ハイスクールD×F×C   作:謎の旅人

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第2話 私のお母さんが!

 数年後。

 未だに私の前世の記憶は断片さえも思い出せない。

 でも、今はそれなんてどうでもいい。それよりも大事なことがある。お母さんの調子が悪いのだ。ここ最近あまり体だって動かさないし、食べ物だってあまり食べないのだ。

 影響は見た目からも分かる。

 私たち家族の自慢の金色に輝く毛が、なんというか元気がないと言えばいいのだろうか。悪く言うと汚い。そう思ってしまうほどそれだけ毛がひどい状態であった。

 お母さん自身もう長くないと言って自分の死期を悟っている。

 お母さんは病気ではない。寿命が来ているのだ。つまりどうやってしても助けることはできない。ただ残された時間を過ごすだけなのだ。

 私はこうして受け止めているように思えるのだが、違う。いくら寿命とはいえ私のお母さんがこの世を去ろうとしているのだ。悲しまずにはいられない。

 目の前で弱っているお母さんは私をここまで私を育ててくれて、私が欲しかった家族のぬくもりを教えてくれた。お母さんには感謝だけしかない。

 私たち兄妹はそれぞれの思いを抱きながら一日のほとんどをお母さんの傍で過ごした。それ以外の時間は森の中を駆け抜けて食料探しだ。お母さんがもっと長く生きるために栄養のある肉などを集めた。

 そのせいあってかお母さんは一時的だが元気になった。だが、所詮は一時的なものだ。それが分かったのはすぐだった。

 それは一ヵ月後のある日のこと。ついこの間まで元気だったお母さんはついに動くことが困難になっていたのだ。

 私はその日以来、食料などをお兄ちゃんたちに任せてお母さんの世話をすることにした。

 私が世話をするのは最後までずっと長くお母さんの傍にいたいからという理由があったからかもしれない。いや、それが理由だ。なにせ前世の私は家族に恵まれていなかったらしいから。

 とにかくずっと私は傍にいた。生きているその姿を私が死ぬまで覚えていくためにだ。絶対にお母さんを忘れたくない。それだけが私を動かすのだ。

 でも、お母さんの最後の姿が見ることを恐れていた。だからみんなが寝静まっている真夜中にちょっと離れた場所へ行って、生き物にはなぜ寿命があるのかやどうして幸せな日々が続かないのかなどを考えて、大きな声で泣く。そこから家族が死んだときを考えるとさらに大きな声を出して泣いた。

 それが毎晩だ。私の涙は毎晩流し続けて枯れることはなかった。涙は減るどころかその量は増していった。

 私はそれを実感して自分がどれだけお母さんのことが大好きだったのかを理解するのだった。

 そして翌朝は何もなかったかのように元気よく振舞った。それはみんなを心配させないためである。

 でもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも私が夜な夜な泣いていることには気づいていた。

 なぜならいくら離れて泣いたとはいえ、しんと静まった森の中で大きな声を出して泣いたのだ。当たり前なのだが私の甲高い鳴き声なんてよく響き渡ったはずだ。

 ちょっと前にそれに気づいて、とても恥ずかしかった。

 

  ◆ ◆ ◆

 

 そして、ある日の朝のこと。いつもよりも早く起きた朝。ちょっと寒きなってきた季節の朝のことだった。

 木々に囲まれた私たちが寝ている場所に葉と葉の隙間から朝日が差し込み、冷風が私の体を撫でるように吹いていた。ふかふかの毛がある私ではあったが、それなりに寒かった。

 この時期になると当たり前のことであったが、その日はなんだかいつもと違ったのだ。

 違ったというのも別にいつもよりも寒いとかそういうのではないのだ。ただ、何か雰囲気と言いましょうか。そういう目に見えるとか肌に感じるとかではないものだ。それを感じた。

 なんだろう。いやな予感がする。

 私の鼓動はその予感に合わせるように激しく鳴る。正直、これは本当にやばいやつだ。

 起きた私は意識を完全に覚醒させて、姿勢を低くして辺りを警戒する。

 なに? なにがあるの?

