流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第8話.幸せの単位

 ロックマンは空に架けられたウェーブロードを使って山頂を目指した。道中、雪山の斜面を窺ってみると、事故が多いためか観光客や従業員の姿は見かけられなかった。ロックマンは足を速めた。

 頂上に着くと、そこには大掛かりな機械が設置されていた。これが天候制御装置だ。

 

「中に入るよ?」

「おう! 故障の原因がウイルスだったら俺たちが退治してやろうぜ!!」

 

 ウォーロックも、今回は暴れたいだけではないようだ。スバルは頷くと天候制御装置の電脳世界に入っていった。

 電脳世界に入ると直ぐに原因が分かった。電脳世界に設けられた四角い操作盤のような機械。それが天候制御装置の操作に関するプログラムなのだろう。それが凍り付いていた。全体が氷で包まれてしまっている。

 それの前には一体のウイルスのような奴がいた。紫色の毛皮で覆われた猿のような奴だ。

 

「おいおい、本当にウイルスが原因かよ。スバル!!」

「うん! ロックバスター、チャージショット!!」

 

 ウォーロックの口からエネルギー弾が放たれ、まっすぐに猿のようなウイルスへと向かっていく。相手はこちらに気づくと、高く跳躍して回避して見せた。そのまま別の機械……プログラムの上に飛び乗った。

 猿はこちらを敵と認識したようで、右手に雪玉を召喚して投げつけてくる。手のひらに収まるような大きさで、威力も大したことが無かった。ウォーロックの顔を前に突き出し、緑色のシールドを召喚するこで簡単に防ぐことができた。

 

「なんだ? ハエが止まったかと思ったぜ? スバル、こいつは雑魚だ。さっさと終わらせるぜ」

「分かったよ!!」

 

 氷を使う事から、この猿は水属性なのだろう。火、水、雷、草の四属性の相性を考慮し、雷属性のプラズマガンを向ける。

 身の危険を察したのか、猿は姿勢を低くすると機械の向こう側に姿を消した。もちろんロックマンは後を追いかける。群生する機械の合間をぬうようにして逃げる猿に、ロックマンはプラズマガンを連射する。だが、すばしっこい標的に当てることは容易ではなかった。

 しばらくの追いかけっこの後、猿が動きを止めた。チャンスとばかりにロックマンは足を止めて照準を定める。背後から攻撃を受けたのはその直後だった。

 

「うわぁっ!!」

 

 倒れながら振り返ると、ピラニアのようなウイルスが床から飛び出して噛みつこうとしてくるところだった。それも何匹もいる。

 

「ホタルゲリ!!」

 

 倒れた姿勢のままで光を帯びた足でキックをおみまいし、ピラニアたちを一掃する。起き上がろうとしたとき、スバルの腹の横から包帯まみれの手が伸びてきた。床から生えてきたその手に掴まれてしまい、床にはりつけにされてしまう。辺りを伺うと、ミイラのようなウイルスが床に手を突っ込んでいた。あいつの手に捕まってしまったのだ。

 続けざまに起きるウイルスたちの襲撃にロックマンは完全にペースを崩してしまった。

 

「な、なに!?」

「しまった、囲まれてるぞ!!」

「え?」

 

 ウォーロックに言われてようやくロックマンは冷静になれた。辺りをなぞるように首と目を動かす。機械の陰からウイルスたちがゾロゾロと湧き出してくるところだった。槍を持った緑色のウイルスに、両手が剣になった骸骨のようなウイルス……多種多様だ。

 うごめくウイルスたちの中で一体だけ動かないやつがいた。先ほどの猿だ。いつの間にか一つの機械の上にのぼっており、まとまった動きをするウイルスたちを見下ろして、事の経過を見守っているようだった。まるで指揮官のように。

 

「まさか……」

 

 あの猿がウイルスたちを指揮している。そう考えるのが妥当だった。だが、そんなウイルスは見たことが無い。

 

「おい、てめえ何もんだ!?」

 

 声を張り上げるウォーロックを嘲笑うように、猿は姿を消した。電脳世界から逃げたのだ。

 

「ま、待て!!」

「スバル! まずはこいつらを片付けるぞ!!」

 

