遊戯王GX 〜伝説の龍を従えし決闘者〜   作:ハクハクモン

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どうも、投稿が大いに遅れた私です。本当は今月半ばぐらいに出来上がる筈だったのに、半分近く書いたものが納得いかず最初から書き直した次第です。もう書き直しはこりごりだ…。
それはそうと【ブルーアイズ】カテゴリー化が来ましたね!私としては非常に嬉しく思います。ただ【青き眼の〜】にチューナーが多いような気が…。


VS龍牙 狡猾なものと二色の眼

「あぁ…至福のひとときとはまさにこのことか」

 

あの鮫島校長とのデュエルからしばらく、制裁デュエルで沸いていたアカデミアは元の様相を取り戻していた。通常の学校と変わりのない座学とアカデミア独自のデュエルカリキュラムーーそれらを淡々とこなしていく毎日。同じく制裁デュエルを受けた十代と翔もまた学生として勉学に励むーーことは稀でほとんどは授業中に居眠りするいつも通りぶりを見せていた。

しかしそんな相変わらずな毎日にもたったひとつ、新たな刺激が加わった。今の俺ーー亀崎賢司はその日課をこなした後の至福なひとときを購買部で過ごしていた

 

『今日も生徒達を相手にお疲れ様ですマスター』

 

そう言って労ってくれたのは、自身が有する精霊ーー“青き眼の乙女”だ。俺は彼女の言葉に短く返事をしながらテーブルに置かれた『稲荷寿司三個入りパック』からひとつを摘むと、購買部の傍に視線だけを流す。そこには、購買部に来た時におもむろに挑んできたブルーの生徒数人が死屍累々としていた。

 

「しかし、鮫島校長とのデュエルからあからさまに挑んでくる奴が現れ始めたな」

『そのほとんどはマスターの持つ“ブラック・マジシャン”や“真紅眼の黒竜”などのレアカード狙い…。これがここのエリートと言われる生徒だとは信じられません』

 

デュエルモンスターズの精霊にすらこうも言われるとは、自分だったら恥ずかし過ぎて穴があったら入りたくなるだろうな。実際に彼らとのデュエルも、一人ずつではあったもののライフ継続ーーいわゆる勝ち抜き制で挑まれたのだ。最後は二人同時に相手してそれでも勝てはしたが、これがリスペクトを謳う鮫島校長のお膝元にいる生徒のやることかと考えれば首も傾げたくなるというものである。

本来、アカデミアにはアンティルールが判明した時に、それを持ち込んだ生徒を退学処分にする決まりがある。他者のカードを奪うなどデュエリストとして失格だーーと言うであろう鮫島のこと、そうなることを見越してはいたようである。

だがこの校則には、『バレなければ退学にはならない』という欠点があった。おそらく入学当日に十代を誘い出したであろう万丈目も、この穴をつく形で深夜に時間を指定した筈である。思えば取巻にアンティを持ち込まれた時やデュエルした時も人気のない場所だったか。ちなみにのびているブルー達に関しても全く同じだが、まだ明るい時間帯だからかデュエルが始まってからはその旨の発言を一度もしていなかった。

 

「レアカードを手に入れてもただの自己満足で終わりだろうに。それよか勉学に励む方が将来的に有意義だというのが分からんのか」

『……マスターも新しいカードを取り入れてはそれだけで満足されていたそうですが?』

「仕方ないだろ。相手がいなかったんだからデッキ組んで終わりにするしかなかったんだから」

 

ジト目と流し目のコンボで見てくる“乙女”に愚痴をこぼしながら稲荷寿司をかじる。デュエル自体は大歓迎だが一方的なアンティルールにはもう飽きてきたので、そろそろ普通のデュエルで気分転換もしたいところである。そもそもアンティルールは校則で禁止されてるっていうのに……やっぱりこの世界でのカードはそれほど重要な存在なんだなぁ。

 

「あら、そういうことなら私が相手になってあげるわよ?」

 

俺達二人の会話に文字通り横から割って入ってきたのは、あいも変わらず年相応とは思えない艶のある喋り方をする女子ーー藤原雪乃だった。隣に座った彼女の右手には、購買で買ったのであろう肉まんがあった。

 

「出たな肉まんガール」

「それは私にとって褒め言葉よ。それよりも呼び方を変えたのね。私は前の方が好きだったのだけれど」

 

肉まんを小さくかじりながら笑う雪乃。ただそれだけだというのに、この歳ではまだ持たないであろう色香を振り撒く彼女はいったいこのアカデミアの男子生徒をどれだけ虜にしたのか。平静を保つのも苦労するぞ全く…。

 

「前のは言葉の響きが原因で“乙女”からNGくらってな…」

『年頃の少女にあの呼び方はありません。一歩間違えれば相手の心を傷つける要因になってしまいます!』

「私は構わないわよ。むしろ、貴方の口からもっと聴かせて欲しいわ」

 

させまいとする“乙女”と許容する雪乃。自分で最初に言っておいて何だが、あの呼び方は本気でまずい。なんの悪気もなかった故にその事実を突きつけられるといたたまれない気持ちになってしまう。

 

「うん、藤原はいいだろうけど下手したらこっちがお縄になるから言わないでおく」

「そう、残念ね」

 

どこか少しばかり残念そうにしながら雪乃は再び肉まんに食いつく。雪乃とは制裁デュエル以降からこうして時折一緒になることが増えた。いずれも彼女の方から来るのだが二人でいると周囲の男子生徒の視線が痛いぐらいに刺さってくるのだ。同じブルーである天上院明日香と並ぶ人気を誇るだけに、男子生徒が嫉妬と思われる感情に表情を歪ませるのは見ていて少し恐ろしい。俺、夜道で後ろから刺されないよな…?

 

「…そうだわ。デュエルといえば、龍牙先生のことは知ってるかしら?」

「龍牙先生?確かアカデミアの教育実習で本土から来たエリート、だよな」

 

背中の心配をしていたところにいきなり振られたのは、現在アカデミアに教育実習生として来ている龍牙のことだった。なにやら実習生のなかでもクロノスに期待されるほどに優秀らしく、アカデミアの教員になる条件のひとつである生徒五十人とのデュエルを今のところ全て連勝という快挙を成しているとのことだ。

ただ龍牙という男についての記憶が正しければその連勝には裏があり、その他に度し難いこともやっていた筈だ。それがなければないで連勝については純粋にすごいと思うが、雪乃が言わんとしていることは何なのか。

 

「その龍牙先生なんだけど、面白くない噂が流れているのよ」

……どうやらこの世界の彼は俺の知っている人物と変わらないと見て相違ないようだ。その後雪乃から聞かされた噂の内容は、記憶しているものと全く同じだったーー。

 

◇◆◇◆◇◆

 

