ハイスクールD×F×C   作:謎の旅人

6 / 64
第4話 私の最後のとき

 この土地に来て結構な時間が経った。

 お兄ちゃんはよく怪我をしていたが、その度に翌朝にはその傷がなくなるという奇妙な現象が起こっていた。その原因は分からないが、お兄ちゃんが怪我で死ぬことがないと分かって原因の追究はとっくの昔にあきらめていた。

 襲われて怪我をされても死なないということはいいことなのだが、ある問題が発生した。

 それはお兄ちゃんたち二匹がほとんど体が動かなくなってきたということだ。この原因は別に病気ではない。老化だ。そのため体が動かなくなってきたのだ。

 そして、同じ日に生まれた私だが、未だにぴんぴんとしていた。しかも体の大きさだってずっと変わっていなくて、幼いまま。

 なのにお姉ちゃんたちは歳を取っている。

 前にお姉ちゃんに老けたねと言ったら怒られた。そのときのお姉ちゃんは本当に怖かった。まさかあそこまで怒るとは思わなかったよ。

 とにかく私以外は動けなくなった。なので最近は私がお兄ちゃんたちのご飯を調達することとなっている。

 三人分という量を調達するのは本来は難しいものであったが、体は小さいくせに三匹の中では一番身体能力が高く、体力がある私には何の問題もなかった。毎日十分な量を調達することができた。

 お兄ちゃんたちは私が調達してきた食料を食べては何度も私に礼を言ってくる。

 普通礼を言われたらうれしいとかそういう感情が湧き上がるのだろうが、私はそれが悲しかった。なぜなら本当は三匹で森を駆けたかったからだ。また昔のように。

 でも、二匹はそれができない体となってしまい、おそらくそれは二度と叶わないだろう。だから悲しい。

 そして思う。なんで私は成長していないのだろうかと。

 私も本当ならお姉ちゃんたちと同じように老いて同じようになりたかったのだ。でもそうはならずに若いままでいる。ずっと成長しないで子狐のままである。

 それに心当たりはなくはない。それは私が転生者ということだ。

 つまりこれ以上成長しないのは転生による副作用なのではないのかという話である。ありえない話ではないだろう。神様を見る限り万能ではないみたいだし。

 けどこうなってしまった今、この副作用について何か言うつもりはない。

 おかげでお兄ちゃんたちに十分に食料を持ってくることができたから。

 それでそんな生活がずっと続いたある日のことだった。

 すっかりとこの森にも慣れて目を瞑ってでも走れるようになっていた。

 だが、ゆえにいつの間にか警戒心という心を忘れていたのだ。そして、そんな警戒心が薄れていたときにソレはやってきたのだった。

 ソレは黒い塊であった。

 ソレは狐よりもでかかった。

 ソレは毛で覆われていた。

 ソレは血のニオイを纏っていた。

 ソレは私たちのように大きく裂けた口を持っていた。

 ソレは私たちよりも違う目的を持つ鋭い牙を持っていた

 ソレは鋭く、何かを引き裂くにはちょうどいい爪を持っていた。

 ソレはギラギラとした鋭い瞳を持っていた。

 ソレはこの土地の強者であった。

 私は最悪な相手と出会ってしまったのだ。

 な、なんでアイツがここに!? ここはアイツの縄張りじゃないのに!

 いくら警戒心が失おうともこの地に慣れようとも、私は決してアイツの縄張りには近づかなかった。いくら能力があろうともわざわざ死にに行こうとは思わなかったからだ。

 なのになぜアイツがここにいるのだろうか。そしてなぜアイツと遭遇したのか。

 おかしい。

 私には運と幸を呼び込む能力があったはず。今回の場合は運だ。なのにこうなった。

 まさか能力が発動していない? いや、そんなはずは……。

 そうは思うが未だに能力のことを理解していない私。そもそもずっと発動しているのかなんてことも全く分かっていないのだ。確かめようもない。

 私が慌てている間に目の前のアイツは私の姿をゆっくりと嘗め回すように見たあと、私のなにに満足したのか、どうも私を獲物と認識したらしく、自分の舌で口周りをなめた。

 それの意味するところはやはり私がアイツのご飯だということだ。

 私の小さなこの体のどこにアイツが満足するところがあったのだろうか。ほかにもっと肉が付いた美味しそうなヤツだっているだろうに! よりによって私!

 私は戦おうとはせずに逃げることだけに集中する。

 対するアイツは私を舐めているのかゆっくりと尻尾を大きく左右に振って私を見ていた。

 あきらかに舐めている!

 だがアイツにはそれだけの余裕があるのだ。アイツは自分の能力に自身がある。

 そうなると自分がアイツから逃げられるのか不安になった。

 私もアイツも狩りのプロである。が、こっちは小さな獲物を狩るプロに対して向こうは私くらいの大きさの獲物も狩るプロである。

 どう考えても私は不利だ。

 だが、だからといってあきらめたわけではない。私は足には自身があるし、もちろん体力にも。あとはアイツの隙を窺うだけだ。

 私は横に一歩移動してみる。すると同じように一歩動いた。後ろに一歩下がるとアイツはやっぱり前に一歩進んで距離を変わらせてくれない。

 や、やばい! す、隙がない!

