強面男が幻想入り 作:疾風迅雷の如く
遂に、遂にレンガ…いや念願の1万文字オーバーだ!それどころか11000文字を超えました!
勇姿が灼熱地獄跡の奥地に行くとそこには巨大な黒翼を持った人型の妖怪が宙に浮いていた。
「お前が月影か?」
「そうだ。もっとも姿はここにいた地獄烏のものだがな」
「ほう、それがお空の外見か。こいしの日記帳に書いてあったとおりだな。それでさとりとお空はどこにいる?」
「さて、どこにいるだろうな? この八咫烏の力を身に纏った私に勝てば教えてやろう…」
その結果、月影は神奈子から『太陽の化身 八咫烏』の力を空から横取りする形で授かった。
「八咫烏だが矢田だが何だが知らねえがお前如きが俺に勝てるのか?」
だが勇姿はその脅威を知らない。八咫烏の力は現在でいう原子力であり、その力は核兵器などにも使われることか非常に強大かつ強力なものであるとうかがえる。故に月影が傲慢になるのは普通のことである。
「我が同族達の積年の恨み、今こそ晴らしてくれん!」
「よろしい、ならば決着をつけよう」
勇姿は対物ライフルを装備し、月影に向かって放つが月影は右手の多角柱の制御棒から弾幕を放ち、打ち消す。それを見た勇姿は一瞬だけ動揺する。
「それがてめえが俺を倒せるって根拠か。だが攻略出来ねえって訳じゃねえ」
「ならばどう攻略する!」
「こうするんだよ!」
勇姿は一瞬で月影の制御棒を掴み、それを腕を引き千切ることで制御棒をなくすがそれは愚策だった。
「馬鹿め」
引き千切ったはずの右腕が一瞬で生え、勇姿に制御棒の攻撃が炸裂する。
「くっ!」
勇姿がその場から一歩下がり、攻撃を受け流すがダメージが大きく完全には受け流せなかった。
「忘れたのか? この姿は仮の姿だ。故に右腕を引き千切ったとしてもそれは幻影でしかない」
「ふざけた能力だ」
勇姿がそう呟き、幻想入りして初めて敵に対して愚痴る。
「そっちこそふざけた身体だ。ドッペルゲンガーの私が取り込んだとは言え仮にも八咫烏の攻撃を受けてその程度で済むとはどういう身体の構造をしている?」
「世の中大体気合でどうにかなるんだよ。そうでなきゃ俺はとっくに死んでいる!」
勇姿が対物ライフルをしまい、submachine-gunとshotgunをそれぞれ片手に持ち、弾幕をばら撒いた。勇姿の銃の腕前は射程距離内であれば百発百中。その上に人外染みた腕力で銃の反動を抑えているお陰で反動によって連射が出来ない銃が連射も可能となる。実際対物ライフルを二つ持って連射していたことからそれは可能であると証明されている。まさしく銃を撃つ為に生まれてきたような男である。
だがその彼が敢えて命中率を捨ててまで弾幕をばら撒いたのは目の前の少女の姿をしたドッペルゲンガーの逃げ場をなくす為である。普段勇姿はこのような戦法を取らず、待ち伏せてカウンターを仕掛ける戦法を取る。勇姿曰く「それは鉄則であり美学でもある」とのことだ。
しかし皮肉にも月影もその戦法の持ち主だった。互いが互いにパワーがぶつかり合う。そうなれば弾幕のパワーが上である方が優勢であり、八咫烏の力を所持している月影の方が有利となる。それを先ほどのやりとりで感じた勇姿は咄嗟に戦法を変えたのだ。
「流石に貴様と言えども八咫烏の力には敵わぬか」
「おしゃべりな奴だ。まるで射命丸みたいな野郎だ」
ちなみに射命丸は相手を挑発する為に喋るが、無意味に語るようなことはしない。
「貴様に言っておくが私は野郎ではなく女だ」
「英語でもguyは女を指す時もある。だからそんなに気にする必要はない」
そんなことを言いながらも勇姿は弾幕をばら撒き続け、月影はそれを避ける。
「…!!」
「(よし、貰った!)」
そして月影は勇姿のミスを見逃さず僅かな隙を突き、巨大な弾幕を作り出す。
「させると思うか!」
勇姿の銃がsubmachine-gunとshotgunがそれぞれ対物ライフルに切り替わり、月影に目掛け放つ。
「無駄だぁっ!」
