流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

62 / 85
52話でも書いていますが、オーパーツはムーの遺産と言う設定に変更しています。


エピローグ.あれから
第62話.相容れぬ二人


 空は快晴で、色は鮮やかなオレンジだ。中央では太陽が喜ぶように日光を降り注いでいる。絵に描いたような夕焼け空の下には一つの巨大な都市。まだまだ壊れたビルや道路の残骸が道端に転がっているものの、人々の生活はもう再開されていた。スーツを着た会社員や、マテリアルウェーブの車でドライブする若者。バスからも年老いた老人がゆっくりと降りてくる。

 そんな賑いから隔離された空間に少年はいた。部屋は床から天井まで純白で消毒液の匂いが鼻をつく。これが部屋の臭いなら是非とも部屋を変えてもらうところなのだが、残念ながら匂いの源は自身なのでどうしようもない。 彼の姿を見れば大抵の人が目を覆うだろう。両手は包帯でがっちりと巻かれており、額や頬には湿布のようなものが貼られている。よくよく見てみれば包帯は首にまで伸びていた。恐らく、病衣の下も包帯でいっぱいなのだろう。

 彼の視線はブラウズ画面に並ぶ文字たちと、その近くに置かれている写真や図解に向けられていた。数秒見つめると指先でページをスクロールしていく。電子書籍を読んでいるのだ。だがしばらくすると窓の外へと目を向けた。患者がリラックスできるようにとかなり大きめに作られたそれからは、街の様子がよく見える。暖かそうな太陽の光に目を細める。

 

「暇だな」

 

 窓の方から声がした。誰もいない空間から声だけが発せられたのだ。

 

「そうだね」

 

 動じる様子もなく少年が答える。

 

「後どれぐらいだ?」

「全治二週間ってお医者さんが言ってたから、それまでこのアメロッパの病院に入院だね」

「……長いな」

 

 声しか聞こえないが、きっとあいつは窓の前であくびでもしているのだろう。口を大きく開けている様子が容易に想像できる。

 相手をしてやっても良いのだが、ここは自宅ではない。いつナースが来るかも分からないので彼には悪いが一人で何とかしてもらおう。

 

「ウォーロックの怪我はもう天地さんに治してもらったんでしょ? ウイルス退治でもして来たら?」

「もう何度もやったぜ。流石に飽きちまった」

「僕も、しばらくは良いかな」

 

 ブラウズ画面を閉じてスターキャリアーを棚に戻す。宇宙関係の資料なら四六時中見ていられると自負していたが、流石に毎日こればかりとなると参ってくる。しばらくは遠慮したい。できれば天体観測がしたいが、望遠鏡を病室に持ちこむわけにもいかない。それに今は夕方だ。外はオレンジ色の太陽が煌々と街を照らしている。大好きな星空はもう何時間かお預けだ。それまで何をしよう。体が動かないとなれば選択肢は極端に少なくなる。憂鬱になって深いため息を吐き出した。

 

「暇してるみたいだね」

 

 体がバネのように飛び上がった。背もたれに押し付けていた体が一瞬宙に浮き、首が音を立てそうな勢いで回される。入り口にピンク色のパーカーを来た少女が立っていた。

 

「ミソラちゃん」

「久しぶり~。って言っても一週間ぐらいかな?」

 

 ミソラが退院して以来なので、多分それぐらいだ。軽く手を振ると、ミソラはベッドの側にある椅子に腰かけた。

 

「今日はどうして来てくれたの?」

「理由がなかったらダメ?」

「全然そんなこないって。むしろ嬉しいよ。……ひ、暇してたし!」

 

 なんでだろう、照れ臭くなって慌てて一言付き足してしまった。変に思われていないだろうか。ミソラの様子はと言うと、少しだけ唇を噛みしめて目を細めていた。視線はスバルから逸らされている。これはどんな表情なのだろう。スバルには読み取れなかった。

 

「スバルくんに会いたかったから……って言うのは冗談で、しばらく来れなくなっちゃうから、その前にね」

 

 心臓が一度大きく飛び跳ねた。が、すぐに萎んでいった。胸の周りに穴が空いて、冷たくなった気がする。

 

「じゃあ、そろそろ本格的になってくるんだね。復帰ライブの打ち合わせ」

「うん、今度こそファンの皆の期待に応えないとね」

 

 ガッツポーズを取ると、ミソラは元気が集約された様な笑顔をして見せた。スバルも釣られて笑ってしまう。ちなみにそんな2人のすぐ横では、ウォーロックがスターキャリアーへと引きずり込まれていった。無論、ハープが弦でがんじがらめにしてである。

