メメント・モリ   作:阪本葵

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第43話 簪のIS

照秋とマドカそして箒は、簪のIS製作を手伝うようになった。

しかし、最初こそ簪は頑なに協力を拒否した。

 

「自分一人で完成させたい」

 

簪はそう言い続ける。

自分の姉である更識楯無が一人で専用機を完成させたという事に、意地でも自分も一人で完成させると言っているのだ。

簪は常に姉と比較される。

別に簪の出来が悪いわけではない。

むしろ優秀な人間である。

だが、楯無はそれを超える天才だった。

どれほど頑張っても、その上を行く姉。

そんな天才と比較され、簪の優秀さは霞んでしまう。

そして簪にとって楯無はコンプレックスとなった。

いつも比較される対象であり、自分の努力をあざ笑うように上回る結果を残す姉。

ついには若くして更識家の当主になり、さらに周囲の言葉が簪に突き刺さる。

 

姉は優秀なのに、妹は――

姉妹とはいえ、才能は似ないのか――

 

そして、楯無のISミステリアスレイディは楯無ひとりで組み上げたという。

ならば、最低でも自分も一人でISを組み立てることが出来なければ同じ土俵に立てないと思ったのだ。

だから、倉持技研で開発途中だった打鉄弐式を引き取り、自分一人で組み立てることにしたのである。

 

姉である楯無はそんな境遇にいる悩む簪を助けず、逃げた。

自分が何を言っても聞いてくれないと、自己完結して、自分が傷つくことを恐れ、逃げたのだ。

そこからさらに確執が出来た。

簪は楯無と距離を取るようになり、さらに自分の殻に籠るようになった。

もともと大人しい性格から、友達もさほど多くない簪は内に籠り家族とも距離を取る。

身近にいるのは従者である布仏本音のみ。

孤立していく簪を、楯無は更識家当主の仕事での謀殺と、ロシアの国家代表になるべく渡露によって会う機会がめっきり減り何もできなかった。

 

そんな心情を持つ簪に対し、マドカが言い放ったのだ。

 

「バカじゃねーの」

 

これには簪も怒りをあらわにしたが、マドカは言い続ける。

 

「一人で完成させて、姉に近付きたい。その気持ちはわからないでもないが、でも根本が間違っている」

 

「……根本?」

 

「タダ完成させるだけじゃあダメだ。目標はただの完成じゃない。ミステリアス・レイディより高性能のISを完成させるんだ」

 

「それは当然。ただ完成させるなんて低い目標でやってない」

 

「じゃあ聞くが、センパイの目指すミステリアス・レイディより高性能ってのはどれくらいの基準だ?」

 

簪は考える。

ミステリアス・レイディより、どれほど……?

漠然と考えていた事を、いざ基準を言えと言われると言葉が詰まる。

 

「ワールドエンブリが目指す完成形は『無敵』だ」

 

「……無敵……」

 

特撮好きの簪が嫌いじゃない言葉だ。

 

「これはウチのIS開発コンセプトにおいて理念と言っても過言ではない。一つ一つ、竜胆も、赤椿も、開発コンセプトの根幹は『無敵』だ。最強じゃあないぞ。無敵だ」

 

最強とは、読んで字の如く最も強いという事だ。

そこには解釈にもよるが、強くても相手より僅差で強いとも取れる。

だが無敵は違う。

無敵とは、敵無しということであり、そこには絶対の強さがある。

 

「一人で重荷を抱えるな。一人でできることなんてたかが知れてる」

 

だから、頼れ。

私たちを。

 

いいじゃないか、そんなことで姉と張り合わなくても。

張り合うなら、その先のISの性能、強さで張り合え、と。

さらに、マドカはとんでもないことを言い出した。

 

「そもそもミステリアスレイディはアイツひとりで組み上げたんじゃないぞ」

 

「……え?」

 

「アレはもともとロシアが開発したグストーイ・トゥマン・モスクヴェの機体データを元にして、さらにイタリアやイギリスのISの技術も流用している。しかも基礎フレームやら基本武装なんかは7割完成していた。さらに、同学年の整備科の生徒にも手伝ってもらってるしな」

 

「……私はひとりで完成させたって聞いた……」

 

「ロシアのプロパガンダなんじゃないのか?アメリカや他国をけん制する意味で、優秀な国家代表はいい広告塔だからな」

 

「そうなんだ……」

 

自分が知りもしない事実を知るマドカに、空恐ろしいものを感じたが、しかし何故か肩の重荷が降りたような気がした。

そして、気が抜けたのか、それともマドカの言葉が心に響いたのか。

マドカにそう諭され、簪は涙を流した。

自然と涙が流れたのだ。

 

簪も、日々遅々として進まない専用機の開発に神経が擦り切れストレスが溜まり鬱になりかけていたのだ。

しかし、マドカの一言で肩が軽くなった。

そう、頼っていいんだ。

今は準備段階であって、同じ土俵に立っていない。

姉と張り合うなら同じ土俵に立ってからだ。

 

