綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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小さな一歩

 そこは、地獄だった。

 無造作に打ち捨てられた屍。血に濡れた大地。鼻を狂わせる腐臭。立ち上る黒煙。劈くような悲鳴、怒声。打ち鳴らされる金属音。

 

 うちはサスケは、一人、地獄の中にいた。

 

 一人、また一人と、顔も知らない者たちが血に濡れて倒れ伏した。鬼鮫や、大蛇丸と対峙した時とは種別が違う、死の気配。一対一での、ある意味で己の誇り(生き様)を掛けた戦いですらない。多数の人間が、多数の人間と激突し、その命を呆気なく散らしていく。命の価値とは、何なのか。命に価値はあるのか。人とはこんなにも呆気なく、無意味に死んでいくものなのか。

 

 サスケは、歴代火影たちの英雄譚に憧れていた。

 戦国の世を終わらせた忍の神。里という平和のためのシステムを確固たるものとした英傑。長い戦争の中、里を守り続け次代へ繋げた傑人。若くして火影を継ぎ、命を捨てて里を守った俊英。そして、戦争を終わらせた英雄。

 彼らの意思を継ぎ、己が火影になる未来を夢想し、己が誇り高く、偉大な忍者と成る未来を、疑いもしていなかった。

 「死」とは、無意味なものでは無いのだと思っていた。次代へ繋がれる、気高いものなのだと思っていた。だって、教科書や英雄譚には、そう書かれているじゃないか。

 偉大な先人たちが残した遺志を、次代の者が受け継ぎ、それをまた次代の者が継いでいく。それが、「死」だ。例えその肉体が滅んでも、その意志を受け継ぐ者がいる限り、「人の命」は終わらない。

 

 だが、今目の前にある世界は、違う。気高い意思も、伝説に謳われる戦いも、何もない。泥臭く、血生臭く、ただ武器を振るい、命を奪い、奪われる。最期の言葉など、残せない。意思を託せる者も残らない。断末魔の叫びすら、故郷へ届けられることも無い。誰かの叫びを聞いた者は、怒りと憎しみに囚われ、その仇を殺し、自分が誰かの仇となって、殺される。人々はただ無意味に倒れ伏し、大地の紅い染みになる。新たな木ノ葉の養分になることすらできず、腐敗し、疫病を生み、ただただ死を巻き散らす。

 

 ―――ああ、これは幻術か。

 

 冷静な思考が、今の状況を受け入れる。

 食道を何かがせり上がってくる感覚。

 

「お゛え゛え゛えええ」

 

 サスケは嘔吐した。

 初めて目の当たりにした、強烈な死の世界。周囲では未だ、戦っている者達がいる。しかし彼らは、サスケの存在に気づかない。サスケもまた、一人だけ、異なる異相に立っているかのように、自分の存在が浮いていることを理解していた。

 

 胃の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたような、不快感と嫌悪感。不安と恐怖が、サスケの鼓動を早める。

 

 場面が変わった。

 サスケよりも幼い少年が、大勢の大人たちに囲まれている。少年は手を震わせながら刀を振りかぶり、周囲の大人たちが突き出した無数の刀に串刺しにされ、その命を奪われた。

 場面が変わった。

 サスケよりも幼い少年が、顔を青ざめさせながら、森の中を走っている。次の瞬間、少年は突如として現れた大人に顔面を蹴り飛ばされ、首の骨を圧し折られた。その体は草むらの中に転がって、それで終わった(・・・・・・・)

 場面が変わる。サスケよりも幼い少女が、全身を細かく震わせながら、一歩二歩と後ずさっていく。少女の背が、何かの壁に当たった。少女の表情は絶望に染まり、その心臓部に、一本の槍が突き刺さった。少女は壁に張り付けられて、力なく項垂れた。

 

 サスケは、それを見ていることしか出来なかった。少年たちを、少女を助けようと手を伸ばしても、その手はすり抜けて、宙を切った。

 

