綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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導かれし者達

「―――イタチ!!」

 

 ガイの歓喜の叫びが響く。

 現れたイタチは優雅に飛び上がり、ガイの隣に着地した。イタチはガイを庇うように、須佐能乎の内側に入れる。イタチは歓喜に震えているガイを見て、童心を忘れない先達の姿に、僅かに笑みを浮かべ、そして鋭い視線を以て、周囲を見渡した。

 

「―――特徴的な目と肌。穢土転生の術……のようですが。この禁術を扱える者は、オレの知る限り、二人。五代目と、大蛇丸。オレ達が戦った暁の構成員は、仮面の男、小南、ペイン、鬼鮫の四名。残りは霧にいるものだと思っていましたが……。大蛇丸は別に動いていた、ということですね。大蛇丸と鬼鮫は二人一組(ツーマンセル)だった。在りえないことではない。……とはいえ、間に合ったようで、何よりです」 

 

「ベストタイミングだぞ、イタチ!! 正直、危ないところだった! お前が来てくれなければ、どうなっていたか!!」

 

 クラウチングスタートの体勢を止めたガイが暑苦しい満面の笑みを浮かべ、イタチにサムズアップする。

 イタチは注意深く周囲を観察しながら、横目でガイに柔らかな視線を向けた。

 

「ご謙遜を。あなたほどの手練れ。この程度の包囲ならば、容易く突破できたはず。確かに数は多いですが……。穢土転生による劣化―――1人1人の力は、たいしたものではありません。となれば―――どのような理由が?」

 

「……話が速くて助かる」

 

 ガイが撤退をしない理由が何かあるとすぐさま察したイタチが、端的に問いかける。

 しかしガイは少しだけ、戸惑うように、言い淀む。

 

「……木ノ葉の額当てをしている者が多いところを見るに。……ガイさんの縁者でしょうか?」

 

 ガイの言い辛そうな様子を見て、その意味(・・)を思考する。そしてイタチは、自らの考察を、ガイに答えとして示して見せた。イタチの推理が正しければ、ガイは頷くだけでいい。かつて親しい間柄にあった者達が、その死後すら利用され貶められているなどという非道な現実を、あえて自らの口から告げる必要はない―――イタチなりの、気遣いだった。

 だがガイは首を振り、ガイは声を潜め、胸を刺すような痛みに耐えるように、言った。

 

「この方たちは皆、オレやカカシよりも前の世代……。畳間様と共に動乱期の木ノ葉を守り……そして『今』へと繋げてくださった……、偉大な先人たちだ」

 

「……っ」

 

 イタチが息を呑み、僅かに刮目した。

 

(そこまでする―――いや……出来る(・・・)のか。暁―――大蛇丸という忍者は。なんと卑劣で、上手い(・・・)……)

 

 ―――暁にて、五代目火影を仕留める(・・・・)ための準備が完了した。残された時は、少ない。

 

(―――里に届いたというタレコミ(・・・・)。何者が齎したものか、火影様は語らないが……。もしもこれ(・・)がそうなのだとすれば……、その(情報提供者)は間違いなく……木ノ葉にとっての英雄だ)

 

 イタチは彼らを悼み、忍ぶように―――哀し気に瞑目する。その後―――万華鏡が煌めく鋭い目を開いた。

 

「……お恥ずかしい限りですが、ガイさんには、オレを守っていただきたい。オレはガイさんのスピードに、完全について行けるわけではありません。眼はともかく、体が追い付けない。自分の身は自分で守りますが―――須佐能乎には、膨大なチャクラの消耗と、激痛が常に付き纏うという明確な弱点があります。強大な力を持つがゆえに、デメリットも多い。日中須佐能乎を展開し続けても平気な顔をしている五代目が異常なだけで、本来須佐能乎とは、そういうもの()です」

 

(そうだったのか)

 

 イタチの言葉に、ガイは内心で思った。ガイの中の須佐能乎のイメージは、修業中ずっと畳間の周りを覆い続けていた、便利そうな硬い壁である。

 

「そしてオレの使用する封印術にもまた、須佐能乎が不可欠という弱点があります。この人数の封印……必然、無防備になら(休憩を入れ)ざるを得ない時が来る。合図は送りますので、申し訳ありませんが、その時は防衛に回ってください。オレはガイさんを信じ、封印術を行使するために動き続けます。問題はありますか?」

 