アカデミア内に複数あるデュエルフィールドのひとつ。ここにデュエルを行っている二人組がいた。うちひとりは青い制服を着込んだオベリスク・ブルーの生徒、もうひとりは眼鏡をかけた知的そうな風貌ではあるものの生徒のような青や赤といった色ではなく、一部の教員が着用する紫のコートを着込んでいた。

二人はデュエルの最中のようだがブルー生徒の場にモンスターはなく、男の場には銀に光るメタリックボディを持つ恐竜ーー“サイバー・ダイナソー”が存在していた。

 

「“サイバー・ダイナソー”の直接攻撃‼︎」

 

教員と思しき男のモンスターによって、ブルー生徒はライフがゼロとなり敗北した。突き飛ばされ仰向けに倒れた生徒に男は近づき口を開いた。

 

「私の勝ちだな。デュエリスト育成機関の最前線である本校のエリートと言うからどれ程かと思えば……拍子抜けだったな」

「い…今のデュエル、無効だ…!」

「…ほう?」

「魔法カードが使えなかったんだから、このデュエルは無効だって言ってるんだ!魔法さえ使えれば今のデュエルは俺が勝っていたんだ…!」

 

男が嫌味ったらしく蔑んだブルー生徒は、敗北した原因を喚きながらデュエルをなかったことにしようとする。しかしそれを聞いた男は態とらしく溜息を吐くと、生徒をあからさまに見下した。

 

「なんとも滑稽だな。子供(ガキ)のように喚き散らして…。どんな理由があれ負けは負け、恨むならデュエルディスクの調整を怠った自分を恨むんだな?」

 

冷たく言い放った男は散らばった生徒のカードの一枚、“ギルフォード・ザ・ライトニング”を拾い上げるとコートのポケットへと自然にしまい込んだ。

 

「なっ、俺のカード…!返せ‼︎」

「これは君の不注意が招いたことだ。授業料だと思って諦めるんだな」

 

生徒は取り返そうとするも男にいいように躱された挙句足を引っ掛けられ倒されてしまう。後は用済みとばかりに男が何も言わずに去っていくのを、生徒は悔しながらもただ見送ることしかできなかった……。

 

◇◆◇◆◇◆

 

同日の放課後。授業終了を知らせるチャイムとともに、授業からの解放感で満たされた教室をそれぞれ思い思いに出て行く生徒達。そんな彼らと同じく俺もまた座学で固まった身体をぐっ、と伸ばし解れる感触を確かめながら解放感に浸る。

 

「あぁ〜、終わった終わった。危うくあと少しで寝るところだったっ…!」

 

学生の頃は感じなかった、長時間座った後の身体を伸ばした時の気持ち良さ……歳をとったな俺も。やがて教室を後にした俺は廊下を何の気なしに歩きだし、頭の中では雪乃から聞かされた龍牙のことを思い返していた。

龍牙は俺が知っている通りそのままに五十人中の四十人以上相手に勝ち星として上げていることから、クロノスを始めとしたアカデミア側の人間も龍牙に期待する声が上がり始めているようだ。その一方で龍牙は負かした相手からカードを奪い取る悪質なカードコレクターとしての一面を持っており、被害に遭った生徒はそのショックで授業を休んでしまう始末だった。

 

『マスター。ただ今戻りました』

 

購買部で話を聞いてから龍牙に探りを入れさせていた“乙女”が戻ってきた。その顔には許し難いといった表情がありありと浮かんでいる。

 

「どうだったーーって聞くまでもないか」

『はい。マスターの言う通り、あの男はデュエルにおいてイカサマをしていました。そのうえ相手からカードを奪うという噂も間違いのない事実です』

 

雪乃から聞かされた噂……それは「龍牙とのデュエルで魔法カードが発動しない」というものだった。厳密には「デュエルディスクが魔法カードを認識しなくなる」みたいだが、直前まで問題なかった筈なのにそのデュエルが終わるまで全く反応しなくなったのは龍牙の工作によるもの、そしてカードを奪うという点も龍牙がコレクターを自称する故の行動だった。

 

『あのような者に引き離されたカードや持ち主達が不憫でなりません…。マスター、ここは私達の手であの輩を成敗するべきかと…!』

「その気持ちはよくわかる。だがそうなると、魔法の使用不能という大きなハンデを持った状態でデュエルしなければならない。負けが許されないデュエルほどしっかり勝つ為の戦略が必要だ」

 

はやる気持ちの“乙女”を理解しつつも、自分のベルトに提げられている四つのデッキそれぞれを魔法カードを封じられた前提でシュミレーションしてみるが、そのうちの三つは余りにも分が悪すぎる。

“青眼”も“真紅眼”も、そして四つ目のデッキも魔法カードが封じられると展開力に大きな影響が出てしまうのだ。モンスターの特殊召喚やカードの除去など、これらは罠でも対応できるが罠カードの性質上後手に回らざるを得なくなる。もし最悪龍牙がそこまで手を回していようものなら何もできずに負けることすらあり得る。

では残ったひとつはどうかというと、他三つと比べれば魔法を封じられていても強力なモンスターを呼びやすくはある。だがこのデッキもビートダウンに属する以上、如何に上級モンスター召喚の際の生贄を都合できるかのプレイングが問われてしまう。おまけに未だ一度も使ったことのない構築なので、うまく機能してくれるかどうかすらも危ういのだ。

 

(結果的にどれを選んでも不利になることは変わらない…か)

 

さてどうするかーーと頭を悩ませていると、向かいから歩いてくる二人の姿が見えた。一人はこのアカデミアで実技担当最高責任者を務めている唯一の外国人教師であるクロノス・デ・メディチ。そしてもう一人は眼鏡をかけた鋭い目つきの男で、いかにもエリートらしい雰囲気を纏っている。

 

「オゥ、シニョール亀崎。ちょうど良かったのーネ、アナタを捜していたところでしたーノ」

 

呼び止めてきたクロノスに思考を中断して耳を傾ける

。そのついでにクロノスの後ろにいる男にも視線を向けてみたが、一目見てこの男は何かあると感じ取った。

それもそうだ。この男こそがーー。

 

「実は今ここにいる教育実習生である彼ががここの教師になる為、デュエルの相手を捜していたところだったのーネ」

「こうして直接会うのは初めてだね。このアカデミアの教育実習生の龍牙だ」

「どうも」

 

クロノスへの挨拶もそこそこ、龍牙は至って真面目そうな素振りだ。いかにも自分は悪い奴ではありません、といった雰囲気を取り繕っているが、アカデミアに広まっている噂を考えればそれが本性とは考えにくい。

短い握手を終えるとクロノスがさらに続ける。

 

「このアカデミアにおいて教育実習生が正式な教師となるうえーデ、生徒相手のデュエル五十回における戦績が結果に大変左右されますーノ。龍牙君は現在四十九連勝という素晴らしい戦績を継続しているノーネ…!」

 

