異世界戦記   作:日本武尊

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第四十四話 

 

 

 バ号作戦開始から早半年が過ぎようとしていた。

 

 

 

「ふむ。帝国の副帝都ヴァリアが堕ちたか」

 

 品川から報告書を受け取って内容を確認してテーブルに置く。

 

 帝国領の中でも帝都『グレンブル』の次に規模が大きい副帝都『ヴァリア』は帝国一の港町であると同時に帝国にとっては最大の防衛線であり、各地への補給を行うための生命線でもある。

 ここを落とされた場合、帝国軍の補給は完全に途絶えることを意味し、更にいくつもの防衛線をショートカットして最深部への進撃を許すこととなる。

 

 それは帝国軍にとって、絶望以外の何でもない。であると同時に扶桑軍にとっては戦略的に重要な場所であり、帝国への心理的打撃を与えることができる。

 

 

 それがバ号作戦における扶桑海軍の作戦の第二段階である。

 

 

「これで最深部への侵攻が可能となったか」

 

「えぇ。現在進撃に向けて輸送艦隊がヴァリアに向かっています」

 

「そうか」

 

 深いため息を吐いて椅子の背もたれにもたれかかる。

 

「現在陸軍の方で帝国軍の要塞を攻略中です。ここを陥落させれば、海軍陸戦隊と合流できて連携して進撃が可能になりますし、陸軍にとっても大規模な拠点を手に入れます」

 

「ふむ。今のところ計画通りに進んでいるか」

 

 これなら帝国の最終防衛ラインまでの道のりは近いな。

 

 

「しかし、本当に宜しかったのですか?」

 

「何を?」

 

「その、全軍に伝達した、民間人をも巻き込んだ無差別攻撃の許可を……」

 

「……あぁ」

 

「……」

 

「言いたいことは分かる。俺だって、民間人を巻き込む無差別攻撃をやりたいとは思わない。だがな」

 

 俺は椅子から立ち上がって地図が広げられているテーブルの方に向かう。

 

「こうでもしないと、連中は民間人という名の盾を得ることとなる」

 

「盾、ですか」

 

「あぁ。だから、本作戦における我が軍はたとえ民間人が市街地に居たとしても、攻撃を許可している」

 

「盾にしても意味は無い、ということを帝国に知らしめるためにですか」

 

「……酷な判断だが、仕方が無い」

 

 腕を組み、静かに唸る。

 

 

 これまで扶桑は人命を尊重して無差別攻撃を避けるために市街地への砲撃と爆撃を御法度として戦ってきた。

 

 しかし、俺は帝国側がこちらの人命尊重を逆手にとって民間人を盾に使うのではないかと不安を感じていた。

 

 だが、その不安は現実のものとなり、帝国が市街地にわざと民間人を置いてこちらの攻撃を抑えたのだ。仕方なしに事前に行う砲撃と爆撃を行わずに歩兵と戦車の機甲部隊による攻略を開始した。

 しかし市街地では盾にされていた民間人が民兵として扶桑の前に立ちはだかり、扶桑側は予想以上に大きな損害を被ることとなった。

 

 この例もあり、俺は無駄な犠牲を更に増やしたくなかったが、苦渋の決断として民間人がいても問答無用で市街地へ攻撃を行うように全軍に命令を下していた。

 

 ヴァリア副帝都戦では戦艦部隊による容赦無い艦砲射撃と航空隊の爆撃を行い、海岸の防衛線と市街地の防衛戦力を排除した後に特大、大発に乗せた海軍陸戦隊を上陸させ、残存戦力を排除してヴァリアを制圧し、占領した。

 

 この時市街地には多くの民間人が残されていたが、その殆どは民兵として扶桑と戦うつもりでいたらしいが、無差別攻撃を前にして戦意喪失となり、運よく生き残った民間人は抵抗せずに投降した。

 

 

「戦争に犠牲は付き物だ。一人と犠牲者を出さない、何てのは無理な話だ」

 

「……」

 

「……戦争だから仕方が無い、か」

 

 ボソッと俺は呟いて言葉を漏らす。

 

「そう言ってしまえば、何も言えないよな」

 

「……総司令」

 

「……」

 

 この戦争。ただでは終わりそうに無いな……いや、そもそも綺麗な形で終わった戦争なんて無いんだ。

 

(何も、起こらなければいいのだがな)

 

 戦いに絶対は無い。分かっていても、そう願いたいものだ。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 場所は変わり帝国領。その中でも大きな山の内部を刳り貫いて作られている帝国軍要塞。

 

 

 

「くそ。帝国のやつら、意外と良い装備持ってんじゃねぇか!」

 

 ゆっくりと前進するティーガーの後ろを歩く兵士は愚痴を溢す。

 

 要塞前の防衛線にはトーチカがいくつも設置されて、そこには古めかしい手回し式のガトリング砲が遅い連射速度で火を吹いていた。その後方の砲陣地には近代的なカノン砲が次々と火を吹き砲丸が進撃中の扶桑陸軍部隊に降り注いで被害を出す。

