色々とうろ覚えだけどまぁだいたいこんな感じだった気がする
日曜日。それは、授業は休みだけど部活が入ってたり、遊ぶ予定を入れたり、なんだかんだで休みとは言い難い週末を指す。僕ら学生にとっては授業が無ければ休みと同等なのでやっぱり休みなんだけど、疲れが抜けるかと言われると首を縦には触れないかな。少なくとも僕は。
疲れ……特に身体の疲労を感じなくて時間も潰せて楽しめるような、都合の良いものはないだろうか。なお、簪秘蔵のアニメは既に二巡したことを考慮して回答すべし。
「うぅん……」
とても難しい問いだ。一番ややこしくしているのは僕の虚弱体質だというのは言うまでもない。以前ならまだしも、四肢を失った挙句に殺人の前科持ちとなると外には出してもらえなくなる。
簪の打鉄弐式に時間を掛けても良いんだけど、それはダメだと簪に却下されてしまった。それ以外だったらアニメを見ようかと提案をしても見終わってしまったし、部屋の本も読みつくしているし、図書館は逆に多すぎて困るし(というか向こう一年は入りたくない)……八方ふさがりなのだ。少なくとも、僕らはこれ以上の知恵を出せそうにない。
「誰かに聞いてみようか」
「それだ」
誰かに頼るという案が浮かぶのは時間の問題だった。
暇つぶしをたくさん知っていそうな人と言われると……二組の凰さんが浮かんだ。勝手なイメージで申し訳ないけど、キワモノ揃いの専用機持ちの中で一番平凡と縁が深そうな気がする。篠ノ之さんは……遊びが無さ過ぎるし。織斑君と同じ地元中学校に通学していたってことは色々と知っていそうだし。
「ってことで、今日丸一日二人でできて屋内でできる疲れなくて飽きない遊びもしくは暇つぶしを教えて欲しいんだ」
「とりあえずアンタらが超メンドクサイ要求をいきなり突きつけてくる性格だってことは分かったわ」
場所は食堂。Tシャツに短パン、髪も結わない休日スタイルの凰さんはにっこりと笑いつつも全身から殺気を放っていた。否、させてしまった。左目がヒクついている。
「まぁ、仕方がないか。事情が事情だもんね。といわれてもねぇ……」
「中学校の頃は何をして遊んでいたの?」
「中学か……買い食いしてゲーセン覗いたり、ウチか弾の店でご飯食べたり、そのままゲームしたり…」
「ゲーム?」
「そそ。ISの格ゲーとか、緑鉄とか、デカポンとか、ストブラとか」
何を言っているのかさっぱりだけど、簪には通じているらしく苦笑いを浮かべていた。「なんでリアルファイト必須のゲームをチョイスしてるんだろう…」ってつぶやきが聞こえた気がする。未だにつらつらと指を下りながら何かを数えている凰さん。ゲームのタイトルかな。
「うん、テレビゲームがいいんじゃない? 道具があれば座ったり寝転がってもずっと遊べるし、面白いわよ」
「どうやって? 私、ゲームは持ってないけど……」
「あー……」
閃いたのも束の間、ゲーム機が無いので挫折する僕ら。凰さんも友達の家でゲームをしていたらしく、自分は持っていないのだという。持っていないから、持っている奴の家に集まって遊ぶもの、なんだって。
椅子の上で器用に胡坐を掻いて唸り始める凰さん。万策尽きた僕らは彼女から新しいアイデアが生まれるのをじっと待つ。
暫くすると凰さんは深いため息をついた。
「はぁ、無理、わかんな――」
「お、いたいた。おはよう。座っていいか?」
「一夏、いいとこ来たわね」
了承を得る前に凰さんの横の椅子を引いて腰掛けたのは織斑君。
簪の顔が少々引き攣るも一瞬だけで、彼はそれに気付いていない。凰さんは目で彼に変わって謝罪の意を示しつつ織斑君を迎え入れる。彼女の凄いところはこういうこまかな気遣いがしっかりできるところだと思う。
朝食を食べ終えた僕らと違って織斑君は今からの様子。ザ日本人とも言うべき焼き魚定食は彼のお気に入りで、とても美味しそうだ。どれも美味しいけど漬物がポイント高めなんだって。
