綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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覚醒の時

 暗い森の中、ゲンマが困ったような表情で、負傷している重吾と君麻呂を見つめている。雷影から説明を求められても、ゲンマにも彼らがここにいる理由は分からないのだ。

 早く説明しろ、と雷影が急かされて、ゲンマは巻いた手ぬぐい越しに、頭を掻きむしった。

 雷影とは共に居るが、協力関係を完全に築けたわけではない。ここで下手なことを言えば、忍連合の設立も危うくなる。そんなプレッシャーを感じてのことだった。

 

 忍者は常に冷静さを求められるが―――ただでさえ、五代目火影がうちはマダラという巨大な悪の前に敗北し、故郷である木ノ葉隠れの里は、壊滅状態に陥っている。本来ならばそのあまりに大きな絶望に心を砕かれ、呆然自失となり、すべてを諦め、投げ出してしまっても、おかしくない状況である。

 

 しかしゲンマは四代目火影の護衛部隊を務めたこともある男だ。四代目火影と共に過ごした日々は短くとも、四代目火影の―――命懸けで里を守った英雄の意志を受け継いでいる。折れることなど、出来るはずが無かった。

 

 そして無理やりにも奮起したゲンマは、シカクの命を受け、雲隠れとの連携を取るべく、ここにいる。軍縮の時代となってなお、対木ノ葉を想定し、軍拡を続けて来た雲隠れの里の戦力は、マダラと戦うには必要不可欠なもの。雲隠れが欠ければうちはマダラの打倒は叶わず、世界は闇に閉ざされる。

 ゲンマは木ノ葉の存亡のみならず、忍界の未来を背負い、ここにいるのだ。押しつぶされそうなプレッシャーの中、これ以上のイレギュラーに晒された心は、その抑えきれぬ焦燥に、ついて行けなかったのである。

 

「彼らは、オレ達がここにいる理由を知りません。里とは異なる―――独自の理由で、動いていたので」

 

「独自の理由だと? ……雷の国へ不法入国をしてまでか? 場合によっては、国際問題になるぞ」

 

「雷影様! 今はそのような場合では……ッ」

 

「黙れ! 今ワシは、この小僧と話をしている!!」

 

 ユギトの言葉を雷影の怒声が遮った。

 ユギトはその威圧感に、言葉を呑み込んだ。普段は厳しくも寛大な雷影だが―――木ノ葉を相手にすると、少しばかり視野狭窄となるきらいがある。その悪癖が出ているのを見て、ユギトは困ったように眉を寄せた。

 重吾もまたその迫力に息を呑んだが、しかし、覚悟は決まっている(・・・・・・・・・)。重吾はしっかりと雷影を見つめ返し、口を開いた。

 

「オレ達は、うちはマダラに奪われた九尾の奪還のため、動いていました」

 

「木ノ葉が九尾を奪われたことは、こいつらから聞いている。何故、貴様らだけで―――」

 

「16年前―――。突如として木ノ葉に現れた九尾は、四代目火影様の命を奪い、里を壊滅状態にまで追い込んだと聞きます。つまり九尾は……ただ一体だけで、一国の戦力に匹敵する(・・・・・・・・・・)んです。うちはマダラと九尾―――この組み合わせだけは、絶対に、野放しにしてはならない」

 

 うちはマダラと、九尾。

 その組み合わせはかつて、五代目火影をして『今のオレより強かった』と言わしめる、『初代火影』千手柱間を追い込んだ(・・・・・)という実績がある。

 そして、もしも九尾を相手取るとすれば、交戦経験がある木ノ葉が矢面に立つことなるわけだが―――かつて九尾の暴走を食い止めた四代目火影は既に亡く、五代目火影の敗北と共に、木遁は失われてしまった。かつて、四代目火影と五代目火影がいない状態で九尾と戦った木ノ葉は―――壊滅状態にまで、追い込まれたのだ。

 

 マダラ対全忍者という構図でさえ、マダラの力を目の当たりにした今では、勝機が見えない。そんな中―――九尾まで相手にするなど、出来るはずが無い。戦力的にも、精神的にも(・・・・・)。九尾がかつてよりも弱体化しているとしても、九尾によって木ノ葉の忍者達の心に刻まれた傷は、深い。『初代火影の再来』という圧倒的な『個』があったからこそ、木ノ葉の者達は安心し、『五代目火影』の言葉に耳を傾けられた。

 それを失った今―――再度九尾と相対して、果たして何人の忍者が、常の様に戦えるかは、定かではない。木ノ葉の者達にとっては、ある意味で、マダラと戦うよりも、九尾と戦うことの方が、辛いのだ。

 ゆえにこそ、重吾は言う。

 

