綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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うずまきナルト

「これは……」

 

 ナルトが目を覚ましたと同時に、周囲を覆っていた須佐能乎が崩壊していく。まるで限界を迎えたかのようだった。

 砂の城のように崩れ落ちていく須佐能乎を見て、ナルトは驚きに瞠目した。そして、偲ぶように目を細めた。

 

「そうか……。守ってくれたんだな……オレ達を……」

 

 その須佐能乎を、ナルトは見たことがあった。

 それはあの夜―――後に木ノ葉崩しと呼ばれる闇夜の襲撃が起きたとき、未来を繋ぐために散った、英雄の使ったものだった。

 写輪眼は、この世とあの世を繋ぐ力、とも言われる。

 サスケが大好きだった不器用で石頭の親バカは、最後の力を振り絞って、サスケに加護を残したのだろう。そしてその役目を終えたことで、今正しく天へと帰った。

 

「―――あとは、任せてくれってばよ」

 

 ナルトはサスケの下にしゃがみ込んだ。傷は深い。腕一本無くしているのもそうだが、恐らくは意識を失い河を流れていたナルトを、滝の激流から守り切り、岸へと辿り着かせるために無茶をしたのだろう。

 尋常ではない回復力を誇るナルトと比べてもなお、サスケの傷は深刻だった。

 

「綱手の姉ちゃんに、ちょっとだけど教わっといてよかった……」

 

 ナルトは上着を脱ぎ、その裾を細く破った。そして、サスケの腕に強く巻き付けた。止血のためである。

 そして兵糧丸と造血丸をポケットから取り出した。湿っているが、問題ない。

 ナルトはそれらをサスケに呑み込ませようとして、難儀する。意識が無いサスケに呑み込ませることは、誤嚥のリスクもある。湿っているがゆえに泥状で、嚥下反応が起こるかも怪しい。

 そうなると、取れる手段は限られていて―――。

 

「だーー!!」

 

 ナルトは逡巡する。そして意を決したように叫ぶと、兵糧丸と造血丸を己の口に舐めるように含み、咀嚼した。二つの丸薬と、自身の唾液とをよく混ぜ合わせる。

 

 そして―――ぶちゅーっ、と逝った。

 

 サスケの口の中を―――何でとは言わないが―――刺激し、唾液の分泌を促し、ナルトの口の中にある薬液溶かした二つの丸薬を奥へ奥へとねじ込んでいく。

 ごくり、とサスケが丸薬を呑み込んだのを確認し、サスケを優しく横たえると、ナルトは急いで河辺へと走り、口の中を洗った。

 

「オレの初めて……」

 

 しくしくとナルトは泣くが、自業自得である。

 ナルトはついでに水分を補給するとサスケの下に戻り、担ぎ上げた。

 自分が目覚めた場所へ戻るためだ。

 

 ナルトが駆け出してしばらく―――ナルト達の前に、見慣れた男が現れた。

 

「カカシ先生!?」

 

「ナルト!! お前……ッ、サスケ!? それは何があった!?」

 

 突如として現れたのは、顔の下半分をマスクで隠した男―――はたけカカシであった。

 カカシは霧を出る際にサスケに付けたマーキングを起点に、飛雷神の術で駆けつけたのである。霧へとんぼ返りした重吾から、『ナルトが出奔し、サスケがそれを追った』という情報を受け取った直後のことである。

 カカシは着地と同時に写輪眼を発現し、周囲を警戒するように―――特に、ナルトの後方へと視線を動かした。

 負傷したサスケと、それを抱えて駆けるナルト。

 敵に追われていると判断したのだろう。すぐさま状況を推測して体勢を整えるのはさすがだが、今回は外れである。

 ナルトは申し訳なさそうに、事情の説明をかいつまんで行った。

 ナルトから事の顛末を聞かされたカカシは何か言いたそうな表情を浮かべるが、しかし何を言うことも無く、ねぎらうように、ナルトの肩に手を置いた。

 

