ロックハートの部屋は少し狭いが、一人が生活するには十分なスペースがあった。壁と天井は荒削りの石造りで出来ていたが、ロックハートの写真が壁一面に飾られていたり、ロックハートの私物が飾り付けられていて、冷たい雰囲気は感じなかった。たくさんのロックハートに見つめられるという点では薄ら寒いものを感じるが。
部屋のドアを閉めると、目の前にロックハートの等身大ポスターが現れた。ドアの裏側に貼ってあったのだ。ポスターの中にいるロックハートが俺に決めポーズでスマイルを見せてくる。白く輝く歯がとても鬱陶しい。
無駄にイライラする心を落ち着かせながら後ろを振り返ると、ロックハートが小さな箱から何かの瓶を取り出し、それを机の上に置いているのが見えた。
その瓶は香水だったらしい。部屋中に甘ったるい匂いが広がったことで分かった。客は男なんだから他の物にして欲しい。
「どうかしましたか?あぁ、私としたことが!椅子を出すのを忘れていましたね」
ロックハートは、大きなトランクの横にある趣味が良いとはお世辞にも言えないピンク色の派手に装飾された椅子を机の前に置いた。
「さあ、座りなさい」
俺はゆっくり椅子に腰掛けた。見た目の割に座り心地は良かった。
ロックハートは棚に置いてあるティーカップを二つ取り出し、俺の前に一つ、それから向かい側に一つ置いた。そして机の上にある金色のティーポットで二つのティーカップに紅茶を注いだ。
これが噂の魔法のティーカップか。中身がなくならないうえにいつでも温かい飲み物を出せるし、味は本格的な物には劣るが十分満足出来るレベルなので、かなり人気があると聞いた。かなり気になる。
「さて、何から話そうか」
ロックハートは向かい側の柔らかそうなソファーに腰掛けながら話を切り出した。あぁ、こちらに集中しなくては。
「レッドキャップの話をするんだったね!あれは、恐ろしい化け物だったよ………」
勿体振った話し方だ。それにわざと声を低くして恐怖を与えるようとしているのが分かる。ピクシー妖精の時と同じやり方だ。
「先生、その前にお話したいことがあるんですがいいですか?」
湯気が昇っているティーカップを手に取りながら、話を遮る。
「なんだい?」
表面上はいつもと変わらない爽やかに笑うロックハートだったが、口の端が引きつっていたので怒っているのが分かった。これから自分の武勇伝を語り始めるはずだったのに、話を遮られて不満なんだろう。
紅茶を少し口に含み、そっとティーカップを置く。
「先生、まだ僕の名前をご存知ないでしょう?ですから、まずは名乗らせて頂きます。セルス・マルフォイ、
ロックハートはマルフォイという名字を聞き、目を僅かに見開いた。知っていてくれてよかった。もしも何も反応しないのであれば、ロックハートの価値はあまり高くないと判断して彼を利用することをやめていただろう。
「単刀直入にお伺いします。先生が書いている小説の内容には誤りがありますよね?本の主人公は先生ではなく、別の人物であるというところが」
ロックハートの笑顔が凍り付き、頬がピクピクと微かに痙攣する。ロックハートは腰を少し上げて椅子に浅く座り直した。それから
「一体何を言っているのかね?皆目検討もつきませんよ」
と、冷たくて低い声で言った。そして、人指し指で机をコツコツと叩き始めた。
「そうですか……。しかし僕が調べた所によると、化け物退治を終えて帰ってきた人物が、先生に取材を受けた次の日に化け物を倒したことと先生に会った記憶を喪失していることが分かったんですよ。そうだ先生、忘却術で忘れさせられた記憶でも、優れた魔法使いにかかれば思い出すことが出来るって知っていましたか?このまま先生が否定するようなら記憶を取り戻した方が良いかもしれないですね」
勿論そんなこと調べていない。でも、心当たりのあるロックハートは俺の言葉を信じ、顔を怒りと恐怖で歪める。小さな子供が自分の隠していたことに気がつき、そのことで脅してきていることへの怒りと、自分の輝かしい人生が崩れてしまうかもしれない恐怖を同時に味わっているんだろう。