「九尾の奪還は、『決戦』までに……木ノ葉の手で(・・・・・・)必ず成し遂げなければならない任務だと、考えています。―――ですが。忍連合設立まで、木ノ葉の戦力は動けない(・・・・)。だから、オレ達は例えどちらが死のうと(・・・・・・・・)も、九尾を奪還するために、ここに来ました」

 

 ―――それだけじゃない。

 

 そう、君麻呂が割って入る。

 君麻呂もまた雷影を真っすぐに見つめて、言った。

 

「―――弟なんです。九尾の人柱力(ナルト)は……ぼく達の、弟なんです」

 

「……弟。……貴様らは確か、火影の運営する孤児院の者達……だったな? その弟と言うのは、義弟か?」

 

「そうですが……」

 

「人柱力の、義弟……」

 

「……雷影様」

 

 雷影が思い悩むように眉根を寄せた。

 ユギトは伺うように雷影を見つめている。

 重吾は畳み掛けるように、口を開く。

 

「それと……雷影様。―――砂隠れの里は、既にマダラの手によって、壊滅しています。連合はもう既に、戦力の一部を奪われているのです」

 

 重吾が言った言葉を聞いて、その場にいた者は皆が言葉を失った。それは雷影すらも例外では無く、驚愕に目を見開いたのだ。

 

「木ノ葉だけでなく、砂もだと!?」

 

 雷影が声を荒げた。

 

「四代目風影様のご遺体を、確認しています。あまりに……惨い死に様でした。そして、一尾は既に、マダラの手に……。これ以上の戦力を失わないためにも。そして、戦力の補充のためにも、九尾の奪還と、九尾の人柱力の復活(・・・・・・・・・)は、急務です」

 

「……あの五代目火影が殺られたというのも、半信半疑だったが……。よもや風影までも……。うちはマダラ……それほどか……」

 

 雷影の呟き。しかしその言葉には、未だ疑心が滲み出ている。

 それを感じ取ったのか、ゲンマが必死の懇願を、口にした。

 

「だから言ったじゃないですか、雷影様!! もはやオレ達には一刻の猶予もありません!! 速やかに忍連合を組み、マダラに対抗しなければ……ッ!! このままではオレ達は各個撃破され、うちはマダラに対抗する(すべ)を、完全に失うことになります!! 砂隠れがマダラの手に掛かったというのなら、本当に、残された時間は少ない! 今、生き残ったすべての忍者が手を取り合い、マダラを止めなければなりません!!」 

 

「木ノ葉と……」

 

「雷影様……」

 

 悩まし気に眉を寄せる雷影に、ユギトが不安げに呟いた。

 雷影の木ノ葉嫌いは、ユギトも良く知っている。弟分のキラー・ビーでなければ、そういった類の話は、雷影には持ち掛けられない。木ノ葉と手を組む―――それは、雲隠れに置いて、禁句中の禁句だった。

 今、木ノ葉の忍者が雷影と共に行動していることが、既に奇跡のようなものだ。

 木ノ葉の者達が来訪した同時期に、雲隠れの同胞達が消息不明となったこと、そして現在は里で留守番をしているキラー・ビーが、木ノ葉の使者と四代目雷影の間を取り持ったからこそ、実現したことで―――本来ならば、殺されることはないにしても、門前払いをされていても、おかしくは無かったのだ。

 しかし、雷影とて分かっているのだ。『暁』が尾獣を狙っていることは、木ノ葉から聞かされている。実際、雲独自の情報網(正体を隠した大蛇丸)からも、暁の情報は手に入れ、裏も取っている。雲隠れとしても、『暁』は敵だ。そして、うちはマダラが『暁』と密接な関係を持つのならば、マダラの目的も、尾獣にあると考えて間違いはなく、だとすれば、二尾と八尾を有する雲隠れとしても、うちはマダラは敵となる。そして今、うちはマダラの脅威は、目の前で見た。不意打ちの一撃を与えたが―――その手ごたえはあまりに薄く、有効打とはなっていないことは、雷影自身がよく分かっている。

 マダラを打倒するには、木ノ葉と手を組まなければならない。

 雷影も、頭では分かっている。だが、心が僅かにそれを拒絶した。しかしそれでも、雷影は雲隠れを統べる長だ。そんな感情は排し、木ノ葉と手を組むことを選ぶだろう。それだけの器量は、持ち合わせている。

 

 ―――だが。

 

「己惚れるなよ、小僧(・・)共……」

 

 ―――その一瞬の迷いは、今この場においては、あまりにも長い時間であった。

 

 ゆっくりと暗闇の中から姿を現したマダラは、少し苛立たし気に、雷影達を睨みつけている。

 

「貴様ら程度(・・)の忍びがどれほど集まったところで、このオレに及ぶべくもない」

 

 そしてマダラは楽し気に、笑った。

 

