綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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そらそうなるわ……


木ノ葉隠れの動乱編
それぞれの『役割』


 その日は、とても静かな夜だった。

 風はなく、雲も無い。輝く星々は瞬き、里を照らす月光の美しさは、季節外れの月見へと幾人かの里の者達を誘った。

 

 

 

 

 

 

 畳間によって霧隠れ解放戦争より強制送還を受けたナルトは、気づけば、孤児院の庭にぽつんと一人、立っていた。

 直前に呼びかけた義父への声は、孤児院の庭に響き、畳間が受け取ることは無かったのだ。

 ナルトは激しい羞恥と、怒りの感情を抱いた。

 

「―――いかねェと……」

 

「なぅとだ!」

 

「なぅとだ!」

 

「あ……」

 

 すぐにでも霧隠れの里へ戻ろうとしたナルトに駆け寄ってくる、二つ小さな人影。ナルトの義弟妹の、千手鏡間と千手心乃であった。

 無邪気に駆け寄ってくる二人を無下にも出来ず、ナルトはゆっくりと姿勢を元に戻した。

 足元に駆け寄って来た二人が、ナルトを見上げ、笑顔を向けた。

 

「「おかえり! にんむは終わったの?」」

 

 異口同音の声が少しおかしくて、ナルトは笑わずとも、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 

「いや……。まだだ。すぐに、もどらねーと」

 

「「えー……。なうとってば、へんなかお!!」」

 

「変って……これは仙人モードっつって―――」

 

「「それが!? わー、かっこいい!!」」

 

「なんだってばよ、それ……。今、変って、言ったばっかじゃねーか……」

 

「「言ってなーい」」

 

 ナルトが旅に出ている間に産まれ、共に過ごした時間は短い。だというのにこの双子は、ナルトに多大な信愛を寄せている。ナルトが不在にしている間、孤児院の者達から、ナルトの話を聞かされて育ったのだろう。 

 人懐っこく、また好奇心旺盛なこの双子は、『修業の旅に出ている義兄』というワードに、幼いロマンを擽られたようである。無邪気ゆえの遠慮のなさでナルトに纏わりつく双子は、ナルトに旅の話をしつこくせがんだ。

 ナルトは、もともと孤児院の最年少組である。自分より年下の者から尊敬の念を向けられるという機会に、あまり恵まれて来なかったがゆえに、ナルトは向けられる二組の煌めく眼差しに自尊心が擽られ、ナルトもまたこの双子をよく可愛がった。

 かつて自分が義兄姉や義両親に、そうされていたように。

 

「……」

 

 ナルトが厳しい表情で俯いた。

 霧隠れに戻りたいと、心が叫んでいる。だが力の抜けた体が、この場から動きたがらなかった。

 

「「どうしたの……?」」

 

 ナルトの表情を見た双子は、心配そうに顔を歪める。多感な子供。そして―――。

 

(こいつら、仙術チャクラ練れんのか……。すげーな……)

 

 僅かだが―――息をするように仙術チャクラを纏っている双子に、ナルトが息を呑む。自分が習得するのに、半年もの時間を要したそれを、この子たちは既に会得している。

 

 ―――ナルトの思考は、ナルト自身が気づかぬ間に、怒りから逸らされた。

 

「―――ナルト!!」

 

 どたどたと騒がしい足音がしたと思ったら、扉が蹴破られた。血相を変えて家から飛び出て来て、ナルトの名を叫んだのは―――アカリだった。

 

「ねえちゃん……」

 

 力の無いナルトの声。既に仙人モードの維持は出来なくなっていた。

 アカリはナルトの弱り切った様子に、泣きそうに表情を歪めて、ナルトへと駆け寄っていく。

 

「どうした、急に!! どこか怪我をしたのか!? それで畳間が送り返して来たんだろう! 見せてみろ! ああ、すぐに医者を呼ばなくては―――」

 

「ちょ、大丈夫だってばよ!! やめてー!」

 

 ナルトの服をはぎ取って、ボディチェックをしようとするアカリの手を、ナルトは握って己の身を守った。

 本当に大丈夫だから、と強く念を押すナルトに、アカリは渋々手を退いて、「ではなぜ?」とナルトがここにいる理由を尋ねる。

 ナルトが再び俯く。その様子を見たアカリは、これはただごとではないと察し、双子に席を外すように伝える。「えー」と可愛らしく渋る双子を優しく窘めたアカリは、双子の背を優しく押して、さらにそれを促す。

 渋々離れていく双子を見送って、アカリはナルトに向き直った。

 意気消沈と言った様子のナルトだが、しかしその身から滲み出るのは、怒りのチャクラだ。

 

「……ナルト。おいで。暖かい飲み物をいれてやるから、少し話そう」

 

 ナルトは、そう言って離れていく行くアカリの背を見つめ、逡巡した後、ゆっくりとその背に続いた。

 

 

 

 

 孤児院の食堂。その廊下側の扉には、「入室禁止」と張り紙が貼られている。

 アカリは暖かいココアを入れて、椅子に座るナルトの前に置いた。

 

 ことり、と食器と机が音を立て、ナルトの鼻孔を、柔らかな甘い匂いが擽った。

 ごとり、と椅子と床が音を立てた。アカリは、テーブルを挟み、ナルトの前の席に座る。

 

「それで、どうしたんだ? 霧隠れで何があった?」

 

「……」  

 

 俯いて口を開かないナルトの金髪を、アカリはじっと見つめる。

 しばらく、沈黙の時が流れ―――ココアから揺らめき立つ湯気が見えなくなったころ、ぽつりと、ナルトが話し始めた。

 

 ―――おっちゃんがオレを里に戻したんだってばよ。

 

 最初の一言は、弱弱しい、か細い声だった。

 そうだろうな、とアカリは内心で思う。でなければ、霧隠れにいたはずのナルトが、孤児院の庭―――畳間がマーキングをつけてある場所に、一人で佇んでなどいないだろう。

 しかしアカリはそれを口にせず、沈黙を以てナルトに話の続きを促した。

 

 ぽつり、ぽつりと話を重ねるナルトは―――話している最中に、『そのとき』のことを思い出したのか、弱っていた『炎』を再燃させ始めた。ナルトが紡ぐ言葉は熱を帯び、声量は徐々にあがっていく。やがてナルトの中の憎しみ、怒りという名の炎は激しさを増し、凄まじく燃え盛った。

 

 ―――再不斬のおっちゃんが殺されたんだ!! なんでだよ! 殺されていい人じゃねーだろ!? そうだろ!! なんで、なんでだよ!! オレだって戦えるんだ!! 仇を討たねーと!! 白が可哀そうだろ!! あいつらは、ぜってェ許せねェんだ!! 許しちゃいけねェやつらなんだ!! おっちゃんは分かってねェ!! あいつらは、殺さねェとなんねーんだ!!