勇姿の弾幕はブラックホールに吸い込まれていくかの如く打ち消され、次第に月影の弾幕が5m、10m、15mと巨大になり続けていく。
「万事休すだな…大和勇姿」
そしてついには勇姿が確実に逃げられないほど巨大になり、月影は笑みを浮かべた。
「我が同族達の無念を晴らす時まで一日千秋の思いで10数年間もの間私は待ち侘びていた」
「…」
勇姿は何も言わずに無表情でそれを聞いていた。挑発は当然のこと、反論もしていない。
「辛かった。鵺などという者に頭を下げねばならない時もあればさとりに気に入られる為にドッペルゲンガーの本能である自分を偽るのことを止めなければならない時もあった。だが大和勇姿、貴様さえ死ねばその辛い思いも過去の物となる…大和勇姿、灼熱地獄跡にて死すと墓標に書いておこう」
そして月影の制御棒から弾幕が放たれ、勇姿の身を焦がす。
「ガァァァッ!」
男の断末魔の叫び声がこだまし、灼熱地獄跡に響く。
「あっはっはっはーっ!」
そしてそれに続くように月影も高笑いをした。だがこの時、あることに月影は気づかなかった。
ところで幻想郷では様々な二つ名持ちがいるがその中でも有名なのが【博麗の魔人】こと大和勇姿である。本人はその二つ名を嫌い、肩書きである【博麗の代行】と名乗っているが勇姿の二つ名を幻想郷の住民に尋ねると6割以上が【博麗の魔人】と答えが返ってくる。そして残りの4割の内【博麗の代行】と答えたのは勇姿ただ一人であった。その理由は射命丸が勇姿のことをそのように紹介したことと、博麗の巫女である博麗霊夢が同等の存在、つまり勇姿が霊夢の夫であることを周囲に認めさせるために【博麗の魔人】と呼ばれるのだ。
しかし勇姿は霊力などが全くと言っていいほど無い為に魔法や陰陽術に適性がない。故に魔人とは程遠い存在であるのだ。勇姿が魔人と呼ばれるのを嫌うのはそれが原因でもある。
だが射命丸が勇姿を新聞で紹介するときに語呂が良いからと言って【博麗の魔人】などと紹介をするだろうか? 他人に無関心な霊夢が勇姿の妻であることを周囲に認めさせたがるだろうか?
答えは否。射命丸は幻想郷トップクラスの大妖怪であり、霊夢に至っては勇姿さえいなければ幻想郷最強の座を獲得していた程の実力者達である。しかもどちらも仕事柄、人を見る目が磨かれており、そんな彼女達が過小評価も過大評価し過ぎることはない。
「ーっ!!」
「よう…」
無傷で現れた勇姿が月影の頭を殴り、月影は声にならない悲鳴をあげる。月影の頭から一つのことに疑問が浮かぶ。何故あそこから火達磨になるとわかっているにもかかわらずここにいるのか? それが今になって気付き、そして疑問に浮かぶ。彼女の頭の中はそのことで一杯になった。
「(化け物め…この八咫烏の力を持ってしても敵わないとは)」
そして月影はある推測に辿り着いた。それは先ほど聞こえた断末魔は自分の理想の幻聴であり、勇姿があの密度の弾幕を避けたということだ。言葉にすると単純であるが実行するのは非常に難しい。何故ならあの弾幕は弾幕ごっこであれば反則である避ける余地すらもない弾幕であるからだ。FPSに例えると自分の投げた爆弾の範囲が爆弾の周囲ではなくステージ全てに判定されるのと同じようなものであり、避けようがない。だが勇姿はそれをバグで避けてしまったということであり、それが出来るのは偶然か正真正銘の化け物であるかのどちらかでしかない。
「これが最後だ」
再び勇姿に全力で殴られた月影は脳震盪を引き起こす。それにより月影は気絶した。
勇姿が何故無傷で居られたのか? それには深い理由がある。勇姿はコマンドの能力によってロードをしようとするも『エラーによりロードが実行されませんでした』という事態が発生した。
その為勇姿はロードを諦めて、次の行動を取ることに決めた。その行動とはまず自分の服を勇姿のコマンド『袋』に収納し、悪党の一人に自分の服を着させダミーにした。その後前回の異変の報酬で新規登録された機能であり幸いにも無事であった機能、『各場所へのワープ』を使用し、予備の服を装備して地底の入り口へと移動し数秒後、再び灼熱地獄跡に戻り月影の背後をついた。それが真相である。