 警戒してしばらくするが何の気配もしないし、何も起きていない。

 勘違い? いや、それはありえない。こんなになったのは人生(獣生?)の中で初めてのことだが、私の何か、おそらくは前世が何かがあると囁いているのだ。つまり、前世という経験から来るものなのだ。経験から来る勘の的中率は非常に高い。歴戦の兵士の中には時には経験から来る勘を信じて、生き残った者は少なくない。

 だから勘違いなはずがないのだ。

 でも、さらに待っても何もなかった。

 私は嫌な予感を持ったまま警戒を解いた。そして、まだ寝ているお母さんたちの傍へ行き、寝転がった。しばらくそうしていたのだが、何か違和感を感じた。なんだろう。

 しばらく考えてようやくその違和感に気づいた。

 いつもは温かいものが異常に冷たかったからだ(・・・・・・・・・・・)。それはお母さんの体であった。いつもは安心感を与えるお母さんの体にそれがない。むしろ反対に不安感を与えるものになっていた。

 気づいた私はすぐに体を起こしてお母さんの体を触ったり舐めたりして確かめた。

 そして、私の中で真っ直ぐに否定もせずに答えを出した。

 それはお母さんの死、だ。

 それを私は『ただお母さんは寝ているだけ……』と思い込み、現実を否定することはしなかった。いや、できなかった。おそらくは私の前世が関わっているのだろう、物事を冷静に分析し判断するということがそれをさせずに強制的に答えを出させたのだ。

 こういうことは一度そうだと認識してしまえば、誤魔化すことなど不可能である。つまり私は信じたくないお母さんの死を受け入れたのだ。

 私は泣いた。この人生(獣生?)の中で一番大きな声で泣いただろう。

 私が泣いているとぐっすりと冷たくなったお母さんの傍で寝ていたお兄ちゃんたち二匹が何事かと慌てて起きた。

 私はお母さんが死んでいたということを伝えた。

 もちろんお兄ちゃんたちは嘘だと私に言った。信じないと言った。

 でも、傍にいるお母さんに触れるとようやくそれを理解して二匹は先ほどの私のように泣き始める。それを見ていた私も釣られて同じように再び泣き始めた。

 私たち三匹の悲しみが混じる鳴き声はゆっくりと眠りから覚める森を一気に覚醒させ、騒がしくさせた。

 私たちが泣き終わったのは数時間後であった。

 私たちはもう何も言わないお母さんの体に寄り添うように寝ている。別にまだ生きているとか思っているわけでもない。ただお母さんの傍にいたかっただけだ。

 そうやってお母さんとのお別れに整えた。整えたあとはお兄ちゃんたちに穴を掘ってそこへお母さんを埋めたいと提案した。動物の世界に埋葬などという習慣などほとんど存在していないが、私は元人間でお母さんが地の上で土に戻るのを良しとはしなかった。せめて地の中で土に戻ってほしかったのだ。

 お兄ちゃんたちにはその気持ちがよく分からなかったようだが、二匹は私の言うことを聞いてくれた。

 その日の夜、さっそく行動する。

 夜に行動し始めたのは私たちがまだお母さんとお別れしたくないという気持ちがあったからだ。それで夜になってしまった。

 お母さんを埋める場所は私たち寝床にしていたすぐ傍だ。なぜそこにしたのかだが、それはここで多くを過ごしたからだ。だからお母さんをここに埋めるのだ。お母さんも喜んでくれると思う。

 さっそく私たちは穴を掘る。目標とすると穴の深さは約三メートルほど。そんなに深く掘る理由は死んだお母さんの体をハイエナのような獣どもから食べられないようにするためだ。獣どもに私たちのお母さんを食べさせるなんて嫌だから。