 

「そうだ、お見舞いにって持ってきたんだけれど、食べれる?」

 

 ミソラが手に持っていたリンゴ入りバスケットを持ち上げてみせた。その中の一つを手に取って見せてくれる。上の方は赤く、下の方はわずかに白い、ちょうど食べごろで甘そうだ。

 

「小さく切ってもらえたら。まだ顎の骨が治りきってないんだ」

「分かった、任せて。あかねさん仕込みの料理の腕、見せてあげるんだから!」

 

 ただ包丁で切るだけだろと言うツッコミ入れなかった。ミソラは料理台と包丁をマテリアライズするとリンゴを剥き始めてくれた。料理の練習はしているという彼女だが、その手つきはいささか心もとない。あかねの指導を受けても微妙な味付けしかできないという彼女の料理下手は天性のものかもしれない。

 少し危なげな音が響く中、スバルはじっとミソラの様子を見つめていた。被っているフードのせいで、横から見ているスバルには彼女の顔が全然見えない。鼻がかろうじて見える程度だ。難所を超えたのだろうか、ミソラの顔が少しだけ動いた。唇が見えた。健康的な色をしたそれに目が釘付けになる。

 突然あの時のことが電流となってスバルを貫いた。

 

「うっ!」

「ふぇっ! な、なに!?」

 

 スバルの突然の奇声に、ミソラが包丁を取り落としかけた。何故か彼女の顔も真っ赤になっている。

 

「なな、何でもないよ!」

 

 もちろん嘘だ。全身が熱い。包帯の下から蒸気が吹きだすのではないかと自分で錯覚してしまうほどだ。このままではまずい気がする。なんとか気分を紛らわせよう。

 平常心を装うため、リモコンを手に取ってテレビをつけた。と言ってもここはアメロッパなのでニホンの番組は見ることができない。翻訳ソフトのお蔭で困らないのが唯一の救いだ。

 ちょうどニュースが始まったところらしい。

 

「……ミソラちゃん」

 

 スバルの声色で察したのだろう、ミソラは手を止めてテレビの方に首を回した。

 

「まだこのニュースばっかりだよ」

「そっか……」

 

 画面にはニュースキャスターと、オリヒメの顔写真が映っていた。世間と言うのはどうも敵を作りたがるらしい。ムー大陸が海に沈んだというのに、メディアは未だにオリヒメの所業や被害を取り扱っている。あれだけのことをしたのだから当然といえばそうなのかもしれない。

 スバルはリモコンを置きながら窓の外に目を移した。もうテレビの音なんて聞こえていなかった。

 

「オリヒメが連れてきてくれたんだよね、この病院に」

「うん、そう聞いてる」

 

 スバルがここで目を覚ましたときには、もうオリヒメの姿は無かった。だから今の話は医師から聞かされただけに過ぎない。その後、駆けつけたサテラポリスに連行されていったということも、抵抗することがなかったということも。

 スバルは気乗りしない目でテレビを見た。オリヒメが行った凶行や、このような参事をどのように防ぐべきなのかと言うつまらない討論が行われようとしているらしい。テレビを消した。

 

「オリヒメさん……やり直せるよね?」

 

 スバルは答えなかった。彼女にどのような処断が下りるのかは正直考えたくない。確かに彼女がしたことは許されることではないし、許してはならない。それでもあの時の彼女を思い出してしまう。電波粒子を見送り、涙を流すただの女性に戻ったあの姿をだ。

 もし、彼女に機会が与えられるのなら、悲しみにとらわれることなく強く生きてほしい。今はそう願わずにはいられなかた。

 

「ねえ、スバルくん」

「なに?」

 

 リンゴと包丁を置いて、ミソラが不安げな顔を向けた。

 

「ソロは……どうなったの?」

 

 スバルの目の色が変わった。他人を思って悲しむ優しい少年のものから、一人前の戦士のものへとだ。火のような空気を纏い、スバルは視線を下に落とした。包帯だらけの手が拳に固められている。

 ミソラの戸惑いが横から伝わってくる。分かっているのにこの気持ちは抑えられない。

 一度深呼吸をする。体の熱が少しだけ和らいだ気がする。

 

「話すよ、ミソラちゃん」

 

 ミソラが頷いた。そしてスバルは語りだす。ムー大陸崩壊後にあった出来事を。

 

 

