綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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動き出した絶望

 木ノ葉隠れの者達は、呆然自失の状態で、畳間を呑み込み巨大に膨張する岩石の球体を見上げていた。

 絶望。現実を受けいれることが出来ない。出来るわけがない。

 信じられなかった。信じられるはずが無かった。

 五代目火影の敗北。第三次忍界大戦において、四大国連合すら撃破し、里を守りきった、忍界最強の忍びの敗北など、考えたことも無い。

 四代目火影ミナトの武勇伝が、最も新しい英雄譚とするならば、五代目火影畳間のそれは、最も新しい『神話』であった。人々は何があろうとも、五代目火影であれば、どれほどの苦難であっても撃破し、里に再びの平穏を齎してくれると信じていた。信じて疑わなかった。

 

 一言も発することの出来ない木ノ葉の民を遠くに、マダラは蔑むように目を細めた。

 

「弱い者は醜い……。所詮は口ばかり。強い者に縋りつき、どうにもならぬ危機が迫れば逃げ惑う。柱間よ。あのようなクズどもに何を残したのかは知らんが、どうせならオレの様に、復活のやりかたでも教えておくべきだったな。穢土転生などではない、真の復活を……」

 

 そしてマダラは畳間が眠る(・・)岩の球体を見上げ、その中にいる畳間に語り掛けるように続けた。

 

「そしてイズナよ。目を覚ませ(・・・・・)。お前の―――柱間の夢では、真の平和に辿り着くことなど、できはしないのだ。お前はあの者達の声を『力』と呼び、柱間や扉間の遺した意志()を受け継いだと言うが……そんなものはまやかしだ」

 

 そしてマダラは何を想うのか―――再び柱間の顔岩を見て、目を細める。

 

「お前が死んで残ったモノは、オレにへばりつく細胞の生命力と木遁しかない。そしてイズナ……お前が死んで残ったモノは……、オレの両目の瞳術しかない。引き継がれるモノがあるとすれば―――」

 

 ―――憎しみだけだ。

 

 マダラは再び、木ノ葉の者達へと体を向ける。

 その眼に宿る者は軽蔑と、侮蔑。

 

「まずはお前たちだ。イズナを縛るものが、お前達との在りもしない『絆』というのなら―――」

 

 そしてマダラはあざ笑うように鼻を鳴らし、言った。

 

「お前たちが消えれば、イズナも考えを改めるだろう」

 

 木ノ葉の―――畳間が家族と呼ぶ者達すべてを抹殺する。

 再び畳間が目覚めた時、今以上に壊滅した木ノ葉と、息絶えたすべての『家族』の姿を見れば、もはや畳間は幻術に縋るしかない。失った者は、そうしなければ取り戻せない。それが、変えようのない『現実』だ。

 

 楽しくて仕方がない、とでも言いたげに、マダラは喉を鳴らした。愉悦によって、その声は震えている。

 夢見ているのかもしれない。兄弟ともに、夢の先へ至る時を。

 

「―――ォオオオオ」

 

 木龍に縛り挙げられていた九尾が、咆哮する。悲哀、憎悪、憤怒を纏った激しい咆哮に、しかしマダラは鬱陶し気に目を細めるだけだった。

 

「ふむ……。やはり、お前からにしよう、九尾。お前の声はいささか……耳障りだ」

 

 ―――おっちゃん。

 

 巨大な檻。その中で鋭い眼光を光らせる巨大な獣―――九尾。

 九尾の衣の中で、ナルトは己の精神世界にて、朦朧とした意識の中、九尾の檻の前にいた。

 ナルトはゆっくりと九尾の檻の出入り口―――そこに貼られた封印の札へと近づき、手を伸ばした。

 

「―――そうだ、ナルト。その札を剥がせ。今だけは、協力してやる。マダラより、貴様の方がよっぽどマシだ。今だけはお前に従おう。この封印を剥がしても、お前の里を傷つけることは無いし、お前が死ぬことも無い。現に、ワシのチャクラを纏おうと、その体は傷一つ負っていない。そうだろう?」

 

 ―――マダラを退けた後は、その限りではないが。

 

 内心を隠した九尾の言葉は、しかしナルトには届いていないようである。

 ふらふらと、ただ己の意志で―――憎しみで、九尾の封印を剥がそうとしている。

 九尾は好都合だと、ほくそ笑んだ。

 

「そうだ、ナルト。今だけは全面的に協力してやる。お前の仙術チャクラとワシのチャクラを合わせれば、マダラにすら届く。さあ。さあ!!」

 

 九尾の期待、誘いなど関係なく、ナルトは封印の札に手を伸ばし―――。

 

「―――そこまでだ」

 

 ナルトの知らぬ声に、その腕を掴まれた。

 

「―――四代目ェ」

 

 九尾の地を這うような唸りが響く。

 ナルトはゆっくりと、己の腕を掴む人物へと眼を向ける。

 見慣れた、四つ目の火影岩と、瓜二つの顔。自分と同じ、青い目に、金色の髪。

 

「―――とう、ちゃん?」

 

「……ああ」

 

