流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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皆さま、前回のあとがきに書いた通り、言葉の石つぶてや投げナイフはご用意できましたか?

では、どうぞ。


第67話.渦の向こう

 黒い渦に触れたとたん、身体が捩じれるように引っ張られた。千切られそうな痛みと共に、中へ中へと吸い込まれていく。

 

「なに……これ?」

 

 目を回しそうになりながら辺りを見渡した。黒い霧のようなものが螺旋を描いているばかりで、あっという間に方向感覚がでたらめになった。頭がグラグラと揺れ、吐き気が襲ってくる。

 

「食いしばれ!」

 

 飛びそうな意識の中でウォーロックの声だけが聞こえた。歯を食いしばり、目の前の一点だけを見つめる。見えるのは黒い霧ばかりで、先に飛び込んだはずのファントム・ブラックの姿は見当たらない。それでも奴はこの先にいるのだ。自分が進んでいる先をただじっと見つめる。

 やがて霧の一点で変化が見られた。白い光だ。そう思ったときには外に放り出されていた。渦を突破できたのだ。

 だがスバルが感じたのは安堵感でも、達成感でもなかった。どちらかと言うと、驚愕と恐怖だ。現れた世界に目を見開き、息を飲んだ。

 

「…………え?」

 

 声を取り戻すのにどれぐらい時間がかかっただろうか。右、左、上、下と目を動かす。何度も何度も繰り返して、少しずつ情報を得て行く。確かめて行く。

 ここは公園だ。滑り台やブランコの形から考えるに……多分、コダマタウンだ。『BIGWAVE』の看板が転がっているのだから間違いはないだろう。でもその後ろにある店が壊れている。窓ガラスが割れているとかではなく、壁が無くなっている。店だけじゃない。先ほどの遊具も壊れていて、地面には数えきれないほどの穴が穿たれている。豊かな緑色をしていた木々は根こそぎ倒れていた。その向こうに目をやる。家々は倒壊していて、見渡す限りの瓦礫の海。灰色の世界がどこまでも広がっている。

 恐る恐ると首を横に向ける。荒野となった住宅街の中に、半壊程度で留まっている家がある。そのなかの一つを見て、「あ……あ……」と声を漏らした。

 自分の家だった。

 

「なんだよ……なんなんだよ、これ?」

 

 ウォーロックの返事がない。彼もまた声を無くしていたのだ。

 

「なんで……な、なんで!?」

「隙あり!」

 

 後頭部に衝撃が走った。「しまった」と思ったときには、もう組み伏せられていた。まだ震えている体を必死に動かして、自分の上に乗っかっている人物を確認する。ファントム・ブラックだった。

 

「ンフフフフ。驚きましたか、こちらの光景に? まあ、あちらの世界があの様子では、無理もないでしょう」

 

 また訳のわからないことを言っている。ロックマンはできる限り鋭い目でファントム・ブラックを睨みつけた。

 

「な、なにが……何がどうなってるんだよ、ハイド!」

「ハイド? その汚らわしい名前は捨てました。今の私はファントム・ブラック! そちらでの私は違ったのでしょうかね?」

「なんだよ、そちらって……」

 

 吠えようとして、スバルは言葉を止めた。唐突に思い出したのだ、数時間前のツカサとの会話を。まさかと思い、これまでの出来事を振り返る。

 ファントム・ブラックとのかみ合わない会話に、彼が何度も口にする「こちら」と「あちら」。そして荒廃したコダマタウン。

 一つの答えが導き出された。

 

「パラレル……ワールド?」

 

 恐る恐るとファントム・ブラックの顔色を窺う。狂気の笑みが浮かんでいた。

 

「その通り! ようやく理解したかね、少年?」

 

 信じられないと首を横に振った。だが、スバルの五感は「ここはコダマタウンだ」と理解していた。

 あり得ない現実を前に理解が追いつかない。

 

「貴様に分かりやすいよう、こちらを『IF世界』、そちらを『(オリジナル)世界』とでも名づけようか。と言っても、IF世界はアポロン様が治めるムー大陸が世界を掌握しているがな! ンフ、ンファーファハハハハハ」

 

 ファントム・ブラックはロックマンの頭を掴むと、無理やり町の様子を見せつけた。ルナが住んでいた高級マンションも大きく崩壊し、綺麗だった川は黒く汚れていた。人一人どころか、鳥一匹見かけやしない。一面灰色の世界。これをムー大陸がやったというのだろうか。

 

「さあ、答えが分かったところでお別れだ」

 

 頭が地面に押し付けられた。横目で上を窺う。ファントム・ブラックの手の中でステッキが半回転し、先端がこちらに向けられた。振りほどこうにも両腕を押さえつけられている。体に力が入らない。

 

「死ね!」

 

 ステッキが動いた。やられる。目を閉じて視界を塞いだ。体を貫く音がする。だが痛みは感じない。それどころか背中を押さえつけていた力が弱まった気がする。

 

「……え?」

 

 うっすらと目を開いて、それを大きくした。ファントム・ブラックの腹から、白くて鋭利なものが飛び出している。目からは力が無くなり、空を仰いで口を半開きにしている。

 

「貴……様……」

 

 ファントム・ブラックの首がゆっくりと後ろに回される。そこに誰かがいる。ロックマンも目を凝らした。

 体温が無くなった気がした。頭の中で危険を示す言葉が乱気流のように荒れ狂う。それに反して体は鉄のように動いてくれない。

 代わりにファントム・ブラックがその人物の名を口にした。

 

「ブ……ライ」

 

