同時刻、人間界の駒王町、住宅街。
そこに薬信御魂の屋敷がある。敷地面積はもちろんのこと広く、それは約百五十メートル四方であった。そんな巨大な屋敷が一軒家が立ち並ぶ住宅街にある。
正直に言って御魂の屋敷はこの住宅街には異質過ぎるし目立つ。近所の住人も知らない者はいないくらいに異質過ぎて目立っていた。
そんな目立つ屋敷に知ってのとおりの三人の親子。
金に輝く髪と真紅の瞳を持っている幼いと可愛いという言葉が似合う御魂。
銀に輝く髪を持ち美少女という言葉が似合う豊満な胸を持つスタイル抜群のフェリ。
漆黒の腰まで届く髪と天真爛漫という言葉がよく似合う咲夜。
そこに黒歌と白音が入っていないのはまだ御魂の家族になったばかりで、家族になったり恋人になったりで不安定な立ち位置だからだ。
それに御魂とはともかく咲夜たちと黒歌たちはまだぎこちない。まだ家族とは認識できていない。だがきっとあと数ヶ月でも経てば家族五人になるだろう。時間の問題である。
そんな五人が大きな屋敷に住むとなると住みにくいのではとなるのだが、それは問題ない。屋敷には常に約十人ほどの式紙が働いている。
式紙の仕事は主に掃除、洗濯等の家事である。食事は式紙ではなくフェリ、もしくは御魂が担当している。
なので住みにくいということはない。
むしろ家事に時間が奪われるわけでもないので、住みやすく好きなことができる時間がある。
そんな五人が住む屋敷の門の前に一人の少女の姿があった。黒髪の少女である。封印状態の御魂ほどの背丈だ。少女は御魂の屋敷の前にただ立っていた。
「やっと見つけた」
少女はただにやりと不気味に笑いそう呟いた。
彼女は何かを探していて見つけたようだ。それは何なのか。そして彼女は一体何者なのだ。
一見ただの少女に見える少女はあきらかに異質な雰囲気を醸し出していた。これは普通の少女には出せないものだ。つまり彼女は普通の少女ではない。そもそも人間ではない。彼女はそんな存在なのだ。
「我の力と御魂の力。これで我の静寂を……」
言葉からして御魂を探していたらしい。それで見つけたと言ったのだ。
御魂を探している不思議な存在の彼女の瞳は特別に濁っているわけではなかった。ただ純粋な思いしかなかった。何か目的があるのだろうが、それはただ純粋な心を保っていた。だが、彼女の純粋はある意味狂っていて狂気となっていた。ある意味精神が壊れてしまっていて、ある意味精神は正常。そんな状態になっている。
「やっと会える。ずっとずっと探してきた……」
少女は純粋という名の狂気を持った瞳でそう呟く。
その呟きはまるで愛しい人にやっと会える恋人かのようなものにも聞こえた。それだけの心がこもっていたとも言える。
少女が門に手をかける。
門のすぐそばにインターホンがあるので普通はまずそれを押すのだが、少女は気づかなかったのかそれを押すことはなかった。
少女の手にゆっくりと力が込められて左右の門のうち片方の門が開かれた。開かれた片門から少女は屋敷の敷地に入っていく。
まず目に入るのは左右に並ぶ桜の木々と家の玄関へと続く石畳。桜の木々からは春になっときの左右からの花吹雪が容易に想像できる。
少女がその石畳を一歩踏み出す。
が、その前に少女を呼び止める声が届いた。
少女は大人しくそれに従う。
振り向くとそこには竹箒を持った式紙が立っていた。
「なに?」
「ここは私有地です。勝手に入ってはいけません」
「そう、だった」
どうやら御魂に会えると思って素で忘れていたようだ。インターホンを押さなかったのも関係しているだろう。
「それでお嬢様はこの屋敷に何か御用でしょうか?」
式紙は『少女』のことを『お嬢様』と呼んだ。
式紙は別にそういうふうに御魂に設定されたわけではないのだが、こういうことには丁寧な対応をすることができるのだ。
まあ、『お嬢様』と呼ぶことが正しい対応というわけではないが。
「御魂に会いにきた」
「ご主人様に?」
「そう。御魂に会わせて」
少女は御魂のことを『ご主人様』と呼ぶことに疑問は持たずに自分の欲求を言った。
そんなことを気にするよりも御魂に会うことが優先でどうでもよかったらしい。
式紙はその要望に周りにいる式紙に少女の来訪とその目的をテレパシー的な式紙が持つ能力で伝えた。自分のご主人に会いに来たということで警戒度を上げたのだ。