 ナルトは朦朧とした様子で、その人物―――四代目火影であり、自らの父である波風ミナトのことを呼んだ。

 ミナトは悲痛を湛えながらも、微笑みを浮かべて、ナルトへと視線を向ける。

 

「四代目ェ!! 貴様も分かっているはずだ。状況が違う(・・・・・)!! ワシの力なくして、マダラを止めることなど出来ん!! それが分からん貴様では無いだろう!!」

 

「……ああ。すべて、観ていたからね。畳間様の敗北は、この眼で見てもなお……信じられない。だが、九尾。お前の封印を解くこととは、また別の話だ。お前もうちはマダラを厭うなら、そのまま(・・・・)すべての力を貸せ」

 

「……」

 

「出来るんだろう? やろうと思えば」

 

 ミナトの言葉に、九尾が悔し気に唸る。その通りだったからだ。何もすべての封印を解かずとも、そのチャクラをナルトに譲渡することは出来る。

 封印の札を剥がさせようとしたのは、ひと段落した段階でナルトの身体から抜け出し、自由の身になるためだった。だがそうなれば―――人柱力であるナルトは、死ぬ。

 

「ならばワシは、力は貸さん」

 

 九尾が居丈高に言った。

 これは駆け引きであると思ったからだ。そして、時間との勝負だとも。

 ナルトの封印術式の中に仕込まれたミナトのチャクラ(意志)は、決して多くは無い。遠からず、消滅する程度のもの。ミナトの意識が消えた後で、ナルトをゆっくり堕とせば(・・・・)良い。九尾にとって幸いなのは、ここが精神世界だということだ。現実のそれとは、時間の流れを異ならせることが出来る。

 そして―――ミナトは九尾のチャクラを、絶対に引き出さなければならない状況にある。忍界最強たる五代目火影が破れた今、もはやマダラに対抗できるのは、九尾を置いて他に無い。

 ミナトはナルトの中の封印をそのままに、木ノ葉を守るために、九尾の力を引き出す必要がある。不利なのは、明らかにミナトの方だった。

 

「……っ」

 

 存外に頭が回る九尾に、ミナトは内心で歯噛みする。

 九尾がナルトへと語り掛ける。

 

「ナルト。そんな男のことは放っておけ。お前の父と言えど、所詮は死んだ人間。里のことより、自分の為したこと―――ワシの封印を維持することの方が大切なのだ」

 

「―――違う! 九尾、お前は何を―――」

 

「―――違わん!!」

 

 ミナトの言葉を大きな声で遮って、九尾が続ける。

 

「ナルト!! お前とワシは、目的を同じくする同志。―――うちはマダラの討伐をこそ求める『友』だ。そうだ。この封印を解けば―――ワシらは真実、友となれる。そうなれば、ワシの名も教えてやれる」

 

 ナルトがずっと求めていた言葉を、九尾は甘く囁いた。

 ナルトがゆっくりと、九尾を見上げる。

 

「ナルト、騙されちゃだめだ!!」

 

 ミナトの言葉を無視し、九尾が続ける。ナルトの心に直接語り掛ける声は、ミナトの声に邪魔はされず、ナルトに直接染み渡った。

 

「ナルト、何を戸惑うことがある? それに―――うちはフガクから、言われていただろう。必ず里を守れ、と。ワシとお前の力なら、里を守ることが出来る。そして―――五代目火影をも超える力を、手に出来る。お前は二人から託された願いを、今すぐに叶えることが出来る。討ちたいだろう。里をこのようにしたマダラを。討ちたいだろう。死んでいった皆の仇を。ナルト―――何を、戸惑うことがある?」

 

「サスケの父ちゃんと、おっちゃんの―――」

 

 ナルトが力なく呟いた。

 

「違う、ナルト! 騙されちゃだめだ! こいつは―――九尾は、その後にお前の身体から抜け出し、自由になろうとしている!! そうなればお前は死に、木ノ葉は九尾によって蹂躙される!!」

 

「―――ナルト。約束しよう。契約術でワシを縛っても良い。ワシは今後何があろうと、木ノ葉隠れの里(・・・・・・・)には(・・)、絶対に手を出さん。木ノ葉とはこれまで色々あったが―――忍び耐えよう(・・・・・・)じゃないか」

 

 そして九尾は優しい声音で、続けた。

 

「さあ、ナルト。封印を解いてくれ」

 

「ナルト、ダメだ!! それでは、お前は死んでしまう!!」

 

 ミナトが声を荒げる。息子が死にに行くのを、むざむざと見過ごすわけにはいかない。

 だが九尾はその言葉を聞いて、ほくそ笑んだ。

 

「―――ナルト。そこにいるお前の父と、母は、操られた(・・・・・)ワシをお前の中に封印し、里を守るために死んだ。お前の義父(畳間)はお前を、お前たちを守るために戦い、死んだ(・・・)

 

 どくん、とナルトの心臓が大きく跳ねる。

 そうだ―――死んだ。死んでしまった。大好きだった義父は、死んでしまった。

 

「四代目火影と、五代目火影。二人の火影を父に持つ、うずまきナルト。ならばお前は―――今、命を賭してでも(・・・・・・・)、里を守るべきでないのか? 二人の父(・・・・)と、同じように(・・・・・)

 

「……そうだってばよ」

 