 場面が変わった。

 先ほど幼い少年を囲んでいた大人たちが、一人の少年に虐殺されている光景だった。先ほど少年の首を蹴り折った者が、その首を跳ね飛ばされている光景だった。先ほど幼い少女を刺殺した者が、脳天から両断されている光景だった。

 

 場面が変わった。

 女と、寝床に寝かされている乳飲み子だった。女は顔を両手で覆い、肩を震わせている。

 場面が変わった。

 少年が、地面に転がった首を見て、震えている。ゆっくりと近づいて、その首を抱えると、少年は天を仰ぐようにして雄たけびを上げた。

 場面が変わる。両断されたかつて人だったものに縋りつく、少女の背中があった。

 

 時が進む。

 かつての乳飲み子は大人となり、年若い青年の首を刀で跳ねた。

 生首を抱えて慟哭した少年は壮年となり、逃げる女の背を切り裂いた。

 かつての少女は妖艶な美女となり、誘い込んだ茂みの中で、男の首を掻き切った。

 

 場面が変わる。

 年若い青年の首を見つめて呆然と立ち尽くす少年がいた。背を切り裂かれた女の身体を抱きしめて、血の涙を流す男がいた。首を掻き切られ茂みの中に倒れ伏す男を見て、力なく膝を突いた老人がいた。

 

 場面が変わる。場面が変わる。場面が変わる。

 

「なんだよ、これは……」

 

 知らず膝をついていたサスケが、震える声を零した。

 

「……犠牲だ」

 

「五代目……!?」

 

 サスケは、いつの間にか隣に立っていた、“五代目火影”千手畳間を見て、瞠目する。

 

「……仇が強く、殺せない時、復讐者は、仇の非力な縁者を狙った。あるいはそれを囮とし、仇を討った。そして遺された者は、殺された者の無念を晴らすと謳い、また、凶刃を揮った。……里というシステムが無く、一族や個人での報復が当たり前に行われていたころ、こんなことは日常茶飯事だった。争いの螺旋……彼らは皆、戦乱の世の犠牲になったのだ」

 

「犠牲に……?」

 

「ああ……。皆、犠牲になったのだ……。時代の闇……その犠牲にな……」

 

「なんで、こんなものを……オレに……」

 

「……お前だけじゃない。かつて、イタチにも同じものを見せた」

 

 今の若い世代の最たる弱点は、心の弱さにある。実力も、確かに戦争時下で育った当時の下忍たちと比べれば平均値は落ちるが、しかしそれはどこの里も同じことである。平等に戦力が落ちているのであれば、それは懸念すべきことではない。

 だが、心の弱さは話が別だ。戦争を知らず、穏やかな日々を生きる子供たちの心は純粋で温かく、そして脆い。ガラス細工のような尊さは、守る側に立った時、あまりに大きな弱点となる。

 中忍試験で求めた「決断力」。合格の基準を遥かに上回る、壮絶な絶望が今の子供たちを襲った時、その脆い心は容易に砕け、運命の選択を拒絶する。

 

 任務に失敗するかもしれない。己の命を失うかもしれない。仲間の命を失うかもしれない。家族の命を失うかもしれない。そんなことは、些事だ。サスケが火影を目指すというのなら、五代目火影の弟子になりたいと願うのならば、「その先」を覚悟しなければならない。中途半端は、許されない。

 

 例え、任務に失敗しても。己の命を失っても。仲間の命を失っても。家族の命を失っても。その痛みを耐え忍び、「里」の未来を守る。

 

 ―――例えそれが、友であろうと、兄弟であろうと、我が子であろうと。里に仇名す者は許さない。

 

 それこそが、五代目火影の側近に求められる思想。

 

「……そうか。分かったぞ。アンタは、オレにコレ(・・)を知って欲しかったんだ。こんな世界があるのだと……変えなければならない闇があるのだと、オレに思わせたかったんだろう。違うか?」

 

