流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
82話までしか読んでない方は、前話からどうぞ。
ラストのシーンは「はじまりの速度」という曲をイメージしました。
曲を知っている方は、ぜひとも脳内再生してください。
ここに来たのはほんの半日ほど前だ。ファントム・ブラックを追って黒い渦の中に飛び込んで、放り出された場所。そう、彼と出会ったのもここだった。
あの時助けてくれたソロは、今はブラウズ画面を開きながら瓦礫を踏み歩いている。今は入道雲がせっかく浮かび上がった太陽を隠してしまってるが、それでもこの季節はやっぱり暑い。額に汗をにじませながらも、スバルが帰る手伝いをしてくれている。
元世界に戻るためには、繋がりが強い場所を探す必要があるのだが、それは常に移動するらしい。ここならまだ近くにあるのではないかと考え、レーダーで探索中である。
積極的に手伝ってくれているソロの背中を見て、ウォーロックは苦い顔をしていた。
「まだ完全には慣れねえな……」
「未だに何言ってるのさ」
相変わらずウォーロックは口が悪い。呆れた顔をしながらスバルはソロの顔を窺った。どうやら聞こえていなかったらしく、ソロは脇目もふらずに画面を見ている。声をかけても気づかないのではないだろうか。自分のために懸命になってくれている彼を見て、ふとしこりのようなモノを胸に感じた。
「あったぞ!」
ソロが叫んだ。スバルが近寄るのと、ソロが異次元の扉を開くのはほとんど同時だった。ここに来た時は空にあった黒い渦だが、今は地面に触れそうな場所で口を開けていた。相変わらずちょっと不気味な色をしていて、奥が見えない。あの時飛び込んだ自分はどうかしていたんじゃないかと思ってしまうほどだ。
「これに入れば、俺たちは帰れるんだな」
「ああ、間違いないだろう」
スバルは少しだけ手を伸ばした。この向こうに元世界がある。あかねやツカサ達が向こうで待ってくれている。自分の帰る場所が広がっている。そこにいる人たちの顔を一人一人思い浮かべて、目を閉じた。
「その……スバル……」
ソロがとつとつと語りだした。いざお別れとなって、言いたいことがあるのに言葉が思いつかないと言ったところだろう。
「ありがとう、スバル。お前が居てくれたおかげで、俺……は……」
ソロの言葉が段々と止まっていった。ソロが一生懸命話しているというのに、スバルがこちらを見ようとしないのだ。
「……スバル?」
「……もう会えないんだよね」
「え?」
「もう、僕はこの世界に来ることができないんだよね」
何をいまさら確認しているのだろう。そう思ったが、ソロはすぐにその考えを改めた。異世界とはいえど関わってしまったのだ。親しみぐらい湧くのが普通だ。そうすれば名残惜しさだって生まれてくる。
「そうだな……。これでお別れだ。最後に、どこか見に行……」
ソロの言葉は、途中からスバルの耳に入ってはいなかった。
この渦をくぐれば元世界に戻れる。これでソロと会うことは二度とないのだ。このまま笑って別れれば、自分はソロの中で理想のヒーローでいられる。彼が自分に負の感情を向けることはないのだ。綺麗なお別れをすることができるのに、わざわざ言うことではない。黙っているのが正解だ。
「ソロ!」
でも、やっぱりそれは耐えられなかった。
「話さなきゃならないことがあるんだ」
ソロは丸い目でスバルを見ていた。
「こっちの世界の……」
彼は自分を友と言ってくれた。自分だって同じ気持ちだ。だからこそ……。
「元世界の、君のこと……なんだ」
彼の友人として胸を張るならば、これは話さなくてはならない。ソロの赤い目がようやく瞬いた。何の話か思い出したらしい。これは今からどんな色に変わってしまうのだろう。
「君は……僕の……」
深く息を吸い込もうとした。でも、できなかった。かすれた声で、呟くように……告げた。
「敵……なんだ」
目を逸らした。どんな顔をしているのか、見るのが怖くて。
「僕の世界の君は……僕の家族で無ければ、友達ですらないんだ」
一度漏れ始めると、続きの言葉は流れるように出て行く。ソロは今どんな思いでいるのだろう。悲しんでいるのだろうか。絶望に歪んでるのだろうか。それとも、黙っていたことを怒っているのだろうか。
「彼は絆のことをすごく嫌ってて……それこそ、こっちの世界の僕みたいで。僕の……僕の……」
そこからは嘘のように言葉が出てこなかった。