「……。いや、無い!! 本当に話が速いな、イタチ!!」

 

「光栄です」

 

 ガイが嬉し気にイタチの肩を叩き、イタチは粛々をそれを受け入れる。

 

「イタチ。この方たちは偉大な先輩方だが、その力はかなり減退させられている。中でも最も危険な方は―――」

 

「―――先代・木ノ葉の白い牙。カカシさんの、父君ですね」

 

「……知っているのか」

 

「はい。幼いころに、お見かけしました。それに、そっくり(・・・・)です」

 

 イタチの脳裏に浮かぶ、先輩の姿。

 

「……そうだな」

 

 ガイは悼むように顔を陰らせる。かねてより容姿が似た親子だったが―――カカシが大人となって、瓜二つとなった。時の流れ、かつての記憶が、ガイの心に痛みを生じさせる。

 だが、ガイはそれを振り払った。

 

「だが、違う。確かに、あの方はこの中で最も強い方だ。が、生前のそれとは比べるべくもない。オレ達二人ならば、後れを取る状況じゃない」

 

「となると……」

 

「あの方だ」

 

 ガイが視線を向けた先には―――薄い金髪を風に靡かせる、美しいくノ一。

 イタチが訝し気に目を細める。

 

「……サスケの友達の女の子に似ていますね。彼女は、山中一族の?」

 

「そうだ。オレも直に知っているわけではないが……山中の秘術に、かなり精通した方だったらしい。第二次忍界大戦末期に、木ノ葉を裏切り、里を抜けたと聞いていた。実際、九尾事件と同時に発生した、連合による拠点襲撃―――サクモさんが戦死された戦いでも、敵として立ち塞がっていたことを、覚えている。そして……五代目が自らの手で処断された」

 

「……なるほど。この方々が集められたことには明確な意図があり……、それでもなお、彼女がここにいる(・・・・・)、ということは……」

 

 ガイの言葉を聞いたイタチは、鋭い観察眼と推理力を以て、瞬時に正解を導き出す。

 しかしイタチはそれ以上は何も言わなかった。

 それ以上を口にすれば、五代目火影が抱いたであろう壮絶なる覚悟も、人知れず呑んだであろう哀しみの涙すらも、暴いてしまうことになる。イタチはそう感じて、その先の言葉を静かに呑み込んだ。

 

 ガイはそれに気づいているのかいないのか、続きの言葉を口にする。

 

「注意すべきは、穢土転生体に備え付けられている機能―――『互乗起爆札』という奴だ。山中一族の秘術で足止めされたタイミングでやられれば、負傷は避けられない。オレも何度かやられ、拳を負傷した」

 

 ガイが軽いやけどと裂傷を負った手や腕をイタチに見せる。イタチは痛ましげに眉を顰めるが―――。

 

「やられた……? おかしいな……」

 

 イタチが訝し気に顎に指を当てる。

 

「あの、『互乗起爆札』といえば、起爆札の連続爆発ですよね……? 自来也様が出立前に大蛇丸―――穢土転生の事前情報として語られていた……。ガイさんの傷の位置は、至近距離での爆発を受けたもののはず。その程度の負傷で済むとは思えないんですが……」

 

 起爆札の連続爆発―――上忍同士の戦いでは牽制や誘導に使われるか、そもそも使われないということも多いが、その威力は本物だ。至近距離―――四肢に起爆札を貼りつけられた状態で爆破させられると、比喩でなく、文字通り手足が吹き飛ぶほどの威力を、起爆札は持つ。

 ガイ程の猛者が己の身体に爆発の被害を許したというのなら、それは避けることが出来なかったということであり―――不意を突かれた、超近距離での爆発であったはずだ。

 

 本来、拳が腕が吹き飛んでいてもおかしくないはずである。が、ガイが見せた拳は血が滲んではいるが、それだけである。

 ゆえにイタチは、ただ驚愕を抱くのではなく、明確な意図を以て、ガイに問いかけた。

 

「……つまり(・・・)。ガイさんが視認でき、かつ対策を取れるだけの、明確な『発動の予兆』があった、ということですね?」

 

「本当に、話が速いな、イタチ」

 

 ガイは嬉し気に笑い、そして真剣な表情を浮かべて、続ける。

 

「札を自らの身体から引きずり出すという動作。それが、必ずある。一度目はそれを知らず、爆発の直撃を受けたが……連続爆発に続く前に、昼虎で爆風ごと吹き飛ばした。その後は、札が見え次第、爆発する前に、札を出した方を遠方へ投げ飛ばして対処している」

