その後、数日して私たちはこの長く過ごした地を移動した。
長くいた地でお母さんが眠る地なのだが、いつまでも縛られるのはダメだと思い移動を決意したのだ。
初めての移動。しかもそこにお母さんはいない。私たち兄妹だけの旅。
正直言って不安だらけであった。
あの土地は別に食料不足になっていない。むしろ食料は豊富であった。それに私たちの天敵になる獣はいない。まさに楽園といえる地であった。
しかし、これからは違う。
全く見知らぬ土地でどんな天敵がいるのかも分からないし、食料だって豊富だとは限らない。もしかしたら死ぬかもしれない。
なので私たちはすぐに死んでしまうかも知れない。そういう不安があった。
あったのだが自分という存在がどのようなものかを思い出し、それは問題ないだろうと判断した。なぜならば私にはある能力があるからだ。それは『運と幸の世界』だ。
これがある限り私は事故などや死なない。そしてもちろん私と行動するお兄ちゃんたちも例外ではない。だからあまり見知らぬ土地でのことは心配に思わなくていいかもしれない。
そして旅をして約二ヶ月ほど。
私たちはようやく求めていた地にたどり着いた。
食料のほうも何の問題はない。しかし天敵はいた。
だが、天敵一匹であまり自分のテリトリーから動かないようだった。動くのは餌を求めるときだけ。そして、その時間も決まっていた。
初めての天敵との出会いだが、そこは私の知識などを利用してなんとか避けることができた。
それにしてもこの場所ってどこだろうか?
私たちは二ヶ月ほど旅をしたのだが、その際に全く人工物を見なかったのだ。痕跡さえも。でもそれはありえない。なぜなら人間たちは自然を破壊してそこに建物を建て、それが繰り返されて自然が少なくなっているからだ。
なのに私たちが生まれついこの間までいた土地からここまでの道中にはそれがなかった。結構な距離を移動したのに。
なので私はいくつかわけを考えてみた。
まずそもそもここは私が知っている世界ではないというもの。
科学的に証明はできないのだが、神様がいる世の中である。
この平行世界という説ならば人間の文明が進んでいなくてもありえなくない。もしくは文明を進める必要がなく止まっているか。
ならば見たこともない植物があって当たり前である。
次に何かの手違いか過去の世界に来ているというもの。
私の知識には大昔の知識は少ない。ならば昔に絶滅した植物があってもおかしくはないのだ。そして、人間の痕跡がなくて当たり前だ。猿ならばまだそういう痕跡は見つからないだろう。
う~ん、可能性がもっとも大きいのを挙げたがどちらも有力である。いや、もう一個あるな~。
それは二つの説を合体させた、ここは平行世界であり、その世界の大昔だということだ。
私はちょっと考える。
おそらくだけどここは平行世界だと思う。いや、平行世界になった、かな。なぜならばもしもこの世界がの未来(過去だと仮定した場合)に私が生まれるならば、過去に私がいることで何かしらの影響を与えてこの世界で私が生まれなくなるということになるからだ。いや、ちょっと違うかな。平行世界があるならば世界など無限にある。私という存在(転生者とか言うのかな?)がいる時点でこの世界はすでに別の世界と考えていいだろう。その世界に前世の私が生まれるとは限らないけど。
ならば結論としてとにかくここは平行世界であるということだ。
最後に過去か現在か、それとも未来か。
なのだが、そこは正直どうでもいいので問題ない。たとえ未来だろうが過去だろうが私は狐である。あと十年とちょっと経てば寿命で終わるからだ。それに人間がいたとしても関わるつもりはない。私は人間ではなく狐だし、今の生活が幸せだからだ。
なのに今さら人間と関わるなんてありえない。
私は狐。狐のお母さんから生まれた狐だ。人間との関連性はない。というか、そもそも私にはまだ人間のときの生活していたころの記憶はなく、むしろ狐としての記憶のほうが長くある。
そのせいか確かに人間に会いたいとか思うのだが、それと同時に自然を奪う人間に憎しみのような感情を抱いている。
そういう思いを抱いたのは体が狐だからだろうか? それとも狐として育ったからだろうか? 分からない。
もうどうでもいいや。私は人間とは関わらないもん。
◆ ◆ ◆
ある日、単独で狩りに出かけていたお兄ちゃんが怪我をして帰ってきた。それも致命傷の傷だった。
お兄ちゃんは血をポタポタと垂らしながらフラフラと歩いてきた。
私たちはお兄ちゃんのもとへ駆け寄った。
私たちが駆け寄るとお兄ちゃんは私たちに寄りかかり倒れた。
倒れたお兄ちゃんを中心に血溜りができる。血溜りが広がり私たちの足を濡らした。
私は思わず震えてゆっくりと血塗られた足を上げた。
血がポタポタと垂れる。
その光景を見て私は目を見開き、視界が大きく揺れた。
や、やばい! た、倒れる!