 追いかけたいが、ウイルスたちに囲まれてしまっている。晴れない疑問を抱えたまま、襲い掛かってくる電波ウイルスにロックマンはバスターを打ち込み、バトルカードを召喚した。

 

 

 結局、あの猿には逃げられてしまった。だが、一番の目的は果たせた。ホテルに戻ると館内放送が流れており、天候制御装置が直ったこととスキー場が安全になったことを伝えていた。

 

「とりあえず、できることはしたよね」

「そうだな。これでアイのやつも練習できるだろうよ」

 

 猿のことは何も分からずじまいだが、とりあえずは良しとしよう。さっそく外に出かける他の客たちの姿を横目で見送りながらスバルは自室へと向かう。

 

「これでいいよね、今は」

 

 スキー場が安全になれば、ホテルへの苦情もなくなりお客さんも戻ってくるはずだ。これでホテルが買収されることはないだろう。

 

「五里の野郎の『ぎゃふん』って顔を拝みてえもんだな」

「ハハハ……このまま手を引いてくれるといいんだけ、ど……」

 

 スバルの笑みが一瞬で曇った。前方に五里がいたのだ。黒づくめの女性たちを従えて、革靴を前に付きだすようにして近づいてくる。腐った目の中心にはスバルが映っていた。

 

「……チッ!! おいスバル、いざとなったら逃げろよ? お前ひとりじゃ無理だ」

「うん、分かってる」

 

 五里がスバルの目の前で立ち止まる。

 

「そう怖い顔するなって。お前に良い話を持ってきてやったんだぜ? グワハハハ」

 

 スーツのガラと同じく品のかけらもない不快な笑い声だった。無言を貫くスバルの気持ちを察する気すら無いようで、五里は勝手に話を進めていく。

 

「ちょっとアルバイトしてみねえか? なあに、簡単な仕事だ」

 

 一人の女性が後ろから出てきて、スターキャリアーからある画面をブラウズした。開かれたのはホテルや旅館などの口コミサイトだ。有名旅館などと並び、ヤエバリゾートの名前も載っている。

 

「ここにスイートルームに泊まった感想を書き込んで欲しいんだよ。もちろん、悪口たっぷりでな。

 そんで、こいつが前金だ。書き込んでくれりゃそれの倍、内容次第じゃさらに上乗せしてやんぜ?」

 

 別の女性が、前に出て来てスバルの手にカードを乗せた。ルナに渡したものと同じもので、電子マネーが入っているのだろう。表面には金額が表示されている。

 

「どんなに科学が発達して、文明が進んでも金だけは無くならねえ。なんでだか分かるか?

 金が幸せの単位だからだ!! 金さえあればなんだって手に入るんだよ。権力も人間の心もな。

 今はキズナ力とかいう物が出ているけれどよ、それに大層な力でもあんのか? 金の前じゃかすんじまうだろうがよ? 絆が大切とか言ってるやつは現実を見てねえ馬鹿だ。金が一番に決まってんだろう?」

 

 スバルはただじっと黙って、父親のことを思い出していた。今は世界中で当たり前に使われているブラザーバンド。それを作った偉人のことをだ。

 

「よく考えてみろよ。あのアイってガキはそんなに大切なお友達か? 今日会ったばっかりだろ?

 そんな縁の薄いガキをちょと切り捨てるだけじゃねえか。それも、ただネット上に悪口を書き込むだけだぜ? 大して悪いことじゃねえよ。悪口なんて誰だって言ってることだろ? たったそれだけのことで目ん玉が飛び出るぐらいの金が手に入るんだ。

 一日限りの友達と一生使える金、どっちが大事だよ? 答えなんざ簡単だろ?」

 

 スバルはカードを握りしめた。

 

「それじゃ決まりだな。さっそく書き込んで……」

 

 五里の目が大きく開かれる。スバルの手からカードが放り捨てられたからだ。カードは絨毯の上を転がり、五里の足元で止まる。

 

「僕はあなたを軽蔑します」

 

 短い言葉を残してスバルは踵を返した。角を曲がって姿を消す。

 五里はしばらくその場で立ち尽くしていたが、足元のカードを拾い上げた。

 