 強い光を宿した、サスケの瞳。その瞳は今もなお目の前で繰り返される復讐の螺旋を目に焼き付けていた。この地獄を忘れぬように。いつか火影となったとき、こんな地獄はオレが終わらせてやると、息巻いた。

 

「違う」

 

「……安心しろ、五代目火影。オレが火影になった暁には、必ず、変えて―――え?」

 

 サスケの言葉を、畳間が短く切って捨てた。

 想定外の返答に、サスケは驚いて、畳間を見上げる。

 

「この地獄は、既に終わったものだ。木ノ葉の祖―――初代火影・千手柱間が、里の創設と共に、終わらせたものだ。確かに、オレの目の届かぬ場所で、このような地獄が続いていないとは言えない。だが、忍界の至る所でこのような地獄絵図が描かれた時代は、既に過去のものとなった」

 

「だが、戦争は……」

 

「オレは第一次忍界大戦を知らないが、第二・第三次忍界大戦は、私怨で起きたものじゃない。影やそれに準ずる者の思惑が絡んでいなかったとは言えないが、その根本にあったものは、国や里の利益だ。お前に見せているこれとは、発端がまるで違う」

 

「どういうことだ……?」

 

「先の大戦は、火の国の豊富な資源を狙った、他国の侵略だった。だからこそ、終わらせることが出来た(・・・・・・・・・・・)。だが今見せているこれには、そんなものすら存在しない。得るものなど何もない。仇を、その仲間を、そしてその一族を皆殺しにしなければ終わらない、憎しみと怒り―――復讐の螺旋」

 

 大戦は、あくまで国の領土拡大を目的に行われたものだ。ゆえに畳間が敵戦力の悉くを粉砕し、「これ以上は得るものが無く、残ったモノすらただ失うだけ」の状態に追い込めば、止まったのだ。

 

 だが、そこに至るまで、畳間の憎悪と怒りの葛藤、三代目土影の土壇場での決断があった。そこで止まれたから、戦争は「戦争」のまま、終わりを迎えることが出来た。あの時、畳間が怒りと憎悪のまま力を揮っていれば、あるいは三代目土影が頭を下げず、失った同胞のために戦い続けるという復讐の道を選んでいれば、「戦争」は「虐殺」へと変貌していただろう。

 守るべきものがあるから、人は踏みとどまれる。畳間には祖父から受け継いだ、守り向かうべき「夢」があり、己を守り育んでくれた「里」と「家族」があった。

 三代目土影には、生き残った仲間たちがいた。あのとき畳間がオオノキの謝罪を受け入れず虐殺を敢行していれば、守るべきものを失ったオオノキもまた、踏みとどまれる最後の一線を失っていた。

 

「“里”こそが“要”だ。それ以外のすべてを切り捨てろという訳じゃない。だが、お前が火影を目指すというのなら、知っておくべきだ。“里”が失われとき、“里”を捨てた時、その先に何が待ち受けるのかを」

 

 ごくりと、サスケが唾を呑んだ。

 

「……いつかお前も、身を焦がす憎しみを抱く時が来るかもしれない。最も大切なものを失い、絶望の闇に魅入られることがあるかもしれない」

 

 うちは一族の者は純粋で繊細だから、今の世であっても、そうなってしまうことがあるかもしれない。

 幼少期の畳間もまた、あのような未来が待ち受けるとは、露程も思っていなかった。大好きな祖父がいて、苦手な大叔父がいて、優しい祖母がいて、大切な友達がいる。そんな陽だまりの中で、騒がしくも穏やかに成長していくのだと、疑いもしなかった。

 先に何が待ち受けているかなど、誰にも分からないのだ。

 

「だが……もしもお前に、守りたいもの(・・・・・・)があるのなら。たった一つでも、守りたいものが残っているのなら……。戻れぬ道を進む前に、“忍者の意味”を、思い出してみて欲しい」

 