 

 しかしその中に一際目立つ存在が走行し、砲撃を多く受けるもその強固な装甲ですべて弾き返す。

 

 大型イ号車ことオイ車はやり返しといわんばかりに主砲より榴弾を放ち、トーチカの一つを粉砕する

 

「そういや、奥に進むに連れてやつらの武器が近代化しているような気がするんだが、気のせいか?」

 

「出し惜しみでもしているんじゃねぇのか?」

 

「この状況で出し惜しみって、あいつら頭おかしいんじゃねぇのか?」

 

「それほど追い込まれているってことだろうよ!」

 

 その直後にティーガーの主砲より榴弾が放たれ、トーチカに着弾して兵士諸共粉々に粉砕する。

 

 続けて五式中戦車に61式戦車からも榴弾が放たれ次々とトーチカを破壊する。

 

「しかし、爆撃隊の到着はまだかよ!」

 

「いくら制空権がこちらの手にあると言っても、このままじゃ敵の砲撃に晒され続けるぞ!」

 

 上空では陸軍航空隊の三式戦闘機、四式戦闘機、五式戦闘機が飛び交い、竜騎士を殲滅して扶桑側に制空権を握らせていた。

 その後は砲撃陣地への機銃掃射を行っているが、先のガトリング砲やマスケット銃による対空射撃によって近づくのが難しく、爆装していないとあって大砲自体の破壊ができず目標殲滅に手間取っていた。

 

 

 

「うーむ。敵も中々やるな」

 

 部隊後方には指揮車輌に乗る扶桑陸軍指揮官が静かに唸る。

 

「第三機甲大隊は敵の防衛線に足止めされて後方の砲陣地からの砲撃を受け被害が出ているようです」

 

「そうか。しかし山の内部を刳り貫いた要塞か。厄介だな」

 

 戦闘開始からずっと九六式十五糎榴弾砲と五式噴進弾砲による砲撃を続けているが、要塞の岩壁が予想以上に強固なのかそれほど被害が出ていない。

 

「これでは、爆撃隊による爆撃も効果は期待できないな」

 

 とは言えど、戦略上ここを必ず陥落させなければならない。

 

(さて、どうしたものか)

 

 

 

「……?」

 

 すると通信機の前に座り状況を聞いていた通信兵が通信機の感度を上げ下げをすると紙に何かを書いて確認する。

 

「隊長! 暗号通信です! 海軍からです!」

 

「海軍からだと?」

 

「おいおいここは奥地だぜ? 何で海軍から通信が」

 

「……」

 

「それで、内容は?」

 

「ハッ! これより陸軍の援護に回る。艦砲射撃を行うため注意されたし、です」

 

「はぁ? 冗談だろ?」

 

「どこに海があるって言うんだ。まさか陸上を走る戦艦でもあるっていうのかよ」

 

 まぁ当然の反応ではあるが……

 

 

「い、いえ。捕捉で、海からではなく、川からだそうです」

 

「……は?」

 

「川、だと?」

 

 その場に居た者たちはすぐには理解できなかった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 帝国軍要塞から南東へ12km先に川幅が広く水深が深い川はあった。

 

 

 川には先頭を大和型2番艦武蔵と、5番艦近江と6番艦駿河、その後方に金剛型1番艦金剛、3番艦榛名が続いていた。

 

 

「しかし、司令部も中々大胆なこと考えますね」

 

「あぁ。もっとも今回のような運用は大和型の優秀な注排水装置があってこそできるんだがな」

 

 武蔵の昼戦艦橋では艦長と副長が双眼鏡で周囲を見ながら呟く。

 

 この川は水深こそ深いが、大和型では艦底が川底にぶつかる可能性があった。

 しかしそこは大和型の持つ注排水装置によって解決されている。

 

 史実の大和型の何倍も優秀な注排水装置が搭載されており、瞬時にとはいかないが史実の半分近くの時間で注水、排水が可能となっている。更に水防区画を多く持つので潜水艦のような動きを可能としている。

 それによって喫水線を低くしたり高くしたりとする奇抜なことも可能となっている。

 

 なので今回大和型3隻は通常より喫水線を低くしているため川底に当たらずに航行を可能としている。

 

 しかしこの状態では艦の安定性が落ち、ただでさえ反動が強い46cm主砲は1基1門ずつを時間を空けてしか撃てず、更に使用装薬量も弱装が限界なので射程も短くなっている。

 少しでも安定性を向上させようと、見るからに即席で作ったような安定装置(スタビライザー)を両舷に装備しているが、即席であるがゆえに効果はあまり期待できない。

 

 ちなみに金剛型は注排水装置を使わずとも川底に引っ掛かる心配が無いので川を航行している以外は通常通りだ。

 

「さてと、観測機からの報告も入ったことだ。全艦砲撃用意!」

 

「ハッ! 全艦砲撃用意!!」

 

 艦長の指示が下り副長が復唱する。

 

 すぐさま指示は砲術長と各砲塔に伝わり、測距儀が旋回して全砲塔が右へと旋回して警報が鳴り響く。

 

