綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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繋がれた希望

「……喧しいな。昔から思っていたが……貴様ら畜生は、叫ばねば死ぬような生態なのか?」

 

 一尾の咆哮は、尾獣と呼ぶにふさわしいだけのチャクラの暴風を伴っていた。

 しかしマダラは鬱陶し気に目を細めるのみ。鬱陶しさを感じる湿気た風に吹かれた、程度の様子である。

 

「行くぞ、守鶴。オレは砂の操作に専念する。お前は好きに暴れろ」

 

「命令すんな―――ってェ言いてェところだが、悪くねェ!! ……我愛羅」

 

 尾獣化した我愛羅が、逆転した器の中で、守鶴へと指示を出す。

 守鶴は獰猛に笑ったが、しかし次の瞬間、酷く落ち着いた声で、我愛羅へと語り掛ける。

 

「マダラは強ェぞ。……死ぬなよ」

 

「……!」

 

 守鶴の言葉に、我愛羅が器の中で目を瞬かせる。そして我愛羅は嬉し気に笑い、言った。

 

「守鶴。オレが死ぬときは、お前が死ぬ時だ。オレ達は一心同体。お前が死ななければ、オレは死なない。それに、お前と一緒なら―――負ける気がしない。お前は、最強なんだろう?」

 

「―――ハッ。なら見てろや! この守鶴様の大暴れ!! ヒャアァアあ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああアァアア!!!」

 

 甲高い咆哮と共に、守鶴が須佐能乎へと突撃する。

 

「……耳障りな声だ。さて……」

 

 守鶴の突撃に合わせて、須佐能乎が起動する。

 守鶴が勢いよく振り上げた巨大な拳が須佐能乎の拳とぶつかり合い、凄まじい衝撃が発生する。周囲の砂が吹き飛んだ。

 しかし守鶴もマダラも怯んだ様子はなく、追撃を放つ。

 

「―――砂散弾!!」

 

 巨大な拳同士の殴り合いの最中、守鶴が大きく口を開いた。そこから飛び出したのは、いくつもの砂の塊。守鶴に比べれば小さな砂の弾丸は、実際には成人程の大きさを誇っている。

 砂の弾丸は須佐能乎に直撃し―――弾き飛ばされる。

 

「その程度の攻撃で須佐能乎の絶対防御を抜けるとでも思ったか」

 

 須佐能乎への絶対的な自信ゆえに、マダラは守鶴の無駄な攻撃(・・・・・)へ、やはり畜生か、と嘲笑を示す。

 

「だが、尾獣化を完璧に使いこなしている点は、評価に値する。多少は、質の良い人柱力のようだ。さて―――」

 

 マダラは須佐能乎の手にチャクラで生成した刀を握らせ、腕を大きく振るった。

 

「があああああああああああああああ!!」

 

 守鶴の身体が袈裟斬りにされる。傷口からは血の代わりに砂が吹き出し、周囲に巻き散らしながら、守鶴の身体が大きく仰け反り、吹き飛ばされる。

 しかし守鶴は周囲の砂漠から砂を吸収し、切り裂かれた体を再構築。地響きを伴いながら着地し、大きく口を開いた。

 マダラは詰まらなさげに、目を細める。

 

「馬鹿の一つ覚え―――いや、これは……」

 

 マダラの万華鏡写輪眼が、守鶴の口の前に集められるチャクラを読み取った。これは先ほどまで連射していた砂散弾ではない。

 

「―――尾獣玉か」

 

 マダラは少しだけ楽しそうに笑った。

 

「思えば、尾獣玉を直接受けたことは無かった。良いだろう。このうちはマダラに、お前の力を示してみ―――なに……?」

 

 正面から放たれる尾獣玉を一刀両断し、うちはマダラの力を示してやろう―――少しだけ楽しませてくれた一尾とその器に、鮮やかな絶望を与えてやる。

 放たれる尾獣玉を迎え撃たんと、マダラは須佐能乎に刀を構えさせようとして―――須佐能乎が動かないことに気づく。

 

 ―――最終絶対防御・守鶴の葬。 

 

 

「……分身か?」

 

 一匹、二匹、三匹―――周囲の砂漠から、次々に新たな守鶴が現れ、マダラと須佐能乎を取り囲む。

 それだけではない。いつのまにか、須佐能乎の足や手には、守鶴が憑りついていた。単にしがみ付いているのではない。守鶴達は自分の砂の体の中に、須佐能乎の手足を取り込んでいた。一見すると、須佐能乎が守鶴の分身達をその手足で貫いているようにも見えるが、真実はその逆。自らの砂体を貫通させるように、須佐能乎の巨体を固定している。

 

「この力……」

 

 守鶴の拘束を振りほどこうと、マダラは須佐能乎を動かそうとするが、やはり動かすことが出来なかった。

 先ほどは、須佐能乎の手足の一振りで容易に掻き消すことが出来た砂の拘束だが、守鶴の姿を得たことでその拘束力を大幅に上昇させているようである。

 

「本体と同等以上の性質を持つ分身を、これほどまでに多く―――。なるほど。砂隠れの人柱力(・・・)、我愛羅。九尾を倒したというのは、間違いではないようだ」

 

 もともと粗野な性質である守鶴だけでは、これほど強力な拘束力を持つ分身を、これほどまで多く生み出すことは出来なかっただろう。

 マダラから見れば、所詮は人間の小僧でしかない、我愛羅だけでも同様だ。

 守鶴のチャクラと、我愛羅の技術。二つを混ぜ合わせたがゆえに発動できる、『砂隠れの我愛羅』の最終奥義。

 その使用法は、本来は複数の守鶴で敵を包囲し、問答無用で砂の中へと引きずり込む(・・・・・・)もの。今回の様に、巨大な敵を拘束するという用途は想定していなかったが―――守鶴は九尾を仮想敵として内心では色々と企んではいただろうが―――そこは応用である。

