された隕石群と、降り注がんとした岩片を防ぎ頭上を覆った砂の天井に、始めは理解が追い付かなかった者達の顔に、徐々に生気が戻り始める。

 助かったのだと、理解したのだ。

 

 そして、砂の天井がゆっくりと地上へと戻り、土煙が晴れた空から注ぐ光に照らされるのは―――誇らしげに尾を振る5体の尾獣達の姿。

 

「尾獣……。守ってくれたのか……オレ達を……」

 

 雄々しく佇む五体の尾獣の姿は、恐怖に竦んだ彼らの心に、『動き』を与えた。

 勝てるかもしれないという希望。助けてくれたことへの感謝。彼らを嫌悪、恐怖していたことへの僅かな罪悪感の芽生え。そして―――立ち上がる勇気。

 

 これまで恐怖の対象であった尾獣と人柱力たちは今―――人々を守護するヒーローへと生まれ変わる。

 

 ―――俺もいつか、誰からも必要とされる存在になりたい。 恐るべき兵器としてではなく……。

 

 それはいつかどこかの世界で、誰かが口にした―――尊くも、人として当たり前の想いである。そしてそれは、全ての人柱力が抱く夢でもあり―――雲隠れにおいて、最も早く木ノ葉隠れの里との友好を望んだ男の、願いでもあった。

 

 ―――バカ野郎! この野郎! ウィー!!

 

 ―――うるせえぞ、ビー。

 

 心の中で、独自のリズムに乗って、嬉しそうにダンスを踊るビーに、八尾が鬱陶し気に言った。

 しかし、ビーが喜んでいるのが嬉しいのか、あるいは自分たちがそう(・・)であることに高揚しているのか―――八尾の声は、常よりも弾んでいる。

 

「……五代目」

 

 ―――変化の時が、訪れようとしている。

 

 カカシが思い返すのは、かつての記憶。

 戦後初の五影会談の後、火影(トップ)として情けない姿を見せたと、平謝りする畳間との会話。「叔父貴が見たら怒るだろうな」と、なんとも気まずそうに肩を落とした師の姿。

 

 ―――でもな、カカシ。オレは……いつの日か、一族も、里も、国も関係なく、忍びが協力し合い助け合い、分かり合える日が来ると……夢見ている。今、勝者であるオレ達がこの辛苦と屈辱を耐え忍ぶことで……きっと、後の時代で、変化が起こると思うんだ。今はまだ分からなくても……。きっと……オレ達が『今この時』を耐え忍んだからこそ……これまでの忍界とは違う……新しい世界が……。

 

 そのとき畳間が思い返していたのは、自身が下忍になったときの思い出だった。同じ班となったアカリは当時、千手一族を目の敵にしており、畳間に対しても、終始険悪な態度を見せていた。畳間はあの時、アカリの横暴を耐え忍び―――そして、後の時代にて、二人(千手とうちは)は、これまでとは違う繋がりを、掴み取った。

 

 ―――『今』を生きる家族達には、申し訳ないと思ってる。だけど……きっと、いつか……。『あの時』、耐え忍ぶ道を選んで良かったと……そう涙を流せる時(・・・・・・)が来る。オレは―――そう信じてる。

 

(五代目の遺したものは……。夢見た未来は……確かに今、ここ(・・)に……芽吹こうとしています)

 

 畳間が―――戦後処理を担う火影が、耐え忍ぶ道を選んでいなければ、今はない。

 人柱力達が友好的な関わりを得る機会はなかった。実害を被っていない岩と雲が、駆けつけてくれることも無かった。

 そして激動する時の中で、人々の心の中に、変化が起ころうとしている。あのとき、耐え忍んだがゆえに訪れた―――夢の先へ向かわんとする兆し。

 

 ―――先代(・・)が撒いた種は今、嵐の中で、芽吹こうとしている。それに■■という名の花を咲かせるには―――。

 