 ナルトが小さく呟いた。

 

「ナルト!!」

 

 ミナトの悲痛な声は、もはやナルトには届かない。

 

「オレは、四代目火影と五代目火影の息子なんだ。里を守る『役割』がある。その遺志を継ぐんだ。例え―――オレが死んででも」

 

 強い意思の籠ったナルトの言葉。その眼は寸分たがわず、九尾の封印の札へと、向けられている。

 ミナトは瞠目し、首を振った。

 

「違う、ナルト! 違うんだ!! そうじゃない!! 少なくとも、それは『今』じゃない!! オレや畳間様が命を賭したのは―――!! お前たちが、いつか大人に―――」

 

「うるせェ……ッ!!」

 

「―――ナルト……っ」

 

 ナルトが咆哮し、腕を振った。

 ミナトの遺したチャクラ(意志)は、ナルトの振るった腕に跳ねのけられ―――霧散する。

 

「さあ」

 

 九尾の甘い声。

 そして―――ミナトが居なくなった世界で、ナルトはゆっくりと、札を剥がした。

 

 

 

 

 

 

「……ほう」

 

 木龍に縛られた九尾の人柱力の気配、その力が、急激に変化していくのを見て、マダラは感嘆の声を零した。

 チャクラを纏い肥大化していた体が小さくなり、木龍の縛りから解き放たれる。

 

「―――すげェ、力だ。今なら、すべてを変えられそうだ」

 

 オレンジ色のチャクラの衣を纏い、揺らめかせたナルトが、ゆっくりと目を開く。

 仙人モードの横一線の瞳孔。そして九尾の―――肉食獣染みた縦長の瞳孔。

 二つが重なり合い、ナルトの瞳は十字を浮かべている。

 

「すべてを変えられそう、か」

 

 ナルトの言葉を聞いて、マダラは嘲笑を浮かべ、鼻を鳴らした。

 

「それは、気のせいだ。その程度の力(・・・・・・)では」

 

「じゃあ……試してみるか?」

 

 直後―――ナルトの姿が消える。

 一瞬でマダラへと肉薄したナルトが腕を振るった。

 

「―――速い」

 

 マダラはナルトの拳を跳ね上げた。

 ナルトは追撃に蹴りを放ち、マダラは腕でガードするが、その勢いを殺しきれず、後方へと吹き飛ばされた。

 

「……威力もある。なるほど。これは中々楽しめそうだ」

 

 マダラが笑みを浮かべ、ぎょろりと輪廻眼を動かした。

 

 ―――須佐能乎。

 

 地面を滑りながら着地したマダラは、須佐能乎を展開。

 その六つの腕を振るい、ナルトへと襲い掛かった。

 ナルトは素早い動きでその腕の嵐を避けながら、マダラへと近づいて行く。

 

 ―――超大玉螺旋丸。

 

 瞬時に作り上げられた螺旋丸が、須佐能乎に直撃する。

 須佐能乎の身体に罅が入り―――すぐ後に砕け散る。

 須佐能乎内部に入り込んだナルトがマダラへと拳を振るう。

 

 マダラは口端を吊り上げ、迎え撃った。

 拳と拳がぶつかり合い、マダラの拳が跳ね上げられる。

 ナルトは両腕を退き溜めを作ると、両腕を上下同時に放つ。山突き、あるいは諸手突きとも言われる武術の型。

 マダラはナルトの放った諸手突きの間に己の腕を潜り込ませ、両腕を上下に跳ねさせて、ナルトの攻撃をいなす。

 そして放ったマダラの回し蹴りを、ナルトは膝蹴りを以て防ぎ、二人はその衝撃を利用して、互いに後方へ飛び、距離を取った。

 

 その雄姿を遠方より見守るシカマルが、感嘆に目を瞬かせた。

 

「……すげェ。ナルトのやつ……」

 

「……九尾のチャクラだな」

 

「親父……。大丈夫なのか?」

 

「大丈夫もクソもあるか。呑気に寝てられるかよ」

 

 シカマルの傍に歩いて来るシカクを見て、シカマルが心配げに声を掛けるが、シカクは厳しい目でシカマルを見つめる。

 

「なにをしてるシカマル。準備をしろ」

 

「……準備って、なにをだよ」

 

 シカマルを、シカクは厳しく見下ろした。

 

「里を捨てる準備だ」

 

「……は? いや、だって……」

 

「五代目の最後の言葉を持ってきたのはお前だろうが」

 

「いや、けどよ。ナルトだって戦ってる。見た感じ、互角なんだ。オレ達も加勢して―――」

 

「馬鹿が。あれはそう思わせるための、マダラの策だ。あいつは、本気を出してない」

 

「な―――ッ。あれで……ッ? 嘘だろ―――ッ」

 

「誘ってるんだ、オレ達を。いくら実力が乖離していても、それくらい見抜けるようになれ、シカマル。恐らくだが……奴はナルトごと、オレ達を殺そうとしている。五代目が封じられた、あの空に浮かぶ大岩の下でな。見せつけるつもりだ。理由までは分からねェがな」

 

「そんな―――」

 