 剣が抜かれると、ステッキがカラリと地面に落ちた。ファントム・ブラックの体から黒い電波粒子が立ち上り、ハイドへと戻って横たわった。

 間を隔てるものが無くなり、ロックマンは這いずるように後退した。改めて相手の足先から頭までを観察する。黒い体に紫色のバイザー、白い刀身をした剣。紛れもなくブライだった。おそらくこちらの世界の住人だろう。それでもソロはソロだ。元世界だろうがIF世界だろうが、危険なことに変わりはない。

 立ち上がろうと必至に足を動かす。だが後頭部を殴られた影響からか、足が砂利の上を滑ってしまう。

 ハイドを一瞥して、ブライが近づいてきた。彼の剣にロックマンの顔が映る。恥ずかしいほどに怯えている。体はまだ立ちあがってくれない。

 

「撃て!」

 

 ウォーロックが怒鳴った。やられるものか……。剣に映った顔が引き締まる。意識を左手に集中させる。熱を帯びていくのが分かる。ゆっくりと、それでも確実に持ち上げてバスターを向けようとした。

 

「無事か?」

 

 世界が止まった。少なくともスバルの時間は完全に停止した。中途半端に左手を持ち上げた状態で、スバルの思考能力全てが凍りついていた。

 

「…………え?」

 

 その声を上げるのにたっぷり10秒はかかった気がする。

 さっき優しい言葉が聞こえた気がした。自分に向かってだ。多分気のせいじゃない。だとしたら、言ってくれたのは誰だろうか。答えは一つしかないが、まずありえない。

 そんな一瞬の熟考に、目の前の人物が答えを示してくれた。

 

「無事かと訊いてるんだ?」

 

 片膝をついて目線を合わせると、ブライはロックマンの肩に手を置いた。

 

「怪我はないか?」

 

 末恐ろしいほどの穏やかな声だった。スバルは声を振動させるしかない。

 

「き……き、君って……ソソ、ソロ?」

 

 ブライの目が大きく見開かれた。

 

「お前、スバルか!?」

 

 飛び退きながらブライソードを前に突き出した。

 ああ、どうやらIF世界でも自分はソロの敵らしい。自分が星河スバルだと気づいて身構えている。

 そう考えた一瞬後に、ロックマンは再び耳を疑うことになる。

 

「す、すまん。驚いた」

 

 ソロが謝罪の言葉を口にした。それどころか剣をしまうと、立てずにいたロックマンの手を掴み、乱暴とは無縁なほど優しい手つきで起き上がらせてくれた。

 

「歩けるか?」

「う……うん……」

 

 ソロじゃない。こんな優しいのソロじゃない。無事かなんて尋ねることも無ければ、手を貸してあげるなど天と地がひっくり返ってもあり得ない。ちらりとウォーロックを窺った。目を丸くして今にも吐きそうな顔をしている。自分も同じような顔をしているのかもしれない。

 

「お前、この世界のスバルじゃないな?」

「ふえ!? あ、えっと……うん、そう。でも、なんで分かったの? 今会ったばかりなのに……」

「……そいつとの会話を聞いていた」

 

 横で倒れているハイドを指さした。確かに、あの高笑いなら遠くにいても聞こえそうだ。

 

「って……え? あ、……君は驚かないの?」

 

 ソロと呼ぼうとしたができなかった。違和感が強すぎて。

 

「何がだ?」

「いや。僕が別世界から来たってことに……」

「別に驚きはしない。こいつらのパラレルワールドへの侵略計画を知っていたからな。だが、知ってはいても、止めることはできなかった。お前達の世界に迷惑をかけて、すまない」

 

 ソロが頭を下げた。スバルにとっては隕石が落ちる以上の衝撃だった。

 

「せめてものお詫びをしたい。俺たちのシェルターに来てくれ」

「シ、シェルター?」

「ああ、仲間もいる」

 

 さっきのが隕石だとしたら、今度のはビッグバンだった。ソロがもっとも忌み嫌っていた言葉が、水のようにさらりと出てきたのだから。

 

「な……なか……ま?」

「生き残った人たちがいる。皆で身を寄せ合って、助け合っているんだ」

 

 頭がクラクラしてきた。目の前の人は本当にソロなのだろうか。

 

「行く当てもないだろ?」

「行く当て?」

「も、戻れば良いんじゃねえか? さっきの渦で」

 

 ようやくウォーロックが口を開いた。彼もビッグバンレベルの衝撃を受けていたのだろう、声が震えて裏返っている。物凄く共感した。

 

「異世界への扉のことか……残念だが、もう閉じてしまっているな」

 

 ブライに釣られて空を仰いだ。あの黒い渦はいつの間にか消えていた。

 

「あれはこいつらにしか開けない。お前では無理だろう。もちろん俺にもだ」

「そ……そう」

 

 帰れないということよりも、ソロが助けようとしてくれていたことに驚いた。もし、その扉を開けることができたのなら、無償で助けてくれたのだろうか。

 そんなスバルの失礼すぎる気も知らず、ソロは一人で頷いている。

 

「うん、やはりそれが良いだろう。シェルターで休んでくれ」

 

 そう提案すると、ソロはハイドを抱き上げた。

 

「た、助けるの?」

 

 ブライは振り返ると不思議そうな顔をした。

 

「当たり前だろ。こんな場所に放っておけと言うのか?」

「い……いや、うん、そう、だね……」

「シェルターはこっちだ。ついて来てくれ」

 

 スバルが納得したのを確認して、ブライは歩き出した。

 

「おい、スバル。吐きそうなんだが……」

 

 小声で呟いてくるウォーロックの口を塞いで、慌てて黙らせた。「僕も」と言いたくなるのを抑えながら。




ってわけで、流ロク二次創作史上、最も綺麗なソロの登場です。
うん、言いたいことは分かっています。
ってわけで……

さあ、来い!щ(゚Д゚щ)

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