遊戯王GX 〜伝説の龍を従えし決闘者〜   作:ハクハクモン

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どうも、思った以上に投稿に時間がかかって凹む私です。
気付いたらいつも通りの文字数なのにまだデュエルしてないっ!…ということで倍近くに跳ね上がりました。オマケに内容も薄め……ホントに申し訳ないです。
次こそは早めに投稿したい!


VS取巻 プライドを狩るもの

日本本土から南に位置するデュエルアカデミア本校ーー。

デュエルモンスターズを学ぶ為にあるこの学舎には、一般的に言う座学は勿論のこと実際にデュエルを行う為の施設が存在し、関係者は口を揃えてこれを【デュエルフィールド】と呼んでいる。中央にはデュエルを行う者が立つステージがあり、周囲にはスタジアムのような観客席がアカデミアの生徒ほぼ全員が座れるほど多く囲んでいる。音響設備に関しても海馬コーポレーションによる最先端のものが搭載されている為、実際にデュエルをしていなくとも臨場感溢れる感覚が味わえるのだ。

ちなみにこういった最先端の設備はオベリスク・ブルーの生徒がほぼ独占するような形で使用していることが多い。ラー・イエローならばまだ許可を求めれば使わせてもらえないこともないのだが、ことオシリス・レッドに限っては門前払いで追い返されるのがいつもの事だという。だからかこのアカデミアで生活していると時々レッド生がテーブルデュエルをしていたり、昔ながらのプレイマットを床に敷いたり等の姿がよく見受けられていた。

そんな場所において現在、レッド生の一人ーー前田隼人はある人物とデュエルをしていた。隼人の場は“デス・コアラ”が一体のみ、相手の場には【コマンドロック】を展開する“コマンド・ナイト”二体が自分達の主を守るように立ち塞がっている。突破の一手がなかなか打てないことに焦る隼人のターンが終わり、相手へとターンが回ってくる。

 

「“コマンド・ナイト”で“デス・コアラ”を攻撃!」

 

攻撃宣言を受けた“コマンド・ナイト”は勢い良く接近し、手に持った両刃の剣で“デス・コアラ”を一閃ーー破壊される“デス・コアラ”は呻きながらスゥッと消えてしまい、戦闘によるダメージが隼人のライフから引かれていく。

 

隼人 LP 400 → 0

 

「あぁ、やっぱり勝てなかったんだな…」

「まあ相手が亀崎さんだから、負けちゃうのも仕方ないよ」

 

デュエルの結果に落ち込んでみせる隼人に翔が気休めの言葉をかける。デュエルの内容としても翔は心のどこかで予想していたのだろう、『自分でもきっと同じ結果だった』という仲間意識を持ったような表情だった。

 

「でもいきなり亀崎さんにデュエルを挑んだのは驚いたぜ。亀崎さんに勝てないのは分かりきってたのに、どうしてデュエルしたんだ?」

「確かに。余りにもいきなりだったから偶然持ってたこのデッキで相手をしたが……」

 

十代の疑問は最もである。実はこのデュエルは隼人が賢司に唐突にデュエルを申し込んだのが始まりだったのだ。

ーーこの日の前日、デュエルアカデミアに一人の男が乗り込んできた。その男の名は前田熊蔵、前田隼人の父親である。彼は留年した隼人を実家に連れ戻す為に来訪、隼人はアカデミアに残るべく彼とデュエルを行ったのだ。状況は一進一退ではあったものの虚しくも敗北、隼人は父親との約束であった「負ければ退学」を余儀なくされたのだった。

だが熊蔵はデュエルの前日の夜に隼人が同室の仲間から激励を受けているところを目撃。またデュエルにおいても、初手でミスがあったものの真剣に闘った隼人と息子を応援する仲間を見て、彼が惰性ではなく本気でアカデミアで学ぼうとしていることと隼人の側にいてくれる友の存在を認め、隼人に最後のチャンスを与えたのちに一人本島へと帰って行ったのだったーー。

そしてその次の日に賢司の元に訪れた隼人は一戦を申し込み、今に至るのだ。

 

「俺、亀崎さんが強いのはカードのことをよく知ってるからだと思ってたんだ。デュエルすれば色んなカードの動かし方とか見られて、勉強になるんじゃないかなぁーーって」

「勝ち負けは関係なくッスか?」

「できれば少しでもライフを削りたかったけどなぁ…」

 

隼人から聞かされた理由に、賢司は熱心なやつだと思ったと同時にそれなら自分が適任かと納得もした。最下位ランクであるオシリス・レッドーー特に留年している隼人ではブルーやイエローに協力を頼み込んでも、無碍にあしらわれるのが目に見えてしまうのも無理はない。とはいえレッドとのデュエルでは分かりきっている動きばかりしか見られない、だからブルーにおいて唯一面識がある自分の元に来たというところだろう。

 

「確かに、実際にデュエルしながらの方が絶対に分かりやすいよな!やっぱ実技が一番だぜ!」

「アニキは座りながらの勉強が苦手ッスもんね」

「それを言ったら翔もそうだろ…」

 

レッド三人組が指摘し合うなか、彼らのやり取りが実に学生らしいことに賢司は苦笑を浮かべる。勉強に関しては以前の月一テストの筆記の結果を見たところ、十代はレッドの中でも中の下、翔に至っては下の下というある意味予想通りの結果だった。翔は気負い過ぎたゆえか筆記開始から二十分ほどで微睡みに堕ち、十代は寝坊や立ち往生していた購買部のおばちゃんことトメさんの手伝いによって大遅刻したにも関わらず、即効でイビキをかきはじめるという光景に賢司は小さい溜息を漏らさずにはいられなかったのだが。ちなみに賢司の筆記結果は三沢に及ばずながらも、イエローにおいては上位に食い込んでいた。

 

「オシリス・レッド!ここで何をしている!」

 

突然かけられた声に四人が声がした方を向く。入り口には眼鏡をかけた理知的な風貌の取巻、茶色の逆立った髪の慕谷が十代達を睨みつけていた。

 

◇◆◇◆◇◆

 

彼らーー取巻と慕谷はいかにも嫌悪感を表しながら十代達の前に歩いてくる。彼らはブルー一年の中でもトップクラスである万丈目といつも一緒にいる二人であり、万丈目に負けず劣らずの高いプライドでイエローとレッドを見下す生徒達の筆頭とも言える存在だ。そんな二人は俺には目もくれず十代達をがなり立てる。

 

