流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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長らく更新を停滞してしまい、誠に申し訳ありませんでした。
とりあえず、一話だけできたので投稿します。


第59話.圧倒

 ムー大陸の大きさを形容するなら、島と呼称するのが良いだろう。と言っても小さなものではなく、村や集落を幾つも作れるような大きなものだ。

 だからこそロックマンは驚愕していた。エンプティーが放った攻撃の軌跡を辿る。神殿内部へと続いていた階段が無い。いや、ロックマンたちの後方には何一つ残っていなかった。見渡すは地平線。鮮明に見えるムー大陸の端っこ。その向こう側に広がっている雲の海には丸い穴が穿たれていた。

 

「ムー大陸が……」

 

 ブライも同じだ。目と口を開き、言葉一つ出てこないらしい。風の音しかしない中で最初に小さな笑い声を漏らしたのはオリヒメだった。

 

「ハ、ハハ……ハハハハ! 素晴らしい! 素晴らしいぞエンプティー!!

 お主はラ・ムーの力をも取り込み、文字通り神となったのじゃ! お主に敵う者はもうおらぬ!!」

 

 そして両手を掲げてロックマンとブライに命じた。

 

「ロックマン、ブライ。今からでも遅くはない。妾に忠誠を誓うのじゃ!」

 

 とても魅力的な言葉だった。三つのオーパーツのみならず、ラ・ムーの力まで内包しているエンプティーにどうやって勝てと言うのだ。対するロックマンには対抗する手段など無い。命乞いして頭を地面に擦りつけるのが賢い生き方なのだろう。

 だからこそロックマンは前に踏み出した。そしてバスターを向ける。

 

「ロック……」

「お前ならそうすると思っていたぜ」

 

 迷いなんて無かった。自分の身の保身のために、あかねやブラザー達を切り捨てるなんて考えられない。

 

「……そうか、それが答えか」

 

 明らかに落胆した顔でオリヒメが言う。

 

「なら貴様にもう用はない。エンプティー、奴らを……」

 

 オリヒメの言葉が止まった。傍らに立つエンプティーの様子がおかしいことに気づいたのだ。彼は突然身を震わせると、崩れるように左膝をついた。とてもムー大陸を吹き飛ばした強者の姿に見えない。「なにが……」と呆気にとられるロックマンの横をブライが駆け抜けた。

 

「消えろ!」

 

 ブライが剣を振り下ろす。気づいたエンプティーがベルセルクを掲げて防ぐ。二つの巨大なエネルギーがぶつかり合い、目に見えるほどの衝撃波が波紋となって周囲を振動させる。

 

「や、やれ! やるのじゃ!!」

 

 衝撃波で横に押し出されながらも、オリヒメが慌てて叫ぶ。エンプティーは白い目を細めると、命令に応えようとベルセルクに雷を迸らせようとする。直後、ガクリと右足までもが折れ曲がり両膝をついた。素早い蹴りが彼の鳩尾を突き上げる。エンプティー・トライブキングが宙を舞う。

 

「……なにがどうなってるの?」

 

 ロックマンが知る限りの最大の力を手にしたエンプティーが、ブライの蹴り一つで蹲っている。流石のブライも戸惑いを隠せないらしく、剣を構えながらも様子を窺っている。

 

「まさか……」

 

 オリヒメが何かを理解したらしい。手を口に当てている。大股で近づくと、ブライはオリヒメの胸倉を掴み上げた。

 

「何に気づいた。言え!」

 

 もちろんオリヒメは口を閉ざす。だが無駄だった。

 

「なるほどな。エンプティーのやろう、あの状態を保つのがやっとなんだろうぜ」

 

 顎でも擦りそうな口調でウォーロックが言った。

 

「俺たちもトリプルトライブしている間は、あっという間に体力を消耗した。エンプティーの野郎はラ・ムーまで取り込んじまってるんだ。ただで済むわけがねえんだよ」

 

 言われてみればそうだ。あれだけの膨大なエネルギー、体内に押しとどめているだけで相当消耗するはずだ。

 

