遊戯王GX 〜伝説の龍を従えし決闘者〜   作:ハクハクモン

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今回は八割がデュエルの構成ですが、読んでくださると幸いです。

最新パックを両方買ったら『究極竜』が当たったので、モチベが少し上がりました。


始まり

デュエルの聖地と言われているここ童美野町ーー。

そのとあるカードショップの前には多くの人が集まっていた。

ストリートデュエルなんてこの世界では大して珍しいものではない。が、デュエルがひとつのエンターテインメントとしてある以上、身近でデュエルが始まれば興味のある人は自然と足を止めてしまうことがあるらしい。

このデュエルを行う当人達も、有名人であるわけではなくただの一般人である。それでもこのデュエルを見ようとする人の中に、いったい何人のデュエリストがいるのだろうかーー。

 

 

 

 

「俺の先攻でいかせてもらうぜぇ!ドロー!俺は『ゴブリンエリート部隊』を攻撃表示で召喚だぁ!」

 

ヤンキーの場に召喚されたゴブリン達は、西洋の鎧をキッチリと着こなし隊列も乱さないまさに『エリート』の名を冠する集団だった。

 

ゴブリンエリート部隊

ATK 2200

 

レベル4では高めの攻撃力を持つモンスターの召喚に、周りの人集りで小さなどよめきが起こる。一方で俺はそのモンスターを見て妙な懐かしさを覚えていた。

ヤンキーはそのままカードを伏せるでもなくターンを終了した。

 

「俺のターン、ドロー」

 

デッキからカードを引いた俺はちらりと少女の方に視線を向けてみると、少女は不安な表情のまま俺を見ていた。

なんとも奇妙なものだ、と心の中で一人ごちる。こんな状況は二次元の世界でしか成り立たない一種の王道パターンだ。まあ今俺はその二次元にいるわけだが……。

元いた世界じゃ無関係決め込んで立ち去るしか考えられなかったが、この世界ではデュエルという方法がある。その結果がどう転ぶかは分からないけれど、いちデュエリストとして奴の行いが許せなかったのは確かだ。

 

「おらどうしたァ!?まさかもうびびっちまったのかよ!?ボサッとしてねぇでテメェもモンスターを出しやがれ!!」

 

それにしてもあの娘可愛いな〜、と思っているとヤンキーがヤジを飛ばしてきやがった…。この野郎、美少女を目で愛でる時間ぐらいは容認しろよな。

 

「手札から魔法カード『古のルール』を発動」

「『古のルール』ゥ?なんだそりゃ?」

「デュエルモンスターズには今のルールとなる以前において、生贄召喚のルールがなかった時代があったのを知っているか?」

 

問いかけられたヤンキーは考える素振りは見せたものの、五秒で根をあげた。

 

「…だからなんなんだよ!?とにかくそいつの効果を教えろよ!!」

「はぁ…。『古のルール』は手札にあるレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚する効果があるんだ」

「レ、レベル5以上をいきなりだぁ!?」

「よって手札から、レベル7の『エビルナイト・ドラゴン』を攻撃表示で特殊召喚!」

 

効果を知って驚く相手を尻目に、自分の場に蛇のように細い身体を持った邪悪なドラゴンが鳴きながら現れる。

 

エビルナイト・ドラゴン

ATK 2350

 

「バトル!『エビルナイト・ドラゴン』で『ゴブリンエリート部隊』に攻撃!ナイトメア・シャドウ・ソニック!

