メメント・モリ   作:阪本葵

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第28話 破滅

千冬は一夏と凰を連れ、照秋と箒の部屋へ向かった。

そして、部屋の前に着くと同時に隣の部屋のドアが開き、中からマドカが出てきた。

護衛としての任務遂行に忠実な人間である。

マドカは千冬とその後ろにいる一夏、凰を見てフンと鼻を鳴らし見下すような視線へと変える。

 

「何か用か」

 

冷たく言い放つ言葉に、千冬は眉を顰めるが今はそんなことで時間を食っている場合ではない。

 

「今日は教師として織斑弟と話に来た」

 

「ほう。で、金魚のフンみたいに着いてるビビりとチャイナはなんなんだ?」

 

悪口を言われ憤慨する一夏と凰だが、千冬の言うようにこんなことで時間を無駄にしている場合ではないのだ。

 

「あたしは照秋に用があるのよ」

 

「はっ、どうせ中国国内のゴタゴタの事だろう」

 

「な、なんで知ってんのよ!!」

 

「さてねえ」

 

中国国内で情報規制を行い決して外部に漏れていないはずの情報を知っているマドカ。

そんな驚愕する凰に対し、嫌らしい笑みを浮かべ凰を馬鹿にするような態度を取るマドカ。

 

「とにかく、部屋に入るぞ」

 

千冬が二人のやり取りを無視し、ドアをノックした。

 

 

照秋たちの部屋に入ると、照秋は千冬たちに椅子を勧めたが、生憎椅子は二つしかない。

マドカは立ったままでいいと言い、千冬は照秋の椅子に座る。

照秋は自分のベッドに腰掛けると、隣にぴったりくっつくように箒が座る。

そんな箒を見た凰が、一夏の手を引き箒のベッドに腰掛けた。

箒と凰は睨みあいを続ける。

何の対抗意識だろうか。

 

「あの、何のご用でしょうか?」

 

照秋は当然の質問をする。

先日ひどい別れ方をしたため、照秋は未だに千冬をまともに見ることはできす目をそらす。

そして千冬はまだ自責の念から少し照秋に対し緊張していたが、今回は私情ではないためまだ冷静だ。

 

「ああ、突然すまないな。少し込み入った話なんだ。まずは凰、お前の要件を済ませろ」

 

「……はい」

 

凰は渋々、ものすごく嫌そうな顔でゆっくり立ち上がり、何か口をもごもご動かしていた。

挙動不審な態度に照秋を箒は眉を顰める。

そもそも照秋と箒は凰に対し、良い感情は抱いていない。

先日あんな傍若無人な態度を取られ、あまつさえ散々貶されたのだ。

照秋はあまり関わり合いたくないという気持ちだが、箒に関しては殺気を向ける程嫌悪している。

 

しばらくして、凰は決心したのか、ゆっくり浅く頭を下げ、ぼそりと呟いた。

 

「……この前は……悪かったわよ」

 

「ん?」

 

照秋は凰の声が小さすぎて何を言ったのか聞こえなかった。

隣の箒も同様である。

 

「ほら謝ったんだから早く篠ノ之束博士に言って中国にワールドエンブリオの[竜胆]発注を認めさせなさいよ!!」

 

「はあ?」

 

照秋は凰の言っている意味がまったく分からなかった。

照秋は千冬に目を向けると、眉間に指を当てため息をついていた。

マドカはフンと鼻で息を吐く。

 

「この前テルに無茶苦茶な条件でワールドエンブリオを中国に支配させようとした契約書があっただろう?」

 

「え、ああ。あれ、なんでマドカが知ってるの?」

 

「そんなことはいい。そもそもテルがサインしたところで、いちテストパイロットのサインした契約書が有効になるハズがないんだが、中国はなんだかんだ難癖つけて強引に正規文書による正当な契約だと言い張るつもりだったようでな。とにかく、その時のこのバカ女の態度に激怒したウチの社長が、中国に抗議文を送って、さらに[竜胆]の発注拒否をしたわけだ」

 

「え、そんなことになってたの?」

 