言い終わった今になって、ただの自己満足だと気づいた。ソロが知りたいとは限らないじゃないか。彼に黙っている自分が卑怯者のように見えて、自分を綺麗に見せたいというただの我儘に過ぎない。知らない方が良い。その方が傷つかない。そんなこと、身をもって知っているじゃないか。なんて身勝手だったのだろう。
「そうか……」
永遠に近い数秒の後、ソロのくぐもった声が聞こえた。雲が分厚くなったのか、周りも暗くなったように感じる。
俯いて、口を堅く結んだ。苦い味が口の中に広がっていく。
「良かった」
「……え?」
温かい言葉が聞こえた。聞き間違いかと思って、さっきの言葉を思い返す。今、自分はなんて言われたのだろう。顎をゆっくりと上げていく。相手の表情を窺うように、目も少しずつ持ち上げていく。そんなスバルに次の言葉はさも当然のように言い放たれた。
「そっちの世界の俺も、お前が助けてくれるんだろ?」
雲が途切れて、淡い光が降り注いだ。目に映ったのは、柔らかい笑みを浮かべたソロだった。
光が広がり、日陰が切り払われていく。ソロの立っている場所から見る見るうちに広がっていく。温もりの中で、スバルは身を震わせた。
「……うん、そうだね……。うん、そうだよ」
頷くスバルに、ソロはペンダントを取り出した。三年ほど前、彼が貰った、スバルとおそろいの流れ星だ。
「スバル……俺はこれから毎日、あいつに呼びかけるつもりだ。何年かかるか分からないが、俺は諦めない。何度だって、何度だってあいつに話しかける。俺が必ずスバルを助けて見せる。スバルが俺にしてくれたように」
「僕も……僕もだよ」
スバルの目には力強さが戻っていた。あの頃の、自分を助けてくれたスバルと同じ。いや、それ以上に輝いている。一度目を閉じると、ソロは左拳を突き出した。
「俺の友達になってくれてありがとう、スバル」
「僕もありがとう、ソロ」
スバルも左拳を突き出し、ソロのものと突き合わした。僅かな接地面から、彼の体温が伝わった。
「……さあ、もう行け。友達が待ってるんだろ?」
「うん。じゃあね、ソロ」
「ああ、ウォーロックもな」
「おう、お前も元気でやれよ」
電波変換をすると、ロックマンは渦に触れた。途端に体が吸い込まれる。慌てて後ろを振り返ったが、渦の入り口はもう遥か遠くへと消えていた。
それでも、その声だけは聞こえた。
「スバル……お前は、変わってくれるなよ」
それが最後だった。もうソロの姿は見えない。声も聞こえない。永遠の向こうとなった世界にスバルは目を細めた。
「……ソロ……」
「ケッ、良いやつすぎて逆に寒気がするぜ」
酷い言いようだが、彼なりのジョークなのだろう。スバルはハハハと苦笑するしかない。でもすぐに表情を引き締めた。
「ねえ、ロック……一つ疑問があるんだ」
IF世界に居た時間はわずかだったが、謎はほとんど解けた。たった一つを除いては。
「ああ、俺のことだろ?」
ウォーロックのことだ。IF世界の彼はどうなったのだろう。FM星人やムー大陸に関する情報は山ほど聞いたが、彼に関しては名前すら出なかった。
FM星を裏切ろうとしたことが発覚して捕まったのだろうか。大吾と共にFM星人たちと戦って敗れたのだろうか。いや、そもそも大吾と出会っているのだろうか。
いずれにせよ、確かなことがある。
あのIF世界では、スバルとウォーロックは出会えていないということだ。
「ありがとう、ロック」
左手のウォーロックの頭に手を当てて言った。ウォーロックはそれを乱暴に振り払う。
「ケッ、お前に礼言われる筋合いはねえよ」
「ハハ、ロックらしいや」
いつものウォーロックに笑いながら体を反転させた。白い光が見えていた。近づいてくる出口に手を伸ばす。
世界が開けた。太陽が燦々と輝いている。空中だということに遅れて気づいた。眼前には、スバルの知っているコダマタウンが広がっている。
自分の家が見える。公園がある。南国が店から出て来て掃除をしているのも見えた。右の方を見れば学校が……裏山と展望台がある。そこに皆が居た。
「あ、ゴン太までいる」
「こいつは大遅刻だな。へへっ、委員長に怒鳴られちまうぜ?」
「そりゃまずいや。急ごう」
二人は展望台へと軌道を変えた。
ミソラが気づいて手を振ってきた。ルナがふくれっ面をしながらも笑っている。ゴン太が飛び跳ね、キザマロが眼鏡を持ち上げている。ツカサが眩しそうにこちらを見上げている。
それらすべてに向かってスバルは大きく手を振った。
流星のロックマン
お し ま い
次話はお礼とあとがきになります。