流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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二ヶ月にも及ぶ休載、まことに申し訳ございませんでした。
本日より連載再開です。

またご愛読いただければ幸いです。


第72話.突き付けられた選択

 雨は止まない。人間がいなくなった灰色の荒野を濡らしていく。お情け程度に生えた雑草の周りに、名前も分からない虫が雨宿りする程度。そんな世界と同じぐらい静かな時間が、この部屋には流れていた。

 ベッドの上で横になっているのはスバルだ。彼は天井を見上げたまま寝返り一つうとうとしない。もう何十分もこのままだ。

 少し強めの風が吹いたのだろう。雨が窓を強く叩くと、スバルの目が僅かに動いた。塗れた窓を意味も無く眺める。雲は分厚くて、太陽の影すら見えやしない。今IF世界は灰色と言うよりは黒に近い色をしていた。

 少しだけ首を動かして、部屋の様子を窺う。ウォーロックがうろついているかと思ったが、見当たらない。退屈してどこかに行ったのだろうか。それとも、ただ見えなくなっているだけなのかもしれない。ビジライザーを下げればすぐに分かることなのだが、それをする気にもなれなかった。

 部屋に初めて音が生まれた。ドアがノックされている。でも、本当はそんなことする必要なんてないのだ。入ってきたのはこの部屋の持ち主なのだから。

 

「調子はどうだ?」

 

 ドアを閉めきってからソロが尋ねた。

 

「良いと思う?」

「……いや、思わない」

 

 いつもより数段低い声で答えた。大してソロの調子は変わらない。いや、少しだけ距離を置いているのかもしれない。隣のベッドに腰掛けたものの、スバルからやや離れた位置にいる。

 

「ツカサくんたちは?」

「安心しろ、南国さんたちが保護してくれた。……目は覚ましてないけれどな」

 

 最後の言葉を付け加えるとき、ソロはスバルから目をそらした。

 スバルにとっては幸いだった。彼らが目を覚ましたら一体どんな事を言い出すのだろうか。アポロンに服従していたような彼らだ。心は相当荒んでいるだろう。そんなこと想像したくない。見たくなんてない。少なくとも、寝ているのならば気にはしなくて済む。

 両手で顔を覆って、深く息を吐きだした。そしてあの話を切り出す。

 

「ソロ……訊きたいことがあるんだ」

「……なんだ?」

 

 尋ね返してきたが、本当は分かっているのだろう。目を合わそうとしないのがその証拠だ。だから先ほど以上に声を低くして、でも口調は強くして尋ねた。

 

「この世界の僕はどうなったの?」

 

 返って来たのは沈黙だった。ソロはうつむいたままだ。予想は確信に変わった。

 

「もう、いないんだね」

 

 睨むような視線をソロに送る。だがやはりソロは動かない。それが答えだった。

 沈黙が部屋を支配した。スバルもソロも何も言わない。張り詰めた空気の中で二人は石のように動かなかった。どちらかが動いたらこの世界が壊れてしまうかのような……そんな冷たい静寂だった。雨の音だけが部屋の中で跳ねた。

 

「太陽は人を元気にしてくれる」

 

 ソロが口を開いた。

 

「どんなに落ち込んでいたって、見上げれば元気になれる。皆に希望をくれる……スバルが俺に教えてくれた言葉だ」

「そっか……」

 

 確かに自分が言いそうな言葉だ。IF世界のスバルも天体オタクだったのだろう。

 

「スバルは明るいやつだった」

 

 ソロはゆっくりとだが語りだした。それでもかたくなにスバルを見ようとはしない。

 

「俺は義父さんに保護されて星河家に入った。でも、誰とも打ち解けられなかった。義母さんと……義父さんとさえ、どうやって話せば良いのか分からなかった」

 

 元世界のソロを思い出す。容易に想像がついた。

 

「でも、そんな俺の手を引っ張ってくれたやつがいた。いつも笑って俺の隣を歩いてくれた。それがスバルだった」

 

