綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

104 / 156
太陽と月

「サスケ君! その逆立ち腕立て伏せのフォーム! 素晴らしい!! 光るものがありますね!!」

 

「ふ……。それほどでもないがな。まあ、鍛えてるからな。それほどでもないがな」

 

「ふむ。白眼で観察してみたが、中々どうして。無駄のない動きだ。良い負荷だと、上腕三頭筋が喜んでいるのが見える。ガイ先生の動きをコピーしたのか? さすがは写輪眼と言ったところだな。まあ、白眼の方が上なんだが」

 

「一瞥だけで筋肉の喜びようまで分かるとはな……。さすがは白眼と言ったところか。まあ、写輪眼の方が上なんだが」

 

「うん?」

 

「うん?」

 

「サスケ君! ネジ!! ここは上体起こしの限界数で勝敗を決めましょう!! もちろんボクも参加します!! そしてもしもボクが負ければ、さらにスクワット1000回!! 追加でやります!!」

 

「望むところだ!!」

 

「「おらァあああ!!」」

 

 この後、滅茶苦茶腹筋した。

 

「「「ふん!! ふん!! ふん!!」」」

 

 サスケたちの修業風景。そのダイジェストである。 

 

「青春してるなァ!! お前らァ!!!」

 

「シスイ君帰ってきてェえええ!!! ツッコミが追い付かないよぉ!!」

 

 緑の少年たち三人が揃って寝転がり、煌めく汗を流しながら腹筋を繰り返す。

 そんな三人を見て、ガイは感動の涙を流し、テンテンはストレスで悲鳴を上げた。

 ガイは逆立ち腕立て伏せの状態で、かつ足の裏に巨大な鉄塊を乗せている、いつも通りの修業スタイルである。

 一方でテンテンは、前方に突き出した両腕にガイ特製の重りを括りつけ、それを維持したまま、中腰の姿勢ですり足をしながら、打ち立てられた多くの杭の間をするすると動き回っている。先の中忍試験において、筋力―――すなわち基礎の見直しが必要だとガイに判断されたが故の修業であった。

 

「なんだテンテン! 余裕そうじゃあないか!! よし! 重りを増やしてみよう!!」

 

「やあああああ!! 死ぬ!! 死ぬわよこれ!! 折れる! 取れる! 手が取れる!!」

 

「大丈夫だテンテン! 腕は取れても綱手様に付けていただけるぞ!! それにだ! 人間には215本も骨がある! 一本や二本折れても問題ないぞ!!」

 

 ひええ、と悲鳴を上げるテンテンを他所に、ガイは懐かしむように目を閉じた。

 

「オレもかつてはそうだった。よく骨を折っては綱手様に治していただいたものだ。カカシもそうだったな。休憩を望んでも、綱手様がすぐに治してくれるからと、畳間様は休ませてくれなかった……。そして、確かに、すぐ治った!!」

 

「バケモンか!? 骨折ってそんな簡単に治るケガじゃないでしょ!? いや、この場合は綱手様が凄い……?」

 

 テンテンは、なんだかんだと文句を言い、悲鳴を上げながらも、しかし、根は上げていない。ガイもそれを分かっているから、テンテンの嘆きに答えながらも、修業を切り上げようとはしないのである。

 実際、中忍試験で痛めた腕が治ってからこれまで、ガイの課す地獄の特訓に耐え忍んでいるテンテンの実力は大きく伸びており、テンテンは、過酷で無茶苦茶に見えても、必ず結果がついて来るガイの特訓に、内心では期待と喜びを感じている。中忍試験で敗北し、敗北の『悔しさ』を知ったが故の、意地でもあった。

 それにその濃さゆえに忘れがちであるが、テンテンの師であるマイト・ガイという男は、木ノ葉隠れ最強の体術使いであり、里でも五指に入る実力者にして、五代目火影の左腕という、実はとんでもない肩書の持ち主である。そんな忍者から指導を賜れる幸運を、今更になって理解し始めているテンテンであった。そう思えば、この暑苦しさも悪くないのでは―――なんて、じわじわと思考が染められつつあることに、テンテンは気づいていない。

 

「くっ……」

 

