綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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少年時代

 うずまきナルトは、四代目火影の息子として生を受け、生後数時間のうちに、孤児となった。

 物心ついたころには、里は復興を終えようとしており、九尾事件と木ノ葉隠れの決戦によって大打撃を受けた里の惨状は、ナルトの記憶には無い。

 自分が孤児であると知ったのがいつの頃だったか、ナルトは覚えていない。気づいたころには、自分はそう(・・)なのだと理解していた。

 しかし、本当の両親がおらずとも、それに勝るとも劣らない義両親や義兄弟たちに囲まれていたので、寂しさを感じたことは無かった。

 義父は残業は多かったが、仕事を終えて家に帰って来てからは、必ず子供たちと遊んでくれた。広い家でかくれんぼをしたし、トランプなど、大人数でのカードゲームなどもした。義父は命を賭けない(・・・・・・)賭け事にはめっぽう強かったが、敢えて負けることを選び、子供たちに花を持たせることも多かった。火影と言う役職ゆえに休みなど在って無いようなものであったが、誰かが旅行にでも行きたいと言えば、側近衆が全員里にいる日など、里を離れても大丈夫そうな日は、子供たちを連れて飛雷神の術で終末の谷など、どこぞへと飛び、日帰りの大旅行をさせてもくれた。だいたいの願い事は、叶えてくれた。

 ナルトを含め、孤児院の子供達は、義父のことが大好きだった。

 

 畳間は、自分がかつて祖父にそうされていたように、子供たちを愛し、慈しんで育てた。寂しい思いをさせないように、苦しい思いをさせないように、哀しい思いをさせないように―――ノノウやアカリとの家族会議は勿論、当時未成年だったカカシやガイにすら相談して、いかに子供たちが伸び伸びと暮らせるかを試行錯誤して来た。

 

 カカシは読書が趣味だったので、図書室の創設と、本の充実を提案した。

 修業一辺倒なガイは、意外なことにそういった話題を推しはせず、『父と一緒に過ごした、何気ない日々』こそが大切であり、『抱いた想いを伝える』ことが肝心だと、畳間に自分の経験から感じた思いを伝えた。ガイにとって、父であるマイト・ダイとの思い出は、確かに修業自体も大切だが、『父と共に夢を目指し、駆け抜けた日々』そのものが、大切な宝物だった。

 

 畳間は天才だが、一時期は落ちこぼれの烙印を押されたこともある。その経験は、上を目指し、生半可なことでは諦めない根性を得るという点でプラスに働いたが、一方で本心を隠す、という弱点を生み出した。千手の直系、初代火影の孫にしてはあまりに弱いと陰口を叩かれ続けたことで抱いた哀しみや痛み―――そして怒りを心の奥に押し込んで、表面だけを取り繕った日々は、本来表現すべき本心すらも隠す、『悪癖』へと繋がった。そして長き日々で身についたその悪癖は、自覚した今もなお、ふとしたときに湧いて出るものである。

 

 『何考えてるか分かんなくて怖い』と子供たちに警戒を抱かれては、大人は終わりだ。特に、孤児院の子供たちは、心に傷を持つ者が多いため、そう思われる可能性は一般家庭よりも高い。

 ガイからのアドバイス―――それはかつて、サクモからも忠告として受けたことがあるものだった。畳間はそれを再度肝に銘じて、子供たちとよくコミュニケーションを取った。

 

 子供たちを大切に想っていること。自由に楽しく生きて欲しいこと。忍者に成らなくてもいいこと。やりたいことがあれば何でも言って欲しいこと。それこそが、自分の望みなのだと伝え、そしてそれを、アカリやノノウと協力しながら、嘘偽りなく実践して来た。

 子供たちとの日々は、畳間自身を父として、火影として、人として、成長させてくれた。火影としてのコミュニケーション能力の高さは、子供たちとの日々で培われたものである。

 