式紙の仕事は家事等であるが、その根本的な行動心理には『ご主人様のため』という言葉が付く。なので時と場合によって式紙の仕事は戦闘となることがある。そして、現在式紙は戦闘態勢となっていた。
式紙の戦闘能力はAランクのはぐれ悪魔をなんとか倒せるレベルである。つまり大抵の相手なら倒すことができるということだ。
そんな式紙十体が一人の少女に警戒した。
「すみませんが、それは無理、と言わせて貰います」
「……なぜ?」
会いたい人に会えないと聞いた少女は鋭い目で式紙を睨み、殺気を向けてしまった。
しかもそれ殺気のレベルはただの人間では出せるものではなく、それなりの実力者にしか出せないものだ。
そんな殺気を向けられて式紙は少女を主人に危害を加える敵と判断し、霊力を集中させて、手のひらを少女に向けた後は霊力弾を放った。
弾に込められた霊力は人間なら半身を吹き飛ばすレベルのものだ。それを少女に向けていて、それが放たれたのだ。
式紙は警告もなしに攻撃した。
それは敵対行動した者にはご主人様の命を守るために遠慮なく先制攻撃して、対象を始末せよとなっているからだ。
ちなみにこれも御魂が設定したわけではない。式紙の忠誠心がそうさせたのだ。
式紙は一度戦闘行動を取ると御魂の命令があるか、対象がいなくなるまで戦闘は止まらない。
霊力弾は一直線に少女へと向かう。
少女は高速で迫る弾を難なく掴み取り握りつぶした。
「?」
少女は攻撃された理由が分からずに首を傾げる。
殺気を出したのは無意識だったので分からなかった。
なぜかと理由を考えている間にも目の前の式紙は霊力弾を放ち続ける。少女はそれは次々に掴み取り握りつぶす。
そこへ他の式紙が応援に来た。式紙たちは少女を囲むように展開した。
そして式紙全員が霊力弾を放つ。
だがそれを全て少女は右手を回転しながら薙いだだけで弾き飛ばした。
「緊急事態。敵の脅威レベルをC級からS級へと引き上げます」
式紙たちは少女への警戒を上げた。
制限していた式紙の体の霊力が解除され全ての霊力を全力で使えるようになった。しかし、式紙の体内にある霊力を全て使えるようになったということは、全てを使い切ったときその式紙が消えるということを示している。
なぜなら式紙の原動力は霊力だからだ。それを全て使うということは原動力がなくなるからだ。
「敵の殲滅は不可能だと判断。対処方法を変更。対象を封印します」
少女を殺すことができないと先ほどの状況から判断し、少女を封印することで無力化することをしたのだ。
式紙はちょうど円を描いて展開しているので封印の陣を作ることに適していた。
式紙は両手を前に突き出して封印の準備を始める。霊力が少女を中心とした陣を描いた。
「?」
一方の少女は式紙たちが何をするのか理解できずにただ突っ立ているだけだった。
その間にも封印は順調に進んでいく。
「何してる?」
「「「「…………」」」」
式紙は何も答えない。そもそも言うわけがない。
そして、封印は完成した。それと同時に陣は一層に輝いた。
「封印術式、完成。対象を封印します」
「封印? 誰を?」
「決まっているでしょう。あなたです」
言い切った瞬間、術式は発動した。
陣から霊力でできた無数の鎖が飛び出て少女を拘束した。
「む。なかなかできる。結構丈夫?」
少女は拘束されたにも関わらず余裕があるように見える。いや、実際に余裕があるのだ。
「余裕のようですが、それもそこまでです」
今やっているのは封印で体の動きを制限するだけではない。これはまだ封印への一段階でしかない。
この封印術はまず相手を拘束し抵抗できなくなったところで封印するという形になっているのだ。つまり少女を拘束した今、術式は次の段階へと進む。
次は少女の体を下から石が湧き出て少女を石化していった。
この石化こそが封印だ。対象を石にすることで封印するのがこの封印術だ。
「我、石になってる?」
「ええ、そうです。あなたを封印するので」
「これ作ったの、御魂?」
「ええ、ご主人様がお作りになりました」
御魂は陰陽術の使い手である。それも流派はなく、すべての術は御魂一人で考え作り出したものだ。その術の中でもっとも御魂が得意とするのは結界と封印と式紙である。その得意とする中での一番は封印である。