 

 そしてこの術にはまだ先がある。ただ複数の守鶴の盾を生み出すだけではない。この術の真骨頂は―――『地の獄(・・・)』への誘い。

 

「これは……。なるほど……」 

 

 ほう、マダラが感心の吐息を零した。

 その視界が、徐々に低くなっていくのに気づいたからだ。

 守鶴の盾によって四肢を封じられた須佐能乎は、徐々に砂の海へと沈んでいた(・・・・・)

 守鶴は尾獣と言えども、『一尾』である。守鶴が九匹いる尾獣の中で最弱とされるのは、単純に他の尾獣たちと比べて、所有するチャクラ量が少ないからだ。

 また、尾獣は膨大なチャクラと強大な身体能力を持つがゆえに、『力を以てことを為す』という思想が強い。単純な殴り合いや、チャクラ量に物を言わせたの暴力(尾獣玉)によって敵を捻じ伏せる戦い方を好むのである。

 

 ゆえにいくら守鶴と言えども、その含有チャクラ量では、超高性能な分身を複数体も生み出すことなど出来はしないし、そのようなことをしようとも思わない。

 それを可能にしたのが、我愛羅(ひと)の知恵であり、技術であった。

 

 では、その分身のチャクラは、どこから持って来ているのか。それが我愛羅の役割かと言われれば、違う。我愛羅は所詮は人の身であり、うずまきでも千手でも無い。残念ながら、我愛羅にそこまでのチャクラは無い。

 そこにこそ、我愛羅が『砂漠の戦いにおいて最強』と謳われる理由がある。

 

「抜け目のないやつだ」

 

 マダラが遠く離れた足元を愉快そうに眺め、楽しそうに笑った。

 マダラの視線の先には、突如として発生した巨大な『蟻地獄』が、大きく口を開いていた。それはマダラを地の獄へと誘わんとする、巨大な『闇』。

 

「それに……蟻『地獄』とはな。趣味が良い(・・・・・)

 

 膨大な量の材料は、既にある。砂隠れの里を守るために、数年かけて準備して来た、数年分のチャクラ(・・・・・・・・)が染み渡った、上質な材料だ。

 我愛羅はマダラの足元の砂を使用して次々に守鶴の分身を生み出し、そして使用された砂の量に比例して、蟻地獄は深く、大きく成長する。

 次々に生み出される守鶴の分身、強まっていく拘束。そこから逃れようと、もがけばもがくほど深みにはまる蟻地獄。この術から逃れるには、飛ぶ(・・)以外に方法は無い。

 

 守核(・・)の我愛羅。

 守りの中核。

 砂隠れを守る、最後の砦(・・・・)

 

 ―――守鶴と音が同じだから、それにする。

 

 ―――その呼称は、そんな可愛らしい理由によって、我愛羅の自称から始まった。しかし今では―――キラー・ビー以来の、『完璧な人柱力』を称える名となった。

 守鶴という器の中で、我愛羅が鋭い視線でマダラを射抜く。

 

「―――この世界(・・・・)が、お前の敵だ」

 

 ―――最初から全力で行く。

 

 守鶴の言葉を、我愛羅は正しく受け止めていた。

 敵が油断している、慢心している―――その隙を突かぬほど、我愛羅は間抜けではない。

 

 肉体の動きを守鶴が担い、チャクラの動きを我愛羅が担う。獣の闘争心―――荒ぶる(守鶴の)チャクラの裏で、我愛羅は細かな布石を積み上げていた。

 

「―――里に仇為す者は、許さないッ!」

 

 我愛羅の咆哮と共に、須佐能乎を引きずり込む蟻地獄の速度が加速する。

 見る見るうちに蟻地獄へと呑み込まれていく須佐能乎は、大穴の中、その巨体は瞬く間に埋もれ、頭を覗かせるだけとなった。

 それを見下ろす守鶴がマダラに敵意の籠った、鋭い視線を向ける。

 守鶴は九尾が嫌いだし、マダラに操られた末に初代火影によって封じられ、木ノ葉隠れの里の兵器とされたことには、「ざまァねェ」としか思わない。だが―――尾獣を『モノ』として扱うマダラは、全尾獣にとって、排除すべき『敵』である。

 

「―――尾獣玉!!」

 

 守鶴は、蟻地獄の中に埋もれたマダラへ向けて、溜めに溜めた尾獣玉を解き放つ。

 

 守鶴で取り囲み圧し潰し、それでだめなら蟻地獄に呑み込み、それでもダメなら尾獣玉で吹き飛ばし、それでもだめなら、蟻地獄を砂で埋め、窒息・圧死させ、それでもダメなら、封印術を乗せ、この砂の大地の中に封鎖する。少なくとも、我愛羅が死ぬまでは。

 だが、絶対砂隠れ守るマンと化した我愛羅は、まだまだ満足していない。五代目火影と三代目土影―――時空間と空を飛ぶ相手にも通用するように、これからも研究を続けていくつもりである。これからがあれば(・・・・・・・・)、の話だが―――。

 

 ―――輪廻眼・神羅天征。

 

「……ここまでとは―――」

 

 呆然とした呟きが、天を仰ぐ我愛羅(守鶴)の口から零れ落ちた。

 尾獣玉が弾き返され、暴発したことにより発生した凄まじい衝撃と轟音。須佐能乎を呑み込んでいた砂が上空へと噴き上がる。そして砂煙の中―――天空に、人影がゆっくりと浮かび上がる(・・・・・・)