 孤児院の子供たちは、もともとが悲惨な境遇にあった者達だ。その心が闇に染まり切る前に拾われた子供たちは、最初こそ疑心や警戒を抱いてはいたが、アカリの素のポンコツ具合や、畳間が時折見せる調子に乗りやすいという気質を見て「なんだこいつら……子供か?」と警戒を薄れさせ、そしてノノウの本心からの慈愛を受けて、ゆっくりと疑心を溶かした。ファーストコンタクトからしばらくの関係作りの功績は、だいたいがノノウのものである。

 

 また、イルカのようにもともと木ノ葉の人間である者達や、カブトの様にもともとノノウの孤児院にいた者達―――『優しい兄貴分』の働きかけも、外から来た者の心を開く時を速めた要因と言えるだろう。大人からの言葉は届かずとも、同じ子供からの言葉なら届く、と言う場合もある。

 そして時を経て孤児院に馴染んだ者達が、また新しく家族の一員となる子供達を、自分たちがされたように、優しく受け入れた。

 孤児院『木ノ葉の家』は、そこに住まう者達全員で作り上げて来た、彼らにとって掛け替えのない場所だった。

 

 ―――ぶち壊された。

 

「仇を取る」

 

 暗闇を駆けるナルトは、同じ言葉を繰り返し呟いていた。

 仮死状態にあったがゆえの身体の不調など気にも留めず、ナルトはただひたすら、目的地へ向けて駆けている。

 

 ―――おっちゃんが殺された。

 

 瞬きすらも忘れたナルトの目じりを、雫が横に流れていく。

 暴走する九尾のチャクラの中で、ナルトはその光景を目の当たりにした。体を貫かれ、血を巻き散らし膝から崩れ落ちたその背中が、ナルトの目に焼き付いて離れない。乱暴に頭を鷲掴みにされ、チャクラを奪い取られ、無慈悲に空へと放り投げられ―――大岩に押しつぶされた姿が、心に染み付いていた。

 

 ―――ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやる!! ぶっ殺してやる!!!

 

 ナルトの胸を焦がすのは、溢れんばかりの憎悪。怒り。

 己の不甲斐なさへの怒りは、仇討ちという大義名分を得て姿を隠し、そのうちにあるどす黒い感情は、すべてうちはマダラへと向けられていた。

 駆けるナルトの身体は、常に九尾のチャクラに覆われていた。だというのに、ナルトの身体には、傷一つない。その腹に封じられた九尾が、そのチャクラを放出しナルトの力を増幅させているというのに、だ。そしてナルトは、九尾が「封印を解け」と暴れもしない(・・・・・・)ことにすら、気づけない。

 

 増幅する悪意。煽られ燃え上がる憤怒。心の奥底に沁みついて行く憎悪。

 

 身を包む憎しみのチャクラが、心地よかった。ナルトの背を押してくれる。まるで―――父が、そうしろと言ってくれているかのように。

 ナルトの表情からは、もはや母親譲りの穏やかなそれは失われていた。頬の三本ひげは色濃く刻まれ、その瞳は鋭く縦に伸び、口元には鋭い牙が覗いている。

 ナルト自身が九尾と同化するまで―――そう遠くは無いだろう。

 

 ―――ナルトの腹の中。鮮やかな『巴』を瞳に浮かべた九尾は、ただ静かに、己の力を、ナルトに注ぎ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ナルトの趣味は、ガーデニングである。義父は盆栽を育てるのが趣味で、大小たくさんの盆栽を庭に揃えていたため、ナルトはそれらの世話をするのが好きだった。ナルトが義父の盆栽を丁寧に大切に世話すれば、義父の心からの感謝が贈られた。大きな手で、優しく頭を撫でられた。

 似通った趣味。一緒にガーデニング用具の買い物に行く機会も多く、その帰りには「みんなには内緒だぞ?」とお菓子を買って貰ったりもした。

 図鑑で育ててみたい植物を見つけた際は、それを強請った。義父はだいたいの願いを叶えてくれたが、すべてに甘いわけでも無かった(妻やマザーにすべてを買い与えてはタメにならないと説教された)。

