流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第47話.二人の絆

 放り出された場所は空中だった。遥か下方に見える海に危機感を覚えると、ハープに言われるがまま電波変換した。ウェーブロードに降りて辺りを見渡すと、ハープ・ノートはごくりと息をのんだ。陽光を通さぬ分厚い紫色雲に、絶えず轟く雷鳴。加えてどこまでも伸びている無数のウェーブロード。生命を感じない世界を前に、ミソラもハープも声を失っていた。

 

「…………っ! 誰!!?」

 

 後ろに飛び退きながらギターを構えた。両脇にアンプも召喚するのも忘れない。眉を吊り上げるハープ・ノートの視線の先には、緑色の衣を羽織った、どこか不気味な男が立っていた。

 

「ほう……予想以上の感知能力だな。これは期待ができそうだ」

 

 ハープ・ノートの攻撃姿勢を前に、男は余裕たっぷりという態度だった。覆面の下では涼しい顔で笑っているのだろう。

 

「誰? 何の用?」

 

 尋ねながらだいたいの察しはついていた。黒い穴の先にあった奇妙な空間。それが壊れたと思ったときにはここにいた。待ち伏せていたこいつは、あの黒い電波人間と同じ、ロックマンの敵と見て間違いないだろう。

 

「小娘……ミソラと言ったな? ロックマンの仲間だろう?」

「……だとしたら?」

 

 弦にかける指に力が入る。

 

「簡単だ。我々の仲間になり、オリヒメ様の理想の為に尽力するのだ」

 

 前置きもない唐突な勧誘だった。いや、そんな優しい物ではない。これは脅迫だ。

 

「断るに決まってるでしょ!!」

 

 当たり前のミソラの返事だった。男の方もこうなると予想していたらしい。

 

「もちろん条件を出そう」

「どんな理由があっても、私はスバルくんの味方! あなた達に協力何て……」

「『貴様が我々に協力している間、ロックマンに手を出さない』というのはどうだ?」

「……っ!」

 

 ハープ・ノートの口が物でも詰め込まれたかのように止まった。

 

「無論、断れば今ここで貴様を始末する。その後は……」

 

 男の言葉に、ハープ・ノートは指先が震えるのを自覚した。彼女の飛びぬけた感知能力はすでに男の力を把握していた。自分では到底かなわないことも、ロックマンですら勝てないであろうということも。

 戦わずしてハープ・ノートは自分の敗北を理解していた。

 

「なに、やってもらうことは簡単だ」

 

 無言を了承と捕らえたのだろうか。いや、ハープ・ノートに選択肢は無いと言い聞かせるためかもしれない。男は話を進めてきた。

 

「このバミューダラビリンスの中央を探せ。感知能力の高い貴様でなければ到底突破できん。貴様が真面目に働いているようならば、我々はロックマンに手を出さぬ」

 

 提案という皮を被った男の脅迫。ハープ・ノートにできることは一つしかなった。

 

 

 話を聞き終えると、ロックマンは自分を殴りつけたくなった。目の前にいる少女はどれだけの思いで自分を庇ってくれたというのだろう。なのに自分は彼女を疑った。信じてあげられなかった。

 

「ごめん……」

 

 その言葉が自然に出ていた。

 

「ううん、私こそゴメンね。スバルくんに酷いことした」

「君が謝ることなんて何もない!! 君に酷いことをしたのはエンプティーのほうだろう?」

 

 スバルの主張は正論だ。力を背景に理不尽な要求を突きつけたエンプティーが非道なのだ。脅迫されたミソラは完全な被害者だ。

 

「ミソラちゃん、このバミューダラビリンスの中央って探せる?」

「うん、真剣にやったら探せると思う」

「行ってみよう? そこに行けば、オリヒメ達の目的が分かるかもしれない」

 

 今まではオリヒメ達の動向が分からないこともあり、ミソラたちの捜索に専念してきた。その結果、これまでの戦いは常に後手に回ってしまい、目的もオーパーツを狙っていることぐらいしか分かっていない。