エリート主義であるクロノスは龍牙の腕を素晴らしいと言い、側から見ても期待している節を感じさせる言い回しだ。

しかしその後ろでくい、と上げた眼鏡のレンズ越しに見えた龍牙の目は、野心を燻らせる人間のそれだった。それが目の前のクロノスに対して向けられていることから、龍牙はいずれクロノスに取って代わろうと画策しているのだろう。デュエルモンスターズが様々な界隈に影響を及ぼしている現状、デュエリストを養成するアカデミアで権力を得たうえでプロとなる生徒を操ってデュエルモンスターズ界を支配しようと考えるような輩も現れるだろう、と海馬瀬人から聞かされたことがあった。

ーーもっとも、そんな輩にこの俺が不覚をとることはあり得んがな……という自信満々な台詞と一緒に。

 

「そこで龍牙君の要望により、最後の五十戦目の相手はシニョール亀崎ーーアナタに決まりましたーのデス!」

「…はい?自分ですか?」

 

最後の相手が自分…?おかしいな、正式な生徒である十代じゃないのか。というかそのデュエルって特別生徒相手でもいいのか…。

 

「君の噂はよく聞いていたよ。あの伝説の“青眼の白龍”を始めとした数々のカードを使いこなす強力なデュエリストだとね」

 

もしかしたらコレクターでもあるのかな?ーーと尋ねてくる龍牙の目は、獲物を前にした捕食者のそれだ。完全にこっちをロックオンしている。確かにここに来てから様々なカードを使ってきたからそれを伝え聞いたといったところか。

 

「実はかくいう私もコレクターでね。カードコレクターとして君が持っているカードには非常に興味がそそられていたんだ。良ければ今度、その一部だけでも私に見せてはもらえないだろうか?」

 

これは完全に狙いをつけてきてるな。ここまで来たら見せようが見せまいがデュエルを挑んでくるだろう。

隣にいる“乙女”は『絶対に見せてはならない』と言いたそうな視線を送ってきているが、元よりこの男にむざむざ見せるようなカードは一枚たりとも持っていないので返事は最初から決まりきっている。

 

「ちょっと待ったぁーーっ‼︎」

 

断りを入れようとしたその時、いきなりの大声とともにひとりの生徒ーー遊城十代が走ってやって来た。鬼気迫る表情から只事ではない何かがあるみたいだが、十代はクロノスではなく龍牙にその目を向けている。

 

「何なのーネ、ドロップ・アウト・ボーイ。私達は今大切な話をしているのーネ」

「アンタ、デュエルで負かした翔からカードを奪い取ったんだってな‼︎そのカードを翔に返してやれよ‼︎」

「ア、アニキ…」

怒りの炎を宿した目で龍牙に詰め寄る十代。少し遅れた形で翔が来たのとほぼ同じタイミングで龍牙は涼しげな顔をしながら口を開く。

 

「君は確か、噂のオシリス・レッドーー遊城十代だったね。オシリス・レッドにしてはかなりの腕だという」

「俺のことはどうだっていい‼︎早く翔のカードを返せよ‼︎」

「返せなどと人聞きの悪い。丸藤君がコレクターである私にカードを譲ってくれただけだよ」

「そ、そんな…っ、ボクは譲ってなんか…」

 

カードを奪われた翔はその気弱な性格のせいで強く追求できずしどろもどろになってしまった。十代はなおも友に代わり怒りをぶつけるように龍牙を追求するが、龍牙は涼しげな顔を崩さずかわし続ける。クロノスの手前、不必要な諍いは避けたかったのだろうがここでさらなる追撃部隊が十代達の後ろから現れる。

 

「本当に翔君からカードを譲ってもらったというのなら、その翔君が泣いていた理由を聞いても弁明できますか?龍牙先生」

 

怒気を孕んだ声とともにカツン、とヒールを鳴らしたのは沈んだ表情の枕田ジュンコと浜口ももえを連れた天上院明日香だった。彼女達の登場に俺達は驚いたが、それより気になったのはジュンコとももえだ。あの表情はまさか……。

 

「あ、明日香さん…?どうしてここに?」

「カードを奪われたのは翔君だけじゃなかったってことよ」

「まさか、その二人も…⁉︎」

「ええ。しかも、他にも被害に遭った生徒がいるみたいなの」

 

やっぱり他にも被害者はいたか…。これでここ最近実技の授業を休みがちにしていた生徒が一人ずつ増えていたことにも説明がつく。カードが足りなければデュエルはできないからな。

 

「アンタ…!翔だけでなく皆からカードを奪ってたのか!」

「やれやれ、これ以上は時間の無駄だ。私を貶めようとする理由はわからないが、こっちは最後の五十戦目をやろうとしているところなんだ。邪魔をしないでくれ」

「五十戦目……。じゃあその相手って…!」

 

龍牙の言葉に十代達の視線が龍牙とクロノスを挟んで反対側にいる俺に集中する。俺はその視線の意味を肯定するように、頭をぽりぽりと掻いた。

 

「そういうことだ。本人からの指名らしくてな」

「でも亀崎さんはもの凄く強いんだ。いくら教育実習生のアンタでも、そう簡単には勝てないぜ?」

「どんな強い人間が相手だろうと必ず勝ち筋はある。要は知識と戦略、そして運を味方につけられた方が勝つのさ。デュエルでそれを証明してあげようじゃないか」

 

高々とご高説をたれる龍牙だが、奴のデュエルには運なんて要素はないに等しい。噂にあった魔法カードが発動できないというのは、龍牙が外部からの工作でデュエルディスクのシステムに干渉している可能性があるからだ。

そもそもデュエルディスクは生徒が各自でメンテナンスを行っているのだが、デュエルに支障が出るような問題が発生した場合にエラーを知らせてくれるつくりになっている。今回の場合は魔法カードが使えなくなった時点で起動した瞬間にしろデュエル中にしろ知らせてくれる筈なのだ。そのエラーが吐かれなかったということはデュエルディスクは故障していると認識していないーーできなかったということになる。おそらくは認識の妨害ーー電磁波によるジャミングの類だろう。

 

「では二人とも、デュエルフィールドに向かうのーネ」

 

デュエルをするとなった以上被害に遭った彼らのカードは絶対に取り返すーー俺は龍牙をデュエルで倒すべく気持ちを切り替えていったーー。

 

デュエルを行う為にクロノスに促されるままデュエルフィールドへと移動する俺に十代と翔、明日香とジュンコとももえが同行し、成り行きを静かに見守るべく観客席に座り神妙な面持ちを浮かべていた。

 

「本当に大丈夫ッスかね、アニキ…?」

「亀崎さんなら絶対に勝ってくれるさ。ーーあの人だってデュエリストなんだ。カードを奪われた皆の怒りをきっとわかってくれてる筈だ」

「どうか私達のカードを取り返してくださいませ…!」

「負けたりしたら承知しないわよ…!」

 

デュエルステージでももえとジュンコの声を聞きながらデュエルディスクを起動、デッキをセットする。その後龍牙は余裕の態度を崩さないまま、左手の薬指に嵌めている指輪を入念に撫で始めた。