 

 ゆえに義父は、正式な『任務』としてその植物の入手依頼を里に出すことを提案した。ナルトは必死に家のお手伝いをして小遣いを貯めて、欲しかった植物の苗を求めて、何度も依頼を出したものである。

 ナルトは依頼人として直接依頼品を受け取ることを望み、依頼を達成した下忍達と対面した。

 ナルトから満面の笑みを以て感謝の言葉を伝えられた下忍たちは満更でもない様子であり、ナルトはその人懐っこさで、すぐに下忍たちと仲良くなった。ナルトの顔が広い理由の一因である。

 

 そしてナルトが、畑仕事などの下級任務に文句を言わなかったのは、『依頼者側の気持ち』を、身を以て知っていたからだ。

 

 そして、手に入れた植物を、義父とナルトは、二人で大切に育てた。

 草花が好きだから趣味となったのか、あるいは義父に褒められるから好きになったのか、あるいはそのどちらもか―――理由の境界が曖昧になるほど、草木を通した義父とのコミュニケーションは、ナルトにとって至福の時間であった。

 甘えん坊のナルトにとって義父は、甘えれば甘えるほど、求めた以上の愛を返してくれる、最高の父親であった。

 

 ある日、幼いナルトの胸に、ふと、本当の両親について、興味が湧いたことがあった。そうなれば早い。ナルトはその行動力と無邪気さで、何の忌憚も無く、義父に両親について訊ねた。

 

 義父は言葉を濁した。どう答えるか、悩んでいる節もあった。だが幼いナルトがそんな機微を察することなど出来るはずもなく、ただその時に義父が浮かべた、とても寂しそうな、哀しそうな、そんな痛そうな顔(・・・・・)を見て、「やっぱいいや」と話を終えた。

 義父の表情の理由は、ナルトには分からない。だが、そんな顔はして欲しくなかった。自分にはいつでも、笑い掛けて居て欲しかった。ただ、それだけだった。

 

 それに、孤児院では、本当の両親のことを知らない者も多い。親のことなど思い出したくも無いという者もいた。だから本当の両親のことを知らなくとも、それは孤児院では別に普通のことだった。そんな環境にあったこともあり、ナルトは以後、その話を自分からすることは無かった。

 その後、ナルトの気遣いを察したのか、畳間はより一層、ナルトに構ってくれるようになった。ナルトはそれが嬉しくて、もっともっと畳間に甘えるようになった。いつしか火影邸にまで乗り込んで、遊んで欲しいと強請るようになった。

 他の子供たちが火影邸に来たとしても、畳間はそれを受け入れただろう。ゆえに畳間にとってそれは特別扱いでは無かったが、そんなことをするのはナルトだけであり―――結果的に言えば、それは良い逃れの出来ないほどに、『特別扱い』以外の何物でも無かったのである。

 

 孤児院に置いて、ナルトは間違いなく、特別な存在であった。

 義父である五代目火影すら凌ぐ膨大なチャクラ量。シスイ、君麻呂に次ぐ類稀な戦闘力。同世代でも頭抜けた力。

 

 しかし、ナルトは、それに己惚れていたわけではない。人を思いやる心を持っていたし、誰かを見下したことも無い。上には上がいることを知っていたし、戦うことよりも、人と話すことの方が好きだった。少なくとも、周囲の人間はナルトを貶めるようなことはしなかった。ナルトはずっと、守られていた。九尾とナルトを同一視する、悪意のすべてから。

 

 自来也との旅の中で、ナルトは成長した。木ノ葉に向けられる悪意を見た。人柱力が世間からどう見られているかも知った。一人の女性を絡め取らんとする陰謀を見て、それを守らんと奮闘した。忍界を戦乱に導かんとする巨悪を自来也と共に打ち倒し、秘密裏に世界を守ったこともある。