 唯一の身内を殺され、その亡骸を肥溜めの中に沈められる。仮にそのような残酷な仕打ちを受けた者がいたとして、その復讐を止めることが正しいことだとは、畳間は思わない。

 結局は、個人の価値観でしかないのだ。畳間は初代火影より受け継いだ「夢」があった。それが最も優先すべき目標だと信じたから、畳間は他のすべてを耐え忍び、里の者達にも、それを望んだ。畳間にとっての「夢」が、誰かにとっては「復讐」であるならば、畳間はそれを叱責することは出来ない。

 だが、もしも。もしも一つでも、守りたいものが残っているのなら。失ったものと残ったもの―――それらを天秤に掛けることはとても辛く、残酷なことだが、それでもそれはきっと、すべきこと(・・・・・)なのだ。

 

 畳間はかつて、失ったものだけに目を向け、己の信じた道を逸れそうになったことがある。あの時、アカリに呼び止められ、立ち止まれて良かったと、畳間は心から思う。たった一つでも選択が異なっていれば、今はない。薄氷の上に築かれた、儚く美しい平和と知るからこそ、今の輝きが何よりも愛おしい。

 

 サスケに見せた“残酷な死”。これをただ無意味で誤った過去とするか、今に繋がる―――忘れるべからず尊い犠牲とするかは、残された者の選択次第だ。

 仲間のために、家族のために命を賭す。里を背負う者にとって、そんなことは出来て当たり前(・・・・・・・・)のことであり、前提に過ぎない。

 火影がその側近に真に求める意志とは、仲間(家族)自分のために命を賭したとき(・・・・・・・・・・・・・)、その痛みを耐え忍ぶ覚悟だ。

 畳間は心から申し訳なさそうに、眉を寄せた。

 

「本当は、自分で気づくべきことなんだろう。だが、その機会を奪っているのは、他ならぬオレ自身……。ままならんものだ。平和を望めば望むほど、“夢”に近づけば近づくほど……里の始まり―――その意味が、歴史の流れの中に埋もれていく。本当に……ままならんものだ……」

 

 すべての者がその地獄を知る必要はない。新たな時代を担う子供たちが、この原初の地獄を知らぬまま生きられる未来を望み、畳間は火影の名を継いだのだから。だが、この原初の地獄を忘れることは、あってはならない。少なくとも、今はまだ、語り継いでいくべきだ。いつの日かの報復のためではない。あの痛みを忘れぬために、あの痛みを繰り返さないために。

 

 だから畳間は、火の意志の真意に気づき、守られるべき「木ノ葉」の時を終え、火の意志の「薪」と成らんとする者に対して、試練を課すことを決めていた。

 自身が知る闘争の過酷さを、物語で気高いものとして描かれる「死」の別側面を、知ってもらう。受け継がれる意志がある一方で、途絶えさせられた思いがあることを、教え込む。物語で描かれ、後世に伝わる者は、ほんの一握りの英雄だけなのだ。その陰で、名も無き忍びが、非力な者が、無慈悲にその命を散らしていた。

 その時代に戻ることだけは、決してあってはならない。それだけは、絶対に、阻止しなければならないのだ。

 

「サスケ。イタチがお前を守るのは、弟であるお前がただ愛おしいから、ではない。イタチがお前を守るのは、お前を守ることが、“里”の未来を守ることだと信じているからだ。お前が成長し、いつか大人となったとき―――立派な忍者と成ったお前が、自分の代わりに、自分以上に、あるいはオレを含めた歴代火影たちすら越えて、里の未来を守ってくれると、信じているからだ」

 

「兄さんが……そこまで……オレのことを……」

 

 感動に震えるサスケに、畳間は言う。

 

「良いか、サスケ。オレは、変えて欲しい(・・・・・・)んじゃない。それは……オレの代で、終わらせる」

 

 畳間だけではない。始まりの夢を―――火の意志を残した初代火影。それを絶やすことなく今へ繋いだ偉大な先人たち。戦争を知り、痛みを知り、なお耐え忍ぶ意志を持った木ノ葉の者達。様々な事情が絡みつつも、五代目火影の意思に賛同し、木ノ葉の里と和平条約を結んだ各里の影たち。今を生きる大人たちの手で、その闇を絶つ。