どうやらショックを受けて倒れかけているらしい。
私は何とか踏ん張るがいきなりのことでうまく力が入らず、そのまま倒れてしまった。視界がぐるりと回り地面が縦になる。そして、息も非常に荒い。
私は自分を落ち着けるためにゆっくりと大きく深呼吸した。
私とお兄ちゃんが倒れている傍でお姉ちゃんが混乱している。
まあ、目の前でいきなり私も倒れたのだ。私もお姉ちゃんの立場なら同じようになっていたと思う。
私は深呼吸して自分を落ち着け、体を起こした。
お兄ちゃんの血で辺りが鉄のにおいでいっぱいになっているせいか、少々気分が悪い。それをなんとか我慢しながら私たち二匹はお兄ちゃんの体を舐めたりする。
お兄ちゃんは何も言葉を発せずにただ血を吐きながら呻くしかしなかった。
私たちはまず一旦落ち着いてそれからお兄ちゃんの首を噛んで二匹で自分たちの寝床へと連れて行った。お兄ちゃんを引きずった後は血でできた道が残る。
私はお兄ちゃんの傷を見る。
お兄ちゃんに付けられた傷は大きくはない。なのに大量の血が流れていたのはその傷が動脈を傷つけていたからだ。
現在は脈が弱まっているせいか流血は少なくなっていた。
私はこれを見て分かった。お兄ちゃんはすぐに死ぬと。明日の朝には冷たくなっていると。
なんで……? なんでこうなったの? 私がいたら大丈夫じゃなかったの? まさかそのときに私が近くにいなかったから? だからこうなった?
私は未だに自分の能力についてよく理解していなかった。勝手に自分の能力を拡大解釈をして勝手に勘違いした。その結果がこれだ。大好きなお兄ちゃんを命の危機に瀕してしまった。そして、あと少しの時間でお兄ちゃんが死ぬこととなってしまった。
全ては私のせいなのだ。勝手な思い込みがこうさせた。
私はお兄ちゃんにごめんなさいと何度も謝った。
その言葉は意識のないお兄ちゃんには届かない。
お姉ちゃんはあなたが謝ることではないと言った。
私の耳にはお姉ちゃんの言葉が入らなかった。ただ何度も謝るだけであった。
時間は私が謝っている間に夜になっていた。
その間お姉ちゃんは私を包み込むように前足の間に私を挟んでいた。
ようやく本当に落ち着いた私はお姉ちゃんにありがとうと言い、弱弱しく息をするお兄ちゃんのもとへ行き、お兄ちゃんの体に自分の体をくっつけて横になった。
体が血で染まるが気にしない。
お姉ちゃんも同じようにお兄ちゃんの体に接触するほど近くで横になった。
私は薄く涙をこぼしながら首を上げて、弱弱しく息をするお兄ちゃんの口にキスをした。お姉ちゃんも私と同じようにお兄ちゃんにキスをした。
私は最後にお休み、お兄ちゃん。そして、さよならと言って泣きながら目を瞑った。
お姉ちゃんもお兄ちゃんに最後の別れを告げて私と同じように目と瞑る。
私たちはそのまま泣きながら眠りについた。
その日は何も夢はみなかった。
その翌朝、私は意識をゆっくりと覚醒させた。そして、思い出した。
そうだった……。お兄ちゃんは……死んだんだ。
昨日の出来事を思い出し、お兄ちゃんはもう死んでいるということを理解した。
昨日最後に見たときは生きていたが、あの出血量だ。すでに死んでいる。
私はお母さんが死んだときと同じようにお兄ちゃんの体に密着するように体を寄せた。
ぐすっ、う、うう……あったかいよ……。お兄ちゃんの
泣かないようにと思っていたが、やはり涙を抑えることはできなかった。私はお兄ちゃんのぬくもりを感じながら涙を流す。それとともにお兄ちゃんの