「昔さ、一緒にゲームしたの覚えてる?」
「あーー……弾の家で色々やったな。緑鉄とかデカポンとかストブラとか」
僕の横でお茶をすする音に紛れて「だからなんでリアルファイト必須のゲームなんだろ……」と聞こえてきたのは聞き間違いでは無さそうだ。
「それがどうかしたのか?」
「実はかくかくしかじか」
「なるほど」
「えっ、それで通じるの?」
「アレだろ? 名無水達がめちゃくちゃ暇だけど暇つぶしが無くて困ってるから鈴がゲームはどうって提案したんだろ?」
「なんでその察しの良さをみんなに向けてあげないの?」
「みんな?」
相変わらずというかなんというか、軟化したとはいえ織斑君に対して風当たりの強い簪はいつ見ても新鮮だし、それをネタ合わせしたお笑い芸人みたいにスルーしてる彼には苦笑いしか浮かばない。ここまで来ればもう才能だよね。
織斑君は上品かつ素早く、おかわりするんじゃないかというペースであっという間に食器を空にしてしまった。ごちそうさま、と合掌して入れ替わりで食後の緑茶を用意して腰を下ろすと話が再開する。
「貸すぜ、ゲーム」
「……持ってるの? さっきの話だと、また別の友達の家でゲームしてたみたいだけど」
「近所の町内会福引で当てたのがずっと残ってるんだ。家に居たらだいたい家事ばっかりだし、もらったソフトも興味湧かなくてさ」
「自分の家に集まらなかったの?」
「千冬姉に遠慮して誰も上がりたくないってのと、弾…中学の友達の家が定食屋で、食べたら直ぐに遊べたし気軽だったから、かな。そんな理由で結局空けることも無いまんま放置してるってわけだ」
あり得そうな話ばかりですとんと納得してしまえる。特に家に居たらだいたい家事ばっかりってところが一番説得力があった。掃除洗濯炊事をほっぽり出してゲームにかじりつく織斑君の姿が1ミリも想像できない。
悪い千冬姉、ゲームやっててメシがまだなんだ! ……うん、無いわ。
どうしようか、と簪と顔を見合わせる。こちらとしては願ってやまない話だし断る理由も無い。何らかの形でお礼はするつもりだけどそれを要求するようなタイプじゃないし、たとえ壊してしまっても何も言わないだろう。それは人として問題があるんだけど。
「んじゃ一時間ぐらいで戻るからちょっと待っててくれ。丁度家に取りに行くものがあったから、そのついでで持ってくる」
「ありがとう織斑君」
「いいって。いつも勉強見てくれてるしさ」
早速と立ち上がった織斑君は右手をハンズアップして食堂を去った。相変わらずの感じの良さで、さわやか系イケメンの面目躍如といったところか。
「二人の部屋に集合で良いのよね? 私も久しぶりに遊びたいし、また後で」
凰さんもまた立ち上がって食堂を去った。あの面倒見の良さや仲介ぶりは活発系幼馴染の面目躍如といったところか。
僕ら二人が置き去りにされた気もするけど、トントンと話が決まった結果、織斑君のゲームを借りて遊ぶことが決まった。
「部屋の片づけしないと」
簪の提案もまた至極当然の話であった。
※※※※※※※※※
ビニール包装がほどかれてない未開封のソフトが一つと、遊びこんだ形跡がある開封済みのソフトが三つ。僕らには四つの選択肢があって、凰さんは食堂での去り際と打って変わって機嫌が良く、からからと笑いながらソフトを吟味している。
気を利かせた織斑君が中学校の友達の家に寄って、追加でゲームソフトとコントローラーを借りてきたんだとか。生憎友達本人は居なくて妹に用意してもらったんだって。きっとその子も彼に恋しているに違いない。
未開封のソフトはダークな雰囲気のパッケージで、調べてみるととてもリアルな反面難しいみたい。初心者の僕らにはハードルが高いので今回は除外する。
残りの三つはというと…
「緑鉄にデカポンにストブラってアンタ最高ね!!」
「だろ!」