「それに……既に、砂と木ノ葉は滅んだ。そして今夜……、雲が滅びる(・・・・・)。それでどうやって、連合など―――作るつもりだ?」

 

 マダラから、にわかに溢れだした闘気、殺気。空間を震わせる―――うちはマダラの、本気の圧。この場にいる誰もが、息を呑み、恐怖した。四代目雷影ですら、他の者達と違い、体を震わせこそしなかったが、かつて真数千手と相対したとき以上の絶望が、胸に突き刺さったことを自覚した。

 マダラがすっと、目を細める。そして、この場にいる一人一人を、順に視界に捉えていく。そして、感情を排した冷たい表情で、死刑宣告を、下したのだ。

 

「そして……長話が過ぎたな。オレが気まぐれに(・・・・・)眺めている間に、貴様らは逃げるべきだった。オレは―――クズ共が群れるのは、好かん」

 

「―――退け!!」

 

 雷影の怒号。

 石頭のきかん坊。そう揶揄される四代目雷影だが、しかし、ただそれだけの男であれば、この年まで生き残ることなど出来はしなかった。

 畳間が『決戦』にてこの男を殺さずに残したのは、この男が、『敗北を受け入れ、戦争を終わらせる決断を下せる程度の頭を持っている』と、そう判断したからだ。

 さすがに、第三次忍界大戦を生き残った手練れである。マダラが本気でこの場にいる者達を皆殺しにしようとしていることを、雷影は察した。

 

 ―――今のまま戦えば、敗北する。

 

 雷影は、一度里まで撤退し、ビーを含め、里で万全の迎撃体勢を整えたうえで、うちはマダラと相対すべきであると、瞬時に判断し、指示を飛ばしたのである。

 雷影はその雷速の剛腕で地を殴りつけて大量の土を跳ね上げ、マダラの視界を奪い、退却の時を稼がんとする。

 

「この程度の目くらまし……写輪眼(うちは)を舐めるなよ」

 

「―――重吾!!」

 

「―――君麻呂……ッ」

 

 マダラの写輪眼が、赤く光る。

 同時に、君麻呂が重吾の手を掴んだ。

 言葉は無かった。ただ、重吾は己の掌に当たる感触に、君麻呂の抱いた壮絶なる覚悟を察し、辛苦の表情を浮かべ―――君麻呂の名を呼んだ。

 そして、可能な限りすべての仙術チャクラを君麻呂へと流し込み、そして君麻呂から託されたそれ(・・)を強く強く握りしめて、駆け出した。

 

「―――仙法・死骨脈」

 

 君麻呂の身体全体に浮き上がった、異様な、黒い仙術模様。

 君麻呂の身体が、にわかに異形へと変貌していく。 

 

「―――早蕨の舞」

 

 君麻呂が地面に両手を叩きつける。

 マダラの足元から、鋭利な先端を持つ無数の白骨が地面を突き破って現れた。

 

「……」

 

 無言で飛び下がるマダラを、槍と化した白骨が追い駆ける。

 

「―――雷影様!!」

 

 重吾が雷影へと叫びをあげる。雷影は重吾と君麻呂を一度見比べて―――その意図を察し、力強く頷いて、君麻呂へと背を向ける。そして背中越しに、勇敢にもマダラに一人(・・)立ち向かう決断をした若者へ、言葉を送る。

 

「―――見事だ!! 必ずや、我ら雲は木ノ葉と共にマダラを討つ!!」

 

「―――叶わぬ誓い(・・・・・)ほど、虚しいものはない。……それに、今逃げたところで、どうなる? 木ノ葉の生き残りが雲に合流するよりも早く、雲隠れは滅びる」

 

 マダラの言葉は、確かに的を射ていた。

 木ノ葉から霧へと落ち延びた者達が、雲隠れの里に合流するには、どれほど早くとも、あと二日はかかる。もともと霧へ向かっていた綱手と、木ノ葉から落ち延びたシズネが霧に合流し、カブトと三人体制で、五代目火影亡き今、木ノ葉の最高戦力となるカカシの治癒を完了させ、カカシが最速で雲へ向かって、それだけの時間が掛るのだ。

 飛雷神の術を修めたカカシと言えども、マーキングの無い場所へ飛べるわけはない。また木ノ葉の残存勢力を率いて移動する以上、『軍』としての動きとなり、その移動速度は単独行動よりも遥かに遅くなる。

 

 雲隠れの里を要塞化し、防衛戦線を敷いたとしても―――マダラはそれを容赦なく踏み潰し、里を蹂躙するだろう。マダラには、それだけの力がある。

 それに、マダラが出し惜しみをしなければ、畳間から奪い取った仙術チャクラを以て、真数千手すらも展開し、物理的に里を圧し潰すことも出来るのだ。そうなれば、雲隠れが所有する、九尾に次ぐ尾獣である八尾であっても、耐えられるはずがない。

