セラフォルーとの話が終わった私は、フェリに抱きかかえられていた。やっぱり抱っこされるのっていいですね。フェリは私の娘だけど、私と違って大人びているのでお姉ちゃんみたいと思ってしまう。きっと昔のことを思い出しているからだろう。昔できなかった家族とのやりとりとか色々なことを。やっぱり私って寂しがりです。
「お母様? どうしましたか?」
「いや、なにもない。それよりも黒歌たちのことは終わった。あとはみんなでゆっくりするだけじゃ♪」
ニコッと抱きかかえられたまま微笑む。
「でも、白音と黒歌は勉強をしてもらうけどね」
「「えっ!?」」
私の発言に白音と黒歌が驚く。実はまだ話していないけど、黒歌たちも学校に行ってもらいます。あの子たちはまだ子どもです。妖怪だってこともあって、学校に行っていないはずです。
だから、学校で色々と学んでもらいたい。学校では勉学以外にも色々と学べるから。これは体験談です。今はもういないけど友達も作りました。
「あと、力もつけてもらう。黒歌は妖術、白音は仙術じゃ。フェリの夏休みまでにすべての基礎を仕上げる。言っておくが私のはちょっと厳しいぞ」
「お、お母様? まさか黒歌たちにあの勉強を?」
「まさか。白音と黒歌にはフェリが高校入学までという長い時間、勉強させるだけじゃ」
聞いてくるフェリにそう答えた。フェリはまだ中学1年です。そこからフェリが高校に入学するまで勉強をさせる。年で表せば約3年。その時間で勉強をしてもらうだけ。
「でも、黒歌たちは私たちとは違います。そんな時間でするなんて……」
「それはお主らに大学までの勉強をやらせたからじゃ。黒歌たちには中学3年までを勉強させるだけじゃ。そして、黒歌とフェリは一緒に高校に入る。白音は咲夜が高校に入った翌年に入る。本当は咲夜と同じにしたかったのじゃが、歳が2歳違いじゃからそうなった」
現在、黒歌は12歳、白音は10歳です。でも、黒歌って歳の割にはスタイルがいいです。将来は私とフェリに負けないくらいになるでしょう。
「御魂ちゃん、学校なんていいの?」
「よい。遠慮はするな。何度も言うが、お主らは私の家族。この程度は別に問題ない。金のこともじゃ。学校で色々と学ぶといい。お主らははぐれという理由で色々とあったろう。じゃが、この私がいる限り追いかけられることはない。気を緩めて幸せになれ」
黒歌たちの心にはまだ警戒心がある。私にはそう感じる。きっと本人も気付いていないかもしれない。私はそれを悲しく思う。それはまだ安心できてないことだから。
「ほれ、そんなことより家に戻ろう。こうして歩いているよりも楽じゃからな」
そして、私たちは移動する。私は相変わらず抱きかかえられたまま。しばらく歩いて人目のないところに着く。なぜここなのか。それは転移用の札を使うから。別に人目があってもいいんだけど、札は企業秘密です。
「咲夜」
「はい!」
咲夜に転移用の札を渡す。受け取った咲夜は札に気を込める。込められた札は淡い光を放ち、独特な陣が私たちの足元に現れた。その陣は次第にさらに光を放つ。一層光ったところで私たちは転移した。
転移した場所は私の土地の門の前。あとはこの土地の家に向かうだけです。そういえば2人の部屋がありませんでした。人間界の家には空き部屋がちょうど2つありました。2人はそこですね。
今日は色々ありました。黒歌たちが家族になって私の眷属にして冥界に行って魔王に会って……。全部、たった1日の出来事です。時間ももう夜ですし。
「フェリ、今日から数日は冥界で過ごすぞ」
「分かりました。食料はどうします? こっちには何もなかったはずです」
「そうじゃな。人間界から持ってこよう。新しく買っても逆に向こうのが駄目になってしまうからな」
「では家に着き次第、私は向かいます。咲夜」
フェリが隣を歩く咲夜を呼ぶ。咲夜はニコニコしながらこっちを見てきた。うん、やっぱり可愛い。
「はい! なんですか!」
「こっちの家に着いたら風呂の支度をお願いね」
「分かりました!」
テンションの高い声が響く。黒歌と白音は耳を抑えている。きっとうるさかったんでしょう。私はもう慣れました。フェリもきっと私と同じ。
「ふにゃ~、咲夜ちゃんはいつもテンションが高いにゃ。どうして高いの?」
「う~ん、分かりません! この姿になってからこうです! でも、元気が一番ですよ!」
「まあ、そうね。白音とは逆にゃ」
黒歌は隣にいる白音を見る。白音はほとんど無表情。逆に咲夜はニコニコです。本当に逆ですね。でも、白音はずっと無表情というわけではない。前に一緒に過ごしたときにたくさん笑っていました。
ただ人見知りのようです。だから、きっとすぐにこの無表情はなくなると思う。そういえば咲夜もずっとニコニコではない。あのときみたいに冷たい表情をすることができる。まあ、滅多にないけど。
「……元気がなくてすみません」
白音がいじけてぷいっと顔を振る。私はフェリの腕から抜け出し、白音のもとへ歩み寄る。そして、その頭を撫でた。
「な、なんですか?」
「いや、可愛いなって思ってな」
「か、可愛いですか?」
「うむ。可愛いぞ」
「あ、ありがとうございます。御魂さんも可愛いです」
褒められたのでしょうが、この姿はある意味本当の姿じゃないのでやっぱり複雑です。けど、まあこの姿を好きだと言ってくれる人もいるので、個人的には嫌いじゃない。
「でも、その私の呼び方はやめてくれ。さん付けだとちょっと赤の他人みたいだからな」
「分かりました。でもなんて呼んだらいいですか?」
「そうじゃな。ならお姉ちゃんかお母さんでよいぞ」
スパアアアンッ!