要約すると月影の聞いた断末魔は幻聴ではなかったが勇姿のものではなく別人であり、勇姿本人は月影の背後に瞬間移動をしたということだ。
案の定、異変イベントが終了し目の前に様々なものが映るが勇姿はそれを無視し、真っ先に勇姿が実行したのはセーブだった。
「ようやく終わったか…セーブしないとな」
勇姿は一息つくとセーブし、マップを開いて検索機能を作動させ、さとり達のいる場所を見つけた。
「…その前にこいつを収納しないとな」
勇姿が目を回している異変イベントの首謀者『霊烏路空』と表記された月影を収納すると灼熱地獄跡を去った。
さとり達の場所へと移動するとそこには『こいしの日記帳』に書かれていた通り、ボロボロになっていたさとりの姿が発見されただけでなく霊烏路空ことお空の姿もあった。
「おい、大丈夫か?!」
「さとり様、お空!」
「お姉ちゃん、お空!」
さとりのペットであるお燐、それにさとりの妹のこいしが勇姿の隣で、さとりとさとりのもう一匹のペットであるお空を呼びかける。
「うう…お燐? それにこいし?」
「お姉ちゃん良かったよーっ!」
さとりが目を覚ますとこいしが抱きつき、さとりを押し倒してしまう。
「こ、こら!」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
その様子はまるで子供のようで、何度も何度も繰り返し同じことを叫んだ。その様子を見たら勇姿は微笑ましくなりつい笑ってしまう。
「お空、お空うっ!」
だがそれとは対照的にお空が目を覚めず、身体は冷たいままである。
「まさか死んだ…のか?」
「そんな筈はない! まだ心臓は動いている!」
お燐が心臓マッサージで蘇らせようとするもお空に反応がなく、お燐は次の手段を取る。これがお燐の普段の姿を見ている者であれば「あり得ない」と呟いてしまうだろう。その理由はお燐は死体募集家であるからだ。死体があればどこにでもいく守銭奴ならぬ守死体奴だ。だがお燐とお空はさとりと同じペット仲間でありながら対等の友であり特別な存在である。故にそう簡単には諦めない。だからこそ勇姿はロードし、やり直す。
「お燐、退きな。ここからは神様のお仕事だ」
勇姿がやり直したことは神奈子をこの場に連れてきたことだ。神奈子は気絶している月影とお空に手をかざし詠唱を唱えた。
「はぁぁぁっ!」
月影から何かが出て行き、代わりにお空にそれが宿る。曖昧にも勇姿がそれを感じ、お空を見てみるとお空の肌の色が明るくなり始めた。
「…お燐?」
そしてお空が目を開け、言葉を発するとお燐の目から涙が溢れ出てしまった。
「お空ぅぅぅっ!!」
この時、神奈子は信仰心が上がるのを感じ取り、笑みを浮かべた。
「全く、対価に合わないことをやっちまったねぇ」
言葉とは裏腹に神奈子は満足げに笑みを浮かべていた。
「そのようだな。ところでこれからお前はどうするんだ?」
「私は帰るよ。早苗達に日帰りで帰るって言ってしまったしね」
「俺はまだ用事が終わっていないから終わり次第帰る」
「そうかい。それじゃお暇させてもらうよ」
神奈子と別れを告げ、さとり達と勇姿は行動を共にした。
「勇姿さん、私達一同を助けて頂きありがとうございました。改めてお礼を申し上げます」
その夜、地霊殿にて本物のさとりと空達が勇姿に向かって頭を下げ、勇姿は首を振った。
「俺は俺のやるべきことをやっただけだ。それにメッセンジャーのこいしがいなければ俺とて気づかなかったかもしれない」
「えへへ〜」
褒められたこいしは照れ、顔を赤くしながらも満更でもなさそうに頭をかいた。
「それよりもさとりさん。あんたに幾つか頼みがある」
「何でしょうか? …ああ、なるほど。元々貴方は貴方の妻になる霊夢さんの依存を治す為に私に会いに来たんですね。わかりましたすぐにでもそちらの方へ出向きましょう」
「…! どうやら覚妖怪の力は本物のようだな」
