直ぐに調査出来るところから。
その言葉通りかねてからの目的を伝え、今回は正式に学園長とやらの了承を得た私は監視……という名目でちーちゃんと一緒に学園地下に居る。
目的とは、学園に突如として乗り込んだ暴走ゴーレムのこと。
正確に言うと暴走してしまった、だけど。
世間的には華々しく衝撃的な織斑一夏のデビュー戦。割り込ませたゴーレムの一機は確かに私が程よく調節をしてアリーナに乱入させた。弱すぎず強すぎず非常に手強いソレは主人公の決死の覚悟の前に倒れてその役目を終えた。
当時は新聞の一面を飾り、連日ワイドショーで特集が組まれた出来事なので知らない人間は恐らくこの地球上に存在しないだろう。最近は密林で古くからの風習を守り続ける民族だってネットやってる時代だ。しかし、この事件には裏がある……いや、秘匿されたもう一つの事件がある、が正しい。
私が大気圏外へ打ち上げたゴーレムの内の一機が何者かによってプログラムを書き換えられ、これでもかと蓄積された戦闘データを携えて学園を襲っていた、というものだ。
目的は何故か整備室にこもっていた更識簪と打鉄弐式。救援に駆け付けたはっくんとの共闘の末に辛くも撃退には成功したが、残された傷跡は物も人も広く深く、失ったものは大きい。
事が済んだ後にその事実を知らされた私は犯人の後を追っていたが尻尾は掴めないままだった。学園での解析データから得られた情報はそれなりに貴重だったが、それだけでは足りずついぞ痕跡を踏むことすらできず断念した過去がある。
残骸を弄らせてくれ、と再三ちーちゃんとちーちゃん越しに学園長や個人的なツテで委員長ことクソジジイへ頼み込んだが徒労に終わった。私が学園へ踏み入る事と残骸を搬出した際のリスクを延々と語られ、終いには自分が作ったものだろうが、と耳の痛い話で締めくくられる。他にも色々と言われた気がするが都合が悪いので忘れた。
とまぁ以前掛け合った際はダメだったのだが、今回はそう時間も掛からずにOKがでた。監視付きなんて条件も出ているが、ちーちゃんのみという時点でお察しである。色々と物騒な事件も起きたし、約一年の間に三人も生徒が死んでいるし、当然と言えば当然か。
「さて、やりますか!」
頬を両手でぱしぱしと叩いて気合注入。何重にも防御シールドが張られロックが掛けられた見覚えのある鉄屑を前にして、持ち込んだ機材を全て起動させ作業に取り掛かった。
学園在中の職員や生徒が既に調査済みだが、100%ではない。何せ見えない相手は私と同等の技術と知能を持っている奴だ。有象無象の凡愚どもでは到底たどり着けない高みにある。巧妙に偽造を施して「私は解析しきった」と嘘っぱちの安堵を与える罠を張り巡らせているだろう。私ならそうする。というかベースになっているシステムは私が構築したものだし、そういう作りにした。
手製のキーボードへ指を滑らせ、アームと計器の全てを無駄なく淀みなく操る。
残骸の中に埋もれたコアと、中枢たる電脳と、全身を繋ぐ各回路や砕け散った破片まで、余すことなく文字通り全てを対象に情報を吸い出す。
開始から5分ほど。時間は掛かりそうだが困難を極めるようなものではない程度だと判断し、その旨を親友へ伝えておく。立ちっぱなしもそうだけど、終わりが分からないのも辛いしね。
「そうか」
返事はそれだけだった。暗に集中しろと仰せである。
言外の圧力を無視して私は話を続けた。無駄話でもないし、許容範囲内だろう。
「結果次第だけど、次はどうする?」
「直ぐにと言うなら……亡くなった卜部の遺族か友人への聞き込みぐらいか。どちらも学園には居ないから、都合をつける必要があるが」
「えーっと……いじめの主犯で死んだ奴だっけ? どうしようか? 金魚のフン共が有益な情報を持ってる気がしないんだけど」