「何も知らねえガキが……」

 

 

 五里のいる空間から逃れるため、戻って別のルートを通ることにした。結果、スイートルームへは遠回りだ。

 

「でも良いかもね。委員長にどやされずに済むし」

「遅かれ早かれ同じ結末だと思うがな……」

「……ま、まあ! スキー場が安全になったんだから、委員長ももう何も言わないよ……」

「……だと良いがな……」

「ふ、不安になりそうなこと言わないでよ……!」

 

 ルナの沸点の低さはこの身にしっかりと刻まれている。スバルはビクビクとした足取りで角を曲がる。そこにルナのドリルロールが飛び込んできた。数センチ飛びあがり、用意していた必死の言訳を思い出そうとする。が、それが必要ない事に気づいた。

 ルナはこちらに背を向けて何かを覗き見していた。廊下の途中にある十字角にコソコソと隠れながらだ。そばにいるキザマロも同じようにしている。

 部屋を出る前の危険なオーラは見当たらない。スバルは2人に近づいて声をかけた。

 

「どうしたの? 委員ちょ……」

 

 ルナの白い手が素早くスバルの口をふさいだ。

 

「静かになさい。ゴン太が一世一代の大勝負をしかけようとしているのよ」

「……ゴン太が?」

 

 状況がつかめない。ルナとキザマロと同じ姿勢で、角から覗き見る。そこにはしどろもどろとしているゴン太がいた。その前にはアイがいる。どうやらゴン太はアイに何かを伝えようとしているらしい。

 

「え? どうしたのゴン太?」

「もう、鈍いわねあなたは……お子様とかいうレベルじゃないわ」

「委員長、スバル君じゃ無理です」

 

 ルナもキザマロもさんざんな言いようである。未だに察せれない鈍感なスバルに2人は心底呆れたように頭を横に振った。

 

「スバル、俺はこいつとよく似たシーンを刑事ドラマで見たぜ。これはあれだろ? 恋愛ってやつだろ?」

 

 スバルの時間が止まった。数秒後に口が勢いよく開かれる。そこから放たれようとす大声を、もう一度ルナの手が塞いだ。

 

「そういう事よ」

「まさか、ゴン太君がアイちゃんのことを気にかけていたとは思わなかったですよね」

 

 ルナとキザマロはうんうんと頷いている。スバルにはまだ信じられない。

 

「で、今からどうするの?」

「『スキーを教えてほしい』と言って、誘いなさいってアドバイスしたのよ」

 

 スバルにもようやく分かってきた。ゴン太はアイをデートに誘おうとしているのだ。心なしかスバルまでドキドキしてしまってきた。

 

「これは……見守らないとね」

 

 たぶん、ゴン太は今までで最も緊張しているのだろう。モゾモゾと体を動かしながら、顔を赤や青へと器用に変化させている。何とか言葉を発しようとするが、蚊が泣いたような擦れた声しか出ていない。

 一方のアイはというと、顔を赤くしているように見えた。ゴン太が何を言おうとしているのか分かっているようだ。

 

「もしかしてアイちゃんも……?」

「ゴン太が勇敢に助けたから、ありえるかもしれないわよ」

「いや、あり得ませんって」

「なあスバル、これはもしかして……恋愛じゃなくてラブコメってやつか?」

「ロック、その言い方はやめて」

 

 配役の大切さを痛感していると事態が動いた。ゴン太が大きく深呼吸したのだ。

 

「アイちゃん」

「はい」

 

 シンとスバル達の周りが静まり返った。ルナとキザマロも呼吸を押し殺すかのように黙ってしまう。いつの間にか、スバルはこぶしを握っていた。

 ゴン太は一度頭を左右に振ると、呼吸一つ置かずに早口で告げた。

 

「俺アイちゃんにスキー教えでぼじいから今がら俺と一緒に滑っでぐれないかな?」

 

 途中から緊張で何度か噛んでしまっていた。かっこ悪いが、それでもゴン太は気持ちを伝えたのだ。あとはアイの返事だけだ。スバルはごくりとつばを飲み込み、2人を見守った。

 そして、アイが返事をした。

 

