流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第63話.いつかきっと

 ハイスピードカメラでも見ているような気分だった。非情にゆっくりとした世界だ。反射する夕日の光に、押しのけられる空気の渦、その遥か上空にある雲の数まで数えられそうだ。そんな景色の中央では鋼色の刀身が段々と存在感を増していた。大きくなってくる。近づいてくる。スバルに向かって……。

 このままこうしていたらどうなるのか分かっている。見え透いた結果をスバルは他人事のように認識していた。何の感情も湧かない。頭に言葉一つ浮かびもしない。ただぼんやりと眼前に迫ってくる剣を見つめていた。

 視界の下から何かが生えてきた。何だろう、青い。球体かなにかだと思ったそれから棘が飛び出してきた。両脇の一部が緑色になり、交差するように上に向かって伸びる。どこで交わるのだろうと目で追いかける。それは鋭利な十本の爪となって、刀身とぶつかった。

 これが何かを理解した瞬間、世界に速度が戻った。

 

「ロック!?」

 

 切り裂かれる音がした。緑色の破片が宙を舞い、青い電波粒子が血のように吹きだす。振り下ろしきったブライソードの剣先から青色の筋が生まれている。

 思考なんて吹き飛んでいた。倒れてくる青い体をスバルは全身で受け止める。押しつぶされそうになりながらも彼の体を持ち上げる。

 

「ロック! ロック!!」

 

 かばってくれた相棒の姿は無残なものになっていた。両手の爪は砕かれ、肩から腰にかけて大きな太刀傷がついてしまっている。そこから電波粒子が漏れ出ていた。

 とんだ重体であるにも関わらずウォーロックはスバルを見て悪態をついて見せた。

 

「ケッ、なに泣きそうな顔してんだよ」

 

 自分は死にそうな顔してくるくせに……とは言えなかった。彼の肩を強く掴むと鋭い目をブライに向けた。ブライは斬りかかっては来なかった。剣を下ろしたまま肩を上下させると、電波変換を解除した。いや、維持できなかったらしい。彼も先ほどの一刀で力を使い果たしたのだろう。痛む片腕を押さえ、荒い呼吸を繰り返している。

 

「くそ……邪魔を……」

 

 その言葉がスバルの怒りを煽った。どこに残っていたのだろうと思うほどの力で怒鳴っていた。

 

「邪魔なんかじゃない! 訂正しろ……。命がけで僕を助けてくれたロックを、邪魔なんて言うな!」

「俺と貴様の決闘に横槍を入れた奴をか?」

 

 血走ったソロの目がウォーロックに向けられる。それに向かってウォーロックは挑発的な笑みを無理やり作って見せた。

 

「横槍だ? 俺は最初からスバルと戦ってたぜ。それがこいつの……俺たちの戦い方だ。てめえだって認めてんだろ?」

 

 ウォーロックの言い分は最もだ。ウォーロックの力を借りて、ロックマンになって戦う。それがスバルの戦い方だ。

 ソロも反論が思い浮かばなかったのだろうか。唇を食いしばってスバルとウォーロックを交互に睨み付ける。

 視線をぶつけ合う三人。だが全員が分かっていた。もう動ける者は誰もいない。戦いは終わったのだ。勝者の無いままに。

 やがてソロが動き出した。二人に背を向け、海岸へと歩いていく。その背中が小さくなったとき、スバルは思いきって叫んだ。

 

「ソロ!」

 

 夕日に照らされた背中が止まった。スバルは立ち上がる。潮風が背中から駆け抜けていく。

 

「僕たち、少し違った形で出会えていたら……友達になれたんじゃないかな!?」

 

 スバルの声が響き渡る。潮風はすぐに止んだ。静かな波の音だけが聞こえる。スバルはその中で耳を澄まし、目を凝らした。ソロは微動だにしていない。

 それが振り返ることはなかった。ソロの姿は海岸の向こうに消えていった。

 

「……ソロ」

 

 

「そこからは覚えていないんだ。気がついたらここにいた」

 

 窓の外を眺めながらスバルは答えた。あの時と同じような夕日を見て、目を細める。

 

「じゃあ、ソロは……」

「うん、今もどこかで……一人でいるんだと思う」

 

 太陽から街並みに目を移した。競争するように立ち並んでいる無数のビル群。この一つ一つに人間が敷き詰められているのだろう。その足元でも人がアリの様に行き交っている。

 その中にソロの姿を探してみる。あるわけもないのに。

 

「また、戦うんだよね?」

「……うん」

 

 ミソラの言葉に、スバルは頷いた。

 

「僕はソロと戦うよ。避けてはいけない。僕は、自分を否定するわけにはいかないから」

「へっ、その意気だぜスバル。やってやろうぜ!」

 

 スターキャリアーからウォーロックが出てきた。彼の傷はもうどこにもない。いつでも来いと言わんばかりの頼もしさだ。

 

「もう、大人しくしときなさいって言ったでしょ」

 

 ハープが出てきて小言を言う。いつもの二人だと肩をすくめる。

 

「でも、スバルくん」

 

 ミソラに目を移せば、彼女の手に小皿があった。可愛いくらいに細かく切られたリンゴが並べられている。

 

「今はゆっくり休んで?」

「うん」

 

 差し出されたリンゴを一つ撮む。口に運ぶと柔らかい甘味が口に広がった。

 

「おいしい?」

「うん、すごく」

「ほんと? 良かった」

 

 ミソラが笑って見せる。それは久々に見た、彼女が自然に見せる笑顔だった。

 それを見てスバルも少年のような笑みを浮かべた。


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