流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第23話.ヒーローはここにいる

 脇腹に痛みを感じる。太く、しなった何かがぶち当てられたような鈍痛だ。己の身に起こっている出来事なのに「ああ、まただ」とどこか一歩引いた目線で考えている自分がいた。

 あれからずっとこの調子だ。オヒュカス・クイーンの行きつく暇もない攻撃の嵐に、ハイドの笑い声が混じって聞こえてくる。

 ルナを助けに来たのに、その彼女に殺されかけている。反撃しようと考えても、ルナを傷つけるのだと思えば嫌でも手は鈍る。おまけにオーパーツによる熱は増すばかりだ。

 今、全身を蛇にかみつかれた上に強烈なレーザーを受けたところだ。がくりと足が折れる。

 

「ンフフフフ、思っていた以上に呆気ない終わり方ですが……まあ、これも良しとしましょう。王道や定番の物語では観客に飽きられてしまう。だからこそあえて道を外して……」

 

 ハイドが何か言っているようだが、ロックマンには聞こえていなかった。オーパーツの熱はさらに悪化していて、体の芯から指先までもを侵食していた。

 加えて遠慮を知らないオヒュカス・クイーンの尻尾がロックマンを絡めて持ち上げる。

 ウォーロックが何か吠えている。おそらく畜生とでも言っているのだろう。いつも荒々しい彼の声ですら、熱に侵されてか細い物しか出ていない。バトルカードの使用などもってのほかだ。

 人形のようにぐったりとしたロックマン。そんな哀れな戦士の姿を見て、大いに笑うのがハイドと言う男だ。彼が杖を振る。オヒュカス・クイーンが尻尾に力を入れる。ロックマンの体が軋み始める。

 強引に曲げられていく腕と、圧縮されていく胴体。消えていく意識の中で自分の声が聞こえた。

 

「もうどうにもならない」

 

 耳元でささやかれた言葉はうっとりとするほど甘く、そして魅力的だった。痛みからも苦しみからも、全てから解放されるのだと思えば、何もかもがどうでもよくなった。

 全てを諦めて、スバルは目を閉じた。

 意識が消える。白い世界へとスバルを誘う。それが黄色に染められた。

 強制的に意識が覚醒される。全身が大きく鼓動を鳴らす。全身を犯している熱が震え出し、ロックマンの体が振動を始める。黄色いオーラが急速に膨れ上がっていく。

 ロックマンの腕が動いた。オヒュカス・クイーンの尻尾がギチギチと音を立て始める。拘束が解かれようとしているのだ。死にかけていた筈の人間による予想だにしない抵抗。異常事態に気づいたハイドが怯えて数歩退き下がる。

 そして、ロックマンの中で何かがはじけた。

 咆哮が鳴る。大気が飛び散って一瞬の嵐が起きる。オヒュカス・クイーンの尻尾が押しのけられた。そう思ったときには、ロックマンがオヒュカス・クイーンの目の前に移動していた。拳が彼女の腹部を打ち上げる。ロックマンが彼女に加えた攻撃はそれだけだ。その一撃でオヒュカス・クイーンが消滅した。立ち上っていく緑色の電波粒子の中で、ルナが横たわる。

 あっという間の出来事。勝利を手に掴んでいると思っていたハイドが取り乱すのは当然のことだった。

 

「な、何が起きたというのです!? こ、ここんな展開! 私の脚本には載っていない!!」

 

 身の危険を感じたハイドが慌てて電波変換する。ロックマンの力がよっぽど恐ろしいのだろう、更に距離を取って10体のエランドに自分を囲ませるという徹底ぶりだ。

 ファントム・ブラックが壁に背中をつけた時、ロックマンが動いた。一歩足を前に踏み出す。ファントム・ブラックの表情が更にこわばり、体を壁に押し付ける。

 ロックマンが二歩目の足を踏み出す。唐突にその場で膝をついた。ゼェゼェと荒い呼吸を上げており、そこから動こうとしない。

 予想だにしない展開に、ファントム・ブラックは拍子抜けしたとも言いたそうなマヌケな顔をさらしている。それは直ぐに狂喜の笑みへと変わった。

 