 オーパーツを手に入れて何をするつもりなのか。

 それが全く分かっていないのだ。ミソラもゴン太もキザマロも取り返した今、反撃に出る時だ。オリヒメの目的が分かれば今後の対策も打てる。そのためにはハープ・ノートの力が不可欠と言える。

 

「スバルくん……分かった! 私の力が役に立つんだったら、いくらでも協力する!!」

「ありがとう、ミソラちゃん」

 

 頷くと、2人はバミューダラビリンスの奥へと歩き出した。

 このやり取りを見守っていたハープはホッと息を吐き出した。ウォーロックと目が合った。「ったく、余計な心配かけさせてんじゃねえよ」と目で語っていた。ちょっと気に入らないが、後で礼を言っておこう。命がけでミソラを……そして自分を救ってくれたのは事実なのだから。

 

 

 迷宮とはよく言ったものだとスバルは足を踏みしめながら思った。

迷路とかそんなレベルではない。バミューダラビリンスは正に魔の領域と言えるような奇怪な場所だった。同じような道がいくつも続くのはもちろんだが、グネグネとした角を曲がる度に段々と方向感覚が無くなっていく。加えてここは空の上だ。目印にできるものが何一つとして存在しない。こんな場所に十数分も閉じ込められれば、どんなに屈強な者でも精神崩壊を起こしてしまうだろう。 

 そんな迷宮を、ハープ・ノートは平然とした顔で突き進んでいく。時々立ち止まって目を閉じては、すぐに歩き出す。これの繰り返しだ。彼女が集中できるように、時たま顔を出すウイルスをあしらいながらロックマンは後に付いていく。

 本当に奥に進めているのか。本当は迷子になって居るのではないか。そんな不安は不思議と起きなかった。

 

「うん、確かに近づいてる」

「本当に分かるんだね」

「エッヘン、私とハープの感知能力はピカイチなんだから!」

 

 ハープ・ノートが胸を張ると、ロックマンがかけてあげたハート形のペンダントがきらりと揺れた。

 それを見てスバルは大変なことに気づいた。ブラザーバンドを結び直していないのだ。うっかり忘れていた。声を掛けようとして、ハープ・ノートが目を閉じていることに気づいた。今は邪魔しちゃいけない。いったん落ち着くとさらに状況が悪いことに気づいた。今の今まで忘れていたくせに、どんな顔で「もう一度ブラザーになってほしい」などと言えるのだろうか。

 

「こっちだよ」

 

 ハープ・ノートが進みだしたので、ロックマンも考えるのを止めた。もうすぐオリヒメの目的が分かるかもしれないのだ。今はそちらに集中しよう。この後に思い切ってブラザーを再度申し込めばいいのだから。

 

「ここだよ」

 

 雷雲をかき分けるようにして進むと道が開けた。ウェーブロードが集中しているのか広場のような四角い空間が広がっていた。ここに続く道はロックマン達が通ってきたもの以外には無いようで、行き止まりだ。そして広場の中央には謎の紋様が描かれていた。

 

「なんだろう、この紋様?」

 

 ハープ・ノートが目を閉じた。また何かを探っているらしい。

 

「この紋様の下……海の方から凄い気を感じる。きっとこの下に……えっ!?」

 

 突然ハープ・ノートが大声を出した。

 

「どうしたの、ハープ・ノ……」

「来るよスバルくん!!」

 

 ハープ・ノートがギターを構えた。慌ててロックマンも同じ方向にバスターを向ける。

 

「気づくのが少し遅かったな」

 

 黒い穴が生まれ、中から一人の男が姿を現した。エンプティーだった。

 

「つけていやがったのか……」

 

 歯ぎしりを浮かべるウォーロック。

 武器を向けるロックマンとハープ・ノートの2人を前にしても、エンプティーはその余裕ありげな態度を崩そうとはしなかった。それどころか辺りを見渡すという余所見までするしまつだ。

