流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第54話.君はヒーロー

 オリヒメの試練が告げられてから早一時間と言ったところだろうか。少しばかり田舎ではあるが、人の笑みが優しく、穏やかな雰囲気が自慢だったコダマタウン。今は電波体が飛び交い、その周りでは人々が逃げ惑う。怒号を上げながら。襲われている者を助けようなどというお優しい人は誰もいない。自分が大切で仕方ないのだ。

 

「酷いわね……」

 

 ルナがポツリと呟いた。隣にいるゴン太とキザマロも同じような表情だ。

 三人を憂鬱にする醜い光景がカーテンの薄い生地で遮られた。見上げると、厳しい表情をしたあかねがいた。

 

「あなた達は見ない方が良いわ。それと、絶対に外に出ちゃダメよ」

 

 家の中ならある程度は安全と考えたのだろう。この状況下でもスバルの友達を守ろうとするあかねには頭が下がる思いだ。

 あかねは一階へと降りながらブラウズ画面を開いた。どこかへと連絡をしようとしているらしい。きっとサテラポリスだろう。通信はパンク状態だろうが、今の彼女ができる最大限のことだった。

 

「……スバルくんのお母さん、行った?」

「あ、お帰りなさい。ツカサくん」

 

 ルナのスターキャリアーからツカサの声がした。ジェミニ・スパークWが中から出てきて、ツカサへと戻る。

 

「調べてきたよ。外にいる人たちのスターキャリアー」

「ご苦労様。……で、どうだったかしら?」

 

 尋ねるルナの声は暗かった。望み薄だが、それでもわずかに期待してしまっている。そんな声だった。

 

「……下ってるよ」

 

 やっぱりだ。四人の空気が暗くなった。

 

「皆のキズナ力がどんどん下がっていってる。ううん、ゼロの人が結構いた」

「……そう」

 

 ルナはちらりとキザマロに目をやった。彼は俯きながらもブラウズ画面でブラザー一覧を表示する。ドンブラー湖でブラザーになったスナップ。彼とのキズナ力が一ケタにまで減っていた。

 

「キザマロもスナップさんも悪くないわ。悪いのはこの状況よ」

 

 ルナはカーテンにわずかな隙間を作って外を覗き見ようとする。だがすぐにツカサがカーテンを引き直した。止めておこうと首を振る。

 

「自分が助かりたいと思えば思うほど、誰かのことなんてどうでも良くなる。見知らぬ人はもちろん、ブラザーだって所詮は他人……。相手をどうでも良いと思えば、当然キズナ力は下がる」

「そして下がったことを知ったブラザーも同じ行動に出るわね。相手にとって自分の価値はその程度だったのか……って怒るもの。不愉快になって、相手のことがどうでも良くなって、またキズナ力が下がっちゃうのね」

「そしてそれ知った相手は、また……。

 それが繰り返されて、連鎖していって……こうなっちゃったんだね」

 

 キズナ力が下がっているのは簡単な理由だった。いや、世の中全体でキズナ力が上がっていたことの方が異常だった。と言った方が良いのかもしれない。

 キズナ力は互いの絆の強さを表す。絆が強まる様子だけでなく、薄れる様子も見えるようにしてしまっているのだから。

 

「委員長、どうしよう?」

 

 泣きそうな声で尋ねてくるゴン太に、ルナは天井を見上げながら言った。

 

「私たちにできることなんてないわよ」

 

 電波人間のツカサですら、外に出るのはまずい。どれだけ実力差があるとはいえど、相手が無限では流石に分が悪い。

 

「やっぱりここは……」

「私たちの希望を信じるしかないわ」

 

 キザマロに頷きながらルナは後ろを窺った。そこはスバルの部屋だ。

 

「大丈夫なのかよ、スバルのやつ。ミソラちゃんを連れて戻って来た時、怪我だらけだったぜ」

「そっちよりも……」

「え?」

 

 不思議そうな顔をするゴン太をよそに、ルナはポケットの紙を握りながらつぶやいた。

 

「心のほうが心配だわ」

 

 

「ごめんなさい、ウォーロック」

「何謝ってんだよ」

 

 場所はスバルのスターキャリアー。

 ミソラと共に救出されてから、ずっと黙していたハープがようやく口を開いたのだ。

 

「私がミソラを止めるべきだったのよ。今回も、あの時も」

「……」

 

 あの時とはエンプティーに懐柔された時のことだろう。あれに応じてしまったがためにロックマンを危険に巻き込んでしまった。加えて本人は重傷を負って、今も死に近い場所にいる。