そうして、簪はマドカの説得により同じワールドエンブリオのパイロットでもある箒と照秋にも手伝ってもらう事になったのだった。

ちなみに、簪の従者である布仏本音も手伝うと手を上げたが、事が企業と政府のやり取りであり、さらに布仏家は更識家との繋がりがあるため、情報漏えいを恐れてこれを却下した。

簪もその辺りの話は理解しているので本音の申し出を拒否した。

実際本音はそう言った指示を楯無から受けていたのである。

だが、従者として、友達として簪の役に立ちたいと思ったのも事実であり、簪に断られたことに本音はショックを受けたが、仕方がないと納得してる。

とはいえ、照秋は勿論、箒もISの開発に役に立つほど詳しくはない。

できても雑用程度だ。

それでも簪は嬉しかったのだ。

一人でやるより、楽しく感じる。

 

そんな中でも劇的な変化もあった。

 

「ふむ、打鉄弐式か。第三世代機なのか?」

 

「う、うん。打鉄の後継機がコンセプトだから……」

 

箒が打鉄弐式のデータを眺め呟く。

 

「一応、考案してるマルチロックオンシステムが第三世代機相当の武装になるんだけど……」

 

簪は口ごもる。

簪の提案するマルチロックオンシステムは装備予定とされている6機×8門のミサイルポッドから最大48発の独立稼動型誘導ミサイルを発射するものであるが、システムプログラムが完成しておらず、また打鉄弐式完成が遅れている一因でもある。

倉持技研でもマルチロックオンシステムの構築には手を焼いていたところで、白式の開発優先として打鉄弐式の開発を凍結した。

 

「イメージインターフェースか。……これ、夏雪のAIで何とかならないか?」

 

データを見ながら呟く箒の何気ない発言に、簪は目を見開く。

 

「本当に?」

 

簪は忙しなくキーボードを叩くマドカを見る。

すると、マドカは簪を見ずにこう返した。

 

「夏雪のビット兵器はAIの自動操作で、さらに学習機能もある。独立ビット操作と固定砲台操作の違いはあるが、恐らく可能だろうな」

 

「……出来るんだ……」

 

簪の表情が明るくなる。

自分の考案した武装が実現可能であるという事に、光明が見えたのだ。

 

「だが、それより根本的問題がある」

 

「え!?」

 

それは何!?

そう言いたそうに、簪はマドカに食いつく。

 

「打鉄二式そのものの規格が耐えられない」

 

「……それって……」

 

「簡単に言えば、基礎フレームが古すぎてマルチロックオンシステムに対応できないってことだな」

 

「……そんな」

 

倉持技研での打鉄弐式の開発コンセプトは第二世代機の打鉄の後継機である。

だから、打鉄の基礎フレームを流用しているのだが、それを無理やり第三世代機にカスタムしようというのだ。

しかし所詮は第二世代機から抜け出せる性能にはならない。

光明が一気に絶望へと変わるが、マドカは空間投影モニターを簪に見せた。

 

「そこで、だ。[打鉄]の基礎フレームを[竜胆]にしないか?」

 

「……え?」

 

「もちろん竜胆をカスタマイズするから量産機の竜胆とは性能が段違いに変化するぞ」

 

どうだ? と顔を向けるマドカ。

 

「まあ、打鉄弐式に愛着があってどうしてもっていうなら、なんとか無理やりにでも取り付けて対応させるが、それでも性能のグレードダウンは否めないぞ」

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

「ん?」

 

慌ててマドカの説明を止める簪に、マドカは首を傾げる。

 

「竜胆を基礎フレームに使っていいの?」

 

信じられないといった顔でマドカを見る。

 

「ああ、その辺りの話は社長にも政府にも了承済みだ」

 

束は、やるならとことんやる性格であるため、簪の専用機も本来は自分で作りたかったのだがそれでは簪の意向にそぐわないため、ならば技術と環境は惜しみなく提供しようというところで妥協した。

日本政府も、日本の代表候補生が持つ専用機が他国より強くなるならなにも文句はないので口出ししない。

 

「本当ならワールドエンブリオ側で専用機を用意したいんだが、それはセンパイの意志にそぐわないだろう?」

 

「え、う、うん……」

 

「だから、センパイのイメージ通りの専用機を完成させるために、ウチは協力を惜しまない」

 

破格の待遇に口をあんぐりと開ける簪。

ここまで好待遇だと、逆に勘ぐってしまう。

そして、ある可能性を口にする。

 

「……もしかして、姉さんから何か……」

 