 

「オレがお前に……お前たちの世代に求めるものは、変える(・・・)ことじゃない。変えない(・・・・)ことだ。オレが必ず、“夢の先”を描くから。お前たちはそれを守り、維持して欲しい」

 

 切実に、畳間は言った。その姿はまるで、重篤な病魔に身を蝕まれ壮絶な痛みに苛まれる者が、最期の瞬間に、救いを求めて神に祈る―――そんな、哀れで、弱弱しいものだった。

 

 サスケが瞠目する。イタチを除き、サスケが知る誰よりも強い忍者の、あまりに弱弱しい姿。驚愕した。だが同時に、困惑を抱いた。何故そんな姿を自分のような子供に見せるのか、疑問だった。ナルトでもなく、シスイでもなく、アカリでもなく綱手でもなく、何故、うちはの子供(・・・・・・)にそんな情けない姿を見せるのか、サスケは不思議に思った。

 そして、ふと、その理由に気づいた。だからサスケは言った。

 

「分かった。いつか火影になったとき、オレはアンタたちが描いた夢を受け継ぎ、守る。必ずだ。兄イタチの名と、この眼に誓う」

 

 畳間が安心したように、息を吐いた。

 

「だが……なんというか―――」

 

 そして、サスケは続けた。その言葉を聞いて、畳間は瞠目する。

 

「―――急ぎ過ぎ(・・・・)……じゃないのか?」

 

 サスケは、慎重に、言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。

 

「アンタがオレを通して何を見ているのか、誰に話しかけている(・・・・・・・・・)のか―――それはいい。別に興味も無い。ただ……その闇は、アンタの代で全部を絶てるほど、生易しいものなのか? 忍界の影たちや木ノ葉の忍者だけが耐え忍んで、それで終わらせられるものなのか?」

 

 それは、責めるようなニュアンスでは無かった。本当は出来ないんだろうと、出来ないことを言うなと、つるし上げるようなニュアンスでも無かった。ただ、素直なサスケの、純粋な疑問だった。

 だからだろう。畳間もまた、その言葉が、己の耳に、すんなりと入ってくることを感じた。

 畳間が言う通り、本当に畳間たちの代で終わらせられるなら、それで良い。サスケはそう思う。だが、出来ないこと(・・・・・・)は、どうあがいても、出来ない(・・・・)。一人では越えられない壁があり、仲間の手を借りてなお出来ないことがあることを、サスケは知った。

 畳間たちが挑んでいるモノは、初代火影の時代から、いくつもの世代を経てなお、解決していない問題だ。それを、五代目火影の代で終わらせられる(・・・・・・・)、自分達の代にはもう終わっている(・・・・・・・・)などという都合のいい未来があるとは、サスケはどうにも思えなかった。

 

 それは、素直な子供の、純粋な疑問だった。

 今の話を聞き、その意味を十全に理解し、それ以上を語られずとも火の意志を理解できる―――イタチほど、サスケは聡明ではない。だが同時に、大人の言葉を鵜呑みにし、考えることを放棄するような愚かな子供でも、無かったのだ。

 

「アンタがオレ達のことを、本当に大切に思ってるってことは、オレだって分かる。全てを終わらせてやるって、アンタが燃えているってのも、なんでかな……分かる(・・・)。オレもそう(・・)だからかもな……。だからこそ思う。アンタが全部をやる必要ってあるのか? って」

 

「サスケ……」

 

あいつ(・・・)が、言ってたんだ。アンタもいたから、聞いてたかもしれねェけど……。“出来ないことは、出来ない”。そういう時は、仲間を頼れって。だから……届かなくてもいい(・・・・・・・・)んじゃないかと、思うんだが……」

 

 サスケが、んーと唸りながら、言葉を紡ぐ。

 畳間は静かに、サスケの言葉を聞いていた。

 