何も知らなかった照秋は驚いた。

隣で聞いていた箒はざまあ見ろと言わんばかりの顔で凰を見る。

 

「社長にテルとバカ女のやり取りの動画を送ってやったら、何とコイツ国から責任取らされる羽目になって、代表候補生降ろされるし専用機取り上げられるし散々なんだよ、なあ?」

 

見下すような視線を送るマドカに、あまりにも情報が筒抜けになっていることに驚き過ぎて反論すらできない凰。

 

「言っておくが、答えはノーだ」

 

マドカがバッサリ切り捨てる。

 

「何でアンタが指図するのよ! あたしは照秋に言ってるのよ!!」

 

「おいバカ女、あんまり調子に乗るなよ」

 

マドカは殺気を込め凰を睨んだ。

すると、凰はまるで千冬に睨まれたようにビクッとし体を硬直させる。

 

「貴様は謝れば何でも済むと思ってるのか? だとしたら相当おめでたい脳みそを持ってるんだな。羨ましいね分けてほしいよ、そのぬるま湯脳みそをよ」

 

「なっ!?」

 

「勘違いしているようだが、私たちワールドエンブリオが行った処置は企業として当然の行為だ。それが不満だから謝って仲直りだ? 馬鹿も休みやすみに言え」

 

「くっ……」

 

「それに篠ノ之束博士の件についてはわが社は無関係だ。どういった経緯で照秋の受けた仕打ちを知ったのかは知らんし、それに対してわが社がどうにかできることなど何もない」

 

表向き、束はワールドエンブリオと繋がりをほぼ持っていないとされている。

だから社長が束なのも知られていない。

 

「だ、だから! こうやって照秋に頼んで……」

 

「それこそお門違いだ。そもそも篠ノ之束博士と繋がりがあったとして私たちが何を博士に頼む?」

 

「……それは……」

 

「中国のIS主要研究施設を破壊され、博士に目を付けられたから照秋経由でなんとか怒りを治めてほしいか? あ?」

 

マドカが凰を糾弾し続けるのを、だれも止めない。

止めることが出来ないのだ。

 

「なら証拠を出せ。中国を襲ったISが篠ノ之束の仕業だという証拠を。IS学園を襲った無人機ISが篠ノ之束の差し金だという証拠を」

 

中国を襲った大量の所属不明無人機ISと、篠ノ之束の抗議動画が同時期に来たというだけでその二つが関連する確たる証拠が無い現状、それはできない。

現状の物的証拠では、篠ノ之束は限りなくクロに近いグレーといったところだ。

なにかしら関わっているだろう、首謀者かもしれない。

だが証拠が無い。

 

「自業自得だ。バカ女」

 

一夏の隣で悔しそうに唇をかみしめる凰の前に立ち、マドカは見下ろしはっきりと言った。

 

「破滅に向かい惨めに地べたを這いつくばれ」

 

残酷な言葉が、凰に突き刺さる。

そして、そんな未来が容易に想像できたのだろう、凰はガタガタ震え始めた。

震える凰を黙って隣で見ていた一夏だが、もう我慢できなかった。

 

「おいアンタ! いくらなんでも言い過ぎだろう!!」

 

「なんだビビり、人間の言葉が喋れたのか。てっきりブヒブヒ豚の鳴き声でも鳴くのかと思ったぞ」

 

「なっ!?」

 

いきなり辛辣な言葉を投げかけられた一夏は絶句するが、気を取り直してマドカに抗議する。

 

「鈴だって謝ってるだろ! 許してやってもいいじゃないか! それに鈴が代表候補に残れる道なんだから!!」

 

「一夏……」

 

一夏は全く気圧されることなくマドカに反論し、それを見た凰は感激し目を潤ませていた。

だが、マドカは汚物を見るような目でフンと鼻を鳴らした。

 

「こんなクズが死のうがどうなろうが知るか」

 

あまりの暴言に、一夏は立ち上がりマドカを睨む。

 

「亡国機業にいた犯罪者のクセに!」

 