私の頭に衝撃が走った。とても痛い。何かで叩かれた場所を両手で押さえる。視界もぼやけた。痛さのあまり涙が目に溜まっているみたい。なにで叩かれ、誰がやったのかを見るために振り返れば、フェリがハリセンを持っていた。
な、なんでハリセンなんて持ってるの!? どこから出した!! というか、なんで叩いたの!! 頭の中に色々と浮かび上がる。叩いた本人であるフェリはニコニコ顔で私を見ていた。
「お母様、なに言っているんですか? ちょっと調子に乗りすぎです」
「だ、だって、私と白音の年齢を考えたらそうじゃない?」
「だったらおばあちゃんですね」
「なっ!! ひどい!! 私のどこを見ればそうなるんじゃ!! 見よ、この若い体を!! おばあちゃんには見えないじゃろう!! というか、幼女じゃ!!」
自分で言って何か自滅したような気がする。でもおばあちゃんよりはマシです。
「へえ~、幼女なんですか。お母様はいい子ですね~。よしよし」
「うう……うわああああんっ! フェリがいじめるうううっ!! 咲夜~、黒歌~、白音~!!」
娘に泣かされた私は咲夜たちに泣きつく。私の姿が幼い姿だけにその光景に違和感など感じられないが、私のほうが年上だということを含めるとそれは異様だと言える。もはや魔王と話し合ったときの威厳などない。
いるのはただの泣かされた子どもだけ。それがふさわしい。
「私が慰めてあげます!」
「御魂ちゃん、ほら泣き止んでね。私も慰めるから」
「え、えっと私はどうすればいいんでしょうか?」
咲夜、黒歌が頭を撫でたり背中をさすって慰め、白音はどうすればいいのか困っていた。私は黒歌と咲夜の2人に抱きつく。
「姉さま!! 母様を泣かすなんてひどいです!!」
「これは母様が調子に乗ったからです」
「それでもやり過ぎです! 母様はああ見えて心が弱いんです! 知っているでしょ?」
え? 咲夜にとって私ってそんなに心が弱いって認識なんですか? 自分では気付きませんでした。でも、ちょっと心当たりがある。ここでは言わないけど。
「……知っています」
フェリもそういう認識だったんですか。私の心はショックなどではない。ただ喜びに満ちている。だって私自身、気付かなかったことを気付いてくれているんです。これってただの他人なら分からないもの。つまり、私たちが家族という特別な関係だと感じさせてくれる。
「なら母様に謝ってください!」
「うう……お母様、ごめんなさい。やりすぎました」
フェリが謝ってきた。でも、未だに黒歌たちに慰められている私はぷいっと顔を動かし、フェリと視線を合わせない。
「あ、あのお母様? 許してくれないんですか?」
「ふん! 嫌じゃ嫌じゃ! 意地悪する人を許すか!」
「ゆ、許してくれないんですか?」
フェリの目に涙が溜まってきた。なんだか泣きそうみたい。ちょっと私もやりすぎたかな?