「だらだらするよりはマシだ。それに不可解な点もゼロじゃない」
「それもそっか。じゃあ呼べる?」
「とっくに退学済みだ。アポを取るところからだな」
「それもそっかー」
それはそれはグロテスクな死体だったらしい。あんなものを見せられた場所に居続ける神経なんて、一般人は持ち合わせちゃいない。ISに関わりたい、とすら思わなくなるだろう。今何をしてるかさっぱりだけど、会話できるぐらいの精神状態であることを祈ろうか。
おざなりな言葉を返して指を止める。丁度良く作業も終わった。まぁ予想通りである。
「どうした?」
「終わった」
広げたアームとその他もろもろの機材を回収する。入れ替わりに他人が見ても分かりやすいようにタブレットを取り出して情報の精査と整理のプログラムを走らせた。これもそう時間は掛からず終わるよ。
「なら、一つ提案がある」
「そこに隠れてるやつの事?」
「ああ。こっちに来てくれ」
今の今まで隠していた事をズバリと指摘しても、まるでそれが当然の様にちーちゃんはさらりと受け流した。それどころか隠れていた奴もあっさりと出てきて、驚いた様子なんてちっとも見せない。
「ぶーぶー、つまんなぁーい」
「私としては話す手間が省けて助かるよ」
くつくつと笑う親友は、そんな調子のいいことを言いながらも表情と仕草でしてやったりと自慢げ。もっと昔の様に驚いてくれないとつまんないよ? 主に私が。
ただし、今回に限っては別かもしれない。
連れてきた奴が最高に面白かった。
「正直なところ、私達だけでは限界があると思ってな。私は探偵じゃないし、お前が追えるのはディスプレイ上に限られている。だが、学園内に関係者ないし犯人がいるのは明らかだろう? だったら餅は餅屋だ」
「それでこの女ってわけ」
外側に跳ね返った癖のある水色の髪。対照的に輝いて鋭く射貫く紅い瞳。険しいながらも整った自信家特有の表情に、腰に手を当て扇子を握り、カツカツと音を立てながら歩み寄る。
とある人物のそっくりさん。見た感じの印象は全くの正反対ときた。
「どうも、篠ノ之束博士。更識簪の姉、更識楯無です」
地下での作業と思いがけない第三者の登場から一段落つくまで。5時間は籠っていたようだ。真上で燦々と私を照らしていた太陽は水平線に触れるかどうかの所まで沈んでいる。
つまりは夕食の時間だ。
折角ここまで来たのだから偶には一夏と箒に会っていけ、とちーちゃんが提案した。おおっぴらに歩けるわけじゃないから、ちーちゃんの部屋で作ってもらうことになるんだけど、私はそれでも十分だ。二人の顔を見れるだけじゃなくていっくんのご飯までご馳走になれる? なんという贅沢か。
テレビのワイドショーをちーちゃんと並んでぼうっと眺めながら、今か今かとその時を待つ。二人はというと備え付けの簡易キッチンで仲睦まじく料理中だ。
誰も話しかけてくることのない、完全な空き時間。考え事には丁度良かった。
今日の成果を振り返ると主に三つ。
一つ、情報改ざんが行われたのは男性操縦者の存在が発表された後。
これは流石に予想がついていた。私個人へ攻撃を仕掛けるのなら時期なんて関係ないし、ISに大きな関心が集まるタイミングは避けたいものだ。
二つ、犯人は私の持つ管理者権限を利用してプログラムを書き換えていた。
この事実には流石の私も戦慄を覚えた。私に匹敵する知識と技術を備えているであろう犯人が、どうやったのかさっぱり分からないけど私の管理者権限を手に入れたのだとしたら、文字通り何でもできる。極端な例を出すと、全ISを支配下に置いて地球人類に対して宣戦布告だって出来てしまう。
当然だがそんなことは不可能に近い。同時に制御下に置いて全てをフルスペック同等の動きをさせるには学園敷地内を埋めるスパコンとそれを賄う電力が必要になる。
