どうも、ショーケースにあったうさぎの魔力に勝てなかった私です。うさぎ高すぎィ‼︎
そそろそろ次あたりで久しぶりに“青眼”を使わないとタイトル詐欺言われそう…(震え)
テストーーそれは学校に通うほとんどの生徒にとって避けられない悪夢。その悪夢は決まった時期にやってきて、我々に否が応にも現実を突きつけてくる嫌な存在だ。このデュエルアカデミアもその例に漏れることはないが、他の一般的な学校のように中間と期末だけと言うわけではない。
プロデュエリストを養成するという謳い文句を掲げるアカデミアでは、それらの他に“月一テスト”という制度がある。これは文字通り月毎にデュエル関連の試験を行うというもので、大まかに見れば他の試験と大差はない。
唯一の違いと言えば、この試験の結果云々で生徒達の階級が上下するというところである。オシリス・レッドの生徒がラー・イエローに昇格したり、オベリスク・ブルーが降格されたりと階級の移動が行われるのだ。この制度についても自らの才に鼻をかけることなく、常に己を磨き続けることを忘れないように呼びかける意味があるのだろう。
この日の夜ーー。同じ寮の住人である三沢大地は、近日行われる月一テストに備えていた。
筆記試験でどのような問題が出てきても答えられるよう復習はしっかりと行った。その後の実技試験で使うデッキの調整も無事に済ませた。あとは試験に臨む三沢自身のコンディションを整えるだけとなっている。
(寝るにはまだ少し早いか…)
自身が取り決めた就寝時間にはまだ余裕があった三沢は、何の気なしにリモコンを取ってテレビの電源をつける。そのままチャンネルを二、三回変えると、誰もが知っているであろうある人物が画面に映り出した。
(デュエルモンスターズの創始者、ペガサス会長の会見…?)
テレビには、おそらくその日のうちに行われたであろう会見の様子が流されている。画面の右上には『創始者からのサプライズ⁉︎新カード大量生産の可能性‼︎』と、デュエリストならば興味を持たずにはいられないワードが目につく。
そしてかくいう三沢もデュエリストの端くれ。この会見の見出しには興味をそそられ、テレビに意識が集中していた。
『ペガサス会長。ここ最近新しいカードを大量に生産されているという情報がネットや情報誌で散見されているそうですが、これについては本当なのでしょうか?』
『イエース。これについては包み隠さずお教えしまショウ。先日とある人物が私の元を訪れた時に彼がもっていた“ある物”を見せていただいたのデース。それを見た私は、これまで自分が手掛けてきたデュエルモンスターズでこの先より高度な駆け引きができる、言わば『神からの贈り物』だと思わずにはいられませんでしタ…」
(あのペガサス会長が感銘を受けるとは…。いったいどんな物を見たというんだ?)
当時のことを思い返すペガサスは、その出来事が自分にとって信じられない巡り合わせであり、そして幸運であったことを語った。デュエルモンスターズの大々的な発展に繋がる代物にさらなる興味を惹かれる三沢だったが、次にペガサスが発した言葉に度肝を抜かれることになる。
『ちなみにですがその“彼”は今、デュエルアカデミア本校に通っていマ〜ス』
「ッ⁉︎」
◇◆◇◆◇◆
月一テスト当日ーー。
まだ朝日が顔を覗かせたばかりの時間に目が覚めたので、四つのホルダーから取り出したデッキの確認をしていた。自宅以外で就寝すると普段より起きるという微妙なスキルは前からあったが、今日のような大事な日ではこういう体質(?)は特に役立ってくれる。
「ーーよし。これで確認は完了、と」
目の前に並べられた四つのデッキをそれぞれのホルダーに戻してベルトに通す。さながら西部劇のガンマンのような佇まいだが、これについては以外と指摘されたりすることは今のところないので特に改めようと思ったことはない。
時間は既に生徒のほとんどが起床しているであろう時間。身支度を整えて食堂に向かえば、何人かのイエロー生が朝食を摂っていたり片手間に復習をしているのもいる。
「いよいよ、月一テストの日ですね」
俺の向かいで同じく朝食を摂っている三沢も、普段の秀才らしい余裕はなりを潜めて緊張感を孕んだ表情をしている。真面目な彼のこと、この試験においても計算やらを用いて対策したのだろうが……正直面倒じゃないのか?
「ああ。まあだからといって変に緊張感持たず、普段通りに行けばいいさ」
「そういえば亀崎さんは入試試験の筆記をパスしていたそうですが、実際のところ筆記はどうなんですか?」
「一応その時の問題はやらせてもらったんだが、筆記トップの三沢には及ばなかったよ。八十八点だった」
「なるほど。仮にもここに位置付けされるだけのことはあるってことですね」
その後も話を交わしながら朝食を済ませ、三沢と共に校舎へと向かう。途中で“乙女”にレッド寮の十代達を見て来てもらったが、十代は豪快に爆睡しており翔は何枚もの“死者蘇生をもって“オシリスの天空竜”に願掛けしているとのことだった。
(願掛けするくらいならしっかり復習してくれよな…。せっかく勉強見てやったのに)
実は二日ほど前、翔から勉強を見てほしいと頼まれたので承諾したことがあったのだ。その時はもう少し勉強すればより良くなるだろう、と伝えておいたのだが勉強しすぎで睡眠不足になっていないか心配である。筆記試験中に寝ることのないよう祈るばかりだ。十代もその場にいたのだが、ほんの数分で爆睡をかましてくれたので容赦なく放置しておいた。本人も「実技で取り返せばいい」と息巻いていたので問題はない……はずだ。
教室に到着したところで席が離れている三沢と別れ自分の席に座り軽く周囲を見渡すと、ちらほらレッドがひたすらに復習に徹しているのが見られた。この試験で格上げされることを目指して必死になっているのだろう。十代にも少しは見習ってほしいものだ。
『マスターも昔は死物狂いで勉強していたそうですね。あまり人のことは言えませんよ?』
「わーってるっての。だから久しぶりに勉強したんじゃないか。“乙女”がした方がいいってしつこいから」
『そ、そんなしつこく言った覚えはありません…!それに私は、マスターのためを想ってですね…!』
「わーかった分かった。確かにやっといたお陰である程度自信がついたのは間違いないからな。ありがとな“乙女”」
実は月一テストの一週間ほど前まで一切勉強していなかったわけだが、“乙女”に言われる形で昨日まで勉強に励んでいたのだ。しかも“乙女”の監視つきという、まるで子供と親的な構図で。一回少しだけ怠けようとしたら、一日1お稲荷を没収されて苦しんだのはいい思い出……には到底ならないな。
『分かっていただけたならいいんです…。マスターはちょっと目を離したらすぐ怠けようとするんですから。いっそのことオシリス・レッドでも良かったのでは?』
「それは困る。相部屋だと“乙女”と話す時間がなくなってしまう」
『そう言ってご機嫌取りをしても駄目ですからね。今日の分のお稲荷さんは没収します!』
「おうふ…」
“乙女”のつれない態度と共に言葉のトゲが容赦なく突き刺さる。お…俺のささやかな楽しみを奪うとは。お稲荷さんを失った今、俺は何を楽しみにして今日を乗り越えればいいと言うのか…!