 

「フフ…この指輪は私のお守りみたいなものでね。デュエルを始める前にこうして撫でると、不思議とデュエルで勝てるようになるのさ。まるでデュエルの女神が私に味方してくれるみたいにね…」

 

非ィ科学的だっ‼︎ーーとあの海馬瀬人なら一蹴しかねないな…。本当に女神に愛されてると言うのなら、それこそ十代のようなどんなに追い詰められようと一枚のドローで逆転する奴のことを言うのだろう。龍牙の言う女神など自分で創り上げた紛い物に過ぎない。そんなポンコツが女神など、随分と安っぽい女神である。それに、今の動作で仕掛けを起動させたのもモロバレだ。

 

「そんなものに頼らなきゃ満足に闘えないなら、まずデュエルの腕を磨いた方がいいと思うんだがな」

「フフッ…女神は優れた者に味方する。ならばアカデミアの教員試験を好成績で通過した私に味方するのは当然だ。いかに腕があろうとデュエルは勝つべき者が勝つのだからなーーさあ、いくぞ!」

 

「「デュエル‼︎」

 

 

龍牙 LP 4000

VS

亀崎 LP 4000

 

 

「俺の先攻、ドロー。“ゴーレム・ドラゴン”を守備表示で召喚。ターンエンドだ」

 

ゴーレム・ドラゴン

DEF/2000

 

「私のターン!手札から“俊足のギラザウルス”を特殊召喚‼︎」

 

俊足のギラザウルス

ATK/1400

 

「生け贄なしで召喚できるのに、なんでわざわざ特殊召喚を?」

「まったく…これだからオシリス・レッドの落ちこぼれは。“俊足のギラザウルス”はーー」

 

龍牙の場に召喚されたやや小振りな細い身体を持った“ギラザウルス”……。そういえば龍牙が使うモンスターを一部だけ知ってはいたが、デッキそのものがどんなものかまでは知らなかったな。

レベル3の“俊足のギラザウルス”は生け贄なしで通常召喚できるが、自身の効果によって特殊召喚扱いで場に出すことができるモンスター。しかしそのデメリットとして、相手に相手自身の墓地からモンスターを復活させてしまう厳しい効果を持っている。だが龍牙から見た相手ーーつまり俺の墓地にモンスターが存在しないことからこのデメリットが回避されるのだ。

最初のターンで召喚権を使わずにモンスターを召喚できるのはとても大きい。場にモンスターが1体いるだけでできる行動がかなり広がるからだ。例えば……。

 

「ーーつまり、このターンで“ギラザウルス”を生け贄に上級モンスターを召喚することができるのだ!私は“俊足のギラザウルス”を生け贄に“暗黒ドリケラトプス”を召喚‼︎」

 

暗黒ドリケラトプス

ATK/2400

 

「バトルだ‼︎“暗黒ドリケラトプス”で“ゴーレム・ドラゴン”を攻撃‼︎」

 

亀崎 LP 4000 → 3600

 

“暗黒ドリケラトプス”は貫通効果持ちのモンスター。巨体から繰り出された突進で倒された“ゴーレム・ドラゴン”の爆発の余波でライフが引かれる。“暗黒ドリケラトプス”の貫通能力は地味に厄介だな…。

 

「さらにリバースカードを一枚伏せてターン終了だ」

 

龍牙 LP 4000

手札:3

モンスター:1

魔法・罠:1

 

亀崎 LP 3600

手札:5

モンスター:0

魔法・罠;0

 

 

「先手は取られたみたいね」

「なぁに、亀崎さんのことだからこの程度すぐに挽回できるさ。なぁ翔?」

「う、うん…」

 

十代から嬉しいお言葉を頂いたのは本当に嬉しいーーが忘れてはならない。このデュエルは実質、魔法カードが使えない闘いだということを。

二回目の自分のターン、引いたカードは魔法カード“デビルズ・サンクチュアリ”…。コストなしで生け贄召喚に繋げられるトークンを生み出す便利な魔法であり、生け贄召喚を主体としたデッキには必須とも言えるカードだ。これで手札のモンスターを生け贄召喚することができる。

 

「どうした?私の“暗黒ドリケラドプス”に勝てるモンスターが引けなかったのなら、さっさと壁となるモンスターを出したらどうだ」

「……、魔法カード“デビルズ・サンクチュアリ”を発動」

 

龍牙に急かされる形で魔法カードを発動させる。もしかしたら龍牙の仕掛けに不備が生じて使えるのではないか、と淡い期待を持っていたが結果は大方の予想通り、デュエルディスクは“デビルズ・サンクチュアリ”を認識せずうんともすんとも言わない。

チッ、と内心で舌打ちしながらもう一度カードをスロットに差し込むが、やはり何の反応も示さない。

 

「なんだ?デュエルディスクの故障か?」

「もしかして、ボクの時と同じようにデュエルディスクが魔法カードに反応しないんじゃ…⁉︎」

「えっ、アンタもそうだったの⁉︎」

「どういうことだ?」

「ジュンコとももえも、あの龍牙先生とデュエルしている時に魔法カードが使えなかったみたいなの。おそらく翔君と同じようにね」

 

◇◆◇◆◇◆

 

マジかよ…、と信じられない様子で呟く十代から少し離れた場所では、クロノスが彼らの話を耳にして内心少しばかり焦っていた。

 

(彼らの話が本当なら、魔法カードが使えないということがそう頻繁に起こるものとは思えないのーネ…)

 

特にあの海馬コーポレーションが手掛けたデュエルディスクなら尚更、このようなミスを犯すとは考えにくい。全生徒に配られているデュエルディスクは基本的に生徒自身がメンテナンスを行う決まりもあるが、そのメンテナンス自体も難しいことはなく機械方面に疎い人間でも簡単にできるシステムとなっている。

 

(あのシニョール亀崎にしても、彼が毎日デュエルディスクをメンテナンスをしているのもワタシは知っているのーネ。それなのに故障を見落とすなんてことは絶対にあり得ないーノ…!)