 

(これは……) 

 

 見えない瞳。だからこそ伝わってくるナルトのチャクラは、怒りと哀しみに満ち溢れ、憎悪が吹き荒れていた。

 荒れるナルトの心を感じ、痛ましげに表情を歪めたアカリ。しかし次の瞬間には、きっ、と表情を据えて、ナルトの頬を須佐能乎の手で叩いた。

 

「イ゛ッで゛ェーーー!!」

 

 ただのビンタではない。須佐能乎のビンタである。

 ナルトはたまらず吹っ飛ばされ、椅子が転がる騒音が食堂に響いた。

 

 吹き飛ばされたナルトは、白黒させている瞳を涙で潤ませて、痛みに絶叫をあげる。

 ずきんこずきんこ、とナルトの頬に激痛が走る。ナルトはしな垂れた姿勢で、赤く腫れあがっているだろう頬を、掌で押さえた。

 

「あ、すまん……。大丈夫か?」

 

 アカリが謝罪した。テーブル越しでは少し離れ過ぎ、手が届かなかったので須佐能乎で射程を伸ばしたのだが、思ったよりも威力が出過ぎたようである。

 

「大丈夫じゃねーってばよ! いきなり! なにすんだってばよ姉ちゃん!! ひでーってばよ! ひでーってばよ!!」

 

 叫ぶナルトの頬を、一粒、二粒と涙が伝う。

 サクラのあれ(・・)は、やっぱり姉ちゃん達譲りなんだ、と霧隠れを崩壊に追い込んだサクラの一撃を思い出し、ナルトは震えあがった。

 アカリは内心で非常に申し訳ないと思いながら、きっ、と表情を引き締める。

 

「……頭は冷えたか?」

 

 とことこと、テーブルを回って近づいてきたアカリは、ナルトの傍でしゃがみ込んで、声を掛けた。

 

「ほっぺたはすげー熱いってばよ」

 

「……頭は冷えたようだな」

 

「台無しだってばよ、ねえちゃん……」

 

 ナルトは恨みがまし気な表情を浮かべ、ナルトは立ち上がった。しかし少しだけ、ナルトは鼻を鳴らして笑った。

 

「ナルト。たいへんだったな。よく頑張った。再不斬、という忍びのことはとても残念なことだが―――それが、戦争というものだ。お前が『行きたい』と願った場所は、そういう場所なんだ。まずはそれを、理解しなさい」

 

「……だからって、殺されていいはず、ねェってばよ」

 

 アカリの言葉に、力なく返すナルトに、アカリは強く頷いた。

 

「その通りだ。故郷を取り戻すために、必死に戦って来た忍びが、暁などという犯罪者集団に、殺されて良いはずが無い。暁は確かに、許せない。ナルト、お前は間違ってない」

 

「だったら―――」

 

お前が(・・・)、仇を討つのか?」

 

「え?」

 

 アカリの問いの意味が分からず、ナルトは目を瞬かせた。

 

「再不斬が殺され、怒る気持ちはわかる。友達を傷つけられて、深い哀しみを抱いたことも分かる。だが、お前に(・・・)討てたのか? 仇を」

 

「……それは」

 

 角都は、強かった。ナルトの仙術をも上回る、圧倒的な力。ナルトを遥かに上回る戦闘経験と、技術。勝てるビジョンは、浮かばなかった。

 アカリは、静かに続けた。

 

「確実に勝てるなら、まだよかった。そうであれば畳間も、無理やりお前を木ノ葉に送り返すことは無かっただろう。だがお前は、勝てない戦いを仕掛けようとした。場合によって、その決断と勇気は必要になるものだろう。死を厭わず戦いを挑む―――だがそれは、何か……大切なものを守るときであるべきだ。再不斬が殺され、激高したお前は、何のために角都に戦いを挑もうとしたんだ?」

 

「それは……」

 

「お前がやろうとしたことは、白のための奮起でも、再不斬の弔いでもない。―――憂さ晴らしだ」

 

「ち、ちが―――」

 

「……ナルト。お前は優しい子だ。人の痛みに寄り添える子だ。私はお前を愛しているし、とても誇りに思っているよ」

 

 アカリはナルトを、この子供を愛している。だからこそ―――言わなければならない。

 

「だがな、ナルト。怒りの理由に、他者(ひと)を使ってはダメなんだ。自分の怒り(・・・・・)に、呑み込まれてはいけないんだ」

 

「―――それは……」 

 

 ナルトは俯いて、泣き出しそうな迷子の様に、か細い声で呟いた。

 

「……怒るなって、言うのかよ」

 

 そして、小さく続ける。

 

「……怒っちゃダメってことなのか……? あんな、ことをされて……そんなの……できるわけねーってばよ……」

 

「いや、違うが」

 

 ナルトの苦悩を、アカリは小さく首を振って否定する。

 

「別に怒って良いぞ。怒ることは、悪いことじゃない。憎しみだってそうだ。心を持つ人間なら、当然、誰もが抱くものだ。仏じゃあるまいし、怒らないなんて無理だろう。私なんて、しょっちゅう怒ってる」

 

 確かに、とナルトが内心で頷いた。

 

「ナルト。大切なのはな……『自分は今怒っている』、と自覚する(知る)ことだ」

 

 アカリの言葉に、ナルトが困惑を表情に浮かべる。ナルトの心を肯定するようなアカリの言葉に、ナルトは何を言いたいのか、分からなくなったのだ。

 アカリは構わず、ゆっくりと続ける。

 

「繰り返すが……。仲間を殺され、挑発され―――怒りを、憎しみを抱いてしまった。それは仕方がないことだ。その仇を討ちたいと思うのは、当然のことだ。もしも―――私や、お前をここに送り返した畳間が同じ状況に陥ったとしても、きっと……、ナルト、お前と同じことを思うだろう。こいつは許せない、殺さなければ―――と。だから、別にお前がおかしいという訳じゃない。お前の行動は、別に、普通のことだ」

 

「だったら……」

 

「だが―――」

 

 そう口にし、言葉を続けようとしたナルトの言葉を遮る様に、アカリはナルトの瞳を強く見つめて、言った。

 

「―――私たちは、忍びだ」

 

 ナルトが、息を呑んだ。

 

「話を聞けば―――お前は、暁の討伐を任されていた。霧隠れ解放戦争における、中核に担う存在だったはずだ。そして……カカシの抜けた第七班の、小隊長を引き継いだ身である以上、普通(・・)では、許されない立場にいた。……ナルト。お前が取るべきだった行動は、仇討ちじゃない。『撤退』だ」

 

 圧倒的な戦力差。ナルトはそれを感じ取っていた。まず勝ち目は無い。それを把握したのなら、小隊長であったナルトがすべきは、残された仲間を守り、生き残らせること。そして、角都の情報を作戦本部へと届けることだ。

 