ふと、“乙女”とのやり取りで打ちひしがれているとブルーの数人がこっちを見ていることに気づく。それも格下を蔑むような視線ではなく、何か疑問を持った目だ。向こうもこっちに気づいたのか、顔を近づけあってしまったのでそれ以上は分からなかったが。
「ふふ、彼らだけじゃないわ。他の皆、貴方に興味を持っているのよ。勿論……私もね?」
突如聞こえた声の方を向くと、そこにいたのは薄紫の髪をツインテールのように分けた、『妖艶』という言葉が似合いそうな雰囲気を持ったブルー女子だった。その容姿と赤い瞳ーーそれらを見て俺は瞬時にその人物を理解した。
「えーと…確か藤原雪乃さんだったか?」
「こうして話すのは初めてね。私としてはもっと早くに貴方と言葉を交わしたかったのだけれど、なかなかタイミングが合わなかったの」
藤原雪乃。彼女は数ある遊戯王シリーズにおいて、高い人気を誇ったモブキャラクターの一人だ。別に彼女がいることに何の不思議もないが、この段階で絡んでくるのはどういうことなのか。
「それで、皆が俺に興味を持ってるってどういうことだ?」
「もう、焦らないで。ちゃんと説明してあげるから」
「お、おう…」
彼女の甘ったるいボイスが耳に入る度に頭の中が引っ掻き回される気分になってくる…。そう言えばデュエルにおいてもこのボイスを巧みに用いて相手を手玉にとる、なんてこともあるらしいな。
「貴方、先日の夜に放送されたペガサス会長の会見は見たかしら?」
「いや、たぶんその時は寝ていたかテスト勉強していたが」
「その会見でペガサス会長は、全く新しいカードを製造していることを大々的に発表したのよ。まあそれも十分大きなことだけれど、問題はその後の彼の発言よ…」
そう言えばこの日に購買の方でカードの大量入荷があるってことになってたな。それを全て十代への復讐に燃えるクロノス先生が全て買い占めてしまうんだったか。生徒からすれば迷惑千万でしかないことだが、それより注目される発言って何を言ったんだあの人は。
少しのタメの後、目を細めた藤原がその内容を告げる。
「何でもその新カード製造の際に、とある人物の協力があったそうでね」
「ほうほう」
「さらにその人物はこのアカデミアに通っているそうなの」
「ふむふむ」
「そしてーー」
そこまで言って藤原が迫るように顔を近づけてくる。未だ高校生の歳にも関わらずその整った顔つきはとても美しいもので、その視線は俺の目を完全に捉えていた。俺はその迫力に押されぬよう藤原の目を見返す。
「“彼”はあの伝説のデュエリストーー海馬瀬人とも紙一重のデュエルを繰り広げた凄腕でもあるらしいわ」
「…………」
彼女の言葉に耳を疑わずにいられなかった。ペガサスが俺の持つ数多のカードを製造し販売することは別に構わなかったし、第三者に知られても何の問題もなかった。だが、最後の海馬とデュエルしたことを知っているのは当人の海馬とペガサス会長、そして遊戯のみの筈…。こいつはどうやってそれを知り得たというんだ…?
「極めつけに、世界に四枚しかない筈の“青眼の白龍”。“彼”はその何れにも該当しない、新たな三枚を持っているとかーーあら、これらの条件に当てはまるような人なんてアカデミアに一人しかいないわね?」
顎に人差し指を当てながら薄ら笑いを浮かべる藤原が悪役じみて見える…。彼女が言わんとしていることはいったいなんなんだ。
「何が言いたいんだ藤原。お前もあの万丈目と同じように何かしらの難癖をつけたいのか?」
「そんな怖い声を出さなくてもいいじゃない。私はただ、貴方を知りたいだけよ」
「…知りたいだと?」
「ええ。貴方の存在を知ったのは本当に偶然だった。でもいち学生である私が貴方のことを調べるのには限界があるわ。それに…もしかしたら貴方は私と“同じもの”を持っている予感がしたから」
藤原は顔を離すとウインクをひとつ、そのまま自分の席へと戻って行ってしまった。
あれがブルーの“女帝”……。“女王”である明日香と双璧を為すと聞いたことはあったが、明日香に劣らない優れた容姿とあの言動ーーおそらくはデュエルにおいても女子の間で上位に位置しているのだろう。
そんな人物が興味を持ってくれたのは純粋に嬉しくはある。それよりも、何故彼女が知らない筈の情報を知っているのかが気になってしまう。
「は〜い皆さ〜ん。月一テストの筆記を始めますにゃー。早く席についてくださいにゃー」
試験官である錬金術の授業担当者ーー大徳寺先生が来たことで生徒達はそれぞれの席にそそくさと座っていく。気になって密かに藤原へと視線を向けてみれば、待ってましたと言わんばかりに蠱惑的な笑みを返されたので速攻で視線を外す。
(落ち着け…今はテストに集中するんだ。藤原のことはテストの後に考えればいい…!)