 人影―――うちはマダラは傷一つ負った様子も無い。腕を組み、ただ悠然と、我愛羅を見下ろしていた。

 

「……」

 

 絶望。諦念。ただ呆然と、守鶴(我愛羅)は天を仰いだ。 

 今の尾獣玉の一撃は、守鶴が全力を以て―――文字通り全身全霊で放った、最強の一撃だった。今の尾獣玉以上の火力は、どうあがいてもひねり出せるものではない。

 我愛羅と守鶴―――二人の持ち得る最高の技と力を叩きつけてなお、マダラに傷一つ負わせることも、出来なかったのだ。圧倒的なまでの力の差。大きすぎる壁。底の見えない大地の亀裂。マダラと我愛羅(守鶴)の間には、人の身では覆しようのないそれらが、残酷なまでに横たわっている。

 

「―――なんだ、もう終わりか?」

 

 ふわり、と地に降りたマダラが、静かに問いかけた。

 尾獣化した我愛羅から、少し離れた場所だ。尾を振るえば、届く距離だ。だが、守鶴(我愛羅)は動かなかった。否―――動けなかった。心が、敗北を認めてしまった。腕は力を失い、だらりと垂れ下がった。

 

「もう、終わりか?」

 

 闘争心や覇気といった凄みを感じなくなった守鶴(我愛羅)に対し、マダラは惜しむように眼を向ける。しかしそれは守鶴(我愛羅)を悼むようなものではない。少しは楽しめそうな―――稀に見る『大規模戦闘』、『力と力のぶつかり合い』を行える忍者の登場に高揚していたがゆえの、落胆から生まれたものだった。

 

「少しだけ待ってやろう。見せてみるがいい、お前たちの力を。里に仇為す者は許さない(・・・・・・・・・・・)―――そうだろう?」

 

 皮肉。嘲笑。マダラの根底に根付いた他者を見下すという性質が、言葉の端々に滲み出ている。

 

「……」

 

 我愛羅が眼を揺らす。

 頭は、戦えと言っている。敵を討てと叫んでいる。だが、体は動かなかった。心が、折れてしまったからだ。

 

「……失敗したな。オレとしたことが……ジャリ(・・・)相手に、少し、大人げなかったか。もう少し、希望を持てる抜け出し方をしてやるべきだったな」

 

 いつの間にか尾獣化すら解除されている我愛羅は、もはや戦える精神状態ではないことは明白だった。

 そんな哀れな姿を晒す我愛羅へ、マダラはまるで悪びれた様子もなく、ただ表面だけで、労わるような言葉を口にする。 

 

「では、いただこう」

 

 そしてマダラはゆっくりと、歩き出した。呆然と立ち尽くす我愛羅へと、近づいて行く。

 

「―――待ってくれ!!」

 

 声が響いた。

 

「とう様……」

 

 小さく、我愛羅が呟いた。

 砂隠れの警務隊唯一の生き残りとなった伝令の言葉を聞いて、全力で駆けつけた声の主―――四代目風影・羅砂は、我愛羅の傍に駆け寄ると、我愛羅をその背に庇うように前に出る。

 

「なにが、目的なんだ」

 

 律義に待ってくれたマダラへと、羅砂は問いかける。

 勝てない、と羅砂は遠目に今の戦いを見て、感じ取った。我愛羅は今では、四代目風影を越える強さを得ている。砂と金属という、操るものの比重の差で羅砂は我愛羅に相性的に勝るが、しかし質量で考えた場合、この視界に映る砂すべてが我愛羅の武器となるのに対し、羅砂は基本的に、事前に用意した金属でしか戦えない。そして全力を以て戦った我愛羅が敗北したとなれば、四代目風影が、うちはマダラに勝てる道理は無い。木遁はかつて五代目火影と交戦し、その攻略法は会得したが、あの巨大な人型―――完成体・須佐能乎を突破する(すべ)を、羅砂は持たない。戦えば、羅砂は瞬く間に蹂躙されるだろう。

 

 ―――たった一人の男に、里が墜とされる。

 

 風影として、それだけは、阻止しなければならない。

 ゆえに羅砂は問いかけた。交渉の余地はないか、と。そもそも何が目的で、何の意図があって、砂隠れの里を訪れ、里を守る警務隊を虐殺したというのか。

 

「何が目的で、我が里を襲う。それに―――その姿。あなたは、うちはマダラだろう? 何故、生きている? 何故、我が里にいる? ―――なにを、求めて来たんだ。我が里に、何を求める? 金なら、出す。これ以上は―――」

 

「少しは自分で考えたらどうだ?」

 

 羅砂の言葉を、マダラは冷めた様子で切り捨てる。

 我愛羅との戦いで高揚していた精神は、にわかに冷めきった。弱い者は、醜い。

 

「マダラ様。そいつ、『影』だよ」

 

 にゅ、と突如マダラの肩口から生え現れた白ゼツが、口を開いた。胞子の術で、因子をマダラの―――マダラに植え付けられた柱間細胞に寄生したらしかった。マダラは鬱陶し気にゼツの頭を掴み、引きちぎる様に自分の身体から放り捨てる。

 いた、と軽薄そうに白ゼツは吐き出して、マダラは羅砂を見つめる。

 

「お前が、『影』だと?」

 

 マダラはおかしくて堪らないとばかりに、肩を震わせる、嘲笑を浮かべた。

 

「それで、『影』か? そのザマで? ―――あまりに弱い。少しは……『火影(柱間)』を見習ったらどうだ? お前程度で『影』とは、忍界の質も落ちたものだ。……もっとも。他里など、所詮は木ノ葉隠れの模造品。程度は知れていたか」