「ここはブルー専用だって前に言っただろ!なのに何でお前達がここにいるんだ!まさか、ここでデュエルしてたんじゃないだろうな⁉︎」

「あ〜確かにデュエルはしてたけど、亀崎さんがここの使用許可を取ってくれたんだ。許可されてれば問題はない筈だろ?」

「なにっ⁉︎」

 

十代の弁明を聞いた取巻が確認の意味を含めた視線で俺を睨みつけてくる。

 

「この施設はブルーが許可を取れば、イエローやレッドも使えると教師から聞いたからな。態々できる場所まで移動するのも面倒だからってことで、ここを使ってたんだがどこか悪かったか?」

 

やれやれといった風に両手を上げながら経緯を話す俺に取巻と慕谷は信じられないといった表情から一転、再び怒りの感情を覗かせた。

 

「当たり前だ!ブルーに上がったアンタが使うならまだしも、レッドの落ちこぼれーー腐ったミカンのコイツ等にまで使わせるなんて!」

「俺達に対する嫌がらせのつもりか‼︎」

 

がなりながらも十代達を指差す取巻と慕谷に十代は眉間に皺を寄せ、翔と隼人はその迫力に萎縮してしまった。最初に下の者を蔑んでいたのを見た時から一部のブルー生には良い印象を持っていなかったが、この二人は特に好印象を持った試しがない。それは二人が他のブルー生よりも格下の生徒相手への蔑み方が特に酷かったからだ。

 

「嫌がらせも何もここはブルー専用なんだろう?同じくブルーである俺がレッド生を相手にデュエルすることになったから、近場のここを使用しているんだ。何か文句があるのか?」

 

階級によるカースト制度にあやかる形で踏ん反り返る奴等は多いが、その中でもこの取巻と慕谷は万丈目にコバンザメの如く引っ付くことでカースト上位のなかで更に上の立場を確立させている。現にこの二人に意見するようなブルーの生徒は少なくとも見ていない。藤原曰く、万丈目含む三人の関係は中等部の時から変わらないらしく、その当時から優れない他者を見下す様子があったということだ。

 

「驚いたな…。こんな落ちこぼれ共を相手にして時間を無駄にするような趣味があったとは」

「そんなことをする暇があるんだったら勉強した方が良いに決まってる。それとも、もしや弱い者虐めを楽しんでいたのかなぁ?だとしたら邪魔をしちゃったことになるな〜」

 

余りにも稚拙過ぎる……。思わずこれは挑発しているのかと考えてしまう程に子供じみた言い回しに一瞬思考が止まりかけたぞ……ってこいつ等は普通にまだ子供だったな。

取り敢えず思考を再稼働させる為にゆっくりと深呼吸を一回、呆れたように息を吐いた。

 

「…そうだな。確かに側から見れば弱い者虐めに見えるかもしれないなーー今は」

「…っ?」

「例えオシリス・レッドだからと言って、落ちこぼれやら雑魚だとは思わないな。ここにいる十代が良い例だ。クロノス教諭や万丈目に勝ったレッドが果たして雑魚と言えるのか?」

「それは偶々だ…!偶々運良く勝てただけだ!」

「運良くねぇ……。運も実力の内、って聞いたことがないのか?」

「う、うるさい…‼︎だったら、俺が今ここでそいつとデュエルしてやる!そうすれば百十番が万丈目さんに勝ったのが只のまぐれだってことがすぐにーー!」

「ふうん、何か騒がしいと思って来てみたら……」

 

完全に頭に血が上ったのか取巻が十代にデュエルを挑もうとする。十代もデュエルと聞けば拒否する理由がないと受けてたとうとしたようだが、第三者である彼女ーー藤原雪乃によって肩透かしを食らってしまった。

 

「藤原…?」

「ふ、藤原…⁉︎」

「明日香に言われたことをもう忘れたのかしら?あまり関わろうとするなって」

「あー…っと……」

 

聞き分けのない我が子を諭すような物言いをされると妙に居心地を悪く感じてしまう。別段後輩だとか親戚なんて繋がりを持つ訳でもないのに、変に言葉に詰まる。藤原自身が少女らしからぬ大人びた雰囲気を纏っているからなのかもしれないと頬を掻きながら返答に困っていると、取巻が行動を起こした。

 

「藤原、お前からも言ってやれよ…!オシリス・レッドの落ちこぼれ達は、このデュエルアカデミアに必要ないってさ!お前だってレッドの奴等をつまらなさそうに見てただろ⁉︎藤原もレッドはここにいる価値がないって思ってるだろ⁉︎」

 

取巻が口にした藤原のレッド生に対する視線ーー。なるほど、取巻には藤原のレッド生に向けた視線をそう捉えていたのか。藤原もブルーに所属し尚且つ実力もあるから自分側だと判断しての言い分なのだろうが、俺には違うように思える。藤原の性分からしておそらく……。

 

「勘違いも甚だしいわね。私は別にレッドのボウヤ達がアカデミアに必要ないなんて微塵も思っていないわよ」

「なにっ⁉︎」

「でも彼等に興味が湧かないと言えば嘘ではないわ。だって揃いも揃って這い上がろうとしないんだもの。それどころか上を見ようともせずに下を俯くばかり……。そんなだから落ちこぼれの烙印を押されてしまうのよ」

 

十代達の前にも関わらず藤原は辛辣な言葉を述べていく。俺がこのアカデミアに来てから今までの間、レッド生は最初こそ自分達の境遇を悲観する奴ばかりだった。ブルーやイエローから貶されるのは決して気持ちの良いことではなく、その悔しさをバネとして彼等を見返そうと奮起する奴も僅かながらいた。しかし一カ月程すればレッド生はブルーとイエローの力の差を否が応でも実感させられてしまったらしい。デュエル中の野次、ミスを挙げ連ねて嘲笑われる、デッキ及び採用するカードの否定、最悪本人に対する誹謗中傷といったデュエリストは疎か人として、同じ学び舎に通う生徒として疑わずにいられない行為によって精神的に叩きのめされたのだとか。そしてそんな彼等が選ぶのは、苦痛を伴わない『諦め』の道ーーレッドのままでも卒業できるのをいい事に楽な現状に甘んじているのだ。

 

 

「そうだろ…⁉︎やっぱりこいつらはーー」

「だけど私からすれば貴方達の方がずっとつまらなく見えるわ」

「な…っ⁉︎」

 

藤原が自分達寄りだと思ってニヤついていた取巻が一転、驚愕の表情を浮かべた。

 

「格下の相手を笑うのは勝手だけれど、そういった人は後々になって笑ってた相手に出し抜かれるって分かりきってるもの。そうなったら今度は自分が笑われる番……貴方達もせいぜい出し抜かれないようにすることね。こういったことは、『気づいたら既に』ってことがほとんどみたいだけど」