 同時に各艦も各砲塔を右へと旋回させ、砲身を上げ下げして微調整する。

 

「全艦! 第一斉射! 撃ち方始め!!」

 

 武蔵艦長の号令とともに一基三門の内一門から轟音と共に砲弾が放たれ、遅れて後方の近江、駿河、金剛、榛名の主砲一門から轟音とともに二式多弾が放たれる。

 

 計5発の46cm砲弾が空気を切り裂く音とともに弧を描いて飛翔し、その全てが空中で破裂して中から7つの小型爆弾が拡散して計35発の小型爆弾が要塞前の防衛線へと着弾して爆発を起こす。

 

 小型爆弾は多くのトーチカに着弾して粉々に粉砕し、砲陣地ではカノン砲が木の葉のように空中に舞い上げられる。

 

 続けて第二斉射が行われ、武蔵、近江、駿河は時間を空けつつ残りの二門、金剛と榛名は残りの一門を放ち、砲陣地後方の要塞へ徹甲弾が撃ち込まれ強固な岩壁を貫通し一部の岩壁が崩壊する。

 

 

 

「おいおい。マジで砲撃が来たぞ」

 

 一時的に後退していた部隊は目の前の光景に唖然としていた。

 

「やっぱ戦艦の砲撃は半端じゃないな」

 

「あぁ。っつか川に戦艦を遡上させるって、海軍も大胆なことするよな」

 

「全くだぜ」

 

「俺たちには真似できないな」

 

「そもそも陸軍に軍艦ねぇだろ」

 

「潜水輸送艦ならあるぜ?」

 

「まるゆだったか? 特殊過ぎるだろあれ」

 

「海軍にまるゆの設計を依頼したら『そういう船じゃねぇから』的なこと言われたらしい」

 

「それでもちゃんと設計して建造してくれたんだよな」

 

「それなりに便利らしいぜ」

 

「俺の友人もそう言っていたな」

 

「っつか、何でこんな話になったんだ」

 

「お前が潜水輸送艦のこと言ったからだろ」

 

「何で俺のせいなんだよ」

 

 

 

「っ! 指揮所から通信! 爆撃隊の到着だ!」

 

 無線機を背負う通信兵が叫び兵士達は後ろを振り返って上空を見ると、多くの重爆撃機がこちらに向かっていた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 到着した爆撃隊は富嶽1機を先頭に連山改数機が続いていた。

 

「しかし、今回は試験を兼ねての攻撃ですが……使えるんでしょうか?」

 

「さぁな。何せ外見は狂気から生まれたあれだからな」

 

 富嶽の機長と副機長は搭載されているとある兵器を思い出す。

 

 富嶽と連山改の爆弾倉を改造して搭載されているのは、知る人は知っている太平洋戦争で作られた悲劇の兵器、その名を『桜花』と呼ぶ。

 

 史実では特攻兵器として開発された桜花だが、外見と名称は同じでも扶桑海軍では無線誘導を行う大型の噴進弾として開発されている。

 無人機として空いたスペースに燃料タンクを増設して航続距離の延長、無線誘導を行う為の機器が搭載されている。

 

 速度と破壊力は現代の対地ミサイル並みにあるが、史実より増えていると言っても航続距離は短いので、重爆撃機で有効射程圏内まで運ばなければならない。

 

「機長! 桜花の射程内に目標を捉えました!」

 

 桜花の操作を行う操作員からの報告を聞き機長は軽く頷く。桜花は無線誘導が行えるのは半径25km圏内のみで、それ以降は無線誘導が行えなくなるので針路は固定されて飛んでいく。

 

「各機に通達! 桜花発射準備に掛かれ!」

 

 機長の指示はすぐさま連山改各機に伝達され、桜花の操作員は発射準備に入る。

 

 

「投下開始!」

 

 機長の合図とともに操作員はスイッチを押して富嶽の機体下部に搭載された3基の桜花が投下されて、ロケットブースターを一斉点火させて飛んでいく。

 それと同時に連山改の機体下部に搭載されている2基の桜花も投下されてロケットブースターを一斉点火して飛んでいく。

 

 操作員は飛んでいく桜花の針路を調整し、要塞に向かうように固定する。

 

 音速並みの速度を出した桜花は短時間で無線誘導可能範囲を突破して帝国軍要塞へと飛んでいき、次々と強固な要塞の岩壁を貫通して内部で爆発を起こす。

 その直後に火薬庫に誘爆してか次々と要塞各所で大爆発が起こる。

 

 更に次弾装填を終えた戦艦部隊による艦砲射撃が再開され、43発の一式徹甲弾が要塞に降り注いで岩壁を貫通し、内部で炸裂して内部構造物を破壊していく。

 

 

 しばらく艦砲射撃は続いて要塞の防衛戦力はズタボロにされ、陸軍は一気に制圧するべく一斉に突撃を開始した。

 

 

 それから5日後には、要塞は扶桑軍の手によって陥落するのだった。

 

 

 

 


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