 

『エビルナイト・ドラゴン』から無数の影の刃が現れ、『ゴブリンエリート部隊』を切り刻む。

 

ヤンキー LP 4000 → 3850

 

「チィッ、やりやがったな!」

「カードを一枚伏せてターンエンド」

 

 

ヤンキー LP 3850

手札;5

モンスター;0

魔法・罠;0

 

賢司 LP 4000

手札;3

モンスター;1

魔法・罠;1

 

「ヤロウ…今度はこっちの番だ!ドロー!……へっ」

 

奴のターン、カードを引くと薄く笑った。いったい何を引いたのか。

 

「い〜いカードを引いたゼ。これからテメェに、絶望を見せてやんよ!俺は『ゴブリン突撃部隊』を召喚!さらに『デーモンの斧』を発動!装備した『ゴブリン』の攻撃力を1000アップだゼェ!!」

 

ヤンキーの場に先程とはうって変わって、軽装の屈強なゴブリン達が召喚されるとその手に持っていた棍棒を禍々しい斧に持ち替えた。

 

ゴブリン突撃部隊

ATK 2300 → 3300

 

ギャラリーから「おお…!」だの「あんなの倒せるわけない」という声が聞こえてくる。この世界じゃ攻撃力の高さがものをいう風潮がまだ残っているからだ。

 

「さらに『愚鈍の斧』を発動!装備した『ゴブリン突撃部隊』の効果を無効にして攻撃力1000アァップ!!これで攻撃した後に守備表示になることはなくなったぜ!!」

 

『ゴブリン突撃部隊』が持っていた斧が今度は鉄製の禍々しい斧に変化したーーと同時にゴブリン達がよく漫画とかにあるヌボゥ、とした表情をとった。

おそらく『愚鈍の斧』だから、持った彼らも愚鈍になってしまったのだろう。

 

ゴブリン突撃部隊

ATK 3300 → 4300

 

さらに攻撃力が上がってギャラリーのどよめきが更に大きくなった。まあ確かにちょっと厄介だけど。

 

「『ゴブリン突撃部隊』で『エビルナイト・ドラゴン』に攻撃ィ!」

 

相変わらずヌボゥ、とした表情で斬りかかってくる『突撃部隊』に『エビルナイト』はなす術なく撃破された。

 

賢司 LP 4000 → 2050

 

「どうよ!攻撃力4300を相手に手も足も出ないだろ!カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

奴さんは圧倒的な攻撃力のモンスターがいるからか、随分と調子に乗っている。ギャラリーからも「もう終わったな」とか聞こえてくる始末。少女はまだ俺の勝利を信じてはいるものの、言い得ぬ不安がその心に広がり始めているようだ。

だがーー

 

『攻撃力4300……厄介ですが、倒せない訳ではありません。マスター。デッキを信じ、このデュエルに勝利しましょう』

 

俺の隣にいる精霊ーー『青き眼の乙女』は違った。

彼女は俺の勝利を信じて疑っていない。むしろ勝って当然といった雰囲気である。

そうだなと、心の内で返して自分の手札を見る。

 

受け継がーー

プチリューー

黙する死ーー

 

この手札では攻撃力4300の『ゴブリン突撃部隊』を倒すことはできない。だったらーー引き当てればいい!

 

「俺のターン、ドロー!」

 

しかし引き当てたのは、現状を打破できるカードに非ず。なんの、まだカードは引ける!

 

「罠発動、『凡人の施し』を発動!デッキから2枚をドローし、『プチリュウ』を除外する!』

 

効果によって引いた二枚は、この劣勢を覆す力を持つカードだった。それらを見て俺は僅かに笑った。

 

「魔法カード『黙する死者』発動!墓地から『エビルナイト・ドラゴン』を復活させる!」

 

エビルナイト・ドラゴン

DEF 2400

 

「守りを固めようったって、そうはいかねぇ!永続罠『最終突撃命令』発動!これでテメェのモンスターは守備表示にできねぇ。もう諦めるんだな!」

「誰が守るって言った?『エビルナイト・ドラゴン』の復活は、お前のモンスターを倒す為の布石だ。さらに『アレキサンドライドラゴン』を召喚!」

 

アレキサンドライドラゴン

ATK 2000

 

「おいおい、そんな攻撃力のモンスターを並べたって俺のモンスターには勝てないぜ?まさか二体で攻撃とか、ガキンチョみてーなこと言うんじゃねぇだろうな?」

 

アレキサンドライドのウロコを持ったドラゴンの召喚に、ヤンキーは安堵したかのように小馬鹿にした態度をとった。

俺は含み笑いを浮かべながら答えた。

 