一夏がそう言うや、マドカは一夏の首を片手で掴み締め上げ睨む。

その眼は、先ほどまでの殺気や怒りなどではない、冷たい無感情な目だった。

 

「織斑一夏、貴様は何を知っている」

 

「がっ……ぐっ……!」

 

苦しそうにもがく一夏を、容赦なく締め上げるマドカ。

流石にこれは不味いと、照秋と箒、千冬が二人の間に割って入り止めた。

 

「落ち着けマドカ!」

 

「その手を離せ!」

 

「……ちっ」

 

箒と照秋に止められ、舌打ちし一夏の首を離したマドカは千冬を睨み早く話せと目で訴える。

 

「私の要件はその事だが、今は凰の事を片付けよう」

 

「……フン」

 

冷静にマドカを宥める千冬に、当のマドカは忌々しそうに一夏を睨み、空いている椅子にドカッと座った。

首を押さえ咽る一夏に、それを介抱する凰。

照秋と箒もオロオロとしている。

マドカはそんな照秋を見てそろそろここらが限界かと考える。

照秋は甘い。

顔色を青くし俯く凰を見て、照秋は今までの事を許してしまうだろう。

フン、仕方ないとマドカは凰を睨む。

 

「バカ女、条件を出してやる」

 

「……条件?」

 

「中国への竜胆発注は二機のみ、販売価格も一切の値引きなどしない。そのうち一機は趙雪蓮の専用機とすること。これ以上の譲歩はない」

 

「二機のみって……そんな」

 

「おまえ、自分で関係悪化させといてリスク負わずに関係修復出来ると思ってるのか?」

 

そうマドカに言われ、何も言えなくなる凰。

一連の話を聞いていた千冬も、マドカの言い分は会社経営のやり方としては当然であり、ここらが落としどころだろうと思った。

そもそもマドカの言うとおり、あんなお粗末な謝罪のみで自分たちの要求が全て通ると思っている凰は世間を知らないと思われても仕方ないだろう。

 

「数が足りないならお前ら中国お得意の海賊版、パクリを作ればいい。ま、お前らが甲龍程度の第三世代機しか作れない技術力で竜胆をコピーできるとも思えんがな」

 

「……っ!」

 

あまりな言葉に、凰はマドカを睨む。

マドカは自分の専用機、甲龍を馬鹿にしたのだ。

中国国内で切磋琢磨し苦心して建設した第三世代機の甲龍を、”程度”と軽んじた。

 

「訂正しなさいよ。甲龍は素晴らしい機体よ」

 

「粗悪な衝撃砲開発した程度でいい気になってる機体が素晴らしい? はっ、自国賛美もここまで行けば滑稽だな」

 

マドカが鼻で笑い、凰はとうとうキレた。

凰はいきなりベッドから立ち上がり、椅子に座るマドカに飛びかかった。

いきなりの事で気を抜き反応できなかった一夏や照秋たちだったが、マドカは冷静に対処するかのように飛びかかってくる凰の腕を掴み流れるような動きで関節技を極め床に押し付け無力化させた。

床に押し付けられた衝撃と、関節を極められた痛みに苦痛に顔を歪める凰は、それでも怒りをあらわにして喚き散らした。

 

「甲龍は! 世界に誇る第三世代機よ! 訂正しろ! 甲龍は! 甲龍はっ!!」

 

「やかましいバカ女が。身の程をわきまえろ」

 

マドカは空いている手で凰の頭を掴み床に押し付けた。

体重を乗せるように押し付けらた圧迫、さらに凄まじい握力で頭蓋を掴まれているためギリギリと鈍痛が凰を襲う。

 

「あ……がっ……」

 

押しつぶされそうな圧迫感、床とマドカの腕の間に挟まれ潰されてしまうのではないかという恐怖が凰を襲う。

悲鳴も上げれず、苦しみ悶えるかすれた声が漏れる。

そこに千冬がマドカの手を掴み凰にかかる力を制した。

 

「そこまでだ。それ以上は教師として見過ごせんぞ」

 

「ふん、教師ならこうなる前に止めろよ」

 