 

 ―――まっすぐに育ったナルトは、まさに英雄だった。

 

 完全無欠ではない。

 人懐っこい甘えん坊な、抜けたところもある。しかし誰よりも強く頼もしい忍者―――四代目火影の片鱗が、ナルトには垣間見えていた。

 このままゆっくりと成長すれば(・・・・・)きっと、二人の父すらも超える火影になるだろうと、自来也が確信するほどに。

 畳間から離れたナルトは、父への想いをそのままに、自来也の背中を見て、ゆっくりと自分の道を進み始めて(・・・)いた。

 

 ―――だが、これまでの経験は、すべて第三者としての戦いだった。

 

 自分自身に課せられた越えるべき試練を、ナルトは知らない。いや―――最初にして最大の壁である、『九尾との和解』の段階で、つまずいたままだった。

 ナルトは天才で―――だからこそ、大きな挫折を、知らなかった。

 

 角都との戦いと敗北が、きっとナルトを大きく成長させるはずだった。だが、時代はそれを待ってくれはしなかった。ナルトが壁を越え、自らの忍道を見据えるより早く、闇を食い止めていた『仕切り』は崩れ落ちてしまった。

 どれほど強く成ろうとも―――ナルトはまだ、16歳の少年だった。16歳と言えば、同年代の頃の畳間はまだ戦争も知らず、中忍として、二代目火影のもと修業に励んでいた頃だ。

 ナルトに訪れた試練は、畳間よりももっと過酷で、何より早すぎた(・・・・)

 

 挫折からの奮起―――その経験のないナルトは、その方法が分からぬまま、新たに押し寄せた試練に押し潰されようとしている。

 そして押し潰されないように、ナルトはこれまでの経験から、その解決策を探さざるを得ない。すなわち―――敵を排除(・・・・)すること。

 

 ―――火の意志の本質を、ナルトはまだ、知らない。

 

 

 

 

 

 

 強すぎる。どうすれば。勝てない。どうすれば。また負けたら。憎い。なんで。強すぎる。今のオレじゃ勝てない。どうすれば。仇を討つ。どうすれば。おっちゃん。どうすれば。おれは火影の息子。仇を討ってくれ。どうすれば。許せない。どうすれば。白。どうすれば。化け物。どうすれば。わからない。憎い。圧倒的な実力差。どうすれば。憎い。

 

 ナルトの頭の中は、ぐちゃぐちゃとした思考が混ざり合っていた。ぐにゃあ、と視界が歪むような感覚。進むべき道など、視えはしない。正しい思考など、出来はしない。それでも、闇雲にでも進まなければならないと、ナルトは思い込んでしまっている。

 そして、仇を討つという願いと、木ノ葉に伝わる禁術という、勝利の可能性を―――誤った道を、見つけてしまった。

 ゆえに。

 

 ―――まずは己を見つめ、冷静に己を知る。

 

 ―――立ち止まることが最善(・・・・・・・・・・)なのだと、気づけない。

 

 闇夜を走り抜け朝日を迎えたナルトは、ミズキに伝えられた場所へと、辿り着いていた。九尾のチャクラに物を言わせた全力疾走は、ナルトにたいした疲労を与えていない。

 

 ナルトはそこにある、二つの巨大な建造物のうちの一つを駆け昇った。

 轟々と、大量の水が流れ落ちる音が響くのを聞きながら、ナルトはその巨大な人型の建造物の頭頂部に立った。

 

 ―――終末の谷。

 

 かつて、うちはマダラと千手柱間が死闘を繰り広げた場所。

 

 ナルトはうちはマダラの像の上から、千手柱間の像を眺めた。どこか、義父の面影のある顔立ちに、否が応でも義父を思い出す。そして義両親の思い出の場所であることは、アカリから聞いて知っている。溢れ出る感情に、ナルトは歯を喰いしばった。

 

