第17話 私、帰れるかな?
転移に失敗した結果、私は変なところに転移した。転移した場所は「無」という表現がふさわしい空間だった。この空間に地面や天井はない。まるで転生前の神様と出会った空間のようだ。
さてどうやってここから脱出すればいいだろうか。
転移をしようにも転移術式の札を持っていないし、あったとしても失敗した術で原因も分からないので却下だ。私の能力で真っ白な札を作りそこに術式を書くという手もあるのだが、残念なことに私は転移術式(失敗作だが)を全く覚えていない。それは前に作った術式を今更になって試したからだ。
もしかしてそれをついさっき完成したようにフェリに言ったバチが当たったのかな?
ともかく覚えていないのではどこが原因で失敗したのか分からない。
つまり一から作らなければならないということだ。
私があの術式を作ったのにかかった時間は約五年。今から作るとから昔の記憶を掘り出して思い出せる部分もあるはずだから、五年以内には作れるはずだ。
しかし……それでも数年、か。フェリ、大丈夫だろうか? 私がいなくてやっていけるだろうか?
あの子は確かに一人で生きていける能力を持っているが、私とあの子が離れて過ごすなんてことはフェリと過ごした中ではほとんどなかった。そして、あの子は私に依存して私がいないとダメなのだ。
だから不安で仕方ない。
これをきっかけにフェリは一時的だが一人で生きていくことになる。はたしてフェリが精神を壊さずに過ごしていけるのか。
壊れればきっとフェリは廃人になる。
私はあの子の母親だ、家族だ。だからそんな風になってほしくないのだ。
ゆえに早急にアレを完成させてフェリのもとへ帰る必要がある。
さてならば早速作ろうか。
そう思ったのだが、ある問題点を発見した。
あれ? ちょっと待って。そもそもこの空間って何?
そもそも私が作った転移術式は遠く離れた場所へ行くための術式である。つまりは立体的に移動するだけの術式だ。
しかしこの空間がもし私たちがいた空間ではなく、別の空間だったらその術式では全く意味がないということを示し、もし作るならば空間と空間を跳ぶ術式を組み込まなければならないのだ。その術式はもちろんのこと今回使用した術式よりも複雑で難しい。いや、難しいなんてレベルじゃない。一人で作るなんて人間の人生何回あっても無理だよ! とかいうレベルである。
それを私は一人でやらないとダメなのだ。
はあ……しばらくなんて時間じゃないよ。私なら百年くらいかかるんじゃないかな。
百年という時間は前の私だと万単位の時間を生きた私からすればとても短い時間であった。それは私が楽しいとか悲しいとかそういう感情を表すようなイベントがなかったからだ。しかし、今の生活、つまりフェリという家族がいる日々がある百年はとても長く、生まれてからの百年間を思い出させるほどである。
百年、か。フェリは大丈夫かな?
数年と思っていたがまさかの百年。私の不安は余計に大きくなった。
あぁ~もう! なんでこうなったし! 本当なら今頃はフェリと一緒におやつでも食べていたのに!! やっぱり実験なんてするんじゃなかった!
そもそも別に転移術なんていらなかったのだ。なのにまあ、ちょっと作ってみよう程度の動機で作り、試した結果がこれだ。後悔ばかりしかない。もし真面目な動機があって作ったならばこうはならなかったはずだし、ここまで後悔はしていなかっただろう。
フェリ、本当にごめんね。お母さんがバカだったよ……。
この空間から脱出する方法は新たなる転移術(製作期間約百年)を作る他に実は一つ思い当たることがあるのだ。それはこの空間に穴を開けてそこから脱出するというものだ。
これならば短い時間内で脱出できるだろう。しかし、どうやってこの空間に穴を開けようか。
私は妖怪の里のような異空間を作り出すことは一応できる。が、この空間はどうもその空間よりも色々と違うようで空間をどうにかできるか分からないのだ。
とりあえず今は体を休めたり作業のできる家を作ろう。
私は約五時間ほど時間をかけてその家を能力で作り出した。
うん! いいできだ!