「オレ達を頼れ、なんてのは、悔しいけど言えねェ……。オレとアンタは、それこそ大人と子供の差がある。アンタが出来ないことを、今いきなり頼られても、何も出来ないだろうしな……」

 

 だけど、とサスケが続ける。 

 

「やる気はある。オレだけじゃない。ナルトだってそうだ。まだまだオレ達は色んな意味で弱いが……アンタたちの背中を追い駆けてる。いつか、追い越してやる自信もある。オレ、この里が大好きだから」

 

 「ああ、そうか。これだ」と、探していた言葉が見つかったのか、サスケが一人納得したように頷いた。

 

「―――五代目(・・・)火影。オレはいつか、アンタやイタチが、安心して後を託せる(・・・・・)忍者になるよ」

 

 ―――里を慕い、貴様を信じる者たちを守れ。そして育てるのだ。次代を託すことが出来る者を。

 

 畳間の脳裏に、かつて聞いた言葉が蘇る。

 大切なのは、夢の成果の大小ではない。少しずつでも良いのだ。自分の代で進めた歩みが、例え小さな一歩だけでも構わない。大切なのは、その夢を、意思を、次の世代へ託すことだった。

 畳間も齢50になる。見た目こそ、とある理由で若さを保っているが、人の寿命を考えれば、残された時間は少ない。なまじ大国間での和平条約を実現し、「夢の先」が見えてきたがゆえに気が逸っていたことを、畳間は省みる。だからこそ、だった。「夢の先」が見え始めたからこそ、焦ってはいけなかった。

 

 かつて、畳間の幼少期―――初代火影の意思を継いだ二代目火影が、五大国の中、まずは雲隠れから攻略しようとした理由。好戦的な霧と砂、利益を優先する岩と異なり、雲は獰猛だが、その実、義理人情の色が強い。一度確固たる味方とすれば、雲隠れは決して裏切ることは無い盟友となる。そして一度敵対すれば―――その仲を修復することは困難だ。だから二代目火影は、五大国の中でまず第一に、雲隠れの里との同盟を望んだ。

 

 二度に渡る戦争。畳間は雲隠れの里から、あまりに大きな怒りと憎しみを買った。

 

 つまり千手畳間はどうあがいても(・・・・・・・)、雲隠れの里と友好を結ぶことは出来ない(・・・・)

 

 完璧な人間などいない。すべての人間と仲良くすることが出来る人間などいるはずがない。出来ることと、出来ないことがあるのだ。

 「五代目火影」千手畳間は、砂、岩との仲を修復し、友好を築くことは出来ても、雲隠れと友好を結ぶことは、出来ないのだ。それに気づけていなかった。出来ると思っていた

 現在、内乱で外に侵出できない霧を除いて、唯一好戦的なのが、雲隠れの里である。畳間は、岩、砂、木ノ葉の連合によって、雲隠れを緩やかに包囲し、その戦意と戦力を削ぎ落す腹積もりであった。戦争を起こすつもりは毛頭ない。だが、そのやり方の本質は、かつて木ノ葉が受けた仕打ちと全く同じものである。平和のために、子供たちのために、二度とあの戦争が起きないように。―――そう思えば思うほど。

 

 ―――出来ないことを無理にやろうとしたら、碌なことにならない。軸がブレて(・・・・・)本質を見失う(・・・・・・)

 

 人は、些細なことで揺れ動く。歳を取れば取るほど、価値観は固まり、弱点における視野は狭まっていく。だが、まだ大丈夫だった。まだ軸はブレていない。過ちも犯していない。だが、これから先もそうであるとは、誰にも言い切れない。人は変わるものなのだ。よくも、悪くも。いつか、「夢の先」を目と鼻の先にして、なおその道を阻む雲隠れを前にしたとき、畳間が手段を誤らないという保証は無い。

