やはり二人の喧嘩を止めるにはその原因をどうにかするしかない。その原因さえなくなれば二人だっていつもの仲良しになるはずだ。私は今、この喧嘩を止めようとしているが、普段なら止めようとはしなかった。
喧嘩をすることで解決することもあるからだ。だからフェリや咲夜が喧嘩をしても私は微笑ましそうな顔でそれを見ていた。
だけど、この喧嘩は違う。この喧嘩は喧嘩であって喧嘩じゃない。私はこの喧嘩を認めない。だから止めるのだ。だが、この喧嘩の原因が分からない。分からなければ止められない。こうなったら直接聞くしかないだろう。
「のう、黒歌。私にお主らの戦いの先を教えてくれ」
「……嫌」
「なぜじゃ。言ってくれれば私だって手伝うぞ。それでもか?」
「ダメよ。だって言っても御魂ちゃんには無理だもの」
「…………勝手に決め付けよって。言ってみなければ分からんじゃろう」
「分かるわ。御魂ちゃんの胸の中で声を押し殺して泣いている白音にも聞いてみたら? きっと同じ答えよ」
白音を見るが一瞬だけ視線が合うとすぐに逸らされた。それの意味するところはやはり黒歌と同じ答えなのだろう。私は自分がこの喧嘩を止めることに役立たずということに下唇を噛み締める。なんて情けないのだろう。私はこの二人よりも年上で多くの経験を積んでいるのに。
「そ、それでもじゃ。それでも教えてくれないのか?」
「はあ……言っているでしょう? 無理だって。どうやったって無理だもの。………………………………………………だって本人だもん。手伝えることなんてないよ」
頑なにそう言っている黒歌。多分いくら言っても無駄だろう。あと最後になにか言ったような気がしたけど、気のせい?
「ならこれには関わらない。じゃが、私からのお願いだけでも聞いてくれ。どんな決着になっても絶対に私の元から離れないでくれ。お主らはもうすでに私の家族。さっきも言ったように私は家族が大切なんじゃから」
「………………」
黒歌は無言になる。やっぱり決着次第では出て行くつもりなのだろうか? 嫌だ。まだ家族になったばかりなのに。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。絶対にそんなの嫌だ。そうなるなら私は何でもしてそれを止めよう。家族がいなくなっていいなんて私の辞書にない。
もう黒歌も白音も私のものだ。私の元からいなくなるなんて許さない。誰にも渡さない。これからもずっと一緒なんだから。もし逃げるなら足をもいで逃げなくさせる。もし抵抗するなら手ももいで抵抗させない。そうやって逃げさせなくするから。そうしてずっと傍に置くからね。
でも、そうして四肢がないから不便になっちゃう。そのときは私が介護して身の回りの世話も何もかもしてあげよう。ご飯を食べるときはあ~んってしてあげて、風呂に入るときは私が抱えて洗って、トイレに行くときは私がきれいにできるようにして、着替えるときは私が着替えさせて、歯を磨くときは私が抱きかかえて歯ブラシできれいにして、何もかも私がしてあげよう。
体が不自由な人(妖怪だけどね)の介護をしたことはあるから大丈夫だ。満足してくれると思う。でも、できるだけそういうことにならないようにしてほしいかな。
「……分かったわ。いなくならない」
「そうか! 本当じゃな! 決していなくなるなよ!」
私は顔を輝かせる。でも、嘘をついたらダメなんだからね。私に嘘をついたら罰を与えるから。
「白音もいい? 分かったわね?」
「……分かりました。いなくなりません」
やっぱり白音もそうだったんだ。本当に悪い子だなあ。
「でも、姉さま。私はもうダメです。我慢できません。もうここで勝負を決めませんか?」
白音は私に抱きついたまま、顔だけを黒歌に向けて話していた。まだ涙目なので私は抱きしめたままだ。