「戦争で疲弊しているが……オレ達はこれより霧隠れへ落ち延び、再起を図る。ナルトが時間を稼いでいる間にだ。シカマル。お前達の班は他に人手を見繕って岩隠れへ向かい、木ノ葉陥落と、うちはマダラ復活の報を届けろ。途中、雨隠れにいるはずの自来也様達と合流し、指示を仰げ。その後は砂隠れだ。雲隠れにはオレの方で使者を出す。五大国で連携を取り、マダラを包囲する」

 

 そしてシカクは力強く、シカマルへと言った。

 

「―――急げ。気づかれれば、奴はナルトを始末し、オレ達の下へ向かってくる」

 

「……ナルトを、見捨てろってことか?」

 

「―――そうだ」

 

「―――できねェ。木ノ葉隠れは、仲間を見捨て―――」

 

「甘ったれてんじゃねェぞシカマル!!」

 

 シカクがシカマルを一喝する。

 

「五代目がそこまで(・・・・)言ったんだ!! 奴は、木ノ葉の戦力だけで倒せる奴じゃねェってことだ!! 今、生き残ったオレ達が目先の情で玉砕したらどうなるか考えてみろ!! 第三次忍界大戦で勝ちをもぎ取った五代目がやられた以上、それは四大国連合(・・・・・)でも勝てねェってことだ!! 木ノ葉を含めた、五大国連合―――いや、すべての忍びが纏まった『(しのび)連合』でもねェと、奴は倒せねェ!!」

 

「……」

 

 ごくり、と事の大きさを叩きつけられシカマルが、生唾を呑んだ。

 

「ナルトが何を想って突っ込んでいったのか―――。いや、五代目の仇討ちだろうが―――こうなった以上、ナルトは諦めろ(・・・・・・・)。オレ達はオレ達のやるべきことをやる」

 

「……ナルト」

 

 

 木ノ葉の頭脳と称される奈良一族の直系たるシカマルは、頭がいい。

 ゆえに―――シカクの言葉が正しいのだとシカマルは理解し、静かに、強く拳を握りしめた。

 

「「……おかあさん?」」

 

 それを聞いていたアカリが、静かにナルトを見つめている。

 アカリの様子に胸騒ぎを覚えたのか、幼い双子はアカリの足元に駆け寄り、そのズボンを握り、不安げに見上げた。

 アカリは静かに微笑み―――慈しむように、そしてどこか寂し気に、その頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 九尾によってナルトへと供給されるチャクラは、留まるところを知らず、ナルトは大した疲弊も無くマダラへと攻撃を続けている。

 激しい戦闘が、長く続く。

 マダラは楽し気に笑い、ナルトの一撃一撃を噛みしめているようだ。

 

 その間に、木ノ葉の民は避難を開始する。生まれ育った故郷を捨て、霧隠れへ向かう者の胸中はどれほどのものか。

 それでも、今は耐え忍ぶより他は無い。いつの日も見守ってくれていた火影岩に背を向けて、里の者達は歩き出す。

 

「ワシ等はいい」

 

「うむ……。ワシ等はここに残る」

 

 壊滅を免れた火影邸の屋上で、相談役二名がマダラとナルトの戦いを見つめていた。

 二人を避難させようと傍に降り立った暗部の者は、戸惑いを見せる。

 

「ワシ等は物心がついたときよりずっと、木ノ葉と共にあった。今更、木ノ葉を捨てる気は無い」

 

「その通りじゃ。お前たちは行け。ワシ等は、里と運命を共にする」

 

 暗部の者は少し迷ったようだが、再度念を押された『残る』という言葉に頷いて、その場を去った。

 

「初代様……。二代目様……」

 

 今は亡き偉大な影たちの名を呟いた二人の相談役。

 後輩にして同胞たる五代目火影の敗北を受け、二人の胸中はいかなるものか―――それは、すぐに明らかになる。

 

 

 

 

 

 

「……もう、こんな時間か」

 

 時は曙。

 差して来た日光。近づく夜明けに気づいたマダラが、手を止めた。

 

「……しまったな」

 

 気づけば、木ノ葉の者達の気配が無くなっている。

 逃げられたようだ。

 生き返ったばかりの体術戦―――。柱間の面影のあるイズナとのじゃれ合い(・・・・・)によって精神的に高揚していたことと、九尾の人柱力が思った以上にやるものだから、遂のめり込んでしまった。

 

「……まあ、いつでもやれるが……。逃がすのも癪だ。それに、まだ遠くへは行っていまい……」

 

 そしてマダラは輪廻眼にチャクラを込める。

 

「―――なッ……」

 

 マダラがどこぞへと意識を向けた様子に、それを隙と見たナルトが全身全霊の一撃を叩き込まんとした瞬間、体が動かなくなり、戸惑いを零す。

 

「……ふむ」

 

 マダラはゆっくりと、散歩でもするように、ナルトへと向かってくる。

 ナルトは身じろぎし、なんとか不可視の拘束から逃げ出そうとするが―――出来ない。まるで両手足を押さえつけられているかのように、体が動かなかった。

 ナルトの前に辿り着いたマダラが、目を細める。そして、嘲笑を浮かべた。

 

「……九尾の封印を解いたのは失敗だったな」

 

 そしてマダラがナルトの腹へ熊手を叩き込む。

 

「―――かッ」

 

 その痛みと衝撃に苦悶の声を零すナルト。

 吐き出された体液を鬱陶し気に避けたマダラは、何かを掴むようにぎゅっとナルトの腹で拳を握り、引いた。

 

 ―――ナルトの身体から、巨大なチャクラが引きずり出される。

 

「―――あ」

 

 急激な脱力感。

 ナルトの瞳から光が消える。

 

 ―――おおおおおおおお!!