 ふと足元を見れば、露骨に(・・・)色の変わった場所があった。最近掘られ、そして塞がれただろう痕跡。

 五代目火影が隠し場所を変えたという、禁術書がここにある。

 

 ―――あるはずがない。こんな露骨な目印など、不自然極まりない。明らかに、罠である。だが、ナルトは気づけない。早く早くと急かす心を止められない。普段ならば違和感と共に踏み留まれたであろう行動を、今のナルトは止められない。

 

 ―――今立ち止まっては、どうなるか分からない。どうすればいいかも、分からなくなる。ナルトを突き動かすのは憎しみであり、そして―――恐怖(・・)だった。

 

 ナルトは螺旋丸を作り出し、その目印に叩きつけた。頭頂部の表面が破壊され、その奥からは小箱が一つ。

 ナルトはそれを引きずり出し、蓋を乱暴に薙ぎ払うように開けた。

 中には、巻物が一つ。

 

 ナルトはその封を破り、巻物を開こうとして―――雷鳴が、それを奪い去った。

 ナルトは鋭い視線を、下手人へと向ける。無数の手が下手人へと襲い掛かるが、下手人が放った紫電の雷光によって弾かれる。

 

「サスケェ……」

 

 下手人―――うちはサスケは、ナルトから奪い去った巻物を手に、千手柱間の頭部へと降り立った。

 

「それを、返せ」

 

 低い声で言ったナルトに、サスケは痛ましげに表情を歪める。

 ナルトはそんなことに気づきもしない。サスケの返答次第では飛び掛からんと、ナルトは低く体を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 サスケは肩を大きく上下させている。全力疾走で、ナルトを追い駆けて来たのだろう。その速さで追いつけはしたが―――スタミナが、底を尽きかけている。

 

「……よう。ウスラトンカチ」

 

 ようやくといった様子で、サスケが言った。

 サスケの写輪眼が、ナルトを見据える。

 九尾のチャクラを纏ったその姿は―――もはや、人型を留めていなかった。大きさこそ人と同程度だが―――その身を纏う黒ずんだ緋色のチャクラは醜悪で、その姿は余りにおぞましい。小さな九尾、尾獣そのもの。化け物となったうずまきナルトが、そこにいた。

 

 ―――ォオオ。

 

 ナルトが、何かを言った。

 もはや人の言葉すら話せなくなったのかと、サスケは痛ましげに表情を歪めた。

 

「……なんでだよ。なんで、そんなふうになっちまったんだよ、ナルトォ!!」

 

 サスケの慟哭にも似た叫びに、ナルトは反応しなかった。

 帰って来たのは、低い唸り声。

 サスケ悔し気に拳を握り締める。

 

「……五代目のことは、聞いた」

 

 低く構えていたナルトが、ぴくりと反応を示した。

 

「ナルト……」

 

 まだ、声は届いている。

 サスケは一縷の望みを賭けて、口を開いた。

 

「これは、敵の罠だ。この巻物には―――九尾の暴走を助長する術式が記されている。お前から九尾を引き抜くために仕掛けられた、罠だ。お前は、ミズキに騙されたんだ」

 

 ミズキという男はかつての九尾事件によって、肉親を殺された孤児だったが、畳間からの誘いを辞退し、孤児院には入らず、両親と共に育った家で生きてきた。

 

 ―――九尾の人柱力のいる家に、誰がいくものか。

 

 ミズキはナルトと九尾を同一視し、ナルトに悪意を向けていた。それに気づいたシスイの手によって、アカデミーではナルトから遠ざけられていたが―――ナルト(九尾)に一定の悪意を持つ者は、少なくない。ナルトではなく、九尾への悪意ならば、なおさらだ。むしろ九尾に対しては、悪意を持たない者の方が稀である。

 

