メメント・モリ   作:阪本葵

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第30話 照秋と鈴の戦い

結局、この日は一夏が出ていくと程なくして解散となった。

凰と一夏が照秋たちとの関係を引っ掻き回してしまったので、千冬は照秋との関係修復ができるような雰囲気ではなくなったのだ。

普段なら、そして先日スコールと飲み明かし気持ちの整理がついた今ならそんな空気など構わず強引に行く千冬だが、今回ばかりはそんな気力も無くなっていた。

一夏の口から飛び出した照秋に対する罵詈雑言を初めて聞いた千冬は、穏やかな気持ちではいられなかった。

それでも収穫はあった。

 

マドカとスコールは亡国機業という秘密結社に在籍していたが、その結社は有害なものではなく、人道支援が主だったこと。

日本政府もそのことは知らなかったが、知っていたとしても何ら問題がない。

 

次に暗躍する篠ノ之束。

その行動は不可解でありさらに現在も連絡が取れない状況である。

 

そして、照秋の専用機[メメント・モリ]の秘密

これはISというもの自体が謎の部分が多く解決できるものではなかったが、驚異の能力炎熱操作[インヘルノ]をロックすることになった。

まだまだ不明な部分が多い機体だが、今はこれで十分だろう。

 

途中参加の更識も、現状でここまでわかれば十分だと言っていた。

彼女自身今回のマドカの告白は知らされていない事実が多く、さらに調査をすると息巻いていた。

 

さて、なんだかんだとあったが、時間は容赦なく進む。

日付が変わり、いつもの時間に照秋たちは起き朝の訓練をこなし、いつものように授業に出る。

だが、照秋はいつにも増して無言だった。

その理由は放課後の試合にある。

相手は中国代表候補生の凰鈴音、ISでの試合だ。

別に気負っているわけではない。

凰はISの操縦が上手い。

わずか一年で代表候補生になるほどの才能もある。

だが、それだけだ。

照秋にとって、うまいだけの人間はたとえ代表候補生だろうが脅威にはならない。

それでも、照秋は決して油断しない。

昨日の凰の中国での状況も理解している。

自分で蒔いた種とはいえ、この試合で負ければ代表候補生を降ろされ、専用機をはく奪される。

同情してしまうのは仕方がない。

だが、それで試合に手を加えるような腐った考えを照秋は持っていない。

試合とは、真剣勝負である。

試合とは、各々の力を全力でぶつけ合い如何なく発揮する場である。

そこに私情など挟む余地はない。

照秋は、授業中もずっと試合に向けて精神集中していた。

 

それがわかっている箒とマドカは何も言わず照秋を見守り、状況が分かっていないセシリアは箒から理由を聞いて納得、照秋勝利を願い集中する姿を見て祈るのだった。

 

「……はあ……集中する凛々しい顔……かっこいいなあ……」

 

「はふぅ……たまらなくセクシーですわあ……」

 

「ちょっと黙れお前ら」

 

結局箒もセシリアも平常運転だったので、マドカは呆れるばかりだった。

 

 

 

そして放課後

照秋は指定されたアリーナへ向かい、ピットで最終チェックをする。

周囲には箒とセシリア、マドカがいる。

スコールと千冬は今回は審判を兼ねているので管制室におり、反対側のピットには凰と一夏がいる。

照秋はIS[メメント・モリ]を纏い、準備万端である。

二本の角が付いた黒いバイザーで目が隠れているため表情はわかりにくいが、その視線はアリーナのグラウンドに向けられている。

 

『織斑照秋、凰鈴音、両者グラウンドへ出ろ』

 

千冬のアナウンスが流れ、照秋はPICで床ギリギリに浮上し射出口へ向かう。

 

「照秋! がんばれ!」

 

「テルさん、ファイトですわ!」

 

箒とセシリアが激励を送る。

 

「普通にやったら勝てるだろう。さっさと終わらせて来い」

 

マドカは相変わらずだ。

そんな三人にサムズアップして応え、照秋は飛び立った。

 

アリーナグラウンド中央に、照秋の纏う[メメント・モリ]と凰の纏う[甲龍]が相対する。

お互い黒を基調とした機体カラーでありながら、メメント・モリは金色の翼を広げ神々しさを思わせる姿。

対して甲龍は赤色が加えられ、肩に浮くアンロックユニットは攻撃的なフォルムである。

 