 

「……札の出現から爆発までにタイムラグがあるということですね」

 

 ガイ程の強者なら、札が起爆の予兆を出した瞬間に、それが完遂される前に対処するということも出来るかもしれない、とイタチは頷く。

 イタチは知らぬことだが、かつて『四代目火影』波風ミナトが生まれたばかりのナルトに付けられた起爆札を、その爆発の寸前で剥がし、飛雷神の術で退避するという離れ業を行ったこともある。決して、不可能なことではない。だが、簡単なことでも無いのだ。

 それに、ガイが先ほど言ったように、山中一族の秘術を扱う者が敵側にいる。下手な物理攻撃による拘束よりも、ガイには余程効果的な拘束方法を持つ相手が、だ。その攻撃を避けながら、この数の暴力と、爆発の対応を長時間にわたって行い続けていたガイへ、イタチは思わず尊敬の視線を向けた。

 

「……やっぱりとんでもない人だな、この人」

 

 力こそパワー、物理攻撃はすべてを解決する、を地で行くガイに、イタチは呆れ混じりの感嘆の息を吐く。

 

「では、札が見えたタイミングで天照を使い、札を燃やします。しかしこの数です。一斉起爆の対処は―――」

 

「それは、問題ない。一度起爆が始まると、起爆が終わるまで、起爆者は満足には動けなくなる。連続起爆は、移動しない(・・・・・)のだ。そしてオレには、爆風を吹き飛ばし、道を開く(すべ)がある」

 

「なるほど。一斉起爆は、却って動ける方がいなくなり、ガイさんを自由にさせてしまう。起爆札の連続爆破……本来ならばどのような相手にも決定打に成り得る凄まじい攻撃ですが……その対処法を持つ方であれば、数の利を失うだけで終わる、ということですね」

 

「そういうことだ。オレからの話は、これで終わりだ。他に何か聞きたいことはあるか?」

 

「いえ……問題ありません」

 

「では―――」

 

「はい。まずは、あの方(・・・)から」

 

 ―――解除・月読。

 

 ガイとイタチの精神が現実世界とリンクする。

 月読の世界は、空間も時間も質量も―――すべてはイタチが支配する。今の作戦会議は、現実世界に置いて、瞬き程の時間しか、要していなかったのである。

 

 ――直後。ガイが駆け出し、印を結んでガイへと向けていた山中一族の女性へと襲い掛かり、その腹部をその足裏で貫いた。

 悲鳴すらあげず、血の飛沫すら上がらず。動く死体はその場に崩れ落ちた。体を再生させようと塵が集まり出す前に、イタチが駆け出し、その身を覆う須佐能乎が右腕―――その手に握られた炎を纏った霊剣を、突きだした。

 

「―――あ」

 

 炎に優しく絡め取られた魂は、暖かな温もりに包まれて。 

 イタチの須佐能乎がもう片方の手に持つ瓢箪の中へ吸い込まれ―――優しい幻の世界へと、落ちていく。

 

 イタチは黙祷し、そしてガイと共に、次の標的へと意識を切り替えた。

 

 そして長い戦いが続いた。血の涙を流し、スタミナを消耗させていくイタチを守り、そして再び須佐能乎を展開してもらうために、ガイはイタチを担いで、逃げ回った。

 時間を稼ぐ―――それは、どちらが(・・・・)意図してやっているのか。その時、ガイもイタチも、考えもしなかった。

 ただ二人は、もはや世を去って久しい英雄たちを、再び静かな微睡の中へ戻すために、託された後輩として、必死に、戦ったのである。

 そして、朝が来て、昼が過ぎ、夜になったころ。

 

 

 

「―――世話を掛けたな、ガイ」

 

 

 

 息も絶え絶え。片や失明寸前と言われても納得できるほどの血涙を流し、片や脱水で倒れても不思議ではないほどの汗を流しているガイとイタチに見守られ―――穢土転生体最後の一人が再び、微睡の中へと、還っていった。

 座り込んだ二人は、しばらくして畳間を呼び―――しかしその反応がいつまで経っても無いことに気づいた。

 二人は顔を見合わせて―――急ぎ、木ノ葉へと(・・・・・)戻るという選択を下す。

 しかしその前にイタチは口寄せの術を使い、烏を一羽、呼び出した。懐から巻物を取り出し、さらさらと何やら書き始める。書き終わり、巻物を閉じると、イタチはそれを烏に持たせ、空へと放つ。