 

 ぐ、と羅砂が悔し気に歯を喰いしばった。だが、感情のままに戦って勝てる相手でもない。それに完全に敵対してしまっては、救える命も救えない。里を守る―――それが、羅砂の役割である。

 屈辱に震える羅砂を見て、マダラは戦いの余韻に水を差された溜飲を下げ、腕を組んだ。

 

「だが、まあ。そのガキに免じて、答えてやってもいい。オレの目的は―――一尾の捕獲だ」

 

「―――」

 

 羅砂が沈黙する。

 マダラは楽しそうに、続けた。

 

「一尾さえ明け渡せば、砂隠れには何もしないと誓おう。二つに、一つだ。息子を斬る(・・・・・)か、里の滅亡か。好きな方を選べばいい」

 

 マダラは楽し気に笑う。

 羅砂が静かに拳を握った。我愛羅が羅砂の息子であることを、マダラは知っている。そのうえで、今の二択を突きつけたのだ。

 

「一尾を、どうするつもりだ? 人柱力は、どうなる?」

 

 羅砂は再び問いかける。もしも我愛羅の命が助かるのならば―――そんな淡い希望から生まれたものだった。

 マダラはそんな羅砂の考えに気づいているのだろう―――嘲笑を浮かべ、口を開く。

 

「端的に言えば、死ぬ。無論、どちらもだ」

 

 羅砂は淡い希望を圧し折られ、驚愕に目を見開いた。

 

「守鶴を……?」

 

 羅砂の後ろで、我愛羅が息を呑んだ。砂隠れを襲撃した大罪人。我愛羅は、里の仲間を無惨にも殺害した仇敵を討伐する―――その思いのみで戦った。しかしその目的が自分自身―――守鶴だったとは、思わなかった。そして守鶴をマダラへ差し出せば―――我愛羅は死ぬ。里を守れるのなら、それでもかまわない。我愛羅は、砂隠れの里を愛している。だが―――守鶴は。守鶴は、本来自由の身だ。砂隠れの里が興るよりさらに前、風の国で暴れ回っていた守鶴は、風の国の僧侶達の手によって、一人の僧侶の体の中へと封印された。そしていつしかその所有権は砂隠れの里へと移り、軍事利用されるようになった。

 

 我愛羅は思う。

 自分だけならいい。忍びゆえに、その覚悟はあった。だが、守鶴まで巻き添えにすることは出来ない。巻き添えになることは無い。オレの最も親しい友は―――。守鶴だけは、守らなくては。

 

 ―――我愛羅。

 

 我愛羅の中で、一尾の声が響く。我愛羅は、はっと己の内から発される声へ意識を向けた。

 

 ―――心の中。精神世界にて、我愛羅と守鶴は対面する。じっと我愛羅を見下ろしている守鶴を、我愛羅は見上げる。

 

「守鶴?」

 

「……馬鹿野郎が、てめェ、声駄々洩れなんだよ。なにが、『巻き添えにはできねェ』だ? マダラがオレを狙ってんなら……、巻き添えになってんの、てめェだろうが」

 

 守鶴がしょうがねェやつだ、と笑った。

 

「我愛羅。おめェ、前に言ったよな? オレ達は、砂隠れの里の家族だってよ。……正直、虫唾が走るぜ。オレはてめェら人間は、だいっっっっきらいだ! こんな里、勝手に滅びちまえばいいんだ!! オレには、関係ねェんだよ!! 人間どものために、マダラと戦う筋合いなんてねェし、人間どものための生贄になるつもりもねェ!! それに、そうなれば、てめェも死ぬんだぞ!!」

 

 守鶴が吠え、我愛羅が瞠目し、そして優しく微笑んだ。

 ひねくれ者の守鶴。素直になれない守鶴。そう在るのは生来の気質か、あるいは人間たちとの関わりの中でそうなっていってしまったのか―――我愛羅には、それは分からない。

 我愛羅は守鶴のことを無二の友だと思っているが、しかし守鶴のすべてを知っているわけではない。だが我愛羅には、守鶴の言った最後の言葉だけが、その本心なんだろうと感じたのだ。その悪態が、守鶴なりの気遣いなんだろう、とも。

 自分(守鶴)を理由に、逃げてもいいんだぞと。なにも死ぬことは無いんだぞと、そう言ってくれているように、我愛羅は感じたのだ。

 

「……分かった」

 

「え?」

 

 思いもよらぬ我愛羅の言葉に、守鶴が気の抜けた声を漏らした。

 我愛羅は優し気な眼差しで、守鶴を見つめている。我愛羅は続けた。

 

「……守鶴。お前は、我ら砂隠れの者の都合で、長い年月を不自由に生きた。今また、我らのために命を捨てろと、命じることは出来ない。お前は、逃げろ」

 

「別に……。てめェがオレをどうこうしたわけじゃねェだろーが。それに、分かってんのか? オレとお前は一心同体なんだ。オレが逃げるってことは、お前も逃げるってことだ。故郷を捨てるってことだ。いいのか?」

 

「よくない」

 

「あのなァ!!」

 

 一体どっちなのかと、守鶴の言葉が荒くなる。

 身を乗り出すようにその巨体を前屈みにした守鶴は、我愛羅を大きな指で差し、見下ろした。

 

「―――お前が逃げられないのは、オレという楔に、お前をつなぐ鎖があるからだ。だから……今ここで、人柱力の封印を解く」

 

 澄んだ力強い瞳を向けている我愛羅に、守鶴は絶句し、瞠目した。

 そんな守鶴に、我愛羅はゆっくりと、穏やかに笑い掛ける。まるで悪戯が成功して喜んでいる子供のような、意地の悪く生意気な―――砂漠に咲いた花のような笑みだった。

 