「仲間が殺されて、友を傷つけられて、怒りと憎しみを抱くことは分かる。だが、それに呑まれてはいけなかった。芽生えた怒りと憎しみを自覚し(己を見つめ)それに囚われず、為すべきことを為す(冷静に己を知る)―――それが出来ていなかったから、お前は里に戻されたんだ」

 

 角都は、討たなければならない。

 それは正しい。ナルトの言うことは、尤もなことだ。

 角都は生かしていてはならない『敵』である。

 ゆえにナルトが誤ったのは、自分が(・・・)それをやろうとしたことだ。

 無謀。勝率が皆無の強敵。

 ナルトが角都の脅威を認め、『討つべき敵』であると考えたならば―――確実に討てるときを待つべきだった。

 ナルトは、悔恨に耐えて撤退し(敗北を認め)、角都の情報を持ち帰り、里に討伐隊を要請し、火影や忍頭の参戦を待って、確実に角都を討ち取るように動くべきだった。

 

「とても……難しいことだ。だがナルト……それがお前の、『役割』だった。お前こそが、その『役割』を、果たさねばならなかった」

 

 白の痛みを思うなら、ナルト自身はそれを耐え忍び、白の思いを―――今アカリがしているように、受け止めてやるべきだった。一番つらいのは、白なのだから。

 

「オレは……」

 

 ナルトの中の怒りが、徐々に沈下していく。

 角都への、そして理不尽への怒りは、未だ燻ったままだ。しかし、アカリは、それ自体は否定していない。

 アカリの夫である畳間も、己の中の憎しみと怒りは消しきれず、しかしそれを以て「この痛みを繰り返してはならない」、と『夢の先』へ挑む決断を下したのだ。

 アカリとて同じだ。かつて、兄を失ったときに抱いた哀しみと憎悪は、巨大なものだった。だからこそアカリは、『これ以上大切な人を失いたくない』、『大切な人を守る』ための力を求め、三代目火影の下を訪ねた。

 怒りも憎しみも、生きる原動力となる。大切なのは、振り回されないことだ。

 

「……」

 

 俯くナルトは、落ち込んでいるのか、何かを考えているのか―――あるいはその両方か。

 そんなナルトの気配を感じ、アカリは過去へと思いを馳せる。その胸中に過るのは―――遠い昔に過ぎ去った日の、しかし忘れ得ぬ、いつか(・・・)の思い出。それが何かは、アカリにしか、分からない。

 そしてアカリは、俯いているナルトの頭を、くしゃくしゃと撫で回す。

 

「ナルト。焦らず、じっくりと考えろ。だが、今だけは、ゆっくりと休め。戦争というのは、思っている以上に疲弊するもの。霧のことは、畳間に任せておけ。必ず、霧隠れは解放される。それに―――わざわざ出しゃばったんだ。これで不甲斐ない結果だったら、私があいつに説教してやる」

 

 そして、アカリは力強く続けた。

 

「うずまきナルト!! 強くなれ! 心も、体も! お前の仲間を想う優しさは、いずれお前を『先』へと導く『光』になる!! 私が保証する!! 今はまだ、それが『弱さ』であったとしても―――へこたれるな!! お前は私達と、ミナト達の、自慢の愛息子なんだからな!!! 頑張れ、少年!! お前の進む先は、輝いているぞ!!」

 

「ねえちゃん……。ガイの兄ちゃんみたいなこと言っちゃって……って、もう! オレってばもうガキじゃねーんだから!!」

 

 ぐしゃぐしゃ、と頭を掻きまわし続けるアカリに嫌気がさしたのか、ナルトはアカリの腕を払い除けた。

 

「……」

 

 ナルトは唇を尖らせて、崩れた己の髪を片手で整える。

 黙するナルトの中には、未だ角都たち暁への怒りはある。

 だが、まずは自分の不甲斐なさを、(かんが)みるべきだと、ナルトは少しだけ、思考を切り替えた。

 そんなナルトを、アカリは優しく見守る。

 

(……焦るな、ナルト。お前はまだ若い)

 

 当時のアカリや畳間は、もっと酷かったのだ。それを想えば、アカリの言葉だけで己を取り戻せたナルトは、非常に優秀な部類だろう。

 それに―――これを言えばナルトは傷つくだろうが―――やはり、戦争に参加させるには、早かった。アカリたちが参戦した当時の戦争とは違い、ナルトたちは本来、参加する必要は無かった。本人の希望だったとしても、憎まれるのを覚悟で、止めて然るべきだった。子供にこんな苦悩をさせてしまった―――ナルトの現在の器を見誤った、畳間のミスだ。

 アカリは、そう思っている。

 ナルトの意志を尊重し、その成長を信じ、送り出した畳間。

 敢えて崖に突き落とす必要は無いと、子供たちの心を憂いたアカリ。

 どちらが正しいかは、誰にも分からない。ただ―――。

 

(畳間め。帰ってきたら説教だな)

 

 ―――子供を苦悩させたという一点で、母は夫に牙を向く。

 

「……ん?」

 

 ―――がたり、と食堂の大きな二枚扉の向こうで物音がした。

 

 立ち上がったナルトは訝し気に首を傾げた。そして何かに気づいたように目を細め、ゆっくりと扉に近づいて行き―――両方の手で、二枚扉の取っ手を一つずつ掴むと、思いっきり、扉を開く。

 

「「「「わあ!」」」」

 

 孤児院の兄弟たちが、悲鳴を上げて雪崩れ込んできた。

 

「聴き耳立ててんじゃねーってばよ!! スケベ!! バカ!」

 

 ナルトが顔を赤らめて、山積みになっている兄弟たちへ怒鳴り散らした。

 

「うっせー! 帰って来てんなら言え!!」「いや、食堂で大きな音がしたから来てみたら、香憐が聞き耳を立てていてね……(責任転嫁)」「余計なこと言うんじゃねー!!」「シスイはどこだ? まだ帰ってない? そう……」「たいへんだったな(右)」「無事でなによりだぜ(左)」「ナルトごめん。でも香憐も心配してたんだ(聞き耳の棚上げ)」「してねーし(ツンデレ)!! つか余計なこと言うんじゃねーって言ってんだろ!!」「ナルト、食堂で暴れるなよ(暴れたのはアカリ)」「腹減ったぜよ」「「おかえりなうと(二回目)!!」」「怪我してねーのか?」

 

「お前らなぁ……」

 

 次々に声を掛けて来る孤児院の兄弟たちに、ナルトは呆れた様に笑った。

 その表情には、憎しみはもう浮かんでいなかった。

 

 ―――余計なことを。

 

 ナルトの中で、九尾の獣が、アカリへ向けて、低く唸りを上げる。憎しみによる封印術の緩みは、もはや無く、チャクラの流し込みによる乗っ取りは、阻止された。

 千手アカリ。旧名・うちはアカリ。

 今のナルト以上に大暴れをして見せた、『里の問題児』の荒ぶる心を鎮め、火影にまで駆け上らせた内助の功は、伊達ではない。

 

(……)

 