「そ、そんなこと、ある訳が……!」

「あら、貴方達が普段からくっついているあのボウヤは、そこのボウヤに負けてしまったのだけれど、自分はそうではないと言うのかしら?」

 

藤原が引き合いに出したボウヤーー万丈目準と十代のデュエルに関しては一年生の全員が見ていた為に、取り巻きである二人にとっては覆しようのない事実になっているかもしれない。その最たる理由として、万丈目は普段から「デュエルにおいて運が働くのはたった一パーセントに過ぎない」と公言していたところを、十代の類い稀なる運で見事な逆転劇を披露したからだ。

 

「ぐ……っ」

「それを言ったら、お前の方はどうなんだ!どんな事情で来たかも分からないイエローのヤツに負けた藤原だって、人のこと言えないじゃねぇか!」

「ふふ、私は私を楽しませてくれる人であれば学年も所属も関係ないわ。それに限って言えば、彼は私を楽しませてくれる人だったってこと。ーー貴方達も見てたでしょう?あのラストターンを……」

 

そう言う藤原の口調はどんどんと艶を含んだものへと変わっていった。

 

「いったい何の話だ?」

「そっか。あの時は隼人いなかったから知らないのか」

「月一テストで藤原さんとデュエルした亀崎さんが、最後のターンで攻撃力三千越えのモンスターを二体召喚したんだよ!」

「攻撃力三千越えを二体⁉︎や、やっぱり亀崎さんは凄いんだな…」

「準備が整いさえすれば誰でもできるけどな」

 

驚愕の事実を知ったと言わんばかりに驚き、改めて畏敬の眼差しを向けてくる隼人に何でもない体を装い返す。融合召喚を用いてこれなんだから、シンクロ召喚他も織り交ぜたらどんな反応をするのか非常に気になるところだな。

 

「……っと、ここの使用時間が終わっちゃったな」

「えぇー⁉︎また俺だけデュエルできなかったのかよー‼︎」

「アニキが亀崎さんとデュエルしようとすると、ほぼ必ず何かしらの妨害が起きるンスよね…」

「前は十代のデュエルディスクが不調を起こして、今回は大徳寺先生に呼ばれてたんだな」

「別に他意がある訳じゃないのに、不思議なもんだ」

 

まるで何かしらの意思が働いていると疑ってしまう程に俺と十代が全くデュエルできないことを話題にしながら、俺を含めた四人が歩き出す。何か言いたそうにしていた取巻は結局何も言わず、ただ恨めしそうに俺を睨みつけていた。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「アイツ…!強いモンスターを二体召喚したぐらいでいい気になるだけじゃなく、まさかあの落ちこぼれ達にブルーのデュエルフィールドを使わせるなんて…‼︎」

 

あれからのち、アカデミアの廊下で取巻は亀崎に対して苛立ちを募らせていた。その苛立ちぶりは側から見ても察するのに充分すぎる程であり、苛々のオーラが見えそうな錯覚さえ覚える。

 

「あの月一テストの時だってそうだ…!俺だってやろうと思えばそれこそもっと強力なモンスターを出すことごできるんだ‼︎それに比べれば、アイツがやったことなんて大したこと…‼︎」

「取巻…あいつ等にデュエルフィールドを使われたことに怒るのは分かるけど、あの亀崎って人に対してちょっと苛立ち過ぎじゃないか?いったい何がお前をそこまでーー」

 

苛立っている取巻を見かねた慕谷が宥めようと声をかける。もちろん慕谷も納得いっていないところはあったが、少なくとも取巻ほどではなかった。しかしそれを遮るように怒気を孕んだ声が取巻の口から吐き出される。

 

「慕谷、俺が今使ってるデッキに何の意味があるのか話したのを忘れたのか⁉︎」

 

それを聞いた慕谷ははっとした。まだ二人がアカデミアの中等部にいた頃に、取巻が自身のデッキについて語ったことを思い出したからだ。

 

「“真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)”の方はまだいいさ。だけど“青眼の白龍”は、俺が尊敬しているデュエリストの象徴と言われてるモンスターだ…!それをプロにも名を連ねていないようなヤツが使うのを俺は許せないんだよ‼︎」

 

取巻の口から出た自身が尊敬するデュエリストーー“青眼の白龍”を象徴としている人物と言えば一人しかいない。

 

「…ああ、そういえばお前…あの海馬瀬人に憧れてたんだったよな」

 

海馬瀬人ーー初代決闘王・武藤遊戯の永遠のライバルにして海馬コーポレーションの社長を務める傑物。デュエルにおいては、魔法と罠で相手を追い込みモンスターによる圧倒的な破壊力で完膚なきまでに相手を叩き潰すスタイルという遊戯とは逆の戦術を得意とし、また神のカードと謳われた『三幻神』の一柱ーー“オベリスクの巨神兵”に選ばれたデュエリストでもある。

取巻はデュエリスト達の間でも特に有名な【決闘都市】関連のDVDを見た際に海馬の類稀なデュエルタクティクスに憧れを抱き、以降は少しでも海馬に近づけるようにと自分を磨き始めたのだ。

 

「“青眼の白龍”は、海馬さんのような誇り高いデュエリストにこそ相応しいんだ…!なのにただの一般人がそれを当然のように使うなんて、恥知らずにも程がある‼︎」

 

ーーもっとも、海馬瀬人は目的の為ならば手段を選ばないことでも有名であり、かつて遊戯の祖父ーー武藤双六が有していた“青眼の白龍”を破り捨てたことがあるという事はあまり知られていないが。

 

「そうか…でも俺は取巻がもっと別の方で怒ってるんだと思ってたぜ」

「もっと別の方…?何のことだ」

 

慕谷の言葉は未だ亀崎に対して憤る取巻からすれば、思わず訝しむほどに意外だった。自分が奴に対して怒る理由など他にはない筈だとーー。

 

「いや、てっきりあいつが藤原と一緒にいるのをよく見かけるからだと思っててさ」

「な、なんでそこで藤原の名前が出てくるんだ…⁉︎」

「あれ?だって前にお前ーー」

「言うな言うなーーっ‼︎」

 

あまりの気恥ずかしさからか、取巻の慕谷の口を塞ぐ動作はあまりにも素早かった。当の慕谷が目を点にする最中に取巻かわ周囲を見渡すが、幸運にも辺りに他の生徒の姿はなく心から安堵した。

 

