「本当に? 本当に違う?」
「当たり前じゃ!」
愛しているがフェリと咲夜への愛と黒歌と白音への愛は同じようで全くの別物だ。それを理解してもらいたい。
「じゃあ、それを証明するためにフェリちゃんにはしないことをやって」
「し、しないこと?」
「ふふふ、そうよ。分かるでしょう?」
それは恋人にはするけど娘にはやらない事ということか。ならばそれはアレだろうか? うん、それだ。
それとはとても恥ずかしいことなのだが、それをすれば黒歌からの浮気疑惑(?)が晴れる。それに私たちは恋人で初めてするわけではない。同じようにすればいいのだ。それにいつも向こうからだし、こっちからやるいい機会だ。
「わ、分かった」
私はゆっくりと黒歌に近づく。
黒歌は胸の前に手と手を組んで、私を待っていた。
白音はそれを頬を赤く染めて興味津々に見ている。
白音から見られてはいるが、それはいつものこと。見られるのは恥ずかしいが、私たち三人は恋人だ。問題はない。
そういうことで黒歌が手の届くまでの距離に近づいた私は、足に力を入れてがばっと黒歌を押し倒した。
「へ? うひゃっ!」
黒歌が変な声を上げる。
私たちは畳の上で重なった。
「まだ……明るいが黒歌がそう言うから……」
今は昼の三時頃。日は傾いているが、まだ昼と呼ばれる時間帯だ。赤い空の夕方ではない。なので雰囲気とかいうものはない。
「えっ? ちょ、ちょっと?」
黒歌がなにやら抵抗をするみたいに私の肩を押すが、その前に黒歌の両の手首を片手で掴んで抵抗をさせなくした。
抵抗なんてさせないよ。今は私のターンだからね。
もう片方の手が自由なので黒歌の服、和服に手をかけてはだけさせた。本当はその成長途中の胸を完全にさらしたかったのだが、さらせたのは胸元のみだった。
「ま、待って!」
「無理、待てない」
待てるわけがない。こんな日の昇っている時間帯だが、私はもうその気なのだ。それを待てなどの言葉では止まるはずがない。
私はそれからはさらにはだけさせずにそれで満足する。完全にあらわにさせるよりもなんだか興奮するからだ。
そして、その手を服と肌の間に手を滑り込ませた。
「にゃうんっ!」
黒歌は顔を赤くして声を上げた。
最初に触れたのは黒歌の胸だ。
ふむ、やはり大きい。同年代でもあまりいないくらいだ。
私は巧く指を動かし黒歌に快感を与えた。
「んあっ……ん……んんっ……って、ちょっと待ってって言っているでしょうが!!」
と、いきなり黒歌の自由を奪った手から衝撃波が放たれた。私はそれを受けた。
これが普通の状態で相手が他人だったらこの不意打ちは受けずに逆に何倍にも返していただろう。だが、相手は恋人の黒歌で私は黒歌をそういうことをしていて夢中だった。
当然私はその不意打ちを受けて吹き飛ばされ、ちょっと離れた場所に尻餅を付いた。
どうやら威力は弱めてくれていたらしい。
う、うう、痛い……。
お尻から落ちたので痛かった。
私は体を起こし黒歌を見る。
黒歌は体を起こして服を整えていた。
「なんでやったのじゃ?」
「だ、だっていきなりあんなことを……」
「? お主がそうしろと言ったんじゃろう。何を言っておるんじゃ?」
私がしようとしたことは決して娘にはしないことだ。恋人にしかしないことだ。
私はそれに答えたはず。それなのにどうして抵抗されたのだろうか? 分からない。
「あ、あのね、御魂ちゃん。言っておくけど私が言っていたのはキスのことなの! そういうことじゃないの!」
「き、キス?」
「そう! キスのこと!」
ま、まさかキスのことだとは……。
「じゃ、じゃが、キスなんてフェリにも咲夜にもしたことがあるぞ」
「えっ!? ふぇ、フェリちゃんや咲夜ちゃんにも!?」
「? そうじゃが?」
何を言っているのだろうか? 私とフェリと咲夜は親子だ。黒歌が来てからはやっていないがキスなんて当たり前だ。毎日やっていた。
キスされたほうはそれでうれしそうにしていていたので、止める理由もない。
「こ、この浮気者!!」
その場等とともにバチンという音が響き、私の頬に痛みが走り、体が横に動いた。そして、両手を床に着く。
どうやら私は黒歌に頬を叩かれたらしい。
なぜ叩かれたのは分からずに呆然と黒歌を見る。
黒歌は涙を溜めて私を睨んでいた。
「バカ!!」
最後にそう言って黒歌はこの部屋を出て行った。その際に涙が落ちる。
な、なんで私は黒歌に叩かれたのだろうか? 何かしたっけ?