 

疑いたくはないがもしかしたらーーいずれは同じ教師として、共にアカデミアの生徒を立派なデュエリストに育てあげようと考えていた相手である龍牙。クロノスの心にあるその鏡像は、少しずつその陰りを見せていた。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「やれやれ、まさかデュエルディスクの故障とはな。どうやら早々にデュエルの女神に見放されたようだな…」

 

魔法カードが発動できない状態にさすがの奴も困惑を隠しきれないようだな…。私ーー龍牙をただの教育実習生だと侮っていたみたいだが、伊達で生徒を相手に連勝を重ねていた訳ではない。

入試の際に実技試験でお前がクロノス相手に“青眼の白龍”を召喚したと聞いた時は信じられなかったが、前の鮫島校長とのデュエルで使われたのを見てようやく信じたーー信じるしかなかった。

どんな手段で手に入れたにせよ文字通りの『幻のレアカード』を持っているとわかれば、後はいかにしてデュエルで勝つかを私は考え続けた。奴は“青眼”を筆頭とした強力なドラゴン族モンスターを魔法や罠で守り、また戦闘の補助や召喚のサポートを行うなど基本に忠実な戦術を好んでいるようだった。

そこで私が奴に勝つ為に考えついたのが、「上級モンスターを召喚させない」戦術だ。ドラゴン族の上級モンスターには強力なモンスターは確かに多いが、魔法及び罠を駆使しなければ生贄を揃えるのは厳しいことになるだろう。モンスターを守れなければ生贄とすることはできないからな。

 

「俺は“ジェスター・コンフィ”を特殊召喚!」

 

ジェスター・コンフィ

ATK/0

 

そうだ、上級モンスターさえ封じてしまえば後はステータスの低い雑魚モンスターしか出せなくなる。そして魔法と上級モンスターを封じられたとなれば、奴は当然罠に頼ろうとする筈。だがその一筋の希望すら幻となって消えることになる。私が伏せたこのカードがある限りなーー。

 

◇◆◇◆◇◆

 

いたって自然な振る舞いを装っている龍牙だが、その内心はしてやったりという気持ちで満たされていることだろう。

魔法カードが使えない今、抗う手段はモンスターと罠のみ。“暗黒ドリケラトプス”の前ではモンスターによる守りも厳しいのでその排除を優先しよう。

 

「攻撃力ゼロのモンスターを攻撃表示で出すとは……正気か?そんな小柄なピエロじゃ私の攻撃は防げないぞ?」

「さらに手札の“デビルズ・サンクチュアリ”を墓地に捨て、手札から“THE トリッキー”を特殊召喚」

 

THE トリッキー

ATK/2000

 

「何をするつもりかは知らないが、モンスターを出せば私の攻撃を防げるとは思わないことだ。相手が手札からモンスターを特殊召喚したことにより、手札からこのモンスターを特殊召喚できる!出でよ“サイバー・ダイナソー”‼︎」

 

サイバー・ダイナソー

ATK/2500

 

“THE トリッキー”の召喚をトリガーにして、龍牙はまるで“暗黒恐竜(ブラック・ティラノ)”が機械化したような姿のモンスターを呼び出した。本物の恐竜と違い完全な機械仕掛けのその巨体はゆうに見上げるほど大きい。相手モンスターの数が増えて状況はますます不利へと傾いているがまだ慌てる必要はない。

 

「俺はさらに“ジェスター・コンフィ”と“THE トリッキー”を生贄に捧げ、“オッドアイズ・ドラゴン”を召喚‼︎」

 

オッドアイズ・ドラゴン

ATK/2500

 

両眼それぞれの色が違う赤い甲殻を持った二足歩行の竜は咆哮をひとつあげると、ズシンと力強くフィールドを踏みしめた。他のドラゴンと比べても小振りではあるが、その内に秘めている力をこのデュエルで発揮してもらおう。

 

「おお…!新しいドラゴンだ‼︎」

「“オッドアイズ・ドラゴン”で“暗黒ドリケラトプス”を攻撃!スパイラルフレイム‼︎」

 

跳躍した“オッドアイズ・ドラゴン”の口から放たれた螺旋の炎は“暗黒ドリケラトプス”へと一直線に向かい、その炎に包まれた“暗黒ドリケラトプス”は悲鳴を上げながら破壊された。

 

龍牙 LP 4000 → 3900

 

「フン、ささやかな抵抗だな。この程度のダメージは痛くも痒くもない」

「“オッドアイズ・ドラゴン”は戦闘で相手モンスターを破壊した時、破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手に与える効果がある。つまり“暗黒ドリケラトプス”の攻撃力の半分、千二百の追加ダメージを受けてもらう」

「なんだとっ⁉︎」

 

龍牙 LP 3900 → 2700

 

「さらにカードを一枚伏せてターンエンド」

 

“オッドアイズ”による効果ダメージは、龍牙の余裕を見事に打ち崩した。とはいえまだ龍牙の場には同じ攻撃力の“サイバー・ダイナソー”がいる。あれをなんとかして捌かなければこっちに勝利はないだろう。

 

「私のターン、ドロー!」

 

同じ攻撃力のモンスターが対峙するこの局面、突破するには攻撃力を変動させるかモンスターそのものをどうにかするかのどちらかの手段をとらなければならない。だが龍牙が手札を見ながら眉間に皺を寄せているあたり、目当てのカードは引けていないようだ。

 

「魔法カード“手札抹殺”を発動!互いに手札を全て墓地に捨て、捨てた枚数ぶんカードを引く!」

 

“手札抹殺”によって龍牙は三枚、俺は手札一枚を墓地に捨てる。その後デッキから引いた三枚を見た龍牙はニヤリ、と口角を上げたあたりいいカードを引けたみたいだ。

 

「装備魔法“7カード”を発動!“サイバー・ダイナソー”に装備し攻撃力を七百アップ!さらに“ジャンク・アタック”を“サイバー・ダイナソー”に装備‼︎」

「チッ…!」

 

サイバー・ダイナソー

ATK/2500 → 3200

 

「攻撃力が三千を越えた…!」

「バトルだ!“サイバー・ダイナソー”で“オッドアイズ・ドラゴン”を攻撃‼︎」

 

“サイバー・ダイナソー”の口内に備え付けられていたレーザー砲が“オッドアイズ”を捉え、充填されたエネルギーを射出する。

 

「罠カード“聖なるバリアーミラー・フォース”発動!相手の攻撃表示モンスターを全て破壊する!」

 

“サイバー・ダイナソー”による“オッドアイズ”への攻撃を遮るように半透明のバリアが展開され、レーザー砲を防ぎ始める。これが通れば“サイバー・ダイナソー”を返り討ちにできるーーが、龍牙は冷静に眼鏡を持ち上げる。

 

「そう来ることは読めていた!“ミラー・フォース”にチェーンして永続罠“王宮のお触れ”を発動‼︎これにより君の“ミラー・フォース”は無効となる‼︎」

 

亀崎 LP 3600 → 2900

 

“王宮のお触れ”によって“オッドアイズ”を守っていたバリアは消滅、レーザーが着弾し“オッドアイズ”が破壊された。

 

「クッ、まさか罠まで封じてくるとは…」

「さらに“サイバー・ダイナソー”に装備された“ジャンク・アタック”の効果により、破壊された“オッドアイズ”の攻撃力の半分のダメージを受けてもらう。まぁさっきのお返しというやつさ。私はこれでターンエンドだ」

 

亀崎 LP 2900 → 1650

 

 

龍牙 LP 2700

手札:1

モンスター:1

魔法・罠:1

 

亀崎 LP 1650

手札:1

モンスター:0

魔法・罠:0

 

