流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

20 / 85
第20話.ヒーローはもういない

 今日も晴天だ。おかげで洗濯物はばっちりと乾いてる。タオルには顔を押し付けて匂いを嗅ぎたくなるほどだ。ソファに座りながらあかねはそれらを慣れた手つきで、そして丁寧に畳んでいく。

 見るのではなく、聞き流す程度につけているテレビでは、ロックマンのニュースが放送されていた。コダマタウンで怪異現象が起き、ロックマンがそれを解決したというものだ。

 洗濯物を畳み終えると、積み重ねられた息子の服を両手に抱えた。見事に赤い長そでシャツだけだ。二階に上がって息子の部屋のドアをノックした。

 

「入るわよ、スバル」

 

 だが返事が無い。耳を澄ますと、スターキャリーの呼び出し音が微かに聞こえてくる。もう一度ノックしてみるが、やはり返事が無い。仕方なく、勝手に入ることにした。中はもう10時を過ぎようかというのに、薄暗かった。

 

「もう、こんな暗くして何しているの」

 

 息子はベッドの上でうずくまっていた。膝を抱えて綺麗に三角座りだ。下をうつむいているため、顔色は伺えない。

 

「洗濯物、自分でしまうのよ」

 

 あかねは洗濯物をスバルの隣に置くと、閉められていた窓のカーテンを全開にした。夏真っ盛りの元気な陽光が差し込んでくる。

 

「部屋は明るくしておきなさい。でないと、気分まで暗くなっちゃうわよ。それと……」

 

 加えて、今も机の上で鳴り響いているスターキャリアーを手に取った。表示されている名前を見てから洗濯物の上に置いた。

 

「お友達からの電話よ、早く出なさい。と、く、に、女の子は待たしちゃダメよ」

 

 この間、スバルは常に無言で何の反応も示さなかった。それはあかねが部屋を後にしても変わらない。眩し過ぎる陽光が照らしつける部屋の中で、スバルは僅かにできた陰に隠れるようにしてうずくまっている。スターキャリアーは飽きることなく呼び出し音を鳴らし続けていた。

 数分だろうか? もしかしら十秒にも満たない時間かもしれない。スターキャリアーからウォーロックが出てきた。

 

「スバル、電話ぐらい出たらどうだ?」

 

 いつもの彼と比べると、どこか角のない言葉遣いだった。彼なりにスバルを気遣ってくれているのかもしれない。スバルの指がピクリと動く。重々しく頭を上げると、気力の無い死んだような目があらわになる。そして片手でスターキャリアーを掴み上げると、か細い声で呟いた。

 

「……ブラウズ」

 

 スバルの正面に画面が表示された。とたんに、大音量がスバルとウォーロックの聴覚を襲った。

 

「おっそーーーーーいっ!! 電話ぐらいさっさと出なさい!!」

 

 画面に映ったのはルナだ。昨日、病院で検査を受けたとは思えないほど元気そうだった。むしろ有り余っているようにすら見える。

 

「そしていつまで待たせるのよ!? さっさと家に来なさい!!」

「…………今、から?」

「当たり前でしょ!? 昨日言った事を忘れたの!? 皆を探すために緊急会議をするのよ!! 10分以内に来なさい! 以上!!」

 

 一方的に叫ぶと、ブツリと画面が消された。これで電話はおしまいだ。ルナの怒号を受けてもスバルはそこから動かなかった。スターキャリアーをそっと横に置く。

 それを咎めるのはウォーロックだった。

 

「スバル、あの女を怒らせると後が面倒だぜ? とりあえず行くだけ行こうじゃねえか」

 

 ウォーロックの言う事は最もだ。スバルは大きくため息をつくと立ち上がった。洗濯物をしまうのは後にしよう。

 

 

 コダマタウンはつくづく平和な町だった。昨日の大事件などものともせずに、各々が自由気ままな時間を過ごしているようだ。公園の側を通ればロックマンごっこをしている子供たちの声が聞こえてくる。南国も商売に専念しているらしく、店を開けていた。

 絵にかいたような町の風景。その中にいるはずなのに、スバルは自分と違う世界の出来事のように思えてならなかった。

 ふと前方で目が止まった。自動販売機で頭を抱えている作業服の男性がいる。昨日のおじさんだ。向こうもスバルに気づいたようで、相も変わらず人の良さそうな笑みを浮かべた。

 

「やあ、昨日の坊やじゃないか」

「……どうも……」

 

 お愛想程度の暗い挨拶。おじさんには気にならなかったらしい。

 

「いや~、昨日に続いてこの自販機も壊れちゃったみたいでね。また原因不明なんだよ。困ったな~」

 

 ただ愚痴を聞いてほしかっただけなのかもしれない。

 

「あ~、こんな時にまたロックマンが駆けつけて、パ~っと解決して呉れないかな~。なんてね」

 

 スバルの中で何か黒いものが吐き出された。

 

「来ませんよ」

「……え?」

「もう、ロックマンは来ませんよ。それに、これは多分ウィルスが原因ですよ。バトルカードで十分対応できると思います」

 

 ビジライザーを戻しながら、スバルはキョトンとしているおじさんの側を通り抜けた。

 そのまま足を速めて、角を曲がろうとする。そこで背後から声を掛けられた。またあのおじさんだ。仕方なく足を止める。

 

「坊や、ありがとう。君の言う通り、ウイルスが原因だったみたいだ。バトルカードを使ったらあっさり直ったよ。いや~、ロックマンなんていらなかったね、ハハハ。はい、お礼のジュース」

 