「そうだ。私は素晴らしい仕事をした人を捜し出して、どうやって化け物を倒したのか細かく聞き出した。それから忘却術をかけて記憶を消し、私が自分の功績にしても文句を言われないようにした。だが、それの何が悪い!醜い魔法戦士が化け物を倒したという本を書いても、その本は売れない。一切世間に注目されることは無い。それならば私がやったことにして本を書いた方がよっぽど良いはずだ!」
ロックハートは必死に自己弁護し、最後に机を拳でドンッと叩いた。
「セルス君、君はそのことを誰かに話したかね?」
声を落として尋ねてくる。
「いいえ」
「そうか……」
ロックハートはおもむろに席を立った。それから後ろを振り返り、窓の外を眺める。窓から太陽が西に大きく傾いているのが見えた。
俺もロックハートも何も喋らないし、物音も一切たてないので、時計の秒針が時間を刻む音が良く聞こえた。
「それならば……君には忘れてもらおうか!」
ロックハートが勢い良く振り返り、ローブから杖を取り出し、杖を俺に向け……ようとして失敗した。肝心の杖が無いのだ。ロックハートの杖はピクシー妖精によって教室の外に放り出されている。
「冷静になりましょう、ロックハートさん。ほら、椅子に座って」
ローブの中から杖を取り出し、杖先をロックハートに向ける。ロックハートは自分がどういう状況にいるのかを理解し、顔をブルーベリーのような青紫色に変えて大人しく椅子に座った。
「ロックハートさん、脅すつもりは無いんですが、俺はかなり優秀な魔法使いです。痛い目に遭いたくなければ、変な真似だけはしない方が良いですよ。では、話を戻しましょうか。盗作の話です」
ロックハートは体を縮こませる。自分の未来を握られているんだから当たり前だ。
「心配しないでください。俺のお願いを聞いてくれれば、このことを世間に公表するつもりはありませんから」
「お願い?」
沈み込んでいた頭をゆっくり上げて、ロックハートが恐る恐る尋ねた。
「はい。日刊予言者新聞の記者や上層部の人間と俺が手紙のやり取りを出来るようにしてください。手紙の相手がセルス・マルフォイだとは伝えないでくださいね。適当な人物を作れあげてしまえば、大丈夫でしょう。そういうの得意でしょ?あぁ、記者のリーター・スキーターは必ずお願いしますね。無理だなんて言わないでくださいよ?一度手紙のやり取りが出来ればそれで満足ですから」
ロックハートが沈んだ声で笑った。
「君の父親に頼めば簡単にそんなことできるだろ?」
首を横に振り、それを否定する。
「父繋がりじゃ駄目なんですよ。独自のルートが欲しいから頼んでいるんです。少し難しいことかもしれませんが、成果をあげれば、その分の見返りは必ず返しますので頑張ってください。貴方が望むなら、今の地位以上の地位を与えますし、貴方に英雄となれるチャンスを与えることもできますよ」
ロックハートの目の色が変わる。
「それは、本当か!?」
「ええ、俺はマルフォイ家の人間だし、頭も冴えている。まさに選ばれし者だ。不可能なわけが無い」
ロックハートは机の上で手を組み、ジーとその手を見つめた。輝かしい未来でも想像しているのだろうか。
「紹介出来る人が見つかったら、手紙で知らせてください。それと、学校の中では授業関係のこと以外は話しかけないでください」
「あぁ……わかった」
ローブに杖をしまい、ボーとしているロックハートを見ながら立ち上がる。
「両者が利益を得ることが出来るように力を尽くしますが、あくまで主導権を握っているのは俺であることは忘れないでくださいね。貴方が選ばれし者か、それともただのペテン師か決めるのは俺なんですから」
ロックハートの顔に再び恐怖の感情が浮かび上がるのを確認してから、部屋のドアに向かって歩き出す。
ドアに貼られているポスターの中でも、ロックハートが恐怖で顔を歪めているのが面白く、クスクスと笑いながらロックハートの部屋を後にした。