 あの時止めていればと、己を責めずにはいられないのだろう。いつもウォーロックをからかっていた愛嬌さを忘れ、錆びれた声で呟いている。

 

「ダメね……私。ミソラの家族なのに、ミソラを守れなくって……」

「俺にはよく分からねえな」

 

 突き放すような言い方だった。ハープは口を塞いだ。

 本当に何をしゃべっているのだろう。今さら後悔したって手遅れだ。自分が言っていることなんて言い訳でしかない。ただの自己満足だ。一方的に嘘をついて裏切って、悪い状況になったら愚痴を聞かす。どれだけ自分かってなのだろう。そう気づいてしまえば、もう自分がとても醜い塊に思えてならなかった。

 

「けどよ、それで良いんじゃねえのか」

「……え?」

 

 ポンと頭に何かが乗った。見上げれば、ウォーロックの太い腕があった。

 

「お前が一番良いと思った事なんだろ。お前なりにミソラを思ってやったことなんだろ。だったら胸張っとけよ」

 

 そして鼻で笑ってみせる。

 

「それに、ションボリモードはお前らしくねえから止めろ。こっちまで調子がおかしくなっちまう」

「ち、ちょっと! 何よその言い方!」

 

 手を払いのけながら目を吊り上げるハープ。対し、ウォーロックは悪人のような笑みだ。

 

「へっ、これぐらいがちょうどいいぜ」

「……何がよ?」

「お前はそれで良いって言ってんだ。俺に言いたいことがあんなら全部言え。どうも女の嘘ってのは苦手見てえだからな。

 っと、ミソラが目を覚ました見てえだぜ」

 

 急に真剣な表情をすると、ウォーロックは外へと出て行ってしまった。彼がいた場所を見ながら、ハープは歯をむき出すように食いしばる。

 

「……ったく、何よ。私のほうがペース崩されちゃうじゃない」

 

 顔をぶんぶんと横に振る。一度深呼吸をする。そして、頭に手を伸ばした。まだあいつの感触が残っている。

 

「……ポロロン」

 

 

「ミソラちゃん……!」

「……スバル……くん?」

 

 うっすらと目を開いたミソラにスバルは呼び掛けた。

 

「スバルくん……ごめんなさい。迷惑かけちゃって……」

 

 しゃべり方が安定している。彼女が携帯していた薬と、しばらく眠ったことが幸いしたのだろう。だが、あまり話さない方が良い。そう分かっていても、スバルは自分を止められなかった。

 

「僕のほうこそゴメン。もっと早く君の元に行くべきだったんだ」

「来てくれただけでも、嬉しいよ。ありがとう、私のヒーローさん」

 

 冗談を交えて言っているつもりなのだろう。だが、小鳥のさえずりより小さな声を聞いていれば、到底笑う気にはなれなかった。スバルは無理やり頬を上げて笑顔を作ろうとする。だが、目まで笑うことはできなかった。

 

「皆……争っているんだね」

 

 スバルの表情が険しい理由を、自分ではなく外にあると勘違いしたらしい。当のスバルは言われて現状を思い出した。

 

「スバルくん、皆のキズナ力が下がってるの、知ってる?」

「うん。帰ってきて、委員長たちに教えてもらった。ミソラちゃんも気づいてたんだね」

「病院の人たちがおかしかったから、調べてみたんだ。

 ねえ、スバルくん。古代文明展のこと覚えてる?」

 

 急に何の話題だろう。思い出語りだろうか。

 古代文明展のことはよく覚えている。ミソラと共に訪れた展示会だ。ムー大陸の存在を知ったのも、オーパーツを手に入れたのもその時のことだ。

 

「忘れるわけないじゃないか。元気になったら、また別の場所に……」

「あの時、シャベクリンさんが言っていたことも、覚えてる?」

「……シャベクリン……? あ、思い出した。ガイドさんだね?」

 

 案内してくれた人型マテリアルウェーブのことだ。よく覚えていたものだ。

 

「あの時教えてもらった事、……"滅びの前兆"って覚えてる?」

「滅びの……っ!?」

 

 ミソラの言いたいことがようやく分かった。

 

「滅びの前兆……文明が栄えて、個人が力や能力を主張するようになって、それが争いになって、信頼がなくなって………………戦争にまで発展して、滅んだ」

「その信頼って、私たちのキズナ力だと思うんだ」

 

 体が冷たくなっていく感じがした。今、世界中の人が自分だけを守ろうとしている。他人を犠牲にしてまで。まさにミソラの言うとおりだ。

 

「今の状態が……滅びの前兆?」

 