「ほっ……っていうかさっきの言葉、どういうことだ?」

「あいつと藤原が、ってやつか?つい最近からだけど、あの二人が一緒にいるのが時々目撃されてるらしいんだ。しかも結構仲良さそうな雰囲気だったんだと」

「な、なん……だと……くっ‼︎」

 

あくまで噂ではあるもののそれを聞いた取巻は、わなわなと震えて拳を強く握ると、顔を歪めながら胸の内にある感情を一層激しく燃やすのだった。

 

◇◆◇◆◇◆

 

取巻に絡まれた日の夜ーー。

いよいよ明後日に制裁デュエルが迫ろうとしているなか、十代と翔は入念な準備を本格的に始めた。十代は自身が持ち得るカードを用いて、翔はパックを買ったりといった様々な方法でデッキの強化にあたっていた。

俺が持つ本来この時代に存在していなかったカードをペガサス率いるI2社が製造したことによって、このアカデミアでもそれらのカードが入ったパックが本土に先駆け先行発売されている。その中にはこの時代のカードと比較しても、そのカードパワーは圧倒的なものばかりだ。しかしそれに比例するかのように、一パックあたりの値段が通常と比べて倍以上という問題がここの生徒達を悩ませている。それをまともに買えるのは金銭またはDPに余裕がある一部のみであり、翔はその都合上ニ、三パックしか買えなかったらしい。しかも当たったカードはどれも【ロイド】デッキにシナジーがなかったというのが、なんだか申し訳ない気分になってしまったのには本当に参ったものだ。

そんなことを考えながらレッド寮から帰ってブルー寮の自室のドアノブに手をかけたところで、横から声をかけられた。

 

「おい」

「ん?お前、あの時の……」

 

声からして予想はできたが案の定取巻だったーーが、周りには万丈目も慕谷もいない。完全な単独行動をこいつが行うのは素直に珍しい。

 

「あんたに話がある。誰かに聞かれるのも何だから、人気のないところに場所を移そう。ついて来い」

 

こっちが何かを言う暇もなく取巻は歩き出してしまった。有無を言わさない態度に眉を潜ませながらも先を歩く取巻の後を追って行くと、取巻が肩越しにこっちへ目線を向けたがその目からは真意を読み取ることができなかった。

取巻について行く形で連れられたのは、彼等が絡んできたあのデュエルフィールドだ。既に校舎が消灯されているにも関わらずこの空間だけは照明が煌々と降り注いでいる。おそらくは以前の入学式当日に万丈目と十代が同じように、深夜のデュエルに興じた時と同じように許可なく使っているのだろう。そしてこれからここでやる事も……。

 

「さて、亀崎賢司ーーあんたには俺とデュエルしてもらうぜ!」

「はぁ…やっぱりな。アカデミアに入るからこうじゃないかと思ったが…」

「もちろん俺とデュエルするよな?あんなオシリス・レッドのドロップ・アウト達とは快くデュエルしといて、ブルーのエリートである俺とはやらないなんて言わないよな?」

 

なんとも悪役らしい笑みを浮かべながら誘ってくる取巻。正直面倒な気持ちが勝っているところだが、これを拒否したら後々より面倒な事にもなりかねないので仕方なしに受けることにする。

 

「いいだろう。だがこの時間にここを使っているのがバレたら不味い。さっさと終わらさせてもらうぞ」

「ぐっ…‼︎ーーそうそうこのデュエル、ちょっとしたルールを設けさせてもらおうか」

 

俺の発言に取巻は何故か顔をしかめる。その理由が分からないなか、今度は後出しでルールを導入させてきたことに俺は注意深く耳を傾けた。

 

「もしこのデュエルであんたが負けた場合、“青眼の白龍”全てを渡して貰う!」

「アンティルールか。だがそれは校則で禁止されているということを忘れた訳じゃないよな?」

「フッ、前みたいにバレなけりゃ罰を受けることはないさ」

 

若干某ニ○ル様っぽいことを平然と言いながら、取巻はデュエルディスクを構え起動させる。まだこっちは受けるとも言ってないのだが、海馬から与えられた任を全うするいい機会だと判断し“青眼”の頭部を(かたど)ったデュエルディスクを起動させる。

 

「さあいくぜ!「デュエル‼︎」」

 

 

取巻 LP 4000

VS

賢司 LP 4000

 

◇◆◇◆◇◆

 

デュエル開始の宣言と同時に互いのデュエルディスクが先攻と後攻の自動処理を始める。かつてのテーブルデュエルが主流だった時代ではジャンケンで先攻後攻を決めていたのだが、今のような距離を取るようになってからはデュエルフィールドやディスクに内蔵されたプログラムに任せることが当たり前になった、ということを亀崎は海馬から聞かされたことがある。確かにこの世界においてデュエルの度にジャンケンする遊戯や海馬を想像してもらえれば、その違和感は拭いきれないものだろう。

プログラムによる処理が終わったと同時に、亀崎のデュエルディスクにおけるライフポイントを表示するディスプレイに『Play Second』ーー“後攻”の文字が表示された。

 

「まずは俺のターンだ、ドロー!俺は“アックス・ドラゴニュート”を攻撃表示で召喚‼︎」

 

先攻を取った取巻が召喚した黒き竜人が、その手に持つバトルアックスを振り回しながら現れる。以前入試試験において、同じ攻撃力を持つ“アレキサンドライドラゴン”を召喚した時にギャラリーである受験生達が沸いたことがあった。その理由としては、攻撃力で価値を見出すことが多いこの時代で生贄を必要とせずに召喚できる中で攻撃力二千のラインを越えたモンスターというのが、実質下級モンスター同士の殴り合いにおいてほぼ負けないという『強み』を持っているからだ。その類のモンスターは決して手に入らないというわけではないが、なにぶんカードの値段すらも攻撃力で決まってしまう世界なのでそれなりに高額になってしまう。取巻が召喚した“アックス・ドラゴニュート”を例えとするなら、たった一枚で数千円もしてしまうという『ぼったくり』なんてレベルじゃない値段がつけられているのだ。

 

アックス・ドラゴニュート

ATK/2000

 

「さらにリバースカードを一枚伏せて、ターン終了だ!」

(“アックス・ドラゴニュート”……。デメリットアタッカーを使ってくるということは、ヤツのデッキは“スキル・ドレイン”が中心か…?だとすれば少し厄介だな)

 

一ターン目の取巻の出方を見た亀崎の思考は、相手のデッキ解明にシフトされていた。相手が出してきたカードからそのデッキの内容を予測するというのは、デュエルをする上で大切なことである。その上で相手に勝利する為にあれこれと思考巡らせるのがある種の醍醐味だと亀崎は考えている。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

