流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第9話.吹雪

 スバルは足を内股にして、マテリアルウェーブのスキー板を『逆ハの字』にしてみせた。

 

「これがボーゲン。こうするとスピードが落ちて曲がりやすくなるんだよ」

「……ぐ……ぬ、ギャフン!!」

 

 プルプルと震えながらキザマロは顔中にしわを寄せてスバルの真似をしようとする。内股にすることはできるのだが、『逆ハの字』が維持できない。スキー板が滑って必要以上に開いてしまうのだ。乙女座りを強制されたキザマロの股関節がグキリと叫んだ。

 先ほどからずっとこの調子である。スキーが全くできないキザマロを不憫に思い、スバルは初心者用の滑り方をレクチャーしている。スバルもスキーは初めてだが、このボーゲンはすぐに慣れた。

 

「……キザマロ、ちょっと休憩しようか? それとも、マテリアルウェーブに助けてもらう?」

 

 スバルはキザマロがつけているスキー板を見た。レンタルしたスキー板は人格が設けられているタイプのマテリアルウェーブで、先端には目と口だけで作られた簡易な顔が付いている。それがキザマロの不器用さに呆れて目じりを下げていた。

 

「俺たち兄弟に任せなよ!!」

「ばっちりサポートするぜ!!」

 

 スキー板に設けられた人格がキザマロに語り掛けた。彼らの力を借りれば、初心者でも楽しんで滑れるらしい。

 

「いえ、それはさすがに……いえ、そうした方が良いかもしれませんね」

 

 キザマロは遥か下方を滑っているルナとゴン太を見て言った。キザマロへのレクチャーはスバルに一任し、ルナはゴン太の気晴らしに付き合って先に滑っている。下まで降りたら、これまたマテリアルウェーブでできているリフトで戻ってきて合流するつもりだ。

 

「委員長はもともとスキーのトロフィー持ってるし、ゴン太は運動神経良いからね。意外と……」

 

 スバルがフォローする間も、キザマロはもう一度ボーゲンを練習してみていた。再び、子犬のような悲鳴が上がる。

 

「おい、スバル。なんかおかしくねえか?」

「なにロック? キザマロがどうかした?」

「そうじゃねえ。空を見てみろ」

「空?」

 

 言われるままにスバルは空を見上げた。そして顔を曇らせる。青と白で染められていたはずの空を、灰色の雲が覆おうとしていた。それも見る見るうちに黒くなり、太陽の光を遮断していく。頂上付近を伺うとすでに黒い雲が出来上がっていた。スバルには黒くて巨大な手がヤエバリゾート全体を包み込もうとしているように見えた。

 心なしか冷たくなった風がスバルの周囲を通り過ぎていく。雪が舞い、スキーウェアがバタバタと嫌な音を立てる。

 

「……ロック、天候制御装置は直したよね?」

「ああ、そのはずだぜ」

 

 キザマロが立ち上がったころには地上が影で覆われてしまった。嫌な予感が胸をドンドンと叩いてくる。一瞬風がやむ。そして何の前触れもなく豪風がスバルを襲った。

 

「うわっ!!」

 

 体が宙に浮きそうになる。遅れて大量の雪がスバルの頭から足先までを叩いてきた。大粒の雪が銃弾のように降り注いだのだ。スキーウェアがバチバチと音を立てる。

 吹雪だ。吹雪がスバル達を襲ったのである。

 

「急いで降りるよ、キザマロ!!」

「は、はいですぅ!!」

「マテリアルウェーブ、お願い!!」

 

 スバルはキザマロの手をとり、マテリアルウェーブの補助を最大限に利用して滑り出した。さきほどの練習風景が嘘だったかのように、キザマロは転ぶことなくスバルの滑りについてくる。それが功を制したのか、吹雪が本格化する前にスバル達はホテルに辿り着いた。

 暴風に煽られるようにロビーに入ると、避難してきた客たちの喧騒と、スタッフたちに指示を飛ばすイサムの大声に包まれた。それが助かったのだという安堵を与えてくれた。

 ヘトヘトになっているキザマロに手を貸しながら、スバルはほっと胸をなでおろした。そこに顔を青くしたルナが駆け寄ってくる。

 

「スバル君!」

「良かった委員長、無事で……」

「良くないわ! お願い、ゴン太を助けて!!」

「……え?」

 

 事態が呑み込めなかった。ゴン太はルナと一緒に滑っていたはずだ。

 

「吹雪が起きてすぐに、ゴン太が上級者コース行きのリフトに乗ってしまったのよ! アイちゃんを助けに行くって……私が『頂上と違って山の下の方は風の影響が少ないから、ここは安心だ』って、言っちゃったから……」

 