 アカリが、内心で嘆息する。

 本当は、もう一段階、先の答えを伝えておきたかった。それは、もしもアカリや畳間を含め、ナルトの家族たちが害されたときのこと。残された者が、『影』を目指す者が、『その時』にどう在るべきか―――その心構えの、口伝だ。

 

(まあ……。また、時間を置いてだな……)

 

 アカリが立ち上がり、歩き出す。雪崩れ込んできた子供たちの向こう側、扉の裏に隠れているノノウのもとに、向かうのだ。

 食事を作ってやらなければならない。たくさんの。大食いの子らが、腹いっぱいになるほどの、山盛りの食事を。

 時間はたっぷりとある。今はただ、疲れて帰って来た子供たちに、たくさんのご飯を喰わせてやろう。

 

 そして―――ナルトは腹いっぱいの御飯を食べて、温かい布団に潜った。

 サスケやサクラが戦地にいて、自分だけが自宅にいることに、ナルトは申し訳なさを覚えるが―――。

 

 ―――おっちゃんが、霧隠れにいる。

 

 ならば、何の心配も無い。きっと角都を討ち、霧隠れを解放してくれる。ナルトはそう考え直す。

 だから、まずは己を見つめ、己を鍛え直し、帰って来る仲間を待とう。そして、謝ろう。おっちゃんに、サスケに、サクラに。迷惑を、心配を掛けたことを。それに、白とも話をしたい。そして、また―――。

 温もりの中で微睡むナルトは―――突如、里に響き渡ったサイレンの音に、飛び起きた。

 

 

 

 

 

 

「―――侵入者です!! 座標は○○の××。これは―――空中です!! 標的は一人!!」

 

 初めに異変に気付いたのは、感知結界を担当する山中一族の者だった。

 感知水球の揺らめきが、木ノ葉隠れの里への侵入者を知らしめる。

 

「空中!?」 

 

 近くの机でカードゲームに勤しんでいた夜勤者たちは、椅子を吹き飛ばしながら立ち上がり、散開する。

 

 ―――夜も更けた頃。一人空を眺め、酒とつまみに舌鼓を打っていた壮年の男は、月の中にある小さな陰に気づいた。

 徐々に近づいて来るその影に、なんだろうかと目を凝らし、それが人だと気づいたとき―――突如、煙と共に、巨大なムカデが現れた。

 ムカデの身体は周囲の家々を薙ぎ払い、粉砕しながら、男の上と落ちて来る。その様子がやけにゆっくりと流れていく。

 

 あ、と小さく意味のない零し―――男の姿はムカデの下へと消えた。

 

 ―――警報が、大きく鳴り響く。

 

 眠っていた者達が、その音に叩き起こされて、寝間着のままに飛び出した。その警報を、里の者達はよく知っていた。終戦後、五代目火影の就任以後、月に一度行われて来た、『避難訓練』のサイレン。里に緊急事態が起きた際に、地下の避難所へと逃げ込むように促す、有事の合図。

 人々は皆、培ってきた訓練を思い出し、動ける者は皆―――家族がいる者は家族を連れて、駆けだした。

 

 しかし、巨大な怪物たちの数が増え、避難民の行く手を遮った。

 犬の怪物、増殖したムカデの化け物、巨大な怪鳥。建物は崩壊し、人々は降り注ぐ瓦礫の雨から悲鳴を上げて逃げ惑った。

 怪我をして動けない者や、足が竦んで身動きの取れない者、そしてそういった状態にある家族を見捨てられず、逃げることの出来ない者もいる。

 その襲撃が夜だったことも災いした。ほとんどの者が自宅で入眠していた時間帯―――里の火急を知ることなく、倒壊する家屋に巻き込まれた者も多かった。そして、運よく逃れられた者は、がれきの下敷きになった家族を掘り出そうと、指を血に染めながら、必死に腕をかき分けた。

 

「―――散開!!」

 

 闇夜を切り裂くいくつもの疾風。闇夜を照らし、敵をあぶりだす、炎の輝き。

 空を飛ぶ怪鳥が、巨大な火の球によって撃墜される。

 

「これ以上奴らの好きにさせるな!! うちは警務隊!!」

 

「「「「―――応!!!!」」」」」

 

 里で起きた振動、倒壊する建物の轟音。

 里の最高戦力が不在の今―――まさにうちは一族は、うちは警務隊は、『里を守る最後の砦』となった。

 フガク率いるうちは一族は、騒音が鳴り響いた瞬間、情報班からの情報を待たずして、すぐさま居住地を飛び出した。

 

 フガクの怒声に、うちは一族の若者たちが共鳴する。倒壊する家々、燃え上がる炎。

 それを見た警務隊の若者たちの多くが、今この時―――写輪眼を発現した。写輪眼の発現者が減っていた今の時代―――それは僥倖であり、同時に不運でもあった。

 

「フガク様! あの犬、傷を付けると分裂します!!」

 

「では封じろ!! C班は封印班を呼べ!! D班は金縛りの術で動きを止めよ!!」

 

「フガク様! 写輪眼が効きません!! 輪廻眼です!!」

 

「―――ッ。オレが相手をする! D班はオレと交代で―――。なに―――ッ!?」

 

 怪鳥を燃やし尽くしたうちは一族は、次に巨大な犬の化け物を、その連携を以てその機動力を奪わんと足を切り飛ばした。しかし直後、その犬が分裂したことで、たまらず長へと助言を求める。

 ムカデと戦っていたフガクは、突如として感じた新たな気配に、すぐさま上へと視線を向ける。

 

「なんだ、あれは―――!? カメレオン……ッ!?」

 

 上空から凄まじい勢いで落下してくるのは、巨大なカメレオンだった。例にもれず、その瞳には輪廻眼。

 

「須佐能乎!!」

 

 その瞳に万華鏡を浮かび上がらせたフガクの身体から、紫色のチャクラが吹き出し、上半身の身の骸骨の巨人が出現する。

 フガクは、落下の勢いのままと飛び掛かって来たカメレオンを須佐能乎の両腕で押し返しながら、周囲へと眼球を動かした。

 あたりに人の気配はない。人のいなくなった、誰かの家の上へと、カメレオンを投げ飛ばす。投げ飛ばされたカメレオンの身体が、轟音と共に家を倒壊させる。

 

「―――っ! 次々と―――ッ!!」

 

 そしてフガクは再び、上空を見上げた。再び、巨大な影が迫っている。

 そして―――目も眩むような閃光が、上空から放たれた。

 

「―――」

 

 ―――光線。それを頭から浴びたうちは一族の者が、崩れ落ちる。噴き出す血の噴水が、その者の周囲を濡らす。

 

「―――ッ。厳戒!! 上空からの光線に気を付けろ!! 直撃は即死だ!!」

 

 倒れ伏す者の身体には、もはやチャクラの色は無い。フガクは若いうちはの者の戦死を歯をくいしばって耐え、長としての指令を飛ばす。 

 