この鼓動も……もう聞けない。それが悲しいよ。
私はお兄ちゃんの
やはり家族がいなくなるのはつらい。
私はこの転生して家族についてよく知った。家族とはぬくもりと幸せを与えると同時に悲しみも与える。今のように。
私はお兄ちゃんを忘れないようにするためにそのぬくもりを感じながら再び眠りについた。
……のだが、すぐに起こされた、お姉ちゃんによって。
しかもいつもの丁寧な起こされ方ではなく、大きな声で体を揺すぶりながらという乱暴な起こし方だ。
うるさい。なんでそんな起こされ方をされるのだろうか。今はお兄ちゃんが死んでいうというのに。だからこうしていつまでも寝ているというのに。それが分からないお姉ちゃんではないはずだ。お姉ちゃんだって同じ気持ちだからだ。
私は仕方なく起きた。
目を開けて見れば何やら興奮して何かを言っていた。何を言っているのかは寝ぼけた状態では分からなかった。
完全に覚醒してそれを聞く。
聞いた瞬間、私はお姉ちゃんが壊れたと分かった。なぜならばお姉ちゃんはお兄ちゃんが生きているなんてことを言い出したからだ。
あれだけの血を流したのだ。それに傷の手当てなんてできなかった。そんな状態で夜を過ごしたのだ。生きているわけがない。
私だってそう信じたいが私は元人間でさまざまな知識を持っている。そんな私がお兄ちゃんの怪我を見て、朝には死んでいると判断したのだ。生きているはずがない。
私は壊れたお姉ちゃんに近寄り、もうお兄ちゃんは死んだのと言った。
ストレートで言ったが、これでいいのだ。ここで変に誤魔化してもお姉ちゃんのためにもならない。それにお兄ちゃんだってお姉ちゃんがこんな状態を望むはずがない。だからそう言ったのだ。
けれどお姉ちゃんは生きているという言う。
だから私は何度も言う。もう死んでいると。
そのやり取りが何度かされて、ついに我慢の限界に来たのかお姉ちゃんが前足で私の頭を思いっきり殴ってきた。
い、いった~! なんで殴ったし!
でもそれは仕方ない。今のお姉ちゃんは壊れているのだ。
私はお姉ちゃんにキスして落ち着かせようとした。けどやっぱりお姉ちゃんは生きていると言い続け、お姉ちゃんは私の首元に噛み付き横たわっているお兄ちゃんの近くへ連れて行った。そして、ぐいっと首を引っ張り私の顔をお兄ちゃんに近づけた。
!! な、なんで!?
私が見たのはいつものように寝息を立て気持ちよさそうに寝ているお兄ちゃんだった。
あ、ありえない!! あれだけの血を流したのに! 傷だって塞いでいないのに!
なのにお兄ちゃんは生きていた。
私はすぐにお兄ちゃんに飛びついた。その際、お兄ちゃんのお腹にぶつかったので、お兄ちゃんの口からぐへっと言う変な声が出ていた。
近寄ってすぐに傷を確かめる。
な、ない!! き、傷がない!
傷があったところを見るとそこには無傷の毛に覆われた肌のみ。毛に血がこびり付いているがどこをどう見ても傷があった形跡なんて全くなかった。
ど、どうして?
何度も見るがやはりあるのは無傷の体だ。
私はお姉ちゃんを見るが、お姉ちゃんが生きていることを喜び私を見ていなかった。
私は一旦深呼吸をして落ち着ける。そして改めてお兄ちゃんの体をくまなく調べて見た。しかし、そこにあるのは傷なんてないきれいな体だ。
どうしてこうなったのかは分からないが、お兄ちゃんが無事だったということで、それはもうどうでもよくなった。世の中には分からないことだってあるのだ。これもそうなのだろう。
とても喜ばしくて私とお姉ちゃんは思いっきりお兄ちゃんに抱きついた。