 サスケが上体起こしの途中で、停止する。ぷるぷると震えながら起き上がろうとして、しかし上体は重力に逆らえず、その後頭部はじわじわと地面に近づいていた。

 サスケの顔が真っ赤に染まり、鬼のような形相を浮かべている。凄まじく力んで体を起こそうとしているのだ。サスケ本人は一生懸命体を起こそうとしているし、頭の中では上体起こしを続けている自分の姿を思い浮かべているのだが、体は微動だにしていない。傍から見ると、後頭部で手を組んで、鬼のような形相で日向ぼっこをしている奇妙な少年でしかなかった。

 サスケはまだ諦めていないのか、体を起こそうと体を揺らしている。寝転がって奇妙な(タコ)踊りをしている緑タイツの少年という、不憫な絵が出来上がっていた。

 

「ぐおおおおおお」

 

 少しして、ネジが寝転がったまま、ごろごろと転がり始めた。

 腹を抑えてのたうち回っているところを見るに、腹筋を攣ったらしい。リーに負けぬようにと、無茶をしたようだ。

 

「ネジ!!」

 

 ガイが飛び出した。

 ガイはネジの腰の上に飛び乗ると、ネジの両脇に手を突っ込んで、その体を海老ぞりに締め上げたのである。

 

「ええ!? キャメルクラッチ!? ちょ!? 何やってんですかガイ先生!?」

 

 ガイの突然の凶行に、テンテンは困惑し二度見、三度見をして叫んだ。

 

「まだまだいけますよー!!」

 

 一方でリーは汗をかき辛そうな表情は浮かべているものの、変わらぬペースで腹筋を続けている。

 

「がいぜんぜい……もうだいじょぶ……」

 

 ネジがガイの手を軽く叩くと、ガイは手を離し、ネジの上から降りる。

 ガイはどうやら、攣ってしまったネジの腹筋を伸ばしてくれていたようである。 

 

「くっ……」

 

 サスケは疲労で燃えるような熱さを腹筋に感じながらも、うつ伏せになり、両腕で体を押し上げるようにして、ゆっくりと立ち上がった。

 そしてその場で上下に屈伸を始める。

 

「サスケ君……?」

 

 リーが腹筋をしながら、サスケのことを見つめ、困惑を示した。

 

「負けたら、屈伸1000回……!!」

 

 サスケが震える声で言った。疲労で視界もぼやけているのか、目の焦点もあっていない。

 

「そんな……! 君はもう、立てるような体じゃ……!!」

 

 リーが腹筋を続けながら、震える声を零した。

 

「サスケ……。お前……まだ……」

 

 ネジがうつ伏せに―――地面に顔を付けたまま、頭頂部をサスケに向けながら、驚愕を口にする。腹筋がまだ痛むのか、動けないようである。顔をあげることも億劫な様子である。

 

「頑張れ!! 頑張れ!!」

 

 リーが腹筋を続けながら、目に涙を滲ませて、サスケにエールを送る。

 

「く……オレはこんなところで……。ダメだ……腹が痛い……くそ……くそぉ……」

 

 倒れ伏すネジが悔しさに声を震わせる。

 

「―――サスケェ!! お前は、お前はもう、立派な忍者だよ!! ガイ班の……オレの自慢の弟子だァァア!!!」

 

「ガイ……先生(・・)……!! オレ……まだやれる……っ!!」

 

 サスケが屈伸運動を続けながら、震える吐息に乗せて、ガイを先生(・・)と呼んだ。

 ガイは感涙し、しかし何もできない自分の無力さに拳を強く握りしめる。

 

「サスケェエエエエ!!」

 

 里全土に響き渡るのではないかと思えるほどの大声で、ガイが雄たけびを上げた。

 

「……」

 

 テンテンは野郎どもを尻目に、一人、黙々とノルマを熟していた。

 しかし、テンテンが見ないふりをしても、青春の歌劇はまだまだ続く。

 彼らは本気でやっているのだろう。決して、演劇などではない。テンテンもそれは分かっているがどうしても馴染めない。

 テンテンが女だからだろうか。それとも、性別などは関係なく、馬鹿になれない性格ゆえだろうか。そこに僅かな嫉妬を感じても、それを認めたくなくて、テンテンは気づかないふりをする。気づいたら女の子として、何かが終わってしまうと、本能で感じ取っていた。

 緑のタイツを着こみ、体の線を曝け出して、汗を煌めかせながら筋トレをする少女―――嫌すぎる。将来、絶対結婚できない。そんな女の子が良いのだという男が仮にいたとしても、そのような趣味趣向を持つ変態など、テンテンから願い下げである。