 私たちは夜が明けるまで穴を掘り続けた。私たちの体、特に前足は土にまみれていた。幸いにも地面がやわらかかったので前足には大して傷はつかなかった。

 朝になって私たちはお母さんの体を穴に落とした。本当は落とさずに丁寧にやりたかったのだが、私たちのような獣の体ではそうするのは難しかった。

 お母さん、ごめんなさい。

 穴の底にあるお母さんの体を最後に見て、私たちは最後に泣いた。お母さんを埋めればもうその姿を見られないからだ。

 私たちは一時間ほど泣いた。

 私たちは最後にもう一度お母さんの姿を見て、後悔がないようにした。

 そして、ついにお母さんを埋めるときとなった。私たちは少しずつ少しずつ土をかけていく。

 お母さんの体の上に土が乗り、お母さんの体が消えていく。約二時間ほどかけて穴を埋めた。そして私たちの目の前には少しだけ盛り上がった地面だけであった。

 私は地面を固くした後、ちょっと大きな石を墓石代わりに立てた。

 ああ、本当ならもっとちゃんとした立派な墓石を立てたかった。立ててお母さんが立派だったと知らしめたかった。

 でも狐の私では無理であった。

 私が墓の前で私が座っていると私の両脇にお兄ちゃんたちが座る。

 二匹は何も言わない。ただ私の両脇に座っているだけ。

 私は二匹にどうしたのと聞く。

 二匹は答える。私を守るからと。

 私の体は未だに幼いままである。同じときに生まれたお兄ちゃんたちはもうお母さんと同じように成長した体だ。なのに私の体は幼い。だから私はずっと守られている。

 私はそろそろ守られるだけじゃない私になりたい。お母さんが死んだ今、私たち三匹で協力して生きていかないといけないから。いや、そうじゃない。本当ならば私たちはもう大人なんだからそれぞれの道を歩んで、それぞれの家族を作っているはずだ。

 でも、そうはならなくてこうしてお母さんと一緒に今まで過ごしてきた。

 それはありえないはずの幸せであった。

 そうなった理由は私には心当たりがある。

 その原因とも呼べる理由は私という存在である。

 私の体は先ほど述べたようにお母さんと同じくらいになったお兄ちゃんたちと比べて子どものように小さい。狐の子どもと比べても大人とは見られずにちょっと大きい子どもだと思われるくらいに。それほど私の体は成長しきっていない。

 だからお母さんたちは私を守るためにずっと傍にいてくれたのだ。

 私はお兄ちゃんたちにもう守ってくれなくていいよと言った。

 もう迷惑をかけたくないから。それに体は小さいとはいえ私も立派な大人である。しかも元人間だ。それを利用すれば私だってうまく生きることができる。

 そういう私の考えがあって言ったのだ。

 するといきなりお兄ちゃんが私を襲いかかって来た。

 いきなりのことで反応できずに私はお兄ちゃんに押し倒された。

 私の上に乗っかったお兄ちゃんはそこから私の首元に噛み付く。しかも思いっきり。

 いつもとのじゃれあいの甘噛みではなく、私たちが狩りをするときの力だ。

 とても痛かった。しかも血のにおいがするし。

 私は鳴いて痛いということを示し、足をジタバタと動かした。足がお兄ちゃんに当たるが、それでもお兄ちゃんは止めない。

 い、痛い! ぐすっ本当に痛い! なんで! なんで!

 そう訴えてしばらくした後、ようやくお兄ちゃんが止めてくれた。

 お兄ちゃんの歯には私の血が付いていた。

 口周りがきれいなことから私の首元の傷は小さな傷のようだ。

 よ、よかった。ここで死ぬのかと思った。

 自分の傷の大きさが分かり、安心した私はお兄ちゃんに向かって唸り声を出す。

 意味も分からずいきなり襲われたんだ。いくらお兄ちゃんとはいえど、許すことなどできないものだってあるのだ。それがこれだ。

 睨まれているお兄ちゃんはただじっと私を見つめるだけ。そのまましばらく経つ。

 傍で見ていたお姉ちゃんが私の元へと来た。

 なんだろうか? というか、お姉ちゃん。なんで私を助けてくれなかったの? こっちは本当に痛かったのに。

 お姉ちゃんは私の傍まで来ると右前足を振り上げる。

 なに? と思っているとその前足が振り下ろされて私の頭に直撃した。

 痛い!? な、なんで? なんでお姉ちゃんも!?

 いきなりの攻撃。そして二匹から受ける暴力。

 私にはそんなことをされる覚えがない。もういやだ。なんでこんな目に……。

 私は涙をこぼす。

 お姉ちゃんたちは私のこと嫌いなの?

 私は泣きながらそう言った。

 お兄ちゃんたちはそれは違うと答える。

 ならなんで?

 私が問うた。

 それはお前がバカなことを言うからと答えた。

 どこが!

 泣きながら私は言う。

 お前が守らなくていいと言ったことだと答え、続ける。

 自分たちはお前と一緒にいると決めた。だからお前を守り続ける、と。

 そう言われて二匹が私にしたことを理解した。あれは私がああ言ったから怒ったのだと。

 それを理解して私は嬉しくて泣いた。二人に謝りながら泣いた。そして私もまたお兄ちゃんたちと一緒にいることを決めた。

 それは我々獣にとってはありえない選択であったが、それでも私は家族といたいと思い、お兄ちゃんたちもそれを許してくれた。

 

 


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