そう、姉であり、IS学園生徒会長であり、ロシアの国家代表である更識楯無が何らかの便宜を図っているのではないかという可能性。

そうなれば話は別だ。

どれだけ好待遇だろうが、心がそれを享受しない。

それに、噂ではつい先日マドカが楯無と非公開に試合を行ったと聞いている。

その試合はワールドエンブリオの新兵装の試験という建前、内容は伏せられている。

しかし、結果は楯無が勝ったと聞いている。

簪は試合の真相は知らないし誰も教えてくれないが、もしかしたら、その試合の時に何か言われたのではないかと思ったのだ。

 

「あの異世界人は関係ない」

 

マドカはきっぱり否定する。

 

「い、異世界人?」

 

「あんな髪の色の日本人がいるか? 水色の髪の人種なんて聞いたことないだろ? だから、宇宙人か異世界人ってことだな」

 

「あの……そうなると私も髪の毛水色なんだけど……」

 

「そうか、綺麗じゃないか。まあ、そんな髪の色の日本人もいるよな」

 

「……んん? 姉さんには……」

 

「ありゃ異世界人だ」

 

「私は?」

 

「似合ってるよな」

 

「……」

 

マドカの基準が分からない。

簪はコメカミに指を当て悩むが、箒がポンと肩に手を置く。

 

「気にするな。気にしたら負けだ。だから私は気にしない」

 

「……ええぇ~……」

 

要するに、マドカの言う事にいちいち目くじら立てるなと言っているのだ。

そう言い諭す箒の表情は、哀愁を漂わせていた。

 

ちなみに、ここまでの女子三人の会話に照秋は一切参加せず、一人黙々と掃除をしていた。

 

「……俺、いるかな……」

 

照秋は、自分がココにいる意義を考え、そしてこんなことしてるくらいなら走ってた方がいいと思うのだった。

というわけで、一人ひっそりと機材を運ぶ際に筋トレしたり、空気椅子したりしていた。

そしてそれを目敏く見つける女子三人。

 

「アイツの頭はトレーニングしかないのか?」

 

「……婚約者ながら流石に恥ずかしいぞ」

 

「ある意味才能。あれは光るものがある」

 

「光る? 何に光るんだ?」

 

「筋肉漫才」

 

「やめろ」

 

とりあえず、この好待遇に楯無は一切関わっておらず、逆にワールドエンブリオは更識家と関わりを持つことを拒否しているという言葉を聞き簪はホッとするとともに、更識家と関わりを拒絶しているということに驚いた。

更識家は古くから日本の暗部に関わる仕事を生業としており、それこそ日本政府とは切っても切れない関係であり権限もかなりあるのだ。

それを拒絶し、さらに日本政府がそれを容認しているというのだから驚くしかない。

そもそもの発端が楯無の暴走によるマドカと照秋への突っ掛りであり、それを束が一切見逃さず観察しており、「まーちゃんとテルくんに酷いことやる奴は嫌いだ!」と言って更識家からの調査や要請をすべてシャットアウトしてしまっているし、日本政府にも更識家が関わってくることを拒否している。

楯無自身が蒔いた種とはいえ、日本政府からワールドエンブリオに関する調査を一切禁ずると通達されるとは思ってもいなかったようで、楯無は生徒会室で暴れまわるのはまた別の話。

 

結果として、簪は専用機の基礎フレームを打鉄から竜胆へ変更した。

それによって専用機開発が一からになってしまったが、もともと第三世代機として完成している竜胆のカスタマイズということと、マドカという優秀なサポートを得てスピードは格段に上がった。

さらに簪の作成しようとしていたマルチロックオンシステムであるが、束が竜胆の換装パッケージとして開発していたものの中の没になったシステムで似たものがあったらしく、それを元にシステムを構築していくことになった。

様々な環境の変化やバックアップなど、目まぐるしく変化していき、今まで完成の目途が立たなかった専用機開発が、あっという間に自分の描いた形を成していく。

それが嬉しくて、簪は日を追うごとに形が変わっていく自身の専用機を、ニヤニヤ笑みを浮かべ眺める日々が日課となり、それを横で見ていたマドカと箒は「コイツ大丈夫か」と本気で心配した。

そして、それを陰ながら見ていた楯無は悔しさに歯ぎしりするのだった。

 

そうして、新たな簪の専用機は名前も新たになった。

 

名称――竜胆更識簪専用カスタマイズ機

 

  [甲斐姫(カイヒメ)]

 

兵装

 

マルチロックオンシステム―――[(アザミ)]

 

連射型荷電粒子砲4門―――[桔梗(キキョウ)]

 

近接武器超振動薙刀―――[立菫(タチスミレ)]

 

近接武器刀剣2刀―――[金木犀(キンモクセイ)銀木犀(ギンモクセイ)]

 

広域防御兵装―――[扇芭蕉(オウギバショウ)]

 

ほぼすべて簪の草案通り、いやそれ以上の効果を得る装備を得た。

しかし、自身の草案を完全に実現できる技術力を持つワールドエンブリオという企業に、簪は驚嘆するとともに、空恐ろしくなるのだった。

 

 


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