ーーだからこそデュエルは面白い。遊城十代のような直感的デュエルも悪くはないが、じっくりと考えて手を動かすのが自分には合っている。そう考えながら引いたカードを見た亀崎は、そのカードをそのままデュエルディスクにセットした。

 

「俺は“フォトン・リザード”を召喚!」

 

フォトン・リザード

ATK/900

 

「“フォトン・リザード”…?初めて見たが、そんな貧弱な攻撃力で何をしようって言うんだ?」

 

青白く発光する身体を持ったトカゲのようなモンスター“である“フォトン・リザード”。亀崎が所有していたカードがI2社で製造されてからまだ間もないからなのか、“フォトン・リザード”を見た取巻は興味深そうにしながらもしっかりと見下している。

 

「“フォトン・リザード”のモンスター効果!このカードを生贄に捧げることで、デッキからレベル4以下の“フォトン”と名のついたモンスターを手札に加える!そして今手札に加えたこのモンスターは、自分の場にモンスターが存在しない時に手札から特殊召喚することができる!“フォトン・スラッシャー”を特殊召喚‼︎」

 

フォトン・スラッシャー

ATK/2100

 

“フォトン・リザード”と入れ替わりに現れたのは、青の鎧と銀の兜を身に纏う大剣を携えた戦士。その大剣で虚空を斬るその姿は歴戦の戦士であることが窺える出で立ちだ。

 

「“フォトン・スラッシャー”で“アックス・ドラゴニュート”を攻撃‼︎」

 

“フォトン・スラッシャー”の無慈悲な大剣が“アックス・ドラゴニュート”の身体を斧ごと両断すると、その様子を見た取巻は腹立たしそうに舌打ちをするだけだった。

 

取巻 LP 4000 → 3900

 

「ターンエンド。さぁ、そちらの番だ」

 

取巻 LP 3900

手札:4

モンスター:0

魔法・罠:1

 

賢司 LP 4000

手札5

モンスター:1

魔法・罠:0

 

「ライフを少し減らしたぐらいでいい気になるなよ!俺のターン!魔法カード“強欲な壺”を発動、デッキから二枚をドロー!……ヘヘッ」

 

“強欲な壺”で引いたカードを確認した取巻が笑みを浮かべる。始まって間もないこのデュエルの勝利を確信したかのように。

 

「さらに“死者蘇生”発動!“アックス・ドラゴニュート”を復活、そして“アックス・ドラゴニュート”を生贄に捧げ、“ストロング・ウィンド・ドラゴン”を召喚する‼︎」

 

黒の竜人に代わって現れたのは、筋肉質な青緑の肉体を持った獰猛な竜。風を冠する名の通り、召喚された際の咆哮だけで荒れた風がフィールド上で暴れ回る。

 

ストロング・ウィンド・ドラゴン

ATK/2400

 

(ペガサス会長に製造されたカードが生徒の手に渡り始めたか…)

「“ストロング・ウィンド・ドラゴン”の特殊能力発動!コイツがドラゴン族を生贄にして召喚された場合、生贄となったモンスターの元々の攻撃力の半分がコイツの攻撃力に加えられる!つまり、“ストロング・ウィンド・ドラゴン”の攻撃力が“アックス・ドラゴニュート”の攻撃力の半分ーー千ポイントアップして攻撃力は三千四百だァ‼︎」

 

ストロング・ウィンド・ドラゴン

ATK/2400 → 3400

 

「行けェ、“ストロング・ウィンド・ドラゴン”‼︎奴のモンスターを蹴散らせ‼︎」

 

“ストロング・ウィンド・ドラゴン”はその名の通りの、風のブレスを“フォトン・スラッシャー”に吐きつける。あの“青眼の白龍”をゆうに越える攻撃力に勝てる筈もなく、“フォトン・スラッシャー”は軽々と破壊されてしまった。

 

賢司 LP 4000 → 2700

 

「ターンエンド!どうだ!“ストロング・ウィンド・ドラゴン”の攻撃力は、“青眼の白龍”をすらも上回った!もうお前には、モンスターを守備表示で出すことしかできないんだよ!……もっとも、守備表示で出したとしても何の意味もないんだけどな…!」

 

ビシッと亀崎を指差し勝利宣言をするかのように勝ちほこる取巻。しかし一方の亀崎は特に慌てるような様子はなく、何も言わずに取巻をただ眺めていたが心なしかその表情は僅かに険しくなり始めているように見える。

 

「聞いて驚くなよ、“ストロング・ウィンド・ドラゴン”の効果はーー」

「守備モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値分の貫通ダメージを与える」

「…なんだ、知っていたのか。だがこんな強いモンスターが手に入るなんて、やっぱり俺は選ばれてるんだ…!強いカードはそれに相応しいデュエリストに引き寄せられる、って聞いたことがあるからな。アンタが持ってる“青眼”も、このデュエルが終わった暁には俺のこの手にあるってことさ!」

 

一切の陰りも表情に見せず取巻はそう言い切ったが、亀崎はなんともつまらなさそうに鼻で嗤うだけだった。それを強がりだと思ったのか取巻は殊更見下すように笑い始めた。勝利を信じ切ったその表情を見た亀崎の胸中がどのようなものか……目つきの鋭い無表情からは読み取ることができなかった。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「さて、そろそろ部屋に戻るとしますか…」

 

夜のデュエルアカデミア校内にて煌々と明かりに照らされた校長室。このアカデミアの校長である鮫島は、近日行われる制裁デュエルにおける準備を夜遅くまで行っていた。といっても別段特別なことはなく、ただデッキの調整を細々と進めていただけである。あとはその際にどのような服装で行こうかとも悩んでいたぐらいだ。

校長室の明かりを消し、暗い廊下を歩く鮫島。日が昇っている時の生徒達や教師の喧騒がある時とは違ってかなり静かで、廊下には鮫島が履いている靴の音だけが響いていた。

 

(制裁デュエルまで残り数日……きっと今頃は彼もそれに向けて奮起しているだろう。彼も曲がりなりにもデュエリスト、闘う以上は本気で来る筈…。ならばこちらも全力を出すのが、彼に対する礼儀というものだ)

 

このアカデミアに亀崎が来てからというもの、これまで亀崎が行ってきたデュエルの様子を鮫島は人伝てに聞き及んでいた。同じオベリスク・ブルーである万丈目から始まったデュエルではそのほとんどがドラゴン族を中心とした様々なデッキを使用しており、少なからずあの入試試験以降に“青眼の白龍”を使ったという情報は聞かされていなかった。しかし“青眼”を用いずともその他のカードを使いこなし、アカデミアの生徒達に勝利している旨の報告を聞いた時は、如何にデュエルの腕が高いのかを知らされることとなった。

だが、プレイヤーがデュエルにおいて求められるのは単純な腕や強さだけではない。腕を競い合う者として相手の全力に自身の全てをもって応えること……それがサイバー流の正しい在り方である、と鮫島は考えているのだ。

 

「…む?」

 

ふと、道すがら鮫島は煌々とした光が廊下に漏れているのに気付いた。今のこの時間帯にはアカデミアに常駐しているガードマンが校内を見回っているが、逐一明かりをつけるようには言っていなかった筈ーー。鮫島は入り口の死角に身を隠しながら、照明が点いているデュエルフィールドを覗いた。

 

(あれは…!)