「ええ。ですが何故か貴方の場合、普通よりも物凄く心が読みづらいんですよ。お燐やお空は普通に読めるから能力が鈍ったという訳ではないんですけどね」
「それなら俺の口から言った方が早いな…二つ目は鵺だ。こいつの口から鵺が出てきたからな。何らかの関係があるんじゃないのか?」
勇姿は横でつた巻きにされている月影を見る。彼女は八咫烏を神奈子に没収されたせいか顔を青白く染めていた。
「…ふむ、別に大したことではありませんね。このドッペルゲンガーと鵺の関係は大手企業の会社員とその下請けの社長のような関係です」
「微妙な関係だな。どっちがどっちなんだ?」
「会社員の方が鵺で下請けの方がドッペルゲンガーですね」
「なるほどよくわかった。鵺はこの事件に関与していないって訳か」
そう言って勇姿は月影を視界から外し、腕を組んだ。
「そして最後だ。これは無茶はしなくても良い。出来る限りのお願い程度で良い」
「何でしょうか? …え? 幻想入りする前の貴方の過去を知りたい?」
「さとりさんなら出来る筈だ」
「し、しかし私は貴方の心の声がほとんど聞こえないんですよ? 先ほども偶然読めたものですし…」
「その事について推測があるから聞いてくれないか?」
「どのような推測でしょうか?」
「俺はどういう事だかわからないが能力が干渉されにくい体質だ。だからさとりさんの能力も俺に対してはほとんど効かなくなっている。干渉する方法としてはその能力に特化しているか、或いは限定させるかのどっちかで出来る。つまりさとりさんがさっき俺の心を読めたのは『俺がさとりさんに対して頼みたい事』を読もうとしていたからだ。同様に『俺の幻想入りする前の過去』を読もうとすれば読めるはずなんだ」
「なるほどつまり私が勇姿さんの心を読めないのは勇姿さんの感情や必要な情報を曖昧にして読もうとしていたから…ということですね」
「そういうことだ。頼めるか?」
「わかりました。やってみましょう」
さとりの第三の眼が見開き、血走る。その事に「わぉっ!」などと無意識で言ってしまう少女がいたがお燐が黙らせた。確かに目が見開いてかつ血走っていたらそう言ってしまう気持ちはわからなくもないがやはり空気の読めない少女はいるのだ。
「…申し訳ありませんが幻想入りする前の勇姿さんの記憶を読むことはできませんでした。幻想入りした後ならば多少は読み込めたのですがそれも大して有用なものではありません。そう、今貴方が思っているように霊夢さんの事とか、先ほどの戦いとかそんなものです」
さとりがそう告げると勇姿はある程度予測していたのか「そうか」とだけ答え口を開いた。
「なら今日はこいつが起こしたこと、全て忘れてパーッと宴会だ!」
「地底の鬼達みたいなことを言うんですね…まあ貴方がそういうなら忘れて宴会をしましょう。お空に至っては既にこの方にやられたことを忘れていますしね」
「うにゅ?」
お空が首を傾げ、さとりを見つめる。その姿を見て勇姿達はお空が忘れていると確信した。
「さとり様がそういうなら私も忘れましょう。ただし今日限りですよ?」
「私もー!」
それに便乗し、お燐はため息を吐きながら、こいしは意味を理解していないのかあるいはただ楽しければ良いのか笑顔で答え、月影のことを忘れて宴会を楽しむことにした。
「よし、俺は地底の連中を掻き集めて来るからさとりさん達は酒や料理の材料の調達をしてくれ」
「ええわかりました」
さとりの返事を聞くや否や勇姿は地霊殿から飛び出し、顰めっ面で考え始めた。
「(勇姿さんの幻想入りする前の過去を覗けなかった理由は一体…?)」
そう、さとりはそのことを考えていた。勇姿の記憶によればどのような人間でも幻想入りする前の記憶は所持しており、勇姿も例外ではなくその記憶がある。だがさとりは肝心の幻想入りする前の記憶を読めなかった。八雲紫あたりが妨害でもして来たのかと思えば能力によって弄った痕はなく、勇姿の心は自然体そのものであり誰も妨害している訳ではない。
「(何かが引っかかる…)」