 混ざることは絶対出来ず、しかし放置されるのも腹が立つ。それは、一年以上も共に過ごした班員であるにも関わらず、ぽっと出のサスケに居場所を取られたかのような、疎外感と苛立ちだった。

 だが、もしもそんな殊勝で可愛らしいことを考えているとガイ達に気づかれでもしたら、セクハラ上等の熱い抱擁が、次々とテンテンを襲うことだろう。そんな光景を思い浮かべて、「それほど嫌じゃないな」なんて、そんなことを思ってしまう自分が、テンテンにはまた腹立たしいことだった。

 複雑な気持ちが入り混じり―――テンテンはすべてを振り切るために修業に心を打ち込んだ。そしてテンテンはそのうち、考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 夜の森の中、丸太を削っただけの粗末な椅子に座り、焚火の番をしているイタチの後ろから、人の気配が近づいて来る。

 イタチは振り向くことはせず、しかし気配には気づいているぞと、隣に置かれている、座る者のない切り株の断面を、数度手で払った。

 座れ、ということらしい。

 

 人影―――シスイは感心したように眉を上げ、気配を消すのを止める。

 

「すみません」

 

 試すようなことをしたことを、シスイは小さく謝罪した。ちょっとした、悪戯心だった。

 

「いや。お前は班の隊長だ。班員の意識レベルを把握しておくことは必要だろう」

 

 イタチは気にした様子も無い。

 シスイはまた小さく「すみません」と言って、イタチの隣に腰を下ろした。先ほどの謝罪の繰り返しではない。隣に座ることへの、挨拶のようなものである。

 

「イタチさん。岩隠れは、どんな場所ですか?」

 

 足元に転がっている乾いた枝木を、シスイはかがり火に放り投げた。

 木が転がる乾いた音と、小さく弾けるような音がした。

 

「イタチでいいと、以前も言った。敬語もだ」

 

 小さく言ったイタチの声に抑揚は無かったが、どこか拗ねたような気配を、シスイは感じ取った。

 うちは一族に、イタチと同世代の者は少ない。いや、居るにはいるが、皆は才能に恵まれたイタチを『うちはの誇り』だと讃える。正確には、対等の者がいなかった。

 イタチにとってシスイは、年齢こそ少し離れているが、対等の関係だと思っている。実力も、思想も、そして立場もだ。それはイタチにとって、サスケとは別の意味で特別だった。

 

「そうだったね」

 

 シスイが謝意を滲ませて、笑った。

 イタチは揺れる炎を見つめて、穏やかに目を細めた。

 うちはと千手。かつて敵対していた一族の直系にして、長男である二人は、いずれは一族を受け継ぎ、片やうちはの、片や千手の当主となる立場である。シスイとイタチは、互いにいたわり合い、尊敬を向け合っている。かつてのマダラと柱間や、現当主の畳間とフガクとは全く別の、新しい一族の関係を築き上げるのが、この二人なのだ。

 噛みつき合っていたのは、当代までだ。シスイとイタチに―――二人の世代に、もはや一族の蟠りは存在しない。むしろ、シスイとイタチは、互いの思いを分かち合っていた。すなわち、両親への気苦労である。そこにあるのは一族などのしがらみは無い。ただ、困った、愛おしい両親を持つ、苦労人同士の友情だった。

 畳間が今回の任務に、シスイたちの担当上忍ではなく、イタチを最終的な監督として付けたのはきっと、この機会に、親睦を深めて欲しかったからだろうと、二人は思っている。

 二人は、他愛も無い話から、色々なことを、話し合った。

 弟が可愛い。父親が困る。母親も困る。二人とも家族大好き人間なので、話の中心は、家族のことであった。特に、サスケのことで、二人の話は静かに盛り上がった。シスイもサスケの矯正には力を貸しているし、ウラシキの件もある。すくすくと成長しているサスケの姿を見守ることが趣味と公言しているイタチの話と、その言葉の節々から滲み出る喜びは、同じく弟を持つ身であるシスイには、身に染みる程に理解できるものだった。

 

 ―――サスケの話。ナルトの話。サスケの話。ナルトの話。サスケの話。ナルトの話。

 

 延々と繰り返される弟の話題から、ふと、話が途切れた瞬間があった。

 その沈黙も、また心地よいものだと、二人は静かに揺れる炎を見つめる。

 どれくらい経ったか、ふいに、シスイが口を開いた。

 