「逃げずに来たわね」

 

凰は不敵に笑い照秋を挑発するが、照秋はそれに反応することなく無言だ。

 

「ちっ、すました顔してヨユーシャクシャクってやつ? はっ、舐められたもんね私も」

 

照秋に無視されたのが気にくわないのか、さらに言葉を続ける凰。

しかし照秋は全く反応しない。

バイザーで目が隠れているので表情もわからず、凰は益々イライラする。

 

『基本ルールは国際IS競技規約に則ったものと、特別ルールとして時間制限を30分とする。30分過ぎて決着がつかなかった場合、シールドエネルギーの残量で判定する』

 

照秋は右手に刀剣型武装[ノワール]をコールし、蜻蛉の構えを取る。

 

『では、お互い正々堂々フェアプレーを心掛けるように』

 

凰は青竜刀型の[双天牙月]を両手に装備する。

 

ビーーーッ!!

 

試合開始のブザーが鳴り響くと同時に凰が突撃する。

 

「うりゃああああっ!!」

 

掛け声とともに両手の双天牙月を振り回す凰。

対し照秋は蜻蛉の構えのまま待ち構える。

 

「はあっ! せいっ!!」

 

ガギンッ! ガギンッ!!

 

剣がぶつかり合い金属音が鳴り響く。

凰はがむしゃらに双天牙月を照秋に振り降ろし、それを照秋はノワール一本でいなす。

二本の双天牙月を間髪入れず連続で攻撃しているのに、照秋はそれをノワール一本で捌く。

それが凰のプライドを傷つける。

 

「調子に乗ってんじゃないわよ!!」

 

凰は一旦距離を置き双天牙月を連結させ、バトンのように振り回し照秋に投げつけた。

高速回転しながら照秋に向かってくる双天牙月だが、そんな直接的な攻撃照秋に通じない。

照秋は飛んでくる双天牙月を難なく避けた。

しかし、そこに照秋に衝撃が襲う。

突然の見えない攻撃をまともに食らいバランスを崩す照秋。

 

(……これが衝撃砲か。不可視の攻撃がこれほど厄介だとはな)

 

苦痛に顔を歪めながらもすぐさま体制を整えるが、甲龍から繰り出される衝撃砲は不可視の砲弾であり認識は困難である。

照秋は急場しのぎに凰から距離を取りアリーナを大きく旋回する。

 

「逃げても無駄よ!!」

 

凰は攻撃が通じるとわかるやニヤリと笑い、衝撃砲を連発する。

砲身の限界角度がないため360度死角がなく、さらに砲身が見えないので発射タイミングがわからない。

 

空気の砲弾がアリーナの壁、地面に無数に当たり爆発音が鳴り響く。

そして照秋は全ての衝撃砲の攻撃を避けているわけではなく、数回攻撃を食らいその度によろけ、すぐに体勢を立て直し回避行動を続ける。

 

「あはははははっ! 昨日の威勢はどうしたのよ!」

 

もう勝ち誇ったように高らかに笑う凰。

照秋は衝撃砲に対処できない、そう判断し凰は照秋に衝撃砲を連発する。

勝てる!

やはり中国の第三世代機は世界に通じるのだ!!

そう思った。

それが、自滅の道へと進む行いだと考えずに。

 

 

ピットでは、モニタで観戦する箒とセシリア、そしてマドカ。

箒とセシリアはハラハラしながら試合を見ている。

まさか照秋がここまで苦戦するとは思っていなかったのだ。

しかしマドカは無表情に試合を見つめ続け、やがてぽつりとつぶやく。

 

「そろそろか」

 

「……え?」

 

「何がですの?」

 

マドカの呟きに敏感に反応する箒とセシリア。

 

「衝撃砲は確かに脅威だ。威力が弱いという欠点はあるが、不可視の砲弾、見えない砲身、限界角度のない砲身、死角はない」

 

マドカが不安な事を言うので箒とセシリアは益々焦る。

 

「だが、あれだけバカスカ撃てば利点はもう無いに等しい」

 

「……? どういう意味だ?」

 

「テルはただ避けているだけじゃない。衝撃砲を、凰を見極めているんだ」

 