「ああ、そのまさかさ」

「……んだと?」

「魔法カード『受け継がれる力』を発動!『エビルナイト・ドラゴン』を生贄に、その攻撃力2350を『アレキサンドライドラゴン』の攻撃力に加える!」

 

通常モンスターは効果モンスターと比べて、攻撃力で上回るには魔法カードを使う場合がほとんどだ。大抵は『デーモンの斧』や『団結の力』といった万能な装備カードに目が行きがちだが、自分が今使っているデッキには攻撃力の高いモンスターが多く入っている。1ターン限定ではあるものの、そこさえ目を瞑ればなかなか良さげだと思い投入したのだ。

生贄となった『エビルナイト・ドラゴン』が淡いオーラとなって『アレキサンドライドラゴン』を包み込む。受け継がれた力を感じ取ったのか、『アレキサンドライドラゴン』は、一層力強く咆哮をあげた。

 

アレキサンドライドラゴン

ATK 2000 → 4350

 

「こ、攻撃力で上回りやがった…!」

「『アレキサンドライドラゴン』で、『ゴブリン突撃部隊』に攻撃!」

 

『アレキサンドライドラゴン』が飛び上がると、その口から黒いブレスを『ゴブリン突撃部隊』に浴びせかける。『ゴブリン突撃部隊』の面々はブレスの強さで我に帰ったと同時に奇声をあげて消え去った。

 

ヤンキー LP 3850 → 3800

 

「カードを一枚伏せてターンエンド」

 

アレキサンドライドラゴン

ATK 4350 → 2000

 

 

ヤンキー LP 3800

手札;2

モンスター;0

魔法・罠;1

 

賢司 LP 2050

手札;1

モンスター;1

魔法・罠;伏せ1

 

 

高い攻撃力のモンスターの応酬に、ギャラリーは湧き上がっていた。

この世界ーーこの時代のデュエルはモンスター同士のバトルが主なダメージソースである。その為に相手のモンスターより攻撃力の高いモンスターを如何に出すかが、勝敗の分かれ目だと考えているデュエリストも少なくない。

しかしその攻撃力が高くなればなるほどに優位に立つのが難しくなってくる。それならば魔法や罠で破壊すればいいのではと考えられるが、それは自分のいた世界の話。この世界では『まだ』モンスターの戦闘が主流なのだ。

 

「へへ……お前、強えな」

 

ヤンキーが笑うと、ふいに俺に話しかけてきた。

 

「そういうお前もな。力押しではあるけど、単純なものほどその破壊力は凄まじい。少なくとも初心者ってわけじゃなさそうだ」

「たりめぇだ。俺ァこれでも、デュエルアカデミアに行こうとしてたんだからな!」

 

その言葉を聞いて心の中で納得する。これ程の腕を持っているなら、筆記試験はともかく実技試験ではいい線をいく事ができるはずだ。

しかしヤンキーは、そこから表情を曇らせた。

 

「だけど実技の時に凡ミスしちまってよ……。まあそこで諦めたわけじゃねえ、むしろ取り返す為にあれこれ頑張ってなんとか勝ったんだ。そこまでは良かったんだよ……」

 

静かに話すヤンキーの言葉を、ギャラリーの人々も聞き入っている。プロデュエリスト養成学校として有名なデュエルアカデミアへの入学は、デュエリストとしての大きな一歩とも言えるからだ。

 

「だがよ…!試験を見に来ていたアカデミアの奴らは言いやがった!『力で押すだけの、幼稚なデュエルだ』と!確かに俺は考えるのは得意じゃねえよ!だから攻撃力を上げてただ殴り勝つ、っていう分かりやすいデッキしか作れねぇ…。でもよ…っ、考えるのがそんなに偉いのかよ!?あれこれカードを組み合わせて戦わなきゃダメな理由でもあんのかよ!?」

 