 実際、ミズキはナルトに何もしなかった。むしろ距離を置いていたほどである。関わる機会があっても、ミズキは終始教師としてしか、ナルトには接していなかった。

 ゆえにシスイからの報告を受けた畳間も、特に何をするでもなく、むしろその精神性を賞賛したほどである。アカデミーは、火影直轄でもある。アカデミーの校長に、それとなくミズキを称えるような言動を示し―――そしてミズキは重用された。

 何故ならミズキは九尾への憎しみを耐え忍び、正しく教師として、生きていたのだ。素晴らしい火の意志であろう。その目的が―――九尾へ復讐をする、その時のためでなければ。

 

 角都へ―――暁へ情報を流していたのは、ミズキだった。九尾を擁護し庇護する五代目火影を疎ましく思っていたミズキは、その優しい先生と言う仮面の下で、報復の時を待っていたのである。 

 そして今―――黒ゼツからの指示のもと、ナルトをこの場へと誘導した。

 もともと、暁側から木ノ葉へ戦いを挑んだ際に、ナルトから九尾を引き抜くために仕込んであった罠の一つが、ここにある。

 マダラの復活によって九尾が回収され、不必要になったと思われたものだったが―――マダラがシスイと共に姿を消したことで、活きる機会が巡って来た。

 

 マダラがこのまま戻らないという最悪の事態もあり得る。そうなれば、自らの手で尾獣を回収せざるを得ないが、連合が組まれた以上、ゼツ一人では不可能である。

 ゆえに、九尾と言う最強の尾獣を再誕(・・)させる必要があった。

 

「……オレの写輪眼で、ミズキに吐かせた。途中であの世に逃げられた(・・・・・・・・・)が……お前は、騙されたんだよ。ナルト」

 

 ナルトが、低く唸った。

 ナルトを覆うチャクラが膨れ上がる。サスケを殺してでも巻物を奪い返すと―――そう言っているかのようだった。

 サスケは握った拳を震わせる。

 

「……」

 

 思い出すのは、かつての記憶。

 アカデミーに入る前からの、縁だ。五代目火影が企画した祭りに行けば、いつもこいつは目立つ場所にいた。サスケから絡みに行き、くだらない言い合いをして、いつの間にか一緒に遊んでいた。

 アカデミーに入ってからは、目標だった。

 ナルトはいつも、サスケの数歩先を進んでいた。サスケがぶち当たった壁(・・・・・・・)を、ナルトはすいすいと越えていった。サスケが何度も道を違えそうになり、その度に周囲の人間によって矯正されている間に、ナルトは整えられた一本の道を、どんどん先へと進んで行った。

 サスケは天才と称されるに値する才能を持っているが、ナルトはサスケ以上の天才だった。来る日も来る日も努力して、なお超えられない天才が、ナルトだった。

 サスケが上級忍術を一つ覚えるために何か月も必死に努力しているうちに、ナルトは影分身の術でより高度な忍術を数日で覚え、さらに研ぎ澄まし、完璧に習得していく。

 努力しても努力しても、どれだけ血と汗を流しても、ナルトは涼し気な顔で、容易にそれを越えていった。唯一、体術だけはナルトに引けを取らなかった。体術だけは、ナルトも地道な努力が必要だったからだ。だが、必ず勝てるというわけでも無かった。

 

 チャラスケという黒歴史に染まったのはきっと、僅かばかりの逃げもあったのだろう。どれほど努力しても、ナルトの足元にしか及ばない。兄の様にもなれない。越えるべき壁は、あまりにも大きすぎた。

 

 ある日、サスケが女子からモテることを知った母が、サスケを「さすが父さんの子ね」と言った。父は母に肘で小突かれ、戸惑いながらも、「さすがオレの子だ」と口にした。一学年上で女子にモテていたシスイを自慢する畳間に、対抗してのことだったのだろう。

 だが、褒められることを望んでいたサスケは、そちらへと流れ―――帰って来た兄の手で、道を修正された。

 

 アカデミーでナルトと組み手をして、互角に戦えた時の喜びは、サスケにとって途方もないものだった。忍術では勝てなくとも、体術では食い下がれる。サスケはうちはの誇りたる火遁の術と同じくらいに、体術を大切にしていた。