配られた問題用紙の裏面をまじまじと見つめながら自分にそう言い聞かせる。テスト開始の合図とともに思考を切り替えた俺は、表にした問題用紙に記されている問題をひとつひとつ順調に解いていった。
〜〜〜〜〜〜
「これにて午前の筆記試験は終了。なお、実技の方は午後二時に体育館で行いまーす」
筆記試験終了を知らせる大徳寺先生の言葉を聞き終わるや否や、ほとんどの生徒達が血相を変えて教室から我先にと飛び出して行った。原作通りなら彼らの目的は今日入荷される大量のカードだろう。アカデミアに限らずこの世界でも数ヶ月に一度新しいパックが出る傾向にあるのだが、アカデミアではその新パックが少し早めに発売されるらしい。
「えぇー‼︎カードの大量入荷⁉︎」
「そうさ。皆それを目当てに、急いで購買に向かったってわけさ」
「え、三沢くんは…?」
「俺は自分のデッキを信用している。新しいカードは必要ない……と言いたいところだが、やっぱり気にはなるな」
そう言いながら三沢が横目でこっちを見てくる。三沢の視線と藤原の言葉……大体の予想はついていたがここは敢えて聞かないことにしよう。何よりここに十代を留まらせる訳にはいかない。彼には“あのカード”を手に入れてもらわなければ色々と困る。
「十代達は行かなくていいのか?早く行かないと売り切れるぞ」
「分かってるさ!行こうぜ翔、亀崎さん!」
「う、うん!」
「気にはなるし、行ってみますか」
十代に急かされて購買へと向かう俺達三人。しかし着いた頃にはカードはほとんど売り切れており、残ったのは僅か一パックだけだった。それにしてもカードの買い占めとか仮にもアカデミアの教師がやることじゃないよな…。
結局残された一パックは翔のものとなったが、奥から出てきたオバちゃんーートメさんがさらに一パックを取っておいてくれていた。なんでも筆記試験に急いでいた十代が、立ち往生していた自分を助けてくれたお礼なのだそうだ。
良かった良かった。これで十代は万丈目に勝つことができる。
「そうだ亀崎君。アンタ宛に封筒が届いてるよ」
「え?俺に、ですか?」
「ちょっと待っとくれよ……あったあった。これだよ」
トメさんから渡された白い封筒。差出人の名前が書かれていないそれの中身を取り出してみると、三枚のカードが封入されていただけだった。
“オッドアイズ・セイバードラゴン”ーー
“DDD覇龍王 ペンドラゴン”ーー
そしてーー“クリアウィング・シンクロ・ドラゴン”の三枚が…ってちょっと待て!何しれっとシンクロモンスターが混ざってるんだ⁉︎今の時代にシンクロ召喚はまだ確立されてないんだぞ…!以前シンクロモンスターをデュエルディスクにセットしても何の反応もなかったことから、シンクロモンスターは使えないことが確定した訳で……。使えるようになればいいんだが、それにはデュエルディスクを改造しなければならない依然にそれに必要な知識やパーツ、特にモーメントを用意しなければならない。この時代にモーメントが存在しているかどうか怪しいものだが。
「うわぁ、なんか強そうなカードだ…!」
「もしかしてそれも入荷されたやつなのか?いいなぁ。あれ、でもこのカード……」
いつの間にか覗き込んできていた翔と十代に驚く……のもあったがこれは少しマズイことになったかもしれない。本来この時代にないシンクロモンスターの存在を知られてしまったのだ。どうやってこの場をやり過ごすべきか……!
「なんで真っ白なんだ?」
「……へ?」
「他の二枚はちゃんとしてるのにこのカードだけ真っ白なんスよ。なんでなんスかね?」
翔がそう言って指差したのは“クリアウィング・シンクロ・ドラゴン”ーー俺は二人の言葉に思考がやや止まりかけた。
もしかしてこの時代の人間にはシンクロモンスターのカードが真っ白なだけのカードに見えるようになっているのかーーそれとも三幻神による図らいなのか。
どっちにしてもここはすっとぼけて有耶無耶にした方が良さそうだ。
「…なんでなんだろうな。まあここで考えてたってこれが使えないことに変わりはないんだ。とにかく今は午後の実技の為にデッキを調整しよう」
「そ、そうッスね…!その前にどんなカードが当たったか見てみないと…」
「おう!じゃあ、ありがとうトメさん!」
「ん。試験、頑張っておいで!」
トメさんに見送られて購買を後にした十代と翔は実技に向けてデッキの調整を始める。俺はというと、送られてきた三枚のカードはいずれのデッキにも刺さることがないと判断して大した調整をすることなく終わった。。
差し出し人不明の封筒と入っていた三枚のカード。これが何を意味しているのかはどれだけ考えてみても、結局答えは見つかることはなかった。
◇◆◇◆◇◆
時を同じくして校舎二階の廊下には万丈目とその取り巻き二人、そして学ランを着たクロノスがいた。そこではクロノスが今回入荷された大量のレアカードを万丈目に与え、彼に遊城十代を討伐するよう