「内容が内容だから静観していたのだ。だがこれ以上は黙ってはおれん」

 

「自分の行動を正当化するのが上手いね、どうも」

 

マドカは皮肉交じりに口元を歪め千冬を見る。

千冬は、そんなマドカの視線を流し、マドカを凰から引き離した。

千冬に介抱される凰をしり目に、マドカは照秋に近付き小声で話しかける。

箒もその会話に参加し、小さく頷いている。

そして照秋も頷き、会話が終了すると同時にマドカは凰に振り返りこう言った。

 

「バカ女、ISで勝負してやる」

 

「……勝負、ですって?」

 

「お前の言う甲龍が優れているという事を証明し、勝ってみろ。そうすればワールドエンブリオはお前の言う条件をすべて飲んでやる。篠ノ之束博士にも話をつけてやろう」

 

マドカが破格の条件を提示してきた。

喜ぶべきことなのだが、勝利で条件があるという事は、敗北での条件があるということだ。

さらに、勝利に対する破格の条件には、敗北に対する条件も破格という事だ。

 

「……あたしが負けたら条件は全て無しってことね」

 

凰がそう言うと、マドカは話が早いとばかりにニヤリと笑った。

 

「相手はテルがする」

 

マドカは照秋を親指で指さす。

凰は照秋を睨むが、照秋は何の感情も籠らない表情で凰を見つめ返す。

 

「明日の放課後、一回勝負だ。ギャラリーは一切入れない非公開だ行う。審判は織斑教諭とスコールに頼む」

 

マドカは千冬を見て頷くのを確認すると、無情の言葉を投げかける。

 

「凰鈴音、はっきり言っておく。この勝負で貴様に勝ち目はない。それでもやるか?」

 

「何言ってんだ! 鈴が照秋に敵わないわけがないだろう!!」

 

一夏がマドカにかみつくが、凰は無言だった。

 

「……鈴?」

 

苦虫を噛み潰したような表情の凰を見て訝しむが、千冬は凰の態度は当然だろうと思っていた。

先日のクラス対抗戦の一夏と凰の戦い、そして無人機と照秋たちの戦いを比べても凰の勝ち目は低いだろう。

 

「凰、話はまとまったな。お前はもう自室に帰れ」

 

凰は千冬にそう促され無言で部屋を出ていった。

凰が出ていったのを確認すると、千冬は早速自分の要件を話す。

 

「そうだ照秋、お前の専用機について学園からリミッター要請がかかっている」

 

「ああ[インヘルノ]だろ? あれは封印するさ」

 

照秋の代わりにマドカが答える。

 

「そもそもあの武器[インヘルノ]は明らかに違法な出力を有している。IS委員会からも通達が来ているしな。なんなんだ、あの武装は?」

 

千冬はマドカに聞く。

どうやら照秋よりマドカの方が機体の事を知っているようだから、マドカに聞いた方が早いと思ったのだ。

だが、マドカはとんでもないことを言い放つ。

 

「あれ自体はただ炎を操作するだけの武装だが、使い方によってああなるってことだ。炎を竜巻のように回転させる。すると、中は真空になるし、高温にもなる。ISは所詮機械だ。真空による圧縮と高温による溶解であの無人機は溶け爛れたということだ」

 

「炎熱操作……それがメメント・モリの特性か」

 

「さてね、メメント・モリはいまだ未開放領域が存在するから一概に言えないな」

 

謎の多い機体で、マドカは勿論照秋にもメメント・モリの本当のスペックはわからないという。

まあ、ISという代物自体が不明な部分が多いからこれは致し方ない事だろう。

千冬は納得し、次の話を進む。

 

「では次の話だ。結淵、亡国機業に在籍していたというのは本当か」

 

千冬自身亡国機業という秘密結社がどれほどのものかはわかっていない。

だが、一夏が誘拐されたときの実行犯が亡国機業だというなら話は別だ。

マドカは一夏を睨み、携帯電話を取り出した。

 

「スコールを呼ぶ。その方が手っ取り早いだろう」

 

マドカの提案に千冬は無言で頷いた。


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