 何かに呼ばれている気がした。どこか遠くから声が聞こえる。誰だろうと思ったとき、頬に痛みが走った。続いて体が前後に揺れ動く。いや、揺さぶられている。

 今度ははっきりと声が聞こえた。乱暴で品が無い。ああ、考えるまでも無かった。あいつしかいないじゃないか。瞼が導かれるように持ち上がった。

 

「起きたか?」

 

 声がすぐ傍で聞こえた。おぼろげな視界に青い影が見える。段々と焦点が合ってきた。やっぱりだ。

 

「……ロック」

 

 相棒のウォーロックが目の前にいた。体を動かそうとして激痛が走った。嬉しいことに死んではいないらしい。空から真っ逆様に落ちたというのに、よく無事だったものだ。

 

「イタタ……う、動けないや」

「くたばってねえだけマシだろ」

「そうだね。……ここ、どこ?」

 

 ようやく潮の香りがすることに気づいた。波の音も聞こえてくる。

 

「アメロッパの海岸だ。岩場しかねえけど我慢しろよ」

 

 首の痛みに逆らって後ろを窺うと大きな岩があった。これに背中を預けていたらしい。下を見てみると大小の小石が無数に広がっていた。お尻にもゴツゴツとした感触がして、座り心地は最悪だ。確かに怪我人を寝かすには向いていない。

 

「文句なんて無いよ。それにしても、よく助かったよね」

「ああ、あいつが……な」

 

 ウォーロックが嫌そうな表情をして見せた。指す方向を目で追う。オリヒメが仰向けになって寝かされている。まだ気を失っているのだろう。だがスバル達を助けてくれたのは彼女ではない。ウォーロックが示した者は更に向こう側で座っていた。

 

「……ソロ?」

 

 ソロが顔を上げた。彼と目が合って、ゾッとした。敵意、憎しみ、怒り、様々な負の感情が凝縮された冷たいものだった。

 ソロが立ち上がった。砂利を踏み鳴らして近づいてくる。スバルは動かなかった。睨むような目を向けて、視線をぶつけ合う。スバルの足元まで来てもソロはまだしゃべらない。まったくの無言だ。

 スバルも同じだ。これが日常の中なら助けてもらったことに礼を言うべきところなのだろう。だが殺意を向けられている今が日常だなんて冗談でも言えやしない。

 

「立て」

 

 有無を言わさぬ言い方だった。命令される筋合いなんてない。だがこのまま見下ろされているのも気分が悪い。いや、ムカつく。怒るとか腹が立つとかとは少し違う。今スバルが抱いている感情に名前を付けるとしたら、ムカつくという言葉すんなり当てはまる。もしかしたらこの気持ちは人生で初めてのものしれない。

 スバルは岩に手を付けて体を起こした。体中に走る激痛も、ソロに見下ろされていることに比べれば大したものとは思えなかった。一歩前に出て、胸がぶつかりそうな距離で見返してやる。

 スバルもソロもそのまま動かなかった。一言も発することなく、息遣いすら聞こえぬほどに静かだった。潮風が波音と共に二人に吹き付けてくる。どれぐらいそうしていただろう。夕日に照らされたソロの口が動いた。

 

「俺と戦え」

 

 スバルはすぐには答えなかった。ソロの目の奥を見て眉を吊り上げると、コクリと頷いた。

 

「ロック!」

「おう!」

 

 スバルはスターキャリアーを取り出し、ウォーロックが中に入る。ソロも古代のスターキャリアーを取り出し、電波を身に纏わせる。

 

「「電波変換!」」

 

 二人の声が重なり合う。青と黒の光が生まれる。距離を取るということはしなかった。ロックマンとブライの右拳が繰り出され、互いに首をひねって躱す。踏み出した足を軸にしてブライが回し蹴りを放った。ウォーロックのシールドがそれを防ぐ。

 ロックマンの右手がファイアスラッシュに変わってブライに襲い掛かる。迷いなくブライの左手が伸び、ロックマンの右手首を掴んで止めた。すかさずロックマンの左足がブライの腹に向けて放たれる。それを防いだのは電波障壁だった。全力で蹴った反動がロックマンのバランスを奪う。ブライが剣を召喚するには十分すぎた。ウォーロックがバスターを数発放った。独断だ。顔と胴を狙われたブライは否が応にも動きが鈍ってしまう。その僅かな隙にロックマンがバトルカードを使用する。左手にエレキスラッシュを召喚し、二振りの剣で迎え撃つ。