 

覗いた先には、二人の人物がデュエルを繰り広げていた。かたやオベリスク・ブルーの生徒、もう一人は制裁対象となった内の一人である亀崎だった。

 

(何故彼が……いや、そもそもどうしてここでデュエルを…)

 

本来ならば校則で禁止されている夜間の設備使用で即座に中止させるべきだが、この時の鮫島はすぐに割って入ることはなくただ目の前のデュエルの傍観を決め込むのだった。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「俺のターン、ドロー」

 

鮫島が覗いていることを知らない亀崎は淡々とデッキのカードを引いた。その表情に油断の色を見せず、己の手札から最良の攻めを導き出し実行に移す。

 

「魔法カード“融合”を発動!手札の“フォトン・クラッシャー”と“フォトン・パイレーツ”を融合させ、“ツイン・フォトン・リザード”を融合召喚‼︎」

 

棍を持つ戦士と海賊の融合によって、左右の頭と翼がそれぞれ赤色と黄色という異色の翼竜がその眩い姿を現した。

 

ツイン・フォトン・リザード

ATK/2400

 

「“ツイン・フォトン・リザード”のモンスター効果!このカードを生贄に捧げることで、融合素材となったモンスターを墓地から特殊召喚する!“フォトン・クラッシャー”と“フォトン・パイレーツ”を特殊召喚‼︎」

 

フォトン・クラッシャー

ATK/2000

 

フォトン・パイレーツ

ATK/1000

 

「そして“フォトン・パイレーツ”の効果発動!墓地の“フォトン”と名のつくモンスターを一体除外することで、“フォトン・パイレーツ”の攻撃力を千ポイントアップさせる!この効果は1ターンに二回まで発動できる、よって“フォトン・スラッシャー”と“ツイン・フォトン・リザード”を除外して、攻撃力を二千ポイントアップさせる‼︎」

 

フォトン・パイレーツ

ATK/1000 → 3000

 

「だがそれでも俺の“ストロング・ウィンド・ドラゴン”の攻撃力には届かないぜ!」

「それはどうかな?」

「なにっ⁉︎」

「バトル!“フォトン・パイレーツ”で“ストロング・ウィンド・ドラゴン”を攻撃!」

(ああ、つい「それはどうかな?」なんて言葉が出たけど、俺もこの世界に毒されーーもとい馴染んできてるんだなぁ…)

 

遊戯王のデュエル中における有名な台詞ーー「それはどうかな?」が自然と口をついたことに遅れて気付いた亀崎は、改めて自分が存在するここが遊戯王の世界なのだと再確認させられた。

 

「手札から速攻魔法“フォトン・トライデント”を発動!“フォトン・パイレーツ”の攻撃力を七百ポイントアップ‼︎」

 

“フォトン・パイレーツ”が持っていたサーベルが三叉の槍へと変異、“フォトン・パイレーツ”はより一層の戦意を露わにするーー‼︎

 

フォトン・パイレーツ

ATK/3000 → 3700

 

(亀崎君のモンスターの攻撃力が、取巻君のモンスターの攻撃力を上回った…!しかし、力を更なる力で上回ろうとすることには危険が伴う…!)

「ヘッ、甘いぜ!リバースカードオープン!“安全地帯”‼︎その効果によって“ストロング・ウィンド・トラゴン”は戦闘では破壊されない‼︎」

 

“ストロング・ウィンド・トラゴン”がデュエルフィールドの天井近くへと飛翔したことにより、“フォトン・パイレーツ”の攻撃は虚しく空を切ったーーかに見えたがそのまま流れるように取巻を一突きした。

 

「破壊はされなくとも、攻撃表示同士のバトルだからダメージは受けてもらう」

 

取巻 LP 3900 → 3600

 

「この程度のダメージを受けたところで、俺の有利には変わりない…!」

「そうか……なら、その要素を取り除いてやる。“フォトン・トライデント”の効果により発動の際に選択したモンスターが戦闘ダメージを与えた時、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。破壊するのはーー“安全地帯”!」

 

“フォトン・パイレーツ”はその手に持った光の槍を“ストロング・ウィンド・ドラゴン”ではなく、“安全地帯”へと目掛けて渾身の投擲、見事に刺し貫いた。

 

「そして“安全地帯”がフィールドから離れたことで、“ストロング・ウィンド・ドラゴン”は破壊される!」

「な…なに⁉︎ーーハッ⁉︎」

 

“ストロング・ウィンド・ドラゴン”が倒されたことに驚きを隠せない様子の取巻を、今度は“フォトン・クラッシャー”が立ちはだかった。亀崎は一切の容赦なく次の攻撃を宣言する…!

 

「“フォトン・クラッシャー”、直接攻撃‼︎」

「うわぁぁぁああ…‼︎」

 

取巻の前に立ちはだかる“フォトン・クラッシャー”は巨大な棍を振り上げ、目の前の敵へと思い切り振り下ろす。漫画ならばやや大きめの擬音が描かれるであろう衝撃音と共に、攻撃を受けた取巻は後方へ少し後退した。

 

取巻 LP 3600 → 1600

 

「“フォトン・クラッシャー”は攻撃後、守備表示になる。俺はカードを一枚伏せてターンエンド。そしてエンドフェイズに“フォトン・パイレーツ”の攻撃力は元に戻る」

 

フォトン・クラッシャー

ATK/2000 → DEF/0

 

フォトン・パイレーツ

ATK/3700 → 1000

 

取巻 LP 1600

手札:4

モンスター:0

魔法・罠:1

 

賢司 LP 2700

手札:1

モンスター:2

魔法・罠1

 

◇◆◇◆◇◆

 

(なかなかいいデュエルをするものだ…)

 