対する万丈目は、月一テストにおける実技試験の規則として対戦相手は同じ寮の人間であることを指摘したが、クロノスは実技担当最高責任者としての権力で如何様にもできる、と不安要素を完全に取り除いてしまった。
「そしてワタシ達エリートこそがレアな存在だということを、あのドロップ・アウト・ボーイに思い知らせてやルーのデス!ウフハハハハ…!」
およそ貴族の家系出身とは想像しづらい高笑いが廊下に響く。特定の生徒を叩き出す為に生徒の名を騙ったり、カードを買い占め別の生徒をけしかけるなど教師とは思えないその行動はとても褒められるようなものではない。
かく言う“私”もクロノス先生のことはあまり好きではない。けれど、近い考えは持っているという自覚はある。これについては最初から意識してやっていた訳ではない。気づけばそう思うようになっていた、と言う方が正しいと思う。
まぁ自分のことについては今はどうでもいい。『偶然にも』居合わせたのだから、これを利用しない手はない。そう判断して彼らの元へと歩いて行く。
「あら、随分と楽しそうな話をしていますね。クロノス先生?」
「ハヒフヘホ?ッシ、シニョーラ雪乃⁉︎」
「藤原君⁉︎何故ここに…」
自分の登場にクロノスだけでなく万丈目とその取り巻き二人も驚いているが、あくまで目的としているのはクロノスに協力を取り付けること。私はそのまま歩いてクロノスの前まで行くと彼の目を己の視線で捉えるように見つめ、本題を持ち込んだ。
「クロノス先生。ひとつお願いしたいことがあるのですがーー」
◇◆◇◆◇◆
大徳寺先生から言われた通りに、午後の実技は予定通りの時間に始まった。順々と各寮の生徒が実技に臨み、それぞれのフィールドで自身が現在持ちうる知識と技術をぶつけ合っていく。
しかしなんというか、そのほとんどのデュエルの内容は力押しで、相手より高い攻撃力のモンスターを如何にして出すかを考えたであろうデッキ構築が多い。ブルーともなればいくらかマトモな構築がされているデッキも見られたが、レッドとなると最悪コンボらしいこともせずに負けている奴も少なくない。なかには全くシナジーの合わないカードを使ってる奴もいたくらいだ。
攻撃力がそのカードの価値となるこの世界じゃ、どんなに優れた効果を持っていたとしても攻撃力が低いなら即捨てられるからな……。できるならモンスターは攻撃力だけじゃないことを教えたいものだが、俺って教え下手なんだよな…。
現在フィールドで行われているとある一組を見やればそこではイエロー同士のデュエルが繰り広げられており、融合によって召喚された“双頭の雷龍”が相手の“進化の繭”を攻撃して撃破したところだった。“グレート・モス”の召喚を狙うとはロマンに溢れていて実に結構ーーなんだが、せめて伏せカードをブラフでも出しておくべきなんじゃないかね。
翔の番が回ってきた時は大勢がいるといこともあって終始ガッチガチな動きでデュエルしていた。結果負けこそはしたが途中のプレイングが覚束ないながらも一矢報いただけまだマシな方だろうな。
やがてついに十代と俺の出番が回ってきた。相手となるのはもちろん万丈目、そこまでは予想できていた。むしろ順番が来るまで退屈で仕方なかった……。
「えぇ〜〜⁉︎なんで万丈目と俺がデュエルを…」
「入学試験であれ程の成績を残した君と、オシリス・レッドとの生徒では釣り合いが取れなイーのデス。ソコデー、シニョール万丈目こそが君の相手に相応しいと判断しましたーのデス。もちろん君が勝てば、ラー・イエローに昇格することができまスーノ」
本来最も低いレッドの生徒相手に最高であるブルーの生徒が務めることは滅多にないらしいが、これは下剋上のチャンスと捉えることもできるだろう。普段から格下と蔑まれていた鬱憤を晴らせる唯一の方法なので、他のレッド生ならばそう思うかもしれない。
「シニョール亀崎についても同じことでスーノ。このワタシを倒したアナタの相手には、シニョーラ藤原こそが相応しいと判断しましたーノ。もちろんアナタが勝てれーバ、オベリスク・ブルーに昇格できますーノ!」
「ふふ。よろしくね?」
筆記テスト前に接触してきた藤原が相手とはーー。正直予想外ではあったが、別にだからと言って棄権するようなことを考えたりはしない。相手がブルーだろうがイエローだろうがワザと負けてやるほど物好きではない、全てのデュエルにおいて相手を全力で叩き伏せるまでだ。
「藤原。お前が何を考えているのかは知らないがこのデュエル、全力でやらせてもらうぞ」
「それは楽しみだわ。貴方の全て、余さず私に見せて?」
闘志をみなぎらせる十代と俺、そして万丈目と藤原がデッキを取り出しデュエルディスクに装着しスタンバイを完了ーーデュエル開始だ!