 結果―――待っているのは、連合など呼称できるはずもない、死屍累々の群れ。健在の岩隠れと、瀕死の四里による、烏合の衆。

 

 ゆえにマダラは嘲笑と憐れみを滲ませて、目の前で無駄な(・・・)時を稼がんと命を捨てて踊る(・・)君麻呂を見つめるのである。

 

「木ノ葉では、それ(・・)で逃げられた。余興は、無しだ。速やかに貴様を殺し、奴らも同時に(・・・)始末する。―――須佐能乎。輪墓・辺獄」

 

 生半可な術ではこの仙術で強化された骨槍の軍勢を破壊できないと悟ったマダラは、遂に須佐能乎を完全に展開した。そして、万華鏡写輪眼は輪廻眼へと形を再度変化させ、現れた分身すべてが、逃げた者達を追い駆ける。

 地を見下ろす、青白い巨人。地中からの攻撃に弱いという須佐能乎の弱点を完全に無くした、須佐能乎の完成体。マダラはその額にて虫けら(・・・)達を、鬱陶し気に見下ろしている。

 重吾が、ゲンマたちへ、何かを叫ぶ。表情を引き締めた三人は互いに見つめ合い頷き合うと、急ぎ、雷影と重吾の下へと、駆けだした。

 

「弟の下へ逝くがいい」

 

 須佐能乎が、君麻呂を殺さんと、一歩、その巨大な足を踏み出した。骨の剣山が、容易に、無惨にも踏み砕かれる。

 

「―――まだだッ」

 

 君麻呂は、逃げた皆の時を稼ぐべく、決死の覚悟を以て、己のすべてのチャクラを解き放つ。もともと病弱な体―――シスイやカブトの開発した薬や、義父の『心』により保っていた健康が、奪われる。

 

 ―――知らない。

 

 痛く、苦しい。

 

 ―――知らない。

 

 気持ち悪い。吐き気がする。

 

 ―――知らない。

 

「―――ナルトッ!!」

 

 ―――大丈夫だ。……ナルト。お兄ちゃんが必ず、助けてあげるから。

 

 人はきっと、何か、使命のようなものを持って、この世に生まれ落ちる。君麻呂は、そう考えている。

 だからこそ、己の生まれた意味を、一族で一人生き残った訳を、その使命を、果たす時が来たのだと、燃え滾る体に、静かな理性が重なり合った。

 

 ―――お兄ちゃんは、弟を守るものだから。

 

「―――ぼくは死なない。例え、この肉体は滅んでも」

 

 ―――胸に灯る、炎の意思。脳裏に浮かび上がる、大きな背中。

 

 それは、今までずっと、義母の言いつけ通りに、この眼に焼き付けて来た、五代目火影の背中だった。

 同世代最強の―――千手シスイと同格の力を持ちながら、しかし君麻呂は病を患って、忍の道を断たれてしまった。それは君麻呂にとって、生きる意味を失ったと同義で在り―――君麻呂は道に迷い、そして、その背中(・・・・)が示した道を辿り、その先で、新たな道を見つけた。

 

 重吾と同じだ。

 例え力を揮えなくとも、家族を守る術はあるのだと、知った。生きる意味があるのだと知った。生きる価値があるのだと知った。

 笑顔を与える。温もりを与える。優しさを与える。―――愛を、与える。

 

 ―――守るとは、ただ武力を以て庇護することではない。

 

 暖かな笑顔を与え、温もり(哀しみ)を分かち合い、心に寄り添う。皆がいつか帰る場所(・・・・・・・・・)を、保ち続ける。おかえりと、ただその一言を言うために。

 

 ―――そんな生き方も良いなと、思った。

 

 それが、五代目火影の背中を見つめ、二人の母の胸に抱かれ、そしてようやく辿り着いた、君麻呂の―――君麻呂だけの、答え(・・)だったから。

 戦う力を奪われて―――ようやく、見つけた答えだった。

 

 ―――でも、ぼくにはやっぱり、これしかない(・・・・・・)みたいだ。

 

 ささやかな夢、暖かな未来は今、過去からの亡霊に踏みにじられ、砕かれた。そして今、己の命すらも、失うだろう。『死』と言う孤独の闇に、君麻呂は今、呑まれようとしている。

 

 ―――それでも。

 

 今―――君麻呂の心に、恐怖は無い。

 あるのはただ、自らを奮い立たせる、『勇気』。

 あの暖かな居場所を守るのだという、『決意』。

 己のすべてを捧げてもなお惜しくはないという、『愛』。

 