 

「それで大丈夫なのか?」

 

「ええ。恐らく、オレ達を探しているはずです。入れ違いになってもマズい……。あの烏なら、必ず届けてくれます。飼い主が、飼い主なのでね」

 

「……ふっ。青春だなァ!!」

 

 烏と、その飼い主への絶対の信頼を微笑みを以て見せたイタチに、熱くサムズアップしたガイは―――直後真剣な表情へと変え、筋肉痛など知らぬとばかりに、凄まじい勢いで駆けだした。

 しかしイタチが並走できる程度の速さであるからして、疲労困憊なことは、隠し切れては居なかった。

 

 

 

 

 

 

「―――これは……。何が……何が起きたというんです……ッ!!」

 

 ロック・リーは一人、砂漠の真ん中に立っていた。

 もともと、雨隠れの里に向かう部隊に選ばれていたリーは、雨隠れへ向かう途中、一人先んじて砂隠れへ向かうことを提案した。

 シノをリーダーとする部隊にて、最も足が速い者が、リーである。そして、次の風影と目されている我愛羅とは、文通をする程度には、仲が良いライバル同士でもある。

 雨・岩を経由して砂へ向かうには、あまりに時間のロスがある。その点、足の速さに定評のあり、かつ我愛羅と友好が深いリーが先んじて向かっていれば、そのロスも無くなる。影から信用を勝ち取るには少しばかり押しが弱いが、我愛羅は必ず信じてくれるはず。そして少ししてシノが到着すれば、風影としても動かざるを得ないだろうし、その頃にはどこからか、木ノ葉陥落の噂程度は砂隠れの里も掴む頃だろう。

 もっともシカクが雨隠れに寄り自来也を頼れと言ったのは、砂・岩のどちらにも顔が聞く自来也を木ノ葉の名代として使え(・・)という意味も込めてである。何もすぐに木ノ葉へ連れ戻せという訳ではなかったのだが、里が―――ナルトのその後が気になって仕方がないシカマルは、そこを焦り、取り違えてしまった。

 結果的に、シスイが岩隠れへ向かうこととなったが―――残念ながら、シノとシカマルだけでは、オオノキは動かなかっただろう。

 

 しかし、砂隠れは最悪、我愛羅だけでも先んじて動いてくれれば、里自体は後から着いて来る。最近の砂隠れの里の情勢を掴んでいたシカクと違い、成り行きの結果ではあったが、リーが砂隠れへ向かったのは、間違いではない。それだけ、我愛羅という忍者は、砂隠れにとって重要な存在だったのだ。

 そしてリーは、雨隠れの存在する小国に入ってすぐにシカマルたちと別れ、その俊足を以て、砂隠れの里の入口へと、辿り着いた。

 だが、間に合ったとは、言ってない。

 

 ―――夥しい数の肉片と、乾いた血が、大地を染め上げている。

 

「―――何があったというんですか!!」

 

 リーの言葉に、帰って来る音は無い。

 

「誰かッ!! 誰かッ!!! 誰かッッ!!!!」

 

 リーの発する、喉が張り裂けんばかりの叫び声に帰って来る音は―――無い。

 

 

「―――誰かッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

「―――」

 

 

 呆然と、その更地を見下ろしていた。

 木ノ葉隠れの里だった場所(・・・・・)の入り口に、門番などが誰も立っていないことは気になったが、それどころではない我愛羅は、その門をこじ開けて―――その先に広がった、巨大なクレーターを目の当たりにしたのである。

 

 夢なのかと、目を疑った。しかし広がるクレーターの向こう側に僅かに残った住宅街。その先にある岸壁と、岸壁の上部に刻まれた、五つの顔岩を、見間違えるはずが無い。

 

 ―――ここは、木ノ葉隠れの里だ。

 

 我愛羅は気づけば、その場に座り込んでいた。

 

「―――なんの、ために……」

 

 ははは、と失笑が哀しく流れる。

 表情は一切変わらぬまま、ただ胸部だけが揺れた。

 

 必死に、ここまで来た。休むことなく走り続けた足はもう、ボロボロだ。マメは潰れ、皮は裂け、足の裏は血に塗れて、気持ち悪い。もはや見れたものでは無いだろう。

 それでも、痛みなど気にならなかった。すべては、背負った使命のために。散った家族のために、未だ生きる友たちのために。我愛羅はひたすらに、木ノ葉隠れの里という希望を目指して、駆けて来た。