「守鶴。お前は逃げてくれ。オレは奴と戦い、お前が逃げる時間を稼ぐ。お前が砂隠れから去れば、奴は砂隠れを狙う理由は無くなる。どちらも救うには、これ以外に手はない」

 

 守鶴は我愛羅を信じられないものを見るような目で見つめる。こいつは頭がどうにかしてしまったのかと、凝視した。

 もしも我愛羅が闘志を取り戻し、また一緒に戦ってくれと言ったのならば、守鶴は渋々ながら受け入れただろう。

 もしも折れた心のままに、絶望の闇を受け入れてしまったのなら、守鶴は我愛羅の身体を乗っ取って、マダラに対し、決死の反旗を翻しただろう。

 戦って死ぬか、戦わずして死ぬか。我愛羅と守鶴に突きつけられたのは、この二択しかなかった。

 しかし我愛羅の出した答えは、どちらでも無かった。

 守鶴は、守鶴を、そして守鶴の抱く人間像(・・・)を昔から裏切り(・・・)続けて来た宿主を、苛立たし気に睨みつける。

 

「おめェ……何言ってんだ? 言ってる意味、分かってんのかァ? オレの封印を完全に解いちまって、オレが外に出れば、お前は死ぬんだぞ? 人柱力は、尾獣が体から抜ければ、例外なく死ぬんだ。そんなことも忘れちまうほど、マダラへの恐怖でイカれちまったのか? それとも、単なる馬鹿か? 馬鹿羅なのか?」

 

「馬鹿羅じゃない。我愛羅だ。母さんが付けてくれた名だ」

 

 ―――我、愛を知る修羅也。

 

 我愛羅。

 それは、人柱力という、差別と偏見、そして憎しみの受け皿となる修羅の道を生きることを、生まれながらに宿命づけられた息子へと、母が与えた名。父である羅砂は小太郎と名付けようとしたらしいが、母はそれを却下し、母からの最初で最後の贈り物として与えた、愛の名である。

 そして我愛羅にとって、母から貰った最初で最後の贈り物で在り、誇りそのもの。

 

「守鶴。オレはお前に、生きていて欲しい」

 

 我愛羅が、我愛羅の家族が、我愛羅の先祖が、砂隠れの里が、守鶴に不自由を強いてきた。人の身体の中に閉じ込めて、その力を利用して来た。そこに、守鶴の心の介在する余地はなく、守鶴はただ、チャクラの塊として、利用されてきた。先代の人柱力も、先々代の人柱力も、戦闘行為以外の時は、封印術で雁字搦めにされて、牢獄に閉じ込められていたと、我愛羅は聞いている。

 酷い話だ。だが、その牢獄の中の、更なる牢獄(・・・・・)の中に、守鶴は閉じ込められていた。どれほどの苦痛だっただろうか。人を嫌うのも、憎むのも、当たり前のことだ。

 だから我愛羅は一生懸命、守鶴のことを知ろうとした。好きなもの、嫌いなもの―――我愛羅は守鶴の、その心を知りたかった。教えて欲しかった。だから我愛羅は根気よく、守鶴が心の内を少しでも見せてくれるときが来ることを願い、その日を待ち続けた。その心に寄り添うことを選んだ。

 生来の暴れん坊な性格がゆえに危険視され、被害者である人間たちから、必要以上の拘束を受けたという自業自得な面はあるものの―――守鶴の、心の痛みを感じ取った。

 

 かつて人の世で暴れ回っていた守鶴という化け狸は、もう充分、人の罰を受けた。充分、人の理の中で苦しんだ。だから、もういいのだと、我愛羅は思う。

 

 我愛羅は、砂隠れの里を見捨てることは出来ない。だが、守鶴を切り捨てることも出来ない。

 しかし、我愛羅ではマダラを倒すことは出来ず、守鶴を守る力も無い。己の無力さが恨めしいと、我愛羅は思う。だから我愛羅は、今自分が取れる選択肢の中、守鶴も里も、どちらも拾うために、己という手札を捨てる決断を下した。

 弱い子供の、傲慢な選択。その対価が自分の命だけならば、安いものである。それに―――。

 

「―――例え、死しか待たぬ修羅の道であったとしても、オレは逝く。()のために死ねる。忍びとして、これ以上の誉れは無い。お前と過ごした何気ない毎日こそが、オレにとって、何にも勝る宝物だったから。……守鶴。今までありがとう」

 

「……我愛羅」

 

 そして我愛羅は最後に、封印が解けた後は木ノ葉隠れへ向かい、五代目火影を頼れ、と締めくくる。

 守鶴が、息を呑む。

 こいつは本気で言っていると、それを確信した時―――守鶴の心に、一陣の風が吹いた。

 ふっと、守鶴の身体から力が抜ける。その口端が、ゆるりと緩んだ。

 

「……バーカ。てめェみてえな弱っちい人間が、マダラ相手に時間なんて稼げるかよ」

 

「それでも、やるしかない」

 

「だーかーら。オレが手伝ってやるよ。しゃあねェ!!」 

 

 守鶴がそっぽを向いて、ふんと鼻を鳴らした。

 我愛羅は目を瞬かせる。

 

「……? お前を逃がすために戦うという話であって、お前が逃げなければ意味がないんだが」

 

「うるせェ!! 察しろ馬鹿野郎!! それに、てめェは尾獣が抜けた後の人柱力の弱体化の程を舐めてんだ!! まともに立てねェくらい、衰弱すんだぞ!!」

 

「……そうなのか。それは……根性でなんとかしよう」

 

「死ね!!」

 