「もちろん、良いよ」

 

 スバルは思わずガッツポーズをとってしまった。実体化したウォーロックとパンと手を叩き合う。

 ルナは「私のアドバイスなのだから当然よ」と言わんばかりに、得意気に頷いている。だが、次のゴン太の発言でスバル達はピタリと動きを止めた。

 

「って、誘おうと思ってたんだ。さっきまで」

「え?」

 

 スバル達の動きが止まった。声には出さなかったが、皆アイと同じく「え?」という顔をしている。

 

「実は……さっきのロビーでの話で、アイちゃんがどれだけスキーを頑張っているのか知って……それで、俺馬鹿だけど考えたんだ。遊びに誘って、アイちゃんの練習時間を奪っちゃいけないって……。

 だからさ、アイちゃん……遅れちゃった分の練習を今から初めてほしいんだ。アイちゃんを応援している人達のために」

 

 アイは少し残念そうな顔をしたが、思い直したようでにっこりと笑った。

 

「そうだね! 私、頑張るよ!!」

「アイちゃん……」

「ところで、さっきの応援している人達の中に、ゴン太君も入ってるよね?」

「あ、あったりまえだろ!! 俺はアイちゃんをずっと応援するぜ!!!」

「ウフフ、ありがと。じゃ、行ってくるね?」

「……うん」

 

 アイは踵を返すと、ゴン太にバイバイと手を振ってスキー場へと向かっていった。

 姿が見えなくなってから、スバル達はゴン太に歩み寄った。

 

「ゴン太……」

「これで良いと思うんだ、俺……へへっ」

「かっこよかったわよ、ゴン太」

 

 ルナは手を伸ばしてゴン太の太い肩を叩いた。ゴン太を励ます意味も込め、スバル達もスキー場へと向かうことにした。

 

 

 ホテルの外に出ればそこはスキー場だ。スバルはマテリアルウェーブでできたスキー道具一式を身に着けながら辺りをうかがう。わずかながら来ていた他の観光客たちがスキーを楽しんでいた。決して賑っているとは言えないが、何日かすればこの人数も増えるだろう。

 ふとリフトの方を見るとアイの姿が見えた。彼女が乗っているのは頂上付近にまで直通でいけるリフトだ。おそらく上級者用コースで練習するのだろう。スバル達が行くのは山すそに設けられた初心者用コースだ。彼女と一緒に滑ることは叶いそうにない。

 辺りを見渡していると、山とは反対方向にある道路に目が留まった。いかにも高そうな黒い車が止まっている。あの五里というやつがいるのかもしれない。とたんに胸糞が悪くなった。嫌な奴の顔を頭から追い出して、初心者用コースに向かった。

 

 

 スバルの予感は大当たりで、黒い車は五里の私有物だった。五里はクッションのような座席にふんぞり返りながら、女性が差し出したウイスキーに口を当ててくつろいでいる。こう見えて、彼は客人を車内に招いていた。

 五里と向き合って座っている男は、スバルも知っている人物だった。彼は紫色の丸い帽子を膝の上に置き、両手で持ったステッキの頭をコツコツと指先で叩いていてみせる。

 

「少々時間がかかりすぎてはいませんか?」

「なあに、こういうのはじっくり攻めるに限るんだよ。そうしたほうが安く買い上げれるからな。無駄な金を使わなくて良いだろう?」

「ですが、そろそろこのホテルを買い上げてもらいたいのですがね。オリヒメ様の拠点にするためにも」

 

 五里の詫びも入れない態度に肩をすくめがら、ハイドは軽く首をかしげて見せる。

 

「グワハハハ! なあに、もうじきさ。ちょっと面倒なことになっちまったから、ここからは力づくでやろうと思っていたところだ。

 それとあくまでこのホテルは俺のものになるんだ。お前らが使うときはちゃんと料金は払ってもらうぜ?」

「あなたにその力を差し上げたのは誰だと思っているのです?」

「イエティのことか? こいつはすげえもんだよな。ありがたく使ってやってるぜ?」

 

 五里が懐から四角い物を取り出した。黒いスターキャリアーだ。その中には紫色の猿がいた。


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