 

 ―――とっくに、滅んでいたというのに。

 

「なん、で……」

 

 いつだ。我愛羅がやられて、生き返るまでの間に、木ノ葉は滅ぼされたのか。それとも、砂隠れよりも前に、木ノ葉は滅ぼされていたのか。だとすれば、なんと滑稽で―――なんて、残酷な物語。酷すぎるよ神様と、我愛羅は空を仰ぐ。

 

 つ、と一筋だけ、涙が零れた。それ以上に流す水分が、もう無かった。汗を流し過ぎて、体はもう干乾びる寸前だった。

 

 ―――なんだ、諦めんのか? らしくねェな。

 

 ぴたり、と我愛羅の失笑が止まる。

 焦ったように、何かを探すように周囲を見渡すが、そこには何もない。

 自分の腹をまさぐるが、そこにも、何の気配もありはしなかった。

 

 ―――幻聴だ。

 

 だが、それで十分だった。

 

「―――守鶴」

 

 我愛羅が立ち上がる。その眼に、再び闘志が灯る。

 

「オレは、まだ生きている。生かされている(・・・・・・・)。オレにはまだ、やれることがある」

 

 ぐっと、我愛羅は拳に力を入れる。

 

「生き残りを探そう。何か、情報を……。五代目は無事なのか? カカシさんや、ガイさん。アカリさんは……? ナルトは……。誰でもいい。誰か……」

 

 一歩踏み出そうとした我愛羅は―――

 

「―――ここにはもう、誰もおらんよ。おるのは、死人だけ(・・・・)じゃ」

 

 ―――突如掛けられた声に、びくりと、体を止めた。

 

 咄嗟に飛び下がった我愛羅は、非常に高い警戒心を以て、声の主を見つめた。

 攻撃をしなかったのは、木ノ葉の者だった場合、本末転倒だからだ。かといって、登場の仕方が明らかに不審者であり、今の対応に落ち着いた。

 

「……すまん」

 

 その不審者は、我愛羅の天敵が近づいてきた猫のような所作を見て、自分の失敗を悟ったのか、困ったような雰囲気を声に滲ませて、小さく謝罪を口にした。

 

「警戒をさせてしまったかの……」

 

「申しわけないが……その恰好では……」

 

 我愛羅は伺うように、率直な意見を口にする。

 その不審者は、全身を黒装束で覆っていた。顔すらも、少し厚めのヴェールのようなもので覆っており、瞳すらも伺えない。外側からは透けず、内側からはぎりぎり透ける―――それくらい絶妙な厚さなのだろう。

 荒廃した里に残り、死人以外いないと口にする、顔すらも覆い隠した黒ずくめの男。警戒するなと言う方が無理である。

 

「それもそうだ。しかし、顔を見せるわけにはいかんのだ。今はまだ……」

 

「変化でもすればいいのでは?」

 

「……確かに」

 

 そういうと、黒装束の男が印を結び、ぼふんと煙を立てて、変わった(・・・・)

 

 白い着物を来た、人相の悪い男だ。初対面で良い印象を抱きがたい、固い雰囲気が特徴的だった。そして、顎には、十字の向こう傷。

 

「その姿は?」

 

「……亡き親友のものだ。もう、この姿を知る者は少ない故な。少し、借りることとした」

 

「そうか……」

 

「さて。砂隠れの我愛羅よ。他ならぬ(・・・・)お主が、木ノ葉を今、このタイミングで訪れたのも、恐らくは―――初代様・二代目様のお導き。どうか、力を貸してはくれんか。―――うちはマダラを、討つために」

 

 思いもよらぬ言葉を聞いて、我愛羅が眼を見開いて―――ごくりと、唾を呑み込んだ。

 そして力強い瞳で、不審者を見据え―――言った。

 

「詳しく話を聞かせてくれ。だがその前に―――アンタ、名前は? 何と呼べばいい? それも……、伏せなければならないか?」

 

 そうだった、と不審者はここ数十年名乗りなどした覚えがないからと忘れていた自らの不明を、頬を赤くして恥じて、口を開く。

 

「ワシの名は―――」

 

 

 

 

 

 