相も変わらずデュエルの様子を覗き込んでいる鮫島は率直に、心の中でそう呟いた。先のターンで亀崎はただモンスターの攻撃力を上げるだけではなく、魔法・罠の破壊を視野に入れていた。しかも罠を破壊した時の口振りから察するに、カード効果に対しても熟知している。融合モンスターを自身の効果だけで終わらせることなく次の一手に繋げたあの手腕を見ても、彼がデュエルモンスターズに関わってからそう浅くはないということを鮫島は感じ取ったのだ。

 

(なるほど…これならば、あのオーナーと引き分けたという話も納得してしまう。どうやら私は、とんでもない人物とデュエルしようとしているのかもしれんな…)

 

現役を退いて久しかったデュエリストとしての魂……それが鮫島の中で深かった眠りから幾ばくか覚めたのを、鮫島自身が僅かながらに笑っていた。それと同時にもうひとつのサイバー流としての彼は冷静に、そしてこの後の展開を見逃すまいとその目に意識を集中させた。

 

◇◆◇◆◇◆

 

「くそっ‼︎こうもあっさりと突破されるなんて……!」

「“安全地帯”を使うぶんには良かったが、破壊されるのをどう防ぐか考えてなかったのか?」

「うるさい‼︎」

 

“安全地帯”の運用自体は大して間違ってはいないだろう。だがその効果を鑑みれば、ビートダウンのようなモンスター同士の殴り合いを主とするデッキでは尚更破壊されないよう工夫する必要がある。かつてはエクシーズモンスターである“マスターキー・ビートル”との互いに守り合うコンボが凶悪だと囁かれたこともあったが、この世界では当然そのようなカードはしないので良くて他の罠を守れる“偽物のわな”ぐらいだろうが、エリート意識の高い取巻がそれを採用することは到底考えにくい。

 

「そもそもお前みたいなインチキ野郎を問答無用で突き出そうとしなかっただけ感謝してほしいな‼︎」

「言うに事欠いてインチキ呼ばわりか。いったい俺のどこがどうインチキだと言うんだ?」

「今更惚けるつもりか!お前が持っている“青眼”は世界に四枚しかない超レアカード…!内三枚をあの海馬瀬人が持っているのに、お前も三枚持っているのは明らかにおかしいだろ!仮に残った一枚を偶々手に入れていたとしても、残る二枚はどう考えてもコピーカードだ!お前はあの【決闘都市】で暗躍したっていう、デュエリストの風上にもおけない集団ーー【グールズ】と同じさ!」

 

グールズ……【決闘都市】において神のカードの奪取を目的として組織された犯罪組織。裏で数々の工作活動を行ってきた彼らが、デュエルモンスターズの複製にも手を染めていたのは原作を見たから知っている。“エクゾディア”を始めとしたカードの複製、自身のカードに細工を施す(切り刻む)、挙句には相手と親しき者を洗脳ーー人質にとるといったデュエリストの道を大きく踏み外した外道達だ。

【決闘都市】終了後は首魁であるマリク・イシュタールによって解散したらしいが。

 

「【グールズ】か…随分と懐かしい名を聞いたな。だが残念ながら、俺はカードの複製なんてしたこともないぞ?」

「お前みたいな素性の知れないヤツの言葉なんか信用できるか。まったく……藤原もなんでこんな奴とーー」

「藤原がどうしたって?」

「っ、お前には関係ないっ‼︎」

 

ブツブツと呟いていたと思えば途端に声を荒げる取巻。取巻の口から藤原の名前が出てきたのは予想外だった亀崎だが、その意味を知ることはなかった。

 

「お前にだけは負けない、負けてたまるか…!俺のターン!魔法カード“手札抹殺”!互いの手札を墓地に捨て、その枚数分カードをドローする!」

 

取巻は“マテリアル・ドラゴン”を始めとした四枚のカードを捨て、新たに四枚をデッキから引いた。亀崎の方は残念ながら手札が一枚もない為、カードを引くことはできない。

 

「クク……。お前あの時言ったよな?「準備ができれば誰でもできる」って…!」

 

“手札抹殺”によって何か強力なカードでも引き当てたらしい取巻の様子に亀崎は首を傾げる。取巻が言っているのは間違いなく、先の言い争いの中で出てきた月一試験の過程を自分が一言で済ませたことだろう。世の中には【ソリティア】なんてものもあるし、それに比べればたった二体の召喚なんて大したことじゃない筈だ、と。

 

「だったら俺はその更に上を行くまでだ!ただの成り上がりが本当のエリートに楯突くとどうなるか教えてやる!魔法カード“龍の鏡”発動ッ‼︎」

「ほう、俺と同じカードか…」

「俺はこの効果で墓地の“アックス・ドラゴニュート”、“ストロング・ウィンド・ドラゴン”、マテリアル・ドラゴン”、“サファイア・ドラゴン”、そして“エメラルド・ドラゴン”の五体を融合!現れろ、“F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)”‼︎」

 

五体のドラゴンの融合によって生まれた五つ首の竜ーー。炎・水・風・地・闇の属性をそれぞれの首に宿したその姿を見上げると、あの“青眼の究極竜”を彷彿とさせる巨大さに小さい存在全てをねじ伏せるかのような威圧感が襲ってくる。

 

F・G・D

ATK/5000

 

「ハッハッハ、どうだ‼︎独自のルートで買った俺のデッキで最強のモンスターだ!お前が月一試験で召喚した攻撃力三千越えのモンスターなんか足元にも及ばないぜ‼︎」

 

取巻がこれ以上ないぐらいに上から目線で笑い飛ばしてくるが、当の亀崎はそんな取巻をよそにいちモブでしかない筈の取巻が、カードの強さ=価格となるこの世界で“F・G・D”を買い付けたというその財力に驚きを隠せなかった。

いやだって、“ブラッド・ヴォルス”ですら数万円するんだから“F・G・D”の値段なんて正直考えたくもない。それを買うとかヤツの財力は半端じゃない!ーーと、ただ目の前の相手の財力に驚愕していた。

 

「クク、言葉もでないか。まあ今回の敗北で身の程を弁えることを学べるんだ、良かったじゃないか。それじゃあさっさと終わらせてやる…!行けェ、“F・G・D”‼︎」

 

五つの口が開くと属性を宿した五つのブレスがひとつの標的ーー攻撃表示の“フォトン・パイレーツ”へと向かう。これが通れば発生するダメージはデュエル開始時のライフと同じ四千、当然そのダメージを受けきれる訳がない。そのことは隠れた観戦者である鮫島も固唾を呑んで成り行きを見守っていた。

 