「―――踏み留まれ、うちは一族!!!」

 

 フガクが雄たけびを上げる。ここから先には、進ませない。これ以上の戦火の拡大を許してはいけない。

 

「皆、合わせよ!!」

 

 フガクの号令。

 この場にいるフガクを除くうちは一族の者が、同時に火遁の印を、そして一部の者が風遁の印を結ぶ。

 

「爆風乱舞!!」

 

 統率された竜巻に、強大な火遁が混ざり合い、巨大な火の竜巻が生まれた。周りの瓦礫や木片を巻き込んで、さらに勢いを増す火炎旋風は、しかし完璧に制御され、周囲の家々に延焼することはなく、留まっている。

 

「―――結界術!! うちは火炎封陣!!」

 

 口寄せのカメレオンの尾を、フガクの須佐能乎が引きずり回し、火炎旋風へと投げ込んだ。

 パンダの身体をチャクラの刃で串刺しにして、火炎旋風へと放り込む。

 

 そして―――残っているムカデへ向けて、火炎旋風が進軍を開始する。吸い寄せる炎の暴風がムカデの身体を持ち上げて、炎の中に呑み込み、薪としてさらに燃え上がる。

 

「―――上空!!」

 

「「「「「おおおおおおおおおお!!! おおおおおおおおおお!!!」」」」」

 

 うちはの者達の雄たけびとともに、火炎旋風が地上を離れ、上空―――襲撃者の浮かぶ場所へと向かっていく。

 襲撃者はそれを冷めた目で見つめたまま、火炎旋風が近づいて来たタイミングで―――その眼を見開いた。

 

「―――痛みを知れ、とでも言おうか」

 

 ―――衝撃。

 

 火炎旋風が、何か見えない壁にぶつかり、押し返される。中で燃え盛っていた『薪』達すらも弾き飛ばされ、周囲へ飛び散った。

 

「まずい―――ッ」

 

 このままで『薪』から延焼し、木ノ葉の家々が、燃え盛ることになる。

 

「―――肉弾戦車!!」

 

 四方、巨大な人影たちが回転しながら飛び上がり、飛び散る弾き飛ばした。

 

「秋道一族の増援か!!」

 

 フガクが叫ぶ。

 空中で回転する肉弾戦車は、その身から繋がっている『影』の動きに合わせて空中で動き回り、『薪』を器用に次々に弾き飛ばしながら、一か所へと集めていく。

 

「―――水遁!」

 

 駆けつけた、木ノ葉の忍びたちが一斉に水遁の術を発動、『薪』だけでなく、建物の倒壊等で発火した火をも消し去っていく。

 

(―――フガク殿!! その地域の者達の避難は完了した!! 更に増援を送る!! 情報をくれ!!)

 

 フガクの脳内に直接届いた、声。それは、山中一族の長、いのいちのものだった。

 フガクは情報を端的に伝える。上空に浮かぶ敵。輪廻眼の存在からして、恐らくは暁の頭目・ペイン。

 使用する術は、かつてウラシキが使ったという神羅天征と、万象天引。化け物の口寄せに、未知の兵器による攻撃。そして厄介なのが、常に宙に浮き続けていること。

 

(輪廻眼……!?)

 

(いのいち、早急に五代目を呼び戻せ! 空を飛ぶシノビなど、相手に出来ん!!)

 

 フガクは怒声をあげながら、戦いへと戻った。

 目の前には、新たに呼び出された、輪廻眼を持つ巨大な口寄せ獣たちの姿。

 焼却しても焼却しても、次から次へと現れる、輪廻眼を持つ巨大な口寄せ獣たち。

 

(―――だが、九尾よりはマシだ)

 

 絶望的な戦況にあって、しかし九尾事件を経験した者の心の内は、(気絶していたフガクを除いて)皆同じようなものだった。

 しかし気になるのは、その動き。死角からの攻撃にも対処をし出した、その俊敏かつ理知的な動きだ。それはまさに、知恵のある高位の口寄せ獣のそれだ。口寄せ獣の中には、稀にそういった怪物はいる。しかし、すべての化け物たちがそうであるとは、あまりに出来過ぎている。

 

(まさか……。繋がっているのか、あの眼は)

 

 フガクが万華鏡写輪眼から血涙を流しながら、口寄せ獣の動きを見極める。一体の口寄せ獣への死角からの攻撃を見ている、もう一体の口寄せ獣。

 襲撃された口寄せ獣は、襲い掛かる木ノ葉の忍びを見もせずに、それを迎撃した。

 この推測を、フガクは速やかにいのいちへと送った。

 少しでも犠牲を少なく、少しでも早い勝利を。

 

 ―――空襲。

 

 空から、鉄の塊が落ちてきて―――何かに衝突するとともに、爆発を起こした。

 口寄せ獣の投下に、未知の兵器の空襲。次々に上空から襲い掛かる脅威を前に、地上の忍者たちは、どうすることも出来ない。

 

 誰かから放たれた火遁の術が、空を昇っていく。月光のみが降り注ぐ夜空を明るく照らし出し―――そこに、赤い髪の男が浮いているのを、皆が明確に視認する。

 羽織る外套の色は黒。浮かび上がる赤い雲の刺繍。

 

 ―――暁!!

 

 増援に駆けつけた猿飛一族が一斉に火遁を放ち、志村一族が一斉に風遁を空へと放った。混ざり合った火と風はにわかに膨れ上がり、真夜中の空に、里を照らす太陽が生み出される。

 

 ―――一瞬で、掻き消された。

 

 でたらめだ、と皆が思った。

 秋道、奈良両一族、そしてうちは一族は口寄せ獣の相手で精いっぱい。志村と猿飛の一族の攻撃は、届かない。

 

 ―――違う。

 

「インターバルがある!! 攻撃を途切れさせるな!!」

 

 フガクが叫ぶ。消しきれなかった術を避けるペインの姿を、フガクの写輪眼が視認する。

 次弾、インターバルを終えた神羅天征によって弾き返される。だが、フガクの言葉通りに、時間差による攻撃を、皆が仕掛けた。火の次は水、水の次は雷、そしてまた火へと戻る。

 襲撃者―――ペインは、空を飛び回り、それらの攻撃を回避する。

 

「そうだ! スタミナを削れ!! チャクラを使わせろ!! 地面に引きずりおろすのだ!!」

 

 須佐能乎の腕を振るい、口寄せ動物を叩きのめしながら、フガクが叫ぶ。

 うちは一族は、木ノ葉隠れの最後の砦。そして日ごろから里の平和を守る、警務組織。里の者達から向けられるその信頼は、火影に次ぐ(・・・・・・・・)

 フガクの言葉は、里の者達を、確かに奮起させた。

 

 ―――じろり、と鋭く細められた青白い瞳が、フガクを射抜く。

 