 一尾を回収し、我愛羅を殺し、川の国の国境を―――邪魔者は皆殺しにして―――素通りしたマダラは、再び火の国の内へと入り、のんびりと優雅に、二尾がいる雲隠れの里を目指し、歩いていた。大陸の横断。こんなときでなければ、そうそうやらないことである。この世の見納めも近い。マダラは、一種の観光気分を伴って、尾獣狩りを続けていた。

 

「……この先には、湯隠れの里があったな。少し、湯治でもしてみるか? オレも、肩こりが気になる歳だ」

 

 呑気に肩を回すマダラは、数多の屍を踏みにじり、血に塗れた体で、そんなことを言ってのける。

 死んでいる間に、ゼツが輪廻転生時用に肉体を若く―――全盛期頃の状態に改造しているゆえに、実年齢こそ100歳を越えんとするマダラでも、その肉体年齢は見た目相応のもの。マダラなりのジョークなのだろう。

 

「ぼくも入って良ーい?」

 

 しかしそれに乗ってくれる者は、白ゼツのみである。白ゼツは、地下で孤独に潜伏を続けなければならなかったマダラの、その無聊を慰める役割も担っていた。それをマダラが意図してか、しせずしてかはともかく。少なくとも、孤独の中にいたマダラが今の精神状態を保っているのは、白ゼツという話し相手―――求めて居なくても勝手に話しかけて来る―――存在があってのことだろう。

 

「ダメだ。お前のような見た目の者がいると、騒ぎになるだろう」

 

「そこは上手くやってくださいよ、マダラ様ー」

 

「そもそも、湯治などするわけがなかろう」

 

 えーと心底不貞腐れている様子の白ゼツに呆れた様に目を細め、マダラは歩みを進めていく。

 適当に、暇になれば一言、二言話し、満足すれば、無視をする。それがマダラの、白ゼツへのスタンスだった。あまり長話をし過ぎると白ゼツの口は止まらなくなり、鬱陶しくなる。饒舌の二つ名は、伊達では無いのだ。

 白ゼツから視線を切り、じゃれ付いて来る白ゼツを徹底的に無視しているマダラは、ふと周囲を見て、立ち止まった。

 

 河原。川。森。

 

「……ガキの頃を思い出す光景だな」

 

 その場所は、かつてマダラが幼少期に、柱間と水切りをした河原に、どこか似ていた。実際に、その場所、というわけではない。

 既に当時から100年近く経っている。本当にその場所であったとしても、人の手が入ったりと、多少なりとも、変わっていることだろう。たまたま、マダラの記憶にある河原に姿かたちが似ているだけの、関係の無い場所だ。

 

 だが、今の現実と決別するという夢の実現を目前に見据えているからこそ、マダラはその感傷に、少しだけ、浸ることにした。雲隠れで二尾を狩れば、もはや火の国の領土に入ることは無いだろうから。

 マダラはここを野営地とすることを決めると、さっさと木遁で自分様に小屋を造った。夜だからと言って、マダラを襲う危険など存在しえない(・・・・・・)が、そこは気分の問題だ。むしろ夜に人を襲う危険な存在は、マダラの方である。

 

 

 

 

 

 

 砂隠れ陥落から、何日目かの夜。

 既に雲隠れの里を目前に、マダラは再び、手慣れた様子で野営を行っていた。呑まず食わずでいられた、外道魔像に接続していた頃が懐かしいわけではないが、いちいち飲み食いをしなければならないというのも、面倒である。

 

 

「―――オビトは、まだか」

 

 焼いた川魚をむしゃりとかじったマダラが、少し苛立たし気に、白ゼツに問う。

「げっ」

 

 仮面の男の本名である。その瞳術があれば、大陸間の移動など、わけ(・・)ない。そろそろ合流してもおかしくない程度には、マダラが生き返ってから、時が流れた。

 しかしいつまで経っても、オビトはマダラの前に現れない。まあ何か用事があるんだろうなと、気長に待っていたマダラだったが、しかしいくら何でも遅すぎる。

 さすがに痺れを切らしたマダラがそれを言及すれば、白ゼツは遂に来たとばかりに、顔を顰めたのである。

 

「……実はですね。あいつ、なんか毒貰ったらしくて。今、動けないみたいですよ」

 

「なに?」

 

 マダラが焼き魚を頬張る手を止めて、心底驚いたように、白ゼツを見つめた。

 

「奴には柱間の細胞をくれてやったはずだ。それを凌駕する毒など、聞いたことも無い」

 

