そしてそのままの姿勢で時間が経つ。私と黒歌は見詰め合ったままだ。私はただ話を待つだけなので何ともないが、黒歌のほうはもじもじと何かを言おうとしたりしなかったりの繰り返しで顔は赤いままだ。
なんだか気まずい。だけど私は黒歌を急かさない。時間がかかってもいいから、話を聞きたかった。
「あ、あのね! わ、私! そ、その…………あうぅ……」
やっぱり黒歌は言えなかった。
「のう、私はそんなに急いでおらん。今日無理して言わなくていいんじゃぞ?」
無理なんてしなくていい。私たちは同じ屋根で暮らす家族だ。話をするチャンスはいくらでもある。
「そ、それはダメ! 白音とはもう今日決めるって言ったんだから」
黒歌はチラッと私たちを見ている白音を見た。私も釣られて白音を見た。
「わ、私は別に今日じゃなくても……」
あれ? 白音は黒歌の言っていることとは違って、いつでもいいみたいじゃない。私はゆっくりと黒歌を見る。黒歌は間の抜けた顔をしていつまでも白音を見ていた。
「し、白音? な、何を言っているの? 今日じゃなかったの?」
「だって、姉さまのその姿を見ているとこっちまで不安になって……」
「えっ? それって私のせいって言っているの?」
「…………………………………………………」
「ねえ、ほら言ってごらん? 怒らないから」
「…………………………………………………………………………姉さまのせいです」
小さな声だったがその声は私たちの耳にきちんと届いていた。
「なっ! それってどういうことよ!! 私だってね、緊張しているのよ!! 初めてなのよ!! 時間がかかって当たり前じゃない!!」
「そうだとしても時間がかかりすぎです。どれだけ待てばいいんですか。あと、怒らないって言ったのに」
白音のいうことはもっともだ。いつまでも押し倒されている私もこのままの体勢はちょっとつらい。さっきは待つって言ったけどちょっと急いでほしいかな。あと、黒歌。首だけを白音のほうへ向けたままってつらくないの?
私を押し倒したままは止めて体ごと白音のほうへ向けたほうがつらくないと思う。そっちのほうが黒歌にも私にもいいことだよ。
「白音、ちょっと調子に乗ってない?」
「乗っていません」
「反抗期?」
「違います。それよりも早く言ってください。姉さまがそうだから今日じゃなくていいって思ってしまうんです」
「やっぱりちょっと調子に乗っているわよね?」
「いいえ、乗っていません。そんなことよりも早く言ってください。妹である私は姉さまの影響を受けて成長するんです。姉さまがそれだと私も同じになります」
い、痛い。黒歌の私の肩を掴む力が強くなっていた。強く掴まれた私の肩が悲鳴を上げる。か、肩折れないよね? いくら再生できるからといっても痛みはあるんだからね。なので早く手の力を緩めてほしい。
「むかっ。ねえ、白音? お姉ちゃんにそんな口をきいていいの?」
「私にそんなへたれの姉さまなんていません」
「な!? へ、へたれ? わ、私のこと?」
「当たり前です。それ以外に誰がいるんですか、へたれ姉さま」
「も、もう怒ったんだから!! そんなにへたれなんて言うなら私がへたれじゃないってことを見せてあげる!!」
うう~い、痛いよ~。すでに私の肩の骨はひびが入っており、次に待っているのは折れることだろう。その次は砕けるという未来だ。
「いい、白音! 見てなさい! 私がへたれじゃないってところを見せてあげるからね!!」
「それは楽しみですね。私の番もあるんですから早くしてくださいね」
「余裕ね、白音。色々と経験のある私がこれだけ緊張してうまく言えないのよ? そのことを忘れていないかしら?」
黒歌~、そろそろ手をどいてよ~。痛くて泣きそうなんだけど。
「私は問題ないです。さっきは姉さまを見て成長するなんていいましたけど、今はどれを見ていいのか判断できますから。なので実は姉さまのなさけない姿を見てもただ姉さまへの好感度が下がるだけです」
「ただ!? 私への好感度が下がることがただで済んじゃうの!?」
「嫌ならへたれじゃないところを見せてください」
「わ、分かっているわよ!」
黒歌はやっと白音から私のほうを見た。私はすでに痛くて涙を流していた。