 ―――そして、場面が変わる。

 

 カカシの飛雷神の術によって渦潮跡地にある屋敷の一室へと飛んだのである。

 

「ナルト!! お前いったいどこに―――」

 

 飛びかかるように近づいてきたのは、アカリだった。

 しかしナルトが何かを抱えていることを感知して、アカリはその足を止める。

 

「……それは、サスケか? チャクラが弱弱しい……。いったい、何があった……? まさか、マダラと交戦を……?」

 

「いや、そうじゃねェ。これは―――。いや、説明は後でする。サクラはどこだってばよ? サスケがやべェんだ」

 

「サクラなら奥にいる。今休んでいるが―――」

 

 躊躇うように言ったアカリに、カカシが真剣な声音で静かに言った。

 

「起こしてください。恐らく、猶予はあまりない」

 

「……分かった。待ってろ」

 

 アカリが踵を返し、奥の部屋へと向かう。

 

「ナルト。オレは一度、霧に戻る。恐らくだが、疲弊しているサクラだけでは、サスケは救えない。応急処置が関の山だ。綱手様かカブト君を呼んで来る」

 

 そしてカカシもまた、姿を消した。

 ナルトはサスケを近くの寝具へと横たえると、眠るサスケを見つめた。

 片腕を失い、その傷口から溢れる血は止血処置を施してなお止まっていない。造血丸で血の補充を行い、自身のチャクラを送り続けサスケの回復力を底上げしてはいるが、効果は薄いようだ。サスケ自身の生命力そのものが、希薄になっているのだろう。これではその場しのぎにしかなっていない。

 依然、サスケの呼吸は弱弱しく、顔色は青白く、体は冷たいままだった。

 

「……」

 

 ナルトは己の罪を向き合うように、サスケを見つめ続ける。

 

「連れて来たぞ!!」

 

「サスケ! ナルト!! ―――これは……ッ」

 

 戻って来たアカリと共に、サクラが血相を変えて飛んできた。

 サクラはサスケの容体を見て驚愕に目を見開いた。あまりに酷い状態に、言葉を失ったようであった。

 だが、サクラとて医療忍者の端くれである。驚愕はすぐに引っ込み、にわかに医者としての表情を浮かべる。サクラはサスケに駆け寄るとすぐさま掌仙術を発動。傷口へと治療を開始する。

 

「骨もいくつか折れてる……。内臓も損傷してるわね。ナルトのチャクラが辛うじて命を留めてるけど……、これは―――」

 

「造血丸と、兵糧丸は飲ませてある」 

 

それ(・・)で……これ(・・)、か……。なるほど、そういうこと……」

 

(……『開門』を使ったのね……。その反動が来てる……。良かった(・・・・)

 

「アカリ様!! ヒナタを呼んで来てください!! 今すぐ!! サスケの点穴を突いて仮死状態にし、開いた門を外から塞ぎます!!」

 

「開門……。この―――バカ師弟(・・)……。分かった! 待ってろ!! ―――ヒナタぁああああ!!」

 

 アカリはサクラの言葉を聞いて、何やら思うところがあったらしく、小さく呟いた。

 そして踵を返すと、大声でヒナタの名を呼びながら、駆け出していく。

 

「……」

 

 相変わらず騒がしい義母の姿に、こんな状況で不謹慎とは思いながら、ナルトは少し微笑んだ。少しだけ、心が落ち着いたように感じる。

 ナルトは小さく息を整え、掌仙術を続けているサクラの背に、声を掛けた。

 

「……サクラ。オレは……どうすればいい?」

 

「このまま、チャクラをサスケに送ってて。できれば、私にも欲しい。サスケの状態維持と、私の回復を同時に。できる?」

 

「任せてくれってばよ」

 

 力強く頷いたナルトが、九尾から奪い取ったチャクラを、サスケとサクラへと転送し続ける。

 

「今、カカシ先生が綱手の姉ちゃん達を呼びに行ってる」

 