 

「ようやく見つけることが出来た。オリヒメ様の悲願の場所……」

 

 ここまで馬鹿にされて黙って居られるわけがない。特に利用されたハープ・ノートにとっては。

 

「ここは何なんだ、エンプティー!?」

 

 スバルの怒鳴り声に、エンプティーは足を止めて、ようやく2人と向き合った。

 

「先程言った通り、この下にオリヒメ様が求めていたものが封印されているのだ。その名も……」

 

 エンプティーはスターキャリアーを取り出すと、そこからホログラム映像を映し出した。正八面体に近い形状をしたそれは、あの日古代文明展で見たものと同じだった。

 まさかとロックマン達の中である言葉が浮かんだ。

 

「……ムー大陸?」

「そうだ。太古の昔に滅んだ超古代文明都市。……実在していたのだよ。このバミューダラビリンスもムー大陸を封印するための結界のような物だ」

 

「そして……」とエンプティーははロックマンを指さした。

 

「この封印を解く鍵こそが、同じくムーの遺産であるオーパーツだ」

 

 ようやくロックマンも理解した。同時に怒りが沸き上がった。

 

「なるほどな……。全部てめえの掌の上だったってわけだ」

「そうだ。ハープ・ノートを我々の下に引き込んだのは、この場所を探すためだけではない。協力しないことも最初から想定済みだ。

 ロックマンは必ずハープ・ノートを追いかけてくる。そして手を組んでここを目指す。

 少々煽らせてもらったが、結果的にその通りになった。

 あとは、ここで貴様らを始末し、オーパーツを手に入れるだけだ」

 

 なんと周到な計画だろうか。ハープ・ノート一人を動かすだけで、彼が望むもの全てがこの場所に揃ってしまったのだ。おまけにここは迷宮の最奥。逃げ場など存在しない。

 

「ごめん、スバルくん……私……」

 

 ハープ・ノートは体を震わせると前に進み出た。罪滅ぼしにと特攻でもかける気なのだろう。

 それを止めたのはロックマンの手だった。

 

「下がって、ミソラちゃん」

「でも……」

「お願い、下がって」

 

 有無を言わせぬ強い声色だった。ハープ・ノートは思わず一歩後ろに下がってしまう。

 

「エンプティー……お前は……」

 

 もう抑えられなかった。右手が震え出し、体の中で赤い感情が燃え上がった。

 

「お前だけは! 絶対に許さない!!」

 

 ハープ・ノートが肩をびくりと震わせた。

 今までにない怒りを見せるロックマンを前に、エンプティーは鼻で笑って見せた。

 

「『許さない』か、よかろう。やってみるが良い。貴様では到底私には敵わ……」

 

 彼の言葉はそこで途切れた。エンプティーの体が浮き上がる。お腹にはロックマンの右拳が食い込んでいた。

 

「笑ってる場合か? もう始まってんだよ!!」

 

 ウォーロックが叫ぶと、その姿が炎の拳に変わった。

 

「ヒートアッパー!!」

 

 エンプティーの顎が打ち上げられた。寸秒おかずに顔面にロックマンの右拳が顔面に撃ち込まれる。不意打ちからの連撃に対応できなかったのか、エンプティーは仰向けに倒れ込んだ。

 その機を逃さない。

 

「グレートアックス!!」

 

 長い柄の先に巨大な刃が着いた斧を手に取ると、大きく振りかぶって叩き落とした。

 エンプティーは一瞬を身をこわばらせると転がるようにして回避した。ウェーブロードに深々と斧が食い込む。

 

「マ、マジックサンダー!!」

 

 転がりながら立ち上がると、エンプティーは右手に雷を迸らせた。雷撃を放とうというのだろう。だが、ロックマンの方が早かった。ウォーロックの口から連射されたエネルギー弾が右手を打ち抜いた。

 

「ぐあっ!?」

 