できたのは家ではなかった。できたものには戦闘にでも行くのかというレベルの武装をした真っ黒な船であった。もちろん船とはいうが海を移動する船ではない。アニメなどにある宇宙船である。
ちなみにこの宇宙船は本当に宇宙に行くことができるし、
宇宙に出られる技術力があるということはもちろんのことそれなりに武器だって強力だからだ。そのためにこのような武装を持っているのだ。
もちろん装甲のほうもかなりのものだ。
この船に搭載された武装からの攻撃を一度だけ防ぐだけの防御力があるのだ。
ほかにも色々とあり、自慢の船だ。
まあ、そもそも宇宙に行く予定なんてないんだけどね。
さて性能面はこれで終わって、船内だがこの中は衣食住に必要なものが完備されている。ひとまずはこれで大丈夫だ。
私はさっそく船内に入る。
船内には重力を制御する装置が働いており、上も下もある状態を作り出していた。
うん、やっぱり重力はいいね。最高だよ。
私は通路を歩く。
金属で作られた床は私が足を進めるとともにカンカンという乾いた音が船内に響き渡る。金属で作られたものならではの音だ。
その音が響き渡る通路の中、私は自室へ向かう。
自室の前に着くとまず目に入るのがやはり周りの壁などと同じ鉄でできた分厚い扉だ。ちょっと自室の扉には合わない。そう取り付けた私自身もそう思った。
部屋に入るとそこは和室となっていた。鉄の壁ではない。
「ふむ、やはり自室はこれじゃないと落ち着かないのう。ここだけ和室にしてよかった」
鉄に囲まれた部屋だとなんだか息苦しく感じるから、せめて自室だけはリラックスできるようにと和室にしたのだ。結果はよかった。きっと通路と同じく鉄の壁だったらあまりリラックスできないでいただろう。
「さてさっそくこの空間を調べるとするか」
この部屋に置かれているコンピュータを起動させた。このコンピュータはこの船に繋がっており、この部屋から船の全てを動かすことができるのだ。それはこの船の操舵も含まれる。
私はカタカタとキーボードを叩く。ディスプレイは立体投影型で、未来感の雰囲気を醸し出す。ディスプレイにはさまざまなグラフが出されて、片時も休まずに動き続けていた。
私はそれを顔をほとんど動かさずに目だけで追う。
もちろんのこと私はそのグラフの内容を理解している。
しばらくそうやって内容を読み取り、私は一旦ディスプレイから目を離した。
「やはり、別空間じゃのう。しかもちょっと色々とやばい」
ディスプレイに映し出させたのは全てこの船に取り付けてあるセンサーからの情報である。全てこの空間を調べるためのものだ。
さてとやばいと言ったのはこの空間が思った以上に理解できなかったからだ。理解できなければ強引にするとしても穴を開けることはできない。
私は理解できなくて部屋の隅で膝を抱えた。
私が部屋の隅でこうするなんて転生してから数えるほどしかない。つまり滅多にとかいうレベルではないほどの行動が行われたのだ。
私がこうする原因はいくつかある。
今回の場合は自分に理解できないことがあり、それにむかついたからだ。
私は自分の才能に自信がある。この船だってそうだ。私はこれを一人で作り上げた。しかも理論自体は私が生まれて数百年の間に一人で作りだした。おそらくは未来の世界でも私以上の才能を持つ者などいないだろう。
故に私に理解できないことがあり悔しかったのだ。
いくら未知の空間とはいえ少しも分からないことが目の前にある。私は自分のプライドにかけて徹底的に調べることにした。
悔しくて涙目になりながらそう決意した。
「ぐすっ、絶対に分かって見せるんだから!! 絶対に!!」
私以外誰もいない和室でそう叫んだ。
それから私はこの空間をあらゆるセンサーなどで調べまくった。その目的は『フェリのもとへ帰る』ともうひとつ増えて『この空間を完全に理解する』という二つになっていた。
この空間での生活ではほとんど寝る時間なんてなかった。ただコンピュータに向かってキーボードをカタカタと叩いたり、紙を取り出しそこに色々と書き出したり、手を止めて考え込む作業のみであった。それ以外の時間は食べて風呂に入るくらいだけだ。