ヤンキーはただ己の憤りを言葉にして、人目を気にせず叫んだ。周囲の人々は何も言わずーーいや何も言えずしん、とした空気がこの場を支配する。

やがて呼吸を整えたヤンキーが仇を見るような目で、俺を睨みつてきた。

 

「…俺は絶対に勝つ。小細工なんざに頼るしかねぇ雑魚に負けるわけにはいかねぇ!俺のターン!」

 

ヤンキーが勢い良くカードをドローする。その様からは自分の決めた勝ち方を譲らない、強固な意志が感じ取れる。

 

「魔法カード『死者蘇生』発動!墓地の『ゴブリン突撃部隊』を特殊召喚!さらにィ!『ゴブリン突撃部隊』を生贄にーー『偉大魔獣 ガーゼット』を召喚!!」

 

恐らくは彼の切り札であろうモンスターがついに召喚された。『偉大』と名打たれるだけあるその巨体の持ち主は、腕を自身の前で組みながらこっちを見据えている。

 

偉大魔獣 ガーゼット

ATK 0

 

「『偉大魔獣 ガーゼット』の攻撃力は、生贄召喚する時に生贄に捧げたモンスターの攻撃力を倍にした数値になる!つまり、『ゴブリン突撃部隊』の攻撃力2300の倍ーー4600が『ガーゼット』の攻撃力になるんだぜ!!」

 

偉大魔獣 ガーゼット

ATK 0 → 4600

 

「これで終いだ!『ガーゼット』で攻撃!!グレート・フィストォ!!」

 

攻撃宣言を受けた『ガーゼット』の右腕に途方もない力が集約され、血管と思しき物体が浮き出るほどに膨張する。それはまさに純粋な、全力のパンチーー。無駄な思考の一切を排除し放つそれは、人間同士の素手による決闘と何ら変わらない。

そうーーこのヤンキーのデュエルは『それ』に等しいのだ。ただひたすらに殴り合い、最後に立っていたほうが勝者であると。

 

『ガーゼット』の攻撃で『アレキサンドライドラゴン』が破壊され、ギャラリーほとんどがーーデッキを奪われた少女すらもこれで決まりかと断じ顔を伏せている。

 

賢司 LP 2050

 

「な、なんでだよ…?なんでライフが減ってねえんだよ!?」

 

が、俺のライフは1ポイントも減ることはなかった。

この結果に驚くギャラリーの声を聞いた少女も、伏せていた顔を上げると俺の場を見てすぐにその理由を把握した。

 

「罠、カード…!」

「そ。お前が攻撃をしてきた時に、俺は罠カード『ガード・ブロック』を発動させたんだ。このカードはその戦闘によって発生するダメージを0にし、デッキからカードを1枚ドローする」

 

引いたカードは『レスキューラビット』……決して悪いカードではないが、この劣勢を覆すには力不足が否めない…!

 

「ふん。辛うじて負けを免れたみてぇだが、攻撃力4600の『ガーゼット』を倒せるモンスターなんざいやしねえ。さっさと諦めた方がいいぜ。ターンエンドだ」

(俺の手札は『戦線復活の代償』と、今引いた『レスキューラビット』だけ……。だがこの二枚と合わせてこの状況を突破できるカードが、このデッキにひとつだけ残っている……!)

 

相手モンスターの破壊はおろか『最終突撃命令』によってモンスターを守備表示にすらできない絶望的な状況において、俺はこのデッキに入っているカードと同時に構築した当時を思い出す。

 

このデッキを構築した時期はかなり前……、しかも突発的な思いつきで作ったものだ。

内容は何の変哲もない『バニラドラゴン』デッキ。それは手札の『思い出のブランコ』と『レスキューラビット』を見れば間違いないだろう。このデッキにはまだ高レベルのモンスター、例えば『トライホーン・ドラゴン』等が眠っている。しかし例えそれらのモンスターを引いても、攻撃力4600の『ガーゼット』を倒すことはできない。つまり、攻撃力で勝つ道はなくなったのだ。

では魔法や罠ではどうかーー?相手が特殊召喚モンスターであることを逆手にとる『悪魔への貢ぎ物』や、『ミラーフォース』に近い効果を持つ『ジャスティブレイク』はこの状況で理想的なカードだろう。

だが『悪魔への貢ぎ物』は手札に通常モンスターがいなければ発動できず、『ジャスティブレイク』は相手の攻撃を待たなければならない上に『サイクロン』等を撃たれたらそこでゲームオーバー一直線である。

 

ふと少女と目が合うと、彼女は縋るような眼差しで俺を見詰めてきた。このデュエルには彼女のデッキがかかっている為、負けることは許されない。

ならば引き当てるしかない……この窮状を打破できるカードをーー!