 ソロの目を見た。震えた目が遠い場所を見つめていた。

 

「スバルが居てくれたから、スバルが俺の友達だと言ってくれたから……俺は変われた。皆と当たり前に話せるようになったんだ」

 

 嗚咽が混ざり始めてきた。胸元に拳を当てているのは、心を静めるためだろうか。

 

「だが、スバルも変わってしまったんだ。三年前のあの日……義父さんが宇宙で行方不明になってから……」

「…………そう」

 

 あの日のことがフラッシュバックのように鮮明に蘇った。スバルの転換点となった、あの日のことがだ。どうやらIF世界のスバルは、あの時のままらしい。

 

「今はどうしてるの?」

「……行方不明だ」

「…………そっか」

 

 この世界の荒れようだ。もう生きてはいないだろう。

 別世界の自分は死んでいる。そんな世界に自分がいる。とても複雑な気分だった。少なくとも、良いものとは言えない。

 嫌な空気が漂い始めた部屋に新しい音が入ってきた。オリヒメだった。第三者に見られていないことを確かめると、素早くドアを閉めた。

 

「容体はどうじゃ?」

「……良いとは言えないよ」

 

 オリヒメだってアポロンの犠牲者だ。だがIF世界をこのように変えた原因でもある。笑顔とはほど遠い表情で迎えた。

 オリヒメは気にする様子もなくスバルに近づくと、スターキャリアーからカードをマテリアライズした。

 

「スバル、お主にこれを渡しておく」

 

 寝転がっていたかったが、流石に失礼だ。ゆっくりと上半身を起こした。差し出されたカードは黒っぽい色をしていた。

 

「……なにこれ?」

「お主が元の世界に帰るための鍵じゃ」

 

 スバルが驚きの声をあげるのに数秒時間がかかった。ソロも遅れて身を乗り出した。

 

「元の世界に……?」

「オリヒメ、いつの間にこれを作ったんだ?」

「なに、あの金髪の男が持っておったスターキャリアーを解析しただけじゃ」

 

 どうやらハイドのスターキャリアーから抜き取ったらしい。よくよく考えてみれば、元世界に移動していたハイドが持っていないわけがないのだ。もっとも、分厚いプロテクトはかけられていただろうが。それを突破したオリヒメは流石と言うところなのだろう。

 

「これ、本当に使って大丈夫なの?」

「問題ない。どうやら、奴らの異世界への進行計画は最終段階のようでの。妾が解析したところ、ほぼ100%成功する完成品じゃ」

「これを使えば……」

「もっとも、異世界に繋がりやすいポイントは探さねばならんがな。ポイントは常に動くのじゃが、それを探すレーダー機能もついとる。お主がソロと会った場所に行けばすぐにでも見つかるじゃろう

 

 なんて都合のいい物が転がり込んできたのだろう。このIF世界が、スバルに帰れと告げているような気さえしてきた。

 元世界への切符が目の前にある。思わず手を伸ばそうとするスバル。それを緑色の爪が止めた。

 

「ちょっといいか。訊きたいことがある」

 

 いつの間にかウォーロックが側にいた。会話中に戻って来たのか、それとも最初からいたのかは分からないが、オリヒメの話が一段落するのを待っていたようだ。「なんじゃ?」と応えるオリヒメに、ウォーロックは睨むような目で言った。

 

「アポロンの目的はなんだ?」

 

 何をいまさら訊いているのだろう。スバルが思った事だった。それは先程聞いたはずだ。アポロンは人間に支配されることを嫌い、暴れているのだ。だが、ウォーロックが尋ねたいのはそこでは無かった。

 

「なんで、なんでわざわざ俺たちの世界にまで攻め込もうとしてやがる?」

 

 スバルも疑問を抱く内容だった。言われてみればそうだ。なぜ異世界にまで進行する必要があるのだろうか。そもそも異世界を侵略しようなんて、ネジが数本吹っ飛んだ考えだ。存在するのかも分からないような場所なのだから。