御魂は自分の力を抑えるために力を封印する必要があった。そのために封印だけがほかよりも多く研究したのだ。
「さすが。少ない気? それでここまでの封印。ますます御魂に会いたくなった」
「そうですか。でも、残念です。あなたはここで封印されてご主人様に会うことはないでしょう」
「問題ない」
「強がりはよしてくだ――」
式紙が無表情で淡々と言う途中で少女は
少女の周りに砕けた霊力(又は気)の鎖が宙に舞う。
「「「「!!」」」」
無表情である式紙も自分のご主人が作った結界を壊されて、わずかにある意思が式紙たちの顔をわずかに驚愕させた。
まさか結界が壊れるとは思わなかったようだ。
「我以外だったら封印されてた。でも、我、違う。封印されない」
「ならば――」
「させない。もう、めんどい」
完全に四肢が自由になった少女は回転しながら右手を薙いだ。その右手は魔力で覆われていた。
その右手を薙いだ瞬間、魔力は波紋状に広がる。
魔力の波紋が式紙に当たった瞬間、式紙たちはそのまま棒立ちになった。
その目には生気がなく、死んだ人間と同じ目になっていた。
だが、少女は式紙を殺したわけではない。ただ無力化しただけだ。
「みんな、人形? 生きていない。これも御魂の作? やっぱり会いたい」
式紙が生き物ではなく作られたもので、式紙を作ったのは御魂と分かりまたにやりと笑った。
少女の中で御魂への欲求がさらに上昇した。
確実に会いたい。そして、自分の願いのために。
それが大きく上昇した。
少女は御魂に会うために円を描くように展開している今はもう何も言わない式紙たちの間を通り、屋敷へと向かった。
その足取りは軽く自然と笑みが浮かんでいる。なぜならば御魂が自分の期待以上で自分の願いを叶えてくれる十分な存在だと理解したからだ。
少女は屋敷の入り口の前に来た。
この戸を開け、中に入れば御魂に会える!
それだけで今までで感じたことのない、緊張とは違う不思議な感覚がした。思わず手が震える。
「……らしくない」
その手を見てぽつりとつぶやいた。
手が震えるなど人生の中で覚えていない。それほど自分がどんな理由であれ、震えることなどなかった。その自分が震えている。
なんだろう。
少女はこの不思議な感覚について考える。
まず知識にある緊張というやつなのか。いや、違う。会うからといって緊張するような自分ではない。御魂以外にもこういうのはあった。だが全く震えなかった。つまり緊張ではないということだ。
少女は戸の前でしばらく考えた。
結局分からなかった。
なのであきらめた。
今はそんなことよりもやることがある。御魂に会うことだ。会えば震えの理由も分かるかもしれない。ならばよく分からないことを考えるよりも会うほうがいい。
そう考えて戸を開けた。
「ここが御魂の家。……すんすん、御魂の匂い、する」
少女は匂いを嗅いで御魂の匂いを見事に当てた。
木の香りや他四人の匂いが入り混じる中で御魂の匂いを当てたのだ。少女の嗅覚はどうやら優れているようだ。少なくとも入り混じった匂いから区別する程度には。
御魂の匂いを確認した少女はそのまま入っていく。
「御魂、どこ?」
先ほどの騒ぎがあったにも関わらず出てこない御魂を探す。
普通、騒ぎがあれば何事かと出てくるはずだ。だが、その様子はなかった。
少女はそれを不思議に思いながら屋敷を歩き回った。その道中にはおそらくは先ほどの式紙たちの一体が持っていたのであろう掃除機などが乱暴に置かれていたりしていた。
少女は踏まないように脇を通る。そして道中にある襖を開けて部屋を見る。それが何度も繰り返された。御魂を探して探して。そうして全ての部屋を見たのだが御魂はおろかほかの住人もいなかった。一応少女は何周か回ってのでそれは確かであった。
そして始まりである玄関の前へ戻った。
「……いなかった」
わざとらしく両膝と両手を地面についてがっくりとした。
「しばらく会えない。全部、御魂のせい。せっかく来たのに……」
少女は立ち上がり土を払い、式紙の記憶を一部消し、動けるようにした後、御魂の屋敷を後にした。
その顔は残念そうな顔であった。
それを見ればどれだけ御魂に会うことを楽しみだったのか分かる。
少女はいつ会えるか分からない御魂への気持ちを抑えながらこの地を去った。