流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
第39話.ミソラの行方
簾をかけた上の間に、壁に羅列される無数の情報。ちぐはぐな部屋の中央には巨大なエアディスプレイ。ここはオリヒメの部屋だ。今日は以前と違い、壁から情報がはぎとられることはない。中央のディスプレイに映る情報を、オリヒメは簾を通して見上げていた。
「結局、三つのオーパーツはロックマンの手中にある……か」
威厳に満ちた声だが、どこか落胆を含んだ声色だった。世界中の情報を隅々まで調べて、ようやく見つけた三つのオーパーツ。その全てが一人の少年に奪われてしまったのだ。無理もない話だろう。
「妾の目的を果たすためには、あの者から奪うより他は無い」
傍らに控えていたエンプティーが前に進みながら尋ねた。
「しかし、いかがなさいますか? ソロもまだ動けそうにありませんが……」
「オリヒメ様、私にお任せください。ンフフフフフ」
狙いすましたかのようにハイドが部屋に入って来た。上の間の前でいつも通りに跪く。
「必ずしやロックマンを仕留めて御覧に入れましょう!!」
自信満々と言った様子だ。そんな彼に、オリヒメは少しだけ沈黙した。
「……ハイド、お前には失望したぞ」
「ハッ、ありがたきお言葉……え?」
立ち上がろうとして、ハイドは動きを止めた。まったく予想していなかったというようなマヌケな顔だった。そんな彼に、オリヒメは容赦のない言葉を浴びせるのだった。
「TKタワーの件はまだよい。ファントムを与えたばかりじゃったからな。
だがその後はどうじゃ。
ヤエバリゾートの件は失敗し、イエティを失った。
ロックマンからオーパーツを奪うために、ブラキオとコンドルまで渡してやったものの、共に消失。オーパーツの奪還も失敗。
これらの責任をどう取るつもりじゃ?」
「そ、それは……」
当然すぎる追求だ。これだけの失態を積み重ねて、信用を失わない方がおかしい。
言葉を失うハイドの前に、エンプティーが足音一つ立てずに割り込んだ。丁度、オリヒメからはハイドが見えなくなる位置だ。
「オリヒメ様。今回は私にお任せください。バミューダラビリンスの件も含めて、全て算段が付いております。今度こそ、あなたのお役に立って見せましょう」
「そうか、ならば任せるとしよう。行け、エンプティー!」
「御意」
エンプティーの姿が消えた。後には哀れな顔をしたハイドが残される。
「あ、あの……」
「下がれハイド。今はお主に用はない」
「………………心得ました……」
ハイドは取ってつけたようなお辞儀をすると、おぼつかない足取りで部屋を後にした。
◇
「どうだったでしょうか?」
「う~ん……すまない」
不安そうな顔をするスバルに、天地は両手を合わせて頭を下げた。
「三つとも分析してみたけれど、さっぱりだ」
天地のパソコンにはオーパーツのベルセルク、シノビ、ダイナソーが映っている。それぞれに細かい数値と難しい言葉が書かれているが
スバルには理解不能の世界だった。
「とりあえず、データはコピーしたけれど……膨大すぎてとても分析できそうにないんだ」
「時間は……」
「まだまだかかるね。っていうか、終わるのかな……」
「そうですか……」
天地がお手上げなのなら、もうどうしようもない。何か一つでも情報が得られればと思ったが難しそうだ。結局、オーパーツは謎の電波物質ということでしかないのだろう。
「ま、いいじゃねえか。バトルで役に立つんなら、俺は何でも歓迎だぜ!」
「ロックみたいに割り切れれば楽なんだろうな……」
「おい、今俺を馬鹿にしたか?」
「まさか、頼りにしてるよ。これからオリヒメ達がどう動くのかもわからないし」
適当にウォーロックをあしらっていると、天地がピクリと眉を潜めた。
「スバルくん、今『オリヒメ』って言ったかい?」
「え? あ、はい。前に話したソロたちの親玉みたいなんです」
「話していなかったかな」と思いながらスバルは答えた。
「……オリヒメ、オリヒメ……」
「天地さん、どうしたの?」
天地が頭を抑えて呟きだした。
「どこかで聞いたことがあるんだ、その人の名前………………すまない、すぐには思い出せそうにないみたいだ」
「そうですか……」
「こっちの方も調べてみるよ。何か分かったらすぐに連絡するよ」
「はい、よろしくお願いします」
