式紙の反応は気になったけど、今はそれよりも夕食だ。
今日は忙しかったせいか、お腹がペコペコだった。
私は夕飯ができるまで自分の部屋にいる。部屋には私以外にも白音と黒歌がいた。
二人は私の部屋をキョロキョロと見回す。
私の部屋には特になにも置いていない。だから見る物なんてないはずだ。うん、何もないはずだ。
「この部屋になにかあったか?」
私は訊ねる。
「う~ん、何もないにゃ。結構殺風景?」
黒歌は苦笑いしながら言う。それからしばらく沈黙が続く。黒歌は私に近づいてきた。白音はまだ座ったまま。黒歌の顔はちょっと暗い。どうしたのだろうか?
「……ねえ、本当に私たちが御魂ちゃんの家族でいいの?」
私にだけ聞こえ、白音には聞こえないくらいの声で言ってきた。その問いに私は黒歌にでこピンをした。
「いたっ!」
ちょっと本気だったので黒歌は涙目になり、額を両手で押さえた。なぜ私はこの行動をとったのか。それは私が怒っているからだ。
「黒歌、お主はまだそんなことを考えていたのか。私は前に言ったじゃろう。お主らはもう家族じゃと。それに対しお主も納得した。ならもうこの話はするな。分かったな」
「ごめん。もう言わないにゃ……」
「ならよい」
黒歌の黒い獣耳が倒れる。その声のテンションは低い。その様子を見ていた白音は困惑している。私たちの間で行われた会話なのだから当然だ。
「黒歌と白音のここでの部屋じゃが、好きな部屋を使うといい。向こうでの部屋は私が決める。それでよいな」
「それでいいにゃん」
白音もそれでいいのか頷く。
「あと、必要な家具じゃが、それも欲しいのがあれば私に言うといい」
「そ、それってなんでも買っていいの?」
黒歌は目をキラキラとさせる。
「姉さま、あまり調子に乗ってはダメです。御魂お姉ちゃんに迷惑をかけないでください」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃんが御魂ちゃんに迷惑をかけると思っているの!?」
「……ちょっとだけ」
「うう……御魂ちゃんより白音と一緒にいた時間は長いのに、私への信頼度がこんなに低いなんて……」
黒歌は私に抱きつき、慰めてもらおうとしていた。しょうがない。慰めよう。私だってフェリや咲夜の信頼度が低かったら泣いちゃいます。
「よしよし」
とりあえず頭を撫でる。これでいいだろうか? それに答えるように黒歌は気持ち良さそうに鳴いた。それにしても黒歌の髪はさらさらしている。撫でているこっちとしても気持ちがいい。
ずっと撫で続けてもいいと思ってしまう。チラッと白音のほうを見るが、その顔には羨ましいという顔をしていた。そんなに撫でてほしいのなら、私は喜んで撫でる。私も白音の髪を撫でたいと思っていたところだ。
「お主も撫でてほしいのか?」
「い、いいんですか? 私、姉さまをこんな風にした張本人ですよ」
白音が撫でられて気持ち良さそうにしている黒歌を指差した。なんだかどっちが妹なのか分からない。でも、ある意味この光景はみたことがある。それは私と咲夜たち。私が2人のうち1人に泣かされ、もう1人に慰めてもらう。
そんな光景に。つまり当てはめると黒歌が私で、白音が2人。もしかしたら黒歌と私は似てるのかも。
「よい。ほれ近くに来い」
「は、はい」
白音は少し頬を緩ませ、近づく。その耳はピコピコと動いていた。私はまずその耳を撫でた。
「んっ……あ……」
白音は甘い声を出す。その頬は興奮で赤く染まっていた。
「ん? どうした? そんな声を出して」
「み、御魂お姉ちゃん、わ、わざと、です、か?」
「くくく、どうじゃろうな。じゃがもしそうだとしても、お主は気持ちよさそうじゃが? だとしたら、私は止めるわけにはいかんな」
私は口は弧を描きながら、にやりと笑う。もちろん黒歌を撫でている。私の両手はもう2人を撫でるので埋まっている。
「どうする? 止めてよいのか?」
「止め………………ないでください。続けて…………ください」
最初に間が開いたのは、理性で止めてくださいと言うためだったのだろう。だけど、その気持ちよさには負けた。ただもう撫でられたいという欲に。欲は誰にでもある。そして、生き物はみんな欲に縛られている。
私が思うに動物の中でも一番欲があるのは私たちのような知性ある生き物だ。現に私たちの文明がそれを証明している。私たちの欲を満たすためにそれを満たすものを作ってきた。