 ふわり、とフガクの身体が持ち上がる。

 何が、と困惑するよりも早く、フガクが空へ持ち上げらる速度が増していく。

 

「―――当代!!」

 

 うちは一族の若者が、悲鳴を上げる。

 フガクの身体は引力に逆らえず、暗闇の空へと吸い込まれていく。

 

 それが敵の攻撃の予兆であることを察したフガクは、己の身体が向かう方向へ、火遁の術を放った。

 ペインは手を前に差し出し―――火遁の術が消える。

 

「チャクラの吸収―――。逃げ惑っていたのは、フェイクか―――ッ!!」

 

「―――死ね」

 

 フガクの到着を待ちわびるペインは、差しだした腕から、鋭利な先端を持つ黒い棒を突きだした。

 引き寄せられるフガクの身体は、もはやフガク自身にすら、動かすことが出来ないほどの速度になっており、串刺しにされるのを待つのみとなる。

 

「うずまきナルト100連撃!!」

 

 ―――突如。 

 遠方からオレンジ色の柱が、ペイン目掛けて出現した。

 それはよく見れば、人が形作る(きざはし)。次々に現れた人影が、一人の人間を次々に上空へと放り投げているのだ。

 

「―――仙法・大玉螺旋丸!!」

 

 フガクが貫かれる直前、青白く輝くチャクラの球体が、ペインへと直撃―――寸前、神羅天征によってナルトは弾き飛ばされた。ペインに近づいていたフガクもまた、衝撃を受けて吹き飛んだ。

 しかしナルトは、空中で新たに生み出した影分身に自分の身体をフガクへ向けて投げ飛ばさせる。投げ飛ばされたナルトは、為すすべなく落ちていくフガクの身体を、空中で掴み取った。

 

「ナルト!? どうしてここに!? 帰って来たのか?! サスケは!?」

 

「おっちゃん後にしてくれってばよ!!」

 

「―――死ね」

 

 ペインはフガクとナルトを串刺しにせんと、黒棒を飛ばすため、再び手をナルトとフガクの方へと突き出し―――。

 

「―――八咫烏!」

 

 闇夜の空に、青い炎の鳥が羽ばたいたことで、そちらに体を向けさせられる。

 

「あれは―――アカリ殿か!!」

 

 驚愕するフガクを担いだまま、ナルトは新たに作り出した影分身を足場にし、落下の勢いを殺しながら、少しずつ地上へと向かって降りていく。

 青い炎の鳥が、ペインの瞳の中へと吸収されていく。だが青い鳥は、吸われていく己の身体の一部を切り離して離脱。さらに宙を舞い、ペインを威嚇し、注意を引いている。

 

「ナルト、その眼元は―――そうか、それが仙人モードか。すまん、助かった」

 

 地上に降り立ったナルトから離れたフガクが、礼を言いながら、空を睨みつける。

 

「ナルト。敵は―――」

 

「大丈夫だ。いのの父ちゃんから聞いてる」

 

 ナルトにペインのことを伝えようとしたフガクは、ナルトからそれを断られる。頭の中で、既にいのいちが指示を出していたようである。

 

「遅くなってすまねェってばよ。孤児院の弟妹を避難させんので遅れちまった。けど、駆けつけてくれたイルカ兄ちゃんに、あとを全部任せて来た。オレも、戦うってばよ」

 

 ぎらついたナルトの瞳が、空を射抜く。

 

「孤児院……では―――。いや……、皆、術を止めよ!! チャクラを吸い取られるぞ!!」

 

 チャクラの吸収について伝えなければならないと、フガクは大声を上げ、同時に頭の中でいのいちへも向けて声を荒げる。

 

(いのいち、奴はチャクラを吸収する。インターバル中の攻撃は、物理攻撃でなければ通用しない!!) 

 

(そんな―――あれほどの高度! 物理攻撃など届かない! 届いても、クナイや手裏剣です!)

 

(弱音を吐くな!! 里を守るには、やるしかない! それより、五代目はまだか!!)

 

(まだです!! 今、術式を通じて火影様へ状況の説明は行いましたが、『飛べる』ほどのチャクラを回復させるのに、いましばらく時間が掛るとのこと!! 霧隠れにいる全医療忍者を総動員して、チャクラの回復を行っているようです!! ですが、日中の傷病者の手当てで医療忍者も疲弊しており、回復が滞り―――)

 

(『決戦』のときのあれはどうした! 木遁によるチャクラの吸収だ!)

 

(それは、負傷者が多すぎて出来ない、と!!)

 

(里の火急だというのに……っ!! 霧隠れなどに構っているからこうなる!! だから反対したんだ!!)

 

(それを私に言われても……)

 

 九尾事件の際にアカリに気絶させられていたことは置いておいて、フガクは不在にしている影の不甲斐なさに、内心で苛立ちを露わにする。

 

「暁ィ……ッ!!」

 

 破壊された家々。失われた命たち。霧隠れでの再不斬の戦死。すべて、暁が原因だ。そのうえ、木ノ葉まで―――ナルトの心を、怒りが支配していく。

 里の惨状を目の当たりにしたナルトが放った声は、低く唸る獣のそれだった。開いた瞳孔、激昂の表情を以て、ナルトは上空を睨み付ける。

 その体から放たれる異様な圧と、ナルトの身体を覆うように体内から滲み出る、緋色のチャクラ。

 

(九尾のチャクラか……。……吉と出るか、凶と出るか)

 

 それを見て、フガクは眉間にしわを寄せる。

 

「ナルト。アカリ殿は……?」

 

 九尾事件の時の様に参戦してくれれば心強いと、フガクはナルトにアカリの参戦について問うが、ナルトは小さく首を振る。

 

「ねえちゃんは乱戦には参加できねェんだ。敵がでっけェ(・・・・)なら分かりやすいけど、周りに味方がたくさんいる状態で、小さいのを相手にするのは無理って。だから、遠距離から支援するって言ってた」

 

「そうか……。いや、そうだな」

 

 九尾事件の時も乱戦だった。確かに九尾は大きく、感知には困らなかっただろうが―――きっと、この場に来ない理由は、それだけではない。

 実戦を退いてから、十数年。

 戦いの勘は鈍り、歳を取った。

 それが、一番の理由だろう。仙術を使えるとはいえ、目は見えず、見た目はそう変わらずとも、確実に戦闘能力は低下している。まだ前線を退いてから間もなかった頃に起きた九尾事件当時とは、もはや状況が違うのだ。恐らく前線に出ても、もはや足手纏いにしか―――ならない。

 

「サスケの父ちゃん」

 

 振り返ったナルトの頬には、チャクラを纏い濃くなった三本髭。

 

「いんたーばる、ってやつ……隙を、作ってくれ。オレが攻撃する」

 

 ナルトは懐から一枚の手裏剣を取り出した。

 その意図を察したフガクが、深く頷く。サスケから、ナルトの『インチキ攻撃』の話は聞いている。確かに『実体』を持ったそれであれば、チャクラの吸収は意味をなさず、インターバル中の攻撃として、有効かもしれない。