天地にお礼を言って、天研を後にするスバル。彼を見送ると、天地はろくに整理されていない棚で何かを探し始めた。ここにあるのは電子データ化もしていない、古くて価値の乏しい紙の情報たちだ。
「確か聞いたことがあるんだ。あの名前……」
そして一冊のファイルを手に取り、表紙の文字を読み上げた。
「アマノガワ国……」
◇
外に出ると、スバルは天研を見上げるように振り返った。中では天地が今も作業をしてくれているのだろう。唇を噛むと、ポーチからある物をまさぐった。
「これは言わなくていいよね?」
「ああ、良いと思うぜ」
ツカサから預かった黒い塊だった。天地に分析してもらおうと思ったが、何かまずい気がして言い出せなかったのだ。それにこれを天地に渡すとツカサの気持ちを裏切ってしまう、そんな気がした。
「さてと……じゃあ行こうか」
「ああ、今日もスカイウェーブでミソラの情報探しだな」
ロックマンに変身すると、2人は大気圏近くのウェーブロード……スカイウェーブを目指した。そこは外国で働いているデンパくんが往来する場所、つまり世界中から情報が集まる場所だ。今日もそこでミソラの聞き込みを行うのだ。
コダマタウンの事件から今日で一週間になる。キザマロとゴン太の時とは違い、ミソラの足取りは一切つかめていなかった。ニホンではまたミソラが失踪したと騒ぎになり始めており、様々な憶測が飛び交い始めていた。こうなると、スバルも気が気で無くなってきてくる。
今一人のデンパくんが首を横に振ったところだ。肩を落としながらも彼に手を振った。
「ミソラちゃん……いや、落ち込んでちゃダメだよね。何としても見つけ出すんだ!!」
「へっ、その調子だぜ。ションボリモードになられたら、こっちも世話してやんなきゃならねえからな」
「口が減らないな、ロックは」
言葉を返しながら辺りを窺ったとき、スターキャリアーが着信を告げた。
「あ、ゴン太からだ。ブラウズ」
ブラウズすると、画面の向こうでゴン太が手を上げて小躍りしていた。少しだけ顔を遠ざけた。
「ゴン太、どうしたの?」
『喜べスバル!! キザマロがミソラちゃんの情報を掴んだぞ!!』
「え!? ほ、本当!?」
寝耳に水だった。ブラウズ画面を両手で掴んでグイッと顔を近づける。画面では、ルナがゴン太を押し退けていた。
『今、キザマロが画像を送ったわ。見て』
直後にキザマロからのメールが届いた。画像を見て、ロックマンは目を見開いた。間違いない。ピンク色の体に水色のギター。斜め後ろからの映像で顔は見えないが、ハープ・ノートが空中に立っていた。
『なんでも、"バームクーヘン"ってところで撮れた画像らしいぜ?』
『"バミューダラビリンス"よ! "バ"しか合ってないじゃない!!』
ゴン太のボケにルナが怒鳴った。ロックマンは苦笑いするしかない。
「バミューダラビリンスだね? 分かった。すぐに向ってみるよ」
『よろしく頼んだわよ!!』
ブラウズ画面を閉じる。写真をもう一度見つめる。
「待っててね、ミソラちゃん。すぐに行くから!!」
画像を閉じると、ロックマンはウェーブロードを駆けだした。
◇
ブラウズ画面を閉じると、ルナはふうと一息ついた。自分たちができるのはここまでだ。後は任せるしかない。ロックマン様ならば大丈夫だろう。そう思うと、今も横で下手なダンスをしているゴン太のことなどどうでもよくなった。机の前で難しい顔をしているキザマロの肩をたたく。
「お手柄じゃないキザマロ」
「あ、はい。情報収集なら任せてください」
キザマロの反応が微妙なことにルナは気づいた。いつもの彼なら胸を張ってふんぞり返るか、眼鏡をクイッと上げるなどして見せるところだ。
「どうしたのキザマロ?」
「……いえ、ちょっと気になることがありまして……」
「この画像のことかしら?」
パソコンにはスバルに送った画像が映っている。
「ええ……バミューダラビリンスって、入ったら二度と出て来れない魔の海域って呼ばれているんです。船も、飛行機もたくさん行方不明になって居て……今もこの場所だけは使われていない。そんな危険な場所なんです」
「そんな恐い場所なの!? ……でも大丈夫よ。ロックマン様にとってはね」
「はい。僕もそこは心配していません。ただ……」
「ただ……?」
キザマロは少し躊躇うと、画像を睨み付けるように言った。
「この画像、誰がどうやって撮ったんでしょう?」
キザマロの家の遥か上空。ウェーブロードの上ではエンプティーが静かに佇んでいた。