 正確な射撃を受けて、右手に集まっていた雷が拡散する。

 よろめくエンプティーに素早く距離を詰めると、左手を剣に変えて切り払った。

 

「ウッドスラッシュ!!」

 

 剣先が綺麗な弧を描く。だが浅かった。逃れようとするエンプティーの肩を掠めただけだ。やっぱりとロックマンは確信した。エンプティーは接近戦に弱いのだ。追い詰められているというのに、応戦しようとしないのが良い証拠だ。加えてエンプティーの属性は雷と見て間違いないようだ。更に踏み込みながら木属性の剣を振るい、左腕に傷をつける。

 

「なめるな!!」

 

 振り切った左手を、エンプティーの右手が掴んだ。前に姿勢を傾けていたこともあり、簡単にバランスを崩されて投げ飛ばされた。

「まずい」とロックマンの中で警報が鳴る。距離を開けられた。エンプティーの得意な中、遠距離戦に持ち込まれてしまう。

 投げ飛ばされながらエンプティーの様子を窺う。ロッポンドーヒルズで見せた、あの奇妙なパネルを周囲に召喚したところだった。パネルからは黒いエネルギーが線となって放出され、前に付きだした両手に集まりつつあった。

 

「消え失せよ、サンダーバズー……」

「グランドウェーブ!!」

 

 着地と同時に、ロックマンは両手をウェーブロードに叩きつけた。3本の衝撃波は地を抉りながら突き進み、パネルを根こそぎ砕いてみせた。黒いエネルギーが消滅し、エンプティーの手にあった黒い雷も収束した。

 

「なっ!?」

「パネルからエネルギーを貰ってるんでしょ!?」

 

 最大の反撃チャンスを潰した。エンプティーが受けた精神的ダメージは大きいだろう。さらに相手の平常心を乱しにかかる。

 

「シルバーメテオ!!」

 

 氷塊が隕石のように降り注いだ。狙いは曖昧だがそれでいい。相手からすれば、どれが自分に向かってくるか分からないのだ。身の危機を考慮すればどうしても意識はそちらに向けられる。

 動揺していたエンプティーは簡単にロックマンの作戦に引っかかった。顔を上に向けて氷塊を避けようと必死になっている。その懐にロックマンは飛び込んだ。

 

「ウッドスラッシュ!!」

 

 剣が深々とエンプティーの体を切りつけた。緑色の衣が綺麗に裂け、大ダメージを受けたエンプティーがもがくようにウェーブロードを転がる。

 行ける。勝てる。勢いに任せてロックマンは飛び出した。

 

「ロックマン!!」

 

 そんな彼を止めたのは、戦いを見守っていたハープ・ノートの声だった。思わず急ブレーキをかけて立ち止まる。何故止めるのだろうと尋ねようとしたが、必要なかった。いつの間にか、彼の周囲に多数の球体が召喚されていたのだ。色は赤、青、黄、緑の四色。

 

「つ……詰めを誤ったな、ロックマン」

 

 斬られた場所を抑えながら、エンプティーが立ち上がった。やはり先ほどのダメージが大きいのか、どこか苦しそうな声だった。

 

「これも覚えているか? 私の切り札だ……」

 

 エンプティーは傷口から手を放して、両手を前にかざす。球体の数が一つ、二つ……と、あっという間に増えていく。ロックマンの包囲網を厚くしていく。

 

「ロックマン! 私も……!!」

 

 四方八方を囲まれたこの状況を見かねたのか、ハープ・ノートが駆け寄ってくる。そんな彼女に、ロックマンは優しく笑って見せた。

 

「大丈夫だよ。心配しないで」

 

 ハープ・ノートと目が合う。不安が収まらないのだろう。今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「よそ見をしている場合か?」

 

 エンプティーが両手を横に広げると、球達がロックマンの周囲を回り始めた。それにも目をくれず、ロックマンはもう一度笑って見せる。今度は満面の笑みだ。ようやく、ハープ・ノートは不安な表情を消した。