だからこそさとりは違和感を感じる。自然過ぎるが故に不自然さを感じてしまい、不快感も生まれストレスを溜める。これが勇姿単体の被害ならばまだ良いがもし自分達に降りかかる災害の予兆だと考えると歯痒くなり、顰めっ面になる。
「…ん、お姉ちゃん!」
さとりが思考の住民となっていると妹のこいしの声が聞こえ返事を返す。
「どうしたの? こいし」
「勇姿さんが帰ってきたよ」
「…もうですか?」
「勇姿さんが言うには地霊殿の連中と一緒に酒を飲みたくない奴らが多すぎて妖怪達を集めるのが早く終わっちゃったんだって」
さとりは自分の悪名が知れ渡っていることを勇姿に伝え忘れるのを後悔した。
「お燐、お空、こいし、貴女達にも迷惑をかけてごめんなさいね。私の悪名の高さのせいで一緒にいろんな妖怪達と馴染めなくて」
「良いんですよ。どうせさとり様に仕えている時点でこういうことになるのは予測してましたし」
お燐が建前上そう告げるが心の中では「どうせオフの時にこっそりと飲みに行けば交流出来るし」などと思っており、さとりをハブいて飲みに行ったことが伺える。
「(お燐は後でお仕置きね)」
仲間外れにされたさとりの心はどこまでも狭かった。
「私はさとり様と一緒に飲むのが好きだから別に何でもないよ!」
「私もお姉ちゃんと飲むのが好きー」
こいしはともかくお空の心はお燐とは違いどこまでも真っ直ぐでその言葉に嘘はなかった。
「(ふふっ、お空はそういう素直なところが好きよ)」
さとりの機嫌が良くなり、笑顔になる。すると勇姿に招待された妖怪達が現れた。
「うわぁ、ウチ初めて地霊殿の中に入ったけど中はこんなんなっていたんやなぁ」
「…凄い」
「貴女達、少しはお喋りを慎みなさいな」
「おーっす、さとり久しぶりだな。宴会と聞いて参上してきたぞ!」
集まった妖怪達は上から順にヤマメ、キスメ、パルスィ、勇儀の4名であった。いずれも異変イベントの妨害者達であり、勇姿達にやられた者である。
「ようこそ地霊殿へ。私達の悪名に怯えなかった貴女達を歓迎するわ」
「挨拶もいいけれど早く宴会を始めましょう?」
「ウチはよう料理食べたいんや!」
「同じく…」
「その肝心の料理はどこだい!?」
さとりの歓迎の挨拶も野次馬根性全開の四人の前では無駄に終わってしまった。。
「ここにあるぞ、皆の衆!」
後ろから勇姿が現れ、料理と酒が並べられた長机と空の皿とコップが勇儀達の視線を独占する。
「これは外の世界のバイキングちゅうやっちゃな! ウチこういうのめっちゃ好きやねん!」
ヤマメがギャグ漫画の如くヨダレを垂らし目を輝かせると勇姿が笑みを浮かべ、口を開いた。
「そうだ。各自好きな食べ物を取って好きなだけ喰らえ」
勇姿のその言葉を聞いた全員が長机に群がり食事を取る。かくして自由に取るバイキング形式の宴会が始まった。
「ヤマメ、勇儀、箸が進んでいないようだけどどうした?」
「いやぁ、美味いんやけど結構この味濃くて仰山喰えんわ」
「私もだね」
「お前ら近畿地方よりも西の料理を食べているのか?」
「せやねん。ウチも勇儀も関西の生まれやから関西の食いもんしか口にしとらんわ」
「お前達が盛った料理は全て関東味だから当たり前と言えば当たり前だ…」
「これが関東の味なんか? 意外に喰えるもんやなぁ。もっと不味い思うたわ」
「まあ関東と言っても味が日本一濃いことで有名な俺の地元じゃなく関東の中じゃ薄い方の南関東の味付けだ。ちなみに今さとり達が微妙な顔で喰っているのが関西風だ」
「そういえばさとりは伊勢よりも東の生まれだったんだ。通りで微妙な顔をするわけだね」
「伊勢…ああ三重県か。確かに彼処あたりが大体の東と西の文化の境界線になっていたな」
「しかし何故ここで宴会なんぞ開いたんだい? 地上に戻って巫女んとこに戻って宴会でも開けば良いのに」
勇儀の疑問は最もである。勇姿は異変をさっさと終わらせ、すぐにでも地上へ帰ろうとしていた。だからこそ何故宴会の幹事をしているのかがわからない。