「ンフフフフッ!! そうですか、ロックマン。あなたの体はとうに限界だったのですね? オーパーツの力を暴走させたようですが、それを扱う役者が使い物にならないというのなら、何も恐れることなどありはしません!!」

 

 ハイドが打って変わって強気に出た。マントを翻すと、エランドたちを連れてコツコツとロックマンに歩み寄ってくる。手に持ったステッキで直ぐにでも留めを刺せるというのに、役者気取りに余裕を見せている。

 ファントム・ブラックの考えは半分正解だった。ロックマンの体は確かに限界だ。ただ倒れた理由は疲労からではない。スバルが意識を取り戻したからだ。

 オーパーツの暴走によってロックマンは身体能力を格段にあげた。同時に、意識を飛ばしていた。オヒュカス・クイーンを仕留めたのは野生動物のような反射行動だった。

 意識を取り戻した今、ロックマンは激しい動悸に見舞われていた。体内のオーパーツが脈動しているのだ。熱は先ほどまでとは比べ物にならず、今にも体を内側から燃やし尽くすのではないかと思えるほど。

 だがなにより恐ろしいのは体が勝手に動こうとしていることだ。

 まるでオーパーツが意識を持っており、ロックマンの体を乗っ取ろうとしているかのよう。これに飲まれればまたロックマンは自我を失って暴れ出すだろう。

 そんなことを知る由もなく、ファントム・ブラックが近づいてくる。自分で無くなろうとしている体を押さえつけたまま、1人と10体を相手にできるわけがない。例えできたとすれば、その時は……。

 

「ロ、ックマン……様……?」

 

 背中越しに声が聞こえた。ルナが目を覚ましたのだろう。黄色い暗闇の中で微かに聞こえた大切な人の声。それに心地よさを感じながらスバルは意を決した。

 

「逃、げて……委員、長……」

「え?」

「君だけ、でも……早、く……」

 

 スバルの決意はおそらく最も正しくて残酷なもの。体をオーパーツに差し出すことだった。そうすればハイドたちを倒すことはできるだろう。だから、ルナだけはこの場から逃がしたかった。

 

「何言って……」

「お願い、もう無理……なんだ。今ロックが、オー……パーツを抑え、て……くれ、てる。けど、それでも……限か……ぐぅ!!」

 

 一段と大きい動悸が体を襲った。ウォーロックに限界が来ているのだ。もう時間が無い。

 

「だから、お……願い……はや……」

 

 ふわりとしたぬくもりを感じた。背中と肩からだ。

 

「嫌よ」

 

 ルナだった。

 

「あなたは、私を助けに来てくれたじゃない。皆を探しに行くことを嫌がっていたあなたが……。だから私は逃げないわ。あなたが見せてくれた勇気に、私も応えてみせる」

 

 きっぱりとしたルナの言葉。だが、肩に回された手は震えていた。今にも暴走しそうな手を伸ばし、それに触れる。氷以上に冷たく、そして細かった。

 

「僕は……」

 

 ルナがくれた思いは確かな温もりとなってスバルの中に広がっていく。

 

「委員長、君は……僕が……」

 

、スバルの中で熱いものが燃え上がった。全身に回っていた熱など生ぬるいくらいに。

 

「君は僕が守るよ!!」

 

 力がロックマンの体を駆け巡った。黄色いオーラが収束し、そして巨大な光の爆弾となって辺りを染め上げる。その中で、ルナは静かにほほ笑んだ。

 光が消える。ロックマンが立ち上がる。その姿には大きな変化が現れていた。

 全身は甲冑のような白銀色。ヘッドギアには雷をほとばしらせる二本の角。そして背中には巨大な一本の剣……オーパーツのベルセルクだ。

 

「ロック……」

「ああ、オーパーツの野郎が降参しやがった。いや、お前を認めたってところか? へへっ」

 

 口から黄色いエネルギーを放散しながらウォーロックが言う。体の熱は嘘のように消えていた。

 背中の剣を引き抜いてみた。刀身は雷のエネルギーで構成されており、小さな稲光が迸る。

 大剣を振るう雷の騎士……ロックマン・ベルセルクと言ったところだろう。そんな頼もしい姿はファントム・ブラックにとっては脅威でしかない。

 

「な、なぜこんなことが!? まさかオーパーツの力を自分のものに……!? あ、あり得ん! こんなものは私の脚本ではない!!