だが、人類始まってもまだその欲を満たすことはできない。なぜなら満たせばまた別に欲を見つけるから。それが私たち。
「御魂ちゃん?」
「御魂お姉ちゃん?」
おっと、どうやらボーっとしていたらしい。いつの間にか私の手が止まっていたようだ。私は撫でるのを再開した。
「お母様、夕飯ができまし……」
フェリの声と引き戸を開ける音が聞こえた。見ればフェリは戸を開けた状態で固まっていた。その視線の先にあるのは私が黒歌たちを撫でている姿。黒歌たちの衣服は少し乱れていた。
フェリはそれを見てどう思っただろうか? やっぱりいやらしいことをしていたと思ったのだろうか? いやいや、私たちは同性。ありえない。フェリだってそんなことを思うはずがない。
「にゃあ」
「にゃん♪」
まだフェリの存在に気づいていない黒歌と白音が甘えた声で鳴いた。静寂が占めたこの空間によく響いた。
「………………………………お母様?」
「な、なんじゃ?」
「どういう状況ですか?」
ニコッと微笑みながら聞いてきた。だが背後に浮かぶオーラは黒い。ど、どうしてそんなに黒いの? ただ2人と仲良くしていただけですよ。何も問題ないですよ。
「た、ただ2人を撫でていただけじゃぞ」
「それにしては2人の服が乱れているようですが? それはどういうことですか? ただ撫でていただけではこうなりませんよ」
フェリ、本当に撫でていてなぜか乱れたんです。逆に私が聞きたいです。どうして乱れたのかって。
「ちょっと失礼します」
フェリは黒歌と白音を私から引き離した。そこでようやく黒歌たちはフェリの存在に気づいた。
「ふぇ、フェリちゃん、いつからそこに!?」
「つい先ほどからです。ふふふ、お母様に撫でられて気持ち良さそうでしたね。もちろん白音もです。2人とも本当に気持ち良さそうでしたよ」
それに黒歌と白音は顔を真っ赤にした。そして、自分の衣服の乱れに気付き、それを慌てて直し始めた。私も服を確認するが特に乱れていない。ん~、やっぱり服、変えようかな。
今着ているのは巫女服。今度からは和服にしようかなと思う。前に神の私と1つになった際に私の中で色々と変わった。たとえば服に気を使うこと。和服にしようかなと思ったのはそのせいでもある。ただそれでも洋服を日頃から着ようとは思わなかった。
「み、御魂お姉ちゃんは気付いていたんですか?」
「うむ。気付いておったぞ」
「な、なんでそのときに教えてくれなかったんですか!? とても恥ずかしがったです!!」
「私だって言いたかったが、フェリのオーラに負けてしまって」
「御魂お姉ちゃんはフェリさんのお母さんですよね? なんで負けちゃったんですか!?」
「は、母親でも負けることもあるんじゃ!」
私よりも年下の白音に対し、ムキになる私。相変わらず大人気なかった。周りから見ればまだ私のほうが身長は大きいが仲のいい姉妹の言い争いしか見えない。今の私の雰囲気は白音や黒歌とほぼ変わらない。
つまり子どもっぽいということ。どこにも大人な雰囲気はない。だがそれはそれだけ私がリラックスしているということでもある。
「お母様、白音、そろそろ終わってください。もう夕飯です。まだ話があるのだったら食べながらにしてください」
黒歌はすでに立って行く準備をしていた。顔を隠すために伏せているが私は座っていたので、よくその顔が見えた。顔はまだ赤かった。
「白音、行くぞ」
「はい」
私たちは立ち上がり、居間へと向かう。黒歌は私も前を歩くフェリの隣に。白音は私の隣を歩いていた。
「夕飯はフェリさんが作ったんですよね?」
「そうじゃぞ。人間界での家事はフェリに任せているからな」
「御魂お姉ちゃんは作らないんですか? 前に御魂お姉ちゃんが作った料理が美味しかったので、また作って欲しいなと思って」
「まあ、私は滅多に作らんな。じゃが、お主が食べたいなら今度、作ろう」
「お願いします」
私はうれしくなり、頬が緩んだ。やっぱり自分が作った料理を褒められるとうれしくなる。
「ついでですけど、御魂お姉ちゃんはどういう立場の人なんですか?」
「どういう立場?」