 そんなサスケが、畳間に紹介されたガイに傾倒するのも、無理からぬことだった。彼は体術のみで、木ノ葉最高戦力の一角へと昇り詰めた傑物であり、サスケの担当である天才忍者カカシに(勝負内容には色々あるが)勝ち越している。尊敬に値する人物だった。

 

 ガイのもとで、サスケは体術を極めんと必死に努力して―――戻って来たナルトに仙術と言う体術ブーストを見せつけられて、正直なところ、非常に腹が立った。お前はまだオレの先を行っているのかと、臍を噛んだ。

 それでも、サスケはずっと、誓いを胸に刻んでいた。いつか火影の座を賭けて闘うという誓い。中忍試験前―――ナルトから掛けられた「お前と戦いたい」という言葉が、サスケにとって、どれほどの喜びであったか。ナルトの旅立ちの前、ナルトと結んだ誓いが、どれほどサスケの心を熱くしたか―――ナルトには、分からないだろう。

 

 だから、サスケは耐えられた。忍び耐える道を選べた。

 今はまだ届かなくても良い。いつか来たる誓いの時に、勝てればいいのだ。

 多くの人に教えを乞い、何度も道を間違えそうになりながら―――それでもサスケは、夢に向かって進み続けた。

 

「分かるよ、ナルト……」

 

 越えられない壁への絶望―――逃避。

 己の非力さへの怒り―――迷走。

 親しい者を害さんとする者への憎しみ―――暴走。

 

 今まさにナルトが直面しているそれらは、サスケにとって、乗り越えて来た壁(・・・・・・・・)である。

 

 だからこそ―――ナルトの抱いている痛みが、サスケには、我がことのように伝わってくる。

 

 なんでそんな姿になっちまったんだと口にしても―――本当は分かってた。

 

 憎しみ、怒り。

 

 義父を殺され、里を潰された様を、ナルトは目の当たりにしている。

 自分がその場にいたとして、ナルトの様にならないという確証は、どこにもなかった。

 ただサスケには、何度も壁にぶち当たって来たという経験があり―――立ち止まる大切さを、知っていた。

 人に頼ることの大切さを知っていた。

 残された者の心構えを、五代目火影から学んでいた。

 

 サスケはただ幼いころから―――道を間違えられる機会(・・・・・・・・)に恵まれていた。

 

「―――逆、だったかもしれねェ……」

 

 ただ―――それだけの違いだった。

 

「……けど。同じだなんて、言うつもりはねぇよ……」 

 

 サスケも、父を殺された。一族を、親族を殺された。木ノ葉隠れの里は、サスケにとっても、大切な場所である。

 しかしそれは、サスケだけではないし、ナルトだけでもない。

 木ノ葉の者は今、皆おしなべて、ナルトやサスケと同じ痛みを抱えている。

 だが、だからと言って、憎しみに囚われることを、誰が責められる。少なくとも、サスケにはそんなことは出来なかった。

 

 何故なら―――もしも当時の感情に振り回されていたサスケが、似たような境遇の者に諭されたとしても、聞く耳など持てなかっただろうから。「オレが耐えてるんだからお前も耐えろ」などと言われて聞けるなら、道など違えるはずもない。

 

 だから周囲の人間は、サスケに荒療治を叩きつけたのだ。

 酷すぎる、とサスケ自身内心ではかなり思うが、きっとそれは、今のサスケにとって、必要なことだった。サスケはそれを、理解している。

 

 きっと今のナルトは、いつかは必ず訪れただろう『越えなければならない試練の時』に在って―――ただそのタイミングが、悪かっただけなのだ。

 そしてナルトには今、それ(・・)をしてくれる人がいない。

 

「……だったら、オレがやるしかねぇだろ」 

 

 ぼう、とサスケの腕に炎が灯る。そして―――巻物が、勢いよく燃え上がった。

 

 ―――ォ……ッ! ォオオォオオッ!!