「良かった。今の私じゃ、大手術は難しかったから。さすが、カカシ先生ね」

 

 そうして―――すぐに合流したヒナタと、しばらくして到着した綱手がサスケの治療へと入り、無事、手術は成功した。

 

 

 

 

 

 

 サスケの治療が終わり、ナルトは一人、渦潮跡地を散策していた。

 クシナの故郷であり、うずまき一族の暮らしていた場所。ナルトにとっても、縁深い地である。

 今は木ノ葉の者達の避難所として使われている。

 歩けば、見知った顔しかいない。九尾を奪われたことで、ナルトが仮死状態になっていたことは、この跡地にいる者達は皆知っている。

 会う者会う者が、ナルトを心配して声を掛けてくれた。中には出奔したことを叱りつけて来る者もいたが―――そのどちらもが、アカリの激しさには届かなかった。

 

 ぶん殴られた後で熱い抱擁をされた。アカリの頬に流れる涙を見て、自分のしでかしたことと、しでかそうとしていたことの重さに改めて気づいた。

 ナルトは自分の過ちを受け入れているつもりだが、じっとしてもいられず、こうして散策に乗り出したのである。再度出奔しようとした時の保険として、カカシからマーキングもつけられている。

 

「もうどこにもいかねーってばよ。まあ、仕方ねェけどさ……。……? あれは……」

 

 歩くナルトの視界に、小さな影が入り込む。

 かつての中忍試験後―――ナルト達にサインを強請った、少年の姿だった。

 

「確か……木ノ葉丸とか言ったっけ」

 

 木ノ葉隠れの里の名を戴いた子供ということで、印象深く覚えていたのである。

 ナルトは特にやることも無いので、暇つぶしにと、その少年たちの方へと足を向けた。

 

「大丈夫だコレ!! なんと言っても!! この三代目火影の孫!! 猿飛木ノ葉丸様がいるんだからな!! お前達は、オレが守るんだなコレ!!」

 

(三代目火影の孫……)

 

 ナルトは物陰から、木ノ葉丸を眺めた。

 どうやらこの数年で忍者になったらしく、額当てを付けている。

 木ノ葉丸は、何やら小さな子供たちを集めて、演説をしているようだった。話の内容は、今しがた聞こえて来たような内容ばかりである。

 三代目火影がどれだけ凄かったかを語り―――そして、三代目火影の孫である自分がいれば、何も怖いことは無いと、高らかに己を謳っている。

 

 ―――くだらない。

 

 そう、切り捨てることは出来なかった。

 ナルトは木ノ葉丸のぎこちない不格好な演説から、目が離せなかった。ナルトはその姿に―――惹きつけられたのだ。

 

 木ノ葉丸の手が、震えている。

 木ノ葉丸の瞳に、うっすらと赤色が滲んでいる。

 木ノ葉丸は自分よりも小さな子供たちを励ましながら、その実、心の中では恐怖と哀しみに震え、泣いていた。

 

(あいつ……)

 

 ナルトは、心が燃えあがる様な熱を感じた。

 木ノ葉丸の行動の意味が、分かったような気がした。

 

 きっと、木ノ葉丸も怖いはずだ。三代目火影の孫だからと言って、木ノ葉丸はまだ下忍。ナルトから見ても、未熟も未熟な小僧だ。当時のナルトの足元にも及ばない力しか、感じられない。

 そして赤い瞳―――もしかしたら、泣いていたのかもしれない。恐怖ゆえか、あるいは誰か、大切な人を木ノ葉崩しで失った哀しみゆえか。

 

 それでも、木ノ葉丸は一生懸命に、演説を繰り返している。子供たちにそんなことを悟らせぬようにしながら、時におちゃらけ、時に真剣に、小さな子供たちに語り掛けている。

 大丈夫だと。怖がらなくていいのだと。そう、語り聞かせている。

 

「すごいでしょ? あの子……」

 

 物陰に潜むナルトに穏やかな声が掛けられた。

 