「……イタチ。……なんだろうな。こうしてあなたと静かに、穏やかに火を囲んでいるのが……とても幸福なことだと、感じるんだ」

 

「……奇遇だな」

 

 シスイのしんみりとした言葉に、イタチもまた同じことを感じていたと、小さく首肯した。

 

サラダ(・・・)に会ってからかな? どうにも……イタチ。あなたに対して抱く感情に、不可思議さを感じるようになった」

 

 もともと、イタチとシスイの仲は悪いものでは無かった。接点こそ少なかったが、互いに木ノ葉の二大一族の後継者であるから、意識はしていた。瞬く間に火影の側近へと上り詰めた、うちは一族当代一の天才。片や生まれながらに仙術チャクラを扱える、千手の申し子。

 ライバル意識などは、互いの性格的に抱きはしなかった。抱いていたのは、強い敬意。いずれこの人と二人三脚で里を支えることになるのだという事実が、誇らしかった。サスケ矯正計画でも手を取り合って、仲は一層深まった。親友がいないという悩みを抱えていたシスイは、リーやネジとはまた別の立ち位置で友となれたイタチに、強い親愛を抱いていた。

 だがある日、そこに僅かな寂しさと哀しみ、そして不可思議な多幸感を抱くようになった。共に木ノ葉の里で暮らし、将来のことや近況を語り合い、何気ない挨拶をして別れる。そんな些細なことが、とても尊いことのように感じることが増えた。まるで―――それが在りえざるものであるかのように。

 

「……奇遇だな」

 

「よかった」

 

 イタチが先ほどと同じように小さく首肯したのを見て、シスイは安心したように息を吐いた。

 これで、この話はおしまい。互いに思うところや、感じるところはある。だが、互いに同じ思いを抱いていることが分かったから、それで良いのだ。この思いはきっと、深く知るべきものじゃない。シスイはそう感じた。

 

「……岩隠れは、どんなところなんだ?」

 

 イタチはかつて、木ノ葉の領事館を作るために―――領事館には現在、奈良一族の者が赴任している―――岩隠れに滞在していた。岩隠れのことを実際に見聞きして知っている。イタチから見た岩隠れを知りたいと、シスイは思った。

 中忍試験で見た岩隠れの三代目、両天秤のオオノキは、人の好さそうなお爺さんだった。だが、彼はかつての戦争で、三代目火影と、当時の根の長ダンゾウを殺害した木ノ葉の仇である。猿飛一族は忍び耐える道を選んではいるが、三代目火影の実子である猿飛アスマは今もなお、暗い感情を心の奥底で燻らせている。畳間がアスマを岩隠れに派遣するにはまだ早い(・・・・)と断じたのは、それが理由である。

 

 アスマだけではない。里民の中には、木ノ葉との不可侵条約を一方的に破棄した裏切り者に対し、怒りを抱き続けている者も少なくない。畳間は彼らを責めはしないが、重用もしなかった。それは政務の邪魔になるからという訳ではなく、酷だと考えたからだ。

 シスイの知らぬ、戦争の痛み。彼らはそれを耐え忍び、怒りを呑み込んで、心の奥底にしまい込んだ。それだけで、彼らはもう充分、称えられるべき者達だ。それ以上を―――耐え難きを耐えている彼らに、歩み寄らせる(・・・・・・)など、それはあまりに非道な話である。だから畳間は、外交―――特に岩と雲に対しては、若い者を起用することが多かった。若い者―――すなわち、次代を担う若き火の意志たち。先達たちは、彼らのために、耐え難きを耐えた。その先に進むべきは、その先への一歩を踏み出すべきは、彼ら(・・)ではない。畳間はそう考えたのだ。

 畳間自身はいつしか、自分の代で進ませたいと考えるようになっていたが―――戦争の時代を生き、それを終わらせた世代の役割はきっと、そうではない。拗れに拗れた関係を、ゼロに戻すことだ。

 木ノ葉は赦し。岩は省みる。

 そこから先―――前の時代に戻るのか、あるいは誰も知らぬ新たな世に進むのかは、次代の者達の選択次第。シスイは、そしてイタチは、それを理解していた。だからイタチは、木ノ葉の領事館を岩隠れに作るとなった際、誰を赴任させようか悩んでいる畳間に、己を推した。シスイもまた、今回の任務を聞いたとき、二つ返事で引き受けた。