私には黒歌が私を叩き泣き出て行った理由が分からなかった。私はただ黒歌の質問に答えただけでそうされる覚えはない。
残された私と白音。
私は必然に白音のほうを向く。
白音は私を呆れた顔で見ていた。しかもその目はジト目だ。
どうやら白音も黒歌と同じ思いらしい。
「……御魂お姉ちゃん、最低です」
「ちょ、ちょっと待て! なんでじゃ!」
「分からないんですか?」
「分からない」
「本当に分からないんですか?」
「本当に分からない!」
私は大切な人が悲しむことを良しとはしない。それはたとえ冗談でもしない。私が好きなのは大切な人が幸せなところだ。大切な人が幸せならばできることはなんでもしよう。
だから私は聞くのだ。
このままでは黒歌だけでなく白音さえも私から離れていくだろう。それは嫌だ。必ずそれを聞いてそれを解決したい。そして、また、い、いちゃいちゃしたいし……。
「……本当みたいですね」
冷たい目は変わらず私を見る。
それがひどく私の心を傷つけた。
「お、教えてくれるか?」
「はい。本当は自分で分かってほしかったんですが、全く分かっていないようなので言います」
「よかった!」
白音は黒歌と同じ立場である。それは白音も黒歌と同じように私を罵倒して、この部屋を出て行くことができるということだ。それをせずに白音はいてくれている。
正直、それはとてもうれしかった。
もし白音も出て行ったならば私はその理由を分からずにただ呆然としどうなっていたか。想像は難くない。
「でも、その前に、じ、実は言わなければならないことが、あ、あるんです」
白音の表情は先ほどの表情とは変わり、真剣な顔をしていた。それとともになにやら怯えがある気もする。
その言葉からも表情からもこれから言う言葉が何やらとても大切なことだと分かる。しかもこのタイミングで言うのだ。相当なことだろう。
私は白音との距離をつめる。
「なんじゃ? 言ってみよ」
「お、怒りません?」
「その内容を言って貰わなければなんとも言えん」
「怒らない、とは言ってくれないんですね」
「当たり前じゃ。悪いことならば怒るしそうじゃなければ怒らん。いくら恋人だろうが娘だろうがそれは譲れん」
私は大人で母親である。大人と母親の務めは子を正しい道へ教育することだ。
断定できないことを約束はしない。
「そう、ですか」
「しかし、その内容は今言うべきことなのか?」
「そういうわけではないのですが、こ、このことは御魂お姉ちゃんしか話せないんです。他の人に聞かれたくはない話なんです。このタイミングですが、二人きりですし」
他の者に聞かれたくない話か。それはよほどのことらしい。
今すぐ原因を知りたいところだが、白音も大切なのでここは話を聞こう。
「では、言ってみよ」
「わ、分かりました」
白音は緊張したふうな顔で返事をした。
……なんだかこっちも緊張する。
「…………」
それから待つが白音からはしゃべらず、静かな時間が流れる。
私はそれをおとなしく待った。それだけ大切な話で緊張してしまうほどの話だと分かっているからだ。
だから白音のペースに任せるだけ。
そして、また時間が経ち、ようやく白音の口が開いた。
「わ、私は御魂お姉ちゃんのことが好きです!」
なぜかいきなりの告白だった。
「? それは分かっておるぞ。じゃから恋人になったんじゃないか」
「確認です。私が御魂お姉ちゃんのことが大好きだってことの」
「そうか……」
ちょっと照れる告白だ。やはり何度好きと言われてもそれはうれしく照れるものであった。