…なんとも気に入らない奴だ。魔法と罠を封じるという戦術自体は全く悪いと思うわけではない。実際、それらはたった一枚で戦況を変える力を持っているものが多いゆえに、龍牙は封じる作戦に乗り出したのだろう。

だがその方法が特に気に入らなかった。基本的に魔法と罠を一編に封じるというのはデュエルにおいて非常に難しいことだ。例えば龍牙の出した“王宮のお触れ”は他の罠の効果を無効にするという効果があり、またこれと対を成すように魔法を封じる罠カード“王宮の勅命”というカードもある。

しかしこれらを同時に出しても“王宮の勅命”が“王宮のお触れ”に無効化されてただ魔法・罠ゾーンを圧迫するだけの結果に終わってしまう。一応は同じく罠を封じる“サイコ・ショッカー”に自分だけ罠を使えるようにする“電脳増幅器”を装備、そこに“王宮の勅命”を使えばその状況を作れないことはないのだが……問題は外部からの妨害工作で人為的にこの状況を生み出したという点だ。

 

「ああどうしよう…。モンスターがいなくなっちゃったよ…!」

「しかも魔法が使えないばかりか、“王宮のお触れ”で罠も使えなくされてしまった…。手札も一枚だけ、これは絶望的だわ…」

「なんとかして罠だけでも使えるように出来ればいいんだけど、魔法が使えないこんな状況でどうすりゃいいんだよ…」

 

次のドローで明暗が別れるーー敗色を見せ始めたことに不安を隠しきれなくなった十代達の気持ちが嫌ってほどに伝わってくる。自分達のカードを取り返したいが為に俺の勝利を信じてくれた彼らを裏切りたくはない、その一心でデッキトップに指を添えた。

たった一枚の手札では“サイバー・ダイナソー”の攻撃を凌ぐことはできない……彼らのカードを取り返す為にも、せめて逆転に繋ぐカードをーー‼︎

 

「俺のターン、ドロー‼︎」

 

その思いで勢い良く引いたカードを見た俺は、そのカードに全てを賭けることにした。守備表示で出して容易く突破されるのなら、この効果に託すしかないーーと。

 

「俺はカードを一枚伏せ、さらに“カードカー・D”を召喚!」

 

カードカー・D

ATK/800

 

召喚したのは一般的によく知るような車より遥かに薄い平たい車。青いボディに刻まれた『D』の文字が印象的だ。

 

「“カードカー・D”の効果発動!このカードを生贄に捧げることでデッキからカードを二枚ドローしたのち、強制的にターンを終了する!」

 

消えていった“カードカー・D”と引き換えにドローしたカード二枚を確認する。すると笑いを抑えられないのか龍牙からくぐもった笑い声が聞こえてきた。

 

「クックックッ…どうやら完全にデュエルの女神から見放されたみたいだな。君の身を守るモンスターはおらず、魔法も罠も使えない。君にはもう次の私の攻撃を防ぐことはできないぞ!」

「だったら攻撃してきたらどうだ?例え結果が待っていようと、俺はデュエルの最中に逃げるような真似はしない」

「いいだろう…。ならばお望み通りトドメを刺してやる!ーーいけ!“サイバー・ダイナソー”‼︎」

 

“サイバー・ダイナソー”の大きく開いた口の奥ーーレーザー砲にエネルギーが充填されていく。あれが放たれればもう止める術はなく、このデュエルに決着がつく。

 

「この攻撃が通ったら、龍牙先生の勝ち…!」

「そんな…!なんとかなりませんの⁉︎」

「アタシに言わないでよ!」

「くそっ…!あんな奴が勝っちまうのかよ…!」

 

口々に慌てている十代達をよそに“サイバー・ダイナソー”を前にしている俺は一切動じることはなかった。デュエルを諦めた訳でも自棄になった訳でもないーーただ、不確かな確信めいたものを感じていたからだ。この圧倒的に不利な状況を覆そうと、デッキが力強く躍動しその『牙』を龍牙に突きたてようとする竜の如き唸り声をーー。

 

「相手モンスターが直接攻撃を宣言したことで、手札から“バトル・フェーダー”の効果を発動‼︎このモンスターを特殊召喚しバトルフェイズを終了させる‼︎」

 

バトル・フェーダー

ATK/0

 

フィールドに現れた悪魔を想起させるような十字型のモンスター。やがて時計の針のような足にあたるであろう振り子が、左手の部位にある鐘を鳴らし始める。その音は鐘から生じる音とは思えないほどに重く響き、それを聞いた“サイバー・ダイナソー”は開いていた口をゆっくりと閉じていった。

 

「さっきのドローで防御カードを引き当てていたのか……往生際の悪い男だ」

「あいにく、こっちは微塵も諦めてなんかいないんでね。カードとライフが尽きない限り最後まで足掻くのが俺のデュエルだ」

「それは結構だ。だが奇跡は二度も起こらないぞ。次の私のターンで今度こそ君のライフをゼロにしてあげよう」

 

龍牙 LP 2700

手札:2

モンスター:1

魔法・罠:3

 

亀崎 LP 1650

手札:1

モンスター:1

魔法・罠:1

 

 

奇跡は二度も起こらない……か。確かに運任せの奇跡なんてものはそうそう起こりはしないだろう。滅多にないからこそ『奇跡』と呼ばれる所以なのであり、今度こそ俺が万事休すといった様相を見せると龍牙は思っているに違いない。

だがそのような逆境にさえ屈さないのがデュエリストだ。自分のカードを信じ最後の最後まで諦めないーーそしてその心にカードが呼応すれば、そのデュエルにおいて奇跡を起こすことができるーー!

 

「俺のーーターン‼︎」

 

この圧倒的な絶望を余儀なくされる状況を十代達に見守られながら引いたカードを見たその瞬間、脳内で勝利の方程式が浮かび上がった。○ストラルではないが危機的状況のなかにおいて勝利の方程式が組み上げられたことによるこの感情は、まさに暗い闇に差し込む一筋の光を見つけたものに近いかも知れない。

 

「今さらどんなカードを引こうがこの劣勢をひっくり返すことは不可能だ。さっさとサレンダーをしたまえ」

「サレンダー?する必要はないな。何故なら……アンタの言う奇跡がたった今起きたんだからな」

「馬鹿なことを…!いったいどうやってここから勝つというのだ!」

 

それを今から見せてやるーーと俺は引いたカードをそのままモンスターゾーンにセッティングする。すると龍牙の場にある“王宮のお触れ”の下から突如として大口が現れ、そのまま一飲みにされてしまった。その大口の主は一頭身のお世辞にも可愛いとは言えない悪魔だった。

 

「わ、私の罠が…食べられた、だと⁉︎」

「“トラップ・イーター”は通常の召喚ができず、相手の場に表側表示で存在する罠カード一枚を墓地に送ることでしか召喚できないモンスターだ。普通なら扱い辛さが目立つが、この状況を突破するには最高のモンスターさ」

 