「死ぬんだが。これから」

 

 ああ言えば、こう言う。

 我愛羅の態度に、守鶴は苛々を積もらせる。

 

「はっきり言わなきゃわかんねーのか、てめェはァ!!」

 

「分かる。だが、聞かせて欲しいんだ。守鶴。お前の……口から。お前の、心を」

 

 真摯な瞳を向けて来る我愛羅に、守鶴はふんと鼻を鳴らした。

 

「てめェみてェな弱い人間に守られたとあっちゃ、一尾の名が廃るんだよ!! てめェの身くらい、てめェで守れらァ!!」

 

 ―――精神世界が、崩壊していく。守鶴が我愛羅との同期を拒否したのだ。そしてその先には、死以外に道は無い、修羅の道が待っている。

 

 四代目風影が息子の命を差し出すか、あるいは徹底抗戦を選ぶか。それは分からない。だが、砂隠れを守り死ぬか、守鶴を守り死ぬか、あるいは何も守れず死ぬか。

 我愛羅に示されたいくつかの道の終わりは、どれも『死』以外にない。

 

「あの、本心を教えて欲しいんだが……。最期だし……」

 

「誰が言うかよ、馬鹿が!! あんまり馴れ馴れしくすんな! 言っただろうが! オレは、人間が嫌いなんだよ!! 勝手に死ね!!」

 

 我愛羅が冥土の土産にはらわた(・・・・)を見せてくれと、ここぞとばかりに強かな要求を行うが、守鶴は取り合わず、鬱陶し気に手を大きく振った。少しばかり残念そうに俯いて、少しだけ微笑んで見せた我愛羅を、守鶴は横目で視界に入れる。

 我愛羅はふっと、肩の力を抜いて、守鶴を見上げた。

 

「……まあ、それもお前らしいか」

 

 微笑んで、我愛羅が続ける。

 

「……守鶴。オレは……何と言うのかな……? あまり、自己主張の激しい性格では無かった。だからだろうか。お前のそういうところが、実は羨ましかったんだ」

 

 守鶴が微妙そうに顔を顰める。

 

「おめェ、それは。オレが自己主張の激しい、身勝手な奴って言ってんのか?」

 

「それも長所だろう?」

 

 自分がファンキーな性格であることは自覚しているが、そういうふうに言われると、複雑な気持ちである。

 唸る守鶴に、我愛羅は笑った。

 

「すまない。気分を害したのなら、謝る。だが言っただろう? オレはお前のそういうところも、好きなんだ。いつか……お前ほどでなくとも、自分の意見を好きに言えるだけの強さが、欲しかった」

 

 物心ついたときから、友好国(敵里)にいた。木ノ葉で授けられた教えと、砂隠れからの付き人に教えられる砂隠れの教えの乖離に、悩んだこともあった。自分が木ノ葉の者ではないことに、孤独を感じたこともあった。木ノ葉を刺激してはならないと、まだ見ぬ故郷(砂隠れ)のために自分を抑えてきた結果、感情の表現が少し苦手になった。ナルト達と遊んでいる時であっても、心の底から感情を発露した機会は少ない。

 そんな我愛羅が最も信頼し、隠すことなく感情を向けられるのが、己の中にいる守鶴であった。守鶴は、何があっても我愛羅を裏切ることは無い。暴言を浴びせられても、お返しに少し意地悪なことを言っても、守鶴は変わらずむき出しの感情を我愛羅にぶつけ、そして、ただそこ(・・)にいた。

 それが封印による強制であっても、ただそこにいてくれる守鶴の存在は、我愛羅にとって自らに吹く風であった。暖かでも、心地よい風でも無い、さながら北風や暴風のようなものだったが―――我愛羅には、価値ある風だった。

 

 崩壊していく精神世界。現実へと精神が同期する直前―――。

 

「―――おめェ。分福(・・)に似てるぜ」

 

「……?」

 

 守鶴が口にしたのは、誰かの名前。我愛羅には、聞き馴染みの無い名前だった。

 守鶴にとって、意味のある(・・・・・)誰かの、名前なのだろうか。似ているとは、どういう意味でだろうか。我愛羅には分からない。それが守鶴なりの、最大にして最高の『例え』だということに、我愛羅は気づけない。そしてわざわざそれを説明してやるほどに、守鶴は優しい性格でもない。

 

「―――守……」

 

 ―――我愛羅が反応するよりも早く、精神の同期が終わりを告げる。

 

「―――我愛羅」

 

 地平線にまで伸びる、砂の大地。

 目の前に立つ羅砂から届いた言葉に、我愛羅ははっと意識を向ける。

 羅砂は振り返る素振りすらなく、じっと前を―――マダラを見つめながら、小さく言った。

 

「時間を稼ぐ。木ノ葉へ走れ。(マダラ)を倒せるとすれば、五代目火影以外にいない。マダラ復活の報を五代目火影に伝え、木ノ葉と協力し、奴を討て。―――我愛羅。今この場を以て、貴様を、五代目風影に任命する」

 

「とう様……」

 

 我愛羅が瞠目した。

 羅砂は、厳格な影だった。家族だからと、贔屓されたことは無い。里を守るためならば、卑劣な手段を取ることも厭わない。里に殉ずる、立派な影だった。冷たく厳しい人だ。それは里を背負う上で、必要な冷たさと、厳しさだ。父親として構って貰った思い出は少ないが、その影としてストイックな背中に、我愛羅は憧れを抱いていた。

 だからこそ、羅砂は我愛羅を切り捨てるのだと思っていた。一人の命と、里の重さを天秤に掛ければ、答えなど一つしかない。

 