 千手畳間がいつか来たる日のために散りばめて来た欠片たちが今、一つの線で繋がろうとしている。

 

 マダラへの敵意にて纏まった霧・木ノ葉と、影に対する忠誠や義務で付き従っている雲・岩との温度差はやはり大きいものだ。

 連合の発足は、影達の意向で滞りなく行われた。しかし今、マダラ打倒のために影が抜けた連合は、影達の右腕左腕が指揮を執ることになるが―――絶体的な指導者のいなくなった連合は、今のままでは纏まらない。一つの恐怖に、一つの力に、一つの絶望に、容易に折れ、立ち止まってしまう。

 

 皆の心を繋げなくてはならない。

 かつて―――憎しみと平和の間で揺れ動く木ノ葉隠れの者達の心を一つに纏め上げた、五代目火影の様に。

 敵対していた多くの一族を受け入れて、一つの『(家族)』として纏め上げ、戦国時代を終わらせた、初代火影の様に。

 

腹を括れ(・・・・)、はたけカカシ。オレは、木ノ葉隠れの里の―――)

 

「―――皆に、聴いて貰いたいことがある」

 

 この場にいるすべての者達の心に、声が伝播する。それはいのの術によって広がる、はたけカカシの声だった。

 

「うちはマダラは確かに、木ノ葉隠れの里の抜け忍だ。奴が里を抜け、そして始末できなかった木ノ葉に、責があることは……否定しない」

 

「……」

 

 突然始まった演説に、人々は困惑を抱く。

 しかしカカシは、そのまま続けた。 

 

「五代目火影は既に敗れ……二代目火影からの情報では、初代火影も今、劣勢にある。―――木ノ葉隠れの里だけでは、うちはマダラは……倒せない……」

 

 ぎゅ、とカカシが拳を握り締める。己の力不足を悔いる、心からの嘆きは、人々の心にすんなりと入り込んだ。

 

「うちはマダラは、この世のすべてを、幻術で塗りつぶそうとしています。私や、皆に未来を残してくれた先達たちの心を……彼らが守ろうとしたものすべてを、消し去ろうとしています」

 

 皆が、静かにカカシの言葉の続きを待つ。

 

「先の戦争で、私たちは互いに、多くの家族を失いました。失ったものはあまりにも多く、得たものは無い。受けた痛みも、味わった苦しみも、沸き起こる憎しみも、身を焦がす怒りも、あまりにも大きい。到底、許せるものではない―――あの戦争を知る者は、互いの里に、そう感じたはずです」

 

「カカシ……」

 

 カカシの言葉を聞くガイには、その演説に心当たりがあった。知らず、友の名を零す。

 

「それでも私たちは―――そして私たちの先達たちは、あの日―――耐え忍ぶ道を選びました。五影が決めたことだとしても、私たちはそれに従う選択をした。互いの里を―――憎い仇を許せなくても、それでも、耐え忍ぶことを選んだ。それはきっと、当時まだ若かった私たち(・・・)を、守るため(・・・・)だったはずです」

 

 心当たりがあるのか、岩隠れの者達は頷くなど、肯定の反応を示している。

 大戦期―――『木ノ葉隠れの決戦』にて、成人たちの多くは、畳間の真数千手によって殺されている。岩隠れはオオノキの機転により生き残ったが―――だからこそ、その恐怖は鮮明で、戦争はもうしないと、固く心に誓ったのだ。

 

「あの痛みは、忘れることはできません。あの苦しみは、無かったことにはできません。きっと、死ぬまで、私達はこの傷を胸に、生きていく。……私も、亡くなった家族や親友にもう一度会いたいと願わないと言えば、嘘になります。また、一度だけでも……あの声を聞けたなら……。あと一度だけでも、あの笑顔を見られたら……。心が掻きむしられそうな痛みは、ずっと―――この胸の中で疼いています。もう一度だけ……っ。もう一度だけでいい……っ。もう一度だけ……親友の声を聴きたい……っ。親友と、夢を語りたい。お前のおかげだと、感謝の気持ちを伝えたい。それは……もう叶わないと知るからこそ―――心の底から、願わずにはいられない。ですが、マダラが謳う『夢』は、それが叶う世界です。それでも―――オレ(・・)は、マダラの『夢』には……賛同できない」