 

◇◆◇◆◇◆

 

目の前で繰り広げられているデュエルを見て、私の心には諦めの意志が徐々に広がっていくのが分かった。

私のデッキを奪った憎いヤツの場には攻撃力4000超えのモンスターと守備を封じるカード。対してデッキを取り返そうとしてくれている人の場には何もない。こんな状況で彼に何ができるというのか。

 

奪われたあのデッキは、元々私に父が与えてくれたカードで組み上げたものだ。当時は世間のデュエリストで言う「紙束」だったが生まれて初めて自分の手で作ったデッキ、そんなことは関係なかった。

戦績もお世辞にも良いとは言えなかった。だから今日はカードショップで良さそうなカードがないかと来てみたら、今デュエルしているあの男に声を掛けられたのだ。

「俺がホントのデュエルを教えてやるよ」と得意気に言うので試しに乗ってみたら、その結果運良く勝ててしまった。これには私自身も驚いた。歯車のひとつひとつが噛み合うようにカード達が合わさり、相手のモンスターを倒していくのを見た時はつい喜びたくなった。

そして男が負けた腹いせに私のデッキを奪い今に至る。

 

私のデッキを取り返さんとデュエルしているあの人の顔色が優れない。攻撃力4600の『ガーゼット』を倒せるカードがないのか、それとも諦めようとしているのか。

彼と目が合った。その目には少なくとも諦めようとする意志は感じられず、むしろより目つきを鋭くした。

 

「大丈夫だよ」

「……?」

 

突然、私の後ろから声がかけられた。振り返ると、雑誌の記事等でしか見た事のなかった伝説のデュエリストーー武藤遊戯が私の隣へと歩いてきた。まさか本物に出会えるとは……。

 

「デュエルはライフが残っている限り、最後の最後まで何が起こるか分からない。それが例え絶望的な状況でもね」

「でも、攻撃力、圧倒的……。勝つの、無理……」

「本当にそうかな?見てごらん、彼はまだデュエルを諦めちゃいないよ」

 

武藤遊戯に促されて見ると、彼の表情に諦めの色はなくデッキをデッキを見つめていた。

分からないーーこの状況で相手を倒せるカードがまだ残っているというのか。

 

「君も見ているといい。彼の、デュエリストとしての力を…!」

 

あの伝説のデュエリストにここまで言わしめるとは、彼はいったい何者なのだろう。

いや、今はそれについてはどうでもいい。

私にとって大切なあのデッキを取り返せるというのならば、例えどんなカードでも彼を勝利に導いてほしい……!

 

(お願い、勝って……!)

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

二人を囲うほどのギャラリーがいるにも関わらず、その場で声を発する者はいない。ある者は勝敗は決したと断じ、ある者は逆転劇を見たいが為に固唾を呑んで見守っている。

その中心ではヤンキーが己の勝利を疑わず不敵な笑みをこぼし、賢司は己のデッキを信じ心中で語りかけている。

 

(このドローでデュエルの結果が変わる。あのカードを引いてデッキを取り返せるか、引けずに取り返せずに終わるか……。頼む、引かせてくれ…!)

 

デッキトップに指を添え強く願う。もはや願掛けにも等しいが、この世界ではデッキにも意志がある。デュエリストが己のデッキを信じ戦えば、デッキはそれに答えてくれる。

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

そして閉じていた目を開き、トップのカードを力強く引く。果たしてそのカードはーー魔法カードだった。

賢司はそれを確認すると、心中でデッキに礼を言い勝利へと走り始めた……!