 無言で頷くミソラ。

 

「そんな……こんなことって……」

 

 たったの半日……いや数時間だ。今日の午前中には皆が大切な人と時間を過ごしていたはず。それがほんの僅かな時間で人類存続に関わる非常事態に発展してしまった。それも、父親が残したブラザー機能が少なからず関わっている。

 言いようのない感情がスバルを締め付ける。

 

「これがオリヒメの狙いだっていうの? 何をするつもりなんだよ!」

「……分からない。ただ、止めないといけない。こんなこと、絶対に間違ってる。

 だから……行って、スバルくん」

 

 最後は力強い口調だった。それでも、普段のミソラの半分以下と言った程度だろう。

 スバルは頷けなかった。こんな彼女を置いて行くなど心が痛む。

 だが同時に分かっていた。ここにいてもできることはない。そして自分にしかできないことが、ムー大陸にあるのだ。

 

「ミソラちゃん……ブラザーバンド、結び直してくれるかな?」

 

 バミューダラビリンスでは言えなかったことが、自然と口にできた。ミソラは目を細めて笑うと布団の下から手を伸ばす。不気味なほど白くなっていた。そこにミソラのスターキャリアーを置き、スバルは自分のスターキャリアーからブラウズ画面を呼び出した。

 ブラザー画面を開いてあることを確認する。大丈夫だ。ルナ、ゴン太、キザマロとのキズナ力は減っていない。むしろ上がっている。きっとツカサとも……。

 ミソラにブラザー申請を送り、ミソラの細すぎる指が承認ボタンを押す。画面にミソラが表示された。彼女とのキズナ力も上がっていた。

 

「あのね、スバルくん」

「……なに?」

「これはね、私の考え……ううん、願望かもしれないけど……。

 今は皆争い合っているけれど、本当はそんなこと望んでいないって思うんだ。大切な人を傷つけて生き延びても、苦しいだけだもん。

 できることなら、誰も傷つけずに、こんな状況を覆したいって思ってるはず」

 

 お人よしもここまでくれば馬鹿かもしれない。それでも良かった。今のスバルに戦う理由を提示してくれたのだから。

 

「今の皆に必要なのはオリヒメたちに立ち向かう勇気と、それを示す希望だと思う。そう、皆のヒーロー……君を望んでいると思うんだ、ロックマン」

「……僕にできること……」

「勝って……! 私のヒーローさん」

 

 スバルはおもむろにミソラの手を握った。驚くほど冷たくて、荒れている。そして柔らかい。だが指先だけは固く、マメができていた。細い線のような窪みは、弦の後だろうか。

 ミソラの目を見る。翡翠色の目は曇っていて、でも僅かばかりの生気が宿っている。それを懸命に輝かせてスバルを見つめていた。

 そしてスバルは卑怯な男に成り下がった。ミソラの唇を奪ったのだ。今までにない柔らかい感触。間近に感じる体温。体を動かせなかった。

 どれくらい時間が経っただろう。官能の時間を終えて、スバルはミソラと見つめ合う。微笑んでくれる彼女にスバルは頷いた。

 

「行ってくるよ」

 

 ミソラを残し、部屋を出る。そこには皆がいた。

 四人とも何も言わない。スバルの顔を見つめて無言だ。彼らの顔を見渡しながら、スバルはツカサで目を止めた。

 

「ツカサくん、ここをお願いできるかな?」

「……分かった。任せて」

 

 スバルが纏うのは静かな雰囲気。口調は落ち着いていながらも、力強い。

 

「皆……さっきは言いそびれたけれど、約束するよ。

 僕はオリヒメ達を倒す。そして、必ず帰ってくる!

 だから、皆待ってて!!」

 

 一人ひとりと目を合わせながらスバルは告げる。

 四人を代表して、ルナが前に進み出る。仁王立ちだ。

 

「当たり前でしょ。私が生徒会長になるために、手伝ってもらいたいことがたくさんあるんですから」

 

 相変わらずだこの人は。世界が滅ぼうというのに、もう先の事を考えている。ロックマン様が負けるなど、微塵も考えていないのだろう。

 

「お前は俺たちのヒーロなんだ。負けるわけねえって信じてるぜ」

「僕もマロ辞典に加えておきます。ロックマンは誰にも負けないって」

 

 ゴン太がガッツポーズし、キザマロが眼鏡をクイッと上げる。

 その隣では、ツカサがスターキャリアーを片手に笑って見せる。

 

「僕は君との約束を守るだけだよ。まだあのメールの承諾もしてないしね」

 