「ヒナタ……」

 

 ナルトが驚いたように、声の主の名を小さく呟いた。

 ヒナタは小さく舌を出して、悪戯っぽく笑う。

 

「ごめんね。お目付け役なの」

 

「……姉ちゃんか。まあ、そうだよな……」

 

 さすがに出奔したという前科があるため、完全な自由行動を許されたわけでは無かったらしい。

 火影の妻として、避難民達の総まとめをしなければならないアカリに代わり、白眼を持つヒナタが、ナルトの監視役として選ばれたらしかった。

 そしてナルトが木ノ葉丸の姿に―――その少年の胸に宿るものに惹かれた姿を見て、近づいて来たらしい。

 ちょうどいいと、ナルトはヒナタに問いを投げかける。

 

「ヒナタ。お前、なんでここにいんの?」

 

 何故霧隠れに行かなかったのか、という意味である。

 ネジは辛うじて命を繋ぎ、今はこの避難地で療養をしていると聞いているが、ヒナタは暁に、父と叔父を殺されている。敵討ちという意味でも、霧隠れにいる本隊に合流するものだと思っていた。

 

「……最初は、向こう(・・・)に行ったの。私も……」

 

 一度は仇を討ちたいと、ヒナタもまた霧隠れの本隊に合流した。

 マダラ復活の際、父を失った悲しみと、マダラという巨大な力の圧を前に屈服した心は、怒りと憎悪を以て立ち上がり、前へ進まんとした。

 しかし―――。

 

「でも……。きっと、私があっち(・・・)にいても、出来ることは少ない。霧隠れの惨状を見て、そう思ったの。私は中忍になれたけど、きっと中忍どまり。力が足りない……あまりにも……。私は、弱いから……」

 

「そんなことは……」

 

 ナルトはかつての中忍試験のことを思い出した。

 ネジは、当時から数年たった現在から見ても、傑出した力を誇った。そんなネジに恐れず立ち向かい、己の力を示さんと最後まで諦めなかった姿を、弱いなどと言う者はいないだろう。

 しかしヒナタは、そんなナルトの言葉を、静かに首を振って否定する。

 

「そう思って戦うことを戸惑った時点で、私はきっと弱いんだと思う。それに、再びマダラと対面した時、私自身、どうなるか分からない。怒りに呑まれるのか、恐怖に立ちすくむのか……。それが、怖いの。私は日向の長女だから……。私が危なくなった時、きっと、誰かが命を賭けて私を守ろうとする。足手纏いに、なってしまう。私がでしゃばることで、お父さん(・・・・)が守ろうとしたものを、崩してしまうかもしれないから。それだけは―――。それに、戦うことだけが、忍者じゃないでしょ? 私はみんなを信じて、ここであの子たちを守る(・・)。きっとそれが、今の私の最善だから……。日向の名に賭けて―――何があっても、この場所は守る。例え―――この命に代えてでも」

 

 そう言ったヒナタの瞳はやはり不安に揺れていて―――しかし確かにそこには、力強い意思の光が揺らめいていた。

 その()を見て、その決意を聞いて、ナルトは息を呑む。

 その選択は、『木ノ葉崩し』の夜、ナルトが取れなかったものだ。

 怒りに呑まれ己を見失い、義父が命を賭けて守ろうとしたものを危険に晒し、五代目火影としての最期の仕事を、失敗へと導いてしまった。

 

 ―――己を見つめ、冷静に己を知る。

 

 ヒナタは確かに、戦えば弱いのかもしれない。だがヒナタはあの時のナルトよりも遥かに強く、気高い精神性を有していた。

 

「ヒナタ……お前……」

 

 ナルトの全身に鳥肌が立つ。

 そこには、確かに受け継がれるものがあった。忍び耐える者の覚悟があった。五代目火影より受け継がれし―――火の意志があった。

 

「―――だいじょうぶ!!」

 