 

「手札から『レスキューラビット』を召喚!』

 

賢司の場にヘルメットを被った可愛らしいウサギが召喚された。それはこの緊迫したフィールドにおいて、あまりにも場違いと言わざるを得ない存在感をギャラリーに与えていた。事実、ポカンとする人もちらほらと見受けられるくらいだ。

 

レスキューラビット

ATK 300

 

「『レスキューラビット』の効果発動。このカードを除外することで、デッキからレベル4以下の同名の通常モンスターを2体、特殊召喚する!俺は『サファイアドラゴン』を特殊召喚!さらに『思い出のブランコ』を発動し、エビルナイト・ドラゴン』を復活させる!」

 

サファイアドラゴン ×2

ATK 1900

 

賢司の怒涛の召喚術によって、青く輝くウロコのドラゴンが二体と邪悪なドラゴンがその姿を現した。

 

「何をしてくんのかと思えば……。そんなモンスターをいくら並べても、俺の『ガーゼット』の攻撃力は越えられねえ。もう諦めるんだな!」

 

未だ勝利を信じて疑わないヤンキー。

しかし彼は知らない。たった今、自らの頭に『敗北』のフラグを立ててしまったことをーー。

 

「残念だが力比べもここまでだ」

「なに…!?」

「パワーだけがデュエルじゃないってことだ。魔法カード『突撃指令』を発動。『サファイアドラゴン』を生贄に、『ガーゼット』を破壊する!」

「んなぁ!?」

「行け!『サファイアドラゴン』!」

 

一体の『サファイアドラゴン』が『ガーゼット』に向けて捨て身の突撃を行い、二体は破壊された。

これでヤンキーの場は丸裸である。

 

「これでお宅の場はがら空きだ。『サファイアドラゴン』と『エビルナイト・ドラゴン』で直接攻撃!!」

「う、うがああぁぁぁ!!」

 

ヤンキーLP 3800 → 0

 

二体のドラゴンによってライフを失いヤンキーは打ちひしがれた。デュエルが終了しソリッドビジョンが消えて数秒、静かだったギャラリーからワァッと賢司に向けて喝采が浴びせられた。

賢司は少し驚きながらも、ギャラリーへと返していく。

 

「は、ははは…。どうもー……」

 

少ししてギャラリーが散開すると、遊戯と少女が近づいて来た。

 

「いいデュエルだったよ、亀崎君」

「結構危ないところだったけどね。何とか勝てたよ」

「お兄さん、勝った!すごい!」

 

二人して勝利を讃えてくれたことに若干照れ臭そうに頭を掻くと、未だ項垂れているヤンキーの元へ歩いて行く。賢司の目的はデュエルに勝つことではなく、デッキを取り返すことだ。

 

「さて、約束だ。彼女のデッキを返してもらうぞ」

「くそ……、俺のデッキはそんじょそこらの奴にも倒されるぐらい弱かったのかよ……。これじゃあいつらに馬鹿にされたのも納得だぜ……」

 

力無く呟くヤンキーのその姿に、賢司はその場に座り込むと意を決したように語りかけた。

 

「……なぁ。お前のデッキ、見せてくれないか?」

「はぁ…?いきなり何言ってんだお前?あぁあれか、お前も俺のデッキを笑いたいのか。なら好きなだけ見ろよ、俺はもうデュエルする気が起きねえからよ……」

 

ヤンキーがぶっきらぼうにデッキを差し出し、賢司はそれを丁寧な手つきで内容を簡単に把握していく。するとこのデッキの欠点が次々と浮き彫りになっていった。

 

「罠は『最終突撃命令』だけなのか…?」

「当たり前だ。守るなんて柄じゃねぇし、こういうのはぶつかり合ってなんぼだろ」

「魔法も攻撃力を上げるやつばかり……」

「攻撃力を上げて殴り倒すのが俺のポリシーだからな」

「モンスターはデメリットアタッカーがほとんど……」

「攻撃力で選んだからな。正直扱い難くてしょうがねぇ」

 