「……オレは失敗ばかりの、半端な『影』だった。そんなオレの命一つで里と息子……どちらも拾えるのなら……安いものだ」

 

 ―――親子。

 

 揶揄うような守鶴の声が我愛羅の中に響く。そして、従った方が良いと、守鶴は続けた。それが唯一―――例え成功する可能性が低くとも―――最も希望のある道であると。

 

 ―――周囲の砂が、羅砂の操る砂金の波に覆われていく。

 

「……答えは出たようだな。自ら死を選ぶとは……。愚かなことだ」

 

 羅砂から滲み出るチャクラを見て、マダラが眼を細めた。

 マダラはゆっくりと、組んでいた腕を解き、降ろす。

 

「我愛羅。今は己の無力も、憎しみも、耐え忍べ(・・・・)。今、どれほどの犠牲が出たとしてもだ。いつか必ず、時は来る。今は耐え、そして必ず、奴を討て。砂隠れを守れ。―――五代目風影(・・・・・)

 

「とう様……ッ!!」 

 

 ―――行くぞ我愛羅!!

 

 守鶴が我愛羅の中で叫ぶ。我愛羅は静かに涙を流しながら、反転。木ノ葉隠れの里の方角へと、駆けだした。

 背中越しに息子の気配が離れていくことを感じ取った羅砂は、天を仰ぎ、大きく口を開いた。

 

「―――告げる!! 砂隠れの同胞たちよ!!」

 

 羅砂が叫んだ。喉が張り裂けんばかりの、大声だった。その声は風に乗り、里全体に響き渡る。

 

「―――オレと共に死ぬと言う者は集え!! 最悪の忍び(うちはマダラ)が復活した! これより我が息子我愛羅を五代目風影とし、木ノ葉と手を組み奴を討つ!! 女子供は木ノ葉へ落ち延びよ!! オレはここでマダラと戦い、時を稼ぐ!!」

 

「よりにもよって……木ノ葉へ落ち延びろ、とはな」

 

 羅砂の決死の宣言を聞いて、マダラは愉快気に目を細め、たまらずといったふうに、鼻を鳴らした。

 嘲笑を浮かべるマダラに、羅砂は訝し気に目を細める。

 

「何が言いたい」

 

「いや……何もない。これから死ぬお前が知っても、虚しいだけだ。オレも……そこまで無慈悲ではないつもりだ」

 

「どの口で……」

 

 羅砂は忌々し気に眉根を寄せた。

 

 ―――砂隠れの里から、続々と駆け付けて来る上忍達を、マダラは楽し気に見つめている。

 

 戦闘が始まらない―――警戒をする羅砂に対し、マダラがまるで動く素振りを見せないのは、待っている(・・・・・)からだろう。砂隠れの忍者達をまとめて殺すためか、あるいは少しでも歯ごたえのある戦いをしたいがゆえのことか。

 羅砂にとっては、どちらでもいいことだ。羅砂の役目は、時を稼ぐことにある。

 

 砂隠れの上役―――かつての精鋭たちを含め、砂隠れの里に殉じようとする者達が集まりきる。特に老兵が多かったのは、里を愛しているということ以上に、うちはマダラという脅威を直に知っているがゆえのことだろう。

 

 ―――100に達する傀儡。50を超える忍者の軍勢。

 

 (マダラ)vs砂隠れの里。

 

 ―――火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 ―――伝えなければ。

 

 

 肩で大きく息をして、我愛羅は這う(・・)

 

 ―――伝えなければ。

 

 涙で滲む片目(・・)で、我愛羅は前を見る。

 

 ―――伝えなければ。

 

「驚いたな。うずまきや千手でも無いのに、まだ動けるのか?」

 

 ―――伝えなければ……ッ!!

 

 泥と血に塗れた身体。潰れた片目。動かない足。繋がっているだけの片手。残る片手の外側は繰り返された行為によって泥に塗れ、皮が裂け、血に塗れている。

 火の国の国境を越えようと、残された腕で体を曳き森の中を必死に這いずるのは―――。

 

「既に……抜いた(・・・)というのに」

 

 ―――我愛羅のみ。守鶴は既に抜かれ、我愛羅はただ死を待つのみとなった。

 

 砂隠れの里の殿隊は、呆気なく壊滅した。

 最初は戦いを楽しもうと手加減をしていたマダラだったが、老兵の人形遊び(・・・・・・・)が主である殿部隊と戦うことに喜びを見いだせず、戦いに早々に飽き―――蹂躙した。

 そして逃げ出した我愛羅を追って駆けだしたマダラは我愛羅にさほど時を置かずして追いついた。我愛羅はマダラの姿を見て、父の―――里の殿部隊の結末を知り、しかし父の遺言を守るべく、ひたすら木ノ葉隠れの里へ向けて走り続けた。攻撃をされても、言葉を投げかけられても、我愛羅はひたすら、前を向いて走り続けた。

 

 それが、マダラの嗜虐心に火をつけた。

 砂の防御を以て、己の攻撃を防ぎ、ただひたすらに木ノ葉隠れの里のあった(・・・)方角へ向けて走り続ける我愛羅を捕える―――狩り(ハンティングゲーム)

 本来ならば、マダラは早々に飽き、我愛羅を始末していただろう。だが、なまじ、防御においてはマダラの攻撃すら防ぐだけの力を持っていたがゆえに、我愛羅の苦しむ時間が長引いてしまった。

 

 須佐能乎に追い立てられ、火遁に炙られ、木遁に囲まれる。

 しかし我愛羅は分身を囮に、砂で身を守り、尾獣玉で穿ち抜き、逃げ続けた。

 そしてじわじわと追い詰められた我愛羅は、やがて捉えられ、一尾をその身から抜き取られた。

 