 突如、木ノ葉丸達の方から、舌足らずな高い声が響いた。

 ナルトははっと、声の方へと体を向ける。

 

「ごだいめほかげのむすこもいるよ!!」

 

「むすめもいるよ!!」

 

(あ……)

 

 ナルトの視線の先には―――木ノ葉丸が集めた子供達よりもさらに幼い、二人の男女の姿があった。

 小さな体で、小さな手を一生懸命に上げてその存在を主張しているのは―――千手畳間とアカリの、息子と娘。ナルトの、義理の弟妹だった。

 

「しかも、ぼくたちはしょだいほかげのひまごだよ!」

 

「ひまごだよ!!」

 

「わるいやつはぼくらがやっつけてやる!」

 

「やる!」

 

(あいつら……)

 

 一生懸命に言っている二人の眼は―――充血している。

 きっと、泣いていたのだろう。当然だ。父親を突然失ってから、数日しか経っていない。ナルトですら、取り乱した。幼い子供ならばなおさらだ。区切りなど付けられないだろうし、今もまだ哀しみの渦中にあることのほうが自然だ。

 

 それでも、あの双子は奮起して、今この場で声をあげたのだ。五代目火影の子供として、その役割を果たそうとした。

 

 もしかしたら―――木ノ葉丸の演説は、これが初めてでは無いのかもしれない。二人が声をあげるのが予定調和なのか、あるいは今この場の演説を聞いて、呼び寄せられたのか―――それは分からない。

 

 だが少なくとも、二人の―――『五代目火影の子供』という寄る辺は、この場に集まった寄る辺なく不安に苛まれる少年少女たちに、希望の光を与えたらしかった。

 

 里という寄る辺を亡くした子供たち。中には両親を失った者もいるかもしれないし、これからの戦いで失う子もいるかもしれない。例え今はまだ(・・・・)両親が生き残っていても、忍者であればきっと、霧隠れにいる本体に合流している。恐らくは、この避難地に両親共に揃っているという子供の方が圧倒的に少ないだろう。

 

 知らない土地で、実の親と離れ離れになった子供の不安など、想像に難くない。

 木ノ葉丸達はそれを取り除こうとしている。

 

 ―――自分自身が抱える不安と恐怖を、押し殺して。

 

(……情けねェな。本当に。こんなちびっ子すら、分かってたことなのに)

 

 ぎゅっと拳を握ったナルトは、一歩を力強く踏み出した。

 何をするつもりだろうかと、ヒナタがナルトの背を見守る。

 ナルトは子供たちの群れに入り、木ノ葉丸の隣に立つ。

 

「―――あいやしばらく(・・・・・・・)ッ!!」

 

 仙人モードを発動し、火影装束にも似た外套を羽織ったナルトはそう力強く口にして、見栄(・・)を切った。

 

「北に南に西東! 斉天敵わぬ仙人の!! 黄髪童子蝦蟇使い! 泣く子も黙る色男!! そんでもって―――四代目火影の息子!! うずまきナルト様たぁ!! あ!! オレのことだってばよォ!! お前らのことはぁ!! オレが守るってばよォ!!」

 

 片手を前に、片手を後ろに、体を傾けて、ナルトが力強く見栄を切った。

 にわかに、子供たちがざわつく。

 

「よんだいめさま?」「なうとにいちゃん!」「ナルト兄ちゃんだコレ!?」「よんだいめさまのこども!? すごい!!」「しょだいさまと、さんだいめさまと、よんだいめさまと、ごだいめさまのこども!?」「にだいめさまは?」「わかんない」

 

「こほん。お前らのことは、オレが守る!! だから安心しろってばよ!! 何と言ってもオレは―――歴代の、どの火影をも超える火影になる男だからな!! 大船に乗ったつもりでいろってばよ!!」

 

 サムズアップしたナルトが、朗らかに笑い、言った。 

 わあ、と子供たちがナルトに殺到する。かつて、畳間へ、ナルトがしていたように。

 