全てはこの空間の解明とフェリのもとへと帰るため。休んでいる暇なんてないのだ。
そんな生活をしてすでに約二十年が経っていた。
結構な年月が経っている。
「すでに……二十年、か。フェリ、お前は何をしている?」
タワーのように積み重なっている紙の束に囲まれる部屋の中で、その部屋にある窓を覗きフェリを思いながらそう呟いた。
私は自分の体を抱いてフェリがいない寂しさを紛らわしていた。
この船の中には式紙が数体動いている。だけど、式紙たちには私の寂しさを無くしてくれはしない。だからこうやって自分を抱きしめて慰めているのだ。この寂しさを無くしてくれるのは私の家族だけだ。
「フェリ……」
フェリは私を恨んでいないだろうか? 私はすぐに戻ってくると言ったのに戻らなかった。変な空間に転移してしまったといえ、フェリは自分を捨てたと思うかもしれない。私の転移術式の失敗は演技で全ては自分を捨てるための口実だと。
そういうふうにフェリが考えている可能性だってある。
なにせ連絡がないまま二十年だ。私には短いだろうが、フェリにとってはまだ長い時間である。普通に考えて転移の失敗で戻ってくるのにこんなに時間はかからないだろうと考えるはずだから。
そうならばきっと私のことを怨んでいるか、きっぱりと忘れているだろう。
前者ならまだいいが、後者だったらどうすればいいのか。
それはもうフェリ自身が私を家族とは思わずにただの赤の他人になったということだ。それだけは耐えられない。まだ私を怨んで私を殺しにかかってくれたほうがいい。そう、何か繋がりがあればいいのだ。それが殺意でも愛でも何でも。
そんなことを時折思いながら私は毎日を過ごしている。
と、そのとき緊急時に流れるサイレンが鳴った。
『未確認の漂流物が接近中。こちらへと近づいて来ます』
この船に組み込まれた
ふむ、珍しいな。
この警告が鳴るなんて滅多にない。鳴るときはこの空間に漂流する物体が船に近づいたときだ。しかし、このどこまでにも広がるこの空間でこの船が何かと接触する機会などほとんどない。故に珍しいのだ。
私はその漂流物を調べるためにコンピュータに触る。立体投影のディスプレイが出され、この船の外に設置しているカメラの映像へとアクセスした。
「なっ!?」
私は映し出されたものを見て思わず驚き目を見開いた。
そこに映し出されたのは漂流物なんてそんなものではなかった。
それは生物で物ではなかった。巨大で紅くて大きな翼を持っていて長い首をしてしっかりとした四肢があって……まとめるとでっかい紅いドラゴンがいたのだ。
そのドラゴンはゆっくりと私が乗る船へと向かっている。
『漂流物はなおもこちらへ接近しています。障害物の解析を開始。……完了。対象の危険度は特S級です。全武装対象へ。……ロックオン完了。マスター、攻撃可能です』
「攻撃はするな。しかし、ロックオンはしたままじゃ。それで待機」
『了解』
この空間で初めての生命体だ(ドラゴンだけど)。ドライグやアルビオンの二匹のこともあるし、もしかしたら意思疎通ができるかもしれない。一人孤独状態だった私からしたらやっとの話相手だ。それに相手はまだこちらへ敵対行動をしていない。なのにいきなり攻撃するのは間違っているだろう。
私は会話をするためにこの船を出た。
ずっと船の中だったからなんだか久しぶりに外に出る。
まあ、そうは思っても空気が美味しいとかそういうものはこの空間にはないんだけどね。だから気分だけである。
外へ出ると私は船の上に立った。そこであのドラゴンと対面するのだ。
私は全ての封印の解いた。解いた瞬間に私の幼い体は成長した体へとなった。それとともに服のサイズも変わった。
「ふむ、この体も久しぶりじゃな。懐かしい」
幼い体から成長した体になったので感覚がちょっと変だ。特に距離感だ。幼いときの感覚で動くと物を掴むことができなかったりと。まあ、今回はちょっとだけだしこの状態で戦闘とかしないしあまり動かないと思うからいいか。あくまでも話をするだけだから。
さてまずは私から話しかけるとしようか。