「み、御魂ちゃん!? ど、どうしたの!?」
「黒歌のせいじゃ!! いつまでそんな力で私の肩を掴んでいるんじゃ!!」
「へ? うにゃあああああ!! ご、ごめんね!!」
自分が力強く掴んでいたことに気づいた黒歌はすぐに私の肩から手を退けた。しかし、退いたのは手だけで未だに私は黒歌に跨られたままだった。退くなら手だけじゃなく体ごと退いてほしかった。
手が肩から離れたのですぐに再生させる。折れた肩の骨はすぐに治り、痛みも一瞬にしてなくなった。自由になった手で涙を拭う。
「本当にごめんね。痛かったでしょ?」
「当たり前じゃ! 痛かったんじゃぞ!」
だけど肩が砕ける前に気づいてもらってよかった。砕けていたら絶対に声を出して泣いていただろう。
「姉さまがすみません。あとで叱っておきますから」
「なんで!? 妹に叱られたら私の立つ瀬がないんだけど!」
「はあ……姉さま。悪いことをしたら叱られるのは当然です。そんなことも分からなくなってしまったんですか?」
「分かるもん!!」
「なら叱られて当然ですよね?」
「う、うう…………はい」
なんだか二人の関係が分からなくなってきた。どっちが姉でどっちが妹なの? 見ていた私からすると白音が姉みたい。だけど一向に話が進まないな。そろそろ話してもらいたい。
「それで話はなんじゃ? 布団のおかげで背中は痛くはないが、この体勢はきつい」
「あ、うん。そうだね。い、言うね」
「早くしてくれ」
「わ、分かっているわ」
そして、再びあの長い話そうとするが話さないの繰り返しが行われる。さっきは白音にへたれじゃないというところを見せるって言ったのに。
「姉さまへの好感度が下がりました。私、姉さまを尊敬していたんですけど、それも今日で終わりみたいです」
「し、白音! こ、これは違うの! べ、別に緊張しているとかじゃなくて、御魂ちゃんが緊張して……」
「姉さま、その誤魔化し方は聞いた中でももっともひどいものです。第一御魂お姉ちゃんは聞く側です。緊張するわけがないです」
「そう言うけど~! こっちだって緊張するの!」
「もう聞きました。姉さまは何度この会話を繰り返すつもりですか? 次が最後です。姉さま、次でちゃんと言ってくださいね。じゃないと本当になくなりますよ?」
「お、脅し?」
黒歌が体を少し引く。
「そうです。じゃないと早く言ってくれないみたいですから」
「……分かった。ちゃんと言う」
「また同じようにならないでくださいね」
さっきとは違い黒歌は真面目な顔になり頷いた。ようやく言ってくれるのかな? 私も黒歌の顔を見て気を引き締めた。そのとき私の心臓は大きく鼓動する。どうやら私も緊張したらしい。黒歌の緊張が移ったのかな?
そう思うと思わず笑みがこぼれる。白音、やっぱり聞く側も緊張するみたいだよ。
「御魂ちゃん、白音のこともあるからもう言っちゃうね」
「う、うむ」
「今度はちゃんと言えるから」
「そ、そうか」
私の緊張は声にも出ていた。白音は気づいているみたいだが、黒歌は夢中になって気づいていない。私は黒歌にばれないようにゆっくりと息を吸う。それでどうにか緊張をほぐそうとしていた。
だけど、思いっきり息を吸えないので緊張は解けることはなかった。ばれるくらい息を吸えばきっと緊張も解けただろうに。
「私ね…………好きなの!」
そして、ついに黒歌は言った。ああ、やっぱりね。恋愛の話だったか。よかった、間違ってなかった。でもなんで私だったのだろうか? この家には私以外にも咲夜は……ともかくフェリがいる。フェリもそういう相談には十分だろう。
でもそうしなかったのは理由があるはずだ。思いつくのはやっぱり信頼だろう。黒歌たちは私とフェリと過ごした時間で言えばやっぱり私のほうが格段に上だ。やっぱり恋愛の相談だからもっとも信頼できる私を選んだのだろう。
「そうか。やっぱりそういう話じゃったか」
「よかった。さっきは分かったって御魂ちゃんは言っていたから本当に分かっているのか心配だった」
黒歌は安心したような顔を浮かべた。大丈夫。ちゃんと分かっているに決まっているよ。黒歌はその言葉を誰かに伝えたいんだよね。
「白音も黒歌と同じなんじゃろう?」