 ルナ、ゴン太、キザマロ、ツカサ……スバルの大切な友達が目の前にいる。そして後ろには……。

 

「よし! 準備はいいね、ロック!?」

「おう、待ってたぜ! 行ってやろうじゃねえか、オリヒメ達の根城によ!!」

 

 相棒の言葉に頷き、スバルはスターキャリアーを頭上に掲げた。

 

「電波変換!! 星河スバル オン・エア!!」

 

 スバルの体を青い電波粒子が包み込む。スバルの体を電波に変え、ウォーロックの体と混ざり合う。右手、肩、足と装甲がつけられ、左手にはウォーロックの顔。そして頭にはバイザー付のヘッドギア。二人が融合した姿、ロックマンだ。

 

「じゃあ皆、行ってくる!!」

 

 四人を後にし、ロックマンは空へと飛び出した。ウェーブロード、スカイウェーブを駆け抜けると、もうムー大陸が見えてくる。

 ここからは一本道だ。ムー大陸に繋がるウェーブロードを突き進むロックマン。彼の目がある者を捕らえた。遥か遠く、ムー大陸の入り口付近に誰かいる。待ち伏せだ。目を凝らすと確認できた。あの黒いシルクハットを見間違えることはない。

 

「ンフ! ンファーハハハハハ!! やはり来たなロックマン!!」

 

 翻されるマントと右手に持ったステッキ。ファントム・ブラックだ。

 

「ファントム・ブラック……!」

「さっそくお出ましか!」

 

 オリヒメに残された戦力の一つだ。総合的な実力においてはソロやエンプティーには劣るだろう。だが、スピードという点だけではその二人すら凌駕する。決して侮れない相手だ。

 

「以前の私と同じだと思うなよ!」

 

 足を止めることなく近づいていくロックマンに、ファントム・ブラックはステッキを振った。カミカクシの穴が現れ、無数のムーの電波体たちが野鳥のようにロックマンに襲い掛かる。

 

「今の私には無数の下僕がいる! そして何よりも! オリヒメ様から力を与えられたのだ!!

 見るが良い!! ハアアアッ!!」

 

 ファントム・ブラックが両拳を握り締める。するとどうだろう。彼の周波数が跳ね上がった。周囲には禍々しい紫色のオーラさえ見える。

 

「ンフッ! ンフッ!! ンファーハッハッハァッ!!

 驚いたか? 腰を抜かしたか!? 泣き叫びたいか!!?

 これがムー大陸の守護神、ラ・ムーの力の一つだ! 電波体に力を与え、強化することが出来るのだ!! まあ、オーパーツの力の片鱗だと思えば当然のことだろうがな! ンファーハハハハハッ!!」

 

 ファントム・ブラックの言葉を聞きながら、ロックマンは得られた情報を整理する。ラ・ムーという守護神がおり、オーパーツを内包しているらしい。今蹴散らしている無数の電波体を産んでいるのもそれだろう。オリヒメの切り札とみて間違いなさそうだ。

 

「こりゃあ、あのエンプティーってやろうも強化されていると思った方が良いだろうな」

「そうだね」

 

 電波体の群れを突破した。残るはファントム・ブラックただ一人。

 

「ファントム・ブラック、すごく強くなってる」

 

 対峙しただけで分かる。今のファントム・ブラックは以前と比べものにならない。異次元と言っても過言ではないだろう。

 それでもロックマンは足を止めない。

 

「ンファーハハハ! 電波体たちを相手にして弱った貴様を、強くなった私が倒す! 最高の脚本の完成だあアァァァァアアアッ!!」

 

 飛び込んでくるファントム・ブラック。早い。瞬きする間の正に一瞬。目の前に迫っていた狂乱の笑み。音速のステッキが振り下ろされた。

 ファントム・ブラックの鼻先に硬いものが触れた。それは鼻の形を変え、口を押し潰し、顔をひん曲げた。

 

「けど、負ける気はしない!!」

 

 右拳を振り切る。黒い影が宙を舞う。まるで交通事故だ。空中で数回転し、ウェーブロードへと叩きつけられた。「あ……ば……」と全身を痙攣させるファントム・ブラック。もう起き上がってくることはないだろう。

 振り返ることもなくロックマンはそのまま走り抜ける。段々と大きくなってくるムー大陸。これに比べれば山など笑ってしまうほどちっぽけだ。そんな途方無く巨大な要塞に向かって、ロックマンは叫んだ。

 

「オリヒメ! 僕は……お前たちには負けない! お前たちの好きになんてさせない!!

 僕が……皆を守ってみせる! 絶対に!!」


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