 

 カカシが、力強く言う。

 

オレ(・・)達には……オレ達を守り……、オレ達の幸福な未来を願ってくれた人が、いたはずです。あの激しい大戦の中、生き延び、大人になれたオレ達にはきっと―――オレ達を守り導いてくれた(・・・・・・・・・)人が、いてくれたはずです。オレは―――その人(・・・)の心まで、消したくない! 例え、今がどれ程苦しくても……っ! 例え今が、どれ程辛くとも……っ!! あの人達と過ごした日々は、あの人達が残してくれた『心』は―――ずっと、この胸に残っている!! オレは、オレ達や、オレ達にさらに続く者達のために、痛みを耐え忍んでくれた先人たちの想い()を、幻術の中に捨て去りたくはない!! この心を、繋がり(・・・)を、仮初の幻の中で断ち切ることはしたくない!! 皆が耐え忍び、ようやく掴んだこれまでの日々を! 亡くなった人たちがオレ達に残してくれた―――『この世界』を、守りたい!!」

 

 カカシの悲痛な叫びが、皆の心に木霊する。

 

「だから……どうか(・・・)……ッ! どうか……ッ!!」

 

「カカシ……」

 

 綱手が、呆然とカカシの名を呟いた。

 心に反響するカカシの想いが、綱手の心に響き渡る。知らず、綱手の目じりから、温かいものが零れ落ちる。

 かつて千手畳間が五代目火影を襲名する際に口にした言葉と想いは―――確かに、今、ここに受け継がれている。次の時代へと繋がっている。

 かつて千手畳間が―――綱手の兄が、初代より受け継がれた意志を、痛みを呑んで次の時代へ繋げた(・・・)ように、カカシ達もまた、それを次の時代へ繋げるために、立ち上がろうとしている。

 

 ―――お兄様も……。お兄様も……、お爺様たちと同じところ(・・・・)へ、辿り着いたんだな……。

 

 それが嬉しくて、それがあまりに哀しくて(・・・・)、綱手は唇を震わせる。

 

どうか(・・・)……ッ!! 力を貸して欲しい!! オレ達だけでは……『夢』は、叶わない……ッ!! どうか……ッ!!」

 

「……オレも、木ノ葉のカカシと同じ気持ちだ」

 

 我愛羅が、静かに語る。

 

「第一次から第三次までの長きに渡り、忍は互いに傷つけあい、憎しみ合って来た。その憎しみは力を欲し、オレが生まれた。だが……オレは、大戦を知らない。『力』として欲される前に、『憎しみ』として使われる前に、戦いは終わった。それは……戦争を知るあなたたち(・・・・・)が、耐え忍ぶ道を、選んだからだ。あなたたちのおかげで、オレは多くの友に恵まれた。たくさんの温もりを知ることが出来た。もしかしたら、違った未来もあったかもしれない。オレ自身が『憎しみ』であった未来が……」

 

「我愛羅……」

 

 誰かが、我愛羅の名を呼ぶ。

 

尾獣(親友)を奪われたオレは、一度は命を落とした。だが……父様が、オレに再び命をくれた。『生きろ』と……ただ、それだけを願ってくれた。だがマダラは、父様がオレに残してくれたその『心』すらも、消そうとしている! マダラは憎い! 殺してやりたい!! それは、嘘偽りないオレの本心だ。だが……それ以上に……ッ!! もう、これ以上……ッ、オレと同じ苦しみを持つ者を、増やしたくない!! これ以上、大切な人を失いたくない!! この苦しみは……あまりに……あまりに辛いから……っ!」