 そのとき、表舞台から退く選択を取れるか、あるいは強行に突き進むのか―――そのときこそ、火影としての器が試される。

 初代火影。二代目火影。三代目火影。四代目火影。孫のために、弟子のために、弟分のために、息子のために―――皆が皆、「未来」のために、退く道を選んだ。

 

 ―――だとするならば。すべてを終わらせるまで退けないなどと己惚れるのは、あまりに恥ずべき行いではないか。

 

 ―――だとするならば。出来ることをするならば。小さな一歩を、確実な一歩を、残すのならば。

 するべきことは一つだけ。

 砂隠れは、ナルトに任せる。

 雲隠れは、シスイに任せよう。あの子は優しく、義理堅い子だ。きっと父の不出来を、補ってくれる。畳間とはまた別の方法で、雲隠れの尖った心を、溶かしてくれるはずだ。

 霧隠れは、カカシ達の世代に任せよう。カカシは、五影会談で、霧隠れの「心」を直に見聞きしている。必ず、なんとかしてくれる。

 ゆえに畳間がすべきことは―――岩隠れとの、確実な結束。やけに畳間に友好的な三代目土影。彼との、縁を逃さず、断金の絆を結ぶ。それこそが、「五代目火影」千手畳間の出来ること。

 

うちはサスケ(・・・・・・)。お前に、最大の感謝を」

 

 親は子を育て、子は親を育てる。無限の可能性を持つ子供は、道を選んできたがゆえに可能性が狭まっていく大人に、思いもよらぬ新たな選択肢をくれる。

 

(この歳になって、子供に教えられるとはな……。オレもまだ青い)

 

 今はまだ、小さな木ノ葉でも―――。

 

(爺ちゃん……)

 

 千手柱間は当時の「問題児」に、今の畳間と同じ気持ちを抱いていたのだろうか。だからあのとき、その命を投げ打って、この命を未来へ繋げてくれたのだろうか。今となっては知る術はない。だが、そうであってくれれば嬉しいと、畳間は思う。

 

「あれ……?」

 

 いつの間にか現実に戻っていたことを認識したサスケが、惚けた様に目を瞬かせ、周囲をきょろきょろと見渡している。

 

「サスケ。さっさと紫電を会得しろ。オレは今、久方ぶりにやる気に燃えている」

 

 畳間が燃えあがるような笑みを浮かべて、サスケを見つめている。

 サスケは畳間の言葉を受けて、自分が「試練」を越えたのだと思い、拳を強く握って喜びを示し、早く紫電をモノにするのだと息巻いている。

 

 ―――基礎が終わったら、精神鍛錬だ。うちはの子は実力の伸びしろは高いが、精神が脆い。ギリギリを見極めて、精神的に追い込む。中途半端に闇を見るのはダメだ。やり過ぎても駄目だ。生かさず殺さず、ギリギリのところを攻めて、精神を鍛える。見たところ、サスケはオレ以上に揺れやすい(・・・・・)。その極端から極端に揺れ動く精神が安定すれば、きっと大きく化ける(・・・)はず。シスイとイタチのアレ(・・)も参考にしよう。爺さんが亡くなっていたオレとは違う。サスケにはイタチがいる。イタチにも協力して貰って、順次追い込みをかける。極端に吹っ飛んでも、イタチがいれば何とか戻って来れるはず。

 

 畳間が脳内で、サスケ育成計画を、光の速さで構築していく。自身の代で為すことを岩隠れとの友好に絞った畳間は、これまで無意識に感じていた圧迫感と重圧から解放され、気分が高揚していた。

 

 ―――あれもやりたい、これもやらせたい。ああ、叔父貴がオレに無茶苦茶やってた気持ちが今になって分かる。楽しみでしょうがなかったんだ。純粋な「問題児」がいつか化ける「その時」が。

 

 ―――サスケ……。自分から飛び込んでいくのか……(困惑)

 

 互いにズレた笑みを浮かべるサスケと畳間の隣で、カカシがサスケを憐れみを以て見つめた。


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