二人はきゃっきゃと盛り上がっているが、僕の隣からはもはや明確なツッコミと化した「だからなんでリアルファイト必須のゲームなの?」と怒りの声が。悲しいかな、その声は届かずついぞ二人が聞き入れてくれることは無いままだった。
というわけでリアルファイト必須のゲームとやらを遊ぶことに。
「ストブラは操作を覚えるのが大変だから止めておくとして……緑鉄とデカポンね」
「どう違うの?」
「細かいところは違ってくるんだけど…決められた期限の中で一番お金を稼いだ人が勝ちってルールは一緒。その稼ぎ方が違ってて、ざっくり言えば日本縦断しながら物件を抑えて稼ぐか、ファンタジーな世界でモンスターを倒してお金を稼ぐか」
「ふーん」
簪の反応を見る限りどれを選んだところで波乱が巻き起こるのは必至。それでも怖いもの見たさが勝っているのか、止める気配はない。ここは僕が好きに選ばせてもらおう。
緑乃介電鉄というソフトは日本のどこかが目的地に設定されてゴール、を繰り返すらしい。その過程でお金を稼いだり他人を妨害したりをするんだとか。ぼんびーと呼ばれるお邪魔キャラもいるらしい。このゲームには登場しないけど、悪魔の様なメイクをしたキングはそれはもうえげつないとの事。
もう一つのデカポンもまぁ似たり寄ったり。雑魚を倒してレベルを上げて、モンスターに占領された街を開放しながらお金を稼ぐ。こちらも他人妨害アリ…というより推奨、いや必須。
一つのゲーム機と一台のテレビを使って、友達複数人で集まって遊ぶパーティゲームでありながら、横に座っている友達の目の前で嫌がらせを行い、時には蹴落とし蹴落とされを繰り返しながらトップを争うんだと。
簪が度々口にするリアルファイト必須というのは、これらの応酬に耐え兼ねて取っ組み合いに殴り合いのケンカに発展してしまうところから名付けられた、という経緯がある。その通りですね、としか言いようがない。よく販売中止にならないものだ。
普段からゲームをしない僕らにとっては細かく説明されたところで同じにしか聞こえない。
なのでデカポンをチョイスすることにした。
織斑君と凰さんはにちゃあといやらしい笑みを浮かべて嬉々として準備を始めた。
簪は悟りを開いたように無表情のまま虚空を見つめている。
なんとなく、僕は選択を誤ったことを理解した。そしてそれを嫌というほど思い知らされることになる。一般的に、デカポンの方がリアルファイトに発展しやすいとされていることを。
まずキャラクター作成から始まり、そして本格的にゲームが始まる。サイコロの代わりに0の目があるルーレットを回して出た目の数だけマップを歩く。止まったマスによって戦闘かもしくはイベントが発生し、ターンを終える。これが一日の流れで、七曜迎えて一週間。さらに設定した週をプレイした終了時点の資産で勝負する、と。
聞けば簡単に聞こえるし、一応セオリーを教わったので僕と簪はそれに倣って行動した。雑魚でレベルを上げてイベントを挟みつつ、町に居座るボスを倒して安定した収入を得る。地道かつ堅実な、初心者らしい一週間だ。
しかし二人は違った。手つきから違ってくるのはまぁ分かる。ISの整備となれば簪も僕もまぁまぁなレベルだろう。
「「ほい」」
千里眼でも持っているのか、まるで当然のように最大目の6を連発してはサクサクと進めていく。目押し? さっぱりわからない。
ショップについたらまず襲う。強面で筋骨隆々なおじさんがじゃんけんで負けて情けない顔で商品を譲り、魔法?屋の魔女っぽいお姉さんは涙を目に浮かべ、道具屋の関西弁は二度と来るなと騒ぎ立てる。無実のキャラクターをこれでもかと襲撃しては一切の出費をかけずに装備を整えるのだ。
次の標的は町に居座るボス。これも涼しい顔で蹴散らしてあっという間に町の支配者……げふんげふん英雄になった。