「罠カード“ガード・ブロック”!戦闘によるダメージをゼロにし、デッキからカードを一枚ドローする!」

「〜っ…ふん、運良く躱したみたいだがもう後がないぞ。次の俺のターンで今度こそお前のライフをゼロにしてやる‼︎」

 

“フォトン・パイレーツ”を破壊した“F・G・D”の攻撃は亀崎に届くことなく、霧散して消えた。またも自分の思い通りにいかなかったことに、取巻は苛立ちをギリギリで抑えつけあくまで余裕があるように振る舞った。事実、取巻の手札にはモンスターに貫通効果を付与する魔法カード、“ビッグバン・シュート”があるので亀崎は次のターンで取巻のライフをゼロにするか“F・G・D”を倒せなければーー確実に次のターンで終わる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

だがそのような絶望的状況でも亀崎はカードを引く。

もとよりこんな絶望的状況なんて何度も体験してきた。その都度カード達はいつも自分を助けてくれていたからこそ、自分は最後まで諦めずにいられる。そして……その信頼に応えたように一枚のカードが亀崎の手札に加わったーー!

 

「俺は手札から“フォトン・チャージマン”を召喚!」

 

白銀に輝く戦士が守備姿勢でフィールドに召喚される。しかし肝心の守備力は、その見た目に反して余りにも低すぎる。

 

フォトン・チャージマン

ATK/1000

 

「“フォトン・チャージマン”のモンスター効果!このターンの攻撃を放棄する代わりに、その攻撃力を倍にする!

 

フォトン・チャージマン

ATK/1000 → 2000

 

「そして場の攻撃力二千のモンスター二体をリリ……生贄に捧げ、現れろ!銀河に瞬く光の化身ーー銀河眼の光子竜”を特殊召喚‼︎」

 

デュエルフィールドを照らす照明の光よりさらに眩いーー青い甲殻に包まれた青白い光を発する竜が、産声とも取れる鳴き声と共に降臨した。

 

銀河眼の光子竜

ATK/3000

 

「“青眼”と同じ攻撃力だと…。だがそれでもーー」

「“銀河眼の光子竜”、“F・G・Dを攻撃‼︎」

「勝てないと悟って自滅する気か!なら望み通りにしてやる!」

 

五つの口から強力なブレスが飛び立った“銀河眼”へ向けて再び放たれた。しかし“銀河眼”はこれをギリギリで躱すと、一直線に相手へと接近し内ひとつの首をがっしりと捕らえる。

 

「“銀河眼の光子竜”のモンスター効果!戦闘を行う相手モンスターとこのカードをバトルフェイズ終了時まで除外する!そして、“銀河眼”が除外されたことで手札から“ディメンション・ワンダラー”のモンスター効果発動!このカードを墓地に送ることで、相手に三千ポイントのダメージを与える!」

 

双方のドラゴンが虚空消え去った後、今度はその同じ箇所から次元の歪みを通した“銀河眼”の攻撃が取巻を襲い、オーバーキルとも言えるダメージを与える。モンスターによる追撃がないと安堵した気持ちを容易く裏切った予想外のところからの攻め……ライフが底をついたシステム音と共に取巻は無言のまま膝をつくのだった。

 

取巻 LP 1600 → 0

 

「終わったな。さぁ、さっさと寮に戻るぞ。いつガードマンが来るか分からないからな」

 

呆然とする取巻にそれだけを言うと、亀崎は背を向けて帰ろうと歩き出す。対する取巻は拳を震わせながら、勢い良く立ち上がり再び亀崎に対して声を張り上げた。

 

「ふざけるな‼︎そんな見たこともないような強いカードを使えばそっちが勝つのは当たり前だろっ‼︎まともにやれば勝っていたのは俺の方なんだ!だから今のデュエルは無効だ‼︎」

 

ただ己の敗北を悔やむだけならまだいいだろう。その悔しさを以ってさらに強くなろうとすることができるのだから。

だが目の前にいる男はエリートである自分の敗北を一切認めないことはおろか、相手を否定し貶し落とそうとしている。これが本校でエリートと言われるオベリスク・ブルーの人間だというのは、にわかに信じ難い。

 

「なんと言おうがお前が負けたことに変わりはない。相手を否定する前に、まず自分のどこが悪かったのかを考えてみるんだな」

「ぐっ、落ちこぼれと仲良くするような成り上がりの分際で偉そうに…!」

「そんなことを言ってるからお前はその【雑魚】に負けたんだ」

 

そう冷たく言い放った亀崎は、カードを一枚ーー“ディメンション・ワンダラー”を手に取って取巻に突きつけた。

 

「このカードの攻撃力、守備力はゼロ……仮にお前が俺と同じデッキを組もうとした時、このカードをデッキに入れようと思うか?」

「はぁ…?そんな使えない雑魚カード、今は関係ないだろ…!」

「その雑魚にお前は倒されたんだと言っている。攻撃力や守備力だけでなく備わっている効果も含めて吟味すれば、戦略はいくらでも広げることができる。それすらもできない様じゃエリートというのも疑問に思わざるを得ないな」

 

亀崎の指摘に何も言い返せず取巻はただ唸るだけだった。何分ブルーのエリートと聞いていたので多少の覚悟は持っていたのだが、まさかただ強いモンスターを召喚して殴るだけだったとは拍子抜けもいいところだ。これならばまだ万丈目の方が闘いがいがあるというものだ、と亀崎は呆れるなかで思っていた。

 

「これで話は終わりだな。先に寮に戻らせてもらうぞ」

 

そこで会話は打ち切ると亀崎は真っ先にデュエルフィールドを後にし、残された取巻は怒りに拳を震わせて床を叩くがその心の感情は一切晴れることはなかった。

一方、二人のやり取りを陰から見ていた鮫島は夜の闇に消える亀崎の背中を見て、神妙な面持ちで気持ちを引き締め直したのだった。

 

遊城十代と丸藤翔、そして亀崎賢司は制裁デュエルに向けて最後の調整に入る。自分達のデッキをひたすらに吟味を続ける二人を同室の前田隼人は彼なりの応援で彼らを支え、丑三つ時を過ぎてなおテストデュエルを続ける亀崎をデュエルモンスターズの精霊達は黙して激励を送りつつ相手を務めた。

そしてーーついにその日はやってくる。

 




“レモン”デッキを組んだからか無性に“レモン”を使いたい…。
エクシーズを入れるとしたら“ギャラクシー・クィーン”か“サラメーヤ”か…。
新しい小説の設定が思い浮かんだけど、どう考えても本作の続編です本当に(ry

こんな色々な悩みが尽きない私ですが、次回もよろしくお願いします。

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