「それが、どうも暁にスパイが入り込んでたらしくってぇ」

 

 白ゼツの言葉に、マダラは心底呆れた様に、眉を寄せた。

 

「柱間細胞の資料を持ち出され、対策されたということか……。あいつは何をやっているんだ……。それで? 毒程度、奴の瞳術でどうとでも出来たと思うが?」

 

「それが、土壇場で長門が気づいて岩山の中で始末したんですが……。中々手強い奴でして……しかも、最期に長門の―――マダラ様の輪廻眼を潰そうと、毒を巻き散らして来ましてぇ」

 

「……それを守るために敢えて犠牲になった、と。そう言いたいわけか?」

 

「そうみたいですよぉ。しかも解毒中に木ノ葉が攻めて来たんで、まともに戦えない状態で! 木ノ葉の青い猛獣相手に大立ち回りさせられたんですよぉ! オビト、くぁわいそー!! それで余計酷くなったみたいで!!」

 

 楽しそうに笑う白ゼツは、まるで可哀そうとは思っていない様子である。

 

「……では、今しばらくは徒歩、ということか。さすがに何度も大陸を横断するのは面倒だが……。オビトのそれは、後どれくらいだ?」

 

「あ、うんこが止まらなくなる毒だったらぼくも浴びて見たいですね」

 

「そんなことは聞いていない。後どれくらいで完治するのかと聞いている」

 

「もう少しじゃないですかねー? ぼくも最後に話を聞いたのは火の国を出る前なので分かりません」

 

「……なぜ黙っていた?」

 

「え? 『お前はもうオレが話すまで話すな』って、マダラ様が前に……」

 

「……もういい。お前とまともに会話をすると疲れる」

 

 嘆息したマダラは、ちらと横目に暗闇を見る。

 ぷっ、と口の中にあった魚の骨を吐き出した。

 凄まじい勢いで―――人間程度ならば刺し貫くだろう速度で発射された細い骨が―――かつんと、乾いた音を立てて、暗闇の中で地に落ちる。

 

 ―――早蕨の舞。

 

 瞬時に、マダラが跳躍した。

 周囲一帯の地面を突き破り、白い突起状の何かが次々に現れる。マダラの座っていた椅子や、マダラの立てた小屋を破壊し、周囲一帯がにわかに白い剣山へと変貌する。

 

「……ほう。この術は、見たことがある。カグヤ一族の血継限界だな?」

 

「……げ」

 

 マダラの呟き、白ゼツが反応し、そそくさと姿を消した。

 

「む……」

 

 跳躍し空中にいるマダラが、須佐能乎を(・・・・・)部分展開し、己の身を覆う。

 直後―――マダラの足元に広がっていた白い剣山が急成長し、マダラを刺し貫かんと襲い掛かって来た。

 数百に及ぶ白い剣山の襲撃。外側から緩やかな曲線を描きながら閉塞していくその襲撃は、上空以外の逃げ場はなく―――様子見がゆえに小さく展開しただけの須佐能乎は、その中に呑み込まれた。須佐能乎を呑み込んだ、その白い剣山の最終的な形は、さながら白いチューリップのようである。

 

「これは……」

 

 中に閉じ込められているマダラが、驚いたように言葉を零す。

 白い剣山を構築し、須佐能乎を固定しているその鋭利な先端の一本一本が、回転を始めたのである。

 須佐能乎すら穿ち抜かんとするそれらに、マダラは輪廻眼へと瞳を変化。神羅天征を始動した。

 

 ―――骨の折れるような音(・・・・・・・・・)とともに、白い剣山の結界が崩壊する。

 

 マダラは優雅に着地し、左右を見渡した。

 その瞳に映るチャクラが一つしかないのを見て―――初めて、僅かな警戒を抱いた。いや、その暗闇に映るチャクラもまた、驚くに値する―――仙術チャクラではあったのだが。

 

 マダラの足元から、マダラの周囲を駆け回り天へ駆け昇る龍の様に、白い何か―――骨が、とぐろを巻いて現れた。

 マダラの須佐能乎は拘束され、神羅天征はインターバルの中。チャクラの吸収は実体のあるものに意味を為さない。

 

「―――返してもらうぞ。弟の九尾」

 

 片腕を仙術チャクラによって強化した巨大な骨のドリルへと変貌させた男が―――マダラの須佐能乎を貫き、己が腕を崩壊させながら、その懐に、手を伸ばした。


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