 

 壮絶なる孤独。

 家族、一族どころの話ではない。

 里を滅ぼされ、ただ一人残された我愛羅が抱く痛みは、きっと今この世に生きる誰よりも重く、辛いものだろう。

 それでも、我愛羅が立っていられるのは―――我愛羅にはまだ、守るべき人がいるからだ。

 

「マダラは、今オレ達を救ってくれた尾獣たちを……人柱力を狙っている!! その中には、共に未来を語り合った(ナルト)もいる!! 彼らが敵の手に渡れば、世界は終わる!! 敵のやろうとしていることは、これまで積み上げて来た、この世界の歴史を、思いを! そのすべてを消し去る行いだ!! オレは友を守りたい!! この世界を守りたい!! もうこれ以上、理不尽にすべてを奪われるなど、耐えられない!! だけど……ッ!!」

 

 我愛羅が、咆哮する。

 

「父様には夢があった。木ノ葉と砂が対等の関係で、繫栄していく未来を夢見ていた。オレ達(次の世代)のために、自ら始めた戦争の負債を、一生懸命に解消しようと、必死に戦ってくれていた。オレは、父様の夢を継ぎたい!! この繋がりを断ち切りたくない!! そしていつか、オレもまた次の時代へと、この思いを繋ぎたい!! だけど……この世界を守るには、オレは若すぎる! 浅すぎる!! どうか……ッ!! 皆の力を、貸してくれ……ッ!!」

 

「……」

 

 沈黙。

 我愛羅が自分で言ったように、我愛羅はまだ若く、浅い。『影』と言えど、それは名ばかりのもの。正式な襲名をしたわけでもない。ただ、四代目風影がそうあって欲しいと願ったがゆえに名乗っているもので、大名の承認を得たわけでもない。

 オレの首を刎ねろ(・・・・・・・・)と言い切る覚悟は未だ得ず、我愛羅自身が憎しみだったこと(・・・・・・・・)もない。

 だが、多くを失ってなお、友のために、世界のために立ち上がり、そして己の力不足を知ってなお腐らず、助けてくれと頭を下げる若き風を受けて―――鳴り響かぬようなら、雷の名が廃る。

 

「―――ガキにここまで言わせて、他人事には、できねぇな……。だるい……ってのも、アレを聞いちゃ言ってられねぇ……」

 

 歩み出たのは、雲隠れのダルイ、という名の忍者である。雷影の側近で、次期雷影と目される手練れだ。

 ダルイはカカシの傍に歩み寄り、問いかけた。

 

「木ノ葉の白い牙。雷影様の話では……木ノ葉には秘策があるって話だったが?」

 

 カカシは頷き少し離れた場所で滂沱の涙を流しているガイへ視線を向ける。

 

「あいつが……?」

 

「―――青春、してるなァ!! お前らァ!!」

 

 我愛羅へ向けて熱くサムズアップするガイを見て、ダルイが少し引いた。

 

「―――若き青春の灯は、オレが必ず守り抜く」

 

 そして、直後に真剣な表情を浮かべ、一人壮絶な覚悟を滲ませて凄むガイを見て、ダルイは先ほどとは別の意味で引いた。ガイが本当に、壮絶なる覚悟を抱いていることを、知らぬがゆえに。

 

 

 

 

 

 

「……畜生どもか」

 

 粉砕された天蓋の大岩を眺めながらそう口にするマダラは、どこか楽しそうな雰囲気を滲ませている。

 

「おとなしくしていれば、夢の世界に連れて行ってやろうというのに……。どこまでも……忍とは度し難い」

 

 ―――木遁・木分身の術。

 

 マダラの身体から生み出された五つの分身が、分離すると同時に空間の歪みへと入り込んでいく。

 それを見送ったマダラは、もはや興味も無いと連合から視線を切り、柱間へと視線を向ける。

 

「柱間……。さすがは、柱間だ」

 