トラップ・イーター

ATK/1900

 

「そして俺は“バトル・フェーダー”と“トラップ・イーター”を生贄にこのデッキの真打ちを召喚する!出でよ、雄々しくも美しく輝く二色の眼!“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”‼︎」

 

リリースされ消えゆく二体と入れ替わり現れるドラゴン。先に召喚された“オッドアイズ”よりもよりドラゴンらしい白のフォルムを纏ったその姿は、真打ちと呼ぶに相応しいだろう。

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

ATK/2500

 

「“王宮のお触れ”が存在しなくなったことで、罠カードは使えるようになった!罠カード“メタル化・魔法反射装甲”を発動!“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”に装備し攻撃力と守備力を三百アップ‼︎」

「“メタル化”だと⁉︎」

 

“オッドアイズ”・ペンデュラム・ドラゴン”の上半身が“メタル化”によって、銀のアーマーに覆われるた。さらに頭部にヘルムのような防具を備え付けられた様は、『騎竜』を思い起こさせる。

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

ATK/2500 → 2800

DEF/2000 → 2300

 

“メタル化”を装備したモンスターが別のモンスターに攻撃をする時、そのモンスターの攻撃力の半分の数値を装備モンスターの攻撃力に加える。“サイバー・ダイナソー“の攻撃力は三千二百……半分の千六百を“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”の攻撃力に加えれば四千四百ーー龍牙に大ダメージを越えることができる。

 

「しかし“サイバー・ダイナソー”が倒されたとしてもライフはまだ千五百残る…!次の私のターンが来ればーー!」

「いーや、残念ながらこのターンで決着だ。俺にはあと一枚だけ、攻撃力を上げるカードが残っている」

「手札もないのにどうやってやるつもりだ?できもしないことを言うもんじゃない…!」

 

龍牙の言う通り、場には“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”以外のカードはなく手札もゼロ。これ以上の打つ手はないだろうと龍牙は焦り始めた内心をなんとか安堵させるかのように変な笑いを浮かべ、ジュンコや翔が惜しいと悔しがり始めていた。

「ならハッタリかどうかしっかり見てるんだな!俺は墓地にある罠カード“スキル・サクセサー”を発動する‼︎」

 

俺の宣言によって場に現れた罠カード、“スキル・サクセサー”。龍牙は信じられないといった表情で心底驚いている。

 

「墓地から罠を発動するだと⁉︎そうかあの時のーー手札抹殺”で捨てたカードか…‼︎」

 

龍牙の脳内では、きっと自分が“手札抹殺”を使った時の情景を思い出しているだろう。奴の言う通り“スキル・サクセサー”は“手札抹殺”が使われた際に墓地へ送られていたのだ。魔法を封じておきながら自分の魔法でこちらを手助けしてしまうとは、なんとも皮肉な話である。

 

「“スキル・サクセサー”を墓地から除外することで、“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”の攻撃力を八百アップさせる!」

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

ATK/2800 → 3600

 

「バトル‼︎“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”で“サイバー・ダイナソー”を攻撃‼︎」

 

“メタル化”と“スキル・サクセサー”によって強化された“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”が“サイバー・ダイナソー”へと駆け出してすぐ、その大きな両足に力を込めたのち高く跳躍する。大きな身体でありながらもアクティブに動くのは、元となった世界のデュエル事情に関係しているのだろうか。

 

「“メタル化・魔法反射装甲”の効果により“サイバー・ダイナソー”の攻撃力、三千二百の半分の数値が“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”の攻撃力に加えられる‼︎放て‼︎螺旋のストライクバースト‼︎」

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン

ATK/3600 → 5200

 

宙に跳び上がったドラゴンによる螺旋のブレスが“サイバー・ダイナソー”へと降りかかりこれを破壊した。“サイバー・ダイナソー”が破壊された際の衝撃に身構えている龍牙に、俺はトドメを刺すべく“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”の効果を伝える。

 

「“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”は相手モンスターと戦闘を行う時、その戦闘で相手に与える戦闘ダメージは倍になる!つまり、今の戦闘でアンタが本来受けるダメージ二千の倍ーー四千のダメージを受けてもらうぞ‼︎」

「なっ、なんだと⁉︎ぐぅおあああ‼︎」

 

“オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン”の放ったブレスは、“サイバー・ダイナソー”を破壊してから勢いをさらに増して業火の如く足元から火柱となって龍牙を包み込んだ。自分達からカードを奪った者の末路を見ているかのように息を飲む十代達が見守るなか、火柱が収まると龍牙は敗者としてその場に項垂れるのだった。

 

龍牙 LP 2700 → 0

 

 

「か……勝ったぁーーー‼︎」

「やったぜ‼︎さすが亀崎さんだ‼︎」

 

デュエルの終了とともに十代達は俺の勝利に大いに喜んだ。ジュンコとももえは手を取り合って喜び、明日香もまたようやく不安を拭い去れたことに安堵の表情を浮かべている。

 

「なんとか勝てたか…」

 

ふぅ、と魔法が使えないという不便極まりないデュエルを経て一息つき龍牙の方を見れば、負けた悔しさというよりもあり得ないことを認められないといった様子で項垂れたままブツブツと呟いていた。

 

「この私が…あんな奴に負けるだなんて…!エリートでもない、あんな普遍的な奴に…!」

「デュエルにエリートもノーマルも関係ない。大切なのはカードの使い方だ。どんなエリートだろうと、カードの運用がなってなければ素人同然だ。確かにアンタはエリートかもしれないがーーそんな小道具に頼る時点でデュエリストとしては三流にも当てはまらないな」

 

そう言いながらギリ、と強く握る龍牙の左手に着けている物を俺は指差す。その先にあるのが指輪型のジャミング装置だと龍牙が理解した瞬間、装置がボンッ、と小さな爆発を起こした。

 

「指輪が爆発した…⁉︎」

「どうやらイカサマの種も寿命だったみたいだな」

「どういうことッスか?イカサマって…」

 

デュエルフィールドに降りてきた十代達は、俺のイカサマ発言に疑問符を浮かべていた。もしかしたら予想がついているのもいるかもしれないが、一応彼らにも種明かしをするべく龍牙の仕掛けを教えることにした。

 

「今しがたそこで煙を上げているのは、デュエルディスクに内蔵されている魔法カード関係のシステムを麻痺させるジャミング装置だ。おそらくこれまでに龍牙の相手となった生徒達のなかにも魔法カードが使えなくなったと焦っていた奴もいただろう。ご丁寧に自分の物にはジャミング防止の加工を施して、あたかも偶然の故障を相手に装わせるようにして勝ち続けて来たんだ」

「やっぱり…。あの時デュエルディスクは壊れてなんかなかったんだ…」

「それじゃあ、ズルして私達に勝ってたってこと⁉︎最低じゃない‼︎」

「正々堂々と闘わないなんて軽蔑しますわ…」

 