「いいの、白音。もう覚悟は決まったの? 言っておくけどどちらの結果でも私たちの仲は悪くなるかもしれないのよ? さっきはあんな風に突き放すように言ったけど私は本当は白音のことが大事よ。大事じゃなかったらあの時にとっくに見捨ててた」
「分かっています。私だって姉さまのことは好きです。だから突き放されてショックを受けたんです。でも、私だって本気なんです。それにいつまでも姉さまに頼ってばかりの私じゃないんです。もし仲が悪くなってもそれはちょうどいいかもしれません」
うう、二人の仲が悪くなるのかな? ずっと言っているけど私は嫌なんだけどなあ。
「……そう。白音も成長したのね。ぐすっ……わ、分かったわ。私も改めて覚悟を決めたわ。白音、こっちに来なさい」
「……ここじゃダメですか?」
私の服をぎゅっと掴んで言葉でも行動でも離れたくないという意思を伝えていた。私の腕はすでに白音を抱きしめていないので、白音が一方的に抱きついているような感じだ。
「ダメ」
「こ、こっちのほうが勇気が……」
「相手は本人でしょう?」
「で、でも」
「でもじゃない。覚悟を決めたんでしょう? ほら、来なさい」
白音は渋々私のもとから離れて黒歌の隣へ行く。でも、『本人』ってどういうこと? やっぱり私が関係あるの? 黒歌の隣へと行った白音はチラチラと黒歌を見る。
「ね、姉さま、ちょっと近くないですか?」
「白音がそうしたんでしょう? 私はここから動いていないわよ。やっぱり白音はお姉ちゃんのことが好きなのね」
「…………当たり前です。私の姉さまなんですから」
白音はちょっと恥ずかしそうに顔を伏せて言った。あ~、やっぱり可愛いな。だから、私はいなくなるのが嫌なのかもしれない。少なくともそれは理由のひとつだろう。
「それで白音はもう準備はいいのよね?」
「はい。緊張していますけど大丈夫です」
「そう。でも緊張しているのは私もだからね」
向き合いそう言い合った。そして、次は私を見る。その顔は緊張して強張っている。さっきまで、二人が向き合っていたときまでは、そんな顔ではなかったので、やっぱりこれには私が関係しているのだろう。これで確実にそう理解できた。分からないのはなぜさっきは手伝っても無理なんて言ったのかということ。
そして内容だ。考えるとここにいることや私の家族になることが嫌になったなどと思うが、今までの様子と言動を考えるとそうではないと思う。また考えるが、結果次第ではいなくなったりするとか言っていたし、心の準備が必要とするらしいので余計に内容が分からない。
けど、それもこれで終わりだ。おそらく二人の口から教えてくれるだろう。それが分かったら私はすぐさま解決策を見つけよう。そして、二人を今までのように仲良くさせたい。
「御魂ちゃん、御魂ちゃんからしたらおかしなことかもしれないけど、私たちが今から言うことは本気の本気だから。決して冗談なんかじゃないの」
「だから私たちの思いに御魂お姉ちゃんも本気で答えてください」
二人が合わせて話す。さすが姉妹。私はその真剣な表情を受け止め頷く。何か分からないけどちゃんと答えよう。それできれいに解決できるなら。私が頷いたのを確認した黒歌たちは何故か赤みを帯びた頬で迫ってくる。
そのときの私はただ話をするために近づいたのだろうと思っていた。だってそうじゃない。普通誰だってそう思うはずだから。むしろそれ以外なんて思いつかないよ。だから迫ってきた二人が私の肩をそれぞれ掴み、私を私の後ろにあるさっきまで白音が寝ていた布団に押し倒したときは、本当に驚いた。
「…………………………………………………………………え?」
押し倒されたという事実を受け入れるのに時間がかかり、やっと理解できたときに出てきたのは間の抜けた声だった。あれ? なんで私は押し倒されているの? お話をするんだよね? 押し倒す必要はないよね?