「とにかく私は御魂お姉ちゃんのことが好きです。それは本当なんです。で、でも隠していたことがあるんです」
なぜだろうか。
私はこの続きを聞いてはダメだと勘のようなものが囁いている。聞けば後悔すると。
だが、自分の耳を塞ぐことも白音の口を塞ぐこともできない。
そう思わせたはずの心が体の動きを妨害しているからだ。
聞きたくない。お願いだから言わないで。
心の中ではそう叫ぶが音には出ない。
「じ、実は私と咲夜は――」
言わないで。そこから先は言わないで。
その続きは私が聞きたくない話だ。
だがやはりどうしても音は出なかった。
白音の口は動き続けたままで止まらなかった。
「愛し合っているんです!」
聞き終えた瞬間、ショックで目の前が真っ白になり何も考えられなくなった。
今、白音は何と言った?
私はその言葉を完全に認識していた。私の頭脳はそういうことを理解することに長けている。お母さんが死んだときと同じだ。だから、私は聞こえなかったとかはない。
ちゃんと聞こえていた。白音と咲夜が愛し合う関係だと。
信じたくはない。だが、それをありえると思う証拠があるのだ。
それは二人の仲である。
二人はすでに姉妹とかそういうレベルでの仲がいい。ついこの間、我が家に来たとは思わずにずっと一緒にいたと思うほどに。それほどまでに。
しかし、その仲が姉妹とかの関係ではなく、私と同じ恋人という関係なら?
それならばあの仲の良くなった早さも理解できる。恋人ならば互いのことをよく知りたいと思いあそこまで仲がよくなる。それはきっと短時間で仲良くなるほどだろう。私たちもそうだったはずだ。
「え、えっとつまり、う、浮気です」
そうだ。私は白音の恋人だ。なのに白音は私だけでなく咲夜までにも手を出した。これは浮気だ。裏切りだ。
さて、私はそんな白音と咲夜をどうすればいいのだろうか。
二人とも私の大切な人だ。だが、どちらも私を裏切った。
白音は浮気。咲夜は白音に私がいると知りながらそういう関係になった。
それが二人の裏切り。
でも、それをなくす方法がある。どちらかを始末すればいいのだ。白音を始末すれば咲夜が戻ってきて、咲夜を始末すれば白音が戻ってくる。このように。
じゃあどちらを始末しようかな?
それを決めるのはやはりどちらがより大切なのかということになる。
そうすれば私の失う分はまあまあ少なくなる。
「御魂お姉ちゃん?」
ならばさっそく考えようか、どちらを始末するのかを。
まず咲夜。
咲夜は私が作った刀の中の最高作で、最後の一本だ。その作り方はまさに特殊で禁忌とかそういうレベルで作られている。なにせ私の血を混ぜたり、私の三つの力を込めて打ったりとした、それはもう特殊な刀なのだ。妖刀、魔剣、聖剣とか呼ばれる特殊な刀だ。そして咲夜という刀は特殊能力である『あらゆるものを切る程度の能力』を有している。
この能力はその名の通りで魔力などの力を込めることによって切れ味が増す。その力は空間や時間さえも切ってしまうもので、おそらくはもっとも最強で最凶な刀だろう。
咲夜はそんな刀だ。
だが、ただの物であった咲夜に感情が芽生えた。ただ使われるだけの刀から自分の意思で扱う者を決めるようになったのだ。結果、人型になれるようになり私の娘となる。それも血の繋がりのある娘だ。そして、フェリの妹となった。
「み、御魂お姉ちゃん? き、聞いているんですか?」
次に白音だ。
白音は私がなんとなくいい出会いがあるんじゃないかなという勘で旅をして、出会った猫又の少女の一人だ。そのときの白音は命に関わる傷を負っていたが、私が助けた。