「そうじゃ。今のエンプティーはオーパーツの『他の電波体に力を授ける』という力で自らの体とラ・ムーを繋ぎとめているにすぎん。不安定なのは当然のことじゃ」

 

 観念したようにオリヒメも応えた。

 

「フン、貴様の切り札もこれで潰えたな」

 

 エンプティーがまともに戦えなくなったのだ。オリヒメにも成す手段は無い。そう思ったロックマンとブライは甘かったのかもしれない。

 

「さて、それはどうじゃろうな」

 

 オリヒメが笑みを見せた。予想外の余裕。ブライが疑問に表情を変える前に、横からの攻撃に吹き飛ばされた。とっさに展開された電波障壁が威力を緩めて致命傷を避けた。ベルセルクを突き出したエンプティーがオリヒメを背にしてロックマン達と対峙する。

 

「エンプティーはこれしきのことで屈するような者ではない。

 エンプティー、あの二人を始末せよ。そ奴らさえ倒せば童に逆らえる者はおらぬ。童の夢が成されるのじゃ!」

 

 エンプティーが左手を前に出した。周囲に大小の炎が召喚され、ロックマン達に打ち出される。数が多い。ロックマンもブライも避けに徹するしかない。

 

「案ずるな、エンプティー。お主の体は童がちゃんと直し、オーパーツとラ・ムーも取り除いてやる。何年かかってもじゃ!!」

「ワタシに! オ任せクださイ、オリひメさマ!」

 

 ベルセルクを携えると、炎を避けて体勢を崩していたロックマンに斬りかかった。

 猛獣のような声を上げて跳びこんでくるエンプティー。草食獣が怯えて足をすくんでしまいそうな狂気を纏っている。だがロックマンは冷静だった。気圧されそうだが、剣が大ぶりなことを見逃さなかった。グレートアックスを召喚してこちらも力任せの大ぶりで対抗する。巨大な戦斧が棒きれの様に折れる。放り捨てながらエレキスラッシュを召喚し、エンプティーの胴目掛けて素早く切り払う。

 エンプティーの剣がそれを防ぐ。が、彼の体が大きく後ろに後退した。今は力が出しきれていない状態らしい。

 

「チャンスだスバル!」

「バルカン!」

 

 いつ力を取り戻すか分からない。距離を詰める時間すら惜しい。威力は低いが弾速と手数のあるバルカンを撃ち込んで出来る限りのダメージを与える。ベルセルクを盾にして必死に身を守ろうとするエンプティー。必至な彼は重大なミスに気づいていない。ロックマンに気を取られてブライを忘れていた。ブライの白刃がエンプティーの背中を斬りさく。

 もだえるような悲鳴を上げて、エンプティーが回転するように右手をブライに撃ち込む。電波障壁が生まれるが、それはガラスの様に砕け散って意味をなさなかった。ブライの右胸に拳が突き刺さり、激しく回転して瓦礫へと殴り飛ばした。また力が戻っているらしい。

 

「波がありすぎんだろ……」

 

 ウォーロックの悪態に頷きながらもヘビーキャノンを連発する。どうにかまた力が落ちるまでを耐え忍ぶしかない。大口径の大砲をまともに受けているのに、エンプティーの体はびくともしない。先程バルカンの小さい弾丸で苦しんでいたのが夢かと思うほどに。

 エンプティーは表情の無い顔をロックマンに向けると、周囲に黒い塊を召喚した。すぐに平たくなり、刃を身に纏う。手裏剣だ。円運動を起こし、十を超える手裏剣が四方からロックマンに襲い掛かる。後方に飛びながらバルカンで撃ち落とそうと試みる。高速ででたらめに飛び交う手裏剣に向かって、こちらもばらまくように弾丸を放つ。もちろん当たるわけがない。