 今の柱間は、全盛期を超えている。穢土転生の身でありながらだ。

 もしも、生前の柱間が今の力を手にしていれば、恐らくもっと、マダラは苦戦を強いられていただろう。かつてイザナギを使い死を偽装したあの戦い当時のマダラであれば、恐らくは片手間で捻られていただろう。それだけの力と可能性が、今の柱間にはある。

 

「だが……所詮は、穢土転生……。仮初の命に過ぎん」

 

 マダラはこの最後の余興を楽しんでいるが、一方で危惧することもあった。

 それは、かつて柱間が畳間へ使ったという仙術の類や、我愛羅を蘇生させた未知の術の存在である。もしも―――あの有象無象の中に、それに類する術を扱える者がいて、柱間を蘇生させたとすれば、もしかすると、今のマダラすら、柱間は超えてくるかもしれない。

 

 もしも今の柱間が生身であれば―――そう考えてしまうマダラは、だからこそ決して、その実現は許さない。

 マダラにとって、柱間との戦いはこれ以上無いほどの娯楽である。拘りも少なからずある。だが、所詮はただの余興に過ぎない。

 マダラの力を超えて来る可能性―――すなわち、夢が潰える可能性―――を、むざむざと放置することはない。

 柱間との死闘を楽しみたい一方で、その果てに夢が潰えることは望まない。二律背反の中、マダラはこのもどかしさを、耐え忍ぶ(・・・・)

 

 連合が扉間と合流し、天蓋流星(片手間の処理)も跳ねのけられた以上、余興は終わり(・・・・・・)だ。万が一があってはならないのだ。

 マダラは静かに目を伏せた。長いまつげが、寂しげに揺れる。

 

「残念だ。柱間。最後に……全力のお前と戦い、お前を超えてみたかった。生身のお前なら……あるいは、オレを止められたかもしれん。だが……オレは今を生き(・・・・)、お前は過去に死んだ人間……。今はオレに、『分』があった」

 

 そしてマダラは遠く離れた柱間を見つめる。

 必死に―――穢土転生でスタミナの消費がないにもかかわらず、鬼気迫る表情でマダラの真数千手を捌き続けている柱間の顔を、マダラは見つめる。

 じっと、見つめる。

 

 確かに、今の柱間は未だかつてない領域へと足を踏み入れている。

 だがそれは所詮あの時の畳間と同程度(・・・・・・・・・・)。 

 輪廻眼を持つマダラと、対等程度の力でしかない。輪廻写輪眼へと至った今のマダラにとって、そこは(・・)既に、過ぎ去った領域なのだ。

 ゆえにマダラは静かに―――笑った。

 

「柱間。オレはもう……届いたのさ(・・・・・)

 

 ―――『神』へと。

 

 そして、見開かれたマダラの輪廻写輪眼。

 同時に、真数千手のすべての手に、須佐能乎で作られた巨大な太刀が出現する。

 それを目の当たりにした柱間は瞠目する。

 

「これは、まさか―――」

 

 そして、にわかに威力を増したマダラの真数千手の攻撃に、まるで圧し潰されるかのごとき暴威を感じ取り、表情を険しくゆがめた。

 

「マダラめ……手を……ッ!」

 

 ―――抜いていたのか。

 

 ほぼ互角―――しかし、柱間の方が穢土転生ゆえに劣る。その認識であったがゆえに、柱間と扉間は消耗戦の泥仕合を仕掛けることを即座に理解しあった。

 だが、その前提は今、崩れた。マダラはこれだけの大規模戦を繰り広げてなお、余力を残していたという事実が浮き彫りになった。

 

「―――兄者」

 

「扉間! マズいぞ。マダラは―――」

 

 ぞわりと、悪寒が背を駆ける。再び柱間の目の前に、空間のひずみが現れる。

 扉間は何も言わず、ただ柱間の身体に触れると、チャクラを一気に流し込み、消滅した。

 影分身だったようである。

 扉間の分身が消滅すると同時に、空間の歪みもまた消え失せる。あくまで扉間の邪魔、ということらしい。

 