 おじさんはジュースをスバルに渡すと、自動販売機の前に戻っていった。最終確認でもするのだろう。

 渡された缶はひんやりとしていて、ちょうどいい飲み頃だろう。だが、今は飲む気になれなかった。

 

 

 コダマタウンには不似合いの高級マンション。これの一室がルナの家だ。さっそく、不機嫌さで顔をいっぱいにしたルナが出迎えた。

 

「ようやく来たわね」

 

 荒い足取りを立てる彼女に案内されて、部屋まで移動する。たくさんのトロフィーと大きな化粧台がある彼女らしい部屋だ。

 

「さ、時間が惜しいわ。すぐに皆を探す方法を考えるわよ」

 

 あれからミソラたちは見つかっていない。友達思いの彼女は自分たちの手で何とか皆を助けようと心から思っているのだ。そんな彼女の優しい提案を前に、スバルは首を横に振った。

 

「私が考えたのは……」

「無理だよ」

 

 画面をブラウズしたばかりのルナの手が止まった。

 

「……無理って……あなた何言ってるの!?」

 

 口を震わせながら、手が内側に傾けられる。

 まだ半年も経っていないとはいえど、スバルもルナとは深い付き合いをしてきた。般若になっているときよりも、今の彼女の方が激しく怒っている。そんなことを分かった上で、スバルはもう一度首を横に振った。

 

「無理だよ。僕は皆を助けられない」

「……っ!!」

 

 ルナの声にならない怒号が上がる。キッとした目がスバルを突き刺す。

 

「見損なった? 見限ってくれていいよ。もう委員長が好きなロックマンはどこにもいないから」

 

 そしてスバルは踵を返し、ドアを開いた。

 

「今日はそれを言いに来ただけ」

 

 そしてバタリとドアを閉めた。残されたルナはただその場で立ち尽くしていた。怒鳴ることも、泣き叫ぶことも出来なかった。

 

 

 体をベッドに投げ出す。重ねられたシャツがポンと宙に浮いて崩れ落ちる。せっかく綺麗に畳まれていたシャツが乱れても、それを直す気になれない。いや、見向きもしない。

 

「良かったのか? 委員長のやつ、絶対に傷ついたぜ?」

「良いよ。期待されるより、最初から見限ってくれていた方が良い」

「……重症だな」

 

 ウォーロックが言える言葉は何もなかった。それに彼にはスバル以外に不安になっているものがあった。

 

「……スバル、あいつらとは関係ないんだが……」

 

 ちらりとスバルを伺った。こちらを見ようとすらせず、ただベッドに顔を埋めていた。

 

「あの黄色いオーラはあれから出てねえ。ただ、いざ戦闘になったらどうなるか分からねえ。お前はもう電波変換する気がねえみたいだが、一応頭に入れておけ」

 

 もう一度スバルの方を伺う。微動だにしていなかった。

 

「飲み込んじまったオーパーツと何か関係があるのかもな。あのソロって野郎も狙っていたし……」と言おうと思ったが、やめておいた。この内容はスバルの傷をさらに広げるだけだからだ。

 

 

 時間にして30分ほど。ウロウロと部屋の中を歩いていたルナは足を止めた。

 

「行くしかないわ!!」

 

 スバルの腑抜けっぷりは心の底から腹が立つ。だが、今はスバルしかいないのだ。ゴン太とキザマロを、そしてミソラを助けるためにはスバルに協力してもらうしかない。

 

「まったく、あのモヤシは!!」

 

 ガリガリと後頭部を掻きそうになって手を止める。今ので自慢の髪型が乱れてしまったかもしれない。女の子として髪にはちゃんと気を配りたい。スバルの家に行く前に、髪の状態を確認しておこう。化粧台をのぞき込むと、彼女の縦ロールが鏡全体をベールのように覆う。どうやら問題はないらしい。横から見たらどうだろうと少しずらしてみると、ベールの隙間に緑色の顔が映った。

 体が凍り付いた。縮こまった心臓が、一瞬止まってから動き出す。そこから吐き出された血液は熱湯のように熱いはずなのに、全身はガクガクと震えだす。止めろと頭入っているのに、目は鏡に映った緑色の顔へと動き出してしまう。目が合う。緑色の顔がニタリと笑みを浮かべた。

 

「あっ……はっ、あ、ああ!!」

 

 声帯から削り出されたような声を漏らしながら、後ずさりする。それが相手の懐へと飛び込む行為であることも忘れて。ルナのまだまだ小さい体は、男の大きな手でガッシリと鷲掴みにされた。

 

「これはこれは、またお会いできましたね。マイスイートハニー?」

 

 緑色の顔が砕け、白人男性の顔へと変わる。電波変換を解いたのである。

 

「あ、なた……TKタワーの……?」

「おや、覚えてくださっていましたか? なんと喜ばしいのでしょう? 益々あなたが魅力的に見えてきました」

 

 ルナの体を嘗め回すような気味の悪い言葉だった。

 

「やはりあなたは私の思い描く理想のヒロインです。あなたをもう一度、私が描いた脚本へとご招待しましょう。ンフフフフ……」

 

 そこが限界だった。ルナの意識が段々と黒闇に染められていく。ハイドの笑い声が遠ざかって行った。




すっきりとした文章を書きたいと考えていましたが、アレオリには合わないのではないかと考え始めました。
一般小説などは着飾っていない表現も少ないスッキリとした文章。
対して、ラノベや二次小説は表現多めの方が合うのではないかと考えてきました。
特に、この作品の場合は物語が原作に沿っているので、表現多めの方が良いのではないだろうかと考えています。

二週間休んで色々と落ち着きました。
そろそろ活動再開しようかな(←やらないフラグ)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。