 

「それが分からねえと、元の世界に戻ったところで一緒だ。スバルがどれだけ逃げようが、関わらねえようにと距離を置こうが、向こうが攻めてくるのなら戦わなきゃならねえ。遅いか速いかの違いでしかねえんだよ」

 

「スバルが」の部分を強調して言ったのは、「あくまで自分は逃げていない」と言いたいからだろう。

 ウォーロックの最もな意見に、オリヒメは難しい顔をした。

 

「分からぬ」

「分からねえだと?」

 

 ウォーロックが詰め寄った。もうガンをつけていると言った方が良い。それでも動じないのはオリヒメの貫禄と言うものなのだろうか。

 

「ああ、分からぬ。奴の目的は絆に満ちたこの世界を壊す事じゃ」

「絆を?」

 

 今度はスバルが尋ね返した。

 

「アポロンは絆よりも個の力の方が大切だと考えている」

 

 ソロが口を挟んできた。

 

「絆……義父さんが開発したブラザーバンドで満ち溢れていたこの世界を忌々しいと思っているんだ」

「……そう」

 

 元世界のソロに見せてやりたい光景だった。そう思えたのは、目の前のソロを受け入れつつあるからなのだろうか。

 オリヒメはソロから視線を外すと、スバルとウォーロックの顔を交互に見た。

 

「妾たちが知っているのはここまでじゃ。だから、なぜ異世界に進攻しようとしているのかまでは分からぬ」

 

 ここまではっきり言われると追及する気にもなれなかった。

 

「だが、安心せい。お主のおかげでアポロンの手下を五人も倒すことができたのじゃ。多少の犠牲は出るやもしれぬが、もう我らだけで何とかできる。お主の世界が危険にさらされることは無いじゃろう。

 お主が帰っても、誰も文句など言わぬ。そもそもこの世界の住人ですらないのじゃからな」

 

「後はお主の好きにすると良い」と、オリヒメはカードをベッドの枕元に置いた。

 

「さあ、ソロ。早く天井を直してしまおうぞ。その後はムー大陸に攻め込む準備じゃ」

「……ああ」

 

 ソロは立ち上がると、オリヒメと共に退出していった。

 部屋に残されたスバルとウォーロック。スバルはソロとオリヒメがいた場所を少しだけ見つめると、枕元のカードを凝視した。

 

「……で、どうすんだ?」

「どうする……って」

 

 カードから目を背けた。

 

「俺たちはIF世界の住人じゃねえ。こっちの連中がどうなろうが、元世界には何の関係もねえ。帰ったらそれまでの縁だ」

 

 ウォーロックの言うとおりだ。スバルがこの世界で頑張っても特に利益は無い。もしかしたら、ツカサ達と戦ったときのような辛い目に合う可能性だってあるかもしれない。手が冷たくなった。

 

「まあ後はこっちの世界の連中だけで何とかなるって言ってたしな。お前が無理して付き合う必要はねえだろうよ」

 

 スバルは改めてソロの部屋を見渡した。見事に何もない。ホールに居た人たちと違って、ソロに与えられたこの部屋は立派な個室だ。掃除もされているようで、清潔そのものだ。多分、小さな会議室を改装したものなのだろう。

 ソロも11歳の少年だ。加えてここは多彩な商品があるショッピングモール。ポスターやら野球道具やら、ボールの一つでも転がっていそうなものだが、この部屋にはソロを表すものが何も無かった。

 あるものと言えば、同じ大きさのベッドが二つ。隅には服が数着しか入らないような小さな棚。小物と言えば、スターキャリアーの充電器ぐらい。ゴミ箱すら置いてやしない。

 IF世界のスバルを語っていた時の、ソロの顔が脳裏を過った。

 

「ロック、少しだけ電波変換を使わせて」

「おう。さっさとしろよ」

 

 ウォーロックがスターキャリアーに入ったの確かめて、スバルはそれを頭上に掲げた。


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