…これがデュエルにイカサマを仕込んだ者の末路か。龍牙が非難と侮蔑を浴びせられようと言い返すことができないのは、俺の言ったことが図星だからだろう。そんな彼にクロノスが近づき問いただす。

 

「龍牙君、シニョール亀崎が言っていることは本当なノーネ?もしそうであるならば、君をこのデュエルアカデミアの教師にする訳にはいきませンーノ」

 

クロノスは龍牙を連れていた時とは違う、アカデミアにおける責任者の厳格な目つきだった。彼としても龍牙には期待していたのだろうが、その龍牙に生徒が傷つけられた、そしてデュエルに小細工を弄したと聞いては、クロノスもアカデミアの教師として真実を有耶無耶にすることができないのだろう。今はレッドに厳しいが本当は生徒想いの立派な教師だからな…。

 

「クロノス先生まで何を…!この私がそんな小細工をするような人間に見えると言うのですか…‼︎」

「でも実際、それ使って皆の魔法カードを使えなくしてたんだろ?」

「それは何度も言うようにその生徒のデュエルディスクが故障しただけだ!私自身は何もしていない‼︎」

 

十代の指摘でもなお龍牙は意地でも自分の非を認めようとしない。仮にもエリートなら失敗を素直に認めて別の道を模索すればいいものを…。否定すればするほどエリートとしての格が下がっていっているのがわからないのか。

俺はおもむろにデュエルディスクを起動させる。周りの皆が視線を向けるなか、デッキに戻したカードーー“デビルズ・サンクチュアリ”を魔法・罠スロットへと差し込んだ。すると、ソリッド・ビジョンシステムが作動し銀色の金属じみた小さな身体の“メタルデビル・トークン”が「キィ」と鳴いて現れた。

 

「故障していると言うのなら、今魔法カードが発動できたことについてどう説明するつもりで?」

「そ、それは……」

デュエルディスクには自分を治すような機能はない。アンタの言う通りに故障しているのなら、今も魔法は発動できない筈。龍牙の指輪が壊れたのちに使えるようになったのは、龍牙が意図的に細工をしていたことになる。カードではなく機器によるデュエル妨害というこの件は、リスペクトを良しとする鮫島校長に知られればどうなることだろう。

デュエルアカデミアの教師となる人間がデュエルを蔑ろにするとは言語道断ーーとクロノスに激怒された龍牙はその後、野望挫折の屈辱に浸っているような表情を浮かべながらクロノスに連れられていくのだった。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

翌日、龍牙は教師となる者として不相応の態度だったと判断され、本土へと強制送還された。

ことの次第をクロノスから聞いた鮫島は、元より龍牙に不審感を感じていたのか控えていた調査の準備をすぐさま執り行い真相を探った。結果、龍牙の私物からジャミング装置のスペアらしき機器が数点と、生徒から巻き上げたと思われるカードが見つかったらしい。それら奪われたカードは生徒達の立会いのもと照合したのち被害に遭った生徒全員の元へと戻り、機器は全てアカデミア側で処分することになったという。

 

「これで一件落着、かね」

 

購買部の飲食スペースにて昨日と同じ場所で同じ稲荷寿司をつまみながら、俺は購買部前の一角でたむろしているブルー生徒を眺める。彼らも同じくレアカード欲しさに俺に挑んできた連中だが、龍牙の被害者だったのか「カードが戻ってきた」とその顔には笑顔を浮かばせてるのが見える。

 

『カード達も彼らの元に戻ることができて嬉しいみたいです。やはり自分の信頼する主の傍にいられるのは、私達にとっては実に喜ばしいことだと実感します』

 

そう言う“乙女”の視線は、カードが戻ってきた翔の喜びを自分のことのように語る十代の横ーーそれを笑顔で見守っている“ハネクリボー”を始めとした周りにいる精霊達に向けられていた。皆が皆、持ち主の元へと戻ることができたことに安堵し喜んでいる。俺が龍牙とデュエルをする際に巻き上げたカードの返却を要求していなかったが、結果的にカードを取り返す形に収束したのは運が良かったと言うべきか。下手したら龍牙がそれらのカードを持って行ってしまうことになってたかもしれないからな。

 

「デュエリストはカードを選び、カードもまたデュエリストを選ぶ…か。そうなると、“乙女”は何故俺を選んでくれたんだ?」

『えーーど、どうしたんですかいきなり⁉︎」

「いや、ふと気になったんでな。自分で言うのもアレだけど、他に使いこなしてくれるようなヤツなんていくらでもいるだろうに。なんでウチに来たのか、ってな」

 

あくまでも純粋な気持ちで聞いてみたつもりだった。カードに精霊が存在している以上、自分にどのような感情を持ち合わせているかが特に気になったのだ。かつて廃寮にて“幽鬼うさぎ”から「使われなくなったカード達の嘆き」といった旨を聞かされた身としては、気になって気になって仕方がなかった。今も最悪いつにその憎悪を向けられるかを恐れる時もある。ましてや十年以上前からあったカードに関してはーー。

 

『…わ、私がマスターを選んだ理由、ですか…。え、と……私達デュエルモンスターズの精霊としてはやはり、自分達を大切にしてくれる人が望ましいのではと思うんです。私の場合もその憶測に漏れず、この人はきっと私を大切にしてくれるーーそう思ったから私はマスターを選んだんです。その後はマスターと長らく共にいたというドラゴンから様々なことを聞き及んでいくなかで、マスターを選んだのは間違いではなかったんだと確信したんです。今なおデュエルモンスターズを愛する貴方に出会えて……私は本当に嬉しく思います』

 

“乙女”は最初こそ慌ててはいたが、次第にハッキリとした物言いで自分の気持ちを伝えてくれた。しかし聞いているうちにむしろこっちが聞いてて思わず恥ずかしくなってしまった。これって見方変えれば告白に近いんじゃないのか?やばいーー胸の内を明かしてくれた彼女にどんな顔をすればいいのかわからず、俺は右手を額に当てて俯いてしまった。

 

『マスター?』

「はぁ……よく恥ずかしげもなく言えるもんだな」

『マスターは好意を隠すことなくぶつけられるのが苦手だと聞きましたので。少しばかり試してみたくなりました』

 

“乙女”は屈託のない笑顔とは裏腹に意地悪なことを言ってのける。まったく誰だ、そんなことを教えたのは……。事実他人の好意は本当に苦手なんだから勘弁してくれ。

やれやれ、と“乙女”のイタズラに嘆息し左腕で頬杖をつきながら、最後の一個となった稲荷寿司を手に取り口へと運ぶ。この日の稲荷寿司は、普段より少し甘いような気がしたーー。

 




もう書き直しは嫌だお…。
とりあえずできれば年内にあと一話くらいは書きたいなぁ〜、と思っていますが、最近になってやりたいゲームやらが増えてコレに割ける時間がどんどんなくなってきてます…。
ああ、今度は某狩ゲーだ…。

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