 

(いのいち。全員に伝えよ。ナルトの援護だ)

 

(フガク殿……)

 

 誇り(プライドが)高いうちは一族の当主からの提案に、それほどの敵か、といのいちは再度気を引き締める。

 そしてナルトの攻撃のために、神羅天征を発動させろ(・・・)と、通達する。

 

「―――で、あれば。我らこそ適任」

 

 再び増えた口寄せの怪鳥を吹き飛ばしながら現れ、そしてフガクの隣に着地したのは―――。

 

「「「「日向は木ノ葉にて最強」」」」

 

 ぴきり、とフガクの中の何かが音を鳴らす。

 白目を向いた(・・・・・・)兄弟と、二人に付き従う若き男女。日向ヒザシ、ヒアシ、ネジ。そして頬を少し赤らめているヒナタ。

 にわかに剣呑な空気が、うちはと日向の間に立ち込める。

 

「……苦労すんなぁ、ヒナタ」

 

「ナルト君……」

 

 ナルトの言葉に、へへへ、と気恥ずかし気に笑うヒナタは、確かに苦労を感じてはいるようだが、しかしそれほど嫌とも思っていないようである。

 

「でも、なんで木ノ葉に?」

 

「それは聞かねェでくれってばよ。って、遊んでる場合じゃねェってばよ!! おっちゃんたち!! 頼むってばよォ!!」

 

 不思議そうに尋ねるヒナタの言葉を遮ったナルトが勢いよく掌を合わせ、乾いた音が鳴る。そして目を閉じる。意識を集中し、チャクラを練り上げる。

 

「日向よ、任せた。うちは警務隊は、口寄せ獣の掃討へと移る」

 

 だが、里の火急。特に何を言い合うことも無い。

 フガクはうちはの者達に指示を飛ばし、増え過ぎた口寄せ獣の掃討へと移らせる。それは、日向一族への信頼ゆえのこと。

 ただしフガクのみはこの場に残り、状況を見届ける必要がある。急変時は、すぐさま現場で指示を飛ばせるようにだ。

 

「「任せておけ」」

 

 フガクの信頼へ、ヒザシとヒアシは力強く応える。

 

「口寄せ獣とて、忍獣。点穴を突けば、その動きは止まるはず。ネジ、ヒナタ。お前たちは警務隊と協力し、口寄せ獣を掃討せよ! ()け!!」

 

「「了解!」」

 

 ネジとヒナタが力強く頷いて、散開する。 

 そしてヒザシとヒアシが、片手片足を半歩引いて、型を取る。そして体を逸らし、上空へと向けて、勢いよく手を突き出した。

 

「「八卦!! 空壁掌!!」」

 

 重い衝撃。空気の破裂する音。

 放たれた掌底によって発生した、不可視の弾丸が、夜の空を突き進む。

 

「「二掌、三掌、四掌!!」」」

 

 交互に突き出される掌底。奇妙な踊りにしか見えないそれは―――圧縮された空気を打ち出して、空から里を見下ろすペインを襲撃する。

 

 ―――一撃。

 

 見えないそれを、ペインはその体で受ける。

 凄まじい衝撃を受けて、ペインはその体を弾き上げられた。

 次々に放たれる衝撃波に気づき、ペインはそこから逃げ出そうと体を動かすが、動けない。

 日向兄弟による掌底の連続攻撃は、息つく暇すら与えない。ペインは『衝撃波の柱』に閉じ込められて、さらに上昇していく。

 その周囲を、火の鳥が舞う。ペインの周囲を熱し、体温を上昇させ、体力を奪おうとしているのだろう。

 

 このままいけば倒せるのでは、そう甘い考えも浮かぶ状況であるが、さすがに距離があり過ぎる。いずれ空壁掌の威力は減衰し、脱出されるだろう。

 だが、ペインはそうは思わない。

 

 ―――神羅天征。

 

 耐え切れず発動された術。空中でペインの周辺を待っていた青い鳥が、はじけ飛ぶ。

 

「そうか。あの青い鳥は、『そのとき』を我らに伝えるための―――」

 

 神羅天征のインターバル中の攻撃は、その発動を正確に確認しなければならない。アカリが青い鳥をペインに着かず離れずの距離で飛ばし続けていたのは、その消滅を以て、神羅天征の発動を知らしめるためだったのだと、フガクは気づく。

 

「―――仙法:超巨大多重手裏剣影分身の術!!」

 

 強化した腕力を以てナルトが投げた手裏剣が巨大化し、そしてその数が一気に膨れ上がった。

 巨大な手裏剣の壁が、天に覆い尽くし、凄まじい勢いでペインへ向けて空を上昇していく。

 

「―――爆破!!」

 

 手裏剣の弾幕がペインを襲撃し、ペインの身体に突き刺さった。そしてペインに当たらず、そのまま空中を通り過ぎていくだけだった手裏剣を、ナルトは一斉に起爆させる。

 木ノ葉の夜空に、花火があがった。

 

「今だ! 畳み掛けろ!!」

 

 フガクの号令を合図に、様々な術が、上空へと打ち上げられた。

 水遁の龍、火遁の球、風遁の刃、雷遁の閃光、土遁の槍、無数の手裏剣やクナイ、あらゆる忍具―――その術を放った者達は、口寄せ獣の掃討に参加せず、『そのとき』のためにチャクラを練り上げていた者達だ。それはうちは一族に限らない、あらゆる里の一族―――木ノ葉隠れの里を守らんと奮起する、家族達の号砲。

 あらゆる術が一つに混ざり合い、五色の昇り龍(・・・)と化す。 

 

 例え輪廻眼の力によってチャクラが吸収されようと、そこに混ざった物理攻撃は通る。そしてインターバルを終え、再び物理攻撃を弾いたとしても―――。

 

「仙法:超大玉火遁螺旋砲」

 

 次に待っているのは、ナルトがほぼすべてのチャクラを注ぎ込み生み出した、地上に生まれし太陽の砲撃。

 術の吸収―――それは恐ろしい能力であるが、弱点もある。その術の速度や規模によって、すべてを吸収し無効化するまでに、タイムラグが生じることは、先ほどのアカリの『八咫烏』が自身の身体を放棄して逃げ延びたことから、ほぼ確実。そしてチャクラの吸収と、神羅天征の同時発動は恐らく出来ない。 

 

 今神羅天征を使用すれば、ナルトの螺旋丸を止める術は―――ない。

 

 ―――さらに。

 

「―――八咫烏」

 

 フガクからいのいちへ、そしていのいちからアカリへ伝えられた情報により、アカリが再び八咫烏を発動。空へと解き放つ。

 日向の掌底。五色の龍。八咫烏。そして、火遁の螺旋丸。すべてを捌き切ることはまず不可能。そして、タイミングをずらして放たれた4つの術の内、神羅天征を以て消し飛ばせるのは、一つだけ。