 どう見ても隙があるような風だが、私には分かる。私がどう動いてもアイツから殺されるビジョンしか見えなかった。

 なにか! アイツの気が逸れる何かがあれば! それさえあれば確実に逃げることができる。

 私たちは睨み合いながら結構な時間が経った。

 向こうから動けば私は確実に殺せるというのにずっとこのままだ。

 やはりアイツは私で遊んでいるのだ。楽しんでいるのだ。

 人間じゃないくせに殺しを楽しむなんて!

 しかし、その油断が逆に私が逃げるためのチャンスを増やしてくれる。

 だが、そのチャンスも来るか分からない。

 だってアイツの気が逸れるなんて奇跡レベルのことだからだ。私はその奇跡を待つしかできないのだ。

 う、うう、私の命もここまでなの?

 次第に時間が過ぎていってついに私の心の耐久度が小さくなり、そう思った。

 もう嫌だよ。殺すなら殺して……。

 そして、精神的に疲れて、この状況を脱せられるなら死んでもいいと思っていた。

 幸せに殺されずに寿命で死にたいと願っていた私が殺されたいと思うほど、それだけ私の精神は削られたのだ。一種の絶望である。

 と、そう絶望していたとき、私に生きるための奇跡が舞い降りてきたのだ。

 その奇跡とは近くにあった茂みがガサガサと揺れ、アイツの気が私から逸れたということだ。おそらくは獣がそこを通ったからだろう。

 私は一瞬で絶望から立ち直り、この場から逃げ出した。

 気が逸れたアイツはもちろんのこと私を追いかけるのに出遅れた。

 私は木々や草木の間を勢いよく走り続ける。

 アイツから逃れるためにあえてジグザグに走った。

 私はそれに夢中で後ろを気にせずに走った。気にしたら絶対に追いつかれる。そう思ってただ走ることに集中した。

 おそらくこれで逃げ切れる。つまり私の勝ちということ。

 アイツだってわざわざこっちの体力がなくなるまで追いかけることはないだろう。

 ふふふ、あとでお姉ちゃんに慰めてもらおう。だってこんなに怖い思いをしたのだ。甘えてもいいだろう。

 走りながらそんなことを考える。

 多分完全に逃げ切れてお兄ちゃんたちのもとへ着いたら、私は足腰に力が入らなくなっているだろう。それほどアイツには恐怖というものを叩き込まれたのだ。

 私はそんな情けない姿をさらして、お姉ちゃんたちに慰められる光景を思い浮かべていた。

 あともうちょっとがんばれば!

 でも、私は姉たちのもとへと行くことはできなかった。

 なぜなら私はアイツに追いつかれたからだ。その原因は私にある。

 私が木々の間を走り抜けていると、飛び出た木の根っこに足を引っ掛けたのだ。もちろんのこと私はこけた。顔から地面へと。

 !? な、なんで!? なんでこんなときにこけたの!? は、早く起きて走らないと!!

 そう思って起き上がろうとしたとき、何かが背中に押し付けられて起き上がることを阻止した。

 ふぐっ! な、何!?

 首を回して背中の上に乗る何かを見た。

 そこにあったのは、いや、いたのはアイツだった。

 アイツが私の背を踏みつけていたのだ。

 アイツは私を踏みつけながら笑っていた。私が逃げたとはいえそれさえもアイツの遊びの範疇だったのだろう。

 く、屈辱だ! いくら狐になってとはいえ、私は女だ、雌だ! 知らない男にこんな風に乱暴(性的な意味ではない)されたくはない!

 私は遊ばれながら殺されたくないので、思いっきり抵抗した。体を回転させようとしたり、四肢をばたつかせたり。

 しかし、それでも無理だった。アイツの籠める力が大きかったからだ。いくら私がちょっと身体能力が高かろうがやはり体が大きい相手には敵わなかった。

 アイツはさらに力を籠める。その度に骨がミシミシと音を立て、呼吸さえも困難なものとなった。

 そして私の体を踏みつけている足のもう一方の足で私の前足を思いっきり踏んできた。それとともにボキリッという嫌な音が聞こえた。私の骨が折れた音だ。それとともに激しい痛みに襲われ、悲鳴にも似た大きな声を上げた。

 っ!! わ、私の骨を……折った! 折りやがった!! 痛い!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 足の骨が一本折れた。それの意味するところは歩くこと、もしくは走ることが困難になったということだ。つまり逃げることはできないということで、私はアイツの玩具(おもちゃ)になったということだ。