「いくぜ万丈目‼︎」
「万丈目『さん』だ‼︎」
「さぁ始めようか!」
「いいデュエルにしましょう?」
「「「「デュエル‼︎」」」」
雪乃 LP 4000
VS
賢司 LP 4000
◇◆◇◆◇◆
「やっぱアニキと亀崎さんは凄いなぁ…。ブルーの人と戦えるなんて」
「十代はそうだが、亀崎さんに限っては当然とも言えるだろうな。彼のタクティクスはクロノス教諭にも引けを取らないほどだからな。相手のことが分からないから、これ以上のことは何とも言えないが…」
生徒の控え場所である観戦席ではテストを終えた丸藤翔と三沢大地が、遊城十代と亀崎賢司の待遇について感想を洩らしていた。翔については単純に二人のレベルの高さを再認識しているだけなのだが、三沢にとっては特に不思議だとは思っていなかった。何故なら両者とも入学試験においてクロノス先生を倒したという、ここの生徒ならば到底看過できない大きな実績を持っているからだ。実技担当最高責任者であるクロノスの強さはアカデミアを目指す者ならばいくらかの情報は仕入れているだろう。事実、あの時まで彼は長年の教師生活において無敗を誇っていたくらいだ。
そんなクロノスが十代にブルーの一年においてトップである万丈目を当てたのは分かるが、亀崎に藤原を当てがった要因が三沢には理解できなかった。クロノスを倒した彼の相手が彼女に務まるというのか、と。
「彼女は私達女子の中でも、かなりやり難い相手よ」
「あ、明日香さん」
三沢と翔の元に藤原と同じブルーの天上院明日香が合流する。明日香の言葉の真意を図りかねた三沢は、その意味を問いただした。
「君が噂の“女王”か…。今言った『やり難い』とはどういう意味なんだ?」
「…私が“女王”だというのなら、あの子は“女帝”と言った方が良さそうね。雪乃のことだから喜びそうだわ」
「噂には聞いてたけど、藤原さんすっごい綺麗ッスよね。あんな人とデュエルできる亀崎さんが羨ましいッス…」
“女王”呼ばわりされることには慣れたつもりだった明日香は、高等部からの入学生である三沢に呼ばれたことに溜息を吐く。強さを認めてもらえるのは嬉しいが余計な称号についてはあまり触れてほしくないのが明日香の本音だった。
「確かに亀崎さんは強い…。でも相手が雪乃となればこのデュエル、最後まで結果は分からなくなるわ」
「彼女はそれほどまでに強いということか…。いったい、どんなデッキを使って来るというんだ…」
「…………」
三沢の言葉に明日香は答えず雪乃と亀崎、両者を見据える。
雪乃とは中等部のころに知り合い、それからはジュンコとももえほどではないが時折行動を共にするぐらいには仲良くなった。彼女はその頃から相手ーー特に男を試したりその気にさせるような言動が見られていたが、今回のように自分から積極的になっているところを見たのは初めてだった。もしかしたらただの気まぐれかもしれないが、もしそうじゃないとしたらーー。
「藤原さーーん‼︎頑張れーー‼︎」
「ゆきのん負けるなーー‼︎」
突然周りにいた一部の男子生徒が尋常じゃないほどに沸きだったことに、明日香だけでなく三沢も驚いていた。そういえば、と中等部の時から男子生徒や一部の教員から熱狂的な支持を受けていたことを思い出すと、この現象にも頷ける。
「先攻は俺からだ。ドロー!」
ついに二人のデュエルが始まった。亀崎は複数人あるデッキのどれを使い、どのようにして雪乃に立ち向かうのかーー。
「“カーボネドン”を守備表示で召喚!さらにカードを一枚伏せてターンエンドだ!」
カーボネドン
DEF/600
「今回は“黒”のホルダーからデッキを取ったみたいッス」
「黒ってことは、まだここでは使ったことのないデッキよね…」
「彼も複数のデッキを持っているのか。これは意外なライバルになり得るかもしれないな」
カーボンの表皮を持った恐竜のようなモンスターが召喚されたのを見て明日香と三沢、そして翔はまだ見ぬ亀崎の“黒のデッキ”に興味を示したが同じくデュエルに興じる十代達に意識を傾けた。
そして今度は“女帝”こと雪乃のターンが巡ってくる。
◇◆◇◆◇◆
「私のターンね。ドロー」
流れるような手つきで藤原はデッキからカードを引く。
“藤原雪乃”といえば容姿や言動に目が行きがちだが、それと同様に扱うデッキ自体も全く油断できない代物である。いずれも元いた世界で少なからず猛威を振るっていたほどの制圧力を誇り、下手をすれば何もできずに負けることも珍しくはないぐらいだ。
しかし現段階で彼女が使うデッキの内容はほぼ察しがついている。その証拠となるのは、この世界に来たばかりの時のペガサスの言動だ。彼は俺が持っていたほとんどのカードを製造したいと言っていたーーつまりこの世界でのカードプールは、まだ【TF3】辺りまでだったと推測した。
もし本当にそうだとしたら、今の藤原のデッキは恐らく【アレ】だろう。
「まずは小手調べ……私は魔法カード“名推理”を発動するわ」
「やっぱりか…」
「まず貴方にモンスターのレベルをひとつ宣言してもらうわ。さぁ…貴方が求めるのはどのレベルかしら?」
「ーー8だ」
やはり【推理ゲート】か…。彼女といえば儀式使いの面をよく見るかもしれないが、当初はこの【推理ゲート】を使っていたのだ。後に【名推理】と【モンスターゲート】の両方が制限をくらって弱体化、その理由で儀式デッキに入れ替えたという経緯である。
「ふふ、私のカードは貴方の求めにどう答えるのかしらね。イエス?それともノーかしら?」
藤原がその細い指をデッキの一番上に置く。どんなモンスターを引き当てるかは全く予想がつかないが、今の彼女とのデュエルではこのギャンブルにも似た空気が常につき纏ってくる。
「ねぇ三沢くん。“名推理”ってどんな効果なんスか?」
「相手プレイヤーにモンスターのレベルをひとつ宣言させて、次に自分のデッキからモンスターが出るまでカードをめくっていくんだ。もし宣言したのと同じレベルならば墓地へ送られるが、違うレベルならばそのモンスターを特殊召喚することができるんだ」
「それってほとんどハズれるってことじゃん…!」
「さぁいくわよ。まず一枚目はーーあら残念、罠カードだわ」
まったく残念そうに見えない雪乃が見せたのは、“聖なるバリア ーミラーフォースー”。かつては強力な罠としてその名を轟かせていたあのカードも、今では一種のフラグメイカーの役割に甘んじるようになってしまった不遇な一枚だ。
「モンスター以外のカードはそのまま墓地へ送るわ。続いて二枚目ーー“天使の施し”……これも墓地ね。三枚目はーーモンスターカード“守護者スフィンクス”。レベルは5よ」
「ちっ、外したか」
「“名推理”の効果により、“守護者スフィンクス”特殊召喚!」
エジプトに存在するかのスフィンクスが藤原の場に現れる。その様は王たる藤原を守護するかの如く俺の眼前に鎮座している。
守護者スフィンクス
ATK/1700
「“守護者スフィンクス”で“カーボネドン”を攻撃」
“スフィンクス”は体勢を変えぬまま勢いよく突進、“カーボネドン”は呆気なく吹っ飛ばされてしまった。いや、そこはモデル的にも呪いの類とかじゃないのか?