「さとりさんの心の傷はまだ負ったままだ。そんな状況でさとりさんを地上に出してみろ。絶対に気味悪がられる。さとりさんとて妖怪である前に一人の女性である以上化け物扱いされたりしたら傷つくだろう。そうなったらさとりさんの心の傷を更に抉ることになる」
「その心の傷を治す為に地底で宴会を開いたっていうのかい? でもそれは地底の住民でも同じだろう?」
「地底の住民よりも地上の方がえげつないから地底の住民達とコミュニケーションを取ることでさとりさんが地上に出た時少しでも傷つかないように練習してさせているんだ」
「確かに、私達からすればさとりの能力は地上の奴らよりもまだマシだね」
「それに今回は地底で起きた事件だ。地上に異変が起きていない以上地底だけで盛り上がるのが筋というものだ。更にいうならどさくさ紛れに地底から地上に逃げる奴も出てくる以上できないんだよ」
「私は何にも関与してないけど、まあ飲めればいいか」
酒の酔いが回ってきた勇儀は思考するのを止めて食事を再開した。
そのやり取りを聞いていたさとりはというと…
「う…まさかこんなに心配して貰えるなんて生まれて初めてよ」
顔を紅潮させながらブツブツ繰り返し、指を弄りながら照れていた。
「お姉ちゃん」
「ひいっ!?」
さとりは心臓が飛び上がるくらい驚き、席を立つ。そのせいでワイングラスが倒れ、中に入れていたワインが溢れてしまう。
「そんなに挙動不審だとせっかくの宴会も台無しよ?」
「そ、そ、そうね! それよりもワインが溢れちゃったからこいし、布巾を取ってくれないかしら?!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「でもお姉ちゃんよかったねー。無愛想なお姉ちゃんにも春が来たんだから」
「な、な、な、な、な、何を馬鹿なことを! 勇姿さんには婚約者がいるのよ!」
「だからさ。その婚約者が寿命とかでも死んだらお姉ちゃんが勇姿を慰めればいいんだよ。そうすればコロっと堕ちちゃうよ」
「そんな寝取るようなことはできません! 寝取ったら古明地ねどりなんて変な渾名をつけられるのは必須よ!」
さとりは顔を紅魔館のように染め上げ、腕で×を作り首を振る。
「でもさ、お姉ちゃんをあそこまで心配する人なんて2度と現れないかもしれないよ? そんな人を逃してお姉ちゃんは後悔しないの?」
「………………………………………………………………………………………………………しないわよ」
「物凄い間があった上に目が個人メドレーしてたわ」
それだけさとりは葛藤しており、勇姿がどれだけ優良物件かわかってしまう。
「あの人の心を読んだ限りでは勝ち目はないわ。片や無愛想で身体もちんちくりんな覚妖怪。もう片や胸も身体も成長しているナイスバディな博麗の巫女。どちらを選ぶかなんて決まりきっていることよ…ぅ、なんで目から汗が流れるのかしら? 不思議ね…」
さとりは目から溢れる液体をタオルで止めようとするもタオルが水浸しになってしまう。それを見たこいしは溜息を吐きながらさとりに誘惑する。
「それなら私がお姉ちゃんの為に一肌脱ぐから地上に出ていい?」
「…どうせNOと答えたところで今更だし、良いわよ」
「やった! 念願のお姉ちゃん公認の地上パスが出来たわ!」
「こいし、それは死亡フラグだから止めなさい」
「はーいはーい!」
「こいし、返事は短くそして一回よ」
こうして地霊殿で行われた宴会は終了した。
宴会が終わり、翌日
「霊夢帰ったぞ!」
勇姿の叫び声が博麗神社に響き、軽く地面を揺らす。
「勇姿さん…ちょっと頭痛いからうるさくしないで…」
二日酔いで頭を抱えた霊夢が出てくると「俺自身二日酔いしたことねえがあんまり無茶はするなよ? 肝臓やられたら洒落にならねえからな」と勇姿が声をかけて心配するとさとりは勇姿の足を踏んだ。その表情は機嫌が悪そうで今にも爆発しそうな感情を持っている。
「勇姿さんに何をしてんの?」
霊夢がお祓い杖を取りだし、さとりに構える。まさしく一触即発の状態だった。
「いえ、私達を紹介しなかったのでつい」