「―――兄者」

 

(これは―――脳内に直接……ッ!? 山中一族の秘術か)

 

 柱間の脳内に、扉間の声が響く。柱間は即座にそれが山中一族の秘術であることを察し、続くであろう扉間の言葉を待った。

 

「簡潔に伝える。八門遁甲の陣を修めた者が、増援として到着した。我らはその者の支援に移る」

 

 やはりか、と柱間が納得を示す。出来たなら、オレ達だけでマダラを―――とも、思考する。

 

 それに疑問を抱くのは扉間である。

 八門遁甲の陣。それは、使用者の命を引き換えに、火影(柱間)すら超えた力を手に出来るという禁術だ。かつて柱間は木ノ葉隠れの里を興した際、その術を禁術と指定し、扉間に封じさせている。何故それが受け継がれてしまっているのか、という疑問は当然あるだろう。

 

 そして扉間は、柱間がまず、八門遁甲の陣は使用者が必ず命を落とすことを指摘し、「ならぬ」と、その案を否定するかもしれないと思った。

 八門遁甲の陣が木ノ葉隠れの里の禁術である以上、それを使用する者は、木ノ葉隠れの里の者―――すなわち、今を生きる柱間の子供(家族)であるということになるからだ。

 しかし、柱間は初代火影である。あらゆる里の始まりである、木ノ葉隠れの里の、初代火影を担った男だ。里とはなんぞや、という問いに、最も正確な答えを告げることが出来る男だ。目先の情だけに囚われる、甘い男ではない。一言二言交わせば、すぐに受け入れるだろうとも踏んでいた。

 八門遁甲の陣の使い手であるマイト・ガイには、山中いのを通して、意思確認は行っているということもある。

 だが柱間は扉間の予想を裏切り、速やかに納得を示した。そして口にした言葉は―――。

 

「―――その者の名は?」

 

 扉間は柱間の物分かりの良さに僅かに沈黙したが、すぐに思考を切り替えて、答える。

 

「マイト・ガイ。畳間が盟友と呼んだ男の、倅だ」

 

 かつて畳間が『八門遁甲を持ち出した理由』の息子であり、歴代の火影に勝るとも劣らぬ火の意志を宿す偉丈夫が、マイト・ガイという忍者である。

 あのときの若き火の意志が大成し、子を為し、世代を経てなお、受け継がれる意志に思わず口端を緩めた扉間である。

 

「その名……決して忘れぬ」

 

 柱間が噛みしめるように言った。

 戦国時代を生き、人の生き死にに触れ続けて来た二人は、知っている。忍者には―――命を張らねばならぬときがあることを。扉間は、まさにそのように生きて、死んだ。

 哀しみもしよう。悔みもしよう。惜しみもしよう。

 

 だが、木ノ葉隠れの里の忍者が一人、里のために、忍の世のために、その命を張ると言うのなら―――火影たる者がすべきはきっと、それを押し留めることでは無い。その者の覚悟が為し遂げられるよう、道を整えてやることだ。

 忍の生き様は、死に様で決まる。その生き様(死に様)が、せめて価値あるもので在るために―――柱間は始まりの火影として、その覚悟に全霊を以て応えよう。

 

 その覚悟を無駄にはしないとは、口にすることは簡単だ。

 一度きりの、禁術。失敗すれば、マダラを倒す手段は消える。避けられることも、術者が途中で倒れることも許されない。必ずその一撃を叩き込む必要がある。

 必要なのは、八門遁甲の陣を決して避けられぬ状況へ、マダラを追い込むことだ。八門遁甲の陣は、全力を出すことが死に直結する。ゆえに個人差がある八門遁甲の陣の、術者ごとの全力を知る者はいない。本人ですら、発動してからでなければ、全力の全容は分からないのだ。