「そうです。御魂お姉ちゃんは魔王である2人と仲良く話していました。そんなことができる人なんて世の中にそういません。それにサーゼクスさん? さま? は御魂お姉ちゃんに勝てないと言っていました。魔王というくらいです。その強さは並の悪魔ではないです。それに勝つ。御魂お姉ちゃんは魔王という立場より上なんですか?」
白音が問う。私たちはもう居間の前まで来ていた。私たちの前にいたフェリ、黒歌はもうすでに居間にいる。
「ん~、別にそういうわけではない。私は上級悪魔じゃよ。ただ自分の力が魔王よりも上ということじゃ」
居間に入りながら言う。居間に入るとすぐにフェリが作った料理のにおいがはなに入った。居間には頬を膨らませた咲夜が座っていた。私の部屋でのフェリとの話が長引かせたせいだろう。
並ぶ料理はいつもの和食。だがいつもよりは豪華な気がする。料理の種類からして今日は歓迎用らしい。フェリは咲夜をなだめる。黒歌はその料理に驚いていた。
「魔王よりも強いのに、魔王よりも下、ですか。御魂お姉ちゃんはいいんですか? その立場に不満はないんですか?」
「ないな。私は別にそういうのはいらんからな。私が欲しいのは私の家族が楽しく過ごせる時間じゃ」
「その家族には……私も含まれていますか?」
「当たり前じゃ。私はお主らを気に入り家族にした。もう家族じゃよ。そうじゃないと私はお主らを見捨てている」
「…………み、御魂お姉ちゃんって怖いんですね」
ちょっとびくつきながら言ってきた。私って怖いですか? そんなに怖くないと思う。その間に私たちは座っていた。咲夜はようやく食べられるとなって、喜んでいた。そんなに食べたかったのか。
それは悪いことをしてしまった。よっぽどお腹が減っていたみたい。私たちはフェリの作った豪華な料理を食べ始めた。私はおかずを箸でつかみ、食べる。
口に広がる味。やっぱりフェリの料理は美味い。もう私の腕よりも上かもしれない。どこかに嫁に出しても恥ずかしくないです。まあ、私としては出さないんですけど。だって、私の大切な娘です。
血がつながらないといえ、私が育てた娘。誰にも渡したくない。でもフェリが誰かと一緒になりたいと言ったら私は認めるかもしれない。だって私は家族の幸せを願っているから。
「ねえ、御魂ちゃん、白音。2人で何を話していたの? 白音は御魂ちゃんのこと怖いとか言っていたけど」
「私がどういう立場なのかという話じゃよ。なぜ白音が私のことを怖いと言ったのかは知らんがな」
チラッと白音を見る。それに白音はびくっとした。
「だ、だって家族にしなかったら私たちを見捨てていた、ですよ? もし家族じゃなかったら今頃私たちは死んでいたかもしれない。すべては御魂お姉ちゃんの気分次第です。私たちがこうしていられるのは、御魂お姉ちゃんが私たちを気に入ってくれたら。もし気に入らなければ私たちは死んでいた。それに怖くなっただけです。で、でも、決して嫌いというわけではないです!! 私は御魂お姉ちゃんのこと、大好きです!!」
「!!」
最後の大好きという言葉に私は頬を赤くした。思わず箸で掴んだ、おかずを落としてしまった。だ、大好き……ですか。う、うれしい。言った相手は同性だけど、私はうれしかった。
私のその反応は誰にも気付かれていなかった。私としてはこんな反応を見られたくはなかったので、ちょうどよかった。こんな反応見られるなんて恥ずかしすぎる。
「まあ、白音のいうことは分かりますね! 母様は家族や親しい者以外には残忍ですからね! でも、もう心配しなくていいですからね! 母様は家族にはとても優しいですから! 私たちを守ってくれます! 大切にしてくれます! ………………それでもちょっと怖いですけど」
咲夜が最後に小さく呟いた。でも私には聞こえなかった。それは白音の大好きという言葉と咲夜の言葉のせいだ。さっきよりも頬の赤みは広がっているだろう。
「まあ、咲夜の言うとおりですね。確かにお母様は家族を守るためなぞのときは、容赦なく殺します。でも、家族には優しいです。別に気にしなくていいですよ。家族になった今、白音や黒歌を見捨てることはもうありませんから」
「……はう」
なんだか恥ずかしすぎて後ろに倒れこんでしまった。
「お母様!?」
「は、母様!! ど、どうしたんですか!?」
「御魂ちゃん!?」
「!! み、御魂お姉ちゃん!!」
恥ずかしさのあまり後ろに倒れてしまった。脳がオーバーヒートし、ぼんやりとする中、フェリ、咲夜、黒歌、白音の慌てる声が聞こえてきた。