 つまり、頂上付近にある上級者コースには強い風が吹いていると言う事だ。それに気づいたゴン太はアイを思うあまりに無謀な行動に出てしまったのである。

 おそらく、その時のルナは吹雪を心配するゴン太を励ますためにそう言ったのだろう。彼女を責めることはできなかった。

 

「アイちゃんは?」

 

 ルナは首を横に振った。

 

「分かったよ委員長。キザマロと一緒にここにいて」

「スバル君……」

 

 ルナとキザマロの心配そうな目に力強く頷くと、スバルは人気のない場所に移動し、スターキャリアーを取り出した。

 

「行くよロック!?」

「おう! いっちょ人命救助と行くか!!」

「うん。電波変換 星河スバル オン・エア!!」

 

 

 電波人間となり、ロックマンはウェーブロードに飛び出した。吹雪でほとんど前が見えないが、ウェーブロードを伝っていくのにさほど苦労はなかった。ただ、ゴン太とアイを思う気持ちが焦りを生む。

 

「スバル、まずは天候制御装置に向かうぞ? この吹雪さえ止んだら、後はホテルの奴らや、救助隊に任せりゃいい」

「そうだね……」

 

 無論、その後も手伝うつもりでいた。ここまで関わってしまった以上、知らぬ顔なんてできない。

 そんなことを話しているうちに天候制御装置のもとに辿り着いた。そこでロックマンは偶然に感謝することになる。

 装置のすぐ近くでゴン太とアイが雪に押しつぶされるように埋もれていたのだ。おそらく、責任感の強いアイはホテルオーナーの娘として装置の様子を見に来たのだろう。ゴン太も彼女を見つけて助けようしたが、力尽きたらしい。

 今すぐにでも2人を連れて帰りたかったが、先にするべきことがあった。要救助者はこの2人だけとは限らないのだ。

 

「スバル?」

「分かってるよ。先に装置を直そう?」

「そいつは困るな!!」

 

 頭上から声が聞こえた。見上げるより前に、ウォーロックが叫んだ。

 

「避けろ!!」

 

 雪を蹴飛ばし、横に飛んだ。直後に津波のような雪しぶきが上がる。それが収まったとき、先ほどまでいた場所を見てゾッとした。

 大岩のような雪玉がめり込んでいた。柔らかい雪とはいえど、直径2メートルはある雪玉の半分以上が埋まっていたのだ。

 

「だ、誰!?」

 

 天候制御装置を見上げると、そこから大きな影が飛び降りてきた。雪玉を踏みつぶし、その姿をあらわにする。

 そいつは頭をボリボリとかきながら、濁った眼でロックマンを見ろしていた。ずんぐりとした体と、顔よりも太い手足。伸びた髪と裸足のような足が野性を思わせる。

 

「……ゆ、雪男……?」

「違う、電波人間だ!! ファントム・ブラックと同じような周波数を出してやがる!!」

 

 TKタワーで戦った怪人が脳裏をよぎった。

 バスターを向けようとする前に、雪男の隣で影が揺らめいた。ロックマンは目を見開いた。現れたのは、先ほど取り逃がした紫色の猿だった。

 さらに驚く事態が起きる。猿が言葉を発したのだ。

 

「なんだ、お前らがハイドとファントムと戦ったっていうロックマンだったのか。喜べよ五里。手柄が向こうから来てくれたぜ」

「手柄? 知るかよそんなもん。ハイドやオリヒメとかいうやつの都合なんざ俺には関係ねえよ」

 

 一度に大量の情報が流れ込んできた。ロックマンは混乱しそうになる己を必死に抑えながら、情報を整理していく。

 この雪男の正体は五里らしい。やはり、今回の事件は全て五里が仕組んだものだったのだ。五里が電波変換できる理由は紫色の猿がいるからだ。猿はウイルスではなく、ウォーロックと似た電波生命体だったのだ。

 そして五里はハイドたちとつながりがあるらしい。どのような関係なのか気なるが、とりあえずそれは横に退けておいた。

 ゴン太とアイを視界の隅に捉えて、左手のバスターを五里と猿に向ける。

 

「お前が天候制御装置を暴走させているんだな? 今すぐ止めろ!」

「そいつはできねえ相談だな。おいガキ。俺はこう見えて平和主義者なんだ。いくら欲しい? 金恵んでやるからとっとと失せな」

 

 奇襲をしかけてきておいてどの口が言うのだろうか。五里はロックマンの正体がスバルだとは気づいていないようで、また金の取引を持ち出してきた。

 

「いらないよ!!」

「なら最終手段だな。ぶん殴る!!」

 

 五里が飛び上がった。巨体に似合わない跳躍力で、自分の身長の何倍もの高さを飛んでみせる。

 

「まあいいか。一度、このイエティ・ブリザードの力を思いっきり試してみたかったんだ。大暴れさせてもらうぜ!!」

 

 ロックマンはちらりとゴン太とアイに目を向ける。そして、バスターを空に向けて放った。


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