 ―――伝えなければ。ナルトに。伝えなければ。

 

 もはや、意識もまともには残っていないだろう。マダラの言葉も、我愛羅には届いていない。もはや内からの声(・・・・)も、聞こえない。

 それでも我愛羅は、ただひたすらに前へ進んだ。

 我愛羅から守鶴を抜き取ったマダラは、少しばかり、口を滑らせた。次は二尾だと。

 我愛羅は、伝えなければならないと決意した。こいつは、順に尾獣を狩るつもりなのだと分かったから。であれば、九尾もいずれは的になる。木ノ葉隠れの里の、親友。同じ人柱力の、同胞。例えこの命が無くなろうと、伝えなければならない。友を、守らなければならない。守鶴を守れず、里も守れず、己の命すら奪われる。ならばせめて、せめてこの情報だけでも、木ノ葉へと伝えなければならない。砂隠れの里が命を賭して手に入れた情報を、木ノ葉に―――忍界最強の五代目火影へと繋げ、マダラ討伐に役立ててもらわなければならない。そうでなければ、砂隠れは何のために滅んだのか。四代目風影率いる殿部隊は、何のために戦ったのか。その意味が、無くなってしまう。

 だから我愛羅は例え数秒後に死ぬとしても、最後まで諦めず―――死に体で、前へと進む。

 

「……」

 

 その様はまるで、芋虫のよう。

 そんな姿を見て、マダラは何を想うか。

 我愛羅を見下ろすマダラは、振りかぶった腕を、静かに振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 ―――静まり返った、森の中。

 

 森の木々は哀し気に揺れ、誰かの思いを示すように、太い血の道が草花を湧けて、続いている。その先で、物言わぬ骸となった少年が、血溜まりに沈んでいた。そのトレードマークであった赤髪は、地毛と血の区別がつかないほどに濡れている。

 

「―――我愛羅」

 

 足を引きずりながら―――一人の老婆が、我愛羅へと近づいて行く。

 老婆は我愛羅の傍で崩れ落ちた。だがそれは、諦めゆえのものではない。老婆は印を結び、うつ伏せで永久の眠り就いた若き風の背に、両手を乗せる。

 ふわり、と優しい風が吹く。老婆の両手から光が生まれ、老婆の中から、我愛羅の中へと何かが注ぎ込まれていく。

 

 足りない、と老婆が言った。死に体の己では、我愛羅に吹き込む命の力が、足りない。我愛羅を救うことは出来ない。

 絶望に顔を歪める老婆は、しかし諦めることはしなかった。どれだけの時間をかけてもいい。遠からず出血によって息絶えるまで、すべての命の力を注ぎ込む。わずかにでも生きようとする老婆の身体―――生命への渇望すらも、我愛羅へと注ぎ込んだ。もう充分だと思った。戦争で子供を失い、孫は里を抜け、犯罪者となった。世に疲れていた老婆は、しかし新たな風に吹かれる喜びを、少しだけ感じていた。これから続いていく世を、少しだけ見てみたいとも思った。余命いくばくの身。残された命は、新たな風に吹かれる喜びと、若き芽を愛でることに使おうと思った。死んだふりをして後進を脅かしてみたり、苦労している若者たちを意地悪に笑い、頑張れと励まし、見守っていく余生も悪くないと思った。そんな日々をぶち壊したのが、よりにもよって自分達よりも『前の世代』である、うちはマダラ。そんな理不尽を許せるはずが無い。許していいはずが無い。

 少しして―――老婆の手の上に、大きな手が、一つ、重ねられた。

 

 ―――四代目風影。

 

 老婆は何も言わなかった。いや、正しくは、言えなかった(・・・・・・)。もはや言葉を発するほどの体力も、残されてはいなかった。それどころか、意識すら、もはや残されてはいなかった。

 老婆の意識は既に、死んでいた。しかし、なおも生きようとする体が、諦めないド根性だけが、生きていた。我愛羅へと命の力を注ぎ込むだけの装置と成り果てて、ただ老婆はそこに在った。

 

 羅砂もまた、何も言わなかった。静かに、優しく、老婆の手越しに、我愛羅に触れる。片腕は無く、両足も完全な形ではない。片足は付け根から吹き飛び、片足は膝から下が無い。それでもここまで歩いて来ることが出来たのは、磁遁によって、己の血の鉄分すらも用いて、鉄の義足を生み出したからだ。今の羅砂の生命は、磁遁によって無理やり心臓を動かすことで辛うじて繋ぎ止められた、風前の灯。

 

 少しして―――四代目風影だったものが、我愛羅の身体の上に倒れ込んだ。

 それでもなお、老婆が残した術は発動しない。

 

 ―――新たに現れた掌が一つ、老婆の掌に重ねられた。

 

 

 

 

 

 

 我愛羅は森の中で、再び目を覚ました。

 不思議と、体に痛みはない。負っていた傷は、癒えているようだ。そもそも、何故命が繋がっているのか、分からなかった。

 ただ、体の上に感じる二人分の―――しかし、大人二人分にしては、あまりに軽い―――重みに、自分が生きている理由を、感じ取る。

 我愛羅は優しく二人の身体をどかし、優しく地へと横たえた。そして自らの操る砂で二人の身体を覆い隠すと、立ち上がった。

 

 我愛羅は、知らず零れ落ちていた涙を拭った。体を、木ノ葉隠れの方角へと向ける。軽くなった(・・・・・)一人分の身体が、少し寂しかった。それでも我愛羅は―――再び、一歩を踏み出した。

 

「―――伝えなければ」

 

 静かな森の中に、ただ一人―――我愛羅の背中が、消えていく。

 


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