戦闘パートでは先攻後攻をその度にランダムで選択するはずなのに、ここでも何故か当然のように先攻を引いて、敵の防御パターンを把握しきった淀みないコントローラー捌きで瞬殺していく。しかもスタート地点周辺は僕らに配慮する余裕まで見せて。
それを繰り返してだいたい三週間……期限の半分を過ぎた頃から、それは始まった。
「おっしゃ!」
「げーっ! アンタ何を勝手にレア泥してんのよ!」
「悪いな鈴」
織斑君がガッツポーズ。どうやらかなりレアものな武器らしい。このゲーム、結局は“倒す”ゲームなので武器やステータスは非常に重要、期限が設けられた中でのレアドロップは目に見える以上に差が開く。この時点で既に僕ら二人とは別次元で争っている為、凰さんはかなり苦しい勝負を強いられることに。なるはずだった。
「あっ」
簪のターン。やたら豪華な演出が入り、誰が見ても分かるレアなアイテムをゲットした。使い方については謎だけど…
「「……」」
二人の反応を見れば重要度は明らか。目の色が一瞬にして変わっている。今までを日向でじゃれる子猫と例えるなら、今は群れから逸れた獲物を草陰からじいっと狙いを定める飢えた豹。特に織斑君に大きく突き放された凰さんの気迫はすさまじいものがあった。
ここで思い出してほしいのが、このゲームのコンセプトが他プレイヤー妨害“推奨”という点である。
「ふふふ」
「鈴、それは流石にマズイだろ……」
「ま、まさか……!」
「ふ、ふふふ、悪く思わないでね……そういうゲームだからコレ!!」
「くっ……!」
僕は。僕らは思い知らされた。勝利の為なら初心者狩りでさえためらわないのが、デカポンなのだと…! いともたやすく行われるえげつない行為が蔓延しているのだと!
※ここからしばらくは音声のみでお楽しみください
「来た…来たー! たすけてー!」
「あははは! 頂いたわー! これで一夏に勝てる!」
「なんて奴だ、初心者狩りに手を出すなんて…ゆるせねぇ!」
「このままじゃ負けるけど、二人にはとても勝てるレベルじゃないし……」
「か、簪さん?」
「……ごめんね」
「まじか…! ぎゃーー!」
「くそ、なんとかして巻き返したいけど簪と倒しあうだけじゃダメだ。さっき見たいなレアアイテムを手に入れるか一発逆転の何かを……ん?」
「げぇっ、アレはマズイ! やめるんだそれは……!」
「なんかよく分かんないけど、変身してみようかな! どうせやられるなら!」
「あ、悪魔だ……悪魔が!! 来るなぁーーーー!」
「えい」
「ぎゃーー! 死んだ!」
「あははは。そっちも」
「やっぱりアタシも狙われるわよねー!」
「ふふふ」
「銀は…私に手を上げたりしないもん、ね?」
「さよなら」
「いやーーー!」
「やってくれるじゃない…! まぁどう足掻いたところでアンタが1位になるのは不可能なん……え? なんで捲られてんのよ!?」
「ふふ、急がば回れ」
「更識……ぶっ潰すっ!」
………
……
…
気が付いたら、消灯時間を過ぎても騒ぎまくっていたからという理由で千冬さんに4人そろってしょっ引かれていた。具体的に何が起きたのかは全く記憶にないけれど、口汚い言葉で罵り合って互いが互いの足を引っ張り合い、騙し、裏切るような醜い争いが続いたことだけは理解していた。
結果的に時間も忘れて熱中したし、終わってみればたかがゲームの順番争いでしかない。織斑君と凰さんが帰った後の僕らは気づけばいつも通りの生活に戻っていたし、翌日の月曜日に再開した二人とも何事も無かったように挨拶を交わした。
楽しかったかどうかと聞かれれば、楽しかったと思う。でも友達で集まって何かをするのが楽しかったのであって、あのゲームが楽しかったと、僕には口が裂けても言えない。なんで娯楽で気をすり減らして闘争心をむき出しにしなくちゃいけないのさ。
数あるゲームの中の一つってのは分かるけど、もうゲームはいいかな……。
「おーい名無水、ゲームやろうぜ!」
「「もういい」」