「“スフィンクス”のモンスター効果。1ターンに1度、このカードを裏側守備表示にすることができるわ。カードをセットして、これで私のターンは終わり……はい貴方のターンよ」
雪乃 LP 4000
手札:4
モンスター:1
魔法・罠:1
賢司 LP 4000
手札:4
モンスター:0
魔法・罠:1
藤原は余裕の表情を崩さないままターンを終える。この展開はまだ予想の範囲内ーー幸いにも藤原は伏せカードは出していない。このターンで優勢になるべく仕掛ける…!
「俺のターン、ドロー!墓地の“カーボネドン”のモンスター効果発動!このカードを除外することで、手札かデッキからレベル7のドラゴン族通常モンスターを守備表示で特殊召喚する!」
「え?」
「レベル7のドラゴン族通常モンスターだと⁉︎」
疑問符を浮かべる藤原と声を上げる万丈目。そのせいか、十代もデュエルの手を休めて観戦モードに入ってしまっていた。お前ら…これ一応テストだぞ?
「デッキより現れろ!“真紅眼の黒竜”‼︎」
真紅眼の黒竜
DEF/2000
地面を砕き黒翼を広げてフィールドに現れた黒竜ーー“真紅眼の黒竜”。ステータスでは“青眼の白龍”には及ばないが、それに代わり多数のカードとのコンボを可能にする、まさに『可能性のドラゴン』と言えるモンスターである。
また、この世界の市場においてはその希少性からシングルの値段が破格となっていることでも有名らしい。ネットでチラッと見たときは九十万の値段に目を疑ったぞ…。
「あらあら。もしかしてカード自慢かしら?自分はこんなレアカードを持ってるんだー、って」
「そんなわけがあるか。俺はただ持っているカードを使っているだけに過ぎん。第一、カードはレア度で決まるもんじゃないだろう」
「それもそうね。レアカードを見せびらかしていい気になるなんて、それこそボウヤそのもの、ね…」
そう言って藤原は隣のフィールドにいる万丈目に視線を移す。その藤原を睨み返す万丈目のフィールドには“VWXYZ”が召喚されており、十代が苦戦を強いられている状態だった。
「すっげー‼︎“青眼”だけじゃなくて“真紅眼”も持ってるのか…!伝説のドラゴンを見られるなんて、アカデミアに来て良かったぜ‼︎」
しかし当の十代からはそんなものをちっとも感じさせないどころか、逆に調子を狂わされそうになる…。ここまで純粋な奴はある意味貴重だな。
「魔法カード“黒炎弾”を発動!“真紅眼の黒竜”が自分の場に存在する時、その元々の攻撃力ぶんのダメージを与える!」
「あぁっ…‼︎く……ぅっ!」
雪乃 LP 4000 → 1600
“真紅眼”が吐き出した火球が藤原を襲った。だがあくまで立体映像なので直接的な被害はなく衝撃を受けるだけなので問題はない。
「はぁ……ん」
…いやあった。ただダメージを受けただけなのに何故悩ましい声を上げるのか。ほら見てみろ。今の藤原を見て他の男子生徒のほとんどがおかしな挙動をし始めたぞ。
「さらに罠カード“メタル化・魔法反射装甲”を発動し、“真紅眼”に装備。攻撃力・守備力を三百アップ!」
真紅眼の黒竜
ATK/2400 → 2700
DEF/2000 → 2300
「そして“メタル化”を装備した“真紅眼”を生贄に捧げて、デッキから“レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン”を特殊召喚‼︎」
レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン
ATK/2800
鉄の表皮を得た“真紅眼”の身体が徐々に機械そのものへと変貌していく。おそらくは“真紅眼”に関係するモンスターのなかでも、召喚しにくさで知られているであろうこのモンスターの召喚はある意味ロマンでもある。大体の確率で事故るけどな!
「“レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン”で、裏側守備の“スフィンクス”を攻撃!ダーク・メガ・フレア!」
“ブラックメタルドラゴン”は大きく首をしならせて火球を対象目掛けて吐きつける。“スフィンクス”は顔色ひとつ変えず、そのままあっという間に破壊された。
(やっばり流石と言うべきね…。“黒炎弾”による大ダメージを与えるだけじゃなく、さらに強力なモンスターを呼び出すなんて。いくら雪乃でも、ここまでされたら厳しい筈…)
「…やるわね。でも勝負はまだこれからよ」
「ああ、おたくがこの程度で終わるとは思ってないから安心しろ。もっとも“ブラックメタルドラゴン”を超える攻撃力を持つモンスターをこの状況で出すのは、ちょいとキツイんじゃないか?」
「舐めてくれるわね…。一時の有利に酔って、後でどうなっても知らないわよ。私のターン、ドロー…っ!」
今のこの状況で自身の緊張が少しだけ和らいだのを感じた。
もし雪乃のデッキが自分の知っている通りであれば、攻撃力二千八百を超えるモンスターは入っていなかった筈だ。“グリード・クエーサー”やブローバック・ドラゴン”の懸念もあったが、仮に“名推理”や“モンスターゲート”を使われたとしても引き当てられる確率はそう高くはない。その代わりとして“メタル・リフレクト・スライム”を出される可能性を引かなきゃいいんだがな。
ところで藤原が引いたカードを見て何か考え込んでいるが、どうかしたんたんだろうか?