 うちはマダラと言う理不尽な力を前に傷つき倒れてしまっても。五代目火影の背中は、その生き様(死に様)は、君麻呂の心に、確かに焼き付いているのだ。

 

 最後に発動しようとしただろう、決死の自爆奥義。それを寸前で止めてしまったのは、きっと火影としてはあまりに大きな失態だった。だが―――君麻呂はそんな甘ったれた義父が、大好きだった。

 

 だから君麻呂は、怖くはない。

 

 その背中が、君麻呂の心に焼き付いて離れない様に―――家族を守り抜いた『忍者』として、立派に役割を果たした『兄』として―――君麻呂と言う忍者(・・)は、永遠に、皆の心に残り続ける。

 

「―――火の意志は、死なないッ!!」

 

 君麻呂という『忍者』の生き様(死に様)は、世を去った先人たちと同じように『火の意志』と一つと成り、永遠に、木ノ葉隠れの里に―――家族の胸に、灯り続ける。

 

 君麻呂の咆哮と共に、その肉体に移植された千手畳間の細胞(・・・・・・・)が呼応し、周囲から仙術チャクラを急速に吸収し、活性化を開始する。例えそれが、本来の用途(君麻呂を生かすため)ではなかったとしても―――君麻呂が守りたいと願うものを、守り抜くために。

 

「―――仙法・死骨界降誕」

 

 君麻呂を起点に、前方、左右に、巨大な骨の世界が降誕する。

 君麻呂が生成する骨々は、先ほどまでとは比べるべくも無いほどにその強度を増し、巨大化している。マダラの須佐能乎に踏み潰された骨すらも再生を始め、巨大な骨の牙へと成長し―――須佐能乎の足を押し返し、傾けた(・・・)

 バランスを崩された須佐能乎が、数歩、後退する(・・・・)

 

 マダラが、驚嘆に目を僅かに開いた。

 マダラの須佐能乎が後退させられる―――それは、在りえざる出来事だったからだ。

 そして、君麻呂の体から感じ取れる、うちはイズナのチャクラ(・・・・・・・・・・・)が、マダラに迷いと困惑を与えた。

 後退した須佐能乎が、動きを止め、マダラは訝し気に、君麻呂へと視線を向けた。

 

(……何が起きている?)

 

 マダラは輪廻眼を解除(・・・・・・)し、チャクラに関してはより良く(・・・・)視える(・・・)万華鏡写輪眼へと変貌させてまで、君麻呂を注視した。それによって、輪墓・辺獄の追っ手が消えることすら、忘れていた。それほどの、衝撃だった。

 だが、その衝撃も、一瞬で霧散する。

 

(よく見れば……あれは、イズナの細胞か。柱間の細胞(チャクラ)を取り込み適合したイズナの細胞を、さらに分け与えた、か……。少し驚いたが……柱間の細胞程の力は無さそうだ。あの血継限界と、仙術チャクラの併用は中々に楽しめそうだが……)

 

 しかし、とマダラは目を細めた。

 

「オレを数歩(・・)下がらせたところで、何の意味がある? すべては無駄なことだ。それにその細胞……未だ適応の最中だったようだな? あるいは……、それ(・・)は、本来の用途ではない、といったところか。無理やりの覚醒……そのリスクは大きい。お前は、オレが直接手をくださずとも―――直に死ぬ」

 

 マダラの言葉に、君麻呂はそれでもいいと、内心で思った。

 手を下されない時間(・・・・・・・・・)は、稼ぐことが出来る。もはや君麻呂は、己の命が残ることなど、一切考えてはいない。忍連合の発足までの時を、いかに稼ぎ切るか。ただ、それだけだった。

 

 地面をめくり上げるように、骨が立ち上がった(・・・・・・)

 

「仙法・骨人の術」

 

「骨の巨人……」

 

 現れたのは、骨の巨人。

 それは、うちはとは異なる―――もう一つの、骸骨の巨人(須佐能乎)

 マダラは両目でそれを見つめ、感嘆に息を吐いた。その骨から伝わるチャクラの質、圧。共に、蘇生してから目の当たりにする最高峰のものであったからだ。我愛羅と守鶴の放った最終奥義『守鶴の陣』に匹敵するだけの力を、目の前の骨の巨人(須佐能乎)は、単体で持ち合わせている。

 それを感じ取ったマダラは―――楽し気に、笑った。

 

「ほう……。良い術だ。一尾の人柱力もそうだったが……現代にも、中々に、骨がある(・・・・)者もいるようだな」

 

 そして、マダラは思う。

 

 ―――千手畳間(イズナ)。我愛羅。うずまきナルト。

 

 もしも―――瀕死の状態で岩に封じた(イズナ)、既に死んだ一尾の人柱力や、曲がりなりにも九尾の力の一端を支配して見せた九尾の人柱力。そして、まだ見ぬ『強者』達。直に死ぬこいつを含め、現代におけるすべての力を結集しオレに立ち向かっていれば。あるいは―――届いたかもしれん、と。