それから少しの間、白音、黒歌、私の三人で過ごし、ますます二人を気に入った私は二人を家族として迎え入れた。
結果、五人で暮らすことになり、現在に至る。
その間には私と二人の関係が家族から恋人になったりと色々あった。それはうれしいことだった。
「えっ? そ、その手はなんですか? な、なんで手に魔力を? あ、あの……」
さて、二人の経緯を思い返してみたが、これで決まった。
始末するのはやはり白音のようだ。
白音とはまだ二ヶ月ほどの付き合いだが、月夜は違う。十年以上だ。それに白音は全くの他人だけど、咲夜は私の娘。それも血の繋がりのある。
ならば私は咲夜を選んで、白音を切り捨てる。
「ま、待ってください!」
「なぜじゃ? なぜ待たなければならないのじゃ? こっちはお主を始末したくて仕方がない。なのに待つとは」
「ち、違うんです!」
「何が? 咲夜との関係のことか?」
「そうです!」
「ふん、往生際が悪いのう。もうお主の口から言ったではないか。それを否定するとはのう。さっさと死ぬがよい」
「ま、待って! お願いです! こ、これには!」
私はいつの間にか手に纏っていた魔力を白音へと向ける。
白音はそれに怯え、目に涙を溜めていた。
「ふふふ、心配するな。恋人だったよしみで痛みを感じさせずに一瞬で殺してやる」
「お願い、御魂お姉ちゃん! 聞いて! ちゃんと話を聞いて! 違うんです!」
最後の最後までそう言う。
それは死を恐れてだろう。そのための最後の足掻きだ。それを無様とは思わない。私だって死は恐れる。特に大切な人の死は。
「聞いて!」
「っ! ぐっ」
突然白音が私に体当たりをしてきた。
本当ならば対処できたはずなのにそのまま体当たりを受けた。
なぜ対処できなかったのか。それは頭の中に白音とのこれまでの思い出が横切ったからだ。
それを思い出し躊躇ってしまったのだ。
やはりちょっとの間とはいえ大切な存在だったからだろう。
白音は私と一緒に倒れこんだ後、私の胸元に顔を埋めていた。
「……何のつもりじゃ? まさかとは思うが抱きついて咲夜のことは違うと言いたいのか?」
「そうです」
「すまんがそれは無理じゃな。お主自身の口からそういう関係と言ったではないか」
「それは……ごめんなさい」
「ん? 謝るとは何にじゃ? 私を裏切ってか?」
「違います。嘘を付いて、です。私が愛しているのは一人だけです。御魂お姉ちゃんだけです。本当にです」
白音はゆっくりと私の顔に近づけた。
「もしそれが本当だとしよう。ならばなぜそう言ったんじゃ? 冗談にしてもタチが悪いぞ」
「本当に……ごめんなさい。でも、これは御魂お姉ちゃんが言った、姉さまの気持ちを分かってもらうためです」
「?」
これのどこがそうなのだろうか?
全く分からない。
いや、待って。白音の言うことは嘘かもしれないのだ。
聞くだけにしよう。
「御魂お姉ちゃんは私が咲夜とそういう関係だと聞いてどう思いましたか?」
「…………嫌じゃった」
「ですよね。私も姉さまも同じです。嫌だったんです。だからそう言ったんです」
「ま、待て。どういうことじゃ?」
「……ここまで聞いても分からないんですか?」
「うぐっ、分からん」
あとわずかで唇と唇が届きそうな距離まで近づいていた。
白音の目は涙目から最初のジト目となっていた。
「そうですか……。言うと私たちは嫉妬していたんです」
「し、嫉妬? なぜじゃ?」
「そこも分からないんですか!?」
白音の冷たい表情から呆れた表情へと変わった。