 一つがロックマンの右側から迫ってくる。そちらに向かって放った弾丸の一発が正面からぶつかり合った。その瞬間、弾丸が跡形もなく掻き消されたのが見えた。ゾッとしたものが胸から背中を駆け抜けた。わざと姿勢を崩し、こけるように横転しながら少しでも姿勢を低くする。胸の僅か上を手裏剣が通り過ぎ、数メートル先離れたところで石造りの地面に突き刺さった。瓦礫が吹き飛び、土煙が舞った。遅れて轟音が聞こえてきた。横から襲ってくる身を引き裂かれるように衝撃に歯を食いしばりながら、それを利用して素早く身を起こす。もちろん一瞬たりとも足は止めない。もう手裏剣の軌道を窺う余裕もない。しゃにむに飛び回り、当たらないことだけを祈って連鎖する轟音の中を転げまわる。それが止まったとき、四肢がついていることを確かめながら周囲を窺う。大小のクレーターが地面に穿たれていた。

 

「スバル!」

「わ、分かってる!」

 

 相棒の言葉に奮い立たされながらバスターを乱射する。そのすべてをエンプティーはベルセルクで撃ち落とす。待っていたかのようにブライが瓦礫の中から飛び出してきた。右手には巨大な黒いオーラが込められている。

 

「ブライナックル!」

 

 拳のオーラが放たれた。だが今までと違って無数ではなく、一つだけだ。ブライの5倍はあろうかと言う巨大な拳が、エンプティーを飲み込んだ。

 

「ガ、アアアア!」

 

 エンプティーが押し流されていく。今は力が出ていないらしい。ロックマンもようやく気付いた。ヘビーキャノンを受けても平気な彼が、わざわざロックバスターを撃ち落とす必要など無いのだ。

 

「レーダーミサイル!」

 

 召喚できるだけのミサイルを撃ち飛ばす。起き上がろうとしていたエンプティーに容赦なく降り注ぐ。かなりのダメージが入ったはずだ。ファイアスラッシュを左手に召喚しながら無心で距離を詰めた。ブライも同じ考えらしい。立ち上る爆炎の中心に向かって、二人同時に剣を振り下ろした。

 直後、下から攻撃を受けた。地面が割れ、幾本もの火柱が立ち上った。予想だにしない方向からの攻撃に飲み込まれ、いとも簡単にロックマンは吹き飛ばされた。ブライは電波障壁が辛うじて守ってくれたのだろう。火柱を掻い潜って、地面に左手を突き刺しているエンプティーに剣を振り下ろした。ベルセルクで対抗するエンプティー、心なしか少しだけ押されているようだ。ロックマンも炎の激痛に歯を食いしばらせながら加勢に加わる。

 群れるのが嫌いなブライも今度は何も言わなかった。いや、文句を言う暇すらないのだろう。豪快に振り回すエンプティーの剣を必死に避けては受け流している。その後ろに回り込んでファイアスラッシュで斬りつける。確かな手ごたえ。だが、エンプティーに追わせれた傷は浅い。徐々に力を取り戻しつつあるのかもしれない。

 焦る気持ちを抑えながら右手にもエレキスラッシュを召喚する。エンプティーがこちらに目を向けた。大剣が空気抵抗を押しのけるように迫ってくる。受け止められない。そう判断してエレキスラッシュで受け流しながらかろうじて横に避ける。

 その間にブライが背後から斬りかかる。それを読み切っていたエンプティーがベルセルクで打ち払う。無防備になった片手を狙って剣を突き出すロックマン。大きな音とともにエンプティーの腕に傷が入る。回転するようにベルセルクを横なぎにするエンプティー。風圧を受けただけで体の一部が持っていかれたような錯覚がする。そんな恐怖を払いのけてロックマンは再び斬りかかる。ブライも同じだ。エンプティーの剣、腕、足、狙えるところならどこでもと良いと言わんばかりに剣を振るう。

 中央で舞うようにベルセルクを振るうエンプティー。その隣で紙一重の攻防を繰り返すロックマンとブライ。三者による剣劇が火花を散らし、少しずつではあるがエンプティーの体に傷がついていく。このまま行けば勝てるのではないか。そんな期待はすぐに裏切られた。ロックマンの剣がエンプティーの指先を捕らえた。僅かな傷をつけて跳ね返される。そう思った剣がピタリと止まった。

 

「え?」

 

 目を疑った。エンプティーの右手がロックマンのエレキスラッシュを掴んでいた。直後に鳴るバキリという音。剣がへし折られていた。

 

「この!」

 