「……あっ!」

 

「……! なるほど」

 

マドカの言いたいことが分かった箒とセシリアは、一転して照秋に信頼の目を向けた。

 

「そろそろ凰のクセを見極めた頃だろう」

 

マドカがそう言うと同時に、モニタに映る試合の展開が変わった。

 

「反撃開始だ」

 

 

 

管制室でモニタリングしていた千冬は、照秋の操縦技術のレベルの高さに絶句していた。

大きく旋回して衝撃砲を避けていた照秋が一転して凰に向かって攻撃を仕掛けはじめた。

自棄になったのかと思ったが、どうもおかしい。

凰は衝撃砲を照秋に向けて発射しているのにもかかわらず、接近してくる照秋に当たらない。

照秋の握る刀剣型武装[ノワール]が凰を襲う。

凰は迫りくるノワールを間一髪避け、照秋から距離を取りつつ衝撃砲を繰り出す。

だが、照秋はその衝撃砲を難なく避けさらに凰が距離を開けようとしていることをさせまいと近付く。

 

『なんで!? なんで急に当たらなくなったのよ!?』

 

凰の絶叫がアリーナ内の集音マイクによって管制室に響く。

凰の疑問も尤もだが、千冬とスコールにはそのタネはわかっている。

 

「……何という違和感のない緩急だ」

 

「ストップアンドゴーをスムーズに繰り出すことによって、衝撃砲の射線をずらしているのね」

 

満足げに笑うスコールの横で、千冬は目を見開き驚くしかできなかった。

照秋が見えない砲弾に対しての対策、それが緩急をつけた動きで射線をずらすという事だった。

凰には見分けがつかない程になめらかな緩急により、狙いを定めた相手が急に当たらなくなるという不可解な事象が発生し混乱する。

そんな負のスパイラルに陥り、凰はさらにパニックになり衝撃砲を連発する。

照秋を確実に狙うという単純な砲撃しかしない。

そもそも凰は馬鹿正直に照秋のみ狙ってしか撃っていない。

弾数制限のない不可視である衝撃砲ならば、牽制を兼ねたわざと外した砲撃も有効であるにもかかわらず凰はそれをしない。

凰は明らかに実践経験が不足していた。

さらに、照秋は凰が衝撃砲を撃ち出すタイミング、癖を見抜いていた。

 

「彼女、衝撃砲を打つ時奥歯を噛みしめるのね。頬の筋肉が一瞬動くわ」

 

「それを見抜くほどの洞察力を持つのか、照秋は」

 

「戦いに最も重要なのは情報だと口酸っぱく教えたからね」

 

”ヒントはどこにでも転がっている。それを見逃すな。見極めろ”

 

私の言いつけを守っていい子ね、とスコールはまた満足そうに頷く。

しかし、スコールは簡単に言うがそんな相手の一挙手一投足の細かな動きを見極めるなど、やれと言われてそうそう簡単にできるものではない。

千冬は、照秋と鈴の間に絶対的な差があるが故の試合運びだと分析していた。

全ての事象が照秋に味方している。

凰はドツボにはまり混乱している。

しばらく離れて落ち着けば打開策が見つかるだろうか、照秋がそうさせない。

常に接近しノワールで攻撃、さらに衝撃砲を接近戦をこなしながら避けるという離れ技を目の前で繰り出され、凰の思考はまとまらない。

 

そしてとうとう照秋の攻撃が凰に当たった。

照秋は一貫してノワールによる刀剣での近接攻撃で凰にわざと双天牙月で受けさせていた。

その攻撃が自分の体、腕、足への攻撃ばかりで双天牙月で防ぎやすく、次第に凰の意識が自身の体、腕、足に集中していくのを見越して甲龍のアンロックユニット[龍咆]を攻撃した。

肩口からアンロックユニットが爆発を起こし爆風によって凰はよろける。

それを見逃す照秋ではなく、続いてもう片方の[龍咆]をノワールで真っ二つに切り裂いた。

 

「勝負あったな」

 

「ま、もともと彼女に勝ち目なんてなかったけどね」

 

スコールは、もう少し楽しめるかと思っていたのか、つまらなそうにモニタを眺める。

千冬もスコールの言葉には同感で、チラリと二人のシールドエネルギー残量を見る。

 