 ―――少しして、子供たちを避難所となっている屋敷へと戻るように促し、ナルトは仙人モードを解いた。

 ナルトはもう大丈夫だろう―――そう判断したヒナタが先頭に立って、子供たちを誘導していく。そうしてその場に残ったのは、ナルトと木ノ葉丸のみとなった。

 

「ナルトの兄ちゃん、無事だったんだコレ!?」

 

「知ってんのか……」

 

 ナルトは気まずげに、ぽりぽりと頭を掻いた。

 木ノ葉丸のような、ナルトとあまり接点のない子供にすら、自分がマダラに敗北したことは知られているようである。

 ナルトはぽんと、木ノ葉丸の頭に手を置いて、わしゃわしゃと動かした。

 

「頑張ってんな、お前」

 

「え?」

 

 ぽかんと、木ノ葉丸がナルトを見上げる。

 ナルトはニシシと、木ノ葉丸を称えるように笑った。

 その笑みを見て、木ノ葉丸は目を丸くし、その意味を悟ったのか―――じわりと、目じりに雫を浮かばせる。それでも、木ノ葉丸は目元を腕でこすり、頭を振って、それを押し留める。

 それを見て、ナルトは優しく笑う。五代目火影や、四代目火影の意思が確かに今、ここに受け継がれていることが嬉しかった。そして、小さくとも立派に忍者としての役割を全うせんとする姿に、尊敬を抱いた。

 

「……木ノ葉丸。……お前を!! オレの弟子にしてやるってばよ!!」

 

「ええ!?」

 

 ナルトは近く旅立つ。マダラを倒し、世界を守るための戦いに、身を投じる。

 そうすればまた、木ノ葉丸は子供たちを鼓舞するために戦うだろう。『四代目火影の息子の弟子』―――少し考えれば何の箔もないことは分かるが、しかし無垢な子供たちにとってはきっと違う。三代目火影の孫という名に、それを付け加えるくらいは、構わないだろう。それにその名は、木ノ葉丸自身を鼓舞する『力』にもなってくれるはずだ。

 ナルト自身が、そうであったように。

 

 ―――『守る』とは、ただ力を以て庇護することではない。

 

 ナルトが今、辿り着いたその答えは。

 

 ―――『守る』とはすなわち、心に寄り添い、分かち合うことだ。痛みを分かり合い、支え合うことだ。

 

(おっちゃん……。見ててくれよな。オレは……、ぜってェ……火影になるよ)

 

 そうして―――。

 日が暮れるまで、ナルトは自分の術を木ノ葉丸に教え―――余所様の家の子に何を教えとるんだと、遅い帰りに心配し、迎えに来た香憐にど突かれた。 

 

 

 

 

 

 

「そうか……クシナに会ったのか……」

 

 夜。

 蝋燭の灯が揺らめく部屋で、ナルトとアカリは対面に座り話をしていた。

 ナルトは自分が出奔してからのことの顛末を話し、アカリはそれを静かに聞いていた。

 そして話が終わって、ぽつりとそう言ったのである。

 

「あいつは最後の時まで、お前のことを案じていたからな……」

 

「うん。分かってるってばよ……」

 

 寂しげに、しかし温かく微笑むナルトの表情を見て、アカリは自分がすべきことはもう無いのだろうと悟る。

 アカリは、ナルトの精神が安定しているのを感じ取った。それは、終末の谷で戦った後の畳間を彷彿とさせる。

 

「親しい者を失った時の忍びとしての在り方―――その口伝は、いるか?」

 

「大丈夫だってばよ。もう、分かってる」

 

 ―――パンッ!! 激しい平手打ち!! やることはあった!!