 

 だが、マダラに対抗しうる力は、既に三つも、欠けた。そして今、また一つ、失われることになる。

 

 ―――無駄だと思っていたこの旅路も、天の利だったようだな。 

 

 マダラは生死を掛けた戦いに楽しみを見出すが、夢に掛ける思いは本物だ。一度死に、蘇ってでも達成したい夢が、マダラにはある。

 戦いを楽しむことと、その果てに死ぬことは、同義ではない。必ずや『先の夢』に辿り着くという確信と自信があるからこそ、マダラは戦いを楽しむのだ。

 敗北の兆しが現れれば―――マダラは油断も慢心も捨て、全力を以て障害の排除に動くだろう。さすがに、これだけの力が集まれば、マダラとて苦戦は必至。そうなる前に排除できたことは僥倖だったと、マダラは今、どのような理由であれ、自らにこそ『分』があることを確信し、楽し気に笑った。

 

「―――いいだろう。柱間程ではないが……久しぶりだ。このワクワク(・・・・)は……ッ!! このうちはマダラが、貴様の相手をしてやろう!!」

 

 振るわれた須佐能乎(・・・・)の拳が激突し―――空に、亀裂が入る。それが、戦いの合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 振るわれた拳がぶつかり合う。凄まじい衝撃波と轟音。そして、骨の拳は砕け、周囲に骨片が飛び散った。

 繰り返された激突の中、砕かれ飛び散った骨片が積もり、周囲には小さな骨の山が出来ている。

 

「……っ」

 

 砕かれた巨人の腕を再生させながら、息も絶え絶え、瀕死の状態の君麻呂が、マダラを睨みつけている。

 しかし、骨の巨人(須佐能乎)は再生せず、それどころか、骨格が次々に剥がれ、ぼろぼろと崩れ落ち始めている。

 その血継限界による、圧倒的な骨密度と再生速度を以て、遊び半分(・・)のマダラを相手に戦い、この場に食い留め続けていた君麻呂だったが、しかし遂に限界が訪れようとしていた。

 

 そして君麻呂自身の肉体もまた、無茶な仙術チャクラの酷使によってその浸食を受け、徐々に石へと変わりつつあった。下半身は石へと変貌しながら骨の巨人の頭部と融合し、もはや分離すら出来ないような状態だ。

 夜が明ける前に、君麻呂は自らの手で削り過ぎた寿命によって、死ぬだろう。

 

 そこまでやって稼げた時間は―――たったの(・・・・)数時間。

 

「……時間切れのようだな。まあ、丁度良い頃合いか。オレも、それなりに楽しめた」

 

 マダラが言った。その瞳には、僅かばかりの名残惜しさが滲んでいる。

 今ぶつかり合った君麻呂の操る骨の巨人の拳は、最初にあった壮絶な殴り合いに比べ、あまりに非力なものだった。ゆえにマダラは君麻呂の急速な弱体化―――すなわち、戦いの終焉(遊びの終わり)が近づいているのを感じ取ったのである。

 

「哀れなものだ……」

 

 マダラは心からの憐れみを、遠からず絶命するだろう君麻呂へと向けた。

 

「オレに歯向かいさえしなければ、貴様も『夢の世界』を生きられたものを……。どうやら元々は病弱なようだが……『夢の世界』であれば、そのような苦しみからすら解き放たれ、貴様は幸せの中(・・・・)で、死ねただろう」

 

 自分に喰らいついた強者へ、マダラはマダラなりの賞賛と共に、今ここで痛みと苦しみの中息絶えることに、憐憫を抱く。

 

「……九尾の人柱力()のため、と言っていたな」

 

 強い者(・・・)を好むマダラにとって、どのような理由であろうと、完成体の須佐能乎を出さざるを得ない(・・・・・・・・)状態へと持ち込んだ君麻呂は、多少の賞賛に値するものだった。それは、一尾を完全にコントロールし、マダラと相対した我愛羅にも言えることである。

 だからこそマダラは、最強の尾獣を持ちながら、不完全な力しか引き出せなかった九尾の人柱力(ナルト)への評価は、他二人と比べ、低い。

 

 ―――オレならばもっと九尾の力を引き出せる。 

 

 そう、確信するがゆえに。

 そして、うずまきナルト(九尾の人柱力)が弟でさえなければ、君麻呂はここへは現れず、その病弱な体を酷使し、死に急ぐことも無かった。

 君麻呂は、マダラの考える『最高の幸せ』を有する『本当の夢の世界』の中で、幸せに暮らし、終わりを迎えることが出来たのだ。出来たはずだった。何故それが出来なかったか。