メメント・モリ ――― [FULL 700] [残量 593]

甲龍 ――― [FULL 600] [残量 120]

 

戦いを終始見ていると凰の攻撃の方が多く当てている。

にも関わらずシールドエネルギー残量は照秋の方が多い。

アンロックユニットの[龍咆]が破壊されてこともあるが、それでもメメント・モリのシールドエネルギーの消費が低すぎる。

 

「派手に当たっていると見せかけ、実はほとんどダメージを受けていないとはな」

 

「相手を油断させるのも技術よ」

 

「ああ、その通りだ」

 

まともに受けたのは最初の衝撃砲一発だけで、あとの旋回中の被弾は全て芯を外し最小のダメージに留めた「演技」だったというわけだ。

それにまんまとはまった凰は、未だにそのカラクリに気付いていないだろう。

 

 

 

「っつう!?」

 

[龍咆]が破壊され怯む凰は、目の前に迫る照秋の攻撃を避けることに精いっぱいだった。

 

(こいつ! 剣一本だけしか使ってないのにここまで出来るの!?)

 

自分がクズだ卑怯者だと罵った人間が、自分の遥か高みにいることを痛感する。

この強さは中国代表のそれと遜色ないだろう。

先日の無人機襲撃の戦いぶりを見ていても照秋の技量の高さは自分より上だとわかっていた。

だが、認めるわけにはいかなかった。

認めてしまえば照秋の強さを見抜けなかった自分の目が曇っていたことになる。

一夏が言っていた卑怯者だという言葉を覆してしまう。

何がなんでも認めるわけにはいかない。

そしてそんな意固地なった結果、蓋を開けてみれば試合は一方的な展開、さらに未だ底の見えない強さに、手加減をされているように感じる。

そう、まるでクラス対抗戦での自分と一夏の試合の様な稽古をつけられているような戦いだった。

 

(私がこんな奴に手加減されて、しかも手も足も出ないですって!? ありえない! ありえないありえないありえない!!)

 

「あり得るわけないだろうがー!!」

 

凰が大声を上げ無理やり自分を奮い立たせ双天牙月を振り回す。

型もクソもない、癇癪を起した子供のように、やたら滅多ら振り回す。

 

「うわああああああっ!!」

 

怒りをぶつけるように、照秋に接近する凰。

それを照秋は冷静に見つめる。

そして蜻蛉の構えから、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し凰に接近、そこから繰り出すは必殺の気魄、稲妻のごとき剣速の一撃・示現流[雲耀の太刀]である。

 

凰はこの試合で初めて危険察知が働いた。

この攻撃を受けてはいけない!

本能が警鐘を鳴らす。

考えるより体が動き、照秋の見えない一太刀を無意識に双天牙月で受け止めた。

だが、双天牙月がバターのようにノワールによって切り落とされ、攻撃を受けてしまう。

 

「きゃあっ!?」

 

攻撃を受け墜落していく凰はしかし、なんとか体制を整え地面すれすれのところで踏ん張る。

 

シールドエネルギー残量 20

 

雲耀の太刀によって、双天牙月で力を殺したにも関わらずシールドエネルギーが100も減ってしまった。

 

「……化け物がっ!」

 

憎々しげに照秋を睨み毒づく凰。

そんな照秋は相変わらずバイザーで目が隠れているため表情がうかがえない。

ただ、口がピクリとも動いていないところを見るに、未だ気を抜かず集中しているようだ。

照秋は油断せず、蜻蛉の構えを取る。

凰はそれを見て、恐怖した。

またアレが、[雲耀の太刀]が来る、と。

今度こそ防ぐ手立てがない。

万策尽きた凰は、ただ悔しそうに睨むしかできない。

 

だがそこへ予想外の出来事が起こる。

 

「ぜらあああああっ!!」

 

突如大声と共に照秋に突撃をかける白い物体。

照秋はそれに慌てることなくノワールで防ぎ、逆に叩き落とした。

地上にぶつかり、土煙をまき散らしながらもすぐに体勢を整え、その乱入者は手に持つ刀剣型武装[雪片]を構える。

 

「……一夏」

 

凰は乱入者である一夏を見て呟くと同時に、自分を助けに来てくれたヒーローに喜ぶのだった。


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