 

 そして、柱間が生きている間は地に潜り、完全なる復活を遂げるまでその身を隠し続けた用心深いマダラのこと。決して死なぬという確信でもなければ、きっとマダラは八門遁甲の陣を相手に、真正面から対抗しようとはしないだろう。逃げの一手を打つ可能性とて十分にある。八門遁甲の陣の術者の死が定められたものであるならば、敢えて戦わずとも良いのだ。

 マダラは、計画のために何十年もの間耐え忍んできた。今この時に、一時の愉悦のために戦局を見誤ることは無いと考えなければならない。

 

 だからこそ、道を切り開く必要がある。『死に物狂い』という、これまでマダラに見せたことが無い千手柱間の、泥臭く惨め(・・)な姿を見せつけて、マダラの興味を注がせ(囮にす)る。それが扉間の策。

 力技だが―――物量も質量も忍術も、あらゆるものを寄せ付けぬ須佐能乎と輪廻眼の防壁を打ち破り、マダラ本体へ究極の一撃を叩き込むには、もはやこれ以外に方法は無い。忍界が持ちうる全てを動員し(・・・・・・・・・・・・・)、うちはマダラを撃滅する。

 

(シスイ……。ここまで読んでいたか(・・・・・・)。たいしたやつぞ)

 

 シスイは、連合の到着をはじめから予測していた。もともと、雲隠れで合流を果たす予定だったから当然であるが―――シスイは自分の力を奪われたことでマダラが急激なパワーアップを果たしたことを感じ取り、柱間に己の力のすべてを託すとともに、連合の到着と―――木ノ葉隠れの里が誇る最強の矛にして、切り札―――八門遁甲の陣の存在を伝えていたのである。

 

(見ておれ、シスイ。貴様の、曽祖父の姿を!!)

 

「扉間。オレの声を、皆に伝えられるか?」

 

「……。山中一族の者とチャクラを繋げる。少し待て、兄者」

 

 

 柱間が雄叫びを上げると、真数千手がその腰を上げた。

 

 

 

 

 

 

「イタチ。状況が変わった。もはや一刻の猶予も無い。速やかに輪墓内のマダラを掃討し、ガイへの横やりを阻止する。兄者は既に、全霊を以てマダラへの特攻を開始した」

 

 イタチの脳内に直接響く扉間の声には、焦りが滲んでいる。

 イタチは駆ける足をそのままに、応答する。

 

「……それほどのことが?」

 

「マダラは力を温存していた。恐らく……これよりマダラは、本気で我らを潰しに来る」

 

アレ(・・)で、ですか……。―――急ぎます」

 

「ワシのマーキングの位置を送る。そこで合流し、まずは輪墓内の分身を討つ。貴様らで始末が可能であれば―――ワシは空間の歪みに侵入し、直接マダラへの道を造る。マーキングさえあれば、ガイを直接マダラの懐に送り込める。また逐次、情報と策を更新する。イタチ。貴様ならば独断で動くことも可能だろう。任せたぞ」

 

「―――了解」

 

「いや、存在自体は知っておったが……。木ノ葉の秘術が、これほど便利じゃとは……」

 

 道理で攻め落とせんはずじゃぜ……と、オオノキが内心で思う。四大国で攻め込んでなお、持久戦にまで持ち込まれ、最期には逆転を許した第三次忍界大戦。

 いくら木ノ葉有する火の国が肥沃であったとしても、そのあまりの難攻不落差に臍を噛んだが、納得もせざるを得ないやり取りである。

 その肥沃な土地と、充実した戦力を、最適に配置する情報網すら完備している。火の国の堅牢さは、その国力だけでなく、所属する忍者の扱う術一つ一つの質や応用力の高さも要因だったことを、オオノキは再確認した。ただでさえ強い国なのにそこまでやれるのかと、感心を通り越した呆れすら滲ませるオオノキに、イタチが言う。