さとりの動機はそんなものではない。ここにパルスィがいたなら泣いて喜ぶくらいの嫉妬だった。それだけさとりは勇姿に入れ込んでいた。
「その長い腕といい管の眼といい、見たところあんた達は覚妖怪ね。その覚妖怪か何の用よ? 喧嘩なら買うわよ?」
「はっ、そうやってすぐ暴力ですか? そんな人が結婚出来るのですか?」
強すぎる嫉妬故にさとりは抑えることは出来ず鼻で笑い、挑発してしまう。
「…っ!」
霊夢はその言葉にキレ、霊力を込めたお祓い棒がさとりに襲いかかる。
「やめろ霊夢」
だが寸でのところで勇姿が止めると勇姿はこいしにアイコンタクトを送った。
「お姉ちゃん!」
それを受け取ったこいしは即実行。さとりの耳を引っ張り、離れた場所へ移動した。
「ちょっ…痛い痛い痛い! 耳はダメぇぇっ!」
さとりの叫び声もむなしく響き、こいしは離れた場所に着くと耳打ちをした。
「お姉ちゃん、勇姿の前でそんなみっともないことをしたらダメだよ…評価下がるから」
「勇姿さんに嫉妬したら、ついやっちゃったわ…ごめんなさい」
「これからはやらない?」
その言葉にさとりが小さく頷くとこいしが笑顔になり、耳元から離れ、元の場所へと戻る。
「…ごめんなさい、お姉ちゃんいつも人前に出るとああだから余り気にしないであげて」
こいしが謝ると霊夢の怒りも収まり、顔も憤怒の表示からジト目になる。
「そう。勇姿さんが一番被害を受けたんだから勇姿さんが許したら私も許すわ」
「許す」
即答で勇姿は許した。
「だそうよ、勇姿さんに感謝しなさい」
「ありがとうございます!」
謝ったさとりと謝われた勇姿は同時に霊夢が依存していることを確信し、アイコンタクトを取った。
「さて紹介が遅れたな。このピンク髪の方は古明地さとり、緑髪の方は古明地こいし。それでこっちは博麗霊夢。見てのとおり博麗の巫女だ」
「現代の巫女さんって脇が開いている上に袴じゃなくスカートなんだね」
「昔はもっと清楚なものでしたが、時の流れというのは残酷ですね」
さとり達がそんな冗談の語り合いをすると霊夢が口を挟んだ。
「まさかあんたらは懐かしむ為にここに来たって訳じゃないでしょう?」
本題に入る為に霊夢がそう問いかけるとさとりが口を開いた。
「ええ。私は貴女の依存を治す為に勇姿さんにお願いされて来たのです」
「依存って私が何に依存しているのよ?」
霊夢は全くと言っていいほど気づいておらず、不機嫌にさとり達に尋ねる。
「そう邪見にするなって霊夢。お前の様子を見る為にさとりさんは俺の足を踏んだんだよ。その時お前は俺に怒ってくれた。その反応は嬉しい。それだけ俺のことを心配に思っているんだからな」
「勇姿さんも勇姿さんで甘やかさないで下さい」
さとりがそう突っ込むと勇姿が手で抑えるような仕草をする。それを見たさとりはそれ以上何も言わなかった。
「まあ待て。だがな霊夢、その後お前は誰に許してもらえるようにさとりさんに言った?」
「勇姿さんだけど」
「無自覚の内、それも俺も意識してようやく気づけるほどだがお前は俺に強く依存している」
「私が勇姿さんに依存?」
「確かにあの流れで俺に謝らせるのは筋が通っている。だが自分の意見を少し持て。それだけでも十分に変わる」
「うん…」
「その為にさとりさんを連れてきたんだ。変わってくれるよな?」
「……………………頑張るわ」
さとりの葛藤ほどにないにせよ、霊夢は間を空け、そう答えた。
「よく言った。それじゃあ俺はお邪魔ようだし、しばらくの間別の場所に泊まる。さとりさん、後の事は任せた」
「ええ。終わり次第こいしを通して伝えます」
かくして勇姿の代わりに博麗神社に滞在することになったさとりとこいし。果たして霊夢は依存を治すことが出来るのだろうか。そのことを頭に入れながら勇姿は博麗神社から立ち去った。
次回からしばらくの間日常回のターンです。
この話を書いていたらヒロインがまた誕生してしまうという有様。しかも当初の設定では主人公のことを憎しむはずがどうしてこうなったんでしょうね?