ただし、一機程度ならなんてことは無い。ということで、私の中ではジジイが操縦できた理由としてこの説が濃厚になっている。
三つ、駒が増えた。ちーちゃん曰く優秀な駒だ。
言われた通り、私達は探偵でも何でもない教師と科学者。調べものが得意にならざるを得なかったから出来るようになっただけで、専門家のようなノウハウは持ち合わせていない。ならば、とちーちゃんは専門家を用立てた。
更識楯無。能力は十二分にある、というからとりあえず信用してやる事にした。学園内を調査できる人間が欲しかったので丁度いい。なにより、彼女の一番の長所は私怨で動いていることだろう。篠ノ之束と織斑千冬がいるのだ、真相にたどり着けないわけがない。当然、裏切らないし全力で働く。
三つ目は想定外だったけど、収穫はあった。やっぱり機械いじりは人に任せていちゃダメだね。
「やけに上機嫌ですね、姉さん」
「んふふ、そう?」
「ええ」
「箒はよく見分けがつくな。束さんっていっつもにこにこしているから俺にはさっぱりだ」
「気にするな。付き合いの長い私でさえ読めない時がある」
出来上がったのは長らく口にしていなかった和食。その中でも私がリクエストしたのは煮物と焼き魚だ。それからほうれん草のおひたし、キュウリの浅漬け、たきたてご飯にお味噌汁ときた。うーーん、和風。
こういう色とりどりでお皿が幾つも並ぶ食卓に少なくない安心感を覚えるし、ナントカっていう高い肉や左魚を前にした時よりもおいしそうに見えてしまう。なんだかんだで私は日本人なんだなぁって。
あ、海外の寿司はSUSHIであって寿司じゃないので。
「でも今日みたいに堂々と出歩いて大丈夫なんです?」
「今日は特別。はっくんの一連の事件を追ってて、ね」
「ああ、それで」
ちらり、といっくんの顔を盗み見る。かなり責任を感じている、と聞いていたから下手したら病んでしまうんじゃないかと心配していたけど、ぱっとみた限りでは問題なさそう。取り繕っては無いみたい、嘘はへたくそだからね。平気ではないだろうけど。
ちーちゃんからそれ以上は止めろと視線で釘を刺されたので引っ込む。
が、なんといっくんが掘り下げる。
「分かりそうなんですか?」
「うーん、まだなんとも。手がかりが少なくてね」
「そうですか…」
「…一夏」
「あ、いや、ごめん千冬姉。気になってさ」
にへら、と笑って誤魔化すいっくん。学園で唯一の同性で仲も良かったし、臨海学校での一戦もあったからね。気にするなってのが難しい。というか、けっこうニブチンないっくんでも流石に不自然だって気付くか。
どう返事しようか悩んでいたところでナイスな妹がお茶を持って来てくれた。何故か用意されていたちゃぶ台を四人で囲んでいただきますを待つのみとなった。
ご飯を前にしたら、昔の私達はうきうきしていた。あのちーちゃんでさえ険しい顔を多少なりともほころばせたもので、稽古終わりのいっくんと箒ちゃんなんてにっかりと笑っていたっけ。流石に箒ちゃんは落ち着いてきたからニコニコとはならないけど、いっくんの表情は晴れない。
「大丈夫さ」
「え?」
「この星まるごと洗いまくって、見つけたらボッコボコにしとくから! ちーちゃんが」
「……ふっ、そうだな。お前らの分までしこたま殴っておいてやる」
「いや、千冬姉が遠慮しなかったら跡形も残らないんじゃあっいえ何でもありませんすみませんでした」
「さっさ、食べないと箒ちゃんが拗ねちゃう」
「いい加減子ども扱いは止めてください」
いっただきまーす、と元気よく合掌して箸を動かす。沈んだ様子のいっくんも、多少は元気を取り戻したようで安心した。食べ終わる頃には何もなかったようにいつもの朴念仁が帰ってきていた。
箒ちゃんは……気にするかと思ったけどそうでもなかった。ただ、ご飯を食べる前のくだりはくすくすと笑っていたっけ。
「えっ、私の出番、これだけ?」