 それを理解しているのかアイツは私を踏んでいる両足を全てどかして、私を自由にした。しかし、逃げることはできない。

 それが分かっているアイツはわざとちょっと離れた場所に移動したのだ。

 もちろん私は逃げることができないと分かっていても、無様に地を這いアイツから逃げようと行動する。

 が、ある程度アイツから逃げるとアイツが歩きながら寄ってきて、私の腹を蹴って元の位置へと戻した。

 それが何度か繰り返された。だけど、それも終わった。どうやらアイツはこの繰り返しに飽きたようだ。

 次にアイツが行ったのは純粋なものである。ただの暴力だ。

 私は前足と腹にダメージを負ったまま頭やらを蹴られた。しかも本気で。

 私の全身の感覚はすでに痛みのみとなり、足を動かしたのかも分からない状態だった。それが長い時間続いた。私の全身はすでにボロボロで最初に折られた骨以外にもいくつもの骨が折れたりひびが入ったりしていた。

 感覚があってもこれでは動かせない。

 あは、ははは、どうやら私ももう終わりみたいだ……。もうここで終わりなんだ……。

 最後だと悟り狂ったように笑みが浮かんだ。

 アイツは私で遊ぶことに飽きたようで暴力をやめて、私のお腹に口を近づけてきた。

 おそらくは私を生きたまま食べる気なのだろう。

 アイツは軽く噛んできた。もちろんのこと食べることが目的なので、噛む力は強く肌に傷が付き、さらなる痛みが私を襲う。

 私はあまりの痛みに泣き叫ぶが、それはアイツにとっては食べることを楽しませるスパイスにしかならなかった。

 アイツは私に付けた傷から血を啜り、小さな肉片を口に入れて味見をする。私の肉を気に入ったらしいアイツは、尻尾を左右に激しく振った。

 自分の肉は美味しかったということは喜んでいいのだろうか?

 ちょっとでも痛い思いをせずに死にたかったため、そんなことを思った。

 私の肉が気に入ったアイツは本格的に私を食べるために鋭い爪を持った前足を振り上げ、放物線を描きながら振り下ろした。

 その鋭い爪は見事に私の腹を切り裂いた。

 ブシャー! という音とともに噴水のごとく鮮血が噴き出し、アイツの体を濡らしていった。

 私は裂かれた直後は痛みを感じることはなかったが、血が噴き出ている光景を見ていたら痛みを感じた。あまりの痛さに私は森に響き渡るような声を出した。

 大量の鮮血は血を紅く染め上げ、血の水溜りを作る。

 アイツは水遊びでもするかのように血溜りで跳ねた。

 アイツの体がそれでさらに血で塗れた頃、アイツは私を狩りの獲物でもなく、玩具でもなく、ただの餌として見てきた。どうやら先ほどの水遊びは食事前の軽い運動のようだ。

 アイツは未だに泣き叫ぶ私の声をスパイスにしながら裂けた腹に口を突っ込み、本格的に私を食べ始めた。

 私の腹からは内臓が引き千切る音や咀嚼音が聞こえた。

 ちょっとお腹のほうを見れば私の腸が引っ張られているところだった。アイツの顔は美味しいものを食べるときの顔だった。

 そのときにはすでに食べられる痛みなどはなかった。痛すぎて脳が制限をかけたのだろう。おかげでひどい痛みを味わいながら死んでいくということにはならないようだ。それだけが救いだ。

 私は傷口からしてもう助からないと悟り、野生の世界では弱肉強食だから仕方ないと自分を納得させて、死ぬ準備を進める。私は頭の中では走馬灯なのか、生まれてから今までの家族の思い出が駆け巡った。そして最後に私の帰りを待つ二匹の姿を見た。

 私は二匹にごめんなさいと呟いた。

 それは勝手に二人の知らないところで一人で死んでごめんなさいという意味を籠めていた。

 最後に薄れゆく意識の中、あの世にいるであろうお母さんに向けて言葉を発した。

 一番下のあなたの娘が……今、そちらへ向かいます……。こんなバカな娘で……ごめんなさい……。

 終わり行く私の世界。

 心残りはまだある。最後にやりたいことだってあった。でも、それでも私のこの人生、いや獣生は十分幸せなものであった。記憶はないがおそらくは前世よりも幸せだったと思う。なぜならば私は家族からの愛をもらっていたからだ。

 前世ではもらえなかった家族からの愛。

 それがもらえたのにどうして幸せではないと言えるだろうか、いや、言えない。

 自己満足だがもう十分なのだ、これで。

 そう思って最後を迎えようとしたとき、私を食べていたアイツの体が吹っ飛ばされたのだ。

 な、なに……?

 最後を迎えかけた私は再び戻ってきた。そこで見たのは私と同じ金色の毛を持つ二匹の老いた狐の姿だった。もちろんその二匹は私の家族である。

 おそらくはいつまで経っても帰ってこない私を心配した結果、無理をしてここまで来たのだろう。

 それはうれしいことだった。なにせ最後に二匹の姿が見ることができたからだ。だが同時に来ちゃダメ! と反射的に思った。口に出したかったが、それはすでに叶わない。そこまでの力がなかったのだ。

 老いた二匹とアイツでは数の上では勝っても、負ける。だから来ちゃダメと思ったのだ。

 二匹はアイツと向かい合い睨み合う。アイツはその睨みに対して餌がやってきた程度しか思っていないようで、笑っていた。

 それを最後にして私の意識はついに消え去った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。