 つ、潰せ! 叩き潰せ!!」

 

 ファントム・ブラックの狂った号令に、意思のないエランド達は迷うことなく従った。10振りの剣が迫りくる。

 

「下がってて、委員長」

「……分かったわ」

 

 ルナが素直に引き下がる。

 ウォーロックと頷き合うと、ロックマンは右手の剣を頭上に構えた。

 

「うぉおおおっ!!」

 

 刀身に雷が駆け巡る。滾る力と思いのままに、それを横なぎに払った。

 

「サンダーボルト……!!」

 

 エランドたちが切り裂かれる。左側に振り切ると、折り返すようにして右に払う。そしてもう一度剣を頭上に掲げた。刀身が大きく膨れ上がる。それを力の限りに振り下ろした。

 

「ブレイド!!」

 

 雷の竜巻が全てを消し飛ばした。10体のエランド達は大量の電波粒子となって舞い昇っていく。それを見上げながら、ファントム・ブラックはペタリとその場に座り込んだ。

 

「こんは……こんな、はずでは……はっ!?」

 

 慌てて辺りを見渡し、最後にロックマンを見た。もう手駒が無い事に気づいたらしい。ファントム・ブラックは恐怖で顔を豹変させると、尻餅をついたまま足をばたつかせて逃げようとする。紳士の影も形も無い、かっこ悪い有様だ。

 

「き、今日の所は失礼します!! カミカクシ!!」

 

 ファントム・ブラックは紫色の穴を生成すると、飛び込むようにして姿を消した。

 敵は去った。後ろを振り返ると、ルナと目が合った。彼女の笑顔を見て、ふっと体から力が抜けた。電波変換が解除された感覚を最後に、意識が途絶えた。

 

 

 目を覚ますともう夜だった。ルナをマンションまで送ると、スバルは家とは別方向に足を向けた。先程降りたばかりのバス停の前を通り、ある場所で足を止めた。そこは展望台へと続く石階段だった。

 

「ここで、委員長たちと会ったんだよね」

「そうなのか?」

「あ、そっか。ロックと会ったのはその後だったもんね」

 

 それはまだスバルが学校に行っていなかった頃の話。不登校児だったスバルの前に颯爽と現れた珍妙な三人組。そのリーダーがルナだ。ゴン太とキザマロに出会ったのもその時だった。

 小さく笑うと、スバルは階段を昇り始めた。広場を抜けて見晴らし台へとたどり着く。コダマタウンの景色を見下ろしながら一角へと歩み寄る。そこで足を止めた。

 

「……ミソラちゃん……」

 

 ここでミソラと出会ったのだ。あの時はギターの練習をしていたところをお邪魔してしまった。加えて、ここはミソラにブラザーを結んだ思い出の場所でもある。

 

「そういや、一目惚れしてたよな?」

「ち、違うって!! っていうか、忘れてよそれは!!」

「ククク、お前のそういうところ、変わんねえよな?」

 

 ウォーロックはスターキャリアーの中から飛び出し、スバルの目の前でからかって見せる。スバルは顔を赤くしながら斜め上へとそっぽを向く。そこには満天の星空が広がっていた。

 

「ロック……僕決めたよ」

 

 スターキャリアーからブラザー画面をブラウズする。ルナの下に書かれているキズナ力の数値はやはり上がっていた。ゴン太、キザマロ、ミソラの写真に目を向ける。

 

「皆を取り戻す! それにオーパーツも渡さなさい」

「へっ、やっとやる気になったか!」

 

 ウォーロックが笑って右拳を突き出した。

 

「見せてやろうぜ? お前が大切にしている物の力を、オリヒメってやつらにな!」

「うん!!」

 

 左手でペンダントを掴み、ウォーロックが突き出した拳に右拳を合わせた。




四章が完成しているので引き続き週一連載していきます。
これからも、どうぞよろしくお願いします。

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