 

「いってぇ!! なにすんの姉ちゃん!!」

 

「バカ者!! 何が分かってる(・・・・・)、だ!! それが自惚れと言うんだ!!」

 

「ええ!?」

 

「良いかナルト。人とはよくも悪くも変わるものだが、そう簡単にも変わらない。自分はもう大丈夫。もう理解した―――そう思っている者ほど、落とし穴に嵌まるものだ!! 畳間もそうだった。いいか、よく聞け。あいつがどれだけ馬鹿なことをしてきたか―――。全部教えてやるから、反面教師にしろ!!」

 

「え、あんまりおっちゃんの像を崩したくないんだけど―――」

 

「黙れ!! ……今のお前は分水嶺を越えた。確かに、その精神性は大きく成長しただろう。だから、私は最後の補整(・・)をする」

 

 そしてアカリは少しだけ、嬉しいような、困ったような、複雑な表情を浮かべた。

 

「私の畳間に憧れてくれるのは嬉しいが……。今のままではきっと、お前はまた、畳間と同じところで躓く。今ならきっと大丈夫だろう……。ナルト。お前が視るべきは、五代目火影としての理想・幻想の畳間ではなく、これまでの(・・・・・)畳間だ。試練を乗り越えて勇むのは分かるが、もう少し地に足を付けろ」

 

「……」

 

 思った以上に真剣なアカリの話に、ナルトは困ったように頭を掻いた。

 

「お前が畳間に似たのは、まあ仕方がない。だから……カンニングをしろ。あいつが躓いてきた段差(・・)の乗り越え方を、先に全部教えてやる」

 

「なんかズルじゃない?」

 

「口答えするな」

 

「厳しい!? なんか姉ちゃんいつにも増して厳しいってばよ!!」

 

「黙れ!! ……とはいえ、これも一例に過ぎんし、答えを教えても、躓くときはつまずくものだ。頭でわかっていても、心が理解していないと意味がない。だが……立ち上がるきっかけにはなれる。迷った時、自分を見失いそうになったときには思い出せ」

 

 温故知新。

 畳間やアカリ―――先達たちがどのように苦難を乗り越えて来たのか。その答えは、若者たちが同じような苦難に直面した時、乗り越えるための選択肢の一つとして、機能する。

 特によくも悪くも畳間に似てしまったナルトだから、アカリが言うように、似たような場所で躓く可能性は高い。

 相談できる畳間がいなくなってしまった以上―――畳間を最も知るアカリが、伝えるべきだろう。本当はあいつが―――と、もはや叶わなくなった未来を想い少しだけ泣きそうになるが、アカリはそれを耐え忍んだ。

 

「それに……私も敗けてられないからな」

 

「ええ……勝ち負けの問題なの……?」

 

「うるさい! 私はお前の義母親だぞ!!」

 

「言われなくても分かってるってばよ!!」

 

「ならばよし」

 

「なんなんだってばよォ……」

 

 まあ、アカリなりの甘えである。息子の一番苦しいときに助けに現れたクシナに感謝と共に、少しばかり嫉妬しているのである。さすがは愛深きうちは一族。畳間以外には理解が難しい。面倒くさい女であった。

 

 そうして、困惑するナルトを他所に、アカリの説教が滾々と続いた。

 尊敬する義父の、知らなかった半生は、ナルトの中の幻想を崩すに値するだけのボリュームを秘めていたが、それはそれとして、親しみを感じるものでもあった。

 大きく温かかった最強の男。そんなナルトの中にあった理想像は脆くも崩れ去り、調子に乗りやすく失敗しやすい意地っ張りという等身大(・・・)の姿へと再構築される。

 

 聞けば聞くほど、完ぺきとは程遠い人だった。

 そうしてナルトはようやく、自分が義父の姿に自分の理想を押し付け、そうなるべきだという強迫観念のようなものを抱いていたことに気づいたのである。

 完璧な、最強の男。そうなりたいと、そうなるべきだと、ナルトは無意識に己に課していた。ある意味で縋っていたと言っても良いだろう。

 だがその偶像は崩れた。畳間という一人の男が、多くの苦難を越え、たくさんの傷を心に抱えた一人の人間であったことを知り―――ナルトは少しだけ嬉し気に、笑った。

 


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