 エレキスラッシュとブライソードが火花を散らす。ぶつけ合うと見せかけてロックマンは剣を引いた。少し前のめりになったブライの顔に向かってファイアスラッシュを切り上げる。ブライは大きく身を捩じった。切っ先がブライの髪をわずかに焦がす。この体勢で躱すというのか。ロックマンは自分の右肩越しにブライを見た。視線に気づいたのか、ブライと視線が合った。燃えるような赤い目だった。そして冷たかった。悲しいぐらいに。

 

「スバル!」

 

 ハッと我に返った。上を仰ぐと黒くて長いものが見えた。ブライの足だ。身を捩じった勢いで一回転し、振り下ろすような後ろ回し蹴りを繰り出してきたのだ。反応が遅れた。振り上げていた右腕を盾にし首を引っ込める。二の腕と首後ろに衝撃が走った。体が地面に打ち付けられる。

 かなり難しい姿勢から攻撃をしたと言うのに、ブライは見事に受け身を取って見せた。起き上がるように駆けだして、まだ片膝をついているロックマンに追撃を仕掛ける。

 だがロックマンも強敵と渡り合ってきたのだ。簡単にやられはしない。一撃目を辛うじて受け流すと、後ろに飛びのくようにして二撃目をはじき返す。三撃目では両手の剣でブライソードを受け止めて見せた。鍔迫り合う形となり、二人は正面から顔を突き合わす。

 

「ブライ、君は証明したいんだろ? 僕に勝って、孤高の方が強いんだって……絆なんて嘘だって!」

 

 ブライは答えない。ただ目を細めるだけだ。

 

「それは違う。間違ってるよ!」

「違うわけがない!」

 

 ブライが剣を押し込んできた。単純な力ではブライの方が上だ。ロックマンは更に後ろに飛んで両手をバルカンに変える。

 

「いや間違ってる! なんでオーパーツがエンプティーに力を貸したと思う? エンプティーがオリヒメの事を本当に大事に思っていたから……その気持ちにオーパーツが応えたんだ!」

 

 ブライバーストが飛んでくる。地を這う衝撃波で岩が砕け、破片が舞う。その遥か向こうに、横たわっているオリヒメが目に映った。

 

「君だって見ただろ。僕とエンプティーの戦いを、その後の事も! 絆はまがい物なんかじゃない! 一人の方が強いだなんて、絶対に間違ってる!!」

「うるさい!!」

 

 弾幕の中をブライが突撃してきた。体に傷がつこうがお構いなしだ。ヘビーキャノンに変えて一発お見舞いする。直撃を受けてもブライの前身は微塵も揺るがない。ロックマンは再びファイアスラッシュとエレキスラッシュにを召喚してブライと切り結ぶ。

 

「お前が軽々しくオーパーツの事を語るな! あれはムーの遺産だ。ムー大陸の生き残りである、俺が手にしているべきものだ!」

 

 チッと舌打ちが鳴った。スバルが発したものだった。

 

「まだ分からないの? ムー大陸の人たちがどんな思いを込めてオーパーツを作ったのか。絆を大切にして欲しいって願いが……!」

 

 振り切られたブライソードが下を向く。両手の剣でそれを抑え込み、ブライと額をぶつけ合った。

 

「君が今していることは、ムー大陸の人たちの思いを否定する行為だ!」

「その絆を信じてムーは滅んだ! 俺は先人たちの過ちを繰り返さない!」

「この……分からず屋!!」

 

 ロックマンの剣が薙ぎ払われた。ブライの胸に傷が走る。だがブライはひるまない。ブライソードを切り上げ、ロックマンの体に傷をつける。すかさずロックマンがもう片方の剣を振り下ろした。剣先がブライの肩を捕らえた。同時に腹に拳がめり込んだ。体を曲げたロックマンにブライが容赦なく剣を振るう。それをカバーするのがウォーロックだ。左手をヒートアッパーに変えてブライを殴り飛ばした。払う攻撃から突き出す攻撃への急な変化にブライも面喰ったらしく数歩後退する。踏ん張れなかったロックマンも弾かれるように距離を取る。

 もう一度左手を剣に変えて踏み出す。ブライも同じ動きだ。二人は剣を手に怒号を上げる。そして終わりは唐突に訪れた。スバルの電波変換が解けたのだ。

 

「あ?」

 

 膝が折れ曲がる。体が座り込むように崩れ落ちた。

 

「あ、あれ?」

 

 足が動かない。腕も持ち上がってくれない。体力が尽きたのだと頭の隅で理解した。

 

「スバル!」

 

 ウォーロックの叫ぶ声が聞こえる。言われなくても分かっている。頭の上では、ブライが剣を振り下ろそうとしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。