「御魂ちゃん、許してあげたら? もう泣きそうだよ?」
「私もそう思います。謝っているみたいですし、許してもいいです」
黒歌、白音に言われる。うう、2人に言われるとそうするしかない。私よりもとても年下な2人に言われて嫌なんて言えないです。フェリも謝っているし許してあげましょう。
「……分かった。許す」
そうフェリに言った。フェリは泣きそうな顔から一変し、笑顔になった。
「お母様、ありがとうございます! 大好きです!」
言うとともに私に抱きついてきた。フェリが密着してきたということは、私はフェリ、咲夜、黒歌に囲まれているということ。でも白音は見ているだけだった。私は3人を引きずりながら白音のもとまで行く。
そして、抱き寄せた。まだ私よりも小さいその体。いつかこの子も今の私よりも大きくなってしまうんでしょうね。黒歌は現時点でスタイルはいいいから、きっと白音もこうなると思う。ちょっと楽しみです。
「ところで、白音は私のことをどう呼ぶ?」
「白音、お母様のことを別にさっきの2択で選ばなくていいんですよ」
フェリが付け足す。む、せっかくあの2択で選んでもらおうと思ったのに! これじゃ別のを選ぶかもしれないです。でも、いやいや呼ぶのは嫌ですから、これでよかったかもしれませんね。
「み、御魂お姉ちゃんでいいですか? ただお姉ちゃんだと姉さまと混じりそうだったので、これがいいなと」
御魂お姉ちゃん、か。なんだかいい感じです。魂の一部であるまだ話したことのない妹はいるけど、やっぱり妹のような子にお姉ちゃんと呼ばれるのはうれしいです。本当の妹にそう呼んでもらってもそうなんでしょうか?
ああ、早くあの子にも会いたい。早く大きくなって立派になってほしい。それはおそらくあの子が高校に入るくらい。ちょうど白音も高校に入る頃。うん、私も白音と一緒に高校に入ろうかな。家で1人留守番って寂しいです。
駒王学園って悪魔が占めている学園です。私も一応悪魔です。別に大丈夫なはずです。今度、サーゼクスに頼みに行きましょう。私だって学校に行きたいんですからね。だって、前の学校は妖怪の学校。なら人間の学校にも行きたいです。
「お母様、なにか企んでませんか?」
「た、企んでおらん。そ、それより家までもう少しじゃぞ。今日はみんなで初めての夜じゃ♪」
今日は黒歌たちと私の娘たちが一緒に過ごす初めての日です。最初は大事です。いい思い出にしないと。色々と考えている間に家が見えてくる。やっぱり私の家はでかいです。人間界よりも数倍大きい。
でも冥界のこの家は2階建てではなく、1階建て。寝殿造みたいな家になっている。部屋の数も人間界の家の倍以上です。どうして私はこんなに大きい家を建てたのだろうか? 絶対にこんなにいらないよね?
「う~ん、御魂ちゃん。この家ってよく見ると大きいよね。でもこんなに大きな家って必要だったの?」
黒歌に指摘された。ええ、私もそう思っていたところですよ。周りもそう思っているみたい。
「別にいいじゃろう。大きいが5人もいる。そう考えるとまだ余裕があると考えたほうがよいじゃろう。それともお主らは3部屋くらいしかない狭い家のほうがよいか?」
「「「「いいえ」」」」
声をそろえてみんなが言う。文句みたいなことを言っていても、やっぱり広々とした家のほうが好きですよね。中に入ると玄関に私の式紙が私たちを出迎えた。私のお姉さんモードに似た容姿。それが私たちを出迎える。
まるで私が私たちに仕えてるみたい。だけど、これは私ではない。似ているけど、そう、似ているだけ。そう思っても私が仕えていると錯覚してしまいそう。
「お帰りなさいませ、ご主人様。そして、ほかの方々。ご主人様、さあ、こちらを」
渡してきたのは冷たいお茶。私はそれを受け取り、飲み干す。口、のど、胃と順に冷えたお茶が通る。その冷たさは内から外へと広がる。ああ、ちょうど冷たいのがのみたかったんですよね。この式紙、結構使えますね。
「ああ、他の方々にもあります。どうぞ」
式紙がみんなにも渡す。あれ? なんか私のと違う。私のは透明なコップに入っていたけど、みんなのは陶器のようなコップだった。たしかアレは熱を伝えにくいコップだったはず。それになんか湯気が出ているような……。
「「「熱っ!!!」」」
「うう……熱い」
フェリ、咲夜、黒歌は一口飲んだ瞬間、そう声を上げた。白音は涙目で小さく呟いていた。やっぱり熱々のお茶だったみたい。それを渡した式紙は何事もなかったようにしていた。なんだかフェリたちへの対応が私と違うような気がする。
これっていたずら? 確かに式紙は本物らしくするために、微量ながら意思のようなものはある。なのでいたずらすることはあるのだけど、私は不思議なものを見たのだった。それは微かに笑みを浮かべていたということだ。意思と表情は私がずっと目指していたもの。それが目の前で……。