 すべては、自分たちを育んでくれた里を、そして自分たちが生きる今―――平和な世のために耐え忍んでくれた先達たちの意思を、継ぐために。

 シスイは、イタチが己と同じ世界を見ていることを知っている。そのイタチから見た岩隠れの里を、知りたいと思った。

 

「岩隠れは、木ノ葉とどこか似ている」 

 

 栄えている、ということではないだろうなと、シスイは思った。

 沈黙を以て話の続きを促すシスイに、イタチは静かに続けた。

 

「三代目土影―――オオノキ様は、砂と雲を相手取り疲弊していた木ノ葉隠れを裏切り、敵対した過去を、深く悔やんでいらっしゃる」

 

 岩隠れに滞在していた際、個人での酒席に誘われた際に、酔った勢いか、オオノキは静かに、イタチに懺悔をしていた。イタチは未成年だったこともあり酒は飲まなかったが、だからこそ、オオノキの語った言葉を、一字一句鮮明に覚えている。

 

「本来ならば、同盟を結んだ木ノ葉隠れ(仲間)を守ることこそが、岩隠れの取るべき道だった。だが、“己”を零れ落としていた自分には、正しい道が分からなかった。結果、多くの家族を失った―――オオノキ様は、涙をこらえながら、そうおっしゃられていた」

 

 その話から、どう木ノ葉と岩隠れが似ているという解釈に繋がるのか、シスイは黙して続きを待った。

 

「オオノキ様は己の過ちを、土影として、里に公言している。木ノ葉と敵対するのは間違いだったと、勝てない戦いをするべきではなかったという戦力的な視点ではなく、(しのび)の道として、五影会談以後、里の者達に謝罪し続けているらしい。誤った道を進んだことを。無為に家族を犠牲にしたことを……」

 

 木ノ葉隠れの里は、多くの犠牲を払ったが、最終的に戦勝国となった。千手畳間という、初代火影―――戦国時代最強の男の再来と謳われる、忍界最強の忍者を有し、その気になれば、他の四大国を平らげ併合し、世界征服を成すことも夢では無かった。

 だが、畳間はその道を選ばず、互いの痛みを分かち合い、『夢の先』を共に見ようと語り掛け、頭まで下げて見せた。その姿に感銘を受け、己の未熟さと愚かさを恥じたオオノキは、決して己と同じ過ちを繰り返さないようにと、若い世代に言い聞かせている。

 本来ならば責任を取って引退するが筋なところである。しかし戦争を生き残った里の実力者たちは、そんなオオノキの姿に感銘を受け、『石の意思』を、心に宿してしまった。皆は揃って『自分たちの頂点はオオノキを置いて他にない』と称える。引退など、許されるはずが無かった。

 それも罰かと、オオノキは受け入れているが―――皮肉な話である。

 

「木ノ葉は仇を信じ、夢のために、耐え忍ぶ道を。岩隠れは省みて、繰り返さぬために、耐え忍ぶ道を。方向性は違う。だが、里は影の名のもとに、気高く、一つに纏まっている。……平和という、夢を目指して」

 

「……」

 

 シスイは、もう一度、枝木を火の中へと放った。

 心の中の蟠りを、捨て去る様に。

 

「オレは、ナルトが羨ましいと思う時がある。火影になるなんて……その言葉を言える純粋さと、強さが。オレには、その言葉は、少々重い。オレは、父さんのようにはなれない」

 

 淡々とした言葉に、卑屈さは無かった。ただ事実を述べている、といった雰囲気である。

 

「千手の名を継ぐので―――孤児院の家族で、手いっぱいだ。先頭に立つというのも、ガラじゃないし」

 

 苦笑するシスイへ、イタチは少しだけ顔を向けた。

 イタチの顔には、少しだけ、驚きの色が零れている。

 

「前に、言ったことあっただろ? オレの夢は、母さんの眼を治すことなんだ。オレの顔を、母さんの瞳で、ちゃんと見て欲しい。兄弟たちの顔を、母さんの瞳で、見つめて欲しい。あの天真爛漫な表情で、輝く瞳で、オレ達の顔を見て、オレ達の名前を呼んで欲しい。だから―――父さんの夢は……オレには、継げない」

 