 その間にも球達の動きは加速し、虹色の帯が出来上がる。

 準備が整ったのだろう。エンプティーは広げていた両手を大きく交差させた。

 

「四属性の波に飲まれよ、エンプティーマジッ……!!」

 

 すかさずロックマンはダブルストーンのカードを使用した。目の前の、虹色が帯びている場所に二つの岩を召喚する。無数の球達はそれにぶち当たり、爆散した。

 間をおかずに岩を蹴って飛び上がり、エンプティーの頭上を取る。己の切り札を、こうも綺麗に返されるとは思っていなかったのだろう。エンプティーは両手を交差させたまま微動だにしていなかった。

 

「ヘビーキャノン」

 

 滑稽なその姿に大砲を向ける。ようやくエンプティーがこちらに気づいて見上げたが、もう遅い。大砲が火を吹き、巨大な弾丸がエンプティーの顔に打ち込まれた。マスクのような仮面にヒビが走る。

 

「ば……ばかな……こんな……」

 

 よろけるエンプティーの脇腹に右拳を打ち込んだ。悶絶する声が上がる。

 

「思い知れ!! エンプティー!!」

 

 左手も拳に変えて、鳩尾を上に突き上げる。エンプティーの体が僅かに持ち上がる。

 

「これが、お前が傷つけた!! 弄んだ!!」

 

 エンプティーが右手を引く。手には雷。反撃する気だ。その時、パキリと音を立てて仮面の一部が砕け落ちた。とっさに両手で抑えるエンプティー。隙だらけだ。

 

「僕とミソラちゃんの……」

 

 ロックマンは右手を拳に変える。頭の中が涙を流すミソラの姿でいっぱいになる。そして力の限りに振り切った。

 

「絆の力だ!!」

 

 エンプティー顔面に、ロックマンの右拳が突き刺さった。宙を舞うエンプティー。仮面が二つに割れて、地面に転がる。一瞬遅れて、エンプティーの体が叩きつけられ、数回転がった。

 

「くぅ……こんな……ば、バカな……」

 

 顔を隠すように押さえながらも、エンプティーは手をウェーブロードにつけた。なんとか立ち上がろうとしているようだが、足を滑らせて肩から倒れ込む。

 少しだけ動きを止めると、片手を腹部の傷口に当てた。ロックマンに斬られた場所だ。そこからは水色の電波粒子が漏れ出ている。

 

「ま、まだだ!! 私は……私はこんなところで消えるわけにはいかぬ。まだ使命が……くっ!!」

 

 エンプティーの足元に黒い穴が現れた。カミカクシの能力だ。それに飲み込まれてエンプティーは姿を消した。

 

「……逃げられた……か……」

 

 ロックマンは大きめに息を吐き出した。途端にドッと体を疲れが襲った。緊張の糸が切れたのだ。まさかあのエンプティーを相手にここまで完勝できるとは思っていなかった。そんな彼をドンと衝撃が襲った。

 

「ロックマン!」

「うわっ! ハープ・ノート!!」

 

 ハープ・ノートが抱き付いたのだ。倒れそうになるのをこらえながらハープ・ノートの顔を窺うと、目に涙を浮かべていた。

 

「大丈夫? 怪我は……?」

「大丈夫だよ。安心してミソラちゃん」

 

 気になっている女の子に抱き付かれている。ドキドキしながらも、平静を保つことに専念した。ここでかっこ悪い真似はしたくない。

 

「よかった……ごめんね」

「え? なんで謝ったり……」

「だって、私のせいだもん! 今回のこと、全部私があいつらに騙されたから。もし……もし、スバルくんに何かあったら、私……」

「ミソラちゃん……」

 

 肩に手を置いた。

 

「謝ったりしないで。例え、君が僕に嘘をついていなかったとしても、きっとこうなっていたよ」

「そんなこと……」

「そんなことあるよ。何があっても僕は君を助けに行っていたと思う。いや、絶対に助けに行く。これからどんなことがあっても、君は僕が絶対に守るから」

 