 

 九尾の妖狐が、木ノ葉隠れの里に解き放たれた。

 

「―――マダラァァアアア!!!!」

 

 解き放たれた九尾が、積年の恨みを込めて咆哮する。

 しかしマダラは詰まらなさそうに九尾を見上げ、ナルトの身体をどこぞへと放り投げた。

 

 ―――尾獣玉。

 

 九尾があらんかぎりに開いた口元に、どす黒いチャクラを集め始めた。

 

「……」

 

 マダラは鬱陶し気に、細めた瞳で九尾を見つめ―――九尾の顎が、跳ね上がった。

 未完成の尾獣玉が、九尾の顔の前で暴発し、九尾が痛みに呻きを上げる。

 

「―――口寄せ。契約締結」

 

 過去に結ばれていた、マダラと九尾の間の口寄せ契約が再度結び直される。

 九尾の身体が硬直し、跳躍したマダラが、仰け反る九尾と視線を合わせる。

 

 ―――写輪眼。

 

「ま、だら……」

 

 九尾の意識が闇へと落ち―――九尾は静かに、マダラの傍に佇んだ。

 そしてマダラは口寄せの印を結び、地に掌を着ける。煙と共に現れたのは、注連縄が巻かれた、大きな石。

 マダラは片手印を結び、その石に触れる。すると九尾の身体が、その石の中へと吸い込まれていった。そしてさらにマダラが印を結ぶと、その石は小石ほどの大きさに縮んだ。マダラはそれを指先で拾うと、懐へと仕舞う。

 

「……お前か。直接、会ってみたいと思っていた」

 

 九尾を消したマダラが、ゆっくりと、放り投げたナルトの方へと体を向ける。

 そこにいる女は、マダラにとって、色々と思うところのある女だった。 

 畳間(イズナ)こちら(マダラ)側へと引き込もうとした際に、最後の最後で邪魔をしてくれた女鳥。こつこつと溜めて来た畳間の中の憎しみをその身で受け止め、木ノ葉へと引きずり戻した女狐。

 

「―――うちはアカリ。今生における、イズナの妻よ。弟が世話になったな」

 

「マダラ……」

 

 ナルトの傍にしゃがみ込むのは―――アカリだった。

 アカリは影分身の術を使う。分身はナルトの身体を抱えると、遠くへと走り出す。

 マダラは訝し気に目を細めた。

 

「……何をする気かは知らんが、その抜け殻を持って行ったところで無駄だ。尾獣を抜かれた人柱力は、どうあがいても死ぬ」

 

「……」

 

 アカリは鋭い意思で、マダラの気配を捉える。

 その瞳には金の輪。手には巨大な棍。

 しかしマダラは詰まらなさそうに、腕を組んだ。

 

「お前も仙術か。まるで仙術のバーゲンセールだな。……それで? なんの用だ? まさか、お前如き女が、オレを倒すとでもいうつもりではあるまい」

 

「……」

 

 倒せる気など、しない。ただアカリは、ナルトを連れ出し、そして皆が逃げる時を稼ぐために来た。それが―――火影の妻の、役割だと思ったからだ。幼い子たちを残すことは身を切られるように辛いが、それでも。きっと、ここで止めないと、マダラは皆を追ってくる。同じ一族のよしみか―――アカリはそれを確信していた。

 

「曲がりなりにも、同じ一族。そして、弟の妻だ。お前にも、チャンスをやろう」

 

「―――いらぬ。我が魂は、五代目火影―――千手畳間と共にある」

 

 マダラの誘いを、アカリは斬って捨てた。

 マダラは片眉をあげ、楽しげに笑う。

 

「ふむ……。では、こうしよう。お前の屍を以て―――イズナの心を開かせる(・・・・)

 

 マダラが駆けだした。

 アカリは棍を振るい、マダラの拳をいなす。そして器用に棍を回転させ、反対側の先でマダラへと強襲を仕掛ける。

 マダラはそれを避けたが、しかしアカリはさらに棍を回転させ、さらに追撃を仕掛けた。

 まるで舞踏のような動きは―――。

 

「遅い。そして―――弱い」

 

 マダラがアカリの腹に蹴りを放った。

 アカリは棍でマダラの蹴りを防御するが―――棍の上からの衝撃があまりにも重く、アカリは耐えられず、後方へと吹き飛ばされた。

 直後―――アカリは隣に感じた気配に寒気を感じ、さらに後方へと飛び下がる。

 

「……」

 

 マダラは静かに瞳を細めた。

 アカリはさらに跳躍。何かから逃げるように、飛び回った。

 

「……貴様、視えて(・・・)いるのか?」

 