「!! そうです。私も……なんです」
「そうか。二人が喧嘩したのは同じ相手を好きになったから、なんじゃろう?」
一応確認する。
「そうよ、御魂ちゃんの言うとおり。私と白音はそれでこんな風に仲が悪くなっているの」
その割にはさっき仲良さそうにしゃべっていたけどね。それに今どう見ても仲が悪そうには見えないよ。黒歌だって本当は仲が悪くなるなんて嫌なくせに。さっきそう言っていたじゃない。
さっきは本気で白音のことを嫌いと言っていたかと思ったけど、もう私は騙されないんだから。まあ、嘘でもあまりそういうことは言ってほしくはないけどね。
「もう一度言うけど私のね、この恋は初めてなの。生きている間はずっとこんな気持ちなんて湧かなかったもの。これはきっと一生に一度の本気の恋だと思う。多分運命ってやつね。だから妹でもこれだけは譲れない」
「私だってそうです。私も本気なんです。きっと運命なんです。だからいくら姉さまでも譲れないんです。だから御魂お姉ちゃん」
二人は互いに本気だということを確認し合い、私を見た。二人は答えを求めている。私は相談されているのだ。ちゃんと精一杯答えよう。でも問題がある。私はそこまで恋愛経験があるというわけではない。
私はただ想いを伝えることもできずに今の今まで引きずっているのだから。だから大丈夫かな? 答えられるかな? とにかく一生懸命答えれば大丈夫だと思う。それに人生の答えなんて人それぞれだもん。
「黒歌、白音。お主らの覚悟は分かった。じゃがな、よく考えてた結果、お主らのそれに私は答えることはできん」
それが私の答えだった。私はこれが正しいと思っている。
「「!!」」
二人は目を見開き何か絶望したような顔になった。ああ、やっぱり私の答えを期待していたのだろう。でも絶望するくらい期待していたの? 一応理由を言ったほうがいいかな。それで少しはましになるはず。
「理由はある。それはな、それは私じゃなくて二人で解決するものじゃ。私にそれを解決するのは間違っている。二人でしか解決できず、そこに他者を入れてはダメじゃ。じゃからそう答えたのじゃ」
「「??」」
そう言ったのだが、それがよかったのか二人の表情は一変。何を言っているんだという顔をしていた。あれ? どういうこと? なんでそんな顔をするの? 何か間違った? 何かおかしいな。すれ違っているみたいだ。
「姉さま、これは……」
「白音も分かる?」
「ええ、分かります。たぶん私たちと御魂お姉ちゃんでズレがあるみたいです」
「そうね。そうみたい。でも……よかった」
「はい、よかったです」
私が混乱している中、二人はこそこそと話していた。混乱している私には聞こえていない。その間によく考えるが、そこで私は引っかかりを覚えた。それはこの話の全てに、だ。思えばなんで私にそれを相談したのだろうか?
普通に考えて二人が同じ相手を好きになって、私に相談しても全く意味がないじゃないか。相手の好みだってあるんだ。二人で告白してどちらかが結ばれる。それだけ。私は何を勘違いしていたんだろう。
色々と違和感があったはずなのに私は気づけなかった。なんで私はここまでおかしいって気づかなかったのだろう。でも、相談じゃなかったらあの『好き』はなんだったの?
「御魂ちゃんは何の話をしていたの?」
話し合いが終わった黒歌が未だに先ほどと変わらずに混乱している私にそう声をかけた。話しかけられて少しは落ち着く。
「何ってお主らの恋愛相談じゃろう」
「はあ……やっぱりね。御魂ちゃん、私たちはね、恋愛相談をしたわけじゃないの」
「じゃあ、何を?」
私は小さく首を傾げる。
「その前に、白音。もう一緒に言いましょう? 御魂ちゃんの勘違いで色々とね」
「まあ、姉さまのその気持ち分かります。姉さまの言うとおり私も姉さまと一緒に言います」
「そう。なら白音も来なさい」
「はい」
白音は黒歌の指示に従い、黒歌の隣に来る。つまりそれは私が白音と黒歌の二人に押し倒された図になるということだ。余計に逃げられなくなった。しかもその際に私を押し倒したときと同じようにそれぞれで別々の肩を掴んでいた。私、別に逃げないよ? 逃げないから抑えるの止めて、本当に。