はぁ、と賢司は溜息を吐くとほんの僅かにだが目の色を変えた。

 

「まず、『相手を殴り倒す』っていうコンセプト自体はちっとも悪くない。恐らくほとんどのデュエリストがそうだろうからな。だけど問題なのは『如何にして相手を殴り倒せるようにするか』だと俺は思うんだ。このデッキのように攻撃力を上げて〜っていうのもひとつの戦術ではあるけど、それだけじゃ簡単に対応されてしまうだろう。魔法や罠、モンスター効果と対抗策はいくらでもあるんだし、要はそれらをどれだけ抑えられるかが鍵ってことだ。ん〜例えばーー」

 

いきなり長々と喋り始めた賢司に、ヤンキーだけでなく遊戯と少女は面食らっていた。いきなり地面に座ったのもそうだが、対戦相手のデッキの評価と診断を始めたことにだ。彼らが面食らっている間にも賢司は改善案をあれこれと挙げ連ねているが、当人の耳に入っているかは怪しいものである。

 

「ーーだから、やっぱり『スキルドレイン』は必須かな〜って感じなんだけど……どした?」

「え……ああ、いや……お前、詳しいんだな」

「そりゃ長いことやってるしな。これぐらいは覚えられる」

 

賢司はそう言うとデッキを返して立ち上がる。

 

「とりあえず今言った感じに組み直してみれば変わるはずだ。それと、腐るにゃまだ早すぎンよ」

「……チッ。これじゃあ愚図ってた俺が馬鹿みたいじゃねえか…。そうだな。アカデミアの受験、もっかい挑んでみっか…!」

 

賢司の言葉を聞いたヤンキーは、今一度アカデミアへの挑戦を誓った。その顔は先のデュエルで見せた憤る者のそれではなく、目標へ向けて進もうとするチャレンジャーの顔だった。

 

「…とその前に。悪かったな、デッキ取っちまってよ…」

「返してくれた、気にしない。でも、次はダメ。いい?」

「ああ、もうしねえよ。んじゃな」

 

少女から奪い取ったデッキを返すと、ヤンキーは柔らかい表情でこの場を後にした。

デュエルを通じて分かり合うーーこの世界特有の交流法を自然と体験した賢司は遠のいていく後ろ姿を見ながら、未だ見ぬデュエルアカデミアへの考えを巡らせていた。

 

 

 

「こらーー!!デュエルディスク返さんかーー!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

町を行く人の流れが戻った路上、賢司は取り返したデッキを少女へと渡す。少女はデッキを両手で包み戻ってきた実感を噛み締め、賢司へと向き直った。

 

「ありがと…!私、感謝してる…!」

「ああ、俺も無事取り返せて良かったよ」

「このデッキ、とても大切…。私の、デュエリストとしての、始まり…。だから、本当にありがと…!」

 

只々向けられる感謝の意に居た堪れずつい頬を掻く。ああ、とかうん、としか返せない彼を見て遊戯は笑っていた。

 

「やっぱり、亀崎君は普通のデュエリストじゃないんだね。ここ一番という時にデッキは君に答えているんだ。亀崎君はカードをとても大切にしているんだね」

「そりゃどんなカードだろうと役に立たない訳はないんだし、大切にするのは当然でしょう」

「それがデュエリストとして当然のことだよね。さて、遅れちゃったけど僕の家に行こうか」

 

ひと段落を終えたところで、少女に別れを告げて目的地だった遊戯の家へ向かう二人。少しずつ朱色に染まっていく路上と同じく赤い光に照らされた少女はぽつりとーー。

 

「お兄さん、『亀崎』……。覚えた」

 

賢司の背を見続けるその切れ長の目は、己の目指すものをしっかと捉えていた。

 

 

 




読んでくださりありがとうございます。

本当は『右盾』でフィニッシュのはずだったんですが、調べてびっくり。攻守変わらないみたいですね。
やっぱり事前に調べるのは大事ですね、はい。

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