 

「いえ、本来は距離に制限があります。ただ今は……山中一族の者が、二代目様よりチャクラのバックアップを受けていますから。さすがに、うずまき一族の出であり人柱力でもあるナルト君や、うずまき一族の血を引く五代目にはその総量は及ばないようですが……今の二代目火影は、穢土転生体。譲り渡すチャクラに上限はあれど、底は無い」

 

「……それも含めてじゃぜ。かつて大蛇丸の使う穢土転生には手を焼かされたが……。まさか、このような使い方もあったとは……。今、仲間の身でこう言うのもなんじゃが、かつて無様が『卑劣な術』と零しておった理由もわかる……。実際、無様を穢土転生されて拠点に攻め込まれたときは、儂も(はらわた)が煮えくり返ったもんじゃぜ」

 

 敵に対する人間爆弾、精神攻撃、情報搾取。味方側にはチャクラタンクとしての使い方など、穢土転生の術の用法は多岐に渡る。

 

「ああ。大蛇丸は許せない。先代の雷影であるワシの親父を使い、雲に攻撃を仕掛けたことは、決して忘れん」

 

「奇遇じゃな。儂等もやられた」

 

 オオノキはかつての大戦時、大蛇丸が三代目火影との戦いで命を落とした『二代目土影』無を引き連れて本陣強襲を仕掛けて来た時のことを思い出し、苦虫を嚙み潰したように、表情を歪めた。無はオオノキとの戦いの末に封印され、今は岩隠れの最奥に眠っている。

 

 連合が『決戦』に至るまで、徹底的に木ノ葉を叩き潰そうとしたのは、そういった要因もあってのことである。追い詰められた木ノ葉側からすれば仕方の無かったこととはいえ、やられた側からすれば耐え忍ぶには重すぎる。

 

「だが、風影の息子が大蛇丸と交戦し、穢土転生の術式を盗み取っておったことは僥倖だった。大蛇丸の存在が、我らの役に立つとは夢にも思わんかった」

 

「……そうじゃな」

 

 オオノキは雷影の言葉に頷きながら、内心で静かに呟いた。

 

(まあ、嘘じゃろうな)

 

 扉間と我愛羅は、我愛羅こそが術者であると宣うが、老練なオオノキにそんな嘘は通じない。オオノキには、穢土転生の火影達を使役する者が誰なのか、その見当はついている。

 大蛇丸を許す気はさらさらないが―――しかし、掘り返すつもりも無かった。

 今更、過去を掘り返す気は無い。わざわざ掘り返し、かつて穢土転生で蘇生させた連合側の人間を使った人間爆弾の恨みを、木ノ葉への憎しみを再燃させることは無いのだ。世は、平和という夢へ向かい始めている。マダラを倒し、崩れかけたその夢を取り戻す。大蛇丸は木ノ葉の抜け忍であり、忍界すべてが忌み嫌う敵だ。それでいいのだ。

 

 ―――大蛇丸がそれで良いかは別にして。本人は特に気にしていないようだが。

 

「……」

 

 黙するイタチである。

 イタチも、穢土転生があまり良い術だとは思っていない。ただし、それを敢えて口にすることは無かった。『使えるものは使う』が、イタチの方針である。ただ木ノ葉のために、清濁を呑むだけである。

 

(しかし、もしもそう(・・)だとするなら、大蛇丸もたいした奴じゃぜ。木ノ葉へ向けられる憎しみの全てをその身で受け止めて、一人、里を抜けるとは……)

 

 傍から見たらそう見えても、実際は単なる裏切りである。しかしそれを訂正する者はおらず、オオノキの中で大蛇丸の株は急速に上昇している。

 ただし、許すかどうかは、別である。

 

 連合の接近に気づき、我愛羅から離れ身を隠した大蛇丸の判断は、正しかったと言えるだろう。自来也、綱手と、顔を会わせたくなかっただけだったとしても。


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