 

「―――木ノ葉を、舐めるなよ」

 

 誰の言葉か。あるいは皆の気持ちか。

 たとえどれだけ強くとも、単身木ノ葉に乗り込んだ時点で、その者の運命は決まっていた。木ノ葉隠れの里はかつて、五大国の内、四大国が手を組んでなお落とせなかった、難攻不落の大木の城。そしてその守りの決定打となったのは千手畳間の真数千手なれど―――その覚醒のときまで、長い年月(とき)を守り続けて来たのは―――木ノ葉の忍者、一人一人の、火の意志。

 

 火影やその側近衆がいないから落とせるなどと―――舐め腐ってくれるな。

 

「―――神羅、天征」

 

 ―――使った。インターバル直後の、連続使用。かなり無理をしての発動のはず。後続の攻撃を凌ぐ術はもはや無いはず。

 

 日向の掌底が掻き消え、五色の龍が消し飛ばされる。だが、これで終わりだ。

 続く八咫烏と螺旋丸、そして無数の中忍、下忍が放った忍具の嵐は、躱し切れるものでは無い。

 

 ―――八咫烏が、宙にて消滅する。

 

「なん、だと……?」

 

 ―――火遁螺旋丸が、掻き消える。

 

「な、んで……」

 

 ―――忍具の嵐が、弾き飛ばされる。

 

「どうなって―――」

 

 ―――神羅天征は、終わっていない。終わってなど、いなかった。

 

 続々と投擲される忍具は、しかし次々に弾き飛ばされる。

 そして忍具が弾き飛ばされる位置が、徐々に地上に近づいて来る。

 現実を受け止められない者達の呟きが、虚しく空を漂った。

 

「―――退避!! 退避ぃいいいいいいいい!!」

 

 フガクの号令。怒声。

 神羅天征はなおも終わらず。地上をその斥力で圧し潰そうとしている。

 ここにいれば、原形を留めないほどに圧し潰されることになるだろう。 

 

 フガクは逃げろと、皆に叫んだ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 同時に、フガクは両手を合わせ、中腰になり、雄たけびと共に体内のチャクラ、すべてを練り上げる。

 

 ―――例え死んでも構わない。ここで命を落としても構わない。だから、皆が避難するだけの時間を稼がせてくれ。

 震えあがる闘志。壮絶なる覚悟。

 

「オレは―――『木ノ葉を守る最後の砦』!! うちは一族当代!! うちは警務隊隊長!! うちはフガクだァあああああああ!!」

 

 巨大化し、その形を変えていく須佐能乎。骸骨の巨人だったそれが、肉を纏い、鎧を帯びる。それは本来、永遠の万華鏡写輪眼とならなければ発現しない、須佐能乎の『先』の姿。

 

 サスケの、イタチの―――愛しい息子たちの家を守る。里の家族を守る。千手畳間―――戦国時代において、最強の名を二分した好敵手(千手一族)の当主は、かつて里を守り抜いた。

 

 ―――ならばその片割れたるうちは一族が里を守れぬわけがない。家族(木ノ葉)を守れぬわけがない!!

 

 腹の立つ男だった。昔からそうだ。フガクが子供の頃、畳間は既に上忍だった。幼い頃に憧れた女性(ひと)と同班で、その仲の良さが気にくわなかった。後に妻となる女性(ひと)の師匠で、気に入らなかった。千手一族の当主となり、うちは一族の当主となった自分に対抗して来た『奴』が、嫌いだった。息子たちを部下に取られ、心底腹が立った。

 犬猿の仲だ。だが―――大切な、家族となった。

 

 ―――千手畳間。

 あなたは里の家族を守るというが。その役目は、千手一族だけの―――あなただけのものではない。

 例え、この場でこの身が朽ちても惜しくは無い。なぜならこの身は―――木ノ葉隠れの里を……、里の家族を、守るためにある。

 

 須佐能乎が、神羅天征の障壁に激突する。

 巨大化した須佐能乎は立ち上がり、両手を広げてその障壁を押し留めた。

 一瞬の停滞。

 少しずつ少しずつ、須佐能乎の鎧が剥がされ、肉が削ぎ落される。それでもフガクは―――一歩も、下がることは無い。

 

「「―――回天!!」」

 

 フガクの両脇から、回転する二つのチャクラ球体が飛び出し、不可視の障壁に激突する。

 

「―――日向……」

 

 フガクの意志を汲み、少しでも皆が逃げる時を稼ぐために、身を挺す―――。

 

「―――馬鹿が、三匹」

 

 その声は、ペイン―――長門から発されたもの。しかしその声音は、やけに低い。そう―――その声音は最初からずっと、低かった(・・・・)

 

「オレも―――」

 

「なにをしている!! はやく行け!!」

 

 影分身を発動し、多重螺旋丸によってフガクの援護をしようとしたナルトを、フガクは厳しく一喝した。

 ナルトは何故、と目を揺らがせる。

 フガクはその身を襲う衝撃に耐えながら、言った。

 

「これほどの規模。後に生じるインターバルは、かなり大きいものになるはずだ。その隙に、奴を討て!! 里の上忍が不在で、五代目も戻らん以上―――それが出来るのはお前だけだ、うずまきナルト」

 

「だけど―――っ。だけど、それじゃあ……っ!! サスケの、父ちゃん達は―――っ」

 

「―――侮るな!!」

 

 より激しい一喝に、ナルトはびくりと体を震わせる。

 

「それが、我らの『役割』だ!! お前はお前の、『役割』を遂行しろ!! 我らの屍を越え、里を守れ!! 木ノ葉を守れ!! 五代目火影、四代目火影の意思を継ぐ者よ……っ!! 我らうちは警務隊に代わり……必ず、里を守り抜け……っ!! 頼む……っ!! ―――っ。……もう、持たん……っ!! はやく()け……っ!! 行けーーーッ!!」

 

「……っ」

 

 戦慄く唇を強く噛みしめたナルトは、ぎゅっと体に力を入れると、フガク達に背を向けて―――駆けだした。

 それを横目に見送って、フガクは不意に、笑った。

 

(良い友を、持ったな……)

 

「―――さらばだ」

 

 最後の瞬間に、フガクの脳裏を過ったのは―――。

 

 

 

 

 

 

 ―――少し後。

 神羅天征が終わり、ペインが降り立ったのは―――木ノ葉隠れの里だった(・・)場所に横たわる、巨大なクレーターの上だった。

 

「―――暁。てめェらは、ぜってェ許さねェ。木ノ葉を、オレ達の家を、みんなを―――めちゃくちゃにしやがって……ッ」

 

 ペインの前に降り立ったのは、激しい殺意と共に赤いチャクラをその身に纏った一人の少年。

 

「―――殺してやる」

 

 九尾の人柱力(・・・・・・)は、鋭い八重歯を、獰猛に覗かせた。


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