 アカリは答えず、宙へ棍を振るった。

 アカリの棍が何もない場所で、しかし何かにぶつかって、空中で止まる。

 

「……偶然ではないな。驚いたぞ。まさか、輪墓の世界を感知できる者が、オレ以外にいるとは」

 

「……輪墓」

 

 それは、アカリが開眼し、光を失うまで使用していた、万華鏡写輪眼の能力だった。

 アカリはマダラの言葉に、マダラの輪廻眼―――その固有瞳術の存在に気づく。

 ゆえにアカリは、自らの目的を切り替える。ここでマダラの足止めは必要だ。だが、手に入れた情報は、値千金のもの。秘されていたマダラの瞳術―――その情報は、必ず皆に届けなければならないものだ。そしてそれは、輪墓を感知出来る、アカリの『眼』も同じ。

 マダラ本体には劣るようだが、しかし強大な力を持つ分身が、輪墓の世界に存在している。マダラを倒すには、この分身を始末し、本体へ攻撃を届かせなければならない。マダラの打倒には、アカリの万華鏡が必要だ。

 アカリは影分身を生み出し、それを逃がそうとするが―――。

 

「逃がすと思うか?」

 

 マダラの放った黒棒に貫かれ、影分身が消滅する。

 

「く―――っ」

 

 アカリが歯噛みする。撤退をしたいが、出来ない。

 後方周囲を輪墓に巣食う分身に囲まれた。前方にはマダラの本体。

 

「―――我が夢のために死ね」

 

 マダラの分身達が駆けだした。

 アカリは須佐能乎を展開。周囲の分身を須佐能乎で止めようとするが、しかしすり抜けられる。

 攻撃の瞬間、輪墓の分身はこの世界に干渉するために不可視のまま実体化する。逆を言えば、それ以外は、触れることも出来ない。そしてアカリ以外には、それを知る術はない。益々、アカリの眼は残さねばならず―――そしてマダラが、それを許すはずが無い。

 アカリは跳躍し、マダラの分身から逃れようとする。マダラ分身はアカリの動きを予測(・・)していたのか、同時に跳躍した。

 アカリは棍を振るい、マダラの分身の一体に攻撃に合わせようとするが―――棍がすり抜ける。

 

「―――ッ」

 

 アカリが瞠目する。分身の攻撃はフェイク。

 だが、それが分かっても、アカリは防御行動を取らざるを得ない。次々に襲い掛かって来る不可視の分身の攻撃を、アカリは逐一捌こうと動くが、そのすべてがすり抜ける。

 アカリは何もないところで無様(・・)に棍を振るっている。

 

「まるで下手糞な舞踏だな。これでは……」

 

 憐れみと侮蔑を込めて、マダラが笑う。

 アカリは必死に棍を振るうが、そのすべてが、やはりすり抜ける。だがもしも、すり抜けるだろうと思い、迎撃を止めれば―――その瞬間が、アカリの最期の時になる。

 凄まじい集中力を求められ、そして精神力を消耗させられる。戦い。

 

 ―――甚振っている。

 

 マダラはすぐに始末できるだろうアカリを、甚振っているのだ。

 体は温まった。戦闘の勘も取り戻した。ゆえにマダラは、瞳術の性能を、確かめている。

 

「ほら、踊れ踊れ」

 

 徐々に削られていくスタミナに、アカリの肩が上がり出し、呼吸は荒れていく。

 マダラはそれを、見世物かの様に楽し気に見つめている。

 

「―――時間切れか。使用限界がある、と」

 

 しばらくの時が流れた後―――突如、アカリの周囲から気配が消え、マダラが呟いた。

 大粒の汗を流し、荒い呼吸を繰り返しながら、アカリは棍を支えに、ようやくと言った様子で立っている。

 

「……飽きた」

 

 マダラが詰まらなさそうに呟く。

 

「だが……ただ殺すだけではつまらない」

 

 そしてマダラは背を向けて、歩き出した。

 アカリは困惑する。逃げていいのだろうか。見逃してくれるのだろうか。

 アカリの困惑を感じ取ったのか―――マダラは背中越しに振り向いて、言った。

 

「少しだけ猶予を与えてやる」

 

 その言葉がマダラから放たれるよりも早く、アカリは駆けだしていた。

 それが気まぐれか、嘘かは定かでは無かったが―――それでも、背を向けたという絶好の機会を、アカリが逃すわけがない。

 

「……」

 

 マダラは誰もいなくなった場所を見て、少しだけ沈黙する。

 

「……したたかな女だ」

 

 そしてマダラはうっすらと笑う。

 

「だが―――ただで逃がすとは言っていない」

 

 駆けだしたマダラが、駆けながら反転。地に足の裏をつけ、滑りながらその摩擦によって自分の動きを止めながら―――掌を合わせ、目を閉じた。

 

「イズナの力。柱間の力。それを以て―――木ノ葉を潰す。―――木ノ葉崩し、ここに至れり」

 

 ―――仙法 木遁・真数千手。

 

 崩壊した木ノ葉隠れの里に、千の手を背負いし巨大な木像が出現した。

 逃げ出した者を追い、この術で叩き潰す―――追いつくまでの時こそが、マダラの与えた『猶予』。

 