 一般的な名家であれば、偉大な先代の跡を継がなければならないと、重責に打ちのめされることだろう。

 だが、シスイは継がなくても良いとされたからこそ、苦しんだ。敷かれた一本の道を歩まされた方が、気楽だった。だが、畳間とアカリは、そうさせようとはしなかった。

 

 明鏡止水。

 曇りなき、澄み切った心。その言葉の、最後の欠片。

 

 ―――どうか、自由に生きて欲しい。闇を寄せぬ止水の心よ。お前の行く先には、きっと、たくさんの絆が待っているよ。

 

 アカリにそう言われ、畳間に静かに笑い掛けられた幼いシスイは、その時、誓ったのだ。

 この優しい両親がふとした時に零した、我欲。里や忍界など何の関係も無い、ただただ、己たちのためだけの、たった一つの願い。何気ない、会話の中―――もはや叶わぬと諦められた(・・・・・)未来が、そこにはあった。

 

 ―――お前に、見せてやりたかったなぁ。

 

 ―――見てみたかったなぁ。あの子たちの顔を。

 

 母親の光を、取り戻す。 

 彼らが公人として、滅私を以て、夢に殉じようというのなら、例えすべてを敵に回しても、自分だけは、家族の小さな幸せを守ろうと、シスイは誓ったのだ。例えそれが五代目火影への裏切りだとしても、千手止水だけは、千手畳間と、千手アカリ―――そして、孤児院の家族のために生きようと誓った。

 一歩引いたシスイのスタンスは、きっと、そこにも理由がある。自分は、五代目火影の後継者にはなれない―――否、ならない(・・・・)。だからこそ、孤児院の―――ともすれば五代目火影の夢を受け継ぐかもしれない者達にこそ、譲ろうとする。

 

「……里を守ることだけが、すべてではない」

 

 神妙に炎を見つめるイタチが、ふいに言った。

 シスイもまた炎を見つめ、沈黙を以て続きを促した。

 

「……ただ里を守るだけでは、意味が無い。里は、箱だ。中身があって初めて、“要”となる」

 

 イタチは、静かに続ける。

 

「守るとはただ力を以て庇護することではなく、道を示し導くことだと、五代目様は―――お前の父君はおっしゃった。だが、それだけでもない。オレはそう思っている。人それぞれ、“形”がある。五代目様は先頭に立ち、皆を導くという形で、オレ達を守ってくれている。だが、シスイ。きっとお前にはお前の、千の手(・・・)がある」

 

「イタチ……」

 

「お前の夢は……火影様を……火影様の背に続く者達を、さらに後ろから、優しく見守るものだとオレは思う。火影様が皆を導く大樹(・・)で、アカリ様が火影様を照らす太陽なら、お前はきっと―――その光を受けて皆を見守る、月なんだろう。皆を見守る名も無き影―――その在り方もまた忍者だ。それは、オレには出来ないことだ。オレはどうしても、期待してしまう(・・・・・・・)。オレはお前を尊敬するよ、シスイ」

 

「……照れるね。どうも……」

 

 照れると正直に言ってはいるが、その言葉自体が、猛烈な照れの、照れ隠しである。

 

「ふ……」

 

「なんで笑うんだ」

 

 イタチが小さく零した笑みに、シスイは少し怒ったようなふり(・・)をして、眉を寄せた。

 イタチが人を小馬鹿にするとは、シスイは思っていないのである。

 

「いや……」

 

 申し訳ないと言いたいのか、イタチは微笑みを湛えたまま、小さく首を振った。

 

「今の話を聞いて、改めて思った。やはりお前は、五代目様御夫婦の息子(・・・・・・・・・・)なんだなと」

 

 シスイは、数回瞬きをした。

 それはシスイにとって、初めて掛けられた言葉だった。誰の子供だと、両親には似てないと、誰からも言われてきた。アカリと畳間は、「さすがはオレ達の子だ」と、頻繁に、鼻高々に言っていたが、他人から言われたのは、初めてのことだった。だからシスイはその言葉をすぐには理解できず、瞬きを繰り返したのである。

 

「な……」

 

 シスイの口端が、ゆっくりと持ち上がっていく。

 

「なんだよ、それ……」 

 

 目じりが、柔らかく緩んでいく。

 

「別に。嬉しくなんて、ないけどね」 

 

 ―――滅茶苦茶嬉しそうだな。

 

 そう思っても、イタチは黙って、微笑んでいた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。