 

 ―――弱かったからだ。九尾の人柱力が。

 

 ゆえに、マダラは己だけの穿った価値観を以て、それ(・・)を告げる。

 

「貴様の最大の不幸(・・・・・)は、九尾の人柱力を―――弟に持ったことだ」

 

 びきり、と君麻呂の中の何かが切れる。

 眼玉が飛び出さんほどに目を見開いて、その頬は怒りに紅潮した。

 失われた力が、最期の炎を燃え上がらせる。

 

「―――もう一度、言ってみろ」

 

 崩れかけていた骨の巨人(須佐能乎)に、生気が蘇る。

 

「―――速い……ッ」

 

 瞬身かと見紛うほどの速度で接敵した君麻呂の須佐能乎は、その肋骨部を柔軟に動かし伸ばし、マダラの須佐能乎を抱きしめるように拘束すると、瞬時に収縮し、骨格内へと引き寄せた。

 

 そして君麻呂は巨大な骨の中を高速で移動し、マダラのいる須佐能乎の額前まで到達。

 下半身が骨の巨人(須佐能乎)と分離できないがゆえに、君麻呂は最大まで己の身体を骨から突出させ、腕を限界まで振り絞る。

 君麻呂の腕には残る仙術チャクラのすべてが一点集中し、瞬く間にその細腕を、巨大な骨の槍が覆い―――高速回転を開始する。

 君麻呂は引き絞った腕を、千切れんばかりの威力を込めて、解き放つ。

 

「―――螺旋槍(・・・)!!」

 

 振りかぶり、そして突き出された骨の槍は、マダラの須佐能乎の外壁を容易に削り取り、穿ち抜け、内部にいるマダラの、その肉体を貫通する―――。

 

「―――神羅天征」

 

 ―――よりも前に、いつの間にか輪廻眼へと変貌していたマダラの全力の瞳術によって、呆気なく、凄まじい勢いで、マダラを拘束していた骨の巨人ごと、吹き飛ばされた。

   

「……時を稼がれてしまったな。少しだけ(・・・・)

 

 崩れ落ちた骨の巨人(須佐能乎)が地面に激突する轟音が終わる。ぱらぱらと骨粉が崩れ落ちる小さな音を除き、静寂が戻った森を、マダラは満足げに見下ろしている。

 

 蘇生直後がゆえに遊んでいた木ノ葉で稼がれた時間に比べれば、僅かな時間(・・・・・)だった。逃げた者達は、今すぐに全速力で追いかければ、捉えられるだろう。もしも里に逃げ帰られたとしても、迎撃の時間など与えない。準備期間中に、皆殺しにする。

 

「惨めな姿だ」

 

 マダラの視線の先には、多量の血を流し痛みに呻いている、君麻呂の姿。

 その上半身は(・・・・)立ち上がる足を奪われてなお、足掻いている。逃げるためではない。立ち上がるためだ。

 己の使命を果たすために。大切なものを守るために。君麻呂は死に瀕してなお、立ち上がろうとしている。

 マダラはそれを見て言ったのだ。惨め(・・)だと。

 

「せめてもの情けだ。須佐能乎で、殺してやろう」

 

 マダラの須佐能乎の手に、巨大なチャクラ刀が出現した。須佐能乎はチャクラ刀を振りかぶり、君麻呂目掛けて、振り下ろす。

 

(―――。……お義母さん、ごめん)

 

 その謝罪は、何に対してのものか。

 そして、アカリとノノウ―――どちらに向けられたものか。

 君麻呂は霞む視界に映る斬撃に、己の終わりを受け入れて―――。

 

「―――鉱遁・榜排の術」

 

 ―――君麻呂の周囲を覆うように、ドーム状に展開された金剛石の壁が、斬撃を弾き飛ばした。

 

「……なに? これは柱間の……。だが、材質が違う……」

 

 マダラが、訝し気にそれを見下ろす。

 その中で―――。

 

「……君麻呂」

 

 ―――君麻呂の傍に、一人の青年が、しゃがみ込んでいる。

 

 青年は君麻呂の手を優しく(・・・)握り締め、片方の手で、額に張り付いている髪を梳いた。

 

「し、すい……」

 

「……何も言わなくていい。感じ取れるから」

 

 徐々に呼吸の弱くなってきている君麻呂へ、温かく微笑みかけたのは―――千手止水。

 シスイはその額から大粒の汗を流している。つまりそれは―――それだけ必死に、走って来たということ。

 肩が大きく上下していないのは、今もなお、整えているからだ。チャクラを練り上げ、肺を主に内臓の強度を上げ、スタミナの回復を今もなお行っているからである。

 

 ―――君麻呂が稼いだ数時間。そして、巨人二体の激突(目印)は、駆けるシスイを、ここに導いた。

 