 逃げなかった者達―――里と運命を共にすることを選んだ者達は、一瞬その姿に希望を見た。初代が、五代目が、マダラを打倒さんと戻って来てくれたのではないかと。

 だが、彼らはその正面を、視たことが無かった。いつだって彼らは、千の手を背負う、その背中を見続けて来たからだ。

 だが今、その千の手は―――敵を砕き、家族を守って来た千の手は今、木ノ葉隠れの里へと向けられている。

 

 その絶望は、どれほどのものか。里に残った者たちは皆、たった二人の例外を除いて(・・・・・・・・・・・・)、一様にその場に座り込んだ。そして、木ノ葉隠れの終わりに、静かに涙を流した。

 マダラは真数千手の頭の上で、火影岩を見つめる。そして、言った。

 

「柱間よ。これが―――お前の夢の終焉だ」

 

 ―――頂上化物。

 

 動き出した千の手。その動き始めはゆっくりとしたもの。敢えてゆっくりと動かしているのだ。柱間の夢であり、そしてかつて自分が携わった『失敗した夢』の終わりと、新たな夢の誕生を、噛みしめるために。

 

 ―――仙法・明神門。

 

「―――なに……っ?」

 

 突如、上空からいくつもの巨大な『鳥居』が降り注ぎ、真数千手を絡め取り、その動きを止めた。

 

「これは柱間の―――」

 

 真数千手の上で、人ほどの大きさにまで縮まったいくつもの鳥居に縫い付けられたマダラが、地上を見渡した。

 その輪廻眼で、チャクラを探る。

 

「あの老いぼれどもか」

 

 マダラの瞳が―――この柱間の封印術を放った術者を見つけ出す。

 

 ―――うたたねコハル。水戸門ホムラ。

 

 木ノ葉隠れの相談役、二名。かつて二代目火影精鋭隊として畳間の先を歩いていた者。そして畳間が火影になった後は、畳間の後ろで―――反骨を装いながら、不穏分子を束ね、管理していた(・・・・・・)者だった。

 

 二人が里に残ると言ったのは、ただ老いぼれた頭で出した結論ではない。柱間や扉間から聞いていた、うちはマダラという人物像―――。二人は、マダラが必ず里の者達に絶望を与えるだろうということを予測し、里を守るため(・・・・・・)に――――その要たる民を守るために、ここに残ったのだ。

 

 二人は互いの片手で結んだ印を震わせている。

 脱出しようとしているマダラと真数千手を縛る封印術を維持するのには、凄まじい力と、意思が必要だった。

 二人は静かに、呟く。

 

「ここで老いた我らが生き残ろうと―――」

 

「―――なにが変わるわけでもない」

 

 二人の鼻から、静かに血が流れ落ちる。

 震える体―――それでも、二人は印を離しはしなかった。

 

「ならばこの命―――」

 

「―――木ノ葉のために捧げよう」

 

 二人の瞳から、血の涙が零れ落ちる。

 

「二代目様の精鋭部隊は―――」

 

「―――もはや我らを残すのみとなった」

 

 秋道トリフ。うちはカガミ。猿飛ヒルゼン。志村ダンゾウ。水戸門ホムラ。うたたねコハル。そして―――千手畳間。

 

 盟友は遥か昔に先に逝き、後輩は今、里を守るために散った。

 

「ならばこそ―――」

 

「―――今こそが」

 

「「我らの―――ッ!! いずれ来たるその時ぞ!!」」

 

「老いぼれが……」

 

 老人二人の、しかし老人とは思えないほどの激しい抵抗に、マダラが鬱陶し気に呟く。

 

「しかし解せんな……。あの老いぼれ共に、これだけの仙術を操る力があるとは、到底思えんが……」

 

 マダラには分かるまい。

 これこそが、意思の力。里を想う、初代より受け継がれし火の意志の力。

 畳間が掘り起こした、初代火影の遺産。仙術を用いたこの術は、全快に近い畳間と―――そして、相談役二名が命を賭してのみ使えるもの。

 

 そして、相談役達が今使っている仙術チャクラは―――かつてカガミが使った、己の身体を捨て、その魂を自然界に還し、自然エネルギーと同化する、究極のチャクラ活性術を使用したが故のもの。

 その術を開発したのは千手扉間であり―――そのきっかけを作ったのは。ある一人の、少女だった。己の精神を封印術式へと変え、他者の精神と同化し封じ込める、ある少女の作った禁術。

 扉間はこれを仙術チャクラ、自然エネルギーの同化へと活用することを考えて、この術を生み出した。

 

 今、マダラを封じ込めているのは、相談役二名のみの力ではない。

 里を想う心。今は亡き者達の想いが―――うちはマダラを、この場所へと縫い付ける。

 

「……仕方ない。少しばかり、待つとするか……」

 

 強固な封印をこじ開けるには骨が折れると判断したマダラは、大人しく明神門が解けるのを待つことにした。

 

 ―――やがて。相談役の二人が静かに倒れ伏し、消えていく明神門と共に、マダラと真数千手が解き放たれる。

 

「―――興が削がれた」

 

 真数千手を消したマダラが、地面へと降り立った。

 逃げる時は、充分に稼がれた。もはや老人しか残っていない里を蹂躙したところで、意味はない。

 