 残ったファイアスラッシュで斬りかかる。それも同じようにして受け止められた。今度は指二本でだ。

 

「舐めているのか!」

 

 ブライがここぞとばかりに大きく振りかぶった。同時にブライソードが宙を舞った。いつの間にか振り上げられていたベルセルク。それがブライから剣をうち飛ばしたのだと気づくと同時に、容赦なくブライの体を斜めに斬りつけた。膝が折れ、ブライの体が地面に屈する。

 

「く、そっ!」

 

 ファイアスラッシュを押し込もうと力を入れる。だがびくともしない。そして気づいた。ベルセルクに、急激な速度でエネルギーが溜まっていくことに。

 

「こレで、終ワりダ!」

 

 膨れ上がったエネルギーの刃を地面に突き立てた。大地が捲れた。土が焦げ、砕かれた瓦礫が浮き上がる。そして暴れ出す巨大すぎるエネルギー。先程の火柱の比ではない。膨大な雷が暴力となってロックマンとブライをかき混ぜる。

 雷の竜巻が終わったとき、そこに立っている者は居なかった。力なく惨めな姿をさらしているロックマンとブライが横たわっているだけだ。力を使いすぎたのか、膝をついていたエンプティーがベルセルクを支えにして立ち上がる。

 

「え、エンプティー!」

 

 物陰に隠れ、戦いを見守っていたオリヒメが駆け寄る。よろけながらもエンプティーはオリヒメの元まで歩いて見せた。

 

「お、終わったのか?」

 

 彼の体を支えながらも、オリヒメはロックマンとブライの方を何度も見てしまう。エンプティーを信じていたとはいえど、まだ勝ったという事実を受け入れ切れないらしい。

 

「オ、終ワり、マした」

 

 エンプティーがか細い声で言う。彼も相当消耗したらしい。

 

「し、しっかりするのじゃエンプティー!」

「コレで……オリヒメさまの……や……」

 

 弾丸の音が鳴った。二人の足元で火花が散る。驚くオリヒメと、ゆっくりと振り返るエンプティー。そこには立ち上がろうとしているロックマンがいた。

 

「ま、まだ……戦える、よね? ロッ、ク……」

「へっ、そい……つは……こっちの、台詞……だぜ、スバ、ル……」

 

 焦げた体をふらつかせながら、何とか立ち上がるロックマン。左手を持ち上げるだけの力も残っていないのか、右手で必死に左肘を押し上げようとしている。ウォーロックも限界が近いのだろう。朦朧とする目をしながらも、なんとか口を開けてエネルギーを溜めようとしている。

 

「い……け!」

 

 緑色のエネルギー弾が放たれた。だが小さい。いつも撃っているものよりも遥かに。やっと放った豆粒のようなそれはエンプティーの顔の少し横を通り過ぎて行った。

 もう一度、もう一度とバスターを放つ。だがどれもエンプティーを避けるかのように当たってくれない。

 

「……っ、しっかりしやがれ!」

「…………あ……」

 

 なぜ当たらないのか。簡単な理由だった。手が震えてたのだ。よく見れば足もだ。

 

「あ……僕……」

 

 やっと気づいた。自分は怯えているのだ。

 時間にしてみれば僅か数分の攻防。その間に何度死んだと錯覚しただろう。それに心が折れかけていた。

 

「スバルッ! しっかり……しやがれ! スバル!」

 

 苦しそうな声で叫ぶウォーロック。だが一度気づいてしまった事実からは、そう簡単に脱却などできはしない。逃げるな、怯えるな。そう言い聞かせても、逆に体の震えは大きくなっていく。

 そしてとうとう限界を迎えた。ぺたりと体が崩れ落ちた。左手は前に付きだしているのに、足が言うことを聞いてくれない。攻撃しなければならないのに、もうバスター一つ撃てやしない。

 負けたのだ。もうどうしようもない。なにをやろうともこの状況は打開できない。自分は負けたのだ。

 左肘が折れ曲がった。左手がゆっくりと地面に下りて行く。悔しそうに目をつぶるウォーロック。抜け殻のような目で宙を見上げるスバル。

 それを止めたのはこの場に似合わない電子音だった。


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