「(……気にくわないけれど、貴方を倒すには適任のカードかもしれないわね…。)ふふ、さっきのお返しをさせてもらおうかしら。私は手札から“死者蘇生”を発動。“守護者スフィンクス”を復活させて、さらに罠カード“メタル・リフレクト・スライム”を発動するわ」
守護者スフィンクス
ATK/1700
メタル・リフレクト・スライム
DEF/3000
「そして“デビルズ・サンクチュアリ”を発動。“メタルデビル・トークン”1体を特殊召喚ね」
藤原の場にさっき倒したスフィンクスと某RPGのは○れメタルを想起させるスライム、さらに光沢を持つ奇妙な物体が出揃う。モンスターを揃えたということは生贄召喚を狙っていると見て間違いはないだろう。
だがここで俺のなかに疑問が生じる。確かに藤原のデッキには、三体を生贄にして召喚できる“モイスチャー星人”というモンスターがいる。だがあのモンスターは生贄三体で召喚してもこちらの魔法・罠を全て破壊する『擬似羽箒』効果が発動するだけで、攻撃力も“レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン”と相打ちになるのが精一杯。守備にするにもそれなら生贄は二体で事足りる筈だ。
それ以外の候補としては“ギルフォード・ザ・ライトニング”が挙げられる。このモンスターも三体の生贄による召喚が可能だが、こっちは魔法・罠ではなくモンスターを全滅させてくる。それならば“ブラックメタルドラゴン”を破壊できるので、可能性としてはこっちの方が高いかもしれない。
「“守護者スフィンクス”、“メタル・リフレクト・スライム”、“メタルデビル・トークン”の三体を生贄に捧げて、“神獣王バルバロス”を召喚するわ!」
「なに⁉︎」
神獣王バルバロス
ATK/3000
百獣の王であるライオンを想起させるたてがみと、獣の下半身と獣人の屈強な上半身に鋭い槍と盾を持った神々しさのあるモンスター……なんだが藤原と並んだら俗に言う『美女と野獣』にしか見えないんだが。
しかしこれは全くもって予想外だ。確か“バルバロス”はこの時代にはまだ存在していない筈の存在だからだ。【R】を経由した時間軸ならばその疑問はなくなる訳だが…。
「“神獣王バルバロス”のモンスター効果ーー三体の生贄によってこのカードが召喚された時、相手の場のカードを全て破壊するわ。さあ、やりなさい“バルバロス”…!」
“バルバロス”が右手に持つ槍を一振りーーフィールドに暴風が吹き荒れ、“レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン”を容赦なく襲い切り刻む…!その威力は凄まじく、観戦していた生徒のところにまで余波が及んでいるのは“神獣王”の格によるものなのか。
「さぁ、お仕置きの時間よ。その槍で貫いてあげなさい、“バルバロス”!」
「うぐ…ぉっ!」
疾風の如く駆ける“バルバロス”の突進突きの威力が予想以上のもので、思わず吹っ飛ばされ仰向けに倒される。な、なるほど…これが『デュエルで吹っ飛ぶ』ってやつか…。
賢司 LP 4000 → 1000
「った〜…。やるな藤原」
「やられたままは性に合わないもの。それよりも、今度はそっちが追い詰められているのよ?少しは慌てたりとかしたらどう?」
「まっさか。この程度のピンチなんてデュエルにおいていつものことだろ。一々慌てる意味なんかないってーーのっと」
勢いをつけて立ち上がりパンパンとズボンをはたく。やれやれ、貴重な体験をさせてもらってしまったな。
「…諦めが悪いわね。エースモンスターを倒された貴方に勝ち目はもうーー」
「何を勘違いしているんだ?」
「ーーえ?」
「俺は“ブラックメタルドラゴン”がこのデッキで最強だ、なんて一言も言ってないぞ?それに“真紅眼の黒竜”は『可能性』のドラゴン…。その進化の道筋はひとつだけじゃないんだよ」
「…いったい何を言っているの?場にモンスターがいないこの状況で私に勝てるとでも言うのかしら?」
「ああ、勝てる」
藤原の問いに正面から言い切ると、その眉間に皺が寄るのが見えた。
藤原はこの状況をひっくり返されないと踏んでいるみたいだが、それは絶対ではない。カード一枚で状況がいくらでも変わるーーそれがデュエルというものなのだ。それにまだこのデュエルの決着は分からない。デッキから最後の一枚を引くその時まで、その結末は一切定まらないのだから。
雪乃 LP 1600
手札:2
モンスター:1
魔法・罠:0
賢司 LP 1000
手札:4
モンスター:0
魔法・罠:0
「俺のターン、ドロー!」
引いたカードを見て、俺は勝利を確信した。この手札なら間違いなく藤原に勝つことができる…!
「手札から魔法カード“死者蘇生”を発動!墓地から、“真紅眼の黒竜”を特殊召喚!さらに“融合”を発動し、“真紅眼”と手札の“融合呪印生物ー闇ー”を融合!出でよ悪魔竜ーー“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”‼︎」
“真紅眼の黒竜”に“デーモンの召喚”の肉体が組み合わさった悪魔竜がフィールドに降り立つ。この世界では武藤遊戯と城之内克也の手によって生み出されたモンスターであり、“青眼の白龍”をも上回る超強力なモンスターだ。
ブラック・デーモンズ・ドラゴン
ATK/3200
「攻撃力…三千二百…?」
「まだ終わりじゃないぞ。さらに“龍の鏡”を発動。墓地から“真紅眼の黒竜”と“融合呪印生物”を除外して、“メテオ・ブラック・ドラゴン”を融合召喚!」
新たに召喚したのは、隕石のような甲殻に自らの高い体温によって身体の節々に赤い線を走らせる巨躯のドラゴン。その口からはブレスなのか単なる湯気なのか分からない白い息を吐いている。
メテオ・ブラック・ドラゴン
ATK/3500
攻撃力三千を超えるモンスター二体の召喚に藤原は少しの間何も言えなかった。ややあって、諦めがついたようにふっ、と笑った。
「まさか本当に逆転するなんてね。油断してなかったつもりだったけど……」
「まずは“ブラック・デーモンズ・ドラゴン”で“バルバロス”を攻撃!メテオ・フレア!」