「それに、思ったよりもチャクラを使った」

 

 高揚した精神、その勢いのまま使った真数千手は、思った以上にマダラのチャクラを消費した。少しだけ、回復の時間が必要だとマダラは感じたのである。

 静まり返った里に、マダラは静かに背を向けた。

 

 

 

 

 

 

「―――アカリさん!! ナルト!!」

 

 ナルトを背負って駆けて来たアカリを見て、イルカが声を張った。

 それに気づいた孤児院の者達が、アカリへと駆け寄って来る。

 

「―――え? ナルト、これ……死……」

 

 アカリに背負われたナルトは、顔を青ざめさせ、浅い呼吸を繰り返している。

 それを見て、香憐は震える声を漏らす。アカリがナルトを助けに残ったことを知っていた香憐を含めた孤児院の者達は、ナルトが無事に帰って来るものだと思っていた。

 アカリならきっと、それが出来るとも思っていた。だが、そうではなかった。ナルトは瀕死の状態で、アカリも外見はぼろぼろだった。

 

「アカリさん。これ、ナルト……」

 

「まだだ」

 

 ナルトを地面に横たえながら、アカリは言った。

 香憐がナルトに自らの腕を噛ませようとするが、「無駄だ」とアカリは止める。その程度の回復で生きながらえられるなら、純血のうずまき一族であったクシナが死ぬはずもないし、その血を引くナルトが今のような状態になっているはずが無い。

 

「次郎坊、多由也、左近右近、鬼童丸。頼む」

 

 アカリが五人の名を呼んだ。

 アカリに呼ばれた五人は、その意図を察し、ナルトとアカリを囲むように散開した。

 アカリは懐から巻物を取り出した。体に付着した自らの血液を拭い取ると巻物に記された術式の真ん中にその血を塗りつけて、印を結ぶ。

 

「―――口寄せの術」

 

 アカリが呼び出したのは、注連縄の巻かれた、人一人入りそうな桶。

 アカリはその蓋を外し、その中にナルトを入れる。

 そしてアカリがその場から離れ―――五人衆が印を結んだ。

 

 突如として黒い煙が巻き上がる。

 五人衆は手を振り下ろした。黒い煙は、五人衆の腕の動きに合わせて、ナルトの入れられた桶の中へと、吸い込まれるように消えていく。

 桶の中が黒い何かで満たされ、ナルトの身体が見えなくなる。

 同時に、左近が懐から『封』の字が書かれた―――しかし、点が書かれていない―――札を数枚取り出した。そして、自らの指を噛み、流れ出した血で『封』の字の最後の点を書き込み、ナルトの入っている桶へと張り付ける。

 

「―――封黒法印!! ……出来ました、アカリさん」

 

「……ありがとう。その場しのぎだが……。これで少しの猶予が出来た」   

 

 桶の中の者を仮死状態にして、その時を止める封印術。ナルトの死を幾ばくか遅らせることが出来るはずだ。

 尾獣が抜かれたナルトを生きながらせる方法―――。いくつかあるが、どれも現実的ではない。今すぐに出来る方法が一つだけあるが、それは―――アカリの死を意味する。

 ナルトのためだ。死に怯えるアカリではないが、今はまだ死ぬわけにはいかない。

 

 俯いたアカリは、ゆっくりと、里の方角を振り返った。

 

(畳間。私の夫。私の、大好きな人……)

 

 ―――だいたいのことは千手が悪い!!

 

 ―――オレは千手畳間。うちはと千手ってことで思うところもあるかもしれないけど、オレはそういうの気にしてないから。これからよろしくな。

 

 長い時を、共に過ごした。長い年月を共に生きた。たくさんぶつかり合って、夫婦となった。二人は言わば、運命共同体(・・・・・)

 

 ―――畳間。私も、すぐに逝くから。

 

「行こう、みんな」

 

 前を向いたアカリは、もう、涙は流さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「―――ゼツ」

 

「―――ここに」

 

 木ノ葉を立ったマダラは、ゆっくりと歩きながら、ゼツを呼んだ。

 時を置かず、地面からゼツが姿を現した。

 

「畜生どもは、どれほど集まっている?」

 

「……一尾も」

 

 言葉を濁したゼツに、マダラは小首を傾げる。

 

「なんだ、一尾だけか?」

 

「いえ……。申し訳ありません。一尾すら、集められていません」

 

「なんだと……?」

 

 ゼツの心底申し訳なさそうな様子に、マダラは怒るのを通り越して、呆れ果てた様子である。

 マダラはため息を吐いて、いや、と首を振った。

 

「これも一興、か。『本当の夢』へ行くまでの……。……ゼツ。一尾は未だ、砂隠れか?」

 

「はい。現風影の息子―――我愛羅、と言う忍びが、今代の一尾の人柱力です」

 

「そうか」

 

 そう呟いたマダラが向いたのは―――砂隠れの方角。

 

「では……まずは砂だ。一尾を捕える」

 

 ―――待っていろ。畜生ども(・・・・)

 

 目前に迫る夢の実現―――マダラは壮絶な笑みを浮かべ、砂隠れへと歩み出した。

 


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