 エンプティーの見立て通りと言うのが少々気に入らないが、ロックマンはそう確信していた。ミソラが泣いているのを放っておくことなど絶対にできない。

 

「だから泣かないで。僕は大丈夫。もう誰にも負けないから」

「……ロックマン……」

 

 涙を拭いてあげる。ハープ・ノートもようやく笑ってくれた。その笑顔一つで、胸の中が温かさでいっぱいになる。

 それを消し飛ばすような悪寒が2人を襲った。とっさにハープ・ノートを後ろに下がらせると、ロックマンはバスターをある場所に向ける。そこでは黒い穴が生まれようとしていた。中から現れた人物を見て、全身の神経が逆立った。

 

「……ブライ……」

 

 ブライがそこにいた。紫色のバイザーの下で、赤い目がギロリと動く。それだけで命を削られたような気がした。

 

「エンプティーはしくじったか。フン、まあいい。オーパーツを渡せ」

 

 絶体絶命とはこのことを言うのだろう。先ほどのエンプティーとの対峙が

稚戯に思えてくる。

 昨日ブライに敗北したばかりだ。こちらが黒い力に捕らわれていたとはいえど、孤高の証を取り込んだというブライの力は圧倒的なものだった。トライブオンを駆使しても勝てるか分からない。いや、低いと考えた方が良い。

 

「逃げよう、ロックマン!!」

 

 振り返ると、ハープ・ノートが音符ボードを召喚するところだった。空を飛んで逃げようというのだ。

 ここで無理に戦う必要性など無い。迷わずロックマンはボードに乗り込んだ。その時だった。体に衝撃が走ったのは。全身が痺れ、手足が動かない。

 

「え?」

 

 ボードの上に倒れ込むロックマン。同時にボードが空へと漕ぎ出す。ウェーブロードにはハープ・ノートが残っていた。

 

「どうせ追いつかれちゃう。だから……足止めが必要だよね?」

 

 ハープ・ノートは、胸元のペンダントを持ち上げると、満面の笑みを見せた。

 

「ありがとう。助けに来てくれて嬉しかったよ」

 

 辛うじて動く手を必死に伸ばそうとする。指先が、小さくなっていくハープ・ノートの顔と重なる。

 

「ミソラ……ちゃん!!」

 

 紫色の雲がハープ・ノートの姿を隠した。ボードが雲の中に飛び込んでしまったのだ。雷鳴が耳元で鳴り、視界を黒く染め上げる。

 

「ミソラちゃん……ミソラちゃん!!」

「しっかりしやがれスバル!!」

 

 ウォーロックの怒鳴り声が聞こえた。

 

「ミソラを助けるんだろう!? こんなところでへばってんじゃねえよ!!」

 

 ウォーロックの姿が変わった。バトルカードのソードだ。左手を彼の意思で動かすと、膝に浅く突き刺した。痛みが全身に回った。

 

「いっ……づ!!」

「どうだ? 体の痺れは取れたか?」

「う……うん!!」

 

 まだ痺れが残っている右で、ボードを叩くようにして身を起こした。

 

「戻ろう!! ミソラちゃんのもとに!!」

「おうよ! あの女どもに教えてやろうぜ、俺たちがあいつ程度に負けやしねえってな!!」

 

 両手でボードの両端を掴み、重心を右に傾ける。ボードは弧を描いて元来た方向へと戻り始めた。

 だがここは迷宮バミューダラビリンス。いつの間にか右が左なり、前が後ろになる空間だ。戻っているという自信は無かった。それでも、まだそんなに離れていないはずだ。必ず戻れる。彼女を救える。震える心にそう言いきかせ、奮い立たせた。

 しばらくして雲が開けた。元いた場所だった。そして絶句する。

 ウェーブロードの上にはブライ。そして……ハープ・ノートが横たわっていた。


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