それにそんなに頬に赤みを帯びなくていいよね? 本当になんで? 色々と理解できないんだけど。私は起き上がろうとするが、両肩を二人に掴まれたまま体重がかけられているので起き上がれなかった。
「な、なにをする気じゃ?」
私は私を見つめる二人に問いかける。
「姉さま、やっぱりこれだけじゃ無理みたいです」
「そうみたいね。やっぱり言葉よね」
「どうします?」
「私から言うわ。白音は後。それでいい?」
「はい。それで」
私にはまだ何の話をしているのか分からなかった。この会話で分かったことはまず最初に黒歌からの話があるということだけだ。白音は私の上からどいた。黒歌だけが私の肩を掴んで押し倒している。私の一方の肩が空くのだが、すぐさま黒歌がもう片方の手で押さえられた。
結局逃げられないみたい。こうなったらと思って手足をばたつかせるが、次は肩ではなく手首を掴まれる。足もバタつかせたが、私の今の体が小さいせいと黒歌が私のお腹部分に跨っているのであまり効果はでなかった。
「本当に何をする気じゃ!? なんで私を拘束するんじゃ!!」
「ごめんね。でもこういうときって押し倒したほうがちょっとは雰囲気が出るかなと思って」
「押し倒すことで出る雰囲気なんてどんな雰囲気じゃ!! あっても犯罪の雰囲気しか出んわ!!」
「うん、それでもいいかも」
「なんで!?」
犯罪のようなことをしようとしているの!? 私は全力で抵抗する。しかし、それでもやっぱり全くの無意味だった。黒歌に押さえつけられたままだった。
「御魂ちゃんって本当に小さいよね。可愛いわ」
「お主は私に喧嘩を売っているのか?」
「ううん、違うわよ。褒め言葉よ」
「言っておくが大人の姿にもなれるからな」
何度も言うけどこの姿は私の力をセーブしたために生じたものだ。いつもこの原因は封印の副作用とか言っているが、ちゃんとその理由も分かっている。抵抗しても無駄と分かった私はもう抵抗するのを止めていた。
「う~ん、そっちもいいけど私はこの抱きしめられるこっちのほうが好みかな」
「うう~」
なんだか複雑な気分だった。
「そ、それで話とは何じゃ? 何か言うためじゃったんじゃろう?」
すでに体を拘束されていることについてはあきらめている。何を言ってもこの拘束はされたままだろうから。
「ん、そうだったわね。じゃ、話すわ。御魂ちゃんは恋ってしたことがあるのよね?」
「ある。さっき言ったとおり同時に複数人じゃったがな」
「私はなかった。いつもほとんどは白音と一緒だったから。恋なんてしなくていい、白音が守れたらいいって思っていたから。でもね、あるときそう思っていたのにしちゃったのよ」
「何を?」
「もちろん恋、よ。初めてで戸惑ったけど、その答えについてもう決めたの」
「なるほど。話はその答えか」
おそらくだがやっぱり告白するのだろう。そっか。黒歌に好きな人ができたんだ。その事実はうれしい反面、さびしいというのもある。その相手は誰だろうか? どんな人だろうか? 黒歌は私の家族だ。
やはりそういうところは気になる。その相手がいい人だといいな。今度紹介してもらって判断しよう。黒歌には悪いけど黒歌がどんなにその相手のことを好きでも、悪い人だったりしたらきれいに消す。もちろん黒歌の知らないところで。
黒歌には後からどこかへ行ったなどと言えばいいだろう。でも、黒歌の好きな人の話で白音も入ってくるのだろうか? 考えられるのは白音も好きな人ができて、それが黒歌の好きな人だったということだ。
それならつじつまも合うし二人の仲が悪くなるのも肯ける。どちらかが成功したらそれはつまりもう片方は失恋したということで、なのにもう片方が成功したためその相手と会うこともある。しかもその相手は成功した片方といちゃいちゃしている。
これで仲が悪くならないほうがありえない。寝取るなんてものがあるけど、黒歌と白音はそんなことができるとは思えないなあ。
「その顔は分かったみたいね」
「さすがに分かるじゃろう。お主の言いたいことは分かった。なぜ二人の仲が悪くなるのかも」
「そう。でも分かるでしょ? そうなるのは」
「もちろんじゃ」
「だから私たちの仲が悪くなることを受け入れてちょうだい。私だってつらいのよ」
「………………………………………………分かった」
渋々受け入れた。本当は嫌だけどそうなるのは理解できるから。私の場合はどちらも好きになって、黒歌側じゃなく相手側だからそういう仲が悪くなるのではなんて考えることがなかった。
「もう私の言いたいことは分かっているわよね?」
「分かっている。何が言いたいのか」
それを言うと黒歌は顔を真っ赤にする。やっぱり恥ずかしいよね。私も黒歌たちに言うとき、恥ずかしかった。その気持ちは分かるよ。
「そ、そうなんだ。で、でもやっぱり私の口から言うわ」
「そうか」
まあ私が察したからと言っても、これは相談なんだから自分の口で言いたいんだね。私はそれを待つ。白音のほうも緊張した様子で私たちを見ていた。
「でもやっぱりどこに私を押し倒す必要があったんじゃ? そういう話じゃったら必要なかったじゃろう」
「い、言ったでしょ! ふ、雰囲気よ!」
「さっきも言ったがやっぱりそんな雰囲気なんてないと思うのじゃが」
「そんなの人それぞれでしょう! 私はそうなの!」
「人それぞれ? そうなのか?」
「そう! それよりも話よ!」
どこがそれよりもなのだろうか? 押し倒されたままなんておかしいと思うけど。