雪乃 LP 1600 → 1400
「これてトドメ!“メテオ・ブラック・ドラゴン”でプレイヤーに
隕石のように巨大なブレスで焼き払わられたフィールドに、藤原を守るモンスターはいない。飛び上がった“メテオ・ブラック・ドラゴン”は灼熱の炎を纏うと、身体を隕石のように丸めて藤原目掛け急降下ーー着地と同時に爆炎を起こす。
雪乃 LP 1400 → 0
「ゆ、ゆきのんが…負けた…だと…!」
「そ…そんな…!」
「やべぇよやべぇよ…」
しんと静まりかえる体育館で、藤原のファンと思われる野郎どものザワつきが聞こえる。その他の生徒達は、さっきの二体に呆気にとられたのか言葉が出ない様子だ。それは天上院、三沢、翔、そして万丈目も例外ではなかった。ただひとりを除いてーー。
「やったな亀崎さん!ガッチャ!すごいデュエルだったぜ‼︎」
「ああ。十代の方も無事に勝てたみたいだな」
「トメさんがくれたカードと相棒のおかげさ」
十代がお決まりのサインを向けてくれたのでこちらも同じようにサインを送り返していると、藤原がいつの間にか目の前に来ていた。どうやらさっきの直接攻撃による衝撃で怪我をしたとかはなかったみたいだ。
「私の予想以上だったわ貴方。でも“青眼の白龍”を使ってくれなかったのは少し不満だけれど」
「今回は“真紅眼”な気分だっただけだ。ただどうしても、って言うなら今度は個人的に来てくれればいい。その時になら“青眼”を使ってやる」
「あら、それは魅力的なお誘いね」
「あーずるいぞお前!俺の方が前から“青眼”のデッキと戦いたいって言ってたんだから、デュエルするなら俺が先だぞ!」
そう言う十代が子供のように身体を揺らしながら抗議する姿に俺は苦笑し藤原はクスクスと笑う。なんとも年相応な仕草である。
「私は別に構わないわよ、ボウヤの後でも。だけどいいのかしら?もし私達のどちらかに負けてしまったら、その三枚は海馬瀬人に奪われてしまうんじゃないの?」
「えぇっ、マジか⁉︎」
「バレなきゃいいんだバレなきゃ……それよりも藤原。なんでお前がそこまで知ってるんだ?そのことは当事者しか知らない筈だ。筆記の前に話していたことも含めて、その理由を教えてほしいんだが」
海馬と交わした約束を藤原が知っている理由……それを問いただすと藤原はニコリと笑いーー
「私も貴方と同じってことよ。ふふ、似た者同士ってところね」
ーーまるで遊び相手を見つけた子供のように言った。
◇◆◇◆◇◆
月一テストの終了からしばらくして、夕日に照らされた廊下を歩く藤原雪乃はアカデミア内にあるクロノスの部屋へと向かっていた。既にほとんどの生徒は自分の所属する寮へと戻っている為、周りに人の気配はこれっぽっちもない。
目的の場所に着き一言告げて部屋へ入ると、クロノスは気まずそうな表情で客人を迎えた。
「そんな顔をしないでくださいクロノス先生。これを返しに来ただけですから」
そう言って雪乃が取り出したのは“神獣王バルバロス”。雪乃が亀崎と戦えるように仕組むことを頼んだ際に、クロノスから共犯として渡されたカードである。
「そ、ソレハ……!」
「先生がしたことについては他言するつもりはないので安心してください。もっとも、彼には既にバレているでしょうけど」
「な、何故そう言えるノーネ…?カードを買い占めた時、周りには誰もいなかった筈…!シニョール亀崎がどうやってワタシがカードを買い占めたことを知ったというノーネ…」
オロオロと慌てるクロノスの頭は、自分がしでかしたデュエルアカデミアの教師にあるまじき行為を他人がどう知り得たのかを考えることしかできなくなっていた。鮫島校長からは今のところお咎めなしとされているが、今後何がきっかけで教師生活を打ち切られるか。そうなってしまえばまだ残っている住宅ローンをどう払っていけというのか。
「バレたとしても自業自得でしょうに。そんなことをしでかした自分を恨んでください」
「グヌヌ、意外な伏兵がいたノーネ…!これからはワタシの存在がバレないよう動かなきゃいけまセーンネ…!とりあえずシニョール亀崎にはある程度友好的に……ブツブツ……」
「懲りない人ね……」
また良からぬことを企むクロノスに溜息を吐いた雪乃は、そのまま部屋を後にする。廊下は夕日によってすっかりオレンジ色に染まり、誰もいない廊下には雪乃の足音だけが聞こえていた。
◇◆◇◆◇◆
夜、ラー・イエローの亀崎の部屋。
既に時計の針は深夜の時間を指しており、部屋の主である亀崎は月の光を塞いでいるカーテンを見る形ーーつまり寝返りを打って部屋の中央に背を向けた状態で眠っている。
『ーーその話…本当なのですか?』
『うむ。我らと同じ精霊のようだが、すぐに姿を消してしまった。追うべきかとも考えたが、我はまだ力が回復しきれておらぬからな』
静寂に包まれた部屋にふたつの声が発せられる。どちらも女の声であると判断できるが、声の主は姿を見せずそのまま会話を続けていく。
『昼間にマスターの元に来たカードは元いた世界から流れてきたもので間違いはないそうですが、そちらの方は見過ごせませんね…。もしマスターに危害を加えるようなモノであったら…』
亀崎が購買で手に入れた三枚のカードは机に上に並べられており、それら三枚は元いた世界で手に入らず終いだったカードである。それについては亀崎が情報をチェックしていたので間違いではない。
それよりも問題となっているのはもうひとつの方ーー正体不明の精霊である。
『だが奴の力は相当弱く感じた。あの程度ならば我らーー主に汝が構えておけば何の問題もあるまい。主に伝える必要もなかろう』
『…分かりました。これまで通り、マスターは私がお守りします。何か分かりましたらすぐ私に教えてください』
『心得たーー』
その言葉を最後にふたつの存在が消え去った。部屋には再び静寂が訪れ、亀崎が反対の方向に寝返りを打っている。
それからは何も起こらず、朝まで静かな時間が流れていった。
今回で四つのうち三つのデッキの内容が明らかになりました。残りひとつに関してはまだしばらくの間出る予定はありません。
察しの良い人には既にバレてると思いますが。