 ―――それは、一日前のことだ。

 

 シスイはシカマルたちと共に岩隠れに到達し、木ノ葉陥落を始め、多くの情報を伝えた。

 シカマルを幻術に掛け、その情報を抜き取り、さらにそれを岩隠れの者に与えるという、山中一族の秘術を参考にした、簡略化され、かつ正確な高速情報伝達。そして五代目火影の息子であるシスイ直々の来訪。

 

 三代目土影たるオオノキは、木ノ葉から届けられた情報を信じ、速やかに忍連合設立を容認した。

 土の国におけるオオノキの影響力は、強い。

 反対出来る者はそうはいないし、いたとしても、オオノキ派の者達から容易にねじ伏せられる。

 

 オオノキの決定は速やかに里に受け入れられ、土の国の大名への使者も、速やかに里から出立した。

 

 そしてその少し後に一羽の烏(・・・・)がシスイの下へと届いた。これによりシスイは、イタチとガイの捜索の必要が無くなったことを知る。

 

 さらに少しして、ロック・リーが岩隠れの里に到達した。リーによって齎された情報によって、木ノ葉随一のキレ者であるシカクの息子であるシカマルは、一つの仮説を立てた。それは、『マダラの次の目的地は、雲隠れの里である』というものだ。

 

 聞かされていた暁の目的(尾獣の蒐集)

 木ノ葉で復活した後、一番初めに(・・・・・)一尾を有する砂隠れを襲ったという事実。

 そして、『ゼツ』なる者の言葉。シカマルは、うちはマダラ復活の際、五代目火影と共に、ゼツの言葉を聞いている。シカマルは知っているのだ。うちはマダラの復活は、五代目火影に対抗するために行われたものであり、九尾を狙ってのものでは無い(・・・・・・・・・・・・・)ことを。

 

 ゆえにこそ、シカマルは辿り着いた。

 二尾を有する雲隠れこそが、マダラの次の目的地ではないかという仮説に。

 

 シカクの使者が到達し、防衛線を敷けていればいいが、そうでない場合―――何も知らぬ雲隠れは、砂や木ノ葉の様に、為すすべなく壊滅する。それだけは、阻止しなければならない。

 ゆえに瞬身の(・・・)シスイは、その俊足を以て、先遣隊として雲隠れへと立ったのである。砂隠れを落とされた今、雲隠れだけは連合設立まで、守り通す必要がある。

 

 ―――そして、今、この場所に辿り着いた。

 

 シスイはその俊足を以て、本来ならば数日は掛かる道程を、一日と少しにまで短縮した。

 しかし、その疲労の色は薄い。

 もともと俊足を持つシスイは、仙術チャクラを身体機能の向上ではなく、体力維持へと全振りしていたのであろう。

 ゆえにスピードこそ本来の最速と変わらないが、その最高速度で走れる時間を、長く維持することが出来た。

 それでも、間に合ったとは言えないだろう。しかし、まだ、取り返しがつく(・・・・・・・)。雲隠れは、未だ、滅んではいないのだから。

 

(これは……)

 

 息を整え終えたシスイは、掌から伝わってくる君麻呂の生命力に、苦悩した。

 この状態からの再生は、それこそ綱手やサクラの創造再生レベルの医療忍術、肉体活性が無ければ、不可能だ。この数年で医療忍者としてカブトに追いつかんとするシスイでも、この状況で、この状態の君麻呂にしてやれることは、少ない。出来て、延命だけだ。しかし、全力で医療忍術を使えば、延命は出来る(・・・・・・)

 

 だが果たして、それが正しいことなのか、シスイは迷ったのだ。

 なぜならば、瀕死の君麻呂を生き永らえさせるだけの治療を行うということは、それだけチャクラを消費するということで―――目の前の巨悪と戦う力を、削ぐということになる。

 だからシスイは君麻呂の手を握り、その心に触れた。

 

 君麻呂が死にたくないと絶望しているのなら、まだ生きて居たいと渇望しているのなら、そうしよう。だが、もしも―――。

 

 ―――そしてシスイは静かに、目を閉じた。

 

「……君麻呂。君の兄弟で在ることを……オレは、誇りに思う」

 

 シスイはゆっくりと君麻呂の手から己の手を離し、その動かなくなった瞳―――その瞼をそっと、下ろした。

 シスイの頬を、一筋の雫が流れ落ちる。

 

 ―――君麻呂の(チャクラ)は。暖かな(アカリ)に、満ちていた。

 

 シスイが静かに立ち上がる。その身に纏う雰囲気が、僅かに変化した。

 一つ巴と一輪の浮かんだ、青白い瞳(・・・・)を―――シスイは静かに、マダラへと向けた。

 


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