流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
廃工場と言っても、まだ使われているかのように綺麗な場所だった。正面門を潜り抜け、ロックマンは一番大きな建物の中へと入った。中には何もなく、四階まで完全に吹き抜けとなっている。だが、ウェーブロードは今も通っているようで、網のように張り巡らされている。
そんな建物の一番天辺の奥にハイドはいた。
「……ハイド!!」
きつい目で睨み付けるロックマンに、ハイドは帽子をとって深々と頭を下げた。紳士的な振舞いをしているつもりなのだろう。
「ようこそいらっしゃいました、ロックマン。私の舞台にようこそ」
「前置きはいらねえ!! 委員長をどこへやりやがった!!?」
気の短いウォーロックが怒鳴った。ハイドの態度がすこぶる気に入らないのだろう。
「そう焦らずとも返して差し上げますよ」
ハイドがパチリと指を鳴らす。彼の横に紫色の穴が現れ、カミカクシが中から浮かぶように出てくる。ルナも一緒にだ。気を失っているようで、手がダラリと垂れ下がっている。ロックマンは手を拳に形作り、胸にある流星のエムブレムの上に置いた。
「ただし、ここまで来れればの話ですが」
その途端、ロックマンの目の前に紫色の穴が現れた。ハッと身構える。中から出てきたのは一体の人形のような電波体だった。高さは2メートルはあるだろう。右手には剣を、左手には盾を持っている。顔と思われる場所は赤く染まっている。
「これは……」
「その人形は古代の兵士『エランド』。ムー大陸の雑兵です」
穴が複数生み出される。そこから現れる新たなエランド。見る見るうちに10を超える数が壁となって立ちはだかった。思わず後ずさる。
「さあロックマン、時代に選ばれたヒーローよ。こいつらを見事倒してみせなさい。そしてヒロインを助けるのです!!」
ハイドが杖を振る。一斉にエランドたちが動き出した。対して、ロックマンは体を動かせなかった。
始まってしまったのだ。ルナを救うための戦いが。そのつもりでここに来たというのに、戦うしかないと分かっているのに、心は怖いと泣き叫んでいる。昨日の光景が脳裏に浮かび、ロックマンの意思を曇らせる。
そんなロックマンの事情などエランドたちには関係ない。意思の無い人形は主人の命に従って剣を振り上げる。ロックマンの正面に立ったのは、赤いエランドだ。
「スバル!!」
左手のウォーロックがロックマンの体を引っ張った。エランドの剣は大ぶりで、左側によろけるだけで避けることができた。それを狙っていたのだろうか、赤いエランドの隣を抜けて、青いエランドが目の前に迫っていた。
命の危機を前にして、ようやくロックマンの体が反射的に動いた。
「ロック!!」
左手を掲げてシールドを展開する。ビリビリと振動が伝わってくるが、力は強くはない。ちゃんと防げる。ホッとしたとき、青いエランドの向こう側に目が留まった。緑色のエランドの胸……そこに緑色のエネルギーが溜まっていた。
まずいと思ったときには遅かった。緑色の光線がロックマンに直撃した。押し流されるように倒れると、黄色いエランドの剣が襲い掛かってきた。畳みかけるような連続攻撃だ。
「反撃しろスバル!!」
「ば、バトルカード、ニドラッシュ!!」
一度に三発の弾丸を放つショットガンだ。弾は小さいが、特に狙わなくても当てやすいことが利点だ。それが至近距離ならまず外すことはない。そんな闇雲に放った弾丸達はエランドが構えた盾の前に軽くはじかれた。
「あ、そんな……ぐうっ!?」
攻撃で生まれてしまった隙をつかれて、背中を斬られた。続いて前方からの剣。それを掻い潜っても、別のエランドが立ちふさがる。
ウォーロックは焦り始めていた。これが雑兵だというのか。攻撃も防御も並のウイルス達とは比べ物にならない。こんな連中を多数相手にするだけでも厄介なのに、さらに懸念事項があった。それは逃げるだけで精一杯なスバルの肉体をも確実に蝕んでいた。
「ハァ、ハァ、ロック……?」
「ああ、まずいな……」
剣をソードで防ぎながらウォーロックが答えた。体が熱くなってきていた。それに呼応するように、あの黄色いオーラが姿を見せ始めている。
一方的に押されているロックマンを見て、ハイドはやれやれと左手に持った帽子を振って見せた。まさかロックマンがここまで苦戦するとは思っていなかったのだ。彼がエランドたち相手に疲弊したところで、切り札を投入するつもりだった。だが、現実は脚本通りに動いてなどくれはしないようだ。
「一流の俳優となってもらうには、もう少々脚本家の意向をくみ取ってもらいたいものですね」
またレーザーを受けてもがいているロックマンにため息をつくと、ハイドは隣で眠っているルナへと歩み寄った。
「申し訳ありません。私の理想のヒロインよ」
ハイドが丁寧すぎるお辞儀をした。
「本当はヒーローが雑兵たちを退け、あなたの元に駆けつける……そこからがクライマックス……一番あなたを輝かせられる場面だったのです。
しかし、実際の舞台はご覧のとおり……予定を変更します。ファントム」
ハイドは懐から古代のスターキャリアーを取り出した。そこから出てきたのは白い仮面をつけた、紫色の幽霊のような電波体だ。
ファントムがルナの中へと入っていく。趣味の悪いシナリオの準備が整えられようとしている。だが逃げ惑い、防御に徹することしかできないロックマンが気づくことはできなかった。
更に幾度かの攻撃を受けた時、エランドたちの動きが止まった。激痛と高熱に身を捩じらせながらも、ロックマンは壁にもたれ掛かるようにして立ち上がる。彼の周りの黄色いオーラはさらに膨れ上がっていた。
「な……に?」
エランドたちは剣と盾を下ろして下がっていく。その方向を見てようやく事態に気づいた。ニンマリとした気持ちの悪い笑みを浮かべるハイド。そして彼に手を引かれて歩み寄ってくるルナ。言い知れぬ危機感がロックマンの体を走り抜けた。
「お、まえ……なに……を……?」
「ンフフフフ。ロックマン、どうやらあなたは私が予想していた以上に、オーパーツに体を蝕まれていたようですね。もうこれ以上のつまらない演出は結構です。このままでは目も当てられない駄作になってしまうでしょう。せっかく私が用意した舞台でそんな失態はさせません。よって、最後は派手な演出でごまかすことにします。
……そう、マイスイートハニーの手で……」
ハイドが手を放すと、ルナはロックマンの目の前まで進み出た。自分を助けに来てボロボロになって居るあこがれの人を前にして、不気味な仁王立ちだ。その目は虚ろで、何も映してはいない。
「おい……まじかよ……!?」
彼女から溢れている周波数を感じ取り、ウォーロックが歯を食いしばった。その反応を見て、スバルも感づいた。かつてルナの身に起きた悲劇が自分に牙を向けているのだ。
「ま、まさか……!」
「ええ、驚きましたよ。彼女も電波変換の経験者だったとは。私の相棒に頼んで、それを目覚めさせていただきました。
さあ、見せなさい!! 己を助けに来てくれたヒーローを、ヒロイン自らの手で葬り去るのです!!」
ハイドの絶望の号令。ルナの体が緑色に光り出す。目の前で構築されていく電波変換。それはまさに、ロックマンにとって最悪の脚本。かつての強敵、オヒュカス・クイーンが目の前に立ちはだかった。