 

 九尾の人柱力(・・・・・・)が、形相を変える。それは怒りであり、憎しみであり、殺意であった。

 

 向けられるそれらに、サスケは僅かに身震いした。

 だが、思い通りだ。これでナルトは、縋っていた偽りの希望を失い、それを奪い取ったサスケに、その感情と―――力をぶつけて来る。

 

 サスケは、ナルトのこの姿(・・・)を見た時から、既に覚悟を決めていた。

 ナルトの中の怒りと憎しみを受け止めて、一緒に(・・・)、乗り越えるのだ。

 ナルトが一人では無理だというのなら(・・・・・・・・・・・・・)、誰かと一緒に、やればいい。

 

「……ナルト。その憎しみは、オレにぶつけろ。マダラになんて、くれてやらなくていい。全部、オレが受け止めてやる」

 

 ナルトが頼り方を知らないというのなら、無理やりにでも、協力する。その心を受け止めて、ナルトの殻を殴り抜け、その心に、拳に纏った炎を灯す。

 それがうちはサスケの、うずまきナルトの『親友』としての、選択。

 

「それでダメなら……」

 

 九尾は、マダラには渡せない。ナルトの命も、同様だ。

 マダラなんぞに、二度も親友の命を奪わせはしない。何より、九尾を奪われれば、連合が窮地に陥るのは必定であり、九尾を守り切れなかったナルトは戦犯となる。そして今、単独で行動すれば、きっとそうなってしまう。

 そんなことは、許せない。サスケの知る誰よりも、五代目火影を敬愛した少年に、そんなことをさせるわけにはいかない。

 そんなことになるくらいなら、いっそ―――。

 

「―――オレが一緒に死んでやる」

 

 それが、『五代目火影』最後の弟子であり、愛深きうちは一族の直系で在り、火影を目指す『うちはサスケ』の、忍び耐える者としての覚悟。

 ナルトを殺せば九尾も死ぬ。尾獣を集めるという暁の目的は果たせない。

 

「ナルトォ……ッ」

 

 今この瞬間、サスケの瞳が、その色を変える。

 三つ巴の写輪眼は溶け合い混ざり合い、万華鏡(・・・)の様相を呈した。

 それは里を滅ぼされた怒りでも、父を殺された憎しみによる発現では無かった。友を失うことへの恐怖。そして心の底から、親友の心を憂う、慈悲深き哀しみによる発現。

 サスケは影分身の術を使った。

 生み出された影分身は、サスケの左手に手を翳し―――チャクラを練り上げた後、消滅する。影分身を構成していたチャクラが、サスケ本体へと瞬時に還元された。

 

 そして―――サスケの左手には、輝く紫電。右手には、燃え滾る蒼炎。影分身の術を用いた、二属性(二つの術)の同時発動。それはうずまきナルトも得意としており、五代目火影より伝授された、切り札。今までは安定して出来ず、戦闘で使うことは難しかったそれが、今ならば出来る(・・・・・・・)という確信があった。

 

 さらに、もう一つ。

 

 ―――開門。

 

 第一門のみ。それが、サスケの限界だった。だがそれでも、短時間の身体能力の向上と、スタミナの増幅が見込める。

 サスケが関わり、受け取ったすべてで、ナルトを受け止める。

 

 ―――四代目火影の息子? 五代目火影の義息子? 現忍界最大のチャクラ量保持者? 最強の尾獣の人柱力? うずまき一族の末裔? 天才の中の天才?

 

 そんなものは知らない。関係ない。

 何故なら、うずまきナルトは、うちはサスケにとっては、ただの大切で、ウスラトンカチな―――。

 

「―――行くぞ、『兄弟(・・)』。チャクラの貯蔵は充分か」

 

 何処とも知れぬ幽